5月19日:抗うつ剤エスシタロプラムによるアルツハイマー病治療の可能性(5月14日号Science Translational Medicine掲載論文)
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5月19日:抗うつ剤エスシタロプラムによるアルツハイマー病治療の可能性(5月14日号Science Translational Medicine掲載論文)

2014年5月19日
アルツハイマー病の病理的特徴の一つは、アミロイドAβとして知られる物質が脳内で蓄積・集積してアミロイド斑が形成されることだ。現在行われている治療は、脳の神経活動を活性化して認知機能を促進する、いわば対症療法だが、アミロイドAβの蓄積を抑制する根本的な治療法も開発が続けられている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、既に臨床に使われている抗うつ剤がアミロイドAβの産生を抑制してアルツハイマーの進行を遅らせる可能性を示す論文で、5月号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An antidepressant decreases CSF Aβ production in healthy individuals and in transgenic AD mice(抗うつ剤は健康人とアルツハイマー病モデルマウスの脳脊髄液のアミロイドAβ産生を低化させる)」だ。元々エスシタロプラムがアミロイド斑の形成を抑制する可能性が様々な結果から期待されていた。この研究はこの可能性を確かめ、有効濃度、メカニズムを調べる目的で行われている。まず様々な量のエスシタロプラムアルツハイマー病モデルマウスに投与し、鬱病で使われている用量が脳脊髄液のアミロイドAβ濃度を低化させ、更にアミロイド斑の形成を阻害することを確かめている。次に健康なボランティアーを募り薬剤の効果を確かめている。かなり踏み込んだ実験で、おそらく我が国では行うことが困難だろうと思う。実験では被験者の脊髄腔にカテーテルを留置して経時的に脳脊髄液を採取している。更に静脈に留置したカテーテルから血液を採取するとともに、アイソトープを標識したアミノ酸を投与し、新たに産生されるアミロイドAβの量を計っている。結果は期待通りで、エスシタロプラム60mg投与によりアミロイドAβ産生が37%低下し、脳脊髄液中の濃度が38%低下している。この結果は、セロトニン再吸収阻害剤エスシタロプラムはアミロイドAβを抑制することで脳内の濃度を低化させ、アミロイド斑形成を抑制できることを示している。このように既に使われている薬剤を違う目的に使うリパーパスは臨床応用へのハードルが低く、医療費抑制にも大きく記する。早期に患者さんについての臨床研究が進むことを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月18日:血中乳がん細胞数と予後(The Journal of National Cancer Institute5月号掲載論文)

2014年5月18日
壊れたがん細胞から血中に遊離してくるDNAを診断に用いる研究についてはこれまでも紹介した。実はがん細胞自体がそのまま血中に流れている場合も知られている。転移がんだ。血液転移は血液にがん細胞が遊離されることにより始まると考えられるため、転移がんの診断に血中のがん細胞を検出する検査の有効性は既に確立されている。また血中を流れるがん細胞を高感度に検出する機器がアメリカで開発され、我が国でも導入が始まっている。この機器は血中のがん細胞を補足することに機能を絞って開発された優れた機械だ。今日紹介する論文はこのCellTracksと呼ばれる機械を使って乳がんと診断され治療が始まる前の血中を流れる乳がん細胞の数と再発率などを検討したミュンヘン大学の研究だ。タイトルは「Circulating tumor cells predict survival in early average to high risk breast cancer patients(血中の主要細胞の存在を元に早期の一般的がんからリスクの高いがん患者の生存予後を予想できる)」だ。研究では2000人余りの患者さんの参加を得て、診断直後に採取した血液に存在するがん細胞をCellTracksを用いて検出し、その後3年経過を観察している。