6月19日 胸腺びっくり動物園:免疫学の長年の謎が解明された(6月16日 Cell オンライン掲載論文)
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6月19日 胸腺びっくり動物園:免疫学の長年の謎が解明された(6月16日 Cell オンライン掲載論文)

2022年6月19日
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今日紹介するハーバード大学、Dian Mathisラボからの論文は、免疫学長年の謎を解明したとても重要な論文なので、次々回のジャーナルクラブの題材にすることを約束して、ここでは概要だけを紹介する。幸い共同著者に挙げられている和歌山大学、改正さんを個人的にも知っているので、彼にも参加してもらってこの研究の重要性を伝えたいと思う。タイトルは「Thymic epithelial cells co-opt lineage-defining transcription factors to eliminate autoreactive T cells(胸腺上皮は体細胞の分化を決める転写因子を動員して自己反応性T細胞を除去する)」で、6月16日 Cell にオンライン掲載された。

私たちの免疫細胞は、自己の細胞や分子には反応しない免疫寛容が成立している。T細胞については胸腺内でT細胞が分化する時、自己抗原反応性のT細胞が除去されるからで、この概念は私の学生時代から既にMedawarらの研究により明らかにされていた。しかし、私たちの体細胞は極めて多様で、それぞれに対応する自己抗原をどうして胸腺で用意できるのかについては、古くからの謎だった。

ただ、Aireと呼ばれる、コファクターのような役割を持つ分子が、胸腺内で自己抗原を用意するのに重要な働きをすることがわかっていた。そして、Aireがランダムに末梢組織の分子の転写を誘導することで、胸腺上皮細胞が自己抗原を展覧会のように提示できるのではと考えられてきた。

この問題解決のため、Mathisらは胸腺上皮を分離し、single cellレベルでAtac-seqを用いてクロマチン状態を調べた。そして、オープンなクロマチン部分の特徴を調べると、Aireが存在することで、特にヒストンコードの差が生まれるのではなく、Aire結合サイトが特異的にオープンになっていることを明らかにした。一種パイオニア因子に似ている。いずれにせよこの結果は、Aireがクロマチンをオープンにして転写マシナリーを動かすというこれまでの考えと一致する。

ただ、2次元展開した胸腺上皮の各クラスターで発現している分子を詳しく見ると、ランダムに転写のスイッチが入っているのではなく、それぞれのクラスターが、末梢組織の分化に必要な別々の分子セットを発現していることに気付く。例えば、Aire欠損マウスで発生が見られないクラスターは、FoxAとその下流分子を発現する内胚葉系の臓器に遺伝子発現が似ていることを突き止める。ジャーナルクラブでは詳しくデータを見ていこうと思っているが、胸腺上皮のクラスターを、腸上皮、皮膚、神経、筋肉型と分けられるのを見ると、興奮する。

さらに、胸腺上皮分化に平行するAireの発現に伴って、胸腺上皮内で末梢組織プログラムが、未熟から成熟へと分化することまで、M細胞の分化を例に示している。すなわち、胸腺上皮は自分の分化の過程で、Aireによってスイッチが入った末梢組織の分化を実際に再現して見せて、この時に発現する抗原を、自己反応性T、細胞の除去に使うというわけだ。山中さんの4因子も真っ青の能力を、胸腺上皮とAireが実現していることになる。さらに、さすがこの分野を見続けていたMathisだけあって、1800年代の組織学では、胸腺上皮が様々な形態を示すこと、すなわち末梢組織のプログラムが発現している可能性が既に示唆されていていたことまで言及している。

最後に、末梢組織特異的に蛍光分子が発現するようにした遺伝子改変マウスで、同じ分子が胸腺上皮で発現して、免疫寛容が成立することも示している。この時、T細胞除去だけでなく、Tregの誘導も同じように起こる可能性も示している。

概要は以上で、要するに胸腺内に様々な組織の動物園が形成され、T細胞を教育しているというのだから驚く。さらに、これまで不思議だった多くの問題の解決の糸口が見つかるように思える。例えば坂口さんの胸腺除去実験で、何故内分泌組織の自己免疫が起こりやすいかなどだ。

まだまだ説明したい点が満載の論文だが、詳細はジャーナルクラブで説明するので、それまでしばしお待ちを。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日 軽度covid-19感染による脳障害の解析(6月7日 Cell オンライン掲載論文)

2022年6月18日
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久しぶりにCovid-19論文を取り上げる。スタンフォード大学とイェール大学からの論文で、最近問題になっているcovid-19感染後の厄介なbrain fogと呼ばれる現象について、マウスモデルで研究している。タイトルは「Mild respiratory COVID can cause multi-lineage neural cell and myelin dysregulation(軽度の呼吸器Covid感染は様々な神経系細胞とミエリンの調節不全を起こす)で、6月7日Cellにオンライン掲載されている。

