6月14日 脳脊髄中の髄膜白血球は血管を通らず直接隣接する骨髄から移動する (6月3日 Science オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

6月14日 脳脊髄中の髄膜白血球は血管を通らず直接隣接する骨髄から移動する (6月3日 Science オンライン掲載論文)

2021年6月14日
SNSシェア

「常識は破られるためにある」などとうそぶけるのは、破れたことがわかった後のことで、実際には、常識に照らして何かおかしいと感じる感性を突き詰めることができる人だけが、この言葉を語る資格がある。

今日紹介するマインツ大学からの論文は、組織中の白血球は必ずしも血管を通って移動してくるとは限らないこと、具体的には脳脊髄の髄膜に存在する白血球は、近接する骨髄から直接に開いている管を通って移動してくるという驚くべき発見で、6月3日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Skull and vertebral bone marrow are myeloid cell reservoirs for the meninges and CNS parenchyma (頭蓋と脊椎の骨髄は髄膜と中枢神経実質中の骨髄球を直接供給する)」だ。

実際には常識には徐々に疑問が投げかけられるもので、米国やドイツの研究室から、頭蓋骨髄から脳へのチャンネルが存在し、炎症やガンなどの状況でこのチャンネルが機能して、血球のリクルートメントや、ガンの転移が起こる可能性が示唆されていた。

ただ、これまでは異常な状況での特殊なルートとして考えられてきたが、この研究では定常状態で骨髄から脳への直接ルートがどの程度使われているのか調べる目的で、蛍光標識されたマウスと普通のマウスの血管を吻合して30日間、血管を通る細胞を完全に一体化する方法を用いて、組織中の白血球が置き換わった率を調べている。もし全てが血管ルートを通るとすると、蛍光細胞と非蛍光細胞の比率は50/50になる。

実際、30日経つと末梢血だけでなく、多くの組織で比率は50/50になるが、脳及び脊髄の髄膜や硬膜の顆粒球はほとんど置き換わらないことを発見している。すなわち、血管を通る髄膜への顆粒球の移動はほとんどないという、驚くべき結果になった。

あとは、本当に血管を通らず、直接頭蓋や脊椎の骨髄から髄膜へ移動していることを確認する実験をこれでもかこれでもかと、繰り返し、

  • 頭蓋骨髄のCXCR4ケモカインシグナルを抑制すると、近接する脳髄膜への顆粒球の移動が促進されるが、他の組織には影響がない。
  • 蛍光分子を発現するマウス頭蓋骨を移植すると、移植後30日後でも近接する脳髄膜には標識か琉球が認められる。
  • 放射線照射で骨髄造血を抑制する実験で、一部の骨を放射線からシールドすることで、限られた場所からだけ血液が供給される実験系を用いると、頭をのぞいて全身の骨をシールドした場合は、脳髄膜にはほとんど顆粒球がリクルートされないが、逆に頭の骨をシールドした場合は、ほとんど正常のリクルートが見られる。

など、創意に溢れる実験で、脳脊髄髄膜の顆粒球は、骨髄から脳へのチャンネルを通る細胞移動で起こることを示している。

さらに、移動してきた細胞のsingle cell RNA解析などから、この移動にCCR1ケモカイン受容体を刺激するケモカインが関わることも示している。

最後に多発性硬化症モデルや、脊髄損傷モデルで、神経系が障害されたとき、まず近接骨髄から白血球がリクルートされ、脳血管関門に邪魔されることなく迅速な細胞移動が可能になっており、血管を通る移動はその後起こることを示している。

重要な結果は以上で、定常状態でも、脳髄膜、さらに脳実質への顆粒球リクルートメントが、近接骨髄から直接行われることが証明されたのではと思う。もちろん多くの研究室で追試されることが必要だが、いったん非常識が常識になると、例えば脳内のリンパ管の存在の時と同じ様に、今度はその意義を巡って多くの研究が進むだろう。これにより、脳内の炎症と他の組織の炎症の違いなどの理解が進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月13日 サルから人への進化:汗腺の多い皮膚(4月20日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2021年6月13日
SNSシェア

現役を退いて8年になるが、生命科学分野の進歩や技術革新はいちじるしく、ウカウカすると新しいことが全く理解できなくなってしまうのではと恐怖を感じる。いよいよその時は論文ウォッチも引退になると思っているが、まだそこまではボケていないと走り続けている。

