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2月13日 ネアンデルタール人の脳をどこまで再現できるか(2月12日号 Science 掲載論文)

2021年2月13日

ドイツマックスプランク研究所のペーボさんたちによりネアンデルタール人のゲノムが明らかになってから、彼らの形質について様々なことを理解することができた。もちろんゲノムだけから形質を特定することはまだ難しいが、幸いネアンデルタール人由来の遺伝子は私たちのゲノムに多型として流入しており、多型の違いによる形質の差を利用できる。一方で、この様な流入の見られない遺伝子の機能を調べることは簡単ではない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ホモサピエンス特異的なゲノム多型を探し出し、ネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人との多型と、iPSを用いて機能的に比べた研究で2月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Reintroduction of the archaic variant of NOVA1 in cortical organoids alters neurodevelopment(NOVA1遺伝子の古代人型変異を脳皮質のオルガノイドに再導入することで神経発生を変化させる)」だ。

この研究では脳に発現してスプライシングに関わることがわかっている遺伝子NOVA1に、ほぼ全てのホモサピエンスに存在するが、ネアンデルタール人、デニソーワ人などの古代人や、他の動物には存在しない、アミノ酸配列の違いを発見し、次にクリスパー遺伝子操作を用いて古代人型配列に変化させたiPSを作成し、iPSから誘導した脳オルガノイドを用いて、機能的違いがないか探している。古代人が出てくるため話が大きくなってはいるが、実際行われているのは、NOVA1遺伝子の200番目のアミノ酸がイソロイシンからバリンに変わったらどうなるかという話だ。

おそらく結果は予想以上で、脳オルガノイドの増殖が低下しており、できたオルガノイドの大きさが小さい。さらに、オルガノイド表面がスムースでないという特徴を持っていることがわかった。細胞学的に調べると、増殖は高まっているのに、成熟が遅れる特徴を持っている。

この遺伝子はスプライシングに関わるので、それぞれのNOVA1分子のRNA結合について調べている。残念ながらこのレベルでは特に大きな変化は見られていないが、古代人型の分子はオルタナティブスプライシングの起こる、最後のエクソンや、3‘非翻訳領域に結合する傾向が見られている。

この様に直接のスプライシングに関わる機能の差は小さいものの、その効果は増幅されて、最終的に多くの遺伝子の発現の差を生み出している。詳細は省くが、発生や増殖、さらにはシナプス結合に関わる分子に差が出ている。

また、single cell RNA seqを用いてオルガノイド中の細胞を調べると、古代人型では成熟が遅れていることがわかる。

ただこの様な発現解析だけでは機能的差がはっきり分からないので、最後にシナプス結合に絞って様々な探索を行い、

  • 古代人型のオルガノイドのシナプスでは、グルタミン酸受容体を含む重要なシナプス特異的分子の発現が低下している。
  • その結果、オルガノイドの神経間で見られる、シナプス接合が低下している。
  • 神経興奮を生理学的に調べると、興奮自体は古代型オルガノイドで高まっているが、神経同士の同調性ではホモサピエンス型が優っている。

を明らかにしている。

結果は以上で、「ではネアンデルタール人の脳は本当に我々より劣っていたのか」と問うても、答えが出る様な結果ではない。そもそもiPS培養や、分化培養は不安定で、結果がばらつき易い。そのため示された変化のどこまでが、古代人との差を反映しているのかももう少し丁寧に検証した方がいい様に思う。とはいえ、ゲノムをもとに、古代人の機能を少しでも現代に蘇らせることは21世紀の課題だ。その意味で、個人的にはこの研究は高く評価したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月12日 新しい経皮的腫瘍局所削除法(2月10日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月12日

肝臓ガンの9割は慢性肝炎が合併しているため、ガン自体が手術可能と分かっても、肝機能不全に陥る可能性があると、肝臓移植以外に外科的治療の余地はない。代わりに現在では、ガンに直接針を刺して電気的にガン細胞を焼きゃくする方法が主流になっている。他にもエタノールを直接注射して、ガン細胞を殺す方法も試みられているが、焼きゃく法にはかなわない様だ。

