第19回未承認薬等検討会議 (厚労省)
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第19回未承認薬等検討会議 (厚労省)

2014年5月8日

4月22日に掲題「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」が開催され、昨年8月1日~12月27日に募集した「第3回開発要望(第1期)」(なお、今回から随時受け付けが加味され、短期間に集中的に応募を求めた第1~2回開発要望とは募集方法が変えられた。)の応募結果が報告された。

今回は約40の学会や団体から80件の要望と、募集期間の長期化にも拘らず、これまでの開発要望募集に比べて数分の一と大幅に減少している。この内、未承認薬8件と適応外薬2件の計10件については、今回から導入された「優先的に取り扱う対象」とされている。この数字を同検討会議は「未承認薬の問題が解消してきたことが実感できる」と評価しているが、応募対象薬物に対する厳しい条件から、条件を満たす候補薬物は世界を見渡しても見つけにくくなっており、そのとおりなのであろう。

いわゆる「ドラッグラグ」の解消を目的にした、過去5年間の厚労省と未承認薬等検討会議の尽力の成果であるが、「開発の必要性あり」とされたそれぞれ候補薬物の評価書の詳細、精緻、的確な内容とその後の開発と承認の結果を見ると、各難病治療の第一人者や開発経験者による審査体制の構築・確立も大いなる成果に挙げられる。

一方、我が国にも治療方法や治療剤が全くない数千種の稀少難病と数百万人のそれらの患者が存在するが、乏しい国内に対して欧米にはこれら稀少難病に対する新しい原理や機作に基づく候補化合物や稀少薬指定され治験中の薬物が多数存在し、バイオベンチャー各社において活発に開発が進められているものの、海外で既登録が要件とされこれら物質の応募は門前払いされるため、本未承認薬等検討会議で審理されることはない。今回構築された世界に誇りうる高度な当該審査とフォロー体制をもってすれば、他国でのデータ、審査と承認を要件とする現在の未承認薬等検討会議での採択条件を緩和し、開発中の稀少難病治療用薬物に対しても我が国独自の基準と能力で審理・判断して選択し、「開発の必要性あり」との決定も十分できるものと思われ、またこの決定を拠り所に開発に踏み出すベンチャー企業が現れるのを期待できる。

小児の稀少難病は、殆どが進行性であり、治療方法もなく日々悪化をおそれて生活し介護されている。遺伝性の疾病であることが多く、人種や環境に関係なく等しく一定の確立で発症して、国内のみならず世界中の難病患者と家族が治療薬の出現を熱望している。遺伝性疾患であることは、ゲノム創薬や分子標的薬など最新の創薬手法に馴染むとされ、創薬研究や薬効評価の対象の一端に何れかの稀少難病も加えられることを切望する。アベノミクスで成長戦略を担う日本版NIHにおけるテーマとしても取り上げて欲しい。因みにここ数年に出現した国内の新薬ブロックバスターは稀少難病治療薬で占めており、世界的にもブロックバスターのかなりが稀少難病治療薬である。

この機会に参考資料として、 以下に厚労省が発表した第1回~第3回未承認薬等検討会議での検討結果と進捗の纏めを引用します:

(1)第1回未承認薬等検討会議(募集期間:2009.6.18~8.17)。応募374件、評価186件、開発要決定(未承認薬57件:適応外薬129件)。

開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000035155.pdf

(2)第2回未承認薬等検討会議(募集期間:2011.8.2~9.30)。応募290件、評価140件、開発要決定(未承認薬20件:適応外薬60件)。開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044392.pdf

(3)第3回未承認薬等検討会議(募集期間(第1期):2013.8.1~12.27)。応募80件。募集結果:

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044388.pdf    (田中邦大)

5月8日:自閉症の遺伝性に関する大規模調査研究(5月7日号アメリカ医師会雑誌(JAMA)掲載)