とはいえ、現役時代によく目にしたような内容の論文に出会うと、懐かしく紹介したくなる。今日紹介するフィラデルフィア、Perelman医学校からの論文は、発表から2ヶ月経ってはいるが未読の中に紛れ込んでいたので改めて読み直すことになった論文で、サルから人間に進化する過程で、汗腺を増加させて体を冷やす能力を身に着ける過程を、遺伝子の変化から推察する研究で、4月20日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Repeated mutation of a developmental enhancer contributed to human thermoregulatory evolution (発生過程で働くエンハンサーに起こった繰り返す変異により人間の体温調節機構が進化した)」だ。

このグループは以前から汗の組織、エクリン腺の発生について研究しており、転写因子Engrailed1(En1)が、エクリン腺特異的に発現していること、さらにヒトの発生過程では、サルやマウスと比べると高い発現が見られることを発見していた。そこで、エクリン腺の数がヒトで多いのは、発生初期に皮膚プラコードでEn1の発現を調節するエンハンサーの活性に差があるからだと着想し、ヒトでの高い発現に関わる領域を探索している。

配列の比較から哺乳動物のEn1発現に関わる領域を209個所リストし、エピジェネティックスのデータベース、染色体免疫沈降法などを組み合わせ、最終的に23種類に絞り込み、ウイルスベクターに組み込んだレポーターシステムでマウス胎児に導入して、皮膚のプラコード特異的に発現する領域の中からECE18と名付けた領域を特定している。

次に同じ領域を、マウス、チンパンジーゲノムからクローニングし、同じレポーターシステムで調べると、期待通りヒトのECE18が最も高い活性を持っていることが確認できる。

あとは、ヒトケラチノサイトを用いて変異を導入したヒトECE18の活性を調べ、、ヒト特異的な高い活性にどの領域が必要か調べているが、これは難航したようで、結局SP1結合領域を中心にに幾つかの変異が蓄積することで、現在の人のECE18領域が進化したと結論している。

これを証明するため、最後にマウスECE18をクリスパーで人型にかえたマウスを作成し、2倍程度の発現の上昇が見られることを示しているが、残念ながらエクリン腺の数が増えた汗をかきやすいマウスまでには至らなかった。そこで最後に、En1の発現が半分に低下させたマウスを用いて、残っているEn1のエンハンサー領域をヒト型ECE18に変えたマウスを作り、ついにECE18がヒト型になるとエクリン腺の数が多くなることを証明している。

以上、転写調節研究を、進化と絡める起承転結のはっきりしたグランドストーリーの典型論文で、本当に懐かしく読んだ。ただ、ゲノム研究が進んだ今、おそらくこの領域を人間の進化や多様性からも見直すことが可能だろう。一枚の論文を書くために大変な労力が必要な研究だが、もっと多くのグランドストーリーを聴きたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月12日 病理診断から人間を排除する(6月11日 Science 掲載論文)

2021年6月12日
SNSシェア

例えば腫瘍の臨床診断の最後は病理診断で、最近では様々なバイオマーカーを用いて診断も行われる。しかし考えてみると、末梢血のバイオマーカーを用いた診断と比べ、腫瘍と他の細胞との相互作用について最も密度の濃い情報が得られるのが、腫瘍組織の免疫病理検査だが、この利点を生かして、治療戦略に大きく関与するところまでは行っていない。

実際FDAが認可した病理診断基準は、PD-1抗体治療の適用を決めるためのPD-L1発現を調べる病理検査しか存在しないようで、DNAレベルの検査やsingle cell RNA seqなどに早晩置き換えられるのではと危惧される。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、免疫染色を用いた病理診断が普及できないのは、データの解読にバリエーションの大きい病理医などの人的ファクターがあるからではと考え、完全に人間を排除したプラットフォームを開発しようとする試みで6月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「Analysis of multispectral imaging with the AstroPath platform informs efficacy of PD-1 blockade(マルチスペクトルの組織像をAstroPathプラットフォームで解析することでPD1治療の効果を予想できる)」だ。

研究自体は、機械でどこまで免疫染色した病理組織を読めるかと言う話だが、これを思い立ったモチベーションが、天体の分析に用いられるAstroPathというプラットフォームの存在だ。

現在高感度の反射望遠鏡で宇宙の広い範囲を撮影して、宇宙の精密な地図を作るSDSS計画が進行中だが、こうして得られた映像を解析する目的で作られたAstroPathを、6色異なるスペクトラムの蛍光色素で染色した組織の解析に使えるようにしたのがこの研究だ。

