2022年2月23日
現在まで、FDAにより認可された自閉症スペクトラムに対する薬剤は存在しない。ただ、様々な症状を抑えるために例えばrisperidoneやaripiprazoleなどが使われることもあるが、副作用も強く、未成年への投与は難しいことが多い。
これに対し、最近注目されているのが便移植による治療だ。ASD児の腸内細菌叢をマウスに移植すると、社会行動や反復行動異常が出現するという結果をよりどころにしており、期待できる結果も報告されている。
ただ便移植治療の問題は、薬剤と違って何を投与しているのかについての明確な指標が無く、結果は運任せになってしまう点だ。もし、便移植の効果のメカニズムがはっきりすれば、この過程に関わる分子を標的にすることで、より科学的治療方法が可能になると期待される。
このゴールを目指して多くの研究が進んでいるが、今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、ASDの腸内細菌叢が行動に及ぼす影響の分子メカニズムを明らかにし、それを標的にした治療法を開発し、ASDに対する治験研究にまでこぎつけた点で、トップランナーといっていいのではと思い、自閉症の科学52として取り上げることにした。
このグループが明らかにした、腸内細菌叢により不安神経行動が現れるメカニズムについては以前紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/19079 )、次のようにまとめられる。
1)ASDでは4エチルフェノール(4EP)が腸内細菌叢により多く合成され、それが肝臓を通る間に硫化され4EPSへと変換され、血中4EPS濃度が上昇する。
2)4EPや4EPSはオリゴデンドロサイトの成熟を妨げ、神経のミエリン形成が抑制され、脳内の結合性が低下する。
3)この変化が特に不安神経症に強く表れる。不安神経症は、オリゴデンドロサイトの成熟を促進するclemastine fumarateにより改善する。
以上の結果は、1)オリゴデンドロサイトの成熟、及び2)腸内での4EPの合成、がASD治療の標的になり得ることを示している。
clemastine fumarateは抗ヒスタミン剤として使用されており、ASDに対する治療薬として治験研究へ進むためのハードルは低いが、米国の治験サイトを調べる限りまだ治験には至っていないようだ。トライする価値はあるように思える。
今日紹介したい論文では、もう一つの標的、腸内細菌により合成される4EPを腸内で吸着するために新しく開発された吸着剤を服用することで、不安神経行動や反復行動とともに、ASDの一般評価指標も改善することを示した、期待を抱かせる論文だ。
タイトルにあるように、この治験で使われたのは、食品から発生する毒物を吸着して安全性を守る目的で使われるsequestrant(金属キレート剤)AB-2004で、これを経口で服用することで腸内で発生する4EPを吸着し、便と一緒に排出しようという戦略だ。
まず4EPを合成する細菌叢により不安行動が誘導される系で、AB-2004が血中4EPSを低下させ、期待通り不安行動を抑えることを確認し、安全性とともに有効性を調べるI/II相臨床治験に進んでいる。
様々な指標でASDと確定された、平均12-17歳の男女30人ををリクルート、徐々に服用量を増やしながら、8週間AB-2004を服用させ、まず安全性、そしてASD臨床診断指標の改善や、不安神経行動の改善が見られるのかについて調べている。
結果は素晴らしい。まず、服用が原因と言える様々な副作用は確かに見られるが、いずれも軽度で、最終的に97.5%が計画通り治験を終えてることが出来ている。
次に、AB-2004を投与すると腸内で4EPを吸着して、体内への吸収をブロックでき、最終的に血中の4EPSを約1/3程度に抑えることが確認された。ただ、服用をやめると血中濃度は元に戻る。
次に、マウスで確認されている不安神経行動の改善、さらに刺激に対する過敏性について調べると、両方ともはっきりと改善が見られた。面白いことに、不安神経行動については、AB-2004の服用をやめても、低い状態が続いた。
加えて、社会反応指標(SRS)や異常行動チェックリスト(ABC)でも、著しいとは言えないが一定の改善が見られている。
さらに、機能的MRIを用いて領域間の結合性を調べると、扁桃体と前帯状皮質の結合性が上がっている。これは、4EPSによるオリゴデンドロサイトの成熟抑制と、それに続く神経結合性の低下が、一定程度防げていることを示し、期待できる結果だ。
以上、結果はおそらく期待以上にすばらしく、この結果に基づいて次の治験段階が既に進行しているように思える。勿論今回のデータだけから、無作為化し偽薬を使うた第三相の試験がうまくいく保証はない。しかし、メカニズムから治療まで、論理は一貫しており、また血中4EPSを抑えることは確認されているので、うまくいく可能性も十分期待できる。とすると、FDAが承認する最初のASD治療薬になる可能性は高い。
調べてみると、この治験を進める会社、Axial Therapeuticsには投資が集まっているようで、開発は順調に進んでいるのだろう。不安行動が消えるだけでもいいので、是非成功して欲しい。
2022年2月23日
