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6月14日 グリオブラストーマ治療に新しい光がさすか?(5月18日 Cell オンライン掲載論文)

2025年6月14日
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グリオブラストーマ (GBM) は現在も治療方法開発のための様々な努力をはねつけている超悪性の脳腫瘍だ。今日紹介する米国メイヨークリニックとスクリプス研究所からの論文は、これまで知られなかった GBM のアキレス腱を発見し、治療可能性を示した研究で、5月18日 Cell にオンライン発表された。タイトルは「MT-125 inhibits non-muscle myosin IIA and IIB and prolongs survival in glioblastoma(MT-125は非筋肉ミオシンIIAとIIBを阻害し、グリオブラストーマの生存を延長する)」だ。

骨格筋のミオシン以外にも細胞自体の運動などに関わるミオシンが存在する。GBM ではミオシンIIA とIIB の発現芽上昇しており、これが脳内での強い浸潤を支えるのではと考えられ、GBM の進展をこれらミオシンをノックアウトすることで抑える試みが進んだ。この過程で、浸潤性のみならず、GBM の増殖も抑制できるという結果が得られて、ミオシン機能を阻害する薬剤の開発が進められていた。

遺伝子ノックアウトの研究から、ミオシン阻害は IIA と IIB 同時に起こる必要があることがわかっていたので、この研究ではこれまでミオシン阻害剤として知られていた Blebbistatin をベースに、両方のミオシンの機能を抑制できる化合物MT-125を完成させる。

この薬剤は静脈注射が必要で、まず様々な用量を投与し続ける実験を行い、有効濃度ではほとんど目立った副作用がマウスには起こらないことを確認する。一番心配されたのは心臓のミオシンに反応することだが、この心配はなさそうなのでそのまま研究を続けている。この薬剤単独で、マウスに発生させた GBM の生存期間を2倍程度延長させることができる。

次にミオシンの抑制がどうして GBM の増殖を抑制するのかについて、様々なインヒビターを組み合わせた薬理実験を行っている。

まず、MT-125 を投与すると GBM 内の活性酸素が上昇し、それによる DNA損傷が起こることがわかった。そして、活性酸素の上昇はミオシン機能が抑制されたことで、ミトコンドリアの分裂が抑えられ、長い異常なミトコンドリアが増加することによる結果であることを確認している。この結果、GBM のフェロトーシスが誘導され、細胞が死ぬことになる。事実、フェロトーシス阻害剤を加えたり、活性酸素を抑えるとこの効果は無くなる。逆にこれまでほとんど効果が無い放射線照射の感受性が高まることから、フェロトーシス誘導経路と MT-125 を組み合わせることが今後の鍵になる。

このように活性酸素を介する過程ではガン増殖に抑制的に働くのだが、こうして発生した活性酸素は、ガン増殖に関わる重要なシグナルについては促進的に働くことも明らかになった。これは、活性酸素により増殖にかかわる PDGF 受容体の活性を抑える脱リン酸化酵素が抑えられ、PDGF 受容体の活性が維持される結果で、MT-125 がガンを助けるという矛盾する効果を持つことが考えられる。ただ、このシグナルが持続的に活性化されることは、ガンのシグナル依存性を高めることから、PDGF 受容体から下流のキナーゼカスケードを薬剤で抑えられる可能性が高まる。即ち、ガンをシグナル中毒に陥らせ、そのシグナルを遮断するという方法だ。

これを証明するため、GBM を発生させたマウスを MT-125 と PDGF 受容体阻害剤や、さらに下流のシグナル阻害剤と組み合わせると、単独の時以上の強い効果が得られたことが示されている。

結果は以上で、まず現象に基づいて薬剤を開発した上で、その作用機序を明らかにすることで臨床での使い方まで示唆したトランスレーショナル研究で、完治は難しくとも GBM 治療に光がさしてほしいと思う。

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