2014年5月8日
このコーナーでも何度か自閉症の遺伝子研究について紹介して来た。ただ遺伝子研究の結果を正確に解釈するためには、発生・成長過程での環境要因をしっかり調べる必要がある。また治療のヒントを得るためには環境要因の分析が欠かせない。当然これまでも家族内での発生や、一卵性双生児間の一致率など様々な調査が報告されている。一卵性双生児の一致率を調べたある調査では90%と言う数字も示されており、自閉症の発症に一定の遺伝子の組み合わせが関わる事は間違いがない。今日紹介する論文は、自閉症の遺伝性や環境要因の寄与を調べるため自閉症児の家族内発生を調べたスウェーデンの調査研究で、5月7日JAMA誌に掲載された。タイトルは「the familial risk of autism(自閉症の家族リスク)」だ。この論文によると、これまでに行われた自閉症の家族内発生調査としては最大規模の調査で、1982年から2006年までに生まれた約350万人の子供について、2009年時点で自閉症スペクトラム障害及び自閉症と診断が確定している約32,000人の患者さんの家族についての調査を行っている(ここではまとめて全て自閉症と記した)。しかしこれまで指摘されているように1%近い発生率は高く、重点的取り組みが必要な病気である事が理解される。さて調査では一卵性双生児、2卵性双生児、両親が同じ兄弟、母親が同じ兄弟、父親が同じ兄弟、従兄弟の中に自閉症児がいる場合、自閉症が発症する頻度を調べている。結果は予想通りで10万人が一年間に発症する率に換算すると、それぞれ153.0, 8.2, 10.3, 3.3, 2.9, 2.0になっている。この数字からわかるのは、遺伝子の共有率が下がるほど発症率が低下しており、遺伝的要因は明らかだ。例えば両親が同じ場合は、2卵生双生児同士も、兄弟同士も遺伝子の一致率は同じだ。8.2 vs 10.3という発症率はこの結果と合致する。これらの結果を元に遺伝子を共有している場合の遺伝率を計算し直すと、自閉症で約50%になる。以前の一卵性双生児についての研究は一致率が90%から40%までふれていたが、今回の大規模調査の結果は低い方の結果を支持する物だ。この50%と言う数字を、「50%も遺伝性があるのか」ととるか「50%しか遺伝性がない」ととるかで気持ちは大きく異なる。これまでの自閉症遺伝子の研究から、自閉症発症には何百もの遺伝子が関わっている事が知られている。このため遺伝的な変化を正常化させる事は不可能に近い。とすると、自閉症発症を早く予測して適切な治療で発症させないことが対策の中心になる。その時、50%しか遺伝性がないという結果は重要だ。即ち、環境要因で十分発症を止める可能性がある事を示している。残念ながら今日紹介した研究ではどのような環境の差があるのかについては詳しい解析はなされていない。しかしこの研究に参加した子供と家族は登録され詳しい解析が可能だ。同時に、ゲノムを調べる事で、従来の自閉症遺伝子についての結果を更に深く理解する事が可能になる。このようにゲノムの21世紀だが、ゲノム以外の正確な情報をどれほど集められるかがゲノムを様々な性質に結びつけるための鍵だ。ゲノムも含めた人間についての情報の統合が今世紀初頭の大きなトレンドになっている事を確信する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日:iPSから精子誘導(5月22日発行予定Cell Report掲載論文)