多発性硬化症(MS)に関しての最新トピックスは、ほとんどのケースで、EBウイルスが自己免疫誘導の引き金になっていることが明確になったことだろう(https://aasj.jp/news/watch/18787 及びhttps://aasj.jp/news/watch/18926 )。これは大きな前進だが、病気の理解という点では、この引き金から病気発症までのプロセスを明らかにする必要がある。現在のところEBからMS発症までを再現する動物モデルが無いことを考えると、実際の患者さんについて調べるしか方法は無い。しかし、人間集団は途方もなく多様で、実際MS発症と相関するSNPでも実に200種類も存在し、MSによる免疫反応だけを抽出することが難しい。
この問題に対し今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は片方だけがMSを発症している一卵性双生児ペアを61組も集めてきて、発症による免疫細胞の変化を特定しようとした研究で、2月16日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Twin study reveals non-heritable immune perturbations in multiple sclerosis(双生児研究によって、多発性硬化症による非遺伝的要因による免疫系の乱れが明らかに出来る)」だ。
残念ながらこの研究はMSがEBウイルスが原因の一つであるという最近の結果をほとんど考慮していない。従って、この結果をEBと連関させるのは今の段階では難しいが、この方向でも研究が進められているだろう。ともかく、片方がMSという一卵性双生児ペアが61組も集められたことが、この研究の最大のハイライトだ。
研究では、免疫機能に関わる細胞を単一細胞レベルで徹底的に調べ、MS患者さんのみに共通に見られる違いを調べている。この違いの中から、治療による影響などを補正して、最終的にMS特異的変化として抽出出来たのは3種類だけだった。
これだけ調べてたかだか3種類と思われるかもしれないが、これが背景を一致させることの効果で、一卵性双生児ペアでなければ、もっと多くの違いがリストされ、焦点が絞りにくくなる。その意味で、一卵性双生児のみで比べたこの研究の目的は十分達せられている。
さて、3種類の違いだが、一つは白血球がMS患者さんだけで、炎症で活性化され、体中を駆け巡るタイプの白血球にシフトしている。
2つめは、ヘルパーT細胞集団のCD25発現がMS患者さんで高まっている。すなわち、ナイーブな段階からエフェクターやメモリー細胞へ分化する過程で、IL2の刺激を受けて増殖しやすい条件がそろっている。
最後に、MS患者さんではIL-2とともに、IL-17AやIL-3などのサイトカインが上昇している。
もともとIL-2シグナルは、MS発症のための遺伝的バックグラウンドとして特定されているが、MS発症の過程でさらにヘルパーT細胞がIL-2過敏性になり、その結果GM-CSFやIL-3、そして炎症性サイトカインIL-17が分泌されることで、白血球が活性化される、という経路が明らかになった。
これだけかといわれればそれまでだが、今後EBウイルスとの関わりで結果を見直していけばもっと面白い話が出てくるような気がする。
2022年2月22日
トカゲの尻尾切りは、組織を守るために末端を犠牲にするといった、私たち社会の現象にも使われる言葉で、トカゲが襲われたとき尻尾を切り離して、身体は的から逃げおおせる仕組みだ。子供の頃は観察する機会もあったが、大学に入ってからはトカゲを見かけることも減り、成人してから尻尾が自切されるのを見た記憶は全くない。しかし、生命科学の専門知識を詰め込んだ今もう一度考えてみると、本当によく出来た仕組みで、どのように自切が行われるのか不思議だ。
発生や再生科学から考えると、尻尾が切れたあと、筋肉を収縮させ、止血をして応急対応をした後、再生芽を作る仕組みが焦点になる。この分野では、現在オーストリアで研究しているエリー田中さんがすぐ思い出されるが、トカゲに関して研究がどこまで進んでいるのか、把握できていない。
一方で、今日紹介するニューヨーク大学の論文を読んで、なぜ簡単に尻尾が切れるのかも、考えてみるとよく分かっていない面白い問題であることがわかった。タイトルは「Biomimetic fracture model of lizard tail autotomy(トカゲの尻尾自切を模した骨折モデル)」だ。
実を言うと、この論文を読むまでなぜ尻尾が切れやすく出来ているのかについて考えたことは無かった。この論文を読まずに質問されたら、脱臼と同じような仕組みで脊椎が外れるのだろうと答えたと思う。
この研究では、3種類のトカゲの尻尾について、自切後の切断面を走査電子顕微鏡で詳しく調べ、その構造から切断前にどのように結合していたのか、またなぜ切断しやすいのかをモデル化して調べている。
百聞は一見にしかず、で写真を見てもらうのが一番なので、雑誌にアクセスできるヒトは美しい写真を見て欲しいが、できるだけリアルに表現してみる。
