5月14日 アンチセンスRNAを経口投与できる(5月12日 Science Translational Medicine 掲載論文)
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5月14日 アンチセンスRNAを経口投与できる(5月12日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年5月15日
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様々なモダリティーの新型コロナワクチンの中で、RNAワクチンが、スピード、量産性、そして効果で他を凌駕したことは誰もが認めるところだ。実際、我が国では現在までファイザー/ビオンテックのワクチンだけが接種されており、ようやく17日から始まる新しいワクチンもモデルナのRNAワクチンだ。これまで何度も紹介してきた様に、これらのワクチンにはRNAによる自然免疫を抑えるためのテクノロジーが用いられ、免疫と副反応の間の絶妙のバランスをとっている。

この様にRNAを異なる目的に合わせて化学的に修飾する技術は、現在大きな進展を見せている。しかし、流石に経口投与可能なアンチセンスRNAが可能だとは思わなかった。今日紹介するアストラゼネカ社の研究所からの論文は、肝臓細胞を標的にする場合なら、アンチセンスRNAを経口投与することも可能であることを示した目から鱗の驚くべき研究で、製薬企業では、素人には考えも及ばない様々な試みが行われていることを実感した。タイトルは「An oral antisense oligonucleotide for PCSK9 inhibition(PCSK9阻害のための経口投与可能なアンチセンスオリゴヌクレオチド)」だ。」

タイトルにあるPCSK9は、LDL受容体に結合して分解を早める分子で、これを抑えることでLDLコレステロールの処理力を高めることができることから、新しい高脂結晶治療標的として注目されている。現在、モノクローナル抗体を用いてPCSK9を抑える方法が先行しているが、以前紹介した様にアンチセンスRNAを用いて肝臓でのPCSK9 mRNA を抑える方法の開発も、大手の製薬会社を中心に研究が進んでいる(https://aasj.jp/news/watch/1135)。

このとき紹介したアンチセンスRNAは、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンと同じで脂肪のナノ粒子に包んで静脈投与する方法だったが、アストラゼネカ社は、化学的に安定化させたアンチセンスRNAに、GalNacを結合させて、選択的に肝臓に取り込まれる様にする方法で、静脈ではなく、皮下投与でPCSK9のmRNAを抑えるアンチセンスRNA薬AZD8233を開発していた。

今日紹介する研究は、これまでのAZD8233研究を通して、その体内での安定性に自信を持った結果、ひょっとしたら経口投与も可能ではないだろうかと着想し、今可能性を追求したもので、具体的にはAZD8233を安定に小腸まで到達し、腸上皮を通って門脈に移行できる様、Sodium Caprateと混ぜた錠剤を開発し、これをテストしている。

研究は単純で、ラット、犬、サルを用いて、実際にAZD8233が経口投与で肝臓へと到達でき,PCSK9の分泌を抑え、最終的にLDLコレステロールの値を低下させるか検討し、全ての動物でAZD8233が期待通り門脈を通って肝臓に到達し、PCSK9の分泌をおさえ、結果として血中のLDLコレステロールを低下させることを示している。

ともかくうまくいったと言うこと自体が驚きだが、例えばサルを用いた実験で、毎日28mgのAZD8233を投与すると、LDLコレステロールが60%低下するのを見ると、ついにRNAテクノロジーも、経口投与可能なところまで到達したかと言う感慨が深い。

もちろん皮下投与と比べると、必要な量も多く、おそらく価格も眼玉が飛び出るのではないだろうか。しかし、RNA テクノロジーが着実に進んでおり、その氷山の一角にRNAワクチンがあることを理解できる論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月14日 手書きモーションの脳活動を解読して、字を書いてくれる脳コンピュータインターフェース(5月12日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月14日
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様々な原因で四肢の麻痺が進むと、他の人とのコミュニケーションが取れなくなる。この問題を解決する切り札が、脳コンピュータインターフェース技術で、ある行動を意図した時興奮する脳活動を解読し、どの字を書こうと意図したのか、PC上に書くことができる。おそらく多くの方が、例えばALS患者さんが脳内でPCのキーボードを操作してコミュニケーションしている情景を一度はご覧になったのではないだろうか。

この技術は、それぞれの文字の脳内表象がどう形成されているかといった、脳科学的検討はすっ飛ばして、文字を表出する時に一定の領域で見られる活動を、文字と対応させる一種のAI技術で、どのような脳活動を、文字と対応させるのかで競っている。これまで、目で見えるPCの画面上でカーソルを動かす動作や、言葉を話すときの運動皮質の活動を読み取って文字に変える技術が報告されている。すなわち、表象した文字を表出する運動野の活動を解読する手法が主流になっている。

私のような素人は、運動野の活動を解読するなら、単純な動きほど解読できるように感じるが、話すときの運動野活動を使う方が、より単純と考えられるカーソルの動きに対応する運動野活動を使うより成功を収めているのは、面白い。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、同じように複雑な動きが必要と思われる文字を手書きする運動に関わる皮質の活動を解読して、自然なスピードで文章が書けるようにした研究で、5月12日号Natureにオンライン掲載された。タイトルは、「High-performance brain-to-text communication via handwriting (手書き動作を介して脳活動を高いパーフォーマンスでテキストに変える技術)」だ。

