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6月2日 NK細胞と脂質:複雑な脂質機能の一端を覗える論文(6月26日号 Cell 掲載論文)

2025年6月2日
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一般の人が脂質と聞くと、飽和/不飽和脂肪酸、トライグリセライド、コレステロールを思い浮かべると思うが、実際には細胞膜形成に必要な構造脂質、エネルギー代謝に関わる脂質、プロスタグランディンなどのシグナル伝達脂質、ビタミンなどのコファクター脂質など様々な機能を担う脂質が存在し、全体像が語れるのはかなりのプロだけで、現役時代は医科研の竹縄さんのような本当のプロに教えてもらうしかなかった。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、脂質機能の複雑さがよくわかる論文で、6月26日号の Cell に掲載予定の研究だ。タイトルは「Selective requirement of glycosphingolipid synthesis for natural killer and cytotoxic T cells(グリコスフィンゴリピッド合成はNK細胞と細胞障害性T細胞に選択的に必要とされる)」だ。

タイトルにあるグリコスフィンゴリピッド (GSL) はセラミドと糖質が結合した脂質で、細胞膜に存在して細胞間相互作用に関わることが知られている。私の現役時代から、GSLの一つのアシアロGM1がNK細胞を特異的に除去する分子マーカーになることが知られ、利用されていた。

ただ、今日紹介する論文は脂質代謝のプロからの研究ではなく、免疫とサイトカインの研究では大御所の一人と言えるJohn J. O’Shea研究室からの論文で、NK細胞で働いているスーパーエンハンサー (SE) の探索から始まっている。

これまで何度も紹介したようにSEは一つの遺伝子の発現を高めるために多くのエンハンサーが動員される仕組みで、細胞特異的に特定の遺伝子発現を高めるとき形成される。この研究ではNK細胞に重要な分子を知るという目的でエンハンサーコンプレックスに存在する p300 が濃縮されている領域を探索し、これまでNK機能に重要とされてきた遺伝子に伍して、セラミドに糖鎖を添加する酵素 UGCG がリストのトップに来ることを発見する。

当然NKマーカーasialoGM1のことを思い浮かべたと思うが、この酵素は様々な糖脂質合成の根幹にあるので、ノックアウトでその機能を調べている。まず、NK細胞特異的に UGCG をノックアウトすると、NK細胞がほぼ消失する。さらに血液系全体で UGCG をノックアウトすると、他の細胞には大きな影響がなく、NK細胞が特異的に減少することがわかった。

幸いこの酵素に対する特異的阻害剤 Ibiglustat (IGS) が存在するので、IGS投与実験を行いNK細胞への影響を調べると、細胞障害性の分子が詰まった顆粒の数が低下し、また標的と相互作用したときに起こる脱顆粒が低下、その後NK細胞が死ぬことを発見する。そしてこの経路で合成される LacCer を細胞外からNK細胞に添加すると、IGSによるNK細胞死が防げることを発見する。

以上の結果から、UCGC はグリコスフィンゴリピッドを供給することで、アシアロGM1などを介する標的とNK細胞の相互作用に関わるとともに、細胞障害性顆粒の維持と、脱顆粒プロセスに必須で、これが欠損するとNKの細胞障害性機能は完全に失われる。さらに LacCer 合成を通してNK細胞自身が細胞障害性分子の作用で死ぬのを防御していることが明らかになった。

即ち、細胞障害性を獲得するための必要条件を実現する仕組みとして UCGC による糖脂質合成が存在することがわかるが、だとすると血液全体で UCGC をノックアウトしてもキラー細胞が減少しないことは不思議になる。そして、キラー細胞は抗原で刺激されたときには UCGC を強く発現し、ガンやウイルス感染時にキラー機能を維持するための糖脂質を供給するとともに、記憶キラー細胞を形成できるよう細胞死が起こらないよう守っていることが明らかになった。

以上のように、脂質の機能は本当に複雑だ。

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