我が国でも感染が収まりつつあり、世界中でも「ワクチンも行き渡り感染しても軽い」と考えられるようになったので、現在ではlong covidや、軽度感染の後に思いがけなく続く様々な神経症状を取り上げて、注意が喚起されている。この意味では、なかなかタイムリーな研究だ。

研究では肺にβ株のcovid-19を感染させ、その後の脳の変化を見ている。この時、軽い肺炎だけが起こって、全身にウイルスが回らないよう、単純にACE2トランスジェニックマウスを使わないで、感染に必要なACE2をコードしたアデノウイルスをコロナウイルスと同時に投与するというトリックを用いて、軽症のcovid-19感染を再現している。

そして、感染は軽症で肺だけに限局されていても、脳では様々なサイトカインが、感染直後だけでなく、7週間後も高いレベルを維持している。特にとりわけこれまであまり注目されていないCCL11は、1週間目より7週間目の方がさらに高いレベルを示している。この結果、脳のミクログリアが活性化され、老化による白質障害で見られるミクログリアによく似た性状を示すようリプログラムされることを示している。

これと呼応して、白質維持に関わるオリゴデンドロサイトの喪失がやはり7週間持続し、さらに海馬の神経真性が抑えられる。以上の結果から、covid-19の場合、軽症でも持続するCCL11が、中心的役割を持つ炎症が脳で持続し、これがbrain fogの原因になると結論されている。

次の問題は、この炎症の分子的主役がCCL11なのか?、なぜcovid-19だけでこれが問題になるのか?、そして、このモデルは人間の症状を説明できるか?だ。

まず、CCL11をマウスに投与する実験を行い、驚くことに海馬白質特異的にミクログリアの活性化を誘導し、海馬の神経再生を抑制することを示している。ただ、これが持続的自立的炎症を誘導するのに十分かについては検討されていない。

次にインフルエンザ感染と比較して、同じようにCCL11を中心にした炎症が続くが、7週目でも上昇しているサイトカインの数や、ミクログリア活性化の程度などで、炎症の程度が低いことを示している。

ただ、なぜcovid-19のみこのような現象が起こるのかについては、答えは出ていないと思う。今後、他のコロナ株も含め、同じ実験系で調べることは重要だろう。特に、肺だけに炎症を限局させて脳を調べる実験の意味することは、ウイルスとは関係なく、脳で自律的な炎症の引き金が引かれることなので、より踏み込んだ実験が必要だと思う。

最後に、人間でもbrain fogを訴えた患者さんの脳ではCCL11が上昇していることを示している。

以上、まだ現象論的研究に終始しているが、局所の炎症が、サイトカインを介して細胞をリプログラムし、自立的持続的炎症を誘導するメカニズムを解明してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学56回 脳構造の解剖学的変化から自閉症スペクトラムを眺めてみる(6月3日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年6月17日
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2006年、英国University College Londonの研究者が、ロンドンのタクシードライバーの海馬灰白質が、同じ路線を繰り返し走るバスドライバーと比べて大きいと言う面白い論文を報告した。灰白質は神経細胞の数に相当するので、この結果は鍛えれば海馬の神経細胞は増やせられるのではと、大きく報道された。

ロンドンのタクシードライバーは資格基準が最も厳しいとされているが、この結果は解剖学的変化をある程度脳の機能と相関させられることを示している。

このことから、MRIを用いて微妙な脳構造の違いを特定し、ASDの早期診断が可能かを調べる研究が続けられており、論文ウォッチでも以下の2論文を紹介している。

  • 両側の後頭回、右側楔状葉、そして右側舌状回の表面積の増大を指標にすることで12ヶ月からASDの診断が可能かもしれない(https://aasj.jp/news/watch/6509)。
  • 脳の230箇所のMRI画像を数値化して機械学習させることで、診断が可能になる(https://aasj.jp/news/watch/6973)。

ただ、これらの研究はASDを典型児から区別することだけを目的としていた。

しかし、ASDはスペクトラムと呼ばれるように極めて多様だ。またゲノム研究からも、典型児にも一定の頻度で見られる、一種の性格を反映すると考えられる頻度の高い多型(コモンバリアント)と、ASD発症の後押しになっているような、ASD特異的と言ってもいい稀な多型(レアバリアント)が混じっていることが示唆されている。すなわち、ASDの理解には、ASD特異的な変化と、ASD内の多様性に対応した変化を分けて調べることが望ましい。