この研究は、AIで区別させるには複雑であっても、違いがはっきりする方が良いと決めて、字を書くことを脳内で意図した時に、手指を動かす運動野の活動を、文字と対応させて、PCに学習させている。脳内に埋め込んだ1000個程度の電極が並んだクラスター電極で読み取り、それがコンピュータ上で文字として現れる様になっている。

具体的な方法やソフトなどについては、私自身機械学習として理解できているだけだ。面白いのは、最終的な文字に変換するだけでなく、実際に頭の中で書いた文字の形も読み取れる様にしており、この形を見るのが面白い。また、線を欠かせた時と、字を書かせたときの軌跡を調べることができる。この結果、単純な線を書こうと意図するより、複雑な文字を描こうと意図したときの脳活動の方が、文字の区別という点では優れており、しかも速いことを示している。

特に文字を書くとき、それぞれの文字に費やす時間的な差異は解読目的に大きな情報になることも示している。そしてその結果として、1分に90文字という、驚異的なスピードでコミュニケーションすることを達成している。他にも、脳活動として区別がしやすい文字の形まで提案できているのも、頭の中で描いている文字の軌跡が把握できているからだろう。

あとは、電極を留置することに関する問題の解決だが、これがクリアされれば、四肢麻痺の人たちと自由に筆談が可能になる日は近いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月13日 チェルノブイリ事故被爆の次世代への影響(4月22日 Science オンライン掲載論文)

2021年5月13日
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昨日に続いて、米国国立衛生研究所が中心に行ったチェルノブイリ事故による放射線暴露の影響についての研究で、今日の焦点は、両親の被曝は生まれてくる子供に影響があるのかという問題だ。

昨日紹介した甲状腺ガンで見られるゲノム変異は、原子炉の爆発で飛び散った放射線ヨードを吸収した甲状腺が直接受けた放射線照射の結果で、内部被曝と呼ばれている。これに対し、爆発時の放射線暴露、あるいは事故処理時に受ける放射線による被曝は外部被曝で、今日紹介する論文は、原子炉の事故処理に当たった人や事故時強い放射線を浴びた人たちのへの放射線の影響を、被曝した人たちから生まれた子供に見られるゲノム変異を指標に調べた研究だ。タイトルは「Lack of transgenerational effects of ionizing radiation exposure from the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故の放射線の影響は、次世代の子供には見られない)」だ。

この研究では0-4Gy(平均0.36Gy)の照射を受けた父親、あるいは0-0.55Gy(平均0.019Gy)の照射を受けたと推定される母親から生まれた子供の血液を調べ、親には認められない子供独自のde novo変異がどの程度あるか調べることで、両親の生殖細胞ゲノムへの放射線の影響を推定している(胎内被曝とは異なることに注意)。

DNAが放射線により切断され、その修復過程で様々な変異が発生することは、昨日紹介した内部被曝の論文からも明らかだが、トータルで0.5Gyといった低線量の持続的被曝の影響を調べるのは難しい。

事実、知り合いの長崎大学医学部の宮崎先生たちは、爆心から1kmで被曝し、その後明確に急性放射線障害を示した父親から生まれた3人の子供と両親について全ゲノム解析を行い、子供だけに検出できるde novo変異は、若干の増加傾向はあるが、統計的には被曝していない平均値と違いがないという結果を報告している(Horai et al, J. Human Genetics 63:357-363, 2018)。すなわち、正常発生後という選択がかかっているとしても、予想外に放射線照射の精子や卵子への影響は少ないことを示している。

宮崎さんたちの研究で解析していたのは3人だったが、今日紹介する論文ではなんと130人の被曝2世と、両親の全ゲノム解析を行い、子供だけに見られるde novo変位の数とタイプについて探索している。

結果は次のようにまとめられる。

  • 1度に2−4Gyという線量で行われる動物実験と異なり、原発事故で見られる被曝状況では、どのタイプの変異についても、放射線照射によりde novo変異が増加しているということはない。
  • また、蓄積被曝線量とde novo変異の数も相関がない。
  • 一方、同じ子供で父親の年齢とde novo変異の数を比べると、年齢が高くなるほど変異数が増える。
  • 両親の喫煙もde novoの変異とは強く相関しない。

これは宮崎さんたちの長崎原爆による被爆者の結果と一致しており、結論的には全身被曝で、放射線による障害が出たとしても、次世代の子供のde novoの変異数には影響がないという結論になる。

ただ、この結果は放射線障害が存在しないことを示しているのではない。昨日見たように、放射線は量依存的にDNAを切断する。従って、特定の遺伝子に限って、放射線照射の影響を見ると、放射線にさらされると確率的に必ず変異は上昇する。ただ、私たちの細胞は毎日分裂し、mRNAに転写される。この時に生じるストレスによる変異は、放射線被曝による変異数を遥かに凌駕しており、放射線効果が薄まっているだけのことだ。

2日にわたって、チェルノブイリ原発事故のゲノムへの影響に関する研究を紹介したが、不幸な事故を人類の遺産として守るためには、地道な科学的蓄積が必要なことがよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月12日 チェルノブイリ事故後に発生した甲状腺ガンのゲノム解析(4月22日 Science オンライン掲載論文)