驚くことに、初期のがんも含め、乳がんと診断された時点で実に21%の患者さんの血液からがん細胞が検出される。その後の検査でリンパ節転移の見つかった患者さんほど血中にがん細胞が見つかる確率は高い。しかし他の臨床検査結果との相関は低く、がんの性質に関わらず大体同じ頻度で陽性になる。次に経過を観察し血中のがん細胞が陽性の場合と陰性の場合の再発率、生存率などを調べると、陽性の場合の予後は明らかに良くない。また、単位血液あたりのがん細胞の数が多いほど予後が悪い。このことから、この検査はがんの予後を予測する指標になり、血中のがんが陽性の患者さんでは、再発の可能性を常に頭に置いて経過を観察することが重要であることがわかる。面白いのは、手術前の補助化学療法によって血中のがんが消えたり、あるいは逆に出現する場合があるが、この様な変化は予後に相関しないことだ。おそらく化学療法はがん細胞の血中への遊離を促進するが、化学療法の結果、血中のがん細胞はある程度無害化されているのだろう。これまでCellTacks検査は転移がんで応用が進んで来た。今回、最初の乳がん診断時の予後の指標として有効であることが示され、CellTracksの利用の拡大が予想される。問題は、初診時の血中がん陽性の患者さんの治療方針がまだ明らかでない点だ。優れた検査法を生かすための治療法の研究が急がれる。しかし抹消血でがんを診断する様々な方法の開発が急速に進展していることを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月17日:放射線障害の新しい治療法(5月15日号Science Translational Medicine掲載論文)

2014年5月17日
放射線障害治療に活性酸素スカベンジャーなどが効果が確認された薬剤としてこれまでも利用されている。しかし効果が出るためには被爆以前から予防的に使用する必要があった。これに対し今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、被爆後1日を経過した後投与を始めても効果があると言う新しい薬剤についての研究で、5月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「PHD inhibition mitigates and protects against radiation-induced gastrointestinal toxity via HIF2(PHD蛋白は放射線の消化器毒性をHIF2を介して軽減し防ぐ効果がある)」だ。PHD蛋白とはHIFと呼ばれる低酸素や様々なストレスにより活性化される分子を就職する酵素で、これによりHIFが分解される。HIFは消化管上皮をストレスから守ることが知られている。このグループは放射線による消化管上皮障害にもHIFが効果があるのではと狙いを付け、HIF分解に関わるPHD蛋白を抑制してHIFが壊れなくして調べている。PHD蛋白は3種類存在するが、全ての分子を腸管で発現できなくしたマウスでは予想通り、放射線照射による死を抑制する効果を確認した。次にPHD蛋白の機能を阻害する薬剤DMOGに同じ効果があるか放射線照射前から投与して調べると、期待通り抑制効果があった。実際の放射線被爆では、被爆を予想して薬剤を投与できるのはあらかじめ計画された放射線治療時ぐらいで、事故では被爆後から投与して効果のある治療薬が必要だ。このため、DMOG投与を被爆後24時間から始めたときも同じ効果があるか調べ、17グレイまでの被爆であれば治療効果があることも確認している。更に、がんの放射線治療で、がんの方にも放射線抵抗性が獲得されると困るので、実験的がんを移植してDMOGを投与する実験も行い、がんの抵抗性を上げることがないことも確認している。メカニズムについても検討しており、PHD蛋白抑制によりHIF2が安定し、この作用で血管増殖因子(VEGF)分泌が上昇すると言うシナリオを示している。とすると、VEGF投与も放射線障害に効果があることになる。示されたデータは全てマウスを用いた実験結果だが、人間にも使えるPHD阻害剤は東大医学部のグループにより貧血治療(HIFが安定化すると赤血球を増殖させるシグナルが上がる)のため開発されていることから、この結果を人でも試すためにそう時間はかからないと思える。新しい治療法として期待でしたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月16日:疾患iPSを用いる脳高次機能解析の困難(Molecular Psychiatry5月号掲載論文)

