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7月28日 Bakerさんのタンパクデザインシステムを用いてCARTを作成する(7月24日号 Science 掲載論文)

2025年7月28日
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先日、抗体の作成が難しいタンパク質の天然変性領域に結合するタンパク質の設計を可能にした David Baker さんの研究を紹介したばかりだが(https://aasj.jp/news/watch/27138)、今回は、T細胞受容体では認識できても抗体の作成が難しい主要組織適合抗原 (MHC) に結合した抗原ペプチドに対して、全く新しい結合タンパク質を設計する研究についての論文を紹介する。この分野において、1編はBakerさんの研究室から、もう1編はコペンハーゲン大学から、いずれも7月24日号の Science 誌に掲載された。

本来であれば、システムを開発したBakerさんの論文を紹介すべきところだが、この手法がすでに広く普及して他の研究室でも使われていることを示す観点から、今回はあえてコペンハーゲン大学の論文を取り上げることにした。論文のタイトルは:

“De novo-designed pMHC binders facilitate T cell–mediated cytotoxicity toward cancer cells”
(ペプチド-MHC複合体に対して新たに設計した結合タンパク質が、T細胞によるガン細胞の細胞障害反応を媒介する)

Baker さんが開発したタンパク質設計システムでは、まず標的となるアミノ酸構造に対応した3次元構造を、RFdiffusion と呼ばれる方法で設計する。続いてその構造を ProteinMPNN によってアミノ酸配列に変換する。その後、得られた配列が本当に標的と結合できるかどうかを AlphaFold2 を用いて予測し、構造の適合性を検証する。適合が不十分であれば、再度 diffusion による部分的に設計をし直し、再び配列化し適合性を検証する。このサイクルを繰り返すことで、最適な結合タンパク質を計算的に設計する。

本研究でもこの手法をそのまま踏襲している。具体的には、結晶構造が明らかとなっている MHC 結合型腫瘍抗原ペプチドをもとに、どのアミノ酸と結合すべきかという指示に基づいて RFdiffusion で結合タンパク質を設計し、ProteinMPNNで配列化、その後さらに配列をファインチューニングしている。独自の工夫としては、AlphaFold2 による予測構造に結合スコアを表示させるようにしている点が挙げられる。

設計した結合タンパク質の遺伝子配列を、T細胞受容体の細胞外ドメインと置き換えてキメラ型T細胞受容体 (CART) を作成し、これをレンチウイルスでT細胞に導入。その後、MHC/ペプチドテトラマー複合体を用いた染色法により、標的と結合するかを評価した。その結果、多くの設計タンパク質が目的のMHC/ペプチドに結合可能であることが確認された。

その中で最も高い結合力を示した「NY1-B04」を選抜し、その結合力の構造的基盤を解析した結果、予想通りペプチドとの密接な接触が高い結合力の要因であることが示された。

次に、NY1-B04 を細胞外ドメインに持つ CART細胞を用いて、腫瘍細胞に対する細胞障害活性を評価し、ペプチド特異的なキラー活性を確認。このことから、本手法がそのままCART療法に応用可能であることが示された。

さらに、新たな抗原系として、転移性メラノーマで発現が確認されている腫瘍ネオ抗原ペプチドと MHC の組み合わせに対しても、AlphaFold2 で構造予測を行い、それをもとに同様の方法で96種類の結合タンパク質を設計した。これらを全てT細胞株に発現させ、FACS を用いて結合活性を評価。その中から高い結合を示した SILSY1-G05 を選び出すことに成功している。

本研究は、これまで抗原特異的な抗体やT細胞受容体に依存してきた CART の開発が、抗原ペプチドの情報さえあれば、in silico で個別に設計可能であるという道を開いたことを示している。今後、CART が効きにくい固形ガンを対象に、本手法を用いた実証研究が進むことが予測される。

何よりも驚くべきは、進化の過程で形成されてきた「MHC/ペプチド/T細胞受容体」の複雑な三者関係を、人為的に再構築し、しかもまったく新しい分子設計により代替可能にしたという点である。

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