今日紹介するアリゾナ州フェニックスにあるメイヨークリニックからの論文は、細胞膜障害分子を用いることで、現在は分が悪いアルコール注入療法に代わる、ガン局所注入治療開発を目指した全臨床試験で、2月10日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Percutaneous liquid ablation agent for tumor treatment and drug delivery(腫瘍の治療と薬剤デリバリーのための経皮的液体細胞除去剤)」だ。

この研究では、ガン内に直接投与して癌細胞を障害する溶液として、Cholin bicarbonateとgeranic acidを混ぜることで、粘性を持って長期に組織内に留まり浸透圧の低い低張液として働き、さらにgeranic acidが細胞膜の脂肪酸と相互作用して膜をスカスカにする効果が得られると着想し、この処方(LATTEと名付けている)をマウス肝臓ガンで調べている。

LATTEの至適濃度を決めた後、マウス肝臓ガンに注射すると、期待通り長期間ガンに留まり、エタノール注入と比べると、ガン縮小効果がかなり高いことがまず明らかになった。組織的にも、増殖細胞はほとんど消失し、細胞死マーカー陽性細胞が何十倍にも跳ね上がる。すなわち、アルコール注入に変わって、電気焼きゃくに匹敵する効果が得られる注入液が得られた。

次に、注入液には焼きゃく法にはない利点があることを示す目的で、ドキソルビシン(アドリアマイシン)を注入液に溶かし、細胞膜障害による抗腫瘍効果に抗ガン剤の効果を加えることができるか調べている。

まず試験管内でヒト肝臓ガン細胞をLATTEとドキソルビシンの混合液に晒すと、ドキソルビシンの細胞内への移行が2倍高まり、細胞の活動が強く抑制できることを確認している。

この上で、最後にウサギの肝臓ガンモデルで、超音波モニターによる眼内注入を行い、周りの組織をそれほど傷めないで、ガンを除去できることを示している。最後に、障害の広がりを調べる目的で、正常の豚の肝臓にLATTEを注入(LATTEにはMRI造影剤が混ぜてある)、LATTEの組織内浸透スピードが大体90分で22.8倍に達すること、これをMRIでモニターできることなどを確認し、注入液の効果が大体ガン特異的になる様計画できることを示している。

以上が結果で、実際の臨床研究はまだ行われていない様だが、需要は多く、治験もすぐに行われる様に思う。焼きゃく法と比べると単純で、しかも抗癌剤と組み合わせられる点で、結構利用が広がる様な予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日 1型糖尿病早期発見の努力(2月4日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2021年2月11日

先月、すでに臨床に利用されているTNFαに対するモノクローナル抗体が、診断後早期であれば、1型糖尿病の進行を遅らせることを示した治験論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/14635)。もし発症リスクのある患者さんをもっと早期に把握できれば、さらに様々な治療法が開発できる期待は大きい。この可能性を求めて、1型糖尿病の遺伝的リスクの高い子供さんを集めて発症までの経過を調べるコホート研究が世界中で行われている。

今日紹介するコロラド大学からの論文は、コホート研究で集まった臨床サンプルを用いて、発症に関わる自己抗原を探索した研究で2月4日米国アカデミー紀要にオンライン出版された。タイトルは「T-cell responses to hybrid insulin peptides prior to type 1 diabetes development(1型糖尿病発症前に見られるハイブリッドインシュリンペプチドに対するT細胞反応)」だ。

最近自己抗原の中には、細胞内でシトルリン化など、タンパク質ができてから様々な変更を受けた分子が存在することが示されてきた。インシュリンや膵臓ベータ細胞に対する自己抗体が検出されている1型糖尿病でも例外でなく、インシュリンペプチドとベータ細胞由来の他のペプチドがキメラになった分子に対するT細胞の反応が存在し、マウスモデルでは発症までの経過と強く相関することが知られている。

この研究ではMHC など1型糖尿病の遺伝リスクが高い6ヶ月から2歳の子供のコホート研究で集められた末梢血を用いて、これまで特定されているインシュリンのキメラペプチドに対する反応を追跡した研究で、インターフェロンとIL-10分泌を指標に、炎症促進型のT細胞反応か、炎症阻害型のT細胞反応かについて調べている。また、子供たちをインシュリンに対する抗体陽性と、抗体陰性群に分けて調べている。インシュリンキメラペプチドとして特定されている分子の中には、他の分子ととキメラだけでなく、インシュリンの前駆体やインシュリン自身がキメラを形成している分子があり、ここではインシュリン内キメラと呼んでおく。

