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11月1日 サルの網膜が動きを追跡する仕組み:高等動物の神経研究の難しさ(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月1日
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私が在籍していた頃、京大では、医学部や理学部の教室が集まって研究発表会をしていた。当時の私にとっては、専門以外の現象を直接学ぶ素晴らしい機会だったが、中でも中西先生が話された網膜のガングリオン細胞の研究は、精緻な神経回路の合目的性に感心した記憶がある。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、様々な動物で研究されてきた中枢機能とは別に、網膜自体に備わる対象の動きを追跡する神経回路が、サルにも存在し機能していることを明らかにした研究で、10月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An ON-type direction-selective ganglion cell in primate retina(霊長類のオン型方向特異的神経節細胞)」だ。

網膜の視細胞は双極細胞により内部の神経節へシグナルが伝達されるが、中枢で統合されるまでに、網膜内で光のオン、オフを感知して対象を追いかける特殊な神経節システムが存在し、詳しく研究されている。両眼視が発達する前でも赤ちゃんは対象を追いかけるので、人間を含む霊長類も当然網膜内で動きの方向性を感知する仕組みがあると思っていたが、実際にはこの機能を担う細胞が特定されていたわけではないことがこの論文を読んでわかった。それほど高等動物を使った研究が難しいと言うことだ。

この研究ではこれまで蓄積されたサル網膜細胞の single cell RNA sequence データを元に、神経節細胞の種類を調べ直し、全部で18種類に分けられる神経節細胞の中から、他の動物についての研究でわかっている性質に最も近い神経節細胞をまず特定している。

ただ、遺伝子発現でオン型方向特異的細胞と言うだけでは証明にならない。この研究のハイライトは、サル網膜を取り出して、試験管内で異なる方向を持った動きに対する反応を調べ、特定した細胞がこの機能を担っていることを証明したことだ。サルの網膜を自由に調整できないことを考えると、大変な苦労があったと思われる実験で、これにより初めて霊長類のオン型方向特異的神経節細胞が特定されたと結論できる。

後は同じ網膜の培養を用いて、オン型神経節が上の層のオン型アマクリン細胞とシナプス結合を形成し、GABA作動性シナプス阻害によりこの結合を遮断すると、動きに対する反応が消失することを示している。

結果は以上で、大変な苦労をしてサルでも他の動物と同じような網膜内の方向性感知システムがあることを証明したのがこの研究で、高等動物での研究の苦労がよくわかる論文だった。その上で、人間網膜の single cell RNA sequencing データ解析と組織学から、ほぼ同じ仕組みが人間にも備わっていることを示している。このように人間にも当てはまる、方向性の追跡に必要な網膜内の細胞と回路の遺伝子発現プロファイルがわかることで、おそらくニスタグムス(眼振)を伴う遺伝性疾患のメカニズム解析が進むのではと期待できる。

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