2021年5月12日
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チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年で、放射線が人体に及ぼす影響についての研究は、35年たった今も続けられている。重要なのは、例えば甲状腺ガンの発生頻度が高まるといった疫学的結果を、細胞や動物をモデルとして明らかになってきた放射線障害のメカニズムとリンクさせることで、特に大規模ゲノム研究が可能になった今、放射線の人体への影響について理解が深まると期待される。

この期待に応え、2編の論文が4月22日のScienceに米国国立衛生研究所から発表された。今日、明日とそれぞれの論文を紹介することにした。今日紹介する論文は事故後、特に児童で発生が急上昇した440例の甲状腺ガンサンプルの前ゲノム解析を行った研究で、タイトルは「Radiation-related genomic profile of papillary thyroid cancer after the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故後、甲状腺乳頭ガン発生に関与した放射線によるゲノム変化のプロファイル)」だ。

この研究では、放射線障害を受けた時、どのようなメカニズムで遺伝子変異が起こるのか、そしてそれがどのようにガンを誘導するのか、について明らかにすることだ。

放射線暴露とは無関係に発生する甲状腺ガンのゲノムについては既にデータベースができており、突然変異の数は極めて少ないこと、さらにガンのドライバーとしてはほとんどがMAPキナーゼ経路の遺伝子の異常活性によることがわかっている。

今回解析した440例については、被曝した場所などから、推定の被曝量を計算し、これまで影響がないとされている100mGy以下、100−200mGy、200−500mGy、そして500mGy以上に分けて、変異と被曝量の相関が取れるようにした上で、440例のガンサンプルとともに、同時に採取した血液サンプルや、正常組織のについて、全ゲノム解析を、高いカバー率で行っている。これほどの解析が行えるようになるとは、事故当時想像だにできなかった。

結果は次のようにまとめることができる。

  • まず放射線量と相関する変異の種類だが、挿入や欠失、および構造的変異と呼ばれる、大きな変化が多い。
  • 挿入、欠失のタイプを調べるとID8と呼ばれる、DNA切断の後におこる非相同末端結合により生じたタイプの挿入欠失が多く、相同組み換えや、マイクロ相同性を利用する代替末端結合の関与はほとんどない。
  • 被曝とは関係のない甲状腺ガンと同じで、ガンのドライバーについてはMAPキナーゼシグナル経路に集中している。
  • 遺伝的変位以外のエピジェネティック過程に、被曝による影響は全くない。
  • 発ガンのドライバーの活性化を誘導する変異には、はっきりと放射線による影響が認められ、なんと41%が遺伝子融合によりドライバーが活性化される。また、このような融合の起こる頻度は、放射線量と創刊している。

以上の結果から、甲状腺に大量の放射性ヨードを取り込むことで起こった、ランダムなDNA切断を修復する過程で、挿入欠失、構造変異などが多発し、この変化がたまたまMAPキナーゼシグナル回路に関わる遺伝子をヒットしたとき、ガン化のスイッチが入り、後様々な遺伝子変異が重なって、潜伏期間ののちに癌が発症するというシナリオが示された。

考えてみると、広島や長崎の原爆被爆後、8年ぐらいに、Bcr―Ablの融合遺伝子による慢性骨髄性白血病のピークが来たことも、同じように理解できると思う。

このように大規模ゲノム検査により集まる知識は、不幸な事故によるとはいえ世界遺産として長く維持される知識だ。その意味で、我が国の被爆者についても、このような大規模ゲノム研究が行われ、世界遺産として維持されることを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日 赤血球増殖刺激を飲み薬で可能にする(4月29日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年5月11日
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赤血球の増血はエリスロポイエチン(Ep)が必要で、おそらく骨髄がまだ存在せず造血が腎臓で行われていた魚類の名残だろう、我々のEpは腎臓で作られる。このため、慢性の炎症により腎臓の実質が障害される慢性腎疾患(CKD)では、Epの分泌量が低下し、時に輸血が必要な貧血が起こってしまう。特に透析では失血も重なり、以前は深刻な問題だった。

幸い、組み換えEpが臨床応用されて以降、この貧血の問題は解決されたが、今度は赤血球が増えすぎて心血管障害が起こらないよう、注意を払う必要がある。臨床に用いられるEpの方も着実に進化を遂げており、最近の分解されにくいEpは、2ー4週間に一回皮下注射や静脈注射で貧血をコントロールできるようになっている。

このように安定していた治療法の中に割って入ったのがAkebia Therapeuticsにより開発された、低酸素を感知して転写を誘導するHIF分子の安定化させる化合物Vadadustatで、EpもHIFの支配を受けているため、HIFが安定化されることで、Epの分泌が上がる。

今日紹介する2編のVadadustat国際治験グループからの論文は、透析を受けていないCKD患者さんと透析を必要とするCKD患者さんそれぞれの、貧血治療効果と副作用について、新しい経口剤Vadadustatと現在すでに用いられている長期効果型Ep、Darbepoietinを比べた研究で、4月29日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。

2編続いて掲載されており、最初の論文は透析は受けていないCKD患者さん1751人についての治験、後の論文は透析を受けているCKD患者さん3923人についての治験になっている。基本的には同じ結果なので、透析を受けている患者さんについての治験論文を紹介する。タイトルは「Safety and Efficacy of Vadadustat for Anemia in Patients Undergoing Dialysis (透析を受けている患者さんの貧血に対するVadadustatの安全性と効果)」だ。