結論は以下の様にまとめられる。

  • インシュリン自己抗体の有無にかかわらず、1型糖尿病遺伝リスクの高い子供たちには、インシュリン内キメラペプチドおよびキメラペプチドに対するT細胞反応が検出できる。
  • インシュリン内ペプチドに対してはIL-10分泌反応が優勢の傾向がある。また、自己抗体陽性の子供では、インターフェロン優位の反応が起きやすくなっている。
  • 発症までの過程では、多くの自己免疫病でみられる様に、T細胞の反応が揺れる。特に、インターフェロンとIL10の比で想定される炎症の変化は大きく触れる。一方、ワクチンに対する反応はインターフェロン優勢の炎症型で固定している。
  • キメラペプチドに対するT細胞反応は、炎症型への変化と、病気の発症、病態に明確に関与する。

結果は以上で、臨床データなので明快とはいかないが、1型糖尿病の発症が抑制性T細胞と、炎症型T細胞のバランスの上に存在し、それが炎症型へと傾いて、最終的に自己抗体産生、そして発症につながることがわかる。この反応をそのまま検査に使って早期診断まではいかないだろうが、以前紹介したRNAワクチンも含めて(https://aasj.jp/news/watch/14693)、早期に発見できれば今後発症を止めることができる可能性は高いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月10日 エピジェネティックス超大御所が見るCovid-19:プラトン対話編(Review前のbioRxivプレプリント)

2021年2月10日

なるべく査読を通る前の論文は紹介しないことを心がけているが、今日は別だ。新型コロナウイルス禍の中でも、独自の研究成果を着々と発表しているエピジェネティックスの2人の大御所、Rudolf JaenischとRichard Youngが、なんとCovid-19にも一言とばかりに論文をまとめたのだ。今は査読前だが、これまでの実績からデータは信頼できるし、それ以上に2人の意思を拒否できるレフリーもそうはいまい。結局ほとんど変更なしにどこかに掲載されること間違い無い。

しかし「わざわざ、covid-19にお出まして頂かなくともいいのに」、と論文を読んでみると、大御所たちと若者の会話の中でふっと湧き上がった疑問を、ちょっと確かめてみようかと腰をあげた、と、言った感じの軽い論文なのがわかった。しかしタイトル「SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome(SARS-CoV-2  RNAは逆転写されてヒトのゲノムに統合される)」は人騒がせだ。大御所たちがニンマリしているのがわかる。

そこで仲野徹さんを真似して、関西弁、プラトン対話編形式で論文を紹介することにした。

プラトン:世間では、PCRが陰性になったのに、また感染する人がいると騒いでるで。

弟子:またPCR陽性になっても、人にはうつらんらしいです。

プラトン:しかしcovid-19の完成度は結構高いし、そう簡単に中途半端なウイルスができるとは考えられんな。ひょっとしたら、RNAウイルスも、ゲノムに飛び込むのと違うか?それなら不完全な配列ができてPCRで引っかかるかもしれん。

弟子:ホンマなら、コロナが感染した細胞のデータベースでわかるかもしれません。

プラトン:ええアイデアや。ウイルスとホストのゲノムがキメラになったRNAが見つかるかデータベースで調べてみて。

弟子:先生、結構みつかります。感染した培養細胞以外でも、患者さんの肺の洗浄液では結構見つかります。気づいとらんだけです。

プラトン:ほな、RNA 逆転写酵素が高い細胞にCov-2を感染させて、ゲノムに飛び込むか調べてみて。発現RNAの多いNタンパク質配列で調べるだけでエエし。

弟子:先生、エイズウイルスの逆転写酵素でも、LINEトランスポゾンの逆転写酵素でも、細胞に発現させると、ゲノムからウイルス配列を検出できます。

プラトン:予想通りや。ホナ、ちょっとしんどい実験やけど、FISHでほんまにNタンパク質配列がゲノムにあるか確かめて。

弟子:先生、なんと35%の細胞のゲノムがN配列を持ってます。

プラトン:予想通りや。これほど高い確率ちゅうことは、コロナに感染するとLINE-1が活性化して、普通よりはゲノムに飛び込みやすいのかもしれんな。もう一回コロナ感染細胞データベースで見てみて。