天体では星がまばらに存在しているので、組織観察には役に立たないと思われがちだが、SDSSにより示された天体は、数億個の星がぎっしりと詰まった像で、まさに細胞がひしめいている組織と同じで、確かに技術はそのまま利用できる。

ただ、このプラットフォームに合わせるためには、染色から工夫が必要で、示された図からみると、バックグラウンドが高くても、S/Nレンジを高めた染め方を新たに開発している。

あとは、単染色から始めて、細胞の輪郭、細胞あたりの蛍光強度の処理方法、など様々なパラメーターを最適化している。いずれにせよ素人には分かりにくい、しかし最も難しい過程だと思う。

その結果、大きな組織切片の億単位の細胞について、染色データを得て、任意のパラメーターについて2次元に再展開し、自動分析することが可能になっている。FACS解析と違って、蛍光強度については、4段階に分ける方法で分析しているが、これでも細胞一つ一つが41種類のどれかに分別され、驚くことに1枚のスライドから得られるデータ量は5TBになる。これを聞くと、病理診断から人的ファクターが除かれるのにはまだまだ時間がかかる気がする。

とはいえ、普及の問題は別にして、この方法で何が可能かを示す必要がある。この研究では、これまでの研究で示されていたCD8T細胞のPD1発現量が高いと、チェックポイント治療の効果は低く、一方、中程度から低レベルのPD1の発現が見られると治療効果は上がること、またCD163陽性の白血球が存在すると予後が悪いことなどを確認すると同時に、CD8陽性細胞の中の極めて稀な集団FoxP3+PD1+細胞の存在は、予後に強く相関することなどを示し、人的要因をのぞいてバイアスなしに解析することの意味を強調している。

最近の顕微鏡技術の発展のおかげで、実際に可視化することの重要性を嫌というほど感じるが、逆に判断には人間を除去することが重要とする、AI宣伝論文だろう。しばらくすると、優秀な病理医と、このAIの真剣勝負が始まる気がする。ただ、結果は見えている。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月11日 老化細胞を処理することでウイルス感染抵抗性が得られる(6月8日 Science オンライン掲載論文)

2021年6月11日
SNSシェア

新型コロナ重症化リスクの最大の要因は老化で、昨日までの死者の数を見ると、まずほとんどが60歳以上で、60歳以下の死者は全体の5%に満たない。厚労省のデータだが、10代では今も死者0になっている。

この差を単純に免疫システムの違いで片付けることは難しく、また重症化から死亡に至る過程にサイトカインストームや線維化があることを考えると、当然、老化細胞の増加による慢性炎症が高齢者の死亡の背景にあるのではないかと想像できる。ただ、covid-19とsenolyticsで検索をかけても、数えるぐらいの論文がヒットするだけだった。

そこにミネソタ大学とメイヨークリニックから、動物実験レベルだがsenolyticsにより、マウスコロナウイルスに対する抵抗性を高めるという論文が6月8日Scienceにオンライン出版された。タイトルは「Senolytics reduce coronavirus-related mortality in old mice(老化細胞を除去するsenolyticsは老化マウスのコロナウイルス関連死を減少させる)」だ。

読んでみると、そのままCovid-19に適用するためにはいろいろ問題がある論文で、紹介しようかどうか迷ったが、一度は検討する価値がある可能性なので、判断は読者に委ねるとして、紹介することにした。

放射線照射モデルでの老化細胞がLPS刺激に対して高いレベルのサイトカイン分泌を示すことを確認した上で、腎臓内皮細胞を新型コロナウイルスのスパイクタンパク質S1で刺激すると、同じように老化細胞のみ強いサイトカイン合成が見られることを示している。

この実験では、ウイルス自体の代わりにS1で細胞を刺激している。たしかに、S1が自然免疫を刺激するという話はあるが、ウイルス自体を用いないと、参考にならない。というのも、コロナウイルスはタイプ1インターフェロンを抑える様々な仕組みを持っており、その上で誘導されるサイトカインストームを再現する場合は、やはりウイルス感染実験しかないように思う。