Akebiaはボストンにあるベンチャー企業だが、薬剤は大塚製薬に導出するようで、スポンサーとして大塚製薬も名を連ねている。参加各国でリクルートされた3923人の透析患者さんを無作為化して、Vadadustat群とDarbepoietin群に分け、40ー50週間経過を観察し、赤血球数を高めることによる心臓血管障害の発生頻度、および血中ヘモグロビン濃度の維持効果について両者を比較している。

結果は、死亡を含む有害事象の発生については、両者全く変化なし。一方、ヘモグロビンの目標値達成については、投与初期の効果は、Darbepoietinの方が改善スピードが速いが、半年目以降はほぼ同等だった。

以上が結果で、一応効果も副作用もEpとほぼ同じと言っていいのだろう。おそらく、Akebia/大塚もこのような結果を望んでいたと思う。

Epをきっかけとして、サイトカインのクローニングが続いた時期に現役時代を過ごした人間としては、組み換え分子そのものではなく、それを誘導する化合物でEpと同じ効果を得たという結果は感慨深い。

この結果から、炎症により障害された腎臓では、HIFが働いていない状態になっており、HIFを安定化させる、すなわち低酸素状態にすることで、Epの転写が誘導されることがよく理解できた。

臨床的に見ると、毎日投与の経口剤ということで、状態を見ながらのさじ加減は楽かもしれない。ただ、Darbepoietinのように月一回で済むとなると、定期的に通院しているCDK患者さんにとっては、病院で投与してもらえること自体は苦にならないだろうし、安心かもしれない。そう考えると、CKD貧血治療剤としてEpを駆逐する力は弱い印象を持った。

さらに、Vadadustatは、腎臓だけでなく、全身の細胞を一種の低酸素状態に置くことになる。したがって、Epは誘導されても、他の作用が心配になる。52週間投与して、ほぼ問題がないということだが、注意が必要だろう。例えば、ガンの幹細胞を活性化させることはないのかなど、気になる問題は多い。

CKDという切り口では、最終判断は難しいが、しかし全身の細胞でHIFが低いレベルで安定化したら何が起こるのか、興味の尽きない薬剤だと思う。ぜひ、今回参加した患者さんのさらに詳しい追跡が望まれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 Cavernoma (海綿状血管腫)の薬剤治療(4月28日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月10日
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海綿状血管腫は血管が異常増殖して、海綿状の血管の塊を形成する病気で、一種の奇形と考えられたこともあったが、家族性のcavernomaで、遺伝子の欠損が見られる3種類の遺伝子が特定され、腫瘍性増殖として考えられるようになってきた。問題になるのは脳に発生するcavernomaで、出血の心配だけでなく、てんかんなどのリスクになる。現在、手術以外にほとんど治療法がないが、脳幹を含め様々な領域に多発する場合も多く、手術ができないことも多い。

今日紹介するフィラデルフィア大学からの論文は、動物実験と人間での検証を行き来して、cavernoma発生の分子メカニズムを、腫瘍発生の観点から明らかにした研究で、この病気に新しい治療法を提示できた点で重要な貢献だと思う。タイトルは「PIK3CA and CCM mutations fuel cavernomas through a cancer-like mechanism(PIK3CAとCCMの変異がガンと同じメカニズムでcavernomaを増殖させる)」で、4月28日Nature にオンライン出版された。

多くのcavernomaは単発性に起こるが、紹介したように、遺伝子変異が特定された家族性のcavernomaも存在する。こうして発見された遺伝子はKRIT1、CCM2,、PDCD10で、いずれも細胞内シグナル伝達に関わることがわかっており、マウスの研究からいずれもMEKK3-KLF2/4シグナル経路に関わることがわかっていた。しかし、これら遺伝子変異を導入したマウスでは、血管の拡張などは見られても、cavernomaは発生しない。

この研究では、ほとんどcavernomaの発生しない血管特異的KRIT1KOマウスでも、精巣だけにはcavernomaが発生するという現象に注目し、精巣の血管内皮の高い増殖性がcavernoma発生を後押ししているのではと考え、それまで血管内皮増殖を誘導することが知られていたPIK3CA遺伝子変異をKRIT1の変異と組みあわせるとcavernomaが発生するのではと着想する。要するに、KRIT1がガン抑制遺伝子で、これが欠損しても、ガンのドライバー遺伝子が活性化しないと腫瘍はできないという発想だ。

この可能性を確かめるため、tamoxifenで遺伝子をonにする方法を用いて、両方の遺伝子変異を生後すぐに導入すると、脳内血管全体にcavernomaを発生させられることがわかった。さらに、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて脳局所だけで両方の遺伝子を活性化させると、臨床例に近いcavernomaが発生することも明らかにしている。

以上の結果は、家族性でない孤発性のcavernomaは、一般のガンと一緒で、局所の血管内皮で、CCM遺伝子欠損とPIK3CAの活性化変異が積み重なった時に起こる病気である可能性を示唆している。