弟子:先生、予想通りです。感染するとLINE-1が増えてます。ホンマか自分でも調べてみます。これも気づいとらんだけです。

プラトン:頼むわ

弟子:先生、確認できました。感染させると、LINE-1も上がり、ウイルスがゲノムの中にも飛び込んでます。多分LINE−1の逆転写酵素が働いたみたいです。気になってついでにやってみたのですが、サイトカインが出ているいろんな細胞の培養液でもLINE−1が出てます。結局、細胞にストレスがかかればLINE-1がでて、ウイルスがゲノムに飛び込めるみたいです。

プラトン:なかなかエエ実験や。これやったら論文にできるな。

弟子:ありがとうございます。

ソクラテス:要するにコロナが感染して、LINE−1が上がり、その逆転写酵素でウイルスの一部がDNAになってゲノムに入るちゅうことですな。チョット恐ろしい気もするけど、別に完全なウイルスがゲノムに入るわけとは違うし、問題ないやろ。ただ、感染したあと細胞が生き残ったら、T細胞免疫を刺激して、免疫記憶ができるかもしれんな。要するにクリスパーみたいな仕組みが人間にもあって、ウイルスから守ってくれてるちゅうことやな。おもろい。

最後のソクラテスは私の脚色です。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月9日 頭部神経堤細胞が多能性を獲得するメカニズム(2月5日号 Science 掲載論文)

2021年2月9日

顎口類の進化に伴って新たに発生する頭部組織は、胚発生初期にまず外胚葉、そして頭部神経管細胞へと分化したあと発生する頭部神経堤細胞に由来する。すなわち頭部神経堤細胞は初期発生での分化制限から解放される必要がある。ずいぶん昔紹介したが、アフリカツメガエルでは、初期発生で通常失われる多能性幹細胞のプログラムの発現を維持できる細胞が存在し、その末裔が頭部神経堤細胞に分化して多能性を発揮するという可能性が提案された(https://aasj.jp/news/watch/3363)。ただ、現役時代、一度多能性プログラムが消えた細胞から多能性マウス神経堤細胞分化することを示した本人としては、もし彼らの解釈が正しければ、マウスはツメガエルと異なる発生様式をとるはずだと思っていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はマウス頭部神経堤細胞の多能性は、新たに発現したOct4などの多能性プログラムが発現することで獲得されることを示した研究で、マウスがアフリカツメガエルとは異なることを示して安心させてくれた。タイトルは「Reactivation of the pluripotency program precedes formation of the cranial neural crest(多能性のプログラムの再活性化が頭部神経堤の形成に先んじて起こる)」だ。

この研究は様々な発生時期の頭部細胞をsingle cell RNA seqで解析、4体節期に神経堤細胞へ分化前のWnt1陽性細胞で多能性因子Oct4、Sox2、Nanogが発現し、神経管から分離する過程で発現が消失することを発見する。またこの時期にOct4を発現する細胞を標識する実験を行い、これらが期待通り頭や鰓弓の細胞へと分化することを示している。

次に、この時期のOct4遺伝子をノックアウトする実験を行い、神経堤から神経への分化は正常に起こるが、顔部組織形成が強く抑制されることを確認し、多能性プログラムが、外胚葉以外の分化能の獲得に必須であることを示している。

最後に、ATAC-seqなどを用いて、これらの多能性プログラムが神経管細胞に及ぼすエピジェネティックな変化を調べ、主にホメオボックス遺伝子が結合する遺伝子のクロマチン構造が変化する体幹部神経堤細胞と異なり、Otx2、Soxなどの神経上皮プログラムに反応する遺伝子とともに、エピブラストと同じ多能性のプログラムに反応する遺伝子のクロマチンが開いていることを明らかにしている。

以上、頭部神経堤では新たにエピブラストと同じ多能性のプログラムが再活性化されることで、外胚葉に新しい分化能が付与されるというシナリオが明らかになった。

どの様に再活性化が部位特異的に起こるのかなど、まだまだわからない点も多いが、個人的には「なるほどなるほど」とうなずいて喜んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月8日 アップルウォッチで日常のパーキンソン病症状を記録する(2月3日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月8日