2014年5月6日
以前にも小保方さんのSTAP細胞についてこのコーナーで取り上げた時に書いたが、ESやiPS細胞応用にとって最も重要な課題は、分化細胞の誘導法の確立だ。これには大きく分けて2つの方法がある。一つは発生過程で起こっている事を完全に再現するために理詰めで検討を重ねる方法だが、時間をかけた粘り強い実験が必要で、かかる費用も大きい。一方経過を気にせず目的の細胞が得られればよしとするアプローチで、典型的な方法がいわゆる動物体内でテラトーマ(奇形種)を形成させる方法だ。事実テラトーマの中には多くの分化細胞が含まれている。今日紹介する論文は後者の方法でES, iPSから生殖細胞の誘導を試みた研究で、5月22日発行予定のCell Reportに掲載されている。カリフォルニア大学サンフランシスコ校からの研究で、タイトルは「Fate of iPSCs derived from azoospermic and fertile men following xenotransplantation to murine seminiferous tubules(無精子症患者と正常人由来のiPSをマウスの精管に移植した時の運命)」だ。研究の目的はY染色体の遺伝子に突然変異を持つ無精子症患者の分化異常部位を特定する事が目的で、いわゆる疾患iPSを用いたメカニズム解析の研究に分類できる。無論メカニズムを解析するためには精子への分化を再現する必要がある。このグループも最初はこれまで開発していた試験管内誘導法を用いている。正常と無精子症患者由来iPSの精子への分化を試験管内で誘導した後、分化異常が見られるかどうかを調べ、正常と比べた時無精子症患者のiPSは確かに分化異常がありそうだと言う所までこぎ着けている。ただ試験管内の方法では効率が悪すぎると思ったのだろう。マウスに移植して精子分化を誘導できないか試行を繰り返し、ついにこの論文で示された極めて簡便な方法を開発する事に成功している。私も極めて単純な方法だと納得するが、ある意味で乱暴な方法だ。即ちマウス精子が造られる精細管内のマウス精子を薬剤投与により除去し、空になった精細管に直接ヒトES or iPSを注入するだけでいいらしい。精細管に注入するための一定の技術は必要だが、後は待つだけの単純な方法だ。驚くのは、精細管に注入するとテラトーマは出来ずほとんどの細胞が精子分化の方向に動く。本当かなと思わずにはいられないが、精細管の外へES細胞を移植した場合は、テラトーマが出来るので、やはり精細管はかなり特殊な環境を提供しているようだ。この様な簡単で精子分化に特異的な方法が開発できると、疾患メカニズム解析はかなり楽になる。無精子症iPSを精細管に移植すると、数は少ないが未熟な生殖細胞の分化マーカーを発現している細胞を観察できる。こうして出来た細胞の多くで染色体全体にわたるDNAメチル化が見られる事から、確かに精子分化が進んでいる事が確認できる。しかし更に分化が進んだ細胞に関しては全く観察する事が出来ない。これらの結果から無精子症患者では未熟な生殖細胞は数は少なくともなんとかできるが、それ以降の分化が阻害されていると結論している。しかし初期段階の分化も効率が悪いのは何故か?正確にはどの分化段階が障害されているのか?など、「一見使い易そうに見える系だが、結局メカニズムの特定に使えるほどの精度はないのでは?」と勘ぐりたくなるのは専門家の悪いクセだ。しかしiPSでもSTAPでもナイーブに発想する事が成功につながる事は多い。簡単な方法の開発を素直に喜ぼう。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月3日:老化とY染色体(4月28日号Nature Genetics掲載論文)

2014年5月3日
論文を乱読していると自分が何も知らなかった事を思い知る。現役最後の2−3年、長崎大の宮崎先生と共同で行った高齢の被爆者の方の骨髄異形成症候群の研究を通して血液の老化について勉強したが、それでも加齢に伴い男性ではY染色体の欠失した血液細胞が増加するなど全く知らなかった。今日紹介する研究は、この高齢者男性の血液細胞に見られるY染色体欠失が私たちの身体にどのような影響を及ぼすのかを調べた研究で、スウェーデンのウプサラ大学のグループが4月28日発行のNature Medicineに論文を発表した。タイトルは「Mosaic loss of chromosome Y in peripheral blood is associated with shorter survival and higher risk of cancer (抹消血細胞で見られるY染色体欠失は寿命とがんリスクと関連している)」だ。ウプサラ大学では長期にわたって男性のコホート追跡を行っているが、追跡に参加した70−83歳の男性1141人から血液を採取、DNAアレーを用いて全ゲノムレベルで大きな変異が起こっているかを調べている。これまでの報告通り、確かにY染色体欠失は頻度が高く、大体1割程度の参加者で見られている。研究ではこの検査の後、参加者を追跡して、生存率、がんの発生率などを調べ、驚くべき結論に至っている。Y染色体欠損が見られたグループは正常と比べると寿命が5.5年短く、しかも血液に限らずあらゆるがんの発生が増えていると言う結果だ。参加者の中から数人を選んで経過観察中にY染色体を欠失した血液細胞の数がどのように変化するか調べているが、全員でY染色体の欠失した細胞の急速な増加が見られ、追跡中にがんが発生している。この結果が示唆するのは、Y染色体を欠失した細胞が正常の細胞を駆逐して行くと言う恐ろしい可能性だ。   なぜこのような事が起こるのか。一つの可能性は血液で見られたのと同じY染色体欠失が身体のあらゆる組織で起こっており、Y染色体を欠失して増殖力が旺盛になった細胞が最後はがんになると言うシナリオだ。事実多くのがんでY染色体の欠失が起こっている事が知られているらしい。もう一つの可能性はY染色体欠失を持つ異常細胞が増えた結果、免疫機能が障害され抵抗力が低下する結果がんが多発すると言う可能性だ。いずれにせよ恐ろしい。しかしここまで結果がはっきりしているのなら、70歳以上のリスク管理に役立つだろう。とは言え自分が検査を受けるかどうか、少し勇気が必要だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日:進む多発性硬化症治療薬の治験(The Lancet Neurology5月号掲載2論文)