まず、切れた側の断端には、8本のキノコのような形をした筋肉組織が突き出している。一方、身体側には、これらに対応する穴が存在している。すなわち、プラグとソケットの形で組織が結合している。このようなユニットが、一本の尻尾の脊柱ごとに存在し、どこでも同じように自切が出来るようになっている。すなわち尻尾は脊柱を単位とするプラグソケットユニットで組み立てられていると言えるだろう。
このプラグ側の突起には、さらに小さな突起で覆われており、さらのこの小さな突起の先端表面には20個ぐらいの小さな穴が空いている。すなわち、突起構造を包み込むように、組織結合が形成され、無数のミニ突起が相手側と機械的に接することでつよい引っ張りに対する抵抗力を発生させている。また、それぞれのミニ突起に明いているマイクロポアも接触面で抵抗を上げるのに貢献している。
ただ、強い抵抗力は引張り力に対してで、横に曲げると、柱に小さな断裂が走るのと同じ原理で、簡単にソケットから抜けてしまう。こうして、引っ張りに対する強い抵抗力と、曲げに対する脆弱性を見事に両立させたのがこの構造だと言っていいだろう。あとは、この可能性をモデル計算で確かめているが省く。ここでは触れられていないが、脊椎の方も曲げたときの方が脱臼しやすいと思う。
このように、脊椎だけで無く、一つの脊椎単位が、模型のプラグとソケットのような構造でつながっていることがよく理解できる研究だと思う。しかし、このような構造がどのような進化過程で形成されてきたのか、あるいは発生や再生で作り直されるのかを考えると、本当の理解まで先は長いと思う。
2022年2月21日
FGF21を最初に報告したのは、京大薬学部の伊藤先生で、京大の薬学部で行われた何かのミーティングで伊藤先生自らがこの分子について発表されていたのを聞いたのを覚えている。ただ、そのときは機能がよく分からず、21種類ものFGFファミリーがあるのかと言う印象以外残らなかった。
しかし最近になって褐色脂肪細胞のブドウ糖取り込みを誘導し、白色脂肪組織の脂肪分解を促進することが明らかになり、FGF21はレプチンに並ぶ代謝ホルモンとしてブレークしそうな雲行きだ。
さらにこのルートで血糖を下げるだけで無く、なんと甘いものへの欲望を抑えることがわかって、無意識の禁欲を可能にするホルモンとしても注目されてきた。
今日紹介するアイオワ・Carver医科大学からの論文は、甘いものへの欲望を抑える回路とは別の回路を刺激して、アルコールへの欲望も抑えるメカニズムを明らかにした研究で、2月1日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「FGF21 suppresses alcohol consumption through an amygdalo-striatal circuit(FGF21は扁桃体―線条体回路を介してアルコールの消費を抑制する)だ。
この論文を読むまで全く知らなかったが、遺伝子多型研究から、FGF21遺伝子座とその受容体の一つKLBの遺伝子の多型が、アルコール消費量と関連することが指摘されており、またマウスにFDF21を投与するとアルコール消費を抑えることが出来ることがわかっていたようだ。
この研究ではまず、肝臓からのFGF21をノックアウトした場合、アルコール消費量が上昇すること、一方、FGF21刺激剤を投与したときアルコール消費量が、マウスおよびサルで抑えることが出来ることを確認した上で、この効果のメカニズムを探索している。
詳細は省いて結果をまとめると次のようになる。
1)FGF21は扁桃体の基底外側部に存在するβ―Klotho(KLB:FGF受容体機能に必須の分子)発現細胞に働き、脱分極させて興奮性を高める。
2)この作用はKLB陽性神経の中でも側座核に投射する神経だけに見られ、この回路の興奮性を高める。
3)FGF21はこのグルタミン酸作動性回路の興奮を介してアルコール消費を抑える。
このように、FGF21が結局は側座核という、快感や嗜好の中枢に収束するのは面白い。蔗糖のような甘みに関しては、FGF21は直説視床下部のKLB陽性細胞に働いて甘いものへの嗜好を抑えている。元々アルコール摂取も、熟した果物を食べるところから来ており、甘みとアルコールが合わさって、動物の欲望の対象になるのだと思う。その点で、それを抑えて、しかも代謝を変化させ肝臓を守るFGF21は我々の健康を守る健康ホルモンといっても言いように思える。一方で、アルコールや甘いものへの欲望を抑えることから、禁欲ホルモンとも言えるが、FGF21を注射されたときどんな気持ちになるのかも知りたいところだ。
2022年2月20日
読んでいる最中から、「本当ならすごい、できるだけ早く治験を進めて欲しい」と思える、思いもかけない方向から病気に迫った前臨床研究に出会うことがある。アルツハイマー病(AD)で言えば、歯周病菌の出すタンパク分解酵素がAβやTauを切断して病気の進行に手を貸し、この酵素をブロックすると、ADの進行が抑えられるという論文や(https://aasj.jp/news/watch/9628 )、や40Hzの光と音刺激で、海馬のミクログリアを活性化してADの進行を遅らせるという研究(https://aasj.jp/news/watch/9864 )がそうだ。ただ残念ながら、いずれも臨床的には証明されていない。
