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3月13日 外来DNAの許容性から見えるゲノムの個性とコスモポリタニズム(3月6日 Nature オンライン掲載論文)

2024年3月13日
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真核生物のゲノムは mRNA に転写され、アミノ酸に翻訳されたり、翻訳されなくても様々な機能を持つことは、今や、小学生にも教えられていると思うが、翻訳という観点で見ると、ゲノムの7割以上が低いレベルで mRNA に翻訳されていることが何回も報告されている。そしてこの低いレベルの翻訳が重要な機能を持つと考える人も多い。

この問題に答える面白い研究が、酵母の合成生物学を強力に進めているニューヨーク大学の研究グループから3月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Synthetic reversed sequences reveal default genomic states(合成された逆配列はゲノムの初期状態を明らかにする)」だ。

昨年11月このグループの研究を紹介したが、DNA合成機で作成した DNA で酵母ゲノムを置き換えたり、あるいは新たなゲノムを導入する、合成生物学の分野を強力に推進しており、既存の生物と向き合うだけでは得られない面白い視点をいつも示すグループだ(https://aasj.jp/news/watch/23318)。

今回このグループは、完全に合成した長い DNA を我々のゲノムは受け入れることが出来るかどうかを調べている。ただ、完全合成と言っても長い DNA ストレッチをデザインするのは簡単でない。そこで、ヒト HRPT1 遺伝子がコードされている 100Kb の大きな DNA を完全合成するとともに、その配列を逆から並べた裏返しの人工ゲノムを作っている。ここでは 正DNA 逆DNA と呼ぶが、正DNA は合成されたとはいえ進化の過程で形成された配列で、逆は完全に人工的と言える。ただ、逆配列に転写可能な遺伝子がないか、あるいはサイレンシングされてしまう配列がないかを注意深く調べ、一応完全合成 DNA 配列として利用できることを確認している。

次に、表と逆の 100Kb 遺伝子を酵母とマウス ES細胞に導入し、それぞれの遺伝子が細胞にどのように受け入れられているのか、転写や染色体構造をベースに調べている。

勿論人工合成されたとはいえ、正DNA は酵母でもヒトでも正常に転写され、また HRPT1 遺伝子領域以外でも低い転写活性を認める。

さて逆配列だが、酵母では問題なく受け入れられる。しかも、ATACsequencing やヒストンコードから見て、オープンな染色体構造が逆配列にも維持され、その結果、配列中に存在する弱いプロモーターを利用して多くの領域が RNA として転写される。

ところが ヒトES細胞に導入された逆配列は、正配列とは全く異なり、全くサイレントで、ATACseq やヒストンコードから、完全にクローズな染色体構造を持ち、RNAポリメラーゼの結合も全くない。

特徴的なのは導入されたゲノムの境を中心にポリコムによる H3K27me3 ヒストンコードの修飾を受けている。このため、ES細胞のポリコム遺伝子がリクルートされクロマチンが閉じられているのではと考えられる。

しかし、ポリコム分子と結合すると考えられる CpG を逆配列から除いて導入しすると、期待通りH3K27me3 ヒストンコードの結合は抑えられる。にもかかわらず、逆配列の染色体構造は閉じたままで、転写も抑えられたままだ。

結果は以上で一般の方には少し難しかったと思う。ただ、少なくとも ヒトES細胞では、ゲノムが一つの個性にまとまっており、異なる個性の遺伝子を区別して染色体を閉じるメカニズムがあることがよくわかる。

一方、酵母にとってはこのような個性派ない。どんどん外来の遺伝子を取り込んで、それが発現するRNA から役に立つ RNA を進化させる、コスモポリタンゲノムが維持されている。この酵母の培養を続ければ、面白い遺伝子が進化してくる可能性があり、合成生物学としても重要な材料になる気がする。

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