そこで、家族性と孤発性のcavernoma手術サンプルのゲノムを調べると、期待通りPIK3CAの変異がほぼ8割に見られ、CCM遺伝子の欠損も3割で見られることを確認している。また、単一細胞の核を取り出し遺伝子配列を調べ、変異が確認できる血管内皮では、CCMとPIK3CAの変異が重なっていることを確認している。

次に、CCMおよびPIK3CAそれぞれのシグナル伝達経路について検討し、PIK3CAの下流でmTORが活性化され、一方MCC遺伝子が欠損するとMEKK3の抑制が外れ、KLF32/4活性が誘導され、最終的にcavernomaに発展することを明らかにする。

最後に、PIK3CAシグナル経路のmTOR活性をRapamycinで阻害する実験を行い、例えばアデノ随伴ウイルスベクターでKRIT1、PIK3Cを活性化して発生するcavernomaの発生を抑制できることを明らかにしている。

結果は以上で、cavernomaが発見された後でも同じように効果があるか、rapamycin以外の阻害剤の探索など、知りたいことは多くあるが、cavernomaに対する外科以外の治療開発が着実に進んでいることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日 オレゴンメドウマウスの性染色体のゲノム解析(5月7日号 Science 掲載論文)

2021年5月9日
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この論文を読むまで全く知らなかったが、性染色体がオスでは2本、雌では1本という不思議なオレゴンメドウマウスというトゲネズミがいることを知った。しかも、私も一度だけお会いすることができたが、シティーホープの大野乾先生によって研究され、生殖と性決定に関する一つのモデルが提案されていたようだ。

同じような不思議な性染色体を持つネズミにわが国のアマミトゲネズミがある。JSTさきがけプロジェクトで一緒だった本多君から、オスもメスもX0型だというのを聞いていたが、この場合、生殖細胞発生過程とゲノムを解読して、まず解決すべき疑問は、Y染色体上のオスを決める遺伝子がどこに散らばったかという問題とともに、X染色体上の性に関わらない遺伝子同士の減数分裂時の相同組み換えをどう保証するかという問題だ。

オレゴンメドウマウス(OM)も、たしかに性染色体の構造だけで面白いと言えるのだが、本当の面白さは性生殖の機能がどう果たされているのかをゲノム解読により理解して初めて明らかになる。

今日紹介するカリフォルニア大学リバーサイド校からの論文は、long readを組み合わせた性染色体のゲノム解析から、OMの驚くべき性染色体進化の過程を明らかにした論文で5月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Sex chromosome transformation and the origin of a male-specific X chromosome in the creeping vole(オレゴンメドウマウスの性染色体の変容と雄特異的X染色体の起源)」だ。

大野先生は、オスに見られるX染色体に似ているが少し短い染色体をY染色体と考えていた。当然大野先生は発生時期の染色体解析を行なっており、なんと生殖細胞では雌はXXで、卵子ができる時に一本が失われること、すなわち相同組み換えはしっかり保証されていることを示している。さらに驚くのは、雄の生殖細胞で、体細胞にはXYが揃っているのに、生殖細胞ではYしか存在しない。

まずこの研究では、OMのメス型のX染色体は、なんとY染色体がそっくり融合してできたXY合体染色体で、当然SRYも含め全てのオスを決める遺伝子が載っていること、そして大野先生がY染色体と読んだ遺伝子は、XYが融合してできたメス型の染色体から、一部のY遺伝子が欠損した染色体であることを明らかにしている。

すなわち、雄の減数分裂時にXY融合遺伝子が形成され、そこからOMの生殖系が再構築されたことを示している。ただ、2種類の染色体の構成過程は単純なXY融合だけでは片付けられない複雑なもので、しかもヘテロクロマチンを誘導する繰り返し配列やトランスポゾンが複雑に存在して、雄決定のための遺伝子が全てXに存在しても、性決定が可能なよう保証されている。ただ、実際のオスとメスがどうできるかを、このゲノム構造と対応させるのはこれからの問題だろう。

ただ、XY融合でできたとはいえ、オスを決める側と(Xp)、メス(Xm)を決める側が存在するので、少なくともゲノム上での差が存在するはずだ。最初多くのオス遺伝子が不活化されているのではと考えて調べたようだが、この可能性は否定された。一方、SRY遺伝子のコピー数が、オス側で数倍に達していることを発見している。すなわち、all or noneではなく、SRYの量が性を決めている可能性が示唆された。

次に、オス側のXpは相同組み換えが起こっていないと考えられるので、相同組み換えがないと抑えが効かないコピー数の変異を調べると、期待通りXpのみでコピー数の変異が多く見られる。また遺伝子自体のSNPもXp側で40倍多い。すなわちYと同じように選択のために相同組み替えが起こらず、おそらくSRY以外は淘汰される運命にあるかも知られない。

そして最後の問題は、オスの体細胞ではX染色体部分が2本存在し、メスでは一本しか存在しないこと、すなわち我々人間でX染色体不活性化と呼ばれる現象は、オスで起こる必要がある点だ。実際、X染色体不活性化に関わるXistRNAの発現はオスにしか見られず、他の哺乳動物と逆のことが起こっている。ただ、Xと言っても、明らかにXpとXmは異なるので、人間のようにランダムに不活化が起こるのではなく、メス由来のXmをそのままに、オス由来のXpのみが不活化されるようにできている。しかも、Xistの転写活性を下げることで、これを可能にしている。