2014年5月2日
現役を退いてから読む論文の数は増えているが、一種乱読で特に焦点を当てて読んでいるわけではない。それでも最近多発性骨髄腫に対する治療薬についての論文が目につく印象がある。このコーナーでも既にフィンゴリモド、スタチン、ベンズピレンについて紹介した。もちろん患者さんにとっては検証がすんだ治療薬は多いほど望ましい。今日も新しい薬剤についての治験研究を2編紹介しよう。いずれもThe Lancet Neurology5月号に掲載された論文で、一編はJohn Hopkins大を中心に行われた超除放性インターフェロンβの第3相治験、後の一編はロンドン大学を中心の抗CD25抗体ダクリツマブの第2相治験についてのレポートだ。タイトルはそれぞれ「Pegylated interferon beta-1a for relapsing-remitting multiple sclerosis(ADVANCE): a randomized, phase3 double blind study(多発性硬化症の再発—寛解時期ペグ化インターフェロンβ1aの効果:2重盲検無作為化第三相試験)」と「Daclizumab high-yield process in relapsing-remitting multiple sclerosis(SELECTION): a multicentre, randomized, double-blind extension trial(多発性硬化症再発・寛解期のダクリツマブの高効果治療(SELECTIOO):他施設、無作為化、2重盲検、継続治験)」だ。   最初の論文では最終的に1500人余りの多発性硬化症(MS)患者さんをランダムに3グループに分け、超除放性のインターフェロンβ1a(IFβ1a)を無投与、2週間に1回投与、4週に一回投与の3群にわけて48週間投与、再発率、障害の進行、MRI検査による新しい病変の出現を調べている。結果は1年に換算した再発率が対照群の0.39に対して、それぞれ0.26、0.29、症状が進行した率は、0.105に対して、0.068, 0.068、新しい病変の数では10.9個に対して3.6,7.9個と投与群で著明な効果が見られている、普通のIFβ1aに関しては既に治験が終わっており、ほぼ同様の効果が見られる事がわかっているが、毎日注射が必要だ。一方この超除放性IFβ1aは2週間に1回注射すればよく、患者さんの負担の軽減になること間違いない。副作用については、注射部位のはれ、インフルエンザ様症状、頭痛、発熱だが、ほとんどの患者さんは48週まで治療を続ける事が出来ている。   2編目の論文は一種の第2相試験だが、投薬中止の影響についても調べている点がユニークだ。これまでもMSには様々な抗体薬が使われている。CD25抗体はIL-2の受容体の一部で、NK細胞に強く発現しており、NK細胞の活性を押さえて治療を計ると言うのが基本的アイデアだ。この研究は第2相治験ですでに効果が見られたと思われたダクリツマブの治験を延長して、薬効を更に詳しく調べる目的で行われている。このため、最初の治験に続いて薬剤を投与し続けるグループ、薬剤を中止して様子を見たあと、また投与を再開するグループ、そして新たに抗体投与を始めるグループの3群を新たに設定して2年間の経過を見ている。結果は明確で、抗体を続けていると再発率や新しい病巣の出現は押さえられるが、中止すると再発率が上昇する。また、抗体の効果は中止後12週位で見られるようになり、中止した結果NK細胞が再度上昇する。一方、治験延長後から抗体投与を行うと、それまで高かった再発率が低下する事も確認された。   以上まとめると両方の薬剤ではっきり効果が見られている。うれしい事だ。少し残念なのは投薬を中止するとMSが再発する事で、この薬剤では完治を望む事が難しい点だ。除放性のIFβ1aも同じだろう。とすると、どうしても副作用との戦いになる。次のターゲットとして是非完治を目指した戦略の開発をお願いしたいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日:神経性炎症(Nature オンライン版掲載論文)