最近では脈波だけでなく、酸素飽和度から心電図まで測定可能になったアップルウォッチ などのスマートウォッチの課題は、そこで集められた結果を、個人の自己満足ではなく、医学医療に使ってもらうための仕組み作りだろう。

今日紹介するパーキンソン病の日常の症状を記録して臨床に使うためのアプリの開発についての論文は、最初から医師と患者をつなぐ目的がしっかりしている開発研究で、その有用性を評価されて2月3日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Smartwatch inertial sensors continuously monitor real-world motor fluctuations in Parkinson’s disease(スマートウォッチの慣性センサーを用いてパーキンソン病患者さんの日常の運動変化を持続的に記録する)」だ。

論文ではスマートウォッチと書かれているが、実際に用いられたのはアップルウォッチだ。残念ながらアプリ開発の詳細についてはわからないが、アップルウォッチが備えているモーションセンサーをインプットとして、動いていない時の腕の震えと、意図しない大きなての動き(dyskinesia)を連続的に記録することをまず可能にした。

震えについては、0.1cmの振幅から2cmの振幅まで、振幅を正確に検出記録できる。この感度の高さには、驚いてしまう。これにより、運動していない時ではあるが、1日を通して震えの量と質を調べることができる。例えば、朝起きたばかりだと、小さな振幅の震えが多いが、夜にかけて大きな振幅の震えが増える。また、お薬を飲むと、震えは止まるが、お薬の効果がなくなると震えが高まるといった変化をほぼ捉えられる。

一方、薬剤の副作用として発生することが知られるdyskinesiaは、お薬と服用したあと30分ごろから回数が増え、お薬の効果がなくなると増えてくることがわかる。

あとは、このデータを実際の診療に生かせるかを調べ、教科書的な、薬剤と震え、dyskinesiaの関係から、薬剤の効きが悪くなり、症状が悪化してきたことを捉え、お薬のスケジュールを変えて成功した例を示している。また、この方法で記録することで、これまで専門家でも見落としてきた変化が捉えられるかについても検討し、専門家もこの記録を参考にしたほうが、より適切な判断が可能になり、それに合わせて治療も変えることができることも示している。

結果は以上で、今後仕事をしたり、歩いたりしている時間の正確な記録が可能になると、運動の質と合わせてより詳しい診断が可能になるだろう。パーキンソン病を抱えながら仕事をされている人も多いことから、様々な危険性を察知するためにも重要だろう。しかし今のままでも、普通なら自覚症状として簡単に済ませていた症状の記録が可能になることで、よりキメの細かい診断治療が可能になると期待できる。我が国の患者さんにも早く使える様にしてほしい。

いずれにせよ重要なことは、医者と患者のどちらもハッピーになる様な工夫をすることで、これが可能になると、技術的には小さなイノベーションでも、医療にとっては大きなイノベーションになる可能性は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月7日 ガン免疫増強のための便移植治験(2月5日号 Science 掲載論文)

2021年2月7日

慶應大学の本田さんたちによって示された様に、人間の腸内細菌叢の中には、ガンに対するキラー免疫を高める特定の組み合わせが存在する。しかし、これら人間由来の細菌の効果は、これまではマウスの実験系で確かめられてきた段階だった。ただ、あれほどの効果を示されると、当然ガン患者さんで試したくなるのは当然だ。まだ特定の菌を移植するというところまでは行っていないが、便を移植してガン免疫を高めることが、少しづつ始まっている。

今日紹介するのは、チェックポイント治療が効かなくなったステージ4のメラノーマ患者さんに便移植が効果があることを示した研究で、一報はピッツバーグ大学から、もう一報はイスラエル・Sheba医療センターから、2月5日号のScienceに発表された。前者の論文のほうがより詳しい解析が行われているが、後者の論文では移植された便の効果に面白い違があるのを示していたので、こちらを中心に紹介する。タイトルは「Fecal microbiota transplant overcomes resistance to anti–PD-1 therapy in melanoma patients (メラノーマ患者さんの抗PD-1抗体治療抵抗性は便の細菌叢移植で克服できる)」だ。

