9月12日 ウイルス感染後の重傷の肺線維症モデルを作成する(9月4日 Nature オンライン掲載論文)
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9月12日 ウイルス感染後の重傷の肺線維症モデルを作成する(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月12日
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Covid-19に感染後、ウイルスは消失しても様々な症状が続くケースは post-acute sequelae of SARS-CoV-2 (PASC) 、あるいは long covid とよばれ、感染者の10%−30%に見られるという報告がある。様々な PASC の中でも、2%ぐらいの患者さんで発症する、重度の肺炎・肺線維症は死に至る最も重要な状態で、治療法の開発が待たれる。

今日紹介するバージニア大学からの論文は、ウイルス感染後の肺繊維化をマウスモデルで再現し、治療の可能性を示した研究で、疾患も出る研究の重要性を示す論文だ。タイトルは「An aberrant immune–epithelial progenitor niche drives viral lung sequelae(免疫細胞と上皮の異常なニッチがウイルス感染後の後遺症を誘導する)」で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。

Covid-19 後、ウイルス治療は成功しても、肺炎が持続、肺線維症に至ると肺移植しか治療方法がなくなる。調べてみると米国で行われる肺移植の10%は Covid-19 感染後の患者さんで行われている(https://humanmedicine.msu.edu/news/2024-lung-transplants-covid-patients.html)。この研究では肺移植を受けた患者さんから切除した肺を詳しく調べ、CD8T細胞とマクロファージがケラチン8(KRT8)を強く発現している異常上皮の周りにクラスターを作り、そこに繊維化が起こっている像が特徴的であることを発見する。

次に、マウスにウイルスを感染させ、同じような病変を誘導できるモデルマウスの作成に取りかかる。最初はCoV-2に感染できるようにしたマウスを用いて同じ病変ができないかいろいろ試しているが、肺炎、肺損傷が起こっても、同じような病変を再現することはできなかった。

そこで、自然感染可能なインフルエンザにスイッチして、トライアンドエラーを繰り返し、最終的に B5系統の老化マウスに感染させたときに、人間の肺で見られたのと同じ、CD8 /マクロファージ / KRT8 上皮を核とした肺病変を誘導できることを確認する。

こうして疾患モデルができると、次はメカニズムに基づく治療法開発に進む。この研究では、病変の核となっているCD8T細胞を除去することで、肺病変を抑えられるか調べている。末梢血の T細胞が低下するぐらいの抗CD8抗体では影響がないが、肺のCD8T細胞も除去できる濃度の抗体を用いると、炎症から繊維化を止めることができる。

そこで、CD8T細胞とその周りのマクロファージが分泌するサイトカインを調べ、TFN と γインターフェロンが T細胞から、IL-1β がマクロファージから分泌され、これが上皮をKRT8発現型へと変化させ、正常の修復を不可能にしていることを明らかにする。

そこで、感染後に TNF 及び γインターフェロンに対する抗体、あるいは IL-1β に対する抗体を用いて感染マウスを処理すると、KRT8上皮誘導を抑え、修復を促進できることを示している。

結果は以上で、モデルマウスを作成することで様々な治療可能性が示される典型的な研究だ。IL-1β は老化とともに上昇する典型的なサイトカインで、受容体抑制抗体は治験が行われているし、もちろん他のサイトカインに対する抗体も存在するので、タイミングを選べば肺線維症への発展を抑える治療になると期待される。さらに、インターフェロンの産生を抑える JAK 阻害剤バリシチニブが重症 Covid-19 の予後を改善することも知られていることから、是非標準治療プロトコルを確立してほしい。

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9月11日 薬剤開発が難しかった GTPase の隠れたポケットをこじ開ける(9月9日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月11日
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現在ガンなどの治療に使える様になった分子標的薬の多くは、ATP を基質にしてリン酸化を行うキナーゼ阻害剤だ。一方 Ras など多くのガンで変異が見られる GTPase は、多くの製薬会社が開発を諦めたぐらい小分子化合物が入り込む鍵穴がはっきりしなかった。

これをこじ開けるきっかけとなったのが K-Ras の12番目のグリシンがシステインに変異した部位のシステインと共有結合できる化合物の開発で、今や何種類もの薬剤が開発されるようになり、このブログでも何度も紹介してきた。この共有結合する化合物の利点は、特異的反応を確実に検出できることで、開発された化合物を他の GTPase の解析に使う可能性が生まれてきた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、これまで K-Ras (G12C) 変異に対して開発されてきた共有結合型化合物を利用して、他の GTPase も含め薬剤開発が難しかった鍵穴をこじ開けられないか調べた研究で、9月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting Ras-, Rho-, and Rab-family GTPases via a conserved cryptic pocket(Ras-、Rho-、 Rab-ファミリーの GTPase を標的にする薬剤開発を保存された隠れポケットを手がかりに進める)」だ。

タイトルの Cryptic pocket というのは、薬剤が結合して初めて明確になる分子の鍵穴のことで、K-Ras の場合共有結合型化合物が見つかったことで、K-Ras の鍵穴として同定された。当然同じような性質は、同じ Rasファミリーだけでなく、タイトルにある Rho-、Rab-ファミリー分子などの GTPase にも見られるのではと着想したのがこの研究だ。