今日紹介するワシントン大学からの論文はまさにそんな例の一つで、以前は強心剤として盛んに使われたジゴキシンがADの発症および進行を抑制できることを示した研究で、2月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Astrocytic α2-Na + /K + ATPase inhibition suppresses astrocyte reactivity and reduces neurodegeneration in a tauopathy mouse model(アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase阻害によりアストロサイトの反応性を抑え、Tauによるマウスの神経変性を抑える)」だ。
もともとこのグループはALSなどの神経変性疾患で、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase発現が上昇し、炎症を誘導するプロセスについて研究していたようだ。この研究では、同じことがADでも起こり、またα2-Na + /K + ATPaseを治療標的として使えるかを調べている。
結論を先に言うと、期待通りα2-Na + /K + ATPaseをジゴキシンで阻害すると、脳内のアストロサイトを起点とする炎症が抑えられ、AD発症前にジゴキシンを脳内に投与すると発症を予防し、さらに病気が始まってから同じように投与すると、病気の進行を遅らせることが出来るという画期的なものだ。結果を箇条書きにすると、
1)AD患者さんではアストロサイトのα2-Na + /K + ATPaseの発現が上がっており、またADを発症するTauトランスジェニックマウスでも、病気の進行に応じてα2-Na + /K + ATPaseが発現が上昇する。
2)α2-Na + /K + ATPaseはジゴキシンの標的なので、ジゴキシンをミニポンプでマウス脳室内に持続的に投与すると、AD発症前に投与を始めると、異常Tauの蓄積を阻害することが出来、また異常Tauの蓄積が始まってADが発症した後から投与しても、炎症を抑えてADの進行を抑える。
3)ジゴキシンと同じ効果は、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase遺伝子発現をRNAiでノックダウンしても同じように見られる。
4)α2-Na + /K + ATPase阻害効果は、アストロサイトの炎症誘導作用抑制を介しており、様々な炎症性サイトカインの脳内発現が抑えられる。
5)特に、ADなど神経変性を誘導するlipocalin-2の分泌が抑えられることは寄与が大きい。
以上、これほどの効果が見られるなら、脳室内投与であろうとAD患者さんには大きな朗報だろう。勿論ジゴキシンは副作用の問題がある。しかし、脳内から出ない方法が確立できるなら、期待できる治療方法になると思う。ぬか喜びで終わらないよう、是非研究が進展して欲しいと思う。
2022年2月19日
ゲノムや年代測定のみならず、現在考古学や歴史学に、様々な科学的手法が導入され、思いもかけない視点から、文化に新しい光が当たりつつある。
今日紹介するベルギー・アントワープ大学を中心とした国際グループからの論文は、まさにそんな例で、中世の英雄や騎士の物語についての本の科学的生態学を通じて、その本を読んでいたそれぞれの地域の文化を、新しい視点で眺めた論文で、2月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Forgotten books: The application of unseen species models to the survival of culture(忘れられた本:文化の生存に発見されない種についての生態学モデルを適用する)」だ。
例えばアーサー王と円卓の騎士などは有名な例で、最初は口伝えで伝承されてきたが、中世に入って書籍の形で伝わるようになった。当時の書籍は貴重なものだったとは言え、様々な形で消失が続き、現在は図書館や文書館、そして個人のコレクションとして残存している。当時の文化を知りたい歴史学にとっては、これからも新しい本が現れるのかは重要なことだが、どこまで探索を広げれば新しい本が現れるのかを科学的に予測することはこれまで行われてこなかった。
この研究では、生態学でサンプリングをした後、今後さらに新しい種が発見できるのかを予測する方法を用いて、現在図書館などに収集された書籍の数、多様性、地域的分布、そして書籍の状態から予測しようとした研究で、Scienceレベルとして高いかどうかは疑問だが、着想は面白い論文だ。
生態学的モデリングや統計学は苦手な方なので、方法はすっ飛ばして結論を紹介すると、次のようになった。
1)思いのほか残存率が高く、まだ新しい本や書類が発見される可能性は高いこと。
2)ただ、残存率の地域差は大きく、最も低いのは英語圏の本で、最も残存率の高いのはドイツ語圏の本で、その差は2倍を超えている。その中間にオランダ語圏やフランス語圏が入っている。(ドイツが書かれたものを大事にするのはよく分かる。一方、英国の憲法が不文憲法であるというのもこの結果を見ると腑に落ちる)