もっともっと面白い話があったかもしれないが、不思議さと面白さが入り乱れて、頭の整理がつかないほど複雑だ。性や性染色体の進化を研究するための大きな基盤ができたと思う。ともかく興奮する論文だ。

おそらく、X0型のアマミトゲネズミもゲノムと生殖細胞発生過程が明らかになれば、大きな興奮を生むこと間違い無い。結果が分かるのを首を長くして待っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 ほぼ完全なボノボゲノムの解読(5月5日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月8日
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人間に最も近いヒト亜科(hominid)はチンパンジーとボノボだが、チンパンジーに見られる殺し合いに至る競争が起こらないことや、例えば、性交渉をメスが主導するなど、行動面では大きく異なる。その意味で少し単純かもしれないが、ボノボに人間の道徳のルーツを求める人すら存在する。したがって、これからも人間とボノボ、チンパンジーの比較研究はますます重要になるだろう。

このための第一歩はゲノム研究で、hominidについてはほぼ完全なゲノム解読が終わっているが、ボノボだけは完全ではなかったようだ。今日紹介するワシントン大学からの論文は1分子DNA sequencerを使ったlong readによる解析をもとに、重複や欠損など大きな変化も含めてほぼ完全にボノボゲノムを解読した研究で、5月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「A high-quality bonobo genome refines the analysis of hominid evolution (高い正確度で解読したボノボゲノムはhominidの進化をさらに精緻にする)」だ。

まず99.99%レベルの完全なゲノムを構築できたことを確認し、hominid同士で比べると、同じ遺伝子を有していても、エクソン構造が違っていたり、変異に対する選択圧が違っていたりと、多くの違いが発見される。最初チンパンジーのゲノムが解読されたとき、hominidはほとんど一緒というイメージが宣伝されたが、その後は、意味や機能について調べきれなほど違いは存在するという印象の方が強くなっている。今後、この差の意味を理解することは、人間の特質理解に欠かせない。例えば言語に関わると研究されているFOXP2遺伝子でも、チンパンジーへの進化過程で強く選択を受けていることがわかる。

Long readによりゲノムを解読することで、重複、欠損などの大きな変化も正確に特定することができる。チンパンジーとボノボのように極めて近縁の種を比較することで、例えば転写開始に関わる分子の一つIElF4A3では、共通祖先で起こった重複の結果、独自にgene conversionが起こり、新しい遺伝子が形成される様子がよくわかる。他にも、チンパンジーには存在しない逆位が17個もボノボには存在している。さらに、ゲノムの挿入や欠損については、ボノボ特異的に定着している領域がそれぞれ3604、1965個特定できる。おそらくほとんどは中立の変異だろうが、この差の意味を特定するとなると大変だ。

このように、ほぼ完全なゲノムが解読されても、すぐにいろんなことがわかるわけではない。何十人、何百人もの科学者がそれぞれのテーマの研究過程でこのようなデータを参照していくことで、徐々にゲノムから形質が繋がっていくのだろう。

そのため、この研究で特に力を入れて解析しているのが、Incomplete lineage sortingという現象だ。基本的には、種が別れる前に存在した多様性が種分化時に別々の種に分布するようになったり、種分離以降の交雑などで起こる遺伝子伝播により、個々の遺伝子での系統樹が異なることを意味する。

この研究では76%のゲノムをカバーして、10Kbごとに系統樹を書くことで、包括的にILSを調べている。この結果、なんと全ゲノムの2.5%づつが、チンパンジーに、あるいはボノボに偏り、例えば通常指標に用いられる遺伝子で作成した種分離の系統樹から外れることを明らかにしている。しかも、このようなincomplete lineage sortingを示す領域は固まって存在しており、強く選択されていることが明らかになった。

結果は以上で、ここの領域についての研究はこれからだが、ボノボの参加で、暴力や道徳までゲノム科学のメスが入るのではと期待される。

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5月7日 Fragile X の神経症状改善薬の第2相臨床治験 (4月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年5月7日
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Fragile X症候群(FXS)については、これまで何度も紹介してきた。病気はX染色体上にあるFMR1遺伝子の機能喪失が原因だが、単純な変異ではなく、遺伝子内に存在するCGGコドンの数が増幅され、このリピートがメチル化されてしまうことで遺伝子発現量が低下する。従って、以前紹介したようにFMR1遺伝子のメチル化をクリスパー/TETなどを用いて除去することが最も根本的な治療になる(https://aasj.jp/news/watch/8091)。

ただ、これが実現されるまでにはまだまだ時間がかかる。そこで、FMR遺伝子の機能を調べ、この機能を補完する治療が必要になる。問題は、FMR1遺伝子の機能がよくわかっていないというか、多様で捉え所がない。ポリゾームに結合するRNA結合タンパク質であることはわかっているが、転写からシナプス形成まで、多くの過程に関与している。もっとも最近紹介した論文では、FMR1機能低下でミトコンドリア膜の漏れが起こるため、これを抑えるdexpramipexole投与でマウスFXSモデルの神経症状が改善することが示されている(https://aasj.jp/news/watch/13806)。同じように、FMR1遺伝子機能不全による代謝異常を正常化させる研究も多くおこわれており、例えばスタチンの治験が進行中だし、メトフォルミンについてはすでに多くの患者さんに投与されていると思う。しかしながら、臨床治験で症状改善が確かめられ、認可を受けた薬剤はまだない。

