現在ミュンヘンからコスタリカまでの長い移動の途中で、短い論文を選ぶことにした。感染症研究の長い伝統を持つパストゥール研究所からの論文で、21世紀に入ってアメリカで発見された新しいらい病菌 Mycobacteria lepromatosis のアメリカ大陸での広がりと進化についてゲノムレベルで調べた研究で、7月24日号の Science に掲載された。タイトルは「Pre-European contact leprosy in the Americas and its current persistence(ヨーロッパ人がアメリカ大陸に侵入するより前かららい病はアメリカに存在し、現在まで続いている)」だ。
治療中のらい病を見る機会があったのは我々の世代が最後だろう。私の学生時代では我が国で新たならい病の患者さんの発生はなくなっていたが、京大には皮膚科特研と呼ばれる西占先生が主宰されている臨床施設があり、東南アジアから受け入れていた患者さんかららい菌を分離する実習を行った記憶がある。それでも、一見してらい病とわかる進行した患者さんは見たことがない。
一方で人類とらい病の関係は古く、聖書をはじめとして、らい病を治すというのは最もわかりやすい奇跡として書かれてきたし、最近では変形が見られる古代人の骨かららい菌のゲノムが分離され、らい病と人間の長い歴史が明らかになりつつある。この歴史の中で、アメリカ大陸のらい病はヨーロッパ人がアメリカ大陸に侵入し始めたときに持ち込まれたとされてきた。
この論文を読むまで私も全く知らなかったが、21世紀に入ってアメリカ大陸のらい病の患者さんの中に、らい病菌として特定されている Mycobacterium leprae とは系統的に大きく離れた M.lepromatosis が存在することが明らかになり、アメリカ大陸には固有のらい菌とらい病が存在すると考えられるようになった。
この研究では、アメリカ大陸でのらい病患者さんから分離された400例以上の菌のDNA配列を見直し、M.lepromatosis の頻度を調べたところ、南米では360例の菌のうちアルゼンチンで発見された1例だけが lepromatosis だったのに対し、米国ではほとんどが、そしてメキシコでは半数近くが lepromatosis だった。もちろん米国の症例数は少ないのでこれが実情をどの程度反映しているのか判断できないが、最近まで lepromatosis が持続していたのに驚いた。
この研究では患者さんから分離したらい菌だけで無く、1300年、940年、そして860年前に埋葬され、骨格かららい病と考えられる骨のらい病菌、そしてヨーロッパには全くないはずの lepromatosis に感染が確認されている英国のリスについてもらい菌を分離し、DNA配列を決定し、それぞれの系統関係を調べている。
まず3体ではあるが、ヨーロッパ人が侵入するより前の骨格に残るらい菌は全例 lepromatosis で、アメリカ大陸でヨーロッパから持ち込まれて Leprae が広がったのは間違いは無いが、それ以前から lepromatosis 感染によるらい病が存在したことが明らかになった。
一方で、中米から北アメリカの最近の患者さんから分離された lepromatosis はよく似ており、系統関係から280年ぐらい前に分岐してきた菌の子孫であることが明らかになった。即ち、おそらくメキシコや中米で進化した lepromatosis が現在まで中米、北米で維持されてきていることがわかる。
現代に分離された lepromatosis と1300-800年前の骨から分離した lepromatosis を比べると、2500−1500年前に分岐した系統であることがわかり、アメリカ大陸では古くから lepromatosis によるらい病が持続していたことが示唆された。さらに面白いのは、英国のリスの lepromatosis を調べると、さらに古く3200年前に現代の lepromatosis 系統から分岐していることがわかり、おそらくアメリカ大陸で何千年も前からリスに維持され進化した lepromatosis が人間によりアメリカから英国に持ち込まれた菌であることもわかった。
最後に、リスも含めて現代まで続く lepromatosis 全体をカバーする先祖が発生した時期を計算すると、ほぼ1万年前になり、アメリカ大陸でへ人類が移動した早い時代かららい菌との深い関係があったことをうかがわせる。
系統樹から leprae と lepromatosis が分離した時期も計算し、これまでの推定と比べてかなり古い時期、70万年前から200万年前と推定している。この先祖がどこで現れ、最終的にユーラシアと、アメリカで独自に発展したのか、今後の面白い課題だと思う。しかし、らい病はまさに人間の歴史と言える。