2014年5月16日
現役時代、iPS/ES研究の助成方針について意見交換のためアメリカNIHに行った時、iPSを用いた認知機能研究をテーマに助成をスタートすると言う話を聞いて、ずいぶん野心的プロジェクトだと驚いた。その後アメリカからこの方向性に沿った研究が発表されるのを見て、「細胞で認知機能の何がわかる」と決めつけないことが重要であること教えられた。アメリカでこの分野の先頭に立つのがFred Gageで、ヒトと比べる目的で、ゴリラ、ボノボ、チンパンジーのiPSを樹立するなど柔軟な発想でiPS利用を進めている。中でも2011年、統合失調症の患者さんから樹立したiPS由来の神経細胞を比べ、神経突起の結合性が統合失調症の患者さんでは低下しており、それをClozapineなどの治療薬で改善できると言う驚くべき結果を発表した。しかしその後音沙汰がないので、論文のための論文かと思っていたら、今日紹介する論文が5月号のMolecular Psychiatryに発表された。筆頭著者は2011年と同じでタイトルは「Phenotypic differences in hiPSC NPC derived from patients with schizophrenia(統合失調症患者由来のiPSから誘導した神経前駆細胞(NPC)の示す形質の違い)」だ。今度の仕事も以前と内容はほぼ同じで、4例の患者iPSから神経を誘導し、遺伝子、蛋白、機能を正常と比べている。今回は、彼らの方法でiPSから誘導される神経細胞が6週例の胎児脳に近いことを示した点が先ず新しい。これには以前紹介したアレン研究所で進むヒト胎児脳の遺伝子発現データベースの寄与が大きい。長期的視野を持つデータベース作りは見習う所が多い。遺伝子発現、蛋白発現についても以前よりは大規模な研究を行っている。結局個々の細胞のバリエーションが大きいためか、結果は以前の物と大分違っている印象がある。ネットワーク解析など以前とは異なる方法を用いた今回の比較結果で一番目立ったのが神経接着に関わる遺伝子の発現変化だ。また、蛋白発現の解析から、酸化ストレスと細胞骨格に関わる分子の発現に大きな差を見つけている。この分子発現と一致して、患者iPS由来神経細胞は移動性が低く、またミトコンドリアの障害と酸化ストレスが亢進していることが見つかっている。これらの結果は、統合失調症の患者さんの神経細胞は発生段階から異常があることを示唆している。ただ今回の結果は以前の結果と矛盾はしないが、しかし今回の論文で示された異常はClozapineなどの薬で全く改善しない。また本来行ってしかるべき以前の結果との比較はこの論文でほとんどされていない。幾つかの点で結果の一貫性がないことは明らかだ。多分著者達も解釈に困ったはずだ。しかしこの方向の研究に困難があるのは当然だ。全くめげる必要はないと思う。到底不可能と考えられることに挑戦する人達が多く出てくることが最も重要だ。私は両方の論文を評価したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月15日:自由意志(Psychological science オンライン版掲載論文)

2014年5月15日
先日京都大学の白眉プロジェクト主催のパネルディスカッションに参加した時、若手のコンピューター科学者が「自由意志」が本当にあるかどうかという問題を提起したのを見て、「自己と他」の問題をまじめに考えている若者がいるのだと少し喜んだ。私もデカルト以来克服できていない2元論や主観の問題は21世紀の重要な研究課題になると思っている。さて今日紹介する論文は、頭の中に形成された認識が,自分の発した言葉にどの程度影響されるのかを調べたスウェーデンウプサラ大学からの興味深い研究で、Psychological Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Speaker’s acceptance of real-time speech exchange indicates that we use auditory feedback to specify the meaning of what we say(話し手は発語された自分の言葉を受け入れてしまう事から、自分が何を話したかを特定するのに音によるフィードバックを使っているようだ)」だ。心理学研究では問題を説くためどれだけ説得力のある実験プロトコルを考えるかが命だ。