8月2日 キリフィッシュの老化機構(7月31日号 Science掲載論文)
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8月2日 キリフィッシュの老化機構(7月31日号 Science掲載論文)

2025年8月3日
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魚の寿命は多様だ。このブログでも200歳を超す寿命を持つメバルのゲノムを調べたカリフォルニア大学バークレイ校からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/18305)、長生きの秘密を知りたいとメバルに頼る気持ちはよくわかる。一方で、脊髄動物の中で最も短い寿命を持っているのも魚類Killifishで、アフリカの雨期に水たまりの中で孵化し、乾期が来るまでに繁殖し、卵を残したあと乾期になると水たまりが干上がるので死んでしまう、長くてもふ化後数ヶ月の寿命しか持たない。

キリフィッシュが面白いのは、結局干上がって死んでしまうのだからわざわざ老化する必要が無いのに、なんとこの短い期間で老化が進むことだ。実際実験室で飼育する場合、野生型のキリフィッシュは5-7ヶ月の寿命しか持たず、乾期がなくても死んでしまう。すなわち、短い期間に老化が進む。この理由については多くの研究があり、エピジェネティッククロックの進行、mT0Rの強い活性化、高い炎症性サイトカイン、ミトコンドリアによる活性酸素蓄積など、文字通り老化の指標のオンパレードであることがわかる。ただ、この全体の老化の引き金になるメカニズムまでは明らかになっていない。

今日紹介するドイツ・イエナにあるフリッツリップマン老化研究所と米国スタンフォード大学からの論文は、脳について老化の引き金を遺伝子発現とプロテオームから探索した研究で7月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Altered translation elongation contributes to key hallmarks of aging in the killifish brain(翻訳時の伸長反応の変化がキリフィッシュの脳の老化を誘導する)」だ。

研究ではキリフィッシュを飼育し、5週、12週、39週で脳を取り出し、脳全体をRNAから翻訳結果としてのプロテオームと、転写活性としてのmRNAを調べている。転写が一定の場合、プロテオームを用いて調べるタンパク量のmRNA量と12週の脳までは概ね比例しているが果39週になるとタンパク質の方が強く抑制され、mRNAの翻訳が多くの遺伝子で滞っていることがわかった。

ただ翻訳全体が低下たり、あるいはタンパク分解が促進しているというわけではなく、強く抑制されているのは塩基性のアミノ酸を含むタンパク質の翻訳で、これらの分子は主にDNAやRNAと結合するタンパク質で、DNA修復やリボゾーム形成と翻訳などに関わる分子の翻訳が軒並み低下する。

リボゾームを分離して結合しているRNAの種類を調べるRibo-seqを行うと、老化に伴いリボゾームの衝突が増え、リボゾーム上での翻訳が中断してしまっていることがわかる。この中断はリジンやアルギニン部位で起こっており、結果塩基性で核酸と結合して機能する分子の合成が選択的に低下する。

このように、核酸に結合して機能するタンパク質の翻訳が滞ると、DNA修復や転写、スプライシングなど様々な異常が誘導されいずれも老化の指標を高める。ただ最も深刻なのは、リボゾーム結合タンパク質の量が減ることで、リボゾーム機能が低下し、その結果翻訳の中断する症状が悪化する、悪循環に入ることだ。最初の引き金が何かは示されていないが、この悪循環が、キリフィッシュが短い期間で老化を加速させる原因になっているのかもしれない。そして翻訳の中断がおこると、伸張の止まったペプチドが内部で沈殿を起こし、細胞老化は加速する。

結果は以上で、キリフィッシュではリボゾームでの翻訳、特に塩基性アミノ酸を持つタンパク質で起こり始めることで、リボゾーム機能が坂を転がるように低下するメカニズムがスイッチオンすることが、様々な老化過程のスウィッチを入れ、短期間に老化が進むと結論している。

今後はこの悪循環にスウィッチを入れるメカニズムと、それを入れるタイミングが重要な課題になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月2日 アルツハイマー病で重要なミクログリア活性化の新しい誘導分子(7月30日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年8月2日
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アルツハイマー病 (AD) 発症やその予防にミクログリアが重要な働きをしていることは疑えない事実として確立している。例えばAβプラークを減らすのにミクログリアの活性化が使えることはわかっていても、明確な活性化方法が確立しているわけではない。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、ミクログリアの活性化に関わる分子セットとして、ミクログリア側の TREM2 と神経細胞側の Semaphorin6D (Sema6D) を、既存のデータベースとインフォマティックスを駆使して突き止めた研究で、7月30日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Systematic analysis of cellular cross-talk reveals a role for SEMA6D-TREM2 regulating microglial function in Alzheimer’s disease(系統的に脳内での細胞間相互作用を解析することで Semaphorin6D と TERM2 がアルツハイマー病でのミクログリアの機能での役割を明らかにした)」だ。

この研究は、single cell レベルの遺伝子発現データの中には細胞間相互作用による変化が含まれており、増殖シグナルでも特に結果としての細胞数などが明確にわかっていなくても、発現分子の変化から特定できるという革新に基づいている。さらに、この細胞間相互作用の解析を正常と AD とで比べ、その中に遺伝子多型などの研究から明らかになった AD リスク遺伝子を位置づけてて行くことで、インフォーマティックスだけで重要な細胞間相互作用とそれに関わる分子を特定できると考えて、現在利用できる single nucleus RNA sequencing のデータを CellPhone と呼ばれるアプリで解析し、脳内組織中での各細胞間の相互作用を特定した上で、AD で最も変化する細胞間相互作用をリストし、この中で最も AD で変化が大きい相互作用としてミクログリアと興奮神経がリストされてくること、こうして単一細胞レベルの RNA sequencing から明らかになった相互作用ネットワークの中に多くの AD リスク遺伝子が含まれることを突き止める。