これで細胞レベルの実験は終わり、今度は一般の細菌叢に対する老化マウスの反応を調べている。この実験もユニークで、ペットショップから購入した一般環境で飼育されたマウスを1週間飼育することで汚された床敷きに、SPFマウスを晒して、感染を起こさせる実験を行なっている。驚くことに、若いマウスではSPFで飼われていても汚い環境に適応できるが、老化マウスは2週間以内に全例死亡する。そして、期待通り様々なサイトカインの発現が上昇している。私も論文はかなり読んでいるが、床敷で感染させるという実験は初めてだ。おそらくレフリーに指摘されたのだろう、マウスに感染するβコロナウイルスの感染実験でも同じことが起こることを示している。しかし、そうなら最初から汚い環境に晒すという複雑な実験をやめて、コロナウイルス感染に進めばよかったのにと思うのだが、実際には汚いマウスの床敷きがコロナウイルス感染モデルになると考えているようで、床敷きに晒すことで、マウスコロナウイルス感染が起こっていることを確認している。

最後に、この床敷感染実験によるマウスの死亡数が、サーチュインの活性に関わるとして知られているfisetin, さらには遺伝的senolyticsの系(p21が発現している細胞を薬剤で除去するシステム)。そして現在senolytics薬剤として用いられるダサニティブ+ケルセチンのコンビで、抑制することができることを示している。

以上が結果で、これでsenolyticsによりコロナ感染死亡を防げると結論している。ただ、Covid-19抑制に関わるsenolyticsを考えるとき、サイトカインストームから肺線維症が進行する過程を抑えられるのではと期待するが、読んでみてこの過程は無視されているように思える。すなわちこの研究では、ウイルスに対する免疫システムが老化で低下しており、これをsenolyticsで抑えるという話になっている。実際老化マウスではウイルスに対する抗体の産生が落ちており、senolyticsで抗体が回復している。また感染実験でも、感染量が増えると、病気の進行は遅らせても、マウスは最終的に死亡することから、肺線維症へスイッチするような病態を見ているようには思えない。

以上、紹介はしたものの、これをそのまま人間のcovid-19の重症化モデルに役立つとは到底思えず、よくレフリーも通したなと言う印象だが、senolyticsの効果については、もう少しわかりやすいモデルで、検証を続けることは重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月10日 ウェアラブルセンサーの効果を検証する(5月24日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年6月10日
SNSシェア

最近のスマートウォッチでは心電図から酸素飽和度まで測定可能になっているが、もしこのレベルの異常が見つかれば、即、医師の診察室へ直行する必要がある。どの程度の数の人が、スマートウォッチで異常が出たからと医師を訪れているのか興味がある。実際には、年に一度の検診と比べたとき、毎日心電図を取る意味はそれほどないように個人的には思う。

このように、どうしても医学ツールとしてセンサーを発展させようとする試みがある一方、ほとんどのスマートウォッチでは、様々なセンサーを使って日々の体の活動を記録することができる。こちらの方は、定期検診では得られないデータで、ウェアラブルセンサーが普及して初めて可能になった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、個人の活動性を調べたウェアラブルセンサーデータを病院での検査データと相関させるための機械学習開発で5月24日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Wearable sensors enable personalized predictions of clinical laboratory measurements(ウェアラブルセンサーを用いると病院での検査結果を個人レベルで予想できる)」だ。

個人的には、ウェアラブルセンサーは診断ツールとしての機能を磨くのではなく、個人の活動を記録し蓄積し、それを利用できるようにする方向で開発を進めて欲しいと思うが、この研究ではアップルウォッチ ではなく、Intel Basisを用いて、心拍数、運動、体温、そして皮膚電位の4項目について持続的に計測し、同時に対象者に月一回のペースで血液検査を行い、それぞれのデータに相関があるか調べている。

月一回の検査では、体温や心拍数も調べるが、毎日のデータの精度は圧倒的に高く、例えば日内周期はウェアラブルセンサーでないと拾えない。すなわち、アクティビティーと時間から推定される、いつどのような状況で測定したかも含めると、この4つの指標はなんと153のデジタルデータになる。

次にこれを血液検査と相関させると、それぞれの血液検査結果と相関するデジタルデータを抽出することができる。血液電解質を除くと、ほとんどの検査とデジタルアクティビティーを相関させることができる。

面白いのは、最も相関が高いのがヘマトクリットや、赤血球数などの血算データで、おそらく何らかの感染症や炎症を反映しているのだろう。残念ながら、この研究では病名までは対応させていない。

