このブログでも何度か紹介してきたように、甘味を高める目的でコーンシロップ(高果糖液糖)が加えられた飲料や食品は、少量であれば小腸上皮で代謝されるが、通常は門脈を通じて肝臓に運ばれ、そこで代謝される。このとき、果糖はブドウ糖と異なり代謝を律速する酵素を必要とせず、制御されない形で急速に分解されるため、過剰な脂肪酸合成やミトコンドリアへの負荷を引き起こし、その結果としてインスリン抵抗性や脂肪肝が生じることが知られている。
最近では、コーンシロップを多く含む甘味飲料を過剰に摂取している母親から生まれた子どもに、不安障害などの神経症状が見られるという報告が注目されてきた。ただし、脳における果糖のトランスポーター発現は低く、これらの症状が果糖の直接的な影響なのか、あるいは間接的な影響なのかは明確ではなかった。
本日紹介するのは、米国スローン・ケッタリング研究所からの研究で、2024年6月11日付の Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Early life high fructose impairs microglial phagocytosis and neurodevelopment(発達初期の高果糖摂取はミクログリアの貪食能を障害し、神経発達を損なう)」です。
この研究では、脳の免疫細胞であるミクログリアが、果糖を取り込むトランスポーターGLUT5を高発現していること、さらに血中に果糖が存在するとミクログリアの貪食能が低下し、それが不安様行動につながることをマウスモデルで示した。これは、臨床での観察報告を動物モデルで再現し、そのメカニズムを明らかにした典型的な研究といえる。
具体的には、新生児マウスに果糖を直接胃内投与すると、脳内ミクログリア数が減少し、貪食されずに残る死細胞が蓄積して神経発達が障害されることが観察された。同様の異常は、妊娠中の母マウスに果糖を摂取させた場合にも出生児に見られたことから、臨床現象と一致するモデルであると結論されている。
さらに、脳全体としてはGLUT5の発現は非常に低いものの、ミクログリアに限ってはGLUT5を明確に発現しており、果糖の取り込みに応じてその発現がさらに増強されることも示されました。そこで研究者らは、GLUT5を白血球系細胞(ミクログリアを含む)で欠損させたノックアウトマウスを作製し、果糖摂取によるミクログリアの異常が消失することを確認している。
同様に、果糖を摂取している母親の胎内で発育し、出生後に母乳で育てられた新生児マウスにおいても、胎児期から白血球系でGLUT5をノックアウトしておけば、果糖の悪影響は全く見られないことが示された。
果糖による影響は、ミクログリアが果糖を直接取り込み、その代謝状態が変化することで貪食能が低下するという機序で説明されます。この仮説を検証するために、マウス由来およびヒトES細胞由来のミクログリアを用いた培養実験が行われ、果糖の添加により貪食能が低下することが実験的に確認されました。さらに、GLUT5欠損ミクログリアをコントロールとした比較実験により、果糖がGLUT5を介して直接ミクログリアに作用していることが明確に示されている。
では、なぜ果糖がミクログリアの貪食機能を低下させるのか?この点は簡単には解明できないが、研究チームはさらに踏み込み、ミトコンドリアに局在するヘキソキナーゼ2(HK2)の関与を調べた。その結果、HK2を阻害するとミクログリアの貪食機能が回復し、逆にHK2が活性化してミトコンドリアに局在すると貪食機能が低下するという、これまでの研究と整合する結果が得られた。これにより、果糖がミクログリア内でHK2の活性を高め、それが貪食能の抑制に繋がっているという結論が導かれた。
最後に、果糖の摂取によって生じた不安様行動は、白血球特異的GLUT5ノックアウトマウスでは見られず、ミクログリアの機能障害こそが果糖による小児の神経行動異常の一因であると結論づけられた。
研究全体としては、技術的に目新しい手法を用いたわけではないが、臨床現象をモデル化し、細胞・分子レベルで原因を追究した点で、非常に価値のある研究だと感じる。