様々な脳疾患でミクログリアを対象とする治療開発が進んでいる。その究極が、異常ミクログリアを正常ミクログリアに置き換えてしまう移植治療で、2ヶ月前にマウスでリソゾーム病の治療に使えることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26716)。そして、今日紹介する上海交通大学医学部からの論文は、CSF-1 受容体変異でミクログリア異常を示す遺伝病の患者さんに対し、組織適合性をマッチさせた骨髄細胞を用いてミクログリア入れ替え治療を行ったという研究で、7月10日 Science に掲載された。タイトルは「Microglia replacement halts the progression of microgliopathy in mice and humans(ヒトとマウスでミクログリア入れ替えによりミクログリア異常症の進行を止めることができる。)」だ。
これまでの研究から、脳内のミクログリアの入れ替えに必要な方法は確立しつつある。特にミクログリアの生存に必要な CSF-1 受容体シグナルを抑制してニッチを開けるというのが定番になる。個人的な話になるが、この CSF-1 には格別の思いがある。熊本大学で初めて教室を持ったとき、オクラホマ大学から教室に参加してくれた林さんが、大学院生の吉田君と一緒に大理石病マウスop/opが CSF-1 の突然変異であることを突き止めた。そのとき、ヒトの大理石病の中には CSF-1 や受容体の変異が見つかると予想したが、残念ながら予想は外れた。しかしその後、leukoencephalopathy と呼ばれる病気が CSF-1 受容体の変異で起こることがわかり、驚いた。
この研究では CSF-1 受容体変異によりミクログリアの維持が低下している leukoencephalopathy の患者さんを移植治療の対象に選んでおり、最初のミクログリア入れ替えとしては最適の症例選びが行われている。
ただ、すぐに患者さんの治療を行ったわけではなく、患者さんと同じ変異を持つマウスモデルを作成し、人間の leukoencephalopathy が再現できるかを徹底的に確かめている。この病気を起こす変異は数多く知られているが、比較的症例の多い794番目のアミノ酸がチロシンに変わった変異を中心に研究をすすめている。
詳細は述べないが、この変異はヒトでは機能喪失変異とされており、この研究でもそう考えているようだが、示されたリン酸化実験では、無刺激での自己リン酸化が高く、また下流のリン酸化カスケードも高まっているので、脳だけでなく他の組織のデータもほしいと思った。マウスの場合、受容体の変異は大理石病を起こすので、病理の解釈についてはもう少し突っ込んでほしかった。
しかし、目的はミクログリア入れ替え治療の前臨床研究なので、機能や病理解析から明らかにした様々な指標をサロゲートマーカーとして、これまで開発されてきた CSF-1 阻害とブスルファン投与を前処置とする骨髄移植で、leukoencephalopathy の病理や機能の低下を防げることを確認している。
そのあと、人間にトランスレートする際にすぐに認可が得られないことを考え、造血抑制後の骨髄移植という広く行われている骨髄移植方法でも、モデルマウスでミクログリア置き換えが可能であることを示している。 CSF-1 受容体が元々抑制されている leukoencephalopathy を最初の患者さんに選んだ理由がよくわかる。
そして最後に8人の患者さんを選び、通常の骨髄抑制処置を行ったあと、組織適合性をマッチさせた骨髄を移植している。もちろんバイオプシーで確かめるわけにはいかないので、マウスで骨髄移植の効果を反映できると確認したグルコースの取り込みを見る FDG ペットで病気の進行が止まっていることを確認したあと、MRI や脳機能検査を行い、治療が病気の進行を抑えたことを確認している。
結果は以上で、脳で本当にミクログリアが回復しているかなどは評価ができないとはいえ、進行性の遺伝疾患の進行が止まったことは、予想通りの入れ替えが起こったと考えていいように思う。マウスの論文を紹介してから2ヶ月もたたない間に人間での治療論文が行われるというめまぐるしさで、今後他の病気にも拡大していく予感がする。