今日紹介するボストンカレッジからの論文は、ASDのMRIデーータベースを用いて構造解析データを機械学習させるとき、contrastive learning(対照学習)を用いることで、ASDに関わる脳構造の特徴と、ASD内での多様性を区別して特定できることを示した研究で、6月3日Nature Neuroscienceに掲載された。

機械学習の話なので、ほとんどの議論が、ASD全体で共有される特徴と、ASDの間に見られる多様性を区別して捉えるためには、対照学習が遥かに優れていることの証明に費やされている(対照学習については是非自分で調べてほしいが、写真などの違いを自動的に比較し、似ている程度で分類していく機械学習法ぐらいに理解してもらえれば良い)。実際、対照学習法を用いて区別したASD特異的変化は、MRI撮影に使ったスキャナーの差にほとんど影響されないが、ASD間に見られる多様性の一部を説明できることを示している。すなわち、どこで検査したかはASDの診断には影響しないが、ASD間の多様性の原因になることは頭に入れておく必要がある。

一方、ASDの診断に使われる様々な指標は、全てASD特異的変化と強く相関するが、ASD内の多様性とは関係しないことも明らかになっている。すなわち、長年磨き上げられてきた信頼できる診断基準と、ASD特異的変化の関係を今後研究することの重要性がわかる。

ASD特異的差を除いた後の、ASD間で多様性が見られる脳領域は、かなり広い範囲に及んでおり、個々の領域の変化の意味と他の症状との関連については全く議論されていない。ただ、予想通り、ASD特異的な差と異なり、それぞれの領域の変化は、連続的で、どこまでが病的でどこまでが正常と線は引きにくいことが示されている。

以上が結果で、要するに対照学習により、ASD診断に関わる脳構造の変化と、個人間の変異を分けることができるということが結論で、ここで示された現象の意義については、全て今後の研究に投げているように思う。とはいえ、個人的には性格とオーバーラップする脳構造の多様性がなんとか抽出できるようになったことは、私たちのASD理解に新しい視点を与えてくれたと期待して、少し難しい論文だが、紹介する。

6月17日 14世紀ヨーロッパ黒死病の起源(6月15日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月17日
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ジャレットダイアモンドのベストセラー「銃、病原菌、鉄(Guns, Germs, and Steel)」で取り上げられたように、世界史を形作ってきた最も大きな要因は、戦争と疫病だった。中でも中世の1346年から始まったペスト大流行は、10年でヨーロッパの人口が半減するほどの猛威を振るった。当然多くの記録が残され、それを手がかりに、この大流行がどのように始まったのか、研究が続けられている。

既に論文ウォッチでも2回紹介しているように、最近では疫病の起源と歴史を調べる手段として、ゲノム研究が加わり、大きな成果を挙げている。この結果、人類は5000年前よりペストと付き合っており(https://aasj.jp/news/watch/4277)、また中世大流行のペスト菌だけでなく、他の系統も地域的流行に関わってきたことなどが示されている(https://aasj.jp/news/watch/4768)。

今日紹介するライプニッツ マックスプランク人類進化研究所、チュービンゲン大学、そして英国スターリング大学からの論文は、中世のペスト大流行に関わるペスト菌の起源を、キルギスタンのKara-Djigach墓地に埋葬された遺骨から特定した研究で6月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The source of the Black Death in fourteenth-century central Eurasia(14世紀ヨーロッパの黒死病は中央ユーラシア起源)」だ。

この研究では、中央ユーラシアで1338年に墓碑の数が急増しており、疫病についての記述が残されている墓地から、1338年に疫病で亡くなったと思われる人骨を掘り出し、ゲノムを調べている。まず、7体について民族的由来を確認した後、同じゲノムに混在しているペスト菌を再構成している。実際には3体の骨から、最終的には同じペスト菌ゲノムが再構成され、これまで知られている古代から現代まで、様々なペスト菌ゲノムと比較している。

この地区でエンデミックが起こった時期を1338年と特定できることから、これがヨーロッパパンデミックからほぼ8年前なので、その起源に近いため大きな期待が持てる。結果は期待通りで、ヨーロッパパンデミックに関わった系統、Branch1が、他のBranch 2、3、4から分岐する起点に存在することがわかった。

この分岐が起こった時期をゲノムから計算すると、大体ヨーロッパ流行の直前、1317年以降であると計算している。以上の結果から、天山地域を含む中央ユーラシアで発生したペスト菌が、この地域での短いエンデミックを起こした後、ヨーロッパに伝播したと考えられるが、これが戦争によるのか、交易によるのかについては今後の研究が必要になる。