抗PD-1抗体によるチェックポイント阻害治療も時間を経過すると効果がなくなる場合がある。この研究は1/2相治験で、抗PD-1抗体が効かなくなり、腫瘍が増殖し始めた患者さん8人に、チェックポイント治療で完全寛解した患者さんから採取した便の細菌叢を移植することで、PD-1治療の効果が復活するかどうかを調べている。

治験プロトコルの詳細は省くが、この研究が面白いのは、2人のドナーから提供された便の効果が完全に別れた点だろう。donor1とdonor2と名付けているが、donor1からの弁を移植したケースでは、4人中1人が完全寛解、残りの2人も腫瘍の縮小が見られ、その状態が続いている。すなわち、3/4で反応が見られた。一方、donor2の便を移植された患者さんは、腫瘍が縮小することはなかったという結果だ。もちろん便移植による副作用は認められていない。

この結果はピッツバーグ大学からの論文とともに、便移植は安全で有効な手段として、チェックポイント治療抵抗性の患者さんの治療に使えることを示している。しかし、2人のドナー由来の便の効果がこれほど異なることは、今後有効な便と、そうでない便を区別する方法が重要であることをはっきりと示している。

完全に効果が異なる2種類の細菌叢を発見できたという、意図しない幸運について、もちろんそのメカニズムを明らかにしようと努力している。ただ、本田さんたちがマウスで示した様に、これだという完全な因果性を示すまでには至っていない。面白いのは、服用時の細菌叢の構成はそれほど違わないのに、服用後患者さんの腸内で増殖した後は、はっきりと異なる点だ。また、この違いに対応する細菌も特定され、その中にはこれまで免疫を高める効果が示されてきた種も含まれているが、これが原因だと決めるところには至らない。

ホストの反応側についても調べ、腫瘍内にキラー細胞が浸潤し、また様々な免疫指標も高まることが示して、これが免疫増強によるものであることを示しているが詳細は省く。

要するに、便移植(実際には便の細菌叢をカプセルに入れて服用させる)は、チェックポイント治療抵抗性のガンに効果があることははっきりした。しかも、うまくいく細菌叢とそうでない細菌叢があることから、最終的には最適な細菌が組み合わされた細菌叢移植へ発展させることが重要だということもわかった。とすると、本田さんたちが特定した11種類の細菌セットの効果についての治験結果が発表されるのが待ち遠しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月6日 膵臓ガン発生に関わる組織障害の分子メカニズム(2月3日  Nature オンライン掲載論文)

2021年2月6日

膵臓ガンは現在もなお治療が難しいガンの一つだが、発ガンに関わる遺伝子についていえば、お手本の様なガンで、ほとんどがrasのgain of function変異をドライバーとして、p53のloss of function変異によりそれがプロモートされている。ただ、なぜ膵臓ガンだけこれほど予後が悪いのかほとんど理解できていない。

今日紹介するスローン・ケッタリングガン研究センターからの論文は、発ガン時に組織障害によるエピジェネティック変化が重なることが、膵臓ガンをここまで悪性にしている一つの要因である可能性について追求した研究で2月3日Natureにオンライン位掲載された。タイトルは「A gene–environment-induced epigenetic program initiates tumorigenesis(環境により誘導されるエピジェネティックプログラムの一つの遺伝子が発ガンを開始させる)」だ。

この研究では最初から膵臓の腺房細胞のエピジェネティック状態が組織障害によって変化し、これがras遺伝子変異と協調して膵臓ガンを発生させると仮説を立て、K-ras変異と組織障害を様々に組み合わせて変化させた膵臓の上皮細胞の染色体構造を、開いた染色体構造を調べるATAC-seqを用いて調べている。

結果だが、膵臓炎を誘導するcaerulein投与で、腺房細胞のクロマチンは大きく変化するが、これは膵臓ガンの染色体の示す染色体変化とは全く異なる。しかし、K-ras の発現と合わさると、ほとんど膵臓ガンに近くなるので、膵臓ガン発生には組織障害によるエピジェネティックな変化が大きく寄与しているという結論だ。