この研究では、画面に示される色を見てその色を言葉にした時、つぶやいた言葉の聴覚認識が、視覚情報によって脳内に形成された認識にどの程度影響するかを調べるための実験系がデザインされている。先ず被験者はパソコン画面の前に座り、自分のつぶやいた音も含め回りの音を完全に遮断するヘッドフォーンを装着する。その上で、250語ストループテストを行う。このテストは脳への入力間の干渉を見るテストで、この場合画面の文字を見たことによる入力と、それを発語した音を聞き直すことによる入力との干渉だ。最初は発語された音がヘッドフォーンを通してそのまま耳に入るようにし、途中で「今何と言った?」と質問を行い、被験者が認識している内容を確認する。最初のうちに被験者のつぶやきを録音し、後半は録音した音だけ画面の文字と連動させてヘッドフォーンを通して聞かすようにする。このとき、スウェーデン語の「灰色 [ɡɹoː]」と「緑[ɡɹoːn]」の発音が似た2語は音をすり替えて聞かせ、「今何と言った?」と聞いた時、耳で聞いた音のに影響される程度を調べている。つぶやきを聞かせるタイミングを決める必要があるなど実験的詳細が重要だが全て割愛する。要するにつぶやいた音によって、視覚的に入って来た認識がどう影響されるかを見るためにはうまくデザインされたプロトコルだ。結果は予想通り(?)で、聞こえたぶやきの意味をそのまま答える被験者が4割に達し、さらに答えが最終的に視覚から得た認識と同じ場合も、自信がないそぶりを示したケースが4割に達している。合わせると、耳から入った音に影響されたケースが8割に達することになり頭の中で最初に形成されたイメージがいかに不安定かを明確に示す結果だ。しかし私たちはこのことを経験的に知っている。例えば、電車の最前列車両に乗ると、運転手さんの点呼の声が聞こえるのはこの証拠だ。しかし科学的に一つ一つ経験的事実が確認されるのは素晴らしいことだ。詳しくは紹介できないが、最近読んだ論文の中に、自分の認識に割り込んでくる他人の脳内にあるイメージを扱った面白い研究があった。The Journal of Neuroscience4月30日号に掲載されたコーネル大学からの仕事で、「On the same wavelength:Predictable language enhances speaker-listener brain-to-brain synchrony in posterior superior temporal gyrus (波長があう:言葉が予測できると、話し手の脳と、聞き手の脳が後部上側頭回で同調する)」と言う論文だ。内容は、簡単な図を見た後、その図についての他人の説明を聞くと、次に同じ絵を見た時の脳上側頭回の反応が話し手と聞き手で同調すると言う結果だ。他人に影響され易いのはわかっていたが、しかしMRIによる測定結果として示されると不思議と納得する。苦労しながらも脳の根本問題に対して様々な取り組みが行われているのを実感して楽しんでいる。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月14日:瀰漫性胃がんのエクソーム解析(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2014年5月14日
胃がんは日本人に多いがんだったが、がんの中でも治療成績がよく進行がんも含めて5年生存率は6割を超える。しかし胃がんの中でスキルスがんとして知られる瀰漫性のタイプは発見が難しく、また進行も早いため5年生存率は2割を切るのではないだろうか。昨年友人をやはり瀰漫性胃がんで失ったが、発症から半年で亡くなってしまった。この瀰漫性胃がんのエクソーム解析が東大のグループからNature Medicineオンライン版に報告された。タイトルは「Recurrent gain-of-function mutations of RHOA in diffuse type gastric carcinoma (瀰漫性胃がんに高頻度に見られるRHOAの活性型突然変異)」だ。元々このタイプのがんは組織反応が強く、がん細胞だけを集めるのが難しい。そのため解析が遅れていたようだが、この研究でも得られたサンプルに含まれるがん細胞の比率は高い場合でも60%、低い場合だと20%しかない。この問題を克服しながら、正常細胞とがん細胞を比べている。当然これまで胃がんで知られていた突然変異が瀰漫性胃がんにも見つかっている。