そこで研究はミクログリアと神経間の相互作用に絞り、Cyto Talk と呼ばれる分子間相互作用の機能を推定できるアプリケーションを用いて、この過程に関わる分子間相互作用を解析する中で最も高いスコアをつけたのが Sema6D と TREM2 だった。

いずれの分子も神経発生やミクログリアの活性化に重要であることがすでに明らかになっている分子だが、両方が直接相互作用をする可能性については示されていない。そこで、この関係のADでの重要性をさらに裏付けるために、AD のステージングがはっきりしているデータベースを用いて、TREM2、Sema6Dと繋がる分子ネットワークの変化をステージごとに調べると、両方ともステージが進むにつれネットワークが破壊されていく。

もちろんインフォーマティックスだけでは論文を通すのは難しいので、ここからはこのデータを元に実験的研究へと移っている。まず、患者さんの悩を組織学的に調べ、Aβ プラークの周りに Sema6D分子と TREM2分子がとくに AD 初期段階で集合していること、またその部位には元々 Sema6D のリガンドとして知られる Plexin が存在しないことを発見する。すなわち、直接 Sema6D と TREM2 が相互作用する可能性が示唆された。

そこで iPS細胞由来ミクログリア細胞を用いて Sema6D を培養に転嫁する実験を行い、Sema6D 添加でミクログリアの貪食活性が上昇すること、またこの上昇は TERM2 をノックアウトすると見られなくなる。他にも、TREM 刺激で起こる Syc などのリン酸化も調べ、Sema6D がリン酸化カスケードを誘導し、TREM2 ノックアウトでこれが消失することを示して、両方の分子が直接相互作用している可能性を示している。

結果は以上で、分子間シグナルの研究としてはよく論文が通ったなという感じだが、インフォーマティックスから生まれた可能性を確認した合わせ技一本と言っても良い気がする。いずれにせよ、これが正しければ、AD 初期の新しい治療が可能になるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 マスト細胞は脳脊髄液の流れを調節する(7月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年8月1日
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昨日に続き今日紹介するワシントン大学からの論文も脳にあるマスト細胞に注目してその機能を調べ、ヒスタミンなどの分泌を介してクモ膜下腔から硬膜へと続く脳脊髄液の流れをネガティブに調節することを示した研究で、昨日紹介した研究とサイドバイサイドで7月24日 Cell にオンライン掲載されている。タイトルは「Mast cells regulate the brain-dura interface and CSF dynamics(マスト細胞は脳と硬膜のインターフェースを調節して脳脊髄液のダイナミックスに影響する)」だ。

この研究では昨日頭蓋骨髄からのカナル構造がクモ膜を突き抜けることで、クモ膜下腔から脳脊髄液 (CSF) を硬膜へと流す流路にもなっており、マスト細胞は頭蓋からの細胞移動だけでなくCSF の流れも調節するのではと考えた。

そこで、まず昨日紹介したマスト細胞特異的に発現している Mrgprb2 に作用があることが知られている 48/80 と呼ばれる化合物を頭部皮下に注射し、脳のマスト細胞を刺激すると、期待通りマスト細胞は活性化し脱顆粒する。そのとき、脳の大槽に直接蛍光タンパク質を注射しその動きを追跡すると、クモ膜下腔から硬膜への CSF の流れが強く抑制されることを発見する。この抑制は48/80でなく、同じく Mrgprb2 を刺激できる内因物質 substance P でも起こるし、また IgE による刺激でも起こるので、マクロファージ活性化に伴う脱顆粒で分泌される分子が直接 CSF の流れを抑えていることがわかる。

当然最も重要なマスト細胞由来分子はヒスタミンなので、ヒスタミンを頭蓋皮下に注射すると、期待通り CSF の流れが抑制される。これは頭蓋からのカナルを形成する静脈をヒスタミンが拡張させ、その結果クモ膜下腔と硬膜をつなぐ隙間が減少することで起こることを示している。

昨日の論文と合わせると、マスト細胞の活性化はカナルを通る好中球を高めるとともに、CSFの流れは抑えられることになる。

昨日の論文では卒中によるマスト細胞の活性化に焦点を当て、結果マスト細胞の活性化を抑えることが卒中後の神経壊死を抑えることを示していた。即ち、マスト細胞はネガティブな作用を持つことになる。

一方この研究では、細菌やウイルス感染によるマスト細胞の活性化モデルを取り上げ、細菌によるマスト細胞の活性化が CSF が流れる隙間を閉じることでカナルから出てきた細菌やウイルスが脳内への侵入を防ぐポジティブな役割があることを示している。また、この研究でもマスト細胞の活性化により好中球が頭蓋骨髄から脳内への浸潤が高まることも示している。即ち、細菌感染という枠組みで考えると、マスト細胞がこの特殊な組織構造を調節して脳を感染から守るポジティブな役割を演じていることもわかる。

以上2日間、まだまだマスト細胞の謎はつきないようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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