次にこうして誘導されるクロマチン変化の性質を比べる目的で、上皮細胞特異的に開いたクロマチンに結合してエンハンサーの効果を助けるBRD4をノックアウトしたときに起こる変化と比較し、組織障害やK-rasで誘導される染色体変化が、正常のプログラムがBRD4ノックアウトにより障害されて起こる染色体変化とは全く異なることを確認している。

以上の結果は、組織障害によりクロマチン構造の変化が起こったとき、ras変異が入ると、これがさらに新しいクロマチン変化を誘導して、通常なら元に戻る変化をガン型のクロマチンへ引っ張っていくことを示唆している。例えば、新しいクロマチン変化で発現した転写因子が、ras変異によるクロマチン変化で、普段なら結合できない場所に結合して、足し算以上の変化を誘導するといったイメージだ。実際、発現した遺伝子の調節領域を調べ、この過程が実際に起こっていることを確認している。また、single cell RNA seqを用いて、細胞レベルで転写のリプログラムが進んでいることを確認している。

最後に組織障害とK-rasをつなぐ細胞外因子を探索して、膵臓ガンで発現が高く、さらに組織障害でも誘導されるサイトカインとしてIL33を特定している。そして、K-ras発ガン実験系で、IL33が障害を誘導する代わりになることを実験的に明らかにしている。

話はこれだけだが、組織障害を媒介するサイトカインが発見されたのは重要だと思う。また、組織障害によるエピジェネティック変化がこれほど重要だとすると、K-ras/p53変異が揃った膵臓ガンと例えば直腸ガンのクロマチン状態を調べることは、膵臓ガンの悪性度を知るための重要なヒントになる様な気がする。もちろん細胞での発ガンへのIL33の効果も知りたい。さらに、周りの組織も障害を繰り返すことで当然変化することから、膵臓ガンで線維芽細胞反応が強い理由も、同じ様なクロマチン変化が起こった結果かもしれない。膵臓ガン研究の将来を開く発見になる様な気がする。

この論文を読むと、エピジェネティック変化の研究も道具が揃ってかなり精度が高くなってきた。ぜひ膵臓ガンの新しい治療戦略に繋がって欲しいと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月5日 言語回路をサルと人間で比べる(3月3日号 Neuron 掲載論文)

2021年2月5日

昨日に続いて、3月3日号のNeuronに掲載された、人間の脳回路についての研究を紹介することにした。今日の対象は、人間の言語機能を支える脳ネットワークの構築がアカゲザルにも存在するのか、同じ実験方法を用いて調べた研究で、英国のニューキャッスル大学とアイオワ大学の共同研究だ。タイトルは「Common fronto-temporal effective connectivity in humans and monkeys (人とサルに共通の前頭-側頭回路結合)」だ。

耳が聞こえないニカラグアのストリートチルドレンに自然発生した手話言語は、人間が集まれば自然に言語を発生させる能力が私たちの脳に存在することを示している。この言語を話す能力がホモサピエンスで進化した鍵になる回路やゲノムの差は何か、21世紀最大の課題の一つだろう。

言語理解に関わる基本回路の一つは、耳から入ってきた音を拾う聴覚野、有名なBrocaの研究から明らかになった腹側側頭前頭皮質領域(ブロードマン44、45)とそれに接する前頭弁蓋、そして陳述記憶に関わる内側側頭葉の海馬と傍海馬回のネットワークだが、解剖学的、あるいはMRIを用いた研究から同じ様な回路が猿にも存在することは分かっている。

この回路をより機能的な方法でヒトとサルで測定して比べようとしたのがこの研究だが、今回初めて耳にしたes-fMRIという方法を用いている。原理は単純で、特定の部位に加えた電気刺激の影響をfMRIで調べるという話だが、MRIについて少しでも知っているものにとっては驚きの技術だ。

一般の方でもMRI検査には身につけている金属を全て外す必要があることは聞いたことがあると思う。超磁場を体に当てるのだから当然だが、そんなMRIを電気刺激をしながら実行できると聞くだけで驚く。実際には、てんかん発生部位を調べるクラスター電極を埋めた患者さんで、この電極から電気刺激を入れて、それにより活動が誘発できる脳部位をfMRIで調べている。MRIの制限を考えると、大きなイノベーションが知らないところで起こっていた。

