今月は変わった臨床検査についての2論文から始める。
最初は6月12日Current Biologyに掲載された(図)。

タイトルにあるように、左右の鼻孔に吸気と呼気の圧の微妙な違いを(24種類のパラメータ)検出できるセンサーをつけ、24時間呼吸を記録して、それをAIに学習させたモデルを作成している。このモデルを用いると、新しくインプットした呼吸パターンからほぼ完全に個人を特定できる。寝ているときより、起きているときのパターンの方が正確に個人を特定できる。また、測定日を変えてもほぼ同じパターンが維持されることも確認されている。
次に、このパターンから身体の状態を予測できるか調べて、身体的計測ではBMIと高い相関が示されている。睡眠時無呼吸症候群など肥満と関わる呼吸状態はよく知られているが、覚醒時の長期記録でBMIが予測できるのは面白く、詳しい原因を知りたいところだ。
また、自己申告から判断した、ムードや不安、さらに人付き合いなどのスコア(うつ病、不安症、自閉症診断に用いられる)もそれぞれ明確な相関を示していた。
以上が結果で、これで難しい診断が可能になるというものではないが、呼吸のパターンに精神や新多状況が反映されていることを知るだけで十分だと思う。
次は5月28日Analytical Chemistryにオンライン掲載された中国浙江大学からの論文で、パーキンソン病(PD)を耳垢の揮発性有機化合物から診断できるという論文だ。

研究ではPDと健常人の耳垢を採取、その中に含まれる揮発性物質の種類をガスクロマトグラフィーと質量分析を組み合わせて測定している。また人工的においセンサーを用いた測定も行い、それらをやはりニューラルネットに機械学習させ、診断が可能かを調べている。
揮発性の物質を検出しているので、要するに耳垢のにおいから診断が可能かという課題だ。詳細は省くが、検出された4種類の揮発物質が最もPD診断と相関が高い。しかし、それだけではなく結果全体をインプットし、さらに匂いセンサーデータを統合することで、ROCで98%という診断率が可能になっている。
結果は以上で、面白い着想だが、相関の高い分子をさらに探索し直すことで、PDの新しい病態を理解できるようになるかもしれない。
最後は末梢血中のDNAからガンを診断するliquid biopsyについて5月22日Cancer Discoveryにオンライン掲載された論文で、話題としては何を今更という感があるが、日本賞も受賞しているガンゲノミックスの大御所Bert Vogelsteinの研究室からということで取り上げた。

研究では動脈硬化の経過を調べるための小さな地方コホートを利用して、登録時からガンの発見に至るまでの血液サンプルからDNAライブラリーを作成し、シークエンスベースで特定の変異を探索している。即ち、全ゲノムを解読するのではなく、40種類の変異に絞って変異があるかを調べている。方法としてはさすがVogelsteinと思う完全かつ簡便な方法になる。
結果だが、52人のうち26人がコホートスタートから6ヶ月でガンと診断されている。このうち8人で最初の採血サンプルでガンの変異を持つDNAが発見されている。即ち診断率は3割ぐらいになり、診断率は低いと片付けられる可能性はある。しかし、ガンを発症しなかった残りの26例では、全く擬陽性がなく、またその後のフォローでも陰性のまま経過していることを考えると、陽性率は低くても、ガンの特異診断法としては価値があると思う。
では早期診断かというと、発見された患者さんのうち5例がなくなっていることを考えると、早期診断に役立っているとは結論できないようだ。
最後に、ガンと診断された患者さんたちが残していたさらに以前の血清についてすでに特定された変異であれば何年も前からガンのDNAが血中に存在するか調べている。0.2% 以上の頻度で見つかる例が2例存在し、さらに0.1%程度が2例存在することから、感度さえ上げれば早期診断も可能かもしれない。
いずれにせよ、Vogelsteinが集大成として早期診断に真面目に取り組んでいるのに頭が下がる。