いずれにせよ、それ以前、天山地域では、6世紀以降ヨーロッパ系統以外のいくつかの系統ペスト流行が確認されており、この地域でペスト菌のreservoirが形成され、ここから起源後のほとんどのペスト菌が供給されたと考えられる。とすると、reservoirを特定することが、パンデミック予測の鍵になるので、この分野への研究が進むと思う。細菌学もどうやら地震予知学に似てきた。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学55回 自閉症であることを知る最適の時期はあるか?(4月11日 Autism 掲載論文)

2022年6月16日
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今日の論文紹介は、実験的科学というより、単純なアンケート調査と思って欲しい。

私は臨床に全く携わっていないので、現在日本で自閉症あるいは自閉症スペクトラム(ASD)の診断がどのように行われ、診断後どのような医療を受けられているのかは正確に把握できていない。ただ、早く診断されると、様々な公的な支援は受けやすいだろうし、同じ問題を抱える人たちとのコミュニティーも形成しやすい。一方で、我が国でも依然として差別や無理解があるため、ASDを理由に様々なストレスを受ける心配があり、このことが診断を受けるのを遅らせる要因になると思う。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、この問題を「自分が自閉症であることを早く知った方がよかったか、できるだけ遅く知った方がよかったか」という質問を、大学で学ぶASDの学生にぶつけた調査結果で、4月11日のAutism にオンライン出版された。タイトルは「Does learning you are autistic at a younger age lead to better adult outcomes?:A participatory exploration of the perspectives of autistic university students(「自分が自閉症であることを若い時に知った方が、その後の人生で良い結果をもたらすと思いますか?」について自閉症の大学生への参加型調査)」だ。

これは自由参加の研究なので、参考にはなっても科学的に結論を出せる研究ではない。しかし、これまであまり問われてこなかった問題をとりあえず聞いてみたと言う点で、今後の研究にや役立つように思う。

実際には次の3つの質問を、現在大学で学ぶASD学生に質問して78人から回答を得た小規模調査だ。また、大学生と言っても、18歳から54歳までの年齢層が混じっている。

調査では

  • 自分が自閉症であることをいつ最初に知りましたか?
  • 自閉症であることをどのように知りましたか?
  • 自閉症であると聞いたときどのように感じましたか?

の三つの質問に答えてもらっている。

まず1番目の質問については、16−19歳が最も多く、あとは5歳までから15歳まで大体同じ割合で自閉症認知時期が分布している。米国でも診断が遅れることも多いことがよくわかる。

そして、認知時期とその後の生活の質を計算すると、基本的には早く知ったほうが、あとの生活の質が高まることがわかる。おそらく、様々な公的支援や、ASDコミュニティーにアクセスできることによる支援などが大きな要因だろう。

一方で、初めて知ったとき、それをポジティブに受け止められるかに関しては、成人に近づくほどポジティブに受け止められ、思春期以前ではどうしてもネガティブに受け止めてしまう傾向が見られている。

結果は以上で、総合的には早く診断して様々な支援を行うことが良いと言う結論になるのだろうが、心の問題などについては、まだまだ調べる必要があると思う。いずれにせよ、まず思いついた疑問を調べたという段階だが、間違いなく重要な課題を掘り起こしていると思う。このような問題は、国ごとに状況が異なるので、是非我が国でも調べて欲しいと思う。

6月16日 ケタミンの抗うつ剤としての作用機序(6月20日号 Cell 掲載論文)

2022年6月16日
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昨年話題になった幻覚剤によるうつ病治療のように、この10年うつ病に対する様々な新しい治療が開発され、成果を上げている。中でも麻酔に使うケタミンを1回投与することで、長い期間うつ病症状が改善するという発見は一般にも広く知られるようになった、重要な発見だ。しかし、そのメカニズムについては、まだまだよくわかっていないことが多い。論文ウォッチでも、すでに3回もケタミンの作用機序を調べた論文を紹介した。それぞれ、ケタミンが作用する下辺縁皮質とスパイン(https://aasj.jp/news/watch/3687)、ケタミンによる外側手綱核領域の興奮抑制(https://aasj.jp/news/watch/8066)、さらにはケタミン作用でのmTORの役割(https://aasj.jp/news/watch/14546)、など様々だが、全体を見渡すと、結局混乱はあっても解決はないという段階に見える。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、臨床的な治験のバックアップもあるようで、その意味では解決の方に道を開いてくれたかなと思える研究で、6月20日号Cellに掲載される。タイトルは「Ketamine exerts its sustained antidepressant effects via cell-type-specific regulation of Kcnq2(ケタミンの抗うつ作用はKcnq2の細胞特異的調節を介している)」だ。