手始めに、すでに開発されている10種類の化合物を、H-Ras、N-Ras の他の Rasファミリーとの結合を調べると、多くの化合物が H-Ras、N-Rasにも結合し、現在使われている sotorasib や JDQ443 は細胞レベルでも N-Ras に効果があることがわかった。すなわち、これらの薬剤は K-Ras 変異以外にも使える。

個人的に最も驚いたのは、H-Ras、N-Rasでも12番目がグリシンで、システインへの変異 G12C が起こることで、確かに GTPase の構造が極めて類似していることがよく理解できた。

次に同じように、Rho や Rabファミリーの分子についてもこれらの化合物の結合を調べ、Ras ほど強くないが、様々な部位に起こったシステインへの変異分子と結合する化傍物が見つかることを明らかにしている。

その上で、構造解析をベースにさらに多くの化合物を設計することで、Rho、Rabファミリー分子と比較的強く共有結合する分子を開発できることを示している。

また、このような隠れポケットへの結合だけで機能を阻害できない場合も、以前紹介した分子の構造変化を抑制するサイクロフィリンをリクルートするタイプの阻害剤(https://aasj.jp/news/watch/22741)利用可能であることまで示している。

他にも隠れポケットをこじ開けるための他の部位の構造についても解析しており、見えないポケットも必ず開けることができるので、共有結合型化合物を手がかりに、GTPase 全体を見渡した創薬が可能であることを示している。

化合物を設計する時代に間違いなく入っていることがよくわかる。

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9月10日 なんと IL-3 が直接感覚神経を刺激してかゆみを引き起こす(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月10日
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痒みを引き起こす過程については随分わかってきた。基本的にはさまざまなメディエーターが分泌され、直接感覚神経を刺激することで起こる。これまで治療が難しかったアレルギー性の痒みも、IL-4 や IL-13 が直接感覚神経に働くことで慢性の痒みの原因になることがわかり、これらに対する抗体治療でアレルギー反応を抑えるだけでなく、痒みを直接コントロールできるようになってきた。

ただ、それでも残る痒みは存在する。例えば、長芋に触れたとき、すぐに襲ってくるかゆみは免疫反応が誘導される前なのでよくわかっていない。今日紹介するハーバード大学からの論文はこのような刺激を受けて痒みを誘導するのが γδ T 細胞と、それが分泌する IL-3 であることを示した研究で、9月4日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A γδ T cell–IL-3 axis controls allergic responses through sensory neurons( γδ T 細胞と IL-3 が感覚神経を通してアレルギー反応を調節する)」だ。

この研究ではすぐにかゆみを誘導することが知られているパパイン投与モデルで、まずこの反応にリンパ球が関わるかから始めている。結果、リンパ球が完全に存在しない Rag2 ノックアウトマウスだけでなく、γδ T 細胞欠損マウスでもこの反応が起こらないことを発見する。

γδ T 細胞欠損マウスではパパインだけでなく、ハウスダスト、真菌、ヒアリや蚊の唾液などによる痒みも抑えられることから、アレルゲンの中には先ずこの経路でかゆみを誘導するものが存在することがわかる。この細胞を培養した上清を注射しておくと、パパインに対する反応がさらに高まることから、皮膚の γδ T 細胞の一部が最初の痒みの閾値を決めていることを発見する。

この発見が研究のハイライトで、あとはこの反応に関わる γδ T 細胞の種類、そして γδ T 細胞が分泌する痒みファクターの特定へと進んでいる。

まず γδ T 細胞だが、single cell RNA sequencing で遺伝子発現を調べると、通常の γδ T 細胞とは明確に異なり、γ4δ2 を発現する γδ T 細胞だが、樹状細胞集団に近いプロファイルを持っている。ただ、樹状細胞を除去してもこの痒みは残ることから、このかゆみはすべてこの細胞によって起こる。

この集団を GD3 と名付けているが、無菌マウスには存在せず、細菌叢との相互作用で誘導される。さらに老化で数は減るが、乾燥皮膚になると数が増えることから、乾燥皮膚のかゆみのかなりの部分がこの細胞による可能性はある。感覚神経がリンパ球の浸潤を促すことも知られているので、 GD3 細胞、感覚神経、そして細菌叢がネットワークを作って、アレルゲンが入ってきたシグナルを感知するシステムを作っていると考えられる。

次に、GD3 細胞が分泌する分子を皮膚で探索し、これまで感覚神経刺激として知られていた IL-4 や IL-13 ではなく、なんと血液幹細胞増殖やマスト細胞増殖に強い活性を持つ IL-3 が責任因子であることを特定する。

また、IL-3 の作用については、感覚神経の一部に IL-3 受容体が発現しており、IL-3 は感覚神経の閾値を変化させ、局所の刺激に反応しやすくなるよう調整していることを明らかにしている。さらに、IL-3 による感覚神経の刺激は、Jak2-STAT5 依存的で、かