毎日分化細胞を生産する必要がある幹細胞システムは、当然変異が発生する頻度も高く、その結果他の幹細胞より増殖優位性を獲得するクローンが発生する危険をはらんでいる。このような変化を見つけやすい造血系でクローン性増殖として研究が進んでおり、年齢とともに頻度が増え、動脈硬化などの疾患を促進し、死亡率を高めることがわかっている。
これに対し今日紹介するベイラー医科大学からの論文は、クローン性増殖も悪い話ばかりではなく、アルツハイマー病に関しては進行を抑える可能性を示した研究で、7月2日 Cell Stem Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TET2-mutant myeloid cells mitigate Alzheimer’s disease progression via CNS infiltration and enhanced phagocytosis in mice(TET2変異を持つ骨髄細胞は脳に浸潤し貪食を亢進させてアルツハイマー病を抑える)」だ。
この論文を読むまで気がつかなかったのだが、2023年にスタンフォード大学のグループが血液のクローン性増殖とアルツハイマー病 (AD) リスクが逆相関するという論文を Nature Medicine に掲載していた (Vo.29, 1662) 。オッズ比で0.65と低下しているのでかなりの効果だ。
この研究ではこの結果の再検討をUKバイオバンクデータを使って行っている。ところが期待に反し、クローン性造血との相関を見ると、ほとんどリスク低減効果は見られなかった。ただ、UKバイオバンクでは血液細胞のゲノムを解析したグループが存在し、この結果を基にクローン増殖に繋がる遺伝子変異を調べると、6割のクローン性増殖を占めるDNAメチル化酵素 DNMT3a の変異を持つ人の場合はオッズ比で1.11と逆にリスクを高めているが、クローン性増殖の2割で見られる TET2変異を持つ場合は、オッズ比で0.53とリスクが半減することがわかった。
あとはマウスで DNMT3a欠損血液幹細胞と、TET2 欠損血液幹細胞をそれぞれ移植した ADモデルマウスで TET2変異を持つ血液細胞のAD進行を遅らせるメカニズムを探っている。残念ながら、放射線照射マウスへの幹細胞移植、さらには全身炎症を誘導するための LPS投与など、鎖を明確化するための様々な処理が行われているので、完全にヒトのモデルと言っていいかは難しい。
しかし、この条件下で TET2欠損血液はケモカインレベルなど強い炎症活性化状態を示し、脳への浸潤性が高い。しかも脳内で、活性化されたミクログリアと同じような遺伝子発現パターンを示し、その結果貪食活性が高まっており、おそらくアミロイドプラークを除去する活性が高い。一方で DNMT3a が欠損した白血球では LPSで炎症を誘導しても、このような性質は全く示さない。
以上が結果で、少し凝った条件を用いてはいるが、ヒトでの統計的調査を実験的に裏付けた事は間違いないと思う。TET2 は DNAメチル化を外す方向に働くため、これが欠損するとメチル化DNAが増加する。一方 DNMT3a は新たな DNAメチル化に関わる酵素なので、これが欠損すると DNAメチル化は低下する。今後この違いが具体的にどのような機能の違いになっているのかを調べることが必要になるだろう。一方、動脈硬化症などクローン性増殖が関わる様々な疾患も、変異により層別化し直して、ADと比べることも重要だと思う。確かに現象論にとどまる研究だが、将来の治療可能性も示唆するので、是非末梢からのマクロファージで AD は治療できるかという課題として、研究が進むことを願う。