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6月12日  LOYがLOYを呼ぶ(6月4日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月12日
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ガンの多くはゲノムが不安定で、小さな変異は言うに及ばず、Y染色体が全て失われる (LOY) 変化がしばしば観察される。一方、正常人でも高齢になると骨髄幹細胞でLOYが起こり、これが増えると寿命が短くなることも知られており、LOYはガンだけに特異的な話ではない。

今日紹介する UCLA からの論文は、LOYを示す上皮性のガンの周りにはLOYを示す血液細胞が多いというメカニズムが想像しがたい不思議な研究で、6月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Concurrent loss of the Y chromosome in cancer and T cells impacts outcome(ガンとT細胞で同時にY染色体が失われると予後に影響する)」だ。

この研究ではゲノムを直接調べるのではなく、Y染色体から転写される遺伝子の発現量を用いてLOYを推定する方法を開発し、これを用いてガンゲノムデータベースから、LOYの頻度を計算し、LOYのガンへの影響を調べている。これまでも示されていたように、LOYの多いガンでは予後が悪くなる。

LOYによる転写レベルの変化を調べると、細胞周期に関わる遺伝子は言うに及ばず、様々なガン遺伝子により誘導されることが知られる、ガンをガンたらしめる遺伝子の発現が上昇し、免疫から逃れられるために発現するチェックポイント分子が上昇、そして抗原提示など免疫刺激遺伝子は低下することがわかる。すなわち、LOYにより特定の遺伝子が変化するというより、大きなゲノムレベルのリプログラムが起こりこれが予後を悪くしている。

LOYと相関する患者さんの生活習慣を調べると、喫煙やヘルペスウイルス感染がリストされるので、LOY自体は遺伝的に決まるだけでなく、様々な発ガン要因の結果として誘導されていることがわかる。

さて、ここまでは納得するのだが、この研究ではガンのゲノムデータベースから、ガン周囲の血液細胞のLOYについて調べ、なんとLOYを示すガンの周りに浸潤する血液細胞でもLOYの頻度が高まっていることを発見する。一方、同じ患者さんの末梢血ではLOYの頻度は変わっていないので、ガン周囲組織特異的な現象であることがわかる。

この全く予想外の結果を動物実験レベルで確認するため、ガンをマウスに移植する系でガン周囲組織の血液を調べると、LOYを移植したガンの周囲組織でマウスの血液細胞のLOYが上昇していることを発見する。

残念ながら、なぜこのような現象が起こるのかについての実験はここまでで、あとはガンのLOYとともに、周囲組織のT細胞にLOYが同時に認められるときに、最もガンの進展が大きいことをデータベースから確認している。

以上が結果だが、このような不思議な現象が起こる可能性は、LOYによりケモカイン反応性が変わり、LOYのガンがLOYの血液を優先的に呼ぶのか、あるいはLOYのガンから分泌される例えばエクソゾームの中にゲノム不安定性を誘導する何かが含まれているのか、本当ならここまで調べて論文にしてほしかった。

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