2014年5月1日
組織が障害を受けたとき痛みなど複雑な感覚を伝える侵害受容体はもともと血管や白血球を刺激して炎症を誘導する働きがある事が知られていた。今日紹介する論文はこの延長にあり、痛みというより皮膚のかゆみと角質化の促進を症状とする乾癬発症にこの神経系が重要な役割を演じている事を示している。ハーバード大学のグループがNatureオンライン版に発表した論文で「Nociceptive sensory neurons drive interleukin-23 mediated psoriasiform skin inflammation(侵害性の感覚神経はインターリューキン23を介して乾癬性皮膚炎症を推進する)」がタイトルだ。   まず断っておくがこの仕事は全てマウスの実験モデルでの話だ。マウス皮膚にIMQという化学物質を塗布すると人間の乾癬とよく似た症状を誘導できる事が知られている。症状が似ているだけでなく、IL-23が炎症の引き金として関わる点でもよく似ている事から、乾癬モデルとして広く使われるようになっている。この研究ではこのモデルを使って、乾癬に侵害性受容神経が関わっていないかを調べている。感覚神経と炎症を結びつけるのは一見突拍子もなく思えるが、実際麻酔や神経ブロックで感覚神経機能を抑制すると乾癬が改善する事が知られていたようだ。予想通りマウスモデルでも、侵害性神経の機能をブロックした後IMQを塗布すると炎症は起こらない。一方、血管の収縮に関わる交感神経をブロックしても何の効果もなく、侵害性神経が特異的に関わっている。この観察を入り口として実験を進め、到達した結論は次の様なシナリオだ。残念ながら乾癬の本当の引き金はよくわかっていないが、最初の刺激に続いて侵害性受容体が刺激される。この神経は皮膚に常在する樹状細胞と結合しており、次に樹状細胞のIL-23分泌を誘導する。IL-23は次にやはり皮膚に常在するγδ型T細胞を刺激し炎症性のサイトカインIL-17、IL-22分泌を誘導する。この結果局所に炎症細胞が集まり、また炎症領域も拡大すると言うシナリオだ。乾癬の誘導と言う視点から見ると神経が悪い事をしているように見えるが、おそらく特定の場所から離れる事のない神経を最初の引き金にすることで、炎症の局所性を確保するという特殊な系が生まれたのだろう。実際、全く移動性のない神経、少しは移動できる樹状細胞、もう少し動けるγδ型T細胞、そして自由に身体を移動する様々な炎症細胞と連鎖反応が拡がり、一定の範囲の炎症をひきおこす過程はその巧妙さに唸らずにはおられない。事実神経細胞だって元は普通の細胞から進化して来た。乾癬はそんな進化の過程を教えてくれる病気かもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日:体細胞核移植によるヒトクローニング(Natureオンライン版掲載論文)