ケタミンの作用機序は、神経学的な研究と、生化学・分子生物学的研究に分かれるが、この研究はまず後者のアプローチで、ケタミンにより特異的に遺伝子発現が変化する細胞と遺伝子を特定しようとしている。

実際、ケタミンの効果は遅れて現れるので、決して神経回路を単純に刺激した結果では無く、刺激によって起こる細胞のプログラムの変化に基づいていると考えられる。その意味で、この研究が用いたsingle cell RNAseqは最適の方法と言える。

研究ではケタミン注射後2日目の海馬背側部を取り出し、single cell RNAseqで解析している。そして、ケタミンが作用するグルタミン神経で発現が変化する遺伝子165種類の中から、電位依存性カリウムチャンネルKcnq2に着目する。Kcnq2は神経の興奮性を調節するチャンネルなので、真っ先に注目するのはうなずける。

脳のスライス培養で調べると、ケタミンによる刺激はKcnqチャンネル電流を上昇させる。また、ストレスでうつを誘導すると、Kcnq2の海馬での発現が低下する。そこで、kcnqがうつ症状やケタミンによる治療効果に関与しているのか、海馬でのkcnq2遺伝子ノックダウンを行い調べると、Kcnq2がノックダウンされると、ケタミンの効果は消えてしまう。すなわち、ケタミンの効果の少なくとも一部はKcnq2分子の発現を介していることが明らかになった。

そこで、ケタミン刺激と、Kcnq2チャンネルとの関係を様々なシグナル阻害剤を用いた方法で探索すると、ケタミンによりカルモジュリン/AKAP5/カルシニューリン/NEFAT経路が活性化され、Kcnq2転写が上昇することを突き止める。

もともとうつ症状は、カルシウム代謝の関わりが示されており、またカルモジュリンを標的にした治療薬も開発されており、これによりケタミンが初めてこれまでのうつ病理解と接点を持ってきたとも言える。

とすると、ケタミン刺激の代わりにKcnq2を活性化しても、うつ症状に変化が見られるはずだ。実際、Kcnq2阻害剤はうつ症状を高め、逆に活性化剤はうつ症状を抑えることが示された。

さらに、両者のシグナルは相互作用するため、ケタミンとKcnq2アゴニストを同時に投与することで、さらに長期間強い抗うつ作用が見られることも示している。

以上が結果だが、このKcnq2アゴニスト、retigabineは既に人間のうつ病への効果が示され治験中の薬剤であるらしく、Kcnq2の即効性の効果と、ケタミンの遅効性の効果を組み合わせた新しい方法の開発へ道が開かれたように思える。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月15日 グリーンランド人特有のLDL受容体変異(6月10日 Human Genetics and Genomics Advances オンライン掲載論文)

2022年6月15日
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今日は論文の内容より、この内容を伝える著者の立ち位置に抱いた違和感について述べてみたい。

コペンハーゲン大学が Human Genetics and Genomics Advances にオンライン発表した論文で、グリーンランドの住人のなんと30%がLDL受容体のアミノ酸変異を伴う変異を有しているという話だ。タイトルは「An LDLR missense variant poses high risk of familial hypercholesterolemia in 30% of Greenlanders and offers potential of early cardiovascular disease intervention(グリーンランド人の30%に家族性の高コレステロール血症につながるLDL受容体(LDLR)のミスセンス変異が存在し、早期の治療で循環器疾患を予防できる可能性がある)だ。

LDL受容体は、脂肪やコレステロールが詰まったリポタンパク質を細胞内に取り込み、代謝するための必須の分子で、血中コレステロールと代謝を決める重要な因子の一つで、家族性高コレステロール血症につながる様々な変異がこれまで特定されてきた。

この研究はその変異の一つで、137番目のグルタミン酸がセリンに置き換わった変異で、LDLRのLDLへの結合活性が60%に低下することが知られている。

この研究ではまず、原住民イヌイットとヨーロッパ人のゲノムが混じり合ったグリーンランド人約2000人を対象に、この変異の頻度を調べ、なんと29.5%のグリーンランド人がこのアレルを有していることを突き止めている。

この結果を見たとき、おそらくほとんどの生物学者はなぜ30%もの人に、機能低下につながるアレルが維持されているのか不思議に思うはずだ。タイトルにわざわざ30%とまで書いてあるので、その議論があるに違いないと思うはずだ。

しかし、期待は見事に裏切られ、論文ではこの変異によりLDL、特に粒子径の小さいLDLが上昇していること、リポタンパク質粒子を形成するApoAも上昇していることを示し、おそらく血中でリポタンパク質粒子のクリアランスが低下する結果、相対的にLDL、ApoAが上昇していることを示している。

