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6月28日 イカに関する2つの話題(6月26日Science 掲載論文)

2025年6月28日
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今週号のサイエンスを見て最も驚いたのは、同じ号にイカに関する論文がなんと2報も掲載されていたことだ。これまでイカについての論文をサイエンスで見たことがあるかと考えてみてもほとんど思い出せない。あらゆる科学分野を扱うサイエンスの編集方針を考えると、イカが取り上げられる確率は極めて低いのが当然だ。それが2報同時とは、ほぼ奇跡に遭遇したようなものなので紹介することにした。

最初の論文は北海道大学からの論文で、化石発掘の常識を破ることで、これまで不可能だったイカの古生物学が大きく発展させられることを示した素晴らしい研究だ。タイトルは「Origin and radiation of squids revealed by digital fossil-mining(デジタル化石発掘法によりイカの起原と放散が明らかになる)」だ。

これまで化石発掘というと、博物館で見るように岩石の中から実際の化石を掘り出すことが基本だった。ただ、化石として残るところの少ないイカのような軟体動物では、残った化石を削り出すのが難しいため、それが可能になった一部のイカだけが記載されてきた。

この化石部分を残すという発想を改め、化石は捨てて形を記録として正確に残すという発想の転換をした点がこの研究のハイライトだ。方法は、断層写真を撮るように、化石が含まれる岩石を少しづつ削って、出てきた表面の写真を撮影。これを繰り返すと写真から化石の3次元画像が再現できるという点だ。議論されていないが、化石部分のマテリアルも写真撮影後に採取できるので、化石が残らない以外は古生物学的には問題ない気がする。また将来、それぞれの層に存在している石の粉を残しておけば、化石由来の粉だけ選択して化石を再現することすらできるだろう。素晴らしい発想だと思う。

この発想のおかげで、250個40種類ものイカの嘴を再現することに成功し、形態学的系統学からイカが白亜紀後期に進化し急速に多様化し、さらに6600万年前白亜紀と第3紀の間に起こった大量絶滅期を境に、ベレムナイトのような大きなからを持った種類の絶滅とともに、現在にみられるイカの多様化が起こったことが示されている。実際、ほぼ全時期を通してアンモナイトより遙かに多くのイカが存在し、硬骨魚に匹敵する数が存在し続けていることを示している。

将来は嘴の部分の石粉からタンパク質を抽出することも可能になるかもしれない。

次のカリフォルニア大学アーバイン校からの論文はガラッと変わって、イカの持つ七変化とも言うべき美しい色彩の原理を探って、それを再現しようとした研究で、タイトルは「Gradient refractive indices enable squid structural color and inspire multispectral materials(段階的な反射がイカの構造的色彩を可能にしており、多重スペクトラムを有するマテリアルのヒントを与える)」だ。

北大の研究からわかるように、イカが多様化しつつ現在まで生きていることは、様々な新しいメカニズムを開発したということを意味しており、その一つが多彩な色彩を発することができるiridophore といえる。これによりイカは多様な色彩の模様を体表に表現するが、必要なときには全く光を反射することなく透明になれる。

この研究ではまずこの iridophore の多くが小さな板状の結晶が集まった構造を持っており、それぞれの結晶は場所に応じて異なる波長の光を反射する Braggs reflector を形成し、それがS字状に波打つことで、透明から異なる色彩を反射していることを明らかにしている。

この分析を基礎に、同じような特性を持った色素斑を人工的に作れるかチャレンジしている。機械的力で結晶の向きを変えることで、透明からいくつかの色の反射が可能な材質を特定し、さらにこれを化学的にオンオフ可能なように変化させて、イカの iridophore と同じようなパッチを形成することに成功している。

面白いのは、このパッチが異なる光を反射しているときは、遠赤外光も遮断することから、断熱材としても使えることで、必要に応じて熱を通したり、熱を遮ったりする面白いシートが可能になっている。

工学的なことはよくわからないのでこのぐらいにしておくが、イカの特徴をしっかり学ぶことができた今週号のサイエンスだった。

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