ただ見た所、間違いなく新しい創薬標的の可能性のある分子はこの中には含まれていない。この研究のハイライトは、普通の胃がんには全く見つかっていなかったRHOAと言う分子を活性化させる突然変異が25%の患者さんに見つかり、さらにこの分子の関わるシグナル経路の分子の突然変異も入れると4割近い患者さんで、RHOA経路の活性化が見つかっていると言う点だ。カドヘリンと呼ばれる接着分子の突然変異も瀰漫性に特異的な突然変異だ。私はもちろん胃がんについては素人だが、しかし、瀰漫性胃がんでこの2つの遺伝子に突然変異があると示されると妙に納得する。何故かと言われると困るが、RhoAは細胞骨格の変化と細胞増殖の両方に関わる事が知られており、瀰漫性の胃がんで活性化されている分子としての資格は十分だ。一方細胞間の接着に関わるカドヘリンも、組織からがん細胞がこぼれて増殖する性質を説明する。残念ながら今回の仕事では瀰漫性胃がんでなぜ組織反応が強いのかを説明する事は出来なかったようだ。この性質は膵臓がんにも見られる、予後の悪いがんの特徴なので是非この原因も突き止めて欲しいと期待する。いずれにせよ、RhoAシグナルについては薬剤開発の可能性が十分ある。論文でも、この分子の発現が抑制されるとがんの増殖を抑制できる事が示されており、期待したい。胃がんについて全ゲノムも含め更に包括的に行われた研究がファイザー製薬と香港大学のグループからNature Medicineに掲載されていたが、エクソームから得られる以上の驚くべき結果が示される所までは至っていないようだ。今後ゲノム分野の情報処理技術の一段の進歩が必要だろう。しかしファイザーと聞くと、我が国の製薬企業がゲノムに対して真剣に取り組んでいるのか大いに心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月13日老化の体液説(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2014年5月13日
ヒポクラテス、ガレヌスといった昔の医学では身体の中の体液のバランスの乱れが病気の原因とされていた。このため治療では、瀉血やヒルに血液を吸わせるなど、このバランスを戻す事が重視された。その後臓器別の疾患概念、あるいは細胞病理学が主流になるとともに、体液説は医学から消えて行った。しかし今でも書店に行けば一種体液説とも言える観点に立って病気を解説する本が多く売られており、私たちの意識の中に根強く体液説は生きている観がある。驚く事に、体液説は一般人だけに受け継がれているわけではなく、科学者の中には現代版体液説を研究している人達がいる。このグループは通常パラビオーシスと呼ばれる方法、即ち2匹のマウスの血管をつないで体液を共有させる方法を使う。特に研究が進んでいるのが、若い体液で老化組織を若返らせる事が出来るかについての研究だ。これまでパラビオーシスにより様々な組織の幹細胞が若返る事が示されて来た。今日紹介する論文は記憶に関わる脳の海馬の神経結合の可塑性がパラビオーシスや若い動物の血液を注射する事で若返ると言う事を示すカリフォルニア大学サンフランシスコ校研究で、Nature Medicine オンライン版に紹介された。タイトルは「Young blood reverses age-related impairments in cognitive function and synaptic plasticity in mice(若い血液は老化に伴う認知機能とシナプス可塑性の低下を元に戻す)」だ。研究では先ず若いマウスと年寄りマウスをパラビオーシスで結合して5週間待ち、海馬での遺伝子発現を調べ、遺伝子の発現パターンが若返っている事を見つけている。特に脳の可塑性に関わる遺伝子の発現が元にもどった事から、神経軸索から出ている突起を調べると、突起は増加し若返りが観察される。この分子・細胞上の変化が実際の生理機能に反映されているのかを生理学的に調べると、確かに電気生理学、記憶テストなどで改善が見られている。特に記憶は、パラビオーシスではなく、若いマウスの血清を毎日注射する事でも改善する事から将来脳の若返り薬を開発する可能性を期待させる。薬剤開発までには分子メカニズムを明らかにする事が必要だが、残念ながら若い血液が神経細胞のCrebと言う分子のリン酸化を高める事でシナプス可塑性を促進している事以外は明らかでない。特に若返り血清成分についてはまだ闇の中だ。論文を読んで、体液説の伝統が科学にも受け継がれている事を実感する。しかしドラキュラ伝説もまんざらウソではなさそうだ。