最後に、それぞれの検査データ値を、集団レベルの正常値に合わせるのではなく、月一で検査した平均値を用いて、そこからの変化と相関させると、より高い相関が見られ、この方法だと、血中電解質でも強い相関が見られるという結果だ。

以上、機械学習を磨けば、精度の高いアクティビティー記録がいかに役に立つかを示した研究だと思う。

私もスマートウォッチを愛用しているが、問題は機械学習により診断し、それを個人にフィードバックしたり、医療で用いたりするための基盤が必要になる。すなわち、医療の領域に入るためのregulationなどの議論が必要になる。そろそろ、マーケティングの目的ではなく、本当に医療に参入するための議論を始めてもいいように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日 コロナウイルスRNA合成酵素のFe-S依存性:プロとアマの違いを感じる論文(6月3日 Science オンライン掲載論文)

2021年6月9日
SNSシェア

クライオ電顕のおかげで、新型コロナウイルス(CoV2)の様々な機能タンパク質の構造解析は急速に進んだ。この結果と思うが、ウイルス分子を標的にした薬剤開発も、単純なハイスループットスクリーニングではなく、タンパク質の構造から化合物をデザインする方向性がうまくいっているように思う。例えば、以前紹介したCoV2メインプロテアーゼの阻害剤のように、臨床治験にまで進んだファイザー社の化合物は、3次元構造を元に小さなユニットを組み合わせて設計された阻害剤だ(https://aasj.jp/news/watch/15255)。

この辺になると、私のようなアマチュアには到底計り知れないプロのセンスが必要になると思う。このようにCoV2、特にRNA合成酵素を見る眼差しのプロとアマの差をはっきり示す論文が米国NIHから6月3日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Fe-S cofactors in the SARS-CoV-2 RNA-dependent RNA polymerase are potential antiviral targets (SARS-CoV2のRNA 依存性RNAポリメラーゼ中のFe-Sコファクターは抗ウイルス剤の標的になりうる)」だ。

現在、直接ウイルスに働きかける薬剤として認可されているのはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)の作用でウイルスRNAに取り込まれ不安定化させるレムデシビルだが、間違いなくこのおかげで多くの命が救われた薬剤だ。もちろんnsp12/nsp7/nsp8が複合体を形成したRdRbの構造とレムデシビルの関係も解読されており、この薬剤の有効性を科学的にバックアップしている。

私のようなアマチュアは、この構造解析になるほどと感心し納得するが、プロにとっては気に掛かる点があるらしい。RdRpについてのほとんどの構造解析で、CoVで保存された箇所に亜鉛が結合していることが示されている。亜鉛との結合が必須のタンパク質など数え切れないぐらい存在するので、アマチュアはなるほどと納得するが、プロが見ると、実際には亜鉛の代わりに鉄と硫黄からなるFe-Sコファクターが同じ場所で活性に関わっているのではと疑ってみるようだ。

このグループは、タンパク質がFe-Sコファクターと結合しているかどうかを予測するソフトを開発しており、これを用いてnsp12を解析したところ、これまでFe-S合成に関わるとされてきたHSC20との結合部位にFe-Sが存在する可能性が示唆された。

次に鉄の同位体を用いて、Feがnsp12と結合していること、また酸化環境の中で精製したnsp12ではこの結合が失われていることを示している。そして、無酸素状態で精製したRdRp複合体にはFe-Sコファクターが結合しており、有酸素化で普通に生成したRdRpより強くRNAに結合することを示している。

これはRdRp複合体とヘリカーゼnsp13との結合がFe-Sコファクターにより安定化されることで、結論としてRdRpの活性は、亜鉛との結合でも維持されるが、高い活性、特にヘリカーゼと協調しながら複製するときにはFe-Sコファクターが必要であることを示している。

Fe-Sとタンパク質の結合が、活性酸素のスキャべんジャーとして開発されたTEMPOLにより阻害されることがわかっているので、最後にウイルス感染細胞をTEMPOLで処理すると、たしかにnsp12からFe-Sが遊離していること、そして400μMという少し高い濃度ではあるが、細胞中でのウイルス複製を抑えることを明らかにしている。

基本的なコファクターは様々な分子と結合しており、薬剤として使うと問題があるのではと思うが、この濃度では目立った問題は細胞レベルでは出てこないようだ。さらに、レムデシビルと相乗効果もあるようで、ひょっとしたら病院レベルで利用される薬剤になるかもしれない。