3)アイルランドやアイスランドでは、文書の分布が極めて均一で、本が地域隅々にまで届いていたことを示す。この2カ国を除くと、他の国では分布の均一性は大きく低下している。
面白いと思ったのはこのぐらいだが、新しい本の発見可能性を計算すると言うより、世俗の本をサンプリングして、その生態学を知ることで、各国の文化が浮き上がることの方が面白いと思った。
2022年2月18日
4EPSは、チロシン、クマリン酸、ビニルフェノール、4EPを経て合成されるが、一つの細菌が全ての酵素を持つ可能性は低い。そこで、4EPまでの酵素を持つ2種類の細菌を組みあわせて、無菌マウスに投与すると、少量ではあるが血中に4EPSが見られるようになる。さらに、一つの細菌が発現する酵素の量を変化させたりと、遺伝子操作を加えると、高いレベルの4EPSが血中に現れるようになる。
異常のモデル実験から、おそらく複雑な細菌叢の中で、各細菌中の酵素を順番に使いながら腸内で4EPが合成され、これが体内で硫化反応を受け4EPSに変化すると考えられる。
後は、こうして腸で合成された4EP由来4EPSの脳への影響を、様々な方法で調べている。まず全体の脳活動を調べると、4EPSは活動を低下させる。その結果、領域間の結合性も低下する。
後は、細胞レベルでの4EPSの効果を調べ、オリゴデンドロサイトの成熟を阻害し、結果ミエリン形成が低下することを示している。また、これにより、いくつかの行動テストで、不安神経行動が高まることを示している。
以上が結果で、腸内細菌叢にしっぺ返しを食らうことを示す典型的論文だ。ただ、このような物質が脳細胞の成熟を抑制する研究などは数限りなく存在する。従って、腸内細菌叢から持続的に4EPが供給されることを示したことがこの研究の全てだと思う。また、腸内細菌叢をうまく利用すると、多くの慢性暴露実験も出来るかもしれないと思った。
4EPとはどんな分子なのかちょっと気になって、ググって見ると、なんと酵母により合成され、ワインや醤油のアロマの素になっているようだ。とすると、ほぼ毎日ワインのお世話になっている私は、細菌叢に頼らず暴露されていることになる。しかし、幸い今のところ、気楽に人生を楽しめている。さて、この研究をどの程度深刻に受け止めればいいのか、悩ましい。
2022年2月17日
今回のCovid-19パンデミックで、ワクチンの重要性のみならず、目指すべき要件が整理され、新たな開発競争が始まっている。今回はmRNAワクチンが一人勝ちに見えるが、免疫の質や方向を決める可能性という面では、他のモダリティーも捨てがたい。
特に次々と現れる変異体に対して対応できるワクチンは、ワクチン開発第二ラウンドとして熾烈な競争になっている。一つの方法は投与方法で、スパイクだけでなくいくつかのウイルス抗原を経鼻投与するワクチンで、T細胞免疫を高める方法(例:Cell,2022: https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.02.005)の報告が相次いでいる。
もう一つの方法はタンパク質抗原に組みあわせるアジュバントの開発で、粒子状にしたサポニンベースのワクチンについては昨年紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18463 )。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、真菌壁のマンナンの2種類の物性的性状を同時に用いることで、異なる自然免疫を動員し、最終的に広いスペクトラムを有する中和抗体を誘導できることを示した研究で2月17日号のCellに掲載された。タイトルは「An adjuvant strategy enabled by modulation of the physical properties of microbial ligands expands antigen immunogenicity(微生物のリガンドの物理的性質を変化させるアジュバント戦略は抗原の免疫原性を広げる)」だ。
現在使われているアジュバントでも、粒子化することは最も重要な要件で、これにより樹状細胞へ取り込まれる効率が上がる。この研究では、カンジダ菌のマンナンが水溶性のままだと注射部位の炎症を全く起こさないにもかかわらず、リンパ節に速やかに移行して、リンパ節内で自然免疫反応を起こすことに注目した。
この自然免疫メカニズムを調べると、マンナンはNK細胞を中心に、Dectin-2/FcRγを刺激し、下流でNIK、 RelBを刺激することで、インターフェロン依存性遺伝子が誘導され、リンパ節内特異的に自然免疫反応が起こることを明らかにしている。
これは、水溶性のマンナンでの結果だが、これをアラムと混ぜて一部を粒子状にしてアジュバント効果を調べると、今度は、皮膚反応も高いDectin-1を入り口とする異なる刺激経路を活性化することが明らかになった。
実際にはアラムで粒子化しても、残りは水溶性のまま残るので、これに抗原を加えたワクチンは、両方の経路の自然免疫を利用できることが示された。そこで、二つの経路を用いる効果を調べるため、CoV2スパイクタンパク質を混ぜて免役し、現在利用されている他のアジュバントと比べると、誘導できる中和抗体量はどれも同じで有ることが分かった。