2014年4月30日
2004年3月、サイエンス紙に体細胞核移植によるヒトクローン胚由来ES細胞樹立の成功を報告するソウル大学・黄禹錫さん達の論文が掲載された時は今も覚えている。文科省などの倫理委員会でも新しい技術に備えて議論を行った。私の研究所にも招待して直接話を聞いた。当時私はISSCR(国際幹細胞研究学会)のボードメンバーで、ここでも緊急に黄さんを招待し講演を依頼した。人当たりのいい奢らない研究者の印象で、講演も大きな喝采を得ていた。しかしこの論文にはその後卵子売買、捏造疑惑が生じ、2006年12月には作成されたES細胞がクローン由来でない事が調査委員会により報告された。この世界を巻き込んだ捏造事件は、しかし、ヒトクローン胚作成が不可能である事を示したわけではない。ただ続く2007年山中さんがヒトiPS樹立を発表してから、わざわざ困難を引き受けてヒトクローン胚作成に挑戦しようという研究者は間違いなく減ったはずだ。何よりも多くの国でこの研究に対する助成額は大きく減少したと思われる。そんな困難にめげず、体細胞核移植によるヒトクローン胚作成に関わる問題を一つ一つ検討し、ついに黄禹錫さんの出来なかったヒトクローン胚由来ES細胞樹立のための方法を確立したのが今日紹介する研究だ。研究はニューヨーク幹細胞研究所のEgliさんの研究室からNatureオンライン版に発表された。なんと筆頭著者は山田さんと言う日本人だ。タイトルは「Human oocytes reprogram adult somatic nuclei of type 1 diabetic to diploid pluripotent stem cells (ヒト卵子は1型糖尿病の体細胞核をリプログラムして2倍体の多能性幹細胞へ至る)」だ。論文は技術的検討に終始しており、詳しい条件の紹介は控える。技術に終始うぃた論文になるのは当然で、多くの動物で既にクローン化の報告があり、黄禹錫さん自身もクローン犬の樹立に成功している。問題は、ヒトクローンを成功させるために立ちはだかるヒト卵子特異的な障害の解決だ。この論文では多くの条件を一つ一つクリアしている。だからこそ、黄禹錫事件から7年もたってしまったのだろう。いずれにせよその粘りに頭が下がる。実際には10種類以上の様々な変更や改良を加えた結果、ヒトでも他の動物と同じように10%近くの核移植クローン胚からES細胞を樹立できるようになっている。そして、1型糖尿病患者さんの体細胞核を移植して、疾患ES細胞の樹立にも成功している。素晴らしい仕事で、心からおめでとうと言いたい。「iPSがあればESやクローンは必要ないのでは?意味のない努力では?」と思われる人も多い事だろう。しかし意味があるかどうか、クローン胚由来ES細胞とiPSを比べないと結論できる事ではない。iPSは今やどの研究所でも簡単に作成できる。とすると、例えばミトコンドリアの初期化の問題などは、この技術を持つ研究グループでしか進まない。この意味で、研究を支え続けたニューヨーク幹細胞研究財団及びニューヨーク州の研究助成の貢献は大きい。また論文を掲載したNatureにも喝采を送りたい。国家が助成を行わない分野を守るために地方自治体が助成するこの様な仕組みはうらやましい。カリフォルニア州も同じ様な助成システムを設立し、国が助成を禁止しているヒトES細胞研究を支えて来た。これこそがアメリカの科学の強さの根源だと私は確信している。我が国の科学の将来にとって多様性が失われる事が最も危険だ。その意味で私は大いにSTAP研究に期待していた。細胞質によらないリプログラムの研究によりこの分野は多様になって行くことが期待できるが、今となっては逆に多様性が消失する方向へと収束してしまう様な気がする。ともすると科学者も含め日本人は同質性に安住したがる傾向がある。この状況を変えるためには、他人とは違う事を考えたがる元気な若い人が育つ以外に我が国に多様性は根付かないと思う。そのために、講義などあらゆる機会を使って若い人を煽動していきたいと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月29日CRISPRの進化(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2014年4月29日
4月2日このコーナーで、CRISPR技術を使って肝細胞が障害される生まれつきの突然変異を正常に戻し病気を治癒できる可能性を示した論文を紹介した。ただヒトゲノム遺伝子編集に応用するには標的遺伝子の編集を高い精度で行う必要があり、この系で使われるCas9分子が持つ標的以外の場所を切る活性が懸念されていた。この問題を解決するための新しい技術を示したのが今日紹介する論文だ。同じ趣旨の論文がNature Biotechnologyオンライン版に同時に発表されていたが、私の独断でより優れていると思えたハーバード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Dimeric CRISPR RNA-guided FokI nucleases for highly specific genome editing(特異性の高いゲノム編集のための2量体CRISPR RNAにガイドされたFokI核酸分解酵素)」だ。これまでのCRISPR技術は標的DNAに結合する短いRNA(CEISPR)にガイドさせて標的DNAにCAS9を導き、Cas9の持つDNA切断能を用いて標的DNAを編集する。このCas9の切断活性は一個の分子があれば十分なため、ガイドRNAがホストのDNAと適合しない場所でも一定程度のDNA切断が起こってしまうのではと心配されている。これを解決するために、このグループはCas9のDNA切断活性を除去した上で、これまでもDNA編集に用いられてきたFokIと呼ばれるDNA切断酵素を融合させた分子を作成した。FokIは2分子が組合わさった時のみ活性が出るため、FokI-Cas9分子による切断にはホストDNA上の2か所の標的部位が必要になり、特異性の上昇を期待できる。これを効率よく実現するため、グループは2種類のガイドRNAを効率よく発現させるシステムを開発するとともに、2種類の標的DNA間の最適な距離などを決めている。論文では、この新しい方法の有効性をヒト細胞の遺伝子編集に試した結果を示している。期待通り、これまで以上に特異性が高く、また編集効率が高い新しいCRISPRテクノロジーに仕上がっており、大きな期待がもてる。このように、素晴らしいテクノロジーは世界中の研究者を更に新しいテクノロジーの開発へと向かわせる。CRISPRはどこまで進化するのか、当分目が話せない。
カテゴリ:論文ウォッチ

