腸は第二の脳と呼ばれるほど神経系が張り巡らされている。また、熊本大学時代研究していた腸管のペースメーカー細胞も存在し、速い動きとゆっくりした動きを調整している。このおかげで、食べた食事を上から下へ順番に消化管を通過させ、栄養を吸収したあと残りを排泄することができる。この腸管神経システム (ENS) は様々な種類の神経から形成されるネットワークだが、全ては神経管から発生する神経堤細胞由来で、消化管のほとんどは頸椎 (C4-C7) から発生する神経堤細胞が長い道のりを移動して腸管に分布しネットワークを形成する。肛門部の神経は仙骨神経堤由来で、移動距離は短い。ESN発生異常で最も有名なのはヒルシュプルング病だが、変異遺伝子に応じて到達距離が異なり、ほぼ全ての消化管に異常が見られるケースから下部消化管だけの運動異常まで、様々な現れ方をする。このように、組織を移動してネットワークを形成できる性質を利用して、ENSの前駆細胞を移植して遺伝的な消化管運動異常を治す試みが行われている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、ヒト多能性幹細胞から様々なENS神経細胞を誘導する方法を開発し、それを薬剤スクリーニングや細胞移植治療に使う可能性を示した研究で、6月25日に Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Engrafted nitrergic neurons derived from hPSCs improve gut dysmotility in mice(ヒト多能性幹細胞由来 Nitrergic 神経をマウスに移植すると腸の運動異常を治療できる)」だ。
ヒト多能性幹細胞分化の研究者は数多くいるが、ENSへの分化をの研究者は極めて少なく、責任著者の Fattahi はずいぶん昔からENSに集中して分化誘導方法を開発してきた。
この研究では、これまで10年以上かけて確立してきた培養方法で、ヒトの腸管に見られる様々な種類の神経細胞が形成でき、それらはちゃんと刺激に応じて興奮できる神経細胞であることを確認している。中でも平滑筋をリラックスさせる重要な役割を演じているNOを合成分泌できる Nitrergic 神経細胞に注目し、5種類のNO分泌神経細胞が誘導・維持できることを明らかにしている。
その上で、形成されたENSオルガノイドでのNO産生を指標に小分子化合物をスクリーニングし、ENSシステムの運動を上昇させる化合物を特定している。セロトニン刺激系など様々な経路が確認されているが、それぞれについての詳しい解析は行われていない。
代わりにENSへの分化を促進できる小分子化合物PP121を特定し、この分子を使うことでENSへの分化を高められること、そしてこの機能がPDGFRの阻害を介していることが示されている。以上のように、分化及び成熟後のネットワークを使って腸の動きを正常化する薬剤の開発が可能であることが示された。
そしてこの研究のハイライト、試験管内でほぼ完全に分化したNO産生神経細胞を、NO合成が欠損したマウスの下部腸管にこの細胞を移植し経過を見ると、腸内でのNO産生が高まるとともに、腸管の通過時間が短くなることを示している。また移植された腸管を取り出し、腸の蠕動運動が回復していること、組織の緊張が軽減されていること、など完全に分化した細胞でもNO分泌神経を含んでおれば、腸の運動異常を治せることを示している。
ENS一筋という強い印象の研究だが、トランスレーションナル研究としては期待できる。