しかし、新しいマンナン+アラムワクチンでは、受容体結合ドメインや、ペプチド抗原など、抗体の誘導しにくい抗原に対する抗体を誘導することが出来、その結果ピンポイントの抗原決定基に対する抗体を誘導しCoV2だけで無く、CoV1やMERSの感染まで予防できる抗体を誘導できた。
T細胞免疫を考えると、ワクチンの抗原は当然大きい方がいい。一方、抗体による予防効果を考えると、多くの変異体でも保存されている場所を狙う方が良い。ただ、小さな抗原ではうまく抗体が誘導出来なかった。
この問題を、新しいアジュバントは解決できる可能性を示した。すなわち、抗原決定基をピンポイントで免役して、どのサルベコウイルスにも効果がある広いスペクトラムの抗体を誘導できるワクチンが出来る可能性が示された。さて、第二ラウンドの競争はどうなるか、私たちとしては競争が激しいほどうれしい。
2022年2月16日
自閉症の科学50で紹介したように、解剖学的にも組織学的にも、脳にほとんど変化が見られない自閉症スペクトラム(ASD)も、よく調べるとシナプス抑制機能を持つ介在ニューロンの数が減少しており、これが神経興奮が起こりやすい状態の原因で、例えば振幅の短い脳波(γ波)の上昇や、同時的な神経興奮(ひどい場合はてんかん)を起こしている可能性が指摘されている(https://aasj.jp/news/autism-science/18807 )。
このことは、ASDの理解に、介在ニューロン発生過程の理解が欠かせないことを示しているが、興奮ニューロンと比べると介在ニューロンの発生についてはわからないことが多い。幸い、2月に入ってから介在ニューロンの発生に関わる優れた論文を論文ウォッチで3編も紹介した。そこで、これら3編の論文をもう少しわかりやすくして、まとめて説明することにした。また、このまとめについては明日(2月17日)4時から岡崎さんとYouTubeで詳しく解説する予定にしているので、是非聞いていただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=a2s2uRRN0r8 )。
わかりやすく説明すると言ったものの、どうしても専門論文の紹介なので、その内容を十分楽しむためには基礎知識が必要になる。まず最低限の知識として、興奮ニューロンと介在ニューロンの発生の差について図を使って確認しておこう。
ganglionic eminence(GE)と介在ニューロン
このつたない図は、発達中の脳を輪切りにしたものだ。図の上部は最も新しく進化してきた新皮質と呼ばれる部分に相当し、ここに存在する神経細胞(黒で描いている)がラディアルグリア細胞(RG)で、脳皮質を形成する主役だ。この細胞は増殖を続けて皮質神経を生産する幹細胞の働きがあり、皮質興奮ニューロンは全てRGに由来している。RGは皮質の脳室側から皮質側まで突起を伸ばしており、分化を始めた神経のレールの役割も果たし、皮質の神経層を形成する。
中間部の旧皮質に続いて、腹側に存在するのがganglion eminence(GE)で、脳室に飛び出しているのでeminence(突起)と名付けられ、外側(LGE)と内側(MGE)、およびこの図には示していない尾側(CGE)に分けられる。介在ニューロンはこのGEで増殖分化し脳全体へ移動して分布する。さらに、誕生後も一定期間介在ニューロンのリクルートが続くことが知られている。
実験動物では、これらの過程はよく研究されているのだが、人間の発生については様々な制限がありわかっていないことが多い。と言うのも、様々な細胞が混在する組織の中で未分化な介在ニューロンを特定することが困難なためだ。
この問題を、MGEで増殖する未熟介在ニューロンを特定する分子マーカーを用いて解決し、14週から39週までの人間の胎児脳内で介在ニューロンが増殖分化する様子を詳しく観察したのが1月28日にScienceに発表されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文だ。
このような研究が可能なのは、死亡した胎児脳組織の利用が許されているからで、LGEとMGEでは異なる介在ニューロンが造られていること、そしてMGEでは未熟な介在ニューロンの幹細胞が細胞塊を形成して細胞を作り続け、この塊を離れた細胞が分化を始めて脳内に移動する様子が克明に記述されている。
重要なのは、周りの組織の密接な指示に従って増殖・分化する興奮ニューロンと異なり、未熟介在ニューロンは細胞集塊形成が始まると独自に増殖環境が出来る点で、この塊から離れることで、自動的に細胞分化と移動が始まるシステムができあがっている。
このことは、未熟介在ニューロンを生きた幹細胞のマウス胎児脳へ移植する実験で、明確に示すことが出来る。ヒト胎児組織から未熟介在ニューロンを取り出し、胎児脳に移植すると、移植されたマウスが生まれてからも1年以上生き残り、生後90日目まではマウスの脳内で増殖し続けることが示されている。さらに、マウス脳内でも増殖細胞の塊から離れた細胞が分化し移動することも観察できる。
この発見は、ASDでの介在ニューロン機能を調べる将来の研究にとって重要だ。もしASDで介在ニューロンの発生に変化があるとすると、未熟な介在ニューロンさえ手に入れば、その変化を細胞レベルで研究できる可能性が生まれた。個体を分子レベルで研究するためには、細胞レベルの実験系が欠かせない。
