自閉症スペクトラム (ASD) についての論文紹介は長く休止状態だが、これは私がサボっているからだけではなく、この2年間是非紹介したいと思える論文の数が減っていることも理由の一つだ。勿論臨床や専門的研究での状況はわからないが、例えばゲノム研究で言うと、ASDの発生過程で新たに起こる de novo レアバリアントと、一般にも広く分布するコモンバリアントが整理され、複数のコモンバリアントが組み合わさった上に、レアバリアントの一押しがASD発症に至るという図式が認められる様になり、それぞれの遺伝子の発現パターンや、動物やiPS細胞での機能実験も行われたが、それ以降めぼしい進展がない。ゲノム領域で言えば研究は停滞していると言っていいのではないだろうか。
そんな中、今日紹介するパストゥール研究所からの論文は、これまで明らかになったレアバリアントをもう少し広い視野で見直すことで新しい研究方向が見えないか調べた研究で、6月28日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Phenotypic effects of genetic variants associated with autism(自閉症と相関する遺伝的バリアントの形質への影響)」だ。
これまでのゲノム研究の方向性は、自閉症と相関する遺伝探索をもっぱらの目的としている。しかし、レアバリアントで de novo のバリアントと言っても、100%自閉症を発症する変異は、発生異常を除くと、まず存在しない。すなわち、変異を持っていても発症しないケースの方が多い。すなわち、自閉症とは異なる形質との相関も存在してよい。
この研究ではこれまで強い相関が見られている de novo のレアバリアントの中から、特に強い相関を示す変異を選び出し、それぞれの自閉症への相関をオッズ比としてはじき出している。
次にこれら遺伝子の発現を調べ、大脳発生過程で強い発現が見られるシナプス形成に関わる遺伝子であることを確認し、自閉症との相関が神経細胞自体の問題であることを示している。
その上で、自閉症との強い相関を示すレアバリアントを、今度は自閉症ではなく、性格や能力についての相関を調べ直すと、知能や言語能力との相関が見られることを確認、個々の性質と遺伝子変異の相関として見直すことの重要性を明らかにしている。
その上で、英国バイオバンクのデータを用いて、自閉症と診断されていない集団で、それぞれのレアバリアントがどのような形質と相関するかを調べている。
すると、失業率、収入、車の所有率、持ち家率、など、Taunsent deprivation index と呼ばれる社会からの疎外に関わる形質と強く相関することがわかった。しかし、このような社会からの疎外は社会性の問題より、様々ないわゆる流動性知性と、個別に相関していることもわかった。
さらに、これら遺伝子は発生過程で強い発現が見られるが、MRI解析で見られる脳構造や結合性の変化とは全く相関しないこともわかった。
以上が結果で、自閉症から一度離れて、自閉症と相関する変異を見ることで、自閉症の社会性変化も、結局様々な流動性知性の低下が集まった結果である可能性が示唆された。すなわち、遺伝子診断によりリスクを判断し、強化した学習を行えば、治療できる可能性を示唆している。
停滞をブレークスルーしたとは到底言えないが、しかし様々な模索が行われ、そろそろ面白い論文を紹介できる様になるのではと期待している。