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5月12日:ダーウィンフィンチの自助努力を助ける(Current Biologyオンライン版掲載論文)

2014年5月12日
多くの野生生物が絶滅の危機にあるが、ほとんどは私たち人間が原因を造っている。人間の生活圏の拡大による環境破壊は主要な原因だが、野生生物が保護されている場合でも、様々な人的原因で野生生物は危機にさらされる。今日紹介する論文は、ダーウィンの名前がついているダーウィンフィンチを守るためのユタ大学のグループの研究で、オンライン版のCurrent Biologyに掲載された。タイトルは「Darwn’s finches combat introduced nest parasites with fumigated cotton(人間が持ち込んだ害虫に対してダーウィンフィンチは消毒された綿を使って戦う)」だ。ガラパゴスに住むダーウィンフィンチの大きな多様性にダーウィンは強い感銘を受けたと言う。ただガラパゴスのダーウィンフィンチも今は人間によってガラパゴスに持ち込まれた様々な害虫に悩まされているらしい。中でも巣に卵を産みつけるイエバエの幼虫に血液を吸われる事で、無事に育つヒナの数が減っている。このグループはこれまでの生態観察に基づき、このハエを巣から退治する名案を思いついた。消毒薬のついた綿を巣の近くに置いておき、フィンチの巣作りの際この綿を使うようにしむける戦略だ。結果は予想通りで、消毒薬がついているかどうかに関わらず、フィンチは綿を巣のクッションとして利用する。ヒナが育った後巣を回収して調べると、消毒薬で処理した綿を使った巣のなかの害虫は半減しており、消毒済み綿が1g以上使われた場合はほぼ絶滅に成功している。もちろん人工的に造って消毒薬を噴霧した巣を用意する事も出来、その効果は確かめられているのだが、今回示された巣作りの際の材料として消毒薬が噴霧された綿を提供する方が多くのフィンチに対応できる。地道な努力が科学的に進んでいる事を実感した。
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5月11日:ゾウリムシの自己(Natureオンライン版掲載論文)

2014年5月11日
今日は少し難しい話だが、誰でも知っている生物ゾウリムシの話だ。皆さんはゾウリムシはどれも同じだと思っているだろうが、本当は奇数(O)と偶数(E)と呼ぶ2種類が存在している。ゾウリムシで雄、雌にあたる組み合わせだ。更に驚く事にそれぞれのゾウリムシには核が二つあり、生殖核(小核),栄養核(大核)と呼ばれている。ゾウリムシが活動するために働いているのは栄養核だけで、栄養核にある遺伝子だけが転写、翻訳されている。一方生殖核は生殖時まで全く動かず、活動は抑制されている。またO,Eの区別があっても生殖核ゲノムには差がなく、栄養核が出来る時にこの差が新しく継承される。言って見れば私たちの身体の体細胞と生殖細胞の区別が、継承されるゲノムに存在するのではなく、遺伝子編集で接合の都度それぞれ独自の型を持った栄養核へとリプログラムしている。接合が起こると生殖核が活性化され、減数分裂(2つになる)し、2つの核の一つを互いに交換。交換後、2つの核を融合。そして出来た新しい生殖核から新しい栄養核の形成と古い栄養核の消去。この過程で遺伝子編集を行うという複雑な過程が進む。あまり研究者はいないのではと思われるだろうが、ゲノム解析が容易になった事で急速に研究が進んでいる生物だ。今日紹介する研究は先ず、E,Oの区別が接合後も片方の細胞だけに継承されるメカニズムを明らかにしようと試みたフランスからの研究で、Nature オンライン版に掲載された所だ。タイトルは「Genome-defence small RNA exapted for epigenetic mating-type inheritance(ゲノムを守るためのsmall RNAは接合タイプのエピジェネティックな継承にも流用されている)」だ。研究では先ずE型でだけ発現している遺伝子mtAを特定し、これらの遺伝子をきっかけに、なぜ接合後、片方がE、もう片方がOになるメカニズムを追求している。詳しい実験は省いて最終結果だけを紹介しておく。先ずこmtAはE型個体の繊毛に発現されており、O型だけを選んで接合するための必須分子だ。E型だけにmtAが発現している事は、当然栄養核の遺伝子の違いを反映している。