そんな中で、今日紹介するRush大学からの論文は成人のFXSに、phosphodiesterase-4Dの阻害剤を投与して細胞内のcAMPレベルを上げることで、知能や言語機能が回復することを示す、FXSにとっては画期的な治験研究で4月29日のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Inhibition of phosphodiesterase-4D in adults with fragile X syndrome: a randomized, placebo-controlled, phase 2 clinical trial(phosphodiesterase-4Dの阻害剤の成人Fragile X患者さんへの効果を調べる第2相無作為化偽薬対照治験)」だ。

なぜphosphodiesterase-4D阻害剤かというと、FXSの患者さんやモデル動物ででは、細胞内のcAMPレベルの低下が観察されており、神経では特にグルタミン酸受容体を介する学習や記憶回路の反応性が低下していると考えられていた。そこで、cAMPを分解するphosphodiesterase-4Dを阻害してみたらどうかと、phosphodiesterase 阻害剤BPN14770の前臨床実験が行われ、マウスモデルで著効を示した。

ただ、治療自体は神経細胞特異的ではないので、安全性の心配などがあるが、第1相治験でこの問題をクリアした上で、小規模ではあるが、完全に無作為化偽薬対照第2相治験へと進んだのが今回の論文だ。

三十人の成人FXS男性を選んで、無作為化偽薬対照治験でBPN1477025mgを1日2回6週間投与している。この治験はクロスオーバー治験とよばれるもので、12週間後BPN14770群と偽薬群をひっくり返し、その後12週間経過を見ている。

まず6週目で様々な認知テストを比べると、すでに形成された記憶の認識を始め、特に言語能力が高まっていることが明らかになった。他にも、不安神経症や社会性の改善も見られる。

クロスオーバーでBPN14770と偽薬をひっくり返したとき、それまで偽薬のために改善がなかった群も、認知機能が改善するので、この薬剤の効果がさらに確かめられている。もっと素晴らしいのは、偽薬にスイッチしてからも効果がそのあと12週間低下することなく続くことも発見している。すなわち、薬剤なしでも比較的長く続く神経学的変化が起こっていることを意味している。

これを確かめるため、脳波によるイベントに対する反応性、およびアイトラッカーによる社会性のテストも行い、行動が正常化する背景に、確かに神経細胞レベルの反応性の変化があることを示している。

結果は以上で、次に大規模試験が行われるのだろう。この研究ではFXS治療としてBPN14770が使われたが、他のグルタミン酸受容体を介する神経反応性異常にも適用を拡大する可能性もある。その意味で、結構期待できるのではと感じている。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日 自閉症のゲノム研究2:自閉症と相関するレア変異の機能を調べる(自閉症の科学46)

2021年5月6日
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数万人規模で自閉症スペクトラム(ASD)とその家族のエクソーム(翻訳されて機能的タンパク質をコードする遺伝子部分)を比べた研究により、家族には存在せずASDの人だけに発見され、おそらくASD発症を強く後押ししていると推察される遺伝子変異が102種類発見されたことを、前回紹介した(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)。

1)家族には見られず、ASDの人にだけ発見されること、2)そのほとんどが脳組織で発現していることから、 ASD発症に関わる可能性はかなり高いと言えるが、残念ながら状況証拠を超えない。刑事ドラマに例えると、一つ一つの分子について、しっかりと「裏を取って証拠固めをしないと、起訴には持ち込めない」段階だ。では、どのように証拠固めをすればいいのか。今日から、2回に分けて、そんな証拠固めのしかたについて紹介していくことにする。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、まさに前回紹介した研究に啓発され、見つかった遺伝子の機能を特定しようとした研究で、現時点で可能な証拠固め実験の典型とも言える論文だ。

説明の前に、ある遺伝子がASD発症に関わることを示すためにはどうすればいいのか考えてみよう。

ゲノム研究から、同じ遺伝子の変異が、1)複数のASD患者さんで発見され、2)患者さん以外には発見されないとすると(すなわち前回紹介した論文)、この遺伝子がASD発症に関わると決めるための強い証拠と言っていい。ただこれだけでは、どのような過程を経てその変異がASD発症につながるのかを理解したことにはならない。このためには、それぞれの分子の機能を細胞レベル、組織レベルで調べる必要がある。

すなわち遺伝子変異からASD発症までには、遺伝子情報から変異タンパク質への翻訳、変異分子により生じる細胞変化、細胞レベルの変異による脳のネットワークの変化、そして最終的に行動変容と続く複雑な過程があり、この理解が必要になる。

幸い現在では、ASD患者さんで発見されたのと同じ遺伝子変異を導入した実験動物を作成することは可能で、モデル動物レベルではあるが、この過程を詳しく調べる方法は確立している。時間はかかっても、発見された102種類の遺伝子変異を、細胞レベル、脳組織レベル、そして行動レベルと調べていけば、時間はかかるが102通り(おそらく同じ経路に異なる分子が関わっているので、実際にはもっと少ない)のASD発症への道を理解し、うまくいけば治療法の開発まで進める可能性はある。