以上、論文だけからは本当に治療薬として使われるかどうかははっきりしないと思うが、しかしプロの目で見れば、これまでのデータから新しい創薬標的が見えるという典型例で、感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日 NOTUM分子が決める腸内での細胞競合(6月2日 Nature オンライン掲載論文)

2021年6月8日
SNSシェア

Konrad BaslerがMycを導入した細胞が他の細胞との増殖競争で勝者になることを示したのは20年近く前だが、最近細胞競合はホットなトピックスになっている。これは競合に関わる分子が明らかにされ始めたためで、例えば、皮膚上皮のヘミデスモゾーム分子Col17Aの発現量に依存するニッチの取り合いから勝者と敗者が決まるという西村さんたちの研究は、老化の細胞動態を見事に説明した。

今日紹介する英国のCancer Research UK Beatson研究所からの論文は、腸の発ガンに関わるApc分子の欠損により、他の細胞を抑えて欠損細胞増殖が高まる競合に、Wnt分子を脱アシル化する酵素Notumが関わることを示した論文で、6月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「NOTUM from Apc-mutant cells biases clonal competition to initiate cancer (Apc変異細胞から分泌されるNotumはクローン間の競合に影響して発ガン過程を開始させる)」だ。

Side-by-sideでオランダ ガン研究所から、ほぼ同じ内容の論文が発表されている。ただ、Notumをより強調していたので、Cancer Research UKの論文に焦点を当てた。

Apcがβカテニンを分解してWntシグナルを高め腸上皮の異常増殖に関わることは教科書マターだが、この研究ではさらにApcがノックアウトされることで、他の分子機構が働き、Apc欠損細胞が競合に勝利すると考え、Apc欠損が引き金になって腫瘍化した細胞で発現しているmRNAを、正常小腸と比べ、最も大きな発現変化が見られた分子としてNotumを特定する。

Notumは既にWntの脱アシル化を介してWntシグナルを抑えることが知られており、正常細胞のWntシグナルを抑えるというドンピシャの分子が特定された。後は、Notumが正常幹細胞を抑えるかどうか、試験管内の上皮オルガノイド形成、およびNotumの発現を生体内で操作する実験を行い、Apc欠損細胞がNotum分泌を介してまわりのWnt依存性幹細胞の増殖を抑え、その結果細胞競合に勝利することを示している。

このとき、他のWnt阻害剤を操作しても影響はなく、腸上皮ではNotumだけがこの作用を持つことも確認している。

ショウジョウバエでは、Notumが周りの細胞を細胞死に追いやることが知られているが、マウス腸上皮ではメカニズムが異なり、幹細胞の分化を誘導することで増殖を抑え、最終的にApc欠損細胞が競合に勝利する。

最後に、ではApc分子欠損から始まる大腸ガン発生にNotumが関わるかを調べるため、Notum欠損マウスをApc-Minマウスに掛け合わせると、Notum欠損マウスでは発ガンが強く抑えられることを確認する。すなわち、Notum分泌により周りの細胞の増殖を抑えないと、前ガン細胞もガンへは発展できないことを示している。そして、Notumの酵素活性の阻害剤を加える実験で、Apc欠損細胞が細胞競合に勝利するのを抑えられることを示している。

以上、細胞競合というより、正常細胞による異常増殖抑止機構が常に働いていることの証明だが、Wnt経路の異常による発ガンにのみ有効なので、おそらく他の細胞競合メカニズムも存在するのではと想像する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日 PPARγ活性化剤は神経炎症の特効薬になるか(6月2日号 Science Translational Medicine)

2021年6月7日
SNSシェア

メカニズムは完全に解明されたわけではないが、先日紹介した若年性ALSは、スフィンゴリピッド合成が上昇したことで、おそらくインフラマゾームなどが関与する自然炎症が起こり、神経変性が起こると想像できる。というのも、よく似た神経変性疾患、adrenoleukodystrophy (X-ALD)が存在するからだ。X-ALDはペリオキソゾーム膜にあって、極めて長い脂肪酸を輸送するABCトランスポーター遺伝子の変異により起こる病気で、通常ゆっくりと進行している途中で、何らかのヒットがあると脳全体制御不能な炎症がおこり、脱ミエリン化が誘導され、急速に死に至る病気だ。現在のところ、血液幹細胞移植で炎症を軽減する試みがあるが、根本的な治療ではない。