この研究ではヒト細胞のマウス脳への移植が方法として用いられたが、試験管内オルガノイド培養(脳組織と似た立体培養)を用い、介在ニューロン発生をて再現することも可能だ。このことを示すのが、つぎに紹介するオーストリア科学アカデミー研究所からの論文だ。
最初の論文では、正常発生でも、未熟介在ニューロンはあたかもガンのように自律的に増殖していることが示された。これは発生過程と発ガン過程が紙一重であることを教えてくれる。2番目の論文は、mTOR と呼ばれる細胞内代謝の核になる分子の活性が上昇することで、介在ニューロンのもつ自律的増殖能力の抑制が効かなくなり、結節性硬化症として知られる多発する良性腫瘍が生まれることを示した重要な貢献だ。
結節性硬化症とは、mTORの機能を調節するTSC遺伝子が片方の染色体から失われることで、胎児や乳児の全身に様々な良性腫瘍が発生する遺伝病だ。脳内では上衣下巨細胞性星細胞腫(舌を噛みそうな専門用語なので気にしないで読み飛ばして)と呼ばれるグリア腫瘍とともに、皮質内に結節が発生する。患者さんは腫瘍だけでなく、ASD症状やてんかんを発症することが知られており、結節性硬化症でも介在ニューロンの発生異常が背景にあるのではと疑われていた。腫瘍形成については、TSC遺伝子の機能が失われることで腫瘍が発生する典型的ガン抑制遺伝子欠損による腫瘍で、TSCの発現が低下し、mTORが過剰に活性化することで、腫瘍が発生すると考えられている。
この研究の目的は、まず結節性硬化症でおこる皮質内結節(Cortical Tuber)を試験管内で再現することだ。この目的のために、著者らはTSC2遺伝子が半分欠損している2人の患者さん由来iPSを樹立。オルガノイド培養法を用いてiPSから脳組織を誘導し、患者さんと同じ皮質内結節が形成されるか調べている。このとき患者さんのiPS細胞の遺伝子変異を、クリスパー遺伝子改変技術を用いて正常化し、コントロールとして用いている。これにより、遺伝的に多様な人間とはいえ、一つの遺伝子だけに着目してその機能を調べることができる。
結果だが、培養開始後90日目まで、TSC2欠損の影響はほとんど見られないが、オルガノイドの成熟が徐々に進み110日目になると、TSC欠損グループでは結節性の増殖が高まることが明らかになった。さらに結節の細胞の性質を詳しく見てみると、ほぼ全てが先の論文で紹介した3つのGEのうち尾側GE(CGE)で増殖する未熟介在ニューロン(CLIP)に対応することが明らかになった。すなわち、介在ニューロンが皮質に移動しても増殖を続けることで皮質内結節が発生する。
正常の介在ニューロンが元々高い増殖力を有することはすでに見た。しかしこのように高い増殖力があっても皮質内結節は発生しない。なのに、mTORの活性を抑えるTSCの発現が半分になるだけで皮質内結節が100%起こってしまうのかについては次のように説明される。
未熟介在ニューロンでは増殖に必要な高いmTOR活性を維持するため、もともとTSCの発現が低く抑えられている。すなわち、腫瘍と紙一重の状況にある。そこに片方の染色体のTSCが欠損してしまうと、CLIPのmTOR発現はさらに高いレベルに変化し、腫瘍性結節が形成されることになるわけだ。
以上、これまで謎の多かった結節性硬化症の皮質内結節の由来が明らかにされ、これがCGE由来介在ニューロン発生過程異常として理解できるようになったことは、ASDの理解にも重要なヒントになる。
まず結節性硬化症の患者さんで、皮質内結節とともにてんかんやASDが高発することは、ASDが介在ニューロンの発生異常に起因することを示している。 患者さんではmTORの活性がさらに高まった結果、脳内で作られる未熟介在ニューロンの数は増えていると思われるのに、生まれてきた患者さんでは、てんかんのように介在ニューロンの活性低下が起こっている。すなわち、いくら未熟介在ニューロンの数が増えても、正常分化が起こらないと介在神経欠乏になる。 TSC欠損の影響は他の介在ニューロンに見られてもいいのに、CGE由来介在ニューロンだけで異常が見られることは、介在ニューロンの発生過程が多様であることを示しており、ASDを理解する上でも、介在ニューロン分化の多様性を頭に置いておく必要がある。
ただ、試験管内の実験系がそのまま人間のASD発生過程を反映できるかはまだまだ分からない。これらを裏付けるかのような研究が、最後に紹介したいハーバード大学からの研究だ。
欠損すると巨頭症の様な脳の発生異常とともにASDを併発することが知られている3種類の遺伝子、SUV420H1、ARID1B、CHD8に着目し、これら遺伝子欠損に見られる共通の障害を脳のオルガノイド培養を用いて調べた研究で、2月10日Natureにオンライン掲載された。
この研究が注目した3種類の遺伝子は、遺伝子発現を調節するクロマチンの調節に関わる遺伝子で、TSCのように直接細胞増殖に関わる遺伝子ではない。しかし、欠損すると巨頭症などの発生障害とともにASDを発症する。すなわち、ASDを発症させる共通の発生異常が起こると考えられる。
研究の目的は、ASDにつながる共通の発生異常を再現し、メカニズムを解析することだ。このために、それぞれの遺伝子を、同じiPS細胞株で欠損させ、欠損細胞の脳オルガノイド培養を行い、そこで見られる異常を調べている。
