イタリア・ミラノにあるサンラファエロ研究所は遺伝子治療のダイナミックな研究を発表し続けている研究所で、今振り返ってみるとなんと7回も論文を紹介している。論文を読むとき最初は著者は気にしないようにしているので、面白いと引きつける研究が多いのだと思う。
今日紹介する論文は2022年6月に紹介したCXCR4に対する抗体を使って血液幹細胞を末梢に追い出し遺伝子導入した骨髄細胞を定着させるという、患者さんに負担の少ない遺伝子治療開発を目指すプロジェクト(https://aasj.jp/news/watch/19804)の一つで、今度は直接遺伝子を静脈注射して遺伝子治療を行うための条件を調べた研究だ。5月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo haemopoietic stem cell gene therapy enabled by postnatal trafficking(生後の造血幹細胞の移動が生体内での遺伝子治療を可能にする)」だ。
難しいテクノロジーは全く使わない驚くほどシンプルな研究で、レンチウイルスに導入した蛍光マーカー遺伝子を直接マウスに注射して、造血幹細胞に導入する条件を探索しているだけだ。とはいえ、ベクターを直接注射してもまず遺伝子は導入できない。
この理由を考えると、最も未熟な幹細胞は骨髄では静止期にあることが多い。そのため、骨髄移植には徹底的な幹細胞アブレーションが必要になる。著者らは胎児造血から骨髄造血へと移行する時期は、一度末梢に造血幹細胞が流れたあと骨髄ニッチに定着して増殖を始めるので、この時期を狙えば直接遺伝子導入が可能ではないかと着想する。
そこで、末梢血に血液幹細胞が多く流れる時期を探すと、期待通り新生児期に幹細胞が骨髄へと移動するとき末梢血中の数が上昇することを確認する。この時期にレンチウイルスに組み込んだGFPを静脈注射すると、うまくいった場合20%近い幹細胞に遺伝子導入が可能で、導入した遺伝子の組み込みサイトから、かなりの数の遺伝子導入された幹細胞が長期間造血を続けることを発見する。
あとは、これまでの研究に基づきインターフェロンを阻害したとき、またCD47を強く発現してマクロファージの取り込みを防ぐことで、さらに遺伝子導入の効率を高められることを示している。
このように、新生児期という限られた時期を狙えば、ウイルスベクターを静脈注射するだけで幹細胞への遺伝子導入が可能であることを確認できたので、小児の遺伝性の免疫不全や遺伝子疾患モデルの治療を試みている。Adenosine-deaminase (ADA) 欠損症と、DNA修復異常の Fanconi 貧血をモデルとしているが、Fanconi の方だけ紹介する。
Fanconi 貧血の場合元々造血幹細胞の数は低いが、新生児期にベクターを注射すると、時間とともに白血球数やリンパ球数が正常化するのが見られる。さらに、マウスをマイトマイシンで処理すると、修復異常により貧血を悪化させることができるが、遺伝子導入後にこの処理を行うと、遺伝子導入された幹細胞のより選択的な増殖を観察することができ、貧血もほぼ完全に治療できる。
最後に、人間についても新生児期から18ヶ月まで末梢血の幹細胞数を調べ、マウスと同じように末梢血に幹細胞が流れて、骨髄への移動が見られることを示し、すぐに人間でも臨床治験を行える可能性を示唆している。
他にも、新生児期でなくても、生後の早い時期であればG-CSFを注射して幹細胞をもう一度末梢に動員することでも直接遺伝子導入が可能であることも検討したりしているが、とりあえずは遺伝子疾患を胎児期に特定して、生後すぐに遺伝子を注射という治験が行われると期待している。
単純だが臨床へのトランスレーション意図が明確な研究だと思う。