研究では、サルと人間で聴覚野から電気刺激を加え、それに対する反応がどこで見られるかを調べている。結論は明瞭で、サルでも人間でも、聴覚野から言語処理に関わる、腹側側頭前頭皮質、前頭弁蓋、そして海馬や傍海馬回への結合が同じ様に見られ、ヒトとサルの違いは、左右両側での反応の非対称性が人でだけ見られるという結果だ。

今回対象となったヒトの一部では広い範囲にクラスター電極が埋められているので、es-fMRIの結果を、電気刺激を電気的興奮として検出する従来の方法、及び、人間の声を聞いてどの領域が興奮するかについても詳しく調べて、es-fMRIの結果を再確認するとともに、これまでサルで行われてきた電気的結合研究結果と同じで、直接聴覚野から腹側側頭前頭皮質へ投射が人間でも存在することを確認している。

話はこれだけに見えるが、実際のデータでは上に示した領域以外にも反応が見られているので、今後はもっと広い範囲でサルとの比較が必要だが、最初あげた言語回路については、人間もサルも一緒だという結論になっている。

ただ、素人の私から見ても、この実験は始まりに過ぎない様に思う。es-fMRIが可能なら、今後工夫した課題と、この手法や行動中のfMRIを合わせて、高次機能の脳回路を調べることができる。事実、この研究でも聴覚野からの刺激に前頭弁蓋の強い反応が両者で起こることが示されているが、前頭弁蓋は時間とともに進行するイベントを認識する領域であることを考えると、言語や音楽の認識と、時間経過の認識の脳回路を、人間とサルで比べることも可能になると思う。

MRIに耐える材料の電極ができたということだが、現役時代、亡くなった笹井さんが、MRIを使いながら手術するための道具を作るため、神戸の中小企業団体を助けていたのを思い出した。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日 Replay Burst,そしてdefault mode (3月3日 Neuron 掲載予定論文)

2021年2月4日

睡眠中に覚えたことをもう一度再現(リプレイ)して記憶を確かにするためにおこるreplay burst と呼ばれる神経現象は、脳科学の概念としては専門外の人間にもわかりやすい。素人的に考えると、何か一つのことに集中するには、外界からの新しい刺激は邪魔で、できれば眠っているときにもう一度思い出してみるというアイデアは理にかなっている。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、人間のボランティアを用いてリプレーと外界からの遮断状態との関係を調べた研究で3月3日発行のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Replay bursts in humans coincide with activation of the default mode and parietal alpha networks(人間でのリプレイバーストはデフォルト状態と側頭葉のα波ネットワークの活性化と一致する)」だ。

リプレイバーストと名付けられている様に、脳全体で同期して細胞が興奮してスパイクを発する現象で、人間の場合、高い波長の脳波を拾うことで検出することができる。ただ、このバーストが起こるきっかけを調べるためには、外界から遮断された休んでいる脳について調べる必要がある。

この研究では脳磁計で捉えられるリプレイが、睡眠時だけではなく、覚醒はしていても外界から離れてボーとしている状態(これを脳科学ではdefault modeと呼ぶ)でも起こることに着目し、default modeでリプレーが起こる課題を設定し、このときに見られるリプレイバーストと、fMRIで捉えられる脳のdefault modeを支えるαネットワークの活動との関係を調べている。

実際には、膨大な記録を統計学的に処理し、様々な解析を行なっているが、結論は一言で、外界への注意と逆相関することがわかっている頭頂皮質と海馬の回路を中心とする4箇所のαネットワークの活動と、リプレイバーストが明確に連関していることを明らかにしている。すなわち、ボーとしているとき、頭頂皮質の一部がより強く活動して、外界から私たちを遮断するシグナルが刺激となってリプレイが起こるという話だ。

脳科学としては、もともと結合しにくい、リプレイバーストとdefault modeでのαネットワークを同時に調べたという意義が大きい様だが、素人的には、ボーとしているdefault modeも操作でるかもしれないという妄想が湧いてきた。特に高齢者になると、ボーとする時間が増え、記憶が落ちる。この論文を読んでDefault modeでもちょっと頭頂葉を働かすコツを覚えれば、リプレイを高めることはできないだろうか?などと考えているが、専門家に笑われるかな?

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