21世紀に入ってガンのゲノム研究がすすむと、ガンのドライバー変異が続々発見され、それらに対して開発された標的薬が大きな効果を示すことがわかり、ゲノム研究によりガンが制圧できるのではという高揚した気分が生まれた。しかしその後の研究で、どれほど大きな効果が見られても、最終的に標的薬に耐性のガンクローンが現れることがわかり、今や標的薬だけで根治が可能と考える人はいなくなった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、非小細胞性肺ガンでさまざまな標的薬治療を受け、耐性になったガンのゲノムを調べ、一本鎖核酸のCをU/Tに変換するデアミナーゼAPOBECが、耐性変異誘導に一役買っていることを明らかにした研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cells(治療により誘導されるAPOBEC3Aが持続的ガン細胞の進化を誘導する)」だ。
非小細胞性肺ガンは、ALKやEGFRなどのキナーゼ変異をドライバーにしていることが多く、この変異型分子に対する標的薬の治療を受けるが、効果は長続きしないケースが多く、ガンのコントロールができなくなる。この研究では、こうして発生した治療耐性ガンのゲノムを調べると、多くがAPOBECによる作用で起こった変異であることに気づく。
そこで試験管内でキナーゼ阻害を行い耐性発生前後の変異の方を調べると、APOBEC型の変異が増えることを確認している。すなわち、治療によりAPOBEC型変異が選択的に誘導されることがわかる。
メカニズムを探ると、なんとAPOBEC A3Aが標的薬にさらされることで、NfKBを解する経路で誘導され、DNA 合成時に複製中の核酸のCを脱アミノ化し、その結果DNA障害が起こりやすくなることで、APOBEC型変異が増えるとともに、さまざまな大きな構造変異が誘導されることがわかった。
そこで、APOBEC A3Aを今日発現させたり、あるいはノックアウトした細胞株を作成し、標的薬施処理する実験を行うと、A3Aが過剰発現した細胞株では耐性ガン細胞が出やすい一方、ノックアウトした細胞株では耐性ガンが出にくいことを明らかにし、APOBECが標的阻害剤耐性ガンの発生に重要な役割を演じていることを明らかにする。
以上が結果で、おそらく標的薬によりガン細胞の起こった一種のストレス反応が、APOBEC A3Aの誘導を介して、変異の誘導効率を上昇させているという恐ろしい話だ。
とはいえ、ここで示されたようにA3A誘導が大きな貢献をしているとすると、APOBECを阻害した上で標的薬治療を続ければ、耐性ガン細胞は出にくいと予想できるので、標的薬の効果を長続きさせる可能性示した大きな貢献だと思う。