人間の脳のオルガノイド培養と簡単に述べているが、この研究でもなんと6ヶ月以上、人間の胎児発生と同じぐらいの時間をかけた培養で、大変な努力だ。
詳細は省いて結論だけを述べると、
3種類の遺伝子が関わる過程は異なってはいるが、最終的にはオルガノイドの中のGABA抑制性細胞の比率を増加させる点で共通している。 オルガノイド内の抑制性ニューロン増加を反映して、オルガノイド中の興奮神経の活動が抑制される。
この結果も、ASDに介在ニューロン発生異常が存在するという点では共通だが、少なくともオルガノイドの中では、介在ニューロン優性の現象、すなわちニューロンの興奮抑制が起こっているという点で、以前このHPで紹介した(https://aasj.jp/news/autism-science/18807 )、ASD児の脳を典型児と比べると、抑制性ニューロンの数が低下しており、脳が過興奮の状態にあるとする結論と異なっている。
詳しくは調べていないが、SUV420H1変異の児童でもてんかんを発症することが知られており、時間がたつと抑制ニューロン優性から、欠乏へと変化する可能性はある。
また介在ニューロンの過剰、欠乏の両方で同じASDやてんかん症状が出ると考えることもできる。実際、MECP2遺伝子の欠損(Rett症候群)と過剰のMECP2重複症は、ともにASDとてんかんを示す。 このように、発生過程と、実際の患者さんでの脳までにはまだまだわからないことは多い。しかし抑制性介在ニューロンはASDの重要な標的細胞として確立したことは確かだ。
2022年2月16日
樹状細胞(DC)は組織に定着して抗原を補足したあと、移動してリンパ球に抗原を提示する役割がある。この時ランゲルハンス細胞のように皮膚組織からリンパ組織まで移動する細胞もあるし、リンパ組織内で抗原を捕まえた後、濾胞まで移動してそこに定着する濾胞DCまで存在する。例えば皆さんが注射しているmRNAワクチンは直説所属リンパ節の濾胞DCに取り込まれることが知られている。このように、樹状細胞の機能発現には移動や定着の調節が重要だが、そのメカニズムはまだまだわかっていないことが多い。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、脾臓に存在する2型樹状細胞(DC2)の脾臓内での定着のメカニズムを詳細に至るまで解明した素晴らしい研究で2月11日号のScienceに掲載された。責任著者のJason Cysterは個人的にも知っているが、彼らしいさすがと思える論文で久しぶりに彼を思い出した。タイトルは「CD97 promotes spleen dendritic cell homeostasis through the mechanosensing of red blood cells(CD97は赤血球の機械センサーとして働いて脾臓の樹状細胞ホメオスターシス維持を促進している)」だ。
脾臓は骨髄と同じで血管が組織に開いており、これにより出来た細胞を再び血中へ送る造血組織としての働きが出来る。また、血中に流れてくるバクテリアなど粒子抗原を補足するためにもこの構造は重要で、そのため類洞と呼ばれる領域には樹状細胞が並んでおり、Gα13やArhGEF1分子シグナルが類洞のDC2維持に必須であることが推定されていた。
この研究ではまずGα13シグナル経路が欠損すると、DC2が類洞に維持できないことを確認した後、Gα13と共役している受容体をクリスパーノックアウトを用いてスクリーニング。最終的にCD97を特定している。
このCD97は面白い分子で、G共役型の受容体によく見られる自分で自分を活性化する自己活性化型受容体だ。タンパク質が発現するとN末が切断されたあと、自己活性化出来る部位をカバーする。このカバーを引き剥がすと、自己活性化部位が受容体を活性化することでシグナルが入る。
この発見が研究のハイライトで、後は、カバーを剥がすシグナル、定着のメカニズム、定着の必要性、そしてCD97を発現させるシグナルを丁寧に実験的に明らかにしている。膨大なデータなのでシナリオだけを箇条書きで紹介する。
1)CD97の発現はIRF4と呼ばれるインターフェロン反応性因子により調節されており、炎症状態を感知してDC2を脾臓に待機させる役割がある。
2)CD97は、Gα13シグナルを活性化し、細胞骨格に働くことで、DC2の血中への移動を抑えており、このシグナルが低下すると、DC2は脾臓を離れる。
3)DC2上のCD97刺激は、赤血球が発現するCD55により媒介される。すなわち、赤血球上のCD55と結合したCD97のN末カバーは、赤血球が流れるため引き剥がされる。その結果自己活性化部位が露出し、CD97が活性化される。
4)このシグナルが欠損して脾臓DC2の数が低下すると、粒子状抗原に対する反応が低下する。
まとめてしまうとこれだけだが、実際には赤血球がCD97カバーを引き剥がす実験や、DC2の移動についての体内でのライブイメージング、さらには赤血球の流れの必要性を調べるための脾臓血流遮断実験など、さすがJasonと思える研究だ。しかし、このようなメカノセンシングが必要な状況は数多くあるだろう。今後の発展が期待できる。