しかし、せっかちはどこにでもいるものだ。特に研究者には多い。一つずつ総当たりなどと悠長なことを言わず、102種類の中から優先順位をつけて研究スピードを上げられないか調べたのが今日紹介する研究者たちだ。

まず彼らの基準で選んだASDとの相関確率の高い遺伝子トップ10種類選んで(前回紹介した論文のリストには、このうち7種類がトップ10に入っている)、スピード重視でこれら遺伝子の機能を同時並行的に調べる可能性を探っている。

そこで登場したのがアフリカツメガエルだ。最近この動物を用いた発生研究は下火になっているが、一時は発生学=カエルの研究と言っていいほど重要なモデル動物だった。なぜカエルを持ち出してきたかと言うと、複雑だったアフリカツメガエルのゲノム解読が終わり、さらに昨年ノーベル賞に輝いたクリスパー技術を使うことで、この動物でも遺伝子操作が可能になったことが大きい。

実際には、受精卵が一回分割したところで、片方だけの遺伝子をノックアウトしている。カエルの場合、最初の分割でできた細胞は、左右の体に別れて発生するので、同じ個体で、遺伝子を変異させた側と、正常側を比べて、脳発生での遺伝子の機能を知ることができる。

クリスパー技術のおかげで、ガイドと呼ばれる標的遺伝子に対応するRNAを必要数用意しておけば、一度に10種類の遺伝子ノックアウトの効果を流れ作業で調べることができる。しかも、アフリカツメガエルの脳が発生するまでの時間は5日もあれば十分だ。

結果は驚くべきものだった。10種類の遺伝子全てで、機能欠損させた方の脳の大きさが変化する。遺伝子により大きくなる場合もあるし、逆に小さくなるケースもある。すなわち、遺伝子ごとに作用は異なるが、いずれも脳の初期発生に関わっていることがわかる。もう少し細胞レベルで詳しく調べると、全ての遺伝子で、未分化な増殖細胞の比率が、成熟した神経細胞と比べて上昇していることがわかった。すなわち、未熟細胞の増殖が続いて、神経細胞の成熟が遅れていることがわかる。

調べた10種類の遺伝子でほぼ同じ結果が得られたとは、大変わかりやすい結果だ。しかしカエルで脳発生の異常を誘導できたからと言って、同じことがそのままヒトでも言えるとは限らない。

ここで登場するのが、山中さんたちが開発したiPSだ。カエルと比べるとちょっと時間はかかるが、ヒトiPSで遺伝子機能を欠損させた後、神経細胞まで試験管内で分化させ、様々なことを調べることができる。

10種類の遺伝子全ては調べるのは大変なので、とりあえず5種類の遺伝子の機能を欠損させたiPSから神経細胞を誘導してみると、カエルと同じで増殖する未分化細胞が増え、成熟した細胞が減っていることがわかった。

以上のことから、人間でもASD患者さんだけに見られるde novoの変異があると、未分化細胞の増殖が高まり、成熟細胞が減っているのではと推察できる。

実を言うと、この結果はある程度予想されていた。例えば以前紹介したように、一部のASD患者さんでは脳体積の増加が見られることが知られている(https://aasj.jp/news/watch/6509)。さらに、遺伝子変異は特定できていないASD患者さんのiPSから神経細胞を誘導すると、たしかに未分化細胞の増殖が長く続いて、神経細胞成熟が遅れることも報告されている(https://aasj.jp/news/watch/3774)。

詳しくは述べないが、今回明らかにした10種類の遺伝子の脳での発現や機能を基盤にして、前回紹介した102種類の遺伝子の相互関係をコンピュータで調べると、なんと98種類の分子を一つのネットワークにまとめることができること、そしてその多くが未分化な神経細胞が存在するsub-ventricular zoneでネットワークを作っていることも明らかにしている。

以上、完全に理解していただけたか少し不安だが、ゲノム研究で発見されたASDに強く関わる遺伝子が、神経発生時期に、細胞の増殖と分化に関わっており、この遺伝子の変異で、少し未分化細胞が増えすぎて、成熟が抑えられると結論できる。もちろん、同じような解析を続ければ、ASDで変化が起こる他の過程もわかるだろう。

以上の結果で十分面白いと思うが、この論文の著者らはさらにせっかちで意欲的だ。解析した中からDYRK1A遺伝子を選び、この遺伝子が欠損したカエルの脳発生異常を治療できる薬剤をスクリーニングしている。その結果、なんと女性ホルモン(エストロジェン)が、神経細胞の増殖に必要なシグナル分子shhを抑えて、脳の異常を正常化することまで示し、胎児期のエストロジェンで発生異常の一部を直せるかもしれないと結論している。カエルでもうまく使うと、ASD治療のヒントが得られると言うわけだ。

ゲノム研究での発見をできるだけ早く治療開発にまで結びつけたいと言う気持ちが伝わる力作だが、読者の皆さんにとっても、研究の流れを理解する格好の例になったのではと期待する。

次回は、ASD患者さんだけで発生するde novoの変異を、人間でどう研究すしたらいいのかについての論文を紹介する。