9月3日 ALSアンチセンスオリゴヌクレチド治験:失敗から深く学ぶ(8月26日 Cell  オンライン掲載論文)
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9月3日 ALSアンチセンスオリゴヌクレチド治験:失敗から深く学ぶ(8月26日 Cell オンライン掲載論文)

2025年9月3日
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今日紹介するエモリー大学から8月26日 Cell にオンライン掲載された論文は、前臨床試験でALSに期待できる効果が見られたアンチセンスオリゴ (ASO) を8人の患者さんに投与した臨床治験で、残念ながら臨床的には期待される効果が見られなかったという結果の報告だ。しかし、将来の脳神経系へのASOや遺伝子治療に向けた多くのデータが示される重要な論文だと言える。タイトルは「Molecular impact of antisense oligonucleotide therapy in C9orf72-associated ALS(C9orf72関連のALSのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療の分子生物学的影響)」だ。

ALSの一部で C9orf72遺伝子のイントロンのGGGGCC繰り返し配列が異常に伸張することが原因と考えられる症例があり、動物実験モデルも作成されALSを誘導することがわかっている。この繰り返し配列を分解するASOが開発され動物実験では期待できる結果が得られていた。

この研究では8人の患者さんに様々なドーズのASOを脊髄腔内に投与し、経過を観察するとともに、生存中は脳脊髄液を用いてASOの維持と効果を確かめ、死亡例については脳内の広がりや効果を病理的に調べている。無作為化コントロールがないので効果について明確には結論できないが、臨床的にはほとんど効果が無かったと結論している。それが Cell に掲載されるのは、おそらく今後の中枢神経内へのASO治療にとって重要な情報が示されているからだと思う。

まず、投与されたASOは脳脊髄液内で一定期間検出でき、分解されるずに維持されていることが確認できる。また死亡例の脳を調べると、運動神経野も含めて脳全体に広がっており、脳内に取り込まれていることが確認される。もちろん個体差は大きい。

さらにASOの効果は、グリシンプロリンが繰り返すペプチドの産生を分子マーカーとして調べられるが、脳脊髄液の連続経過が観察できた6例中5例でこのマーカーが低下しており、繰り返しペプチドを抑えることができている。さらに、一部の症例では C9orf72遺伝子の転写も一定程度抑えられていることも確認された。

さらにこのASOに関してはRNaseに抵抗するよう化学的に修飾しているが、これも期待通りでリソゾームに取り込まれても分解しないで働いていることがわかる。ただこの結果、おそらく自然免疫系を刺激しており、投与により炎症性のサイトカインやケモカインが誘導されていることがわかる。この影響については臨床的に評価できていないが、今後の課題になるだろう。

このように理論通りの効果が見られるにもかかわらず、臨床的にはめぼしい改善が認められない。さらに、ALSにより変化するタンパク質の発現異常を(ERストレスなど)は死亡例の脳組織で全く変化が見られなかった。

以上が結果で、残念ながら臨床効果が得られていない事から治験は中断すると思う。しかし、脊髄腔内に注入したASOが脳全体に広がり、RNAを分解するという意味では一定の効果があり、しかも化学修飾により分解を間違いなく抑えられるという結果は、今後のこの分野にとって重要な情報となること間違いない。ただ、この結果として脳内に炎症性サイトカインを誘導することもはっきりした。実際示されているデータは人間での基礎的なデータが多い。従って、臨床系の雑誌ではなく一般紙に回ってきたのだと思うが、この論文の掲載を決定した Cell の編集部の見識に脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ
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