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11月6日 頭蓋の外から脳幹を刺激する方法が完成に近づいている(11月号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2023年11月6日
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脳内に電極を留置して深部を刺激する方法がパーキンソン病などいくつかの疾患で広く使われるようになり、一定の周波数で脳を刺激することで、神経の興奮を同調させたり、可塑性を高める機能的な治療が、健常人も含めた広い対象に使える可能性が示されている。しかし、手術して電極を挿入するという方法は、健常人に使うことは、将来は別として、当分は許されない。

このため、特定の領域を頭蓋の外から刺激する方法の開発が続けられており、その一つが TMS と呼ばれる磁場を使う方法だ。ただ、この方法は装置も大がかりで、手軽な治療になるには時間がかかる。

これに対し2017年 MIT のグループは、脳神経に影響のない高い周波数の電場を脳内に形成させる時、少しだけ周波数を変えておくと、両方の電場が重なるところで干渉が起きて、Envelope と呼ぶ低い周波数で大きい振幅(TMSのθバースト刺激に相当する)の刺激を局所的に発生させらることを明らかにした。

それからすでに6年が経過したが、ようやくこの方法を海馬及び線条体に対する深部刺激として使えることを示した論文が11月号の Nature Neuroscience に2報掲載された。

最初の論文は2017年の筆頭著者の研究室、英国サリー大学からで、この方法を海馬刺激に用いると、記憶の呼び起こしの正確度が増すことを示した。タイトルは「Non-invasive temporal interference electrical stimulation of the human hippocampus(非侵襲的時間干渉電気刺激を用いた人海馬の刺激)」だ。

この研究では死体脳を用いて、時間干渉電気刺激(TIS)で海馬だけにθ波を発生させられるか調べている。その上で、電場の量を調整することで、海馬全体、及び主に前方にθ波を局在させられることを確認している。

その上で、覚えた人の顔を思い出す課題を刺激下で行わせ、海馬前方を刺激すると、大きくはないが正確度が高まることが示された。この時、同時に機能的MRI (fMRI) を行うと、意外なことに刺激した方が脳血流が低下することが明らかになった。メカニズムは完全にわかっているわけではないが、θ刺激で同じようの結果が見られるので、おそらく思い出す時の反応が落ち着くことで、記憶の正確度が上がるのだろうと考えている。

もう一つはスイス・ローザンヌ EPFL からの論文で、運動学習の際に線条体を TIS で刺激する効果を調べており、タイトルは「Noninvasive theta-burst stimulation of the human striatum enhances striatal activity and motor skill learning(人間の線条体の非侵襲的θバースト刺激は線条体の活動と運動スキル学習を高める)」だ。

この研究では刺激の効果をまず線条体の脳血流量を fMRI で調べて確かめている。海馬と異なり、刺激により線条体の血流量は高まる。重要なのは、学習に使っている場所だけでこの現象が見られることで、利き手とは逆の指でボタンを押す操作に関わる右の線条体のみ、TIS の効果が現れる。そして、学習によるボタンを押す正確度は改善する。

すなわち、学習に使う領域の同調性を高めることで、シナプスの可塑性が高められていることがわかる。

この研究のハイライトは、同じ実験を高齢者と若者で行って、高齢者ほど TIS の効果が高いことを示している点で、おそらく神経結合性を高める効果が高齢者ではよりはっきり見えるのだろう。

以上、詳細は全て省いているが、簡単な非侵襲的刺激法の開発は、深部刺激研究の裾野を大きく拡げると考えられる。勿論個々の脳の形態から刺激法を計算する安全な方法の開発が必須だが、おそらく規制が必要になるぐらい様々な目的で利用されるようになるのではと思っている。それがいいのか悪いのか、今のところ予想できない。

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