そして、動脈硬化による虚血性心疾患の頻度が1.5倍にまで高まっているにもかかわらず、多くの人が未治療で、今後遺伝子診断+早期治療で病気発症を防げると結論している。

医師の目線としては特に問題ない書きようで、多くのゲノム研究論文と同じだろう。とはいえこれで終わっていいのかには異論がある。実際、なぜ極地で暮らしてきたイヌイットがこの変異を維持し続け、ヨーロッパ人と混血が始まった後も、3割の人がこの変異を有しているほうが、生物学者にとってはずっと面白い。

血中のLDL上昇が問題になるのは、最終的にそれが細胞に取り込まれるからで、逆に取り込みにくいということは、LDLRの機能が低下することで体を守っている可能性は高い。動脈硬化の主役マクロファージではLDLRだけでなく、酸化されたLSLを取り込む多くの受容体が働くため、この変異の副作用として動脈硬化はしかたがない。しかし、これを補っても余りあるベネフィットがどこかにあるのではと考えてしまう。

例えば脂の多い食事のため、細胞への取り込みが抑えられたほうが、コレステロールの毒性から守られるのか、あるいはもっと他のベネフィットがあるのか。

実際この論文のタイトルを見たとき、以前紹介したシロクマの進化論文を思い出した(https://aasj.jp/news/watch/1531)。この研究では、ヒグマとシロクマのゲノムを比較し、ApoBやLDLなど動脈硬化で問題になる遺伝子が多くリストされることが明らかになった。すなわち、動脈硬化メカニズムを積極的に利用して、血液を寒さから守っている可能性すらある。

イヌイットから何が飛び出すか、興味は尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学54回 遺伝的縛りを超えて症状克服を目指す(5月4日 Neuron 掲載論文)

2022年6月15日
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集中紹介2回目は、3月10日「論文ウォッチ」で既に紹介している論文だが(https://aasj.jp/news/watch/19224)、遺伝的に起こった自閉症スペクトラム(ASD)症状を、行動学的に克服する方法にチャレンジしている点で、もう一度取り上げ、できるだけわかりやすく解説したい。

自閉症の科学はすでに50回を越しているが、遺伝的背景を探る論文が多かったように思う。ちょうど病気のゲノム研究が急速に進む時期と重なっており、また結論が出やすいということが、ゲノム研究がトップジャーナルに掲載され易かった要因だと思う。しかし、遺伝的要因があると結論して、後は遺伝子治療に任せると治療を諦めるのでは、本末転倒になる。遺伝的背景を分かった上で、遺伝と行動との間を結ぶメカニズムを解析し、その上で遺伝的背景を克服できる治療法を開発するのが医学の務めのはずだ。

その意味で今回もう一度取り上げるスイスバーゼルにあるミーシャー研究所のグループが5月4日発行のNeuronに発表した論文は(下図)は、動物モデルとはいえ、遺伝的な縛りを克服するための行動学的方法を探ったという点で、大変重要だと思う。

研究では、Shank3と呼ばれる遺伝子が欠損したマウスを用いている。このマウスは、新しい体験に戸惑い、そこから逃避するため自己反復行動を示すという点で、ASDの症状を再現しているとモデルとして、これまで多くの研究に用いられている。

実際の実験は、あまりに専門的になるので、実験の詳細は省いて、結果だけをわかりやすく解説してみる。

繰り返すが、研究の目的は、ASDモデルの行動異常を脳科学的に解析し、この異常を克服できる方法を開発することだ。

まず徹底的に行動解析を行っている。その結果、ASDモデルマウスは、新しい経験からいつも逃避しているのではなく、新しい経験が、前に経験したセッティングに似ている場合のみに、異常行動を示すことを明らかにする。すなわち、新しい経験と記憶された経験が同じかどうか比べられる場合だけ、その差に囚われてしまって、新しい経験を避けて自己反復運動に落ちることを明らかにしている。

例を挙げてさらに説明してみよう。例えば、椅子とベッドがある寝室に初めて入ったとすると、ASDモデルマウスも、正常マウスも行動は変わらない。また、この経験を記憶したあと、次にキッチンに入っても両者の行動に変化はない。ところが、最初の寝室を記憶したあと、寝室にベッドと、椅子の代わりに棚が置かれた部屋に入ると、正常マウスは棚に興味を示すのだが、ASDモデルマウスは、棚を避けて、ベッドの上で自己反復行動に陥る。