最近この病気を、武田薬品によってインシュリン抵抗性を改善するために開発されたPPARγ活性化剤ピオグリタゾンの誘導剤で治療する試みが行われている。今日紹介するスペインの製薬企業Minoryxからの論文は、ピオグリタゾンの脳内移行を高めた誘導体レリグリタゾンで、ALDだけでなく、炎症が関わる脳の変性疾患を抑えられないか調べた前臨床研究で、6月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The brain penetrant PPARγ agonist leriglitazone restores multiple altered pathways in models of X-linked adrenoleukodystrophy(脳内に移行するPPARγ活性化剤レリグリタゾンはX-染色体連鎖adrenoleukodystrophyのモデルの様々な経路を正常化できる)」だ。

PPARγは複数の内因性のリガンドにより活性化される転写因子で、代謝からガンや炎症まで多くの細胞機能に関わっている。この研究では、試験管内で炭素が26以上並んだ脂肪酸に暴露したときに起こる細胞障害が、レリグリタゾン添加により、活性酸素産生が低下し、NFkB経路の活動が抑えられ、またインフラマゾーム経路の最終産物IL1β分泌も抑制することを示している。すなわち、細胞レベルでもレリグリタゾンが変性を抑えることを示している。

次にマウスモデルを用いて効果を調べると、神経細胞だけでなく、炎症細胞自体の転写も変化させることで、炎症も強く抑えることを示している。さらに面白いことに、血液単球の血管内皮への接着も強く抑制できることも示している。重要なことは、炎症がなくとも、レリグリタゾン自体が十分脳血管関門を超えて、脳内で作用することで、抗炎症作用を含む様々な効果を期待でき、ALDのみならず、他の病気の治療にも利用できる可能性が出てきた。

これを確かめるため、自己免疫反応による多発性硬化症モデルマウスに投与すると、脱髄を強く抑え、症状も改善できることを示している。

すなわち、マウスモデルを用いて、PPARγ活性化により、神経自体の変性のみならず、脳内炎症全体を抑えることが示された。

これを人間で確かめる意味で、患者さんから提供されたマクロファージのTNF産生が、レリグリタゾンで軽減すること、また血管内皮細胞株への接着も低下することなどが示されている。

最後に健常人を用いた第1相試験を行い、レリグリタゾンが脳内に移行し、髄液の炎症性サイトカインを低下させ、血中のアディポネクチンを上昇させる効果があることを確認している。

実際には、レリグリタゾンの第2相以降の治験は現在進行中で、結果が分かり次第発表されるだろう。ただ、ALDでの結果だけでなく、炎症が病気を悪化させることがわかっているほとんどの変性性疾患、例えばALSやアルツハイマー病などにも今後使われていくような予感がしている。おそらく一般の人にはわかりにくい論文紹介だったと思うが、神経変性疾患共通の問題を解決してくれるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 胎児も決して無菌ではない:表と裏からの検証(6月24日号 Cell 掲載予定論文)

2021年6月6日
SNSシェア

胎児へのウイルス侵入は防げない場合が多いとはいえ、細菌に関しては、少なくとも医学部では、胎児は原則無菌状態で保たれていると教えていると思う。ただこれまで何度も何度も、よく調べれば少量とはいえ細菌が存在すること、あるいは胎盤を通して細菌が胎児に侵入することを示唆する論文は数多く出版されている。とはいえ、結局量の問題で、ほとんど意味のない現象として扱われてきたと思う。

これに対して今日紹介するシンガポールA*Starや英国ケンブリッジ大学を中心とする国際チームからの論文は、細菌の存在とともに、それに対する免疫反応の存在を示し、確実に胎児中の細菌が免疫システムに何らかの影響を及ぼしていることを示した研究で、6月24日号のCellに掲載される。タイトルは「Microbial exposure during early human development primes fetal immune cells(人間の初期発生過程での細菌への暴露は胎児免疫システムを感作する)」だ。

研究は、胎児に細菌が存在し、それ自身意味があることを検証するため、あらゆることを行なっている。

まず妊娠12-22週胎児の様々な臓器から血液細胞を回収し、CytoFと呼ばれる技術を用いて、存在する血液集団を解析し、大人に見られるほとんどのリンパ球が、胸腺やリンパ節だけでなく、末梢の組織にも存在すること、そして何より抗原に出会った経験のあるメモリー細胞が一定程度存在することを明らかにしている。すなわち、胎児の免疫系は何らかの刺激を持続的に受けていることを示した。