即ちE型だけでmtA遺伝子の転写が起こっている。ではなぜE型でだけで転写が起こるのか。調べてみると、転写を指令する遺伝子部分(プロモーターと呼ぶ)がE型では正常なのに、O型ではプロモーター部分の特定部分が除去されてしまって機能しない事がわかった。ではなぜこの差が生まれるのか。実はゾウリムシの生殖核には栄養核にはない短い配列が何万も存在している。一部は生殖核の活動を押さえるために存在する生理的な配列で、残りはトランスポゾンと呼ばれる機能のない動く遺伝子だ。この挿入配列のため正常の遺伝子がズタズタに中断されており、そのままでは遺伝子が機能せず転写が起こらない。そのため生殖核から栄養核が出来るとき正確に一つ残らず削除される。このとき栄養核に必要な部分とそうでない部分を決め、介在配列を除去するために極めて巧妙なメカニズムが働いている。まず接合が起こると生殖核から全ゲノムをカバーする短いRNAが転写される。つぎにこのRNAは栄養核のDNAと反応し、結合するRNAは古い栄養核とともに全て取り除かれる。この引き算の結果栄養核に必要でない部分のRNAだけが残るが、この残ったRNAが今度は生殖核が栄養核になる時生殖核由来のDNAと反応し、反応部分を除去する。これにより、生殖核ゲノムから栄養核に必要な配列以外は全て正確に排除される。ゾウリムシで自己を決めているのは栄養核の遺伝子で、生殖核の遺伝子はこの編集過程を経て前の栄養核と同じ自己遺伝子だけを発現するようになる。このメカニズムを、生殖核ゲノムを交換した後も、E型はE型、O型はO型だけになるために使う。即ち、生殖核のmtA遺伝子のプロモーターの端にある短い介在配列がE型では自己(栄養核にある)として認識され除去されないが、O型では他(栄養核にない)と認識され除去される。結果、生殖核の遺伝子配列は同じでも、E型ではmtA遺伝子のプロモーターが長いまま、O型では機能のない短いプロモーターが常に自己として栄養核に再生産される。このようにゲノムは同じでも、異なる遺伝子の発現パターンを安定に継承するためのメカニズムなので、この論文は「エピジェネティックな継承と」タイトルをつけている。生物の多様性に本当に感心する。しかし、私の説明ではチンプンカンプンだと立腹されている読者を感じる。生命のメカニズムを知るためには、かなりの予備知識が必要な事も多い。是非リケジョのメンバーにゆっくり話して見たいテーマだ。
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5月10日:手術中流れ出した自己血液をその場で再利用する心臓手術(6月発行予定Anesthesia and analgesia誌掲載論文)

2014年5月10日
読んで驚いたので紹介しておく。体外循環システムを使う心臓手術には大量の血液が必要だ。しかし我が国でも輸血用血液は慢性的に不足している。また、輸血自体保存による血液の変化で問題が起こる。これに対応するために手術中に出血した自分の血液を回収して使ったらと誰でもが考える。私は自分で手術をした経験がないが、横で見ていてやはり手術をしながら血液も回収してと言うのは手間がかかり過ぎ、手術がおろそかになる危険もある。とは言え背に腹は代えられなく、これに挑んだのが今日紹介する論文で、6月に出版される麻酔科の雑誌Anesthesia and Analgesiaに掲載された。タイトルは「Impaired red blood cell deformability after transfusion of stored allogenei blood but not autologous salvaged blood in cardiac surgery patients (心臓手術の際、保存他家輸血では起こる赤血球の形態異常は術中回収自己血輸血では見られない)」だ。2−3時間体外循環が必要な心臓手術を、術中回収自己血のみ、他家血主体+自己血、自己血主体+他家血の組み合わせで行い、術中及び術後1、2、3日で以上赤血球の数を調べている。結果は明瞭で、術中回収血液だけで十分手術が可能な事だけでなく、他家輸血で起こる以上赤血球の出現はほとんどなかったと言う結果だ。私は我が国でどの程度この方法が使われているのかよく知らないが、「モッタイナイ」の思想が血液ドナー不足を補ってくれる事は間違いない。保険収載を是非考えるべきだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