このように行動異常が特定できると、次は脳回路の解析になる。今回解明された脳回路について誤解を恐れず、極めて単純化して説明すると次のようになる。

新しい経験についての記憶が成立するとき、前頭葉での記憶回路だけでなく、これがドーパミン回路と連結することで、記憶が安定化し、新たな経験を脳にきざみこむのだが、ASDモデルマウスではこの時分泌されるドーパミンの量が普通より強く、その結果最初の経験の記憶の影響力が高まってしまう。そのため、次の時にそれと似た経験をし、最初の記憶が強く蘇ると、この時の記憶と同じでないことにこだわって、自己反復的な行動に陥ると言う説明だ。

実際、最初の記憶が成立するとき、ドーパミン分泌を抑えてやると、ASDモデルマウスでも行動は正常化し、自己反復行動はなくなる。また新しい経験をするとき、刻み込まれた記憶からドーパミンが分泌される線状体への回路を抑えてやると、同じように行動は正常化する。まだまだわかりにくいかもしれないが、要するに異常に強い記憶が形成されてしまって、それに縛られてしまうことがASDモデルマウスの行動異常の背景にあると言っていいだろう。

薬理的な治療実験で、ドーパミン分泌抑制や、前頭葉から線状体への回路遮断で行動が正常化することが示されたが、このような治療法を人間で行うことは難しい。

この研究の素晴らしさは、薬理的な実験で終わらずに、人間でも実現可能な方法をマウスモデルで探っている点だ。単純な体験の記憶が強く刻み付けられることを防ぐため、新しい体験を複雑で多様なセッテイング(例えば様々な遊具が同じ場所に置かれていて、自由に体験できるような)で行わせ、一つの対象に記憶が固定されないようにすると、行動異常はほぼ解消されることを示している。

他にも、最初の体験時に、馴染みの床敷きの匂いを加えておくだけで、記憶が強まりすぎることを防げることも示している。

これを人間に置き換えると、いつもできるだけ様々な刺激が同時に存在する豊かな環境で育て、そこには常に馴染みの匂いや音がそっと寄り添うようにすることで、新しい体験から逃避する行動を防ぐことができるという方策が示された。

脳は可塑的なので、遺伝的縛りがあっても決して諦めるなと言うことを、見事に動物を使って示した重要な研究だと思う。

自閉症の科学53回 自閉症と母親の炎症性腸疾患(6月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年6月14日
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だいぶ間が開いてしまったが、自閉症の科学として紹介したい論文が溜まってきたので、連続で紹介したいと思っている。

最初は、6月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された、炎症性腸疾患(IBD)と自閉症の関係について調べた英国ブリストル大学からの論文だ。

多くの方は「IBDと自閉症?どんな関係があるの?」とその取り合わせを不思議に思われるのではと思う。ところが、両者の関係はこれまで何度も議論の的になっており、なんと捏造スキャンダルまで発生しているのだ。

1998年臨床のトップジャーナルThe Lancet に、麻疹ワクチン接種により、回腸の炎症性疾患と自閉症が合併して誘導されるとする論文が発表された。しかも記者会見まで行いこの論文が大々的に宣伝された結果、当時英国で麻疹ワクチン拒否がおこり、接種率が5割に低下、その結果多くの児童が麻疹にかかり、死者が出た。

これだけなら、リスクとベネフィット問題で終わるのだが、その後一人のジャーナリストの執念により、この論文が全くの捏造であることが明らかになり、12年を経てThe Lancetもようやく論文を取り下げることになる。

おそらく自閉症と炎症性腸疾患が簡単に結び付けられる要因の一つは、自閉症児に慢性の便秘や下痢が高頻度に見られること(https://aasj.jp/news/watch/6791)だが、これ以外にも統計的解析から、自閉症児は典型児より5割多くクローン病になりやすく、潰瘍性大腸炎に至ってはほぼ2倍なりやすいという報告が発表されている。

この原因については、自閉症に関わる遺伝子の中にIBD発症とリンケージする遺伝子があるとする考え方と、母親の持つIBD(当然子供も同じゲノムを受け継ぐが)が、妊娠期から授乳期にかけての子供の発達に影響を及して、独立に子供の自閉症発症を助けるという考えが提唱されてきた。ただ、どうしても調べる対象の数が少なく、はっきりとした結論を得るまでには至っていない。

これに対し、自閉症についての情報も含まれている、現在得られる最も大規模なデータベースを駆使してこの問題を解こうとしたのが、今日紹介する英国ブリストル大学からの論文で、6月2日Nature Medicine に掲載された(下図)。

この研究では自閉症の、1)自閉症の親がIBDと診断される頻度、2)IBDと自閉症と相関するゲノム多形のリンケージ、3)母親のIBD発症に相関する遺伝子多形と、子供の自閉症発症に関わる遺伝子多形の相関、などが調べられている。2)、3)は、要するにIBD と自閉症に関わる共通の遺伝子があるかについての検討と言っていいだろう。