この刺激の元が細菌であることを示すために、様々な組織で16S解析を行い、量的には少ないとはいえ、組織ごとに違った細菌叢が存在することを確認する。

これまでの細菌検査はほとんどDNA解析に頼っていたが、この研究ではさらに進んで、各組織から細菌培養を行い、増殖してきた細菌の種類も特定している。さらに、胎児組織の走査電顕および、in situハイブリダイゼーションを用いて、組織学的にも細菌が存在することを確認している。

そして、この表と裏のデータを統合するため、組織から集めてきた樹状細胞に、高い頻度で存在している細菌を取り込ませ、同じ胎児から調整したT細胞を刺激し、細菌に対する免疫反応が起こること、また免疫記憶が成立することを示している。

以上が結果で、要するに表裏徹底的に実験を行い、胎児は無菌的ではなく、おそらく胎盤を通ってきた細菌が各組織で小さな細菌叢を形成し、胎児の免疫を刺激していることを示している。これが生涯にわたってどんな効果を及ぼすのか、面白い課題だが、さらに実験が難しい課題だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 セリンパルミトイルトランスフェラーゼ遺伝子変異による若年性ALS(5月31日 Nature Medicine 掲載論文)

2021年6月5日
SNSシェア

若年性のALSは極めて稀だが、我が国でも報告は散在する。ただ、明確な遺伝性が認められないケースでは、ほとんど病気のメカニズムが解明されることはなかった。

今日紹介する米国NIHを中心とするチームから発表された論文は、セリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)の第2エクソンの変異により誘発された若年性ALSの解析で、代謝経路の異常でALSが起こるなど、これまでにない特徴があることから、ALS全体の理解にも今後大きく貢献する可能性がある研究だ。タイトルは「Childhood amyotrophic lateral sclerosis caused by excess sphingolipid synthesis(過剰なスフィンゴリピッド合成により誘導される児童期の筋萎縮性側索硬化症)」で、5月31日Nature Medicineにオンライン掲載された。

まずこの研究に参加した期間で、若年期に発症したことが明確なALSを選び、ゲノム検査を行い、SPT遺伝子第2エクソンに何らかの変異を持つ、7家族11例を特定することに成功している。

親兄弟のゲノム検査と比べた時、6例は、両親には全く変異が認められないde novoの変異であることが確認されたが、1例は父親および、生まれてきた全ての子供が同じ変異を持っていた。驚くことに、全ての子供でALSが発症したにもかかわらず、父親は軽い神経症状があるだけで、正常の生活を送っている。また、この家族に見られた同じ変異は、他の2症例でも見られている。

このように、特定された遺伝子はパルミトイルCoAとセリンからセラミドが合成される代謝経路の最初の段階でスフィンガニンが合成される経路で、すでに同じ遺伝子の他のエクソンの変異によりhereditary sensory and autonomic neuropathy type 1と呼ばれる家族性疾患が起こることが知られており、この場合同じ酵素の活性の変化により、セリンの代わりにアラニンを使うため、セラミド形成が低下することが知られている。

ただ、ALSの変異では、本来の経路でのスフィンガニン合成自体が上昇していることから、おそらく酵素活性が高まる変異だろうと推測された。この点を探るため、iPSの遺伝子をクリスパーで編集し、同じ突然変異を持つ運動神経細胞を用いてSPT分子の活性を調べ、最終産物セラミドによって起こるフィードバック機構に関わるORMDL分子との結合が変異により欠損し、スフィンガニン合成調節機構が外れて、過剰合成が起こっていることが明らかになった。

この結果は、もしSPTの酵素活性を全般的に低下させることができれば、遺伝子変異をそのままに、治療可能であることを示唆しており、この研究でも患者さんのファイブロブラストを用いてsiRNAによるノックダウン実験を行い、酵素活性を正常化することが可能であることを示している。

残念ながらスフィンゴリピッドの合成が高まることで、なぜ運動神経特異的な変性が起こるのかについては全く言及されておらず、今後の問題になる。また、なぜ同じ変異を持つ父親で同じ病気が発症しなかったのかも解析が必要だろう。ただ、スフィンゴリピッドはインフラマゾームを介する慢性炎症の誘導因子としても知られており、おそらくこのラインの研究が今後出てくるのではないだろうか。とすると、代謝疾患と言っても、他のALSの発症機構を考える意味でも、重要なモデルになるような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