AASJの活動の紹介記事(神戸新聞夕刊)

2014年4月28日

AASJの活動の紹介記事(葺合高校でのワークショップとニコニコ動画による「リケジョ養成講座1」など)が、平成26年4月19日付神戸新聞(夕刊)に掲載されました。(神戸新聞社から本記事の掲載について許可取得済み)

140419_AASJ記事(神戸新聞夕刊)

4月28日:行動の科学(4月24日発行Cell誌掲載論文)

2014年4月28日
誰でも自分の臭いと他人の臭いを嗅ぎ分ける事が出来る。ただ、これを科学的に解明しようとすると様々な壁が立ちはだかる。もちろんこの過程に関わる感覚、記憶、行動に関わる脳内プロセスもそうだが、何が自分の臭いかを特定する事自体難しい。3月23日にこのコーナーでも紹介したように、人間は最も敏感な人だと10の28乗種類の臭いを嗅ぎ分けるため、自分の臭いを定義する事自体が難しい。ところがフェロモンを使う実験は刺激物質が蛋白成分で対応する遺伝子が特定できる事から臭いの研究とはひと味違った研究が可能だ。この分野はこれまでほとんど論文を読む事がなかったが、今日紹介する論文を読んで、とても面白い実験系だと理解した。カリフォルニアにあるスクリップス研究所からの仕事で4月24日号のCellに発表された。タイトルは、「Murine pheromone proteins constitute a context-dependent combinational code governing multiple social behaviors(マウスのフェロモン蛋白は、コンテキストに依存した様々な社会行動を支配する組み合わせコードを形成する)」だ。この研究の背景には、全てのフェロモン遺伝子が特定され、それぞれを人工的に合成できるようにしたこれまでの研究がある。今日紹介する研究ではフェロモンにより誘導される2種類の行動を対象としている。一つは他の雄に対する攻撃行動、もう一つは他の個体が残した尿に含まれるフェロモンによって誘導される行動で、自分の尿で縄張りを主張する行動だ。攻撃行動を誘導できるフェロモンは相手だけに存在しており、自己と他を区別するのに使える2種類のフェロモンだが、最終的攻撃行動にはフェロモン刺激とともに相手マウスの存在を認識すると言う2種類の感覚が必要だ。一方縄張り行為は自己や同系統マウスの尿では誘導できないが、他系統の尿は例外なく誘導能力がある。なるほどと納得の結果だが、尿に分泌される個々のフェロモンについて反応を調べると、驚くべき事に単独のフェロモン分子にであれば、自己のフェロモンでも縄張り反応を誘導できる事がわかった。尿に分泌される全てのフェロモンを組み合わせて調べる大変な実験を繰り返してわかったのは、フェロモンの種類や量の組み合わせを自己の臭いとして学習しており、そこから外れると全て他と認識している。これが学習の結果である事を示すために、生後3週から自分の尿に加えて他の尿が足された環境で飼育すると、なんと自分の尿にたいしても縄張り行動を起こす。詳しくは紹介しないが、フェロモンを感じる細胞自体の反応を調べる事で、行動の神経細胞的基盤の一端も明らかにしている。砂輪育った環境に存在したフェロモンのコンビネーションを自己として参照していると言う結論だ。何か物知りになった気分のする研究だ。入り口の反応を明確に定義する事に成功したこの研究の意義は大きいと実感する。複雑な系にひるまず一歩一歩進める理詰めの研究の先に大きな自己と他を区別に関する大きな物語がある様な気がして来た。
カテゴリ:論文ウォッチ