スウェーデン人大規模家族調査、50万人UK バイオバンク、AVON大規模親子コホートなどのビッグデータをもとに、私も理解が難しいビッグデータ処理法を用いた研究なので、詳細は全てすっ飛ばして、結論だけをまとめると、

  • 親のIBD、特に母親がIBDと診断される場合、子供に自閉症が発症する率はオッズ比で1.32倍で、明らかな相関がある。
  • 一方、自閉症とIBDのリスク遺伝子が、リンケージや相関している可能性はほとんどない。

となる。すなわち、ゲノムから見た時IBDと自閉症は全く独立した状態だが、しかし母親のIBDは妊娠中、あるいは乳児期の幼児の脳発達に影響する可能性が高いという結論だ。

おそらくIBDに限らず、妊娠中の母親の炎症は胎児の脳発達に影響すると考えられるので、妊娠を希望する場合は、歯周病も含めできるだけ炎症の元を遮断する必要がある。

6月14日 アルツハイマー病誘導の引き金を止める(6月1日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年6月14日
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β アミロイドを除去する治療法の失敗を見て、アミロイド仮説は消え去ったと勘違いする人もいるようだが、遺伝変異やダウン症の研究から、多くのアルツハイマー病でも Aβ の蓄積がアルツハイマー病の引き金を引くことは間違いない。

ただこれはかなり病気の初期の話で、一旦引き金がひかれると神経細胞内でのTauの蓄積は自立的に進むので、Aβ を除去しても手遅れになる。従って、Aβ 仮説に基づく治療を進めるためには、引き金が引かれる初期段階を捉えて治療する必要がある。

この初期段階を捉える手掛かりとして注目されるのが、Aβ 蓄積が始まると神経の興奮が上昇すること、そして神経細胞自体は正常でもシナプスの密度が低下する可能性が、動物実験から示唆されている点だ。

今日紹介するイェール大学からの論文は、このグループが発見したメタボトロピックグルタミン酸受容体に対する化合物が、動物モデルのアルツハイマー病進行を止めるという発見の、細胞学的メカニズムを明らかにした論文で、シナプス密度の現象を食い止め、アルツハイマー病(AD)の引き金を止める可能性があると期待できる。タイトルは「Reversal of synapse loss in Alzheimer mouse models by targeting mGluR5 to prevent synaptic tagging by C1Q(アルツハイマー病マウスモデルでmGluR5を標的にすることで、シナプスに C1q が結合を止めることでシナプス喪失を抑制できる)」で、6月1日 Science Translational Medicine に掲載された。

2017年、このグループは mGluR5 に結合するが、アゴニストやアンタゴニストに見られる神経症状を全く起こさない silent modulator、BMS-984923 をブリストルマイヤー社のライブラリーから特定し、これがアルツハイマー病初期に起こるシナプス喪失を止める作用があることを Cell Reports に報告した(下図)

この研究はこの続きで、この化合物の作用機序を探っている。ネズミや猿を用いて、この化合物が経口摂取可能で、神経症状を誘導しない有望な化合物であることを示している(実際に臨床治験が始まっているので当然の結果だ)。

その上で、この薬剤の効果を調べるには脳のシナプス密度を調べることができる小胞体グリコプロテイン(SV2A)を標的と標的にしたトレーサーを用いた PET をバイオマーカーとして用いられること、すなわち AD モデルマウスにこの薬物を1ヶ月服用させると、シナプス密度を回復させられることを明らかにしている。

あとは、薬剤投与による遺伝子発現変化を single cell RNA seq で調べ、AD 進行に関わるとして知られる遺伝子を含む多くの遺伝子の発現を、特に神経細胞で正常化できること、さらにはシナプスを元に戻すことで、Tau のリン酸化を防げることも明らかにしている。

そして最後に、この薬剤がおそらく Aβ と mGluR5 との結合が、シナプスに保体成分 C1q が結合して穴が開き、局所的にシナプスが失われるプロセスを防ぐことを明らかにしている。

以上が結果で、mGluR5 modulator 化合物が AD 進行を抑えるという現象論が、しっかりとメカニズム研究で裏付けられた感じだ。

基本的には Aβ 除去療法と同じ時期を狙っているのだが、Aβ と細胞との相互作用を標的にしている点で、より効果は高いように感じる。しかも経口投与可能ということで、大きなヒットになるチャンスはある。

ただ、治療可能性だけでなく、AD の初期過程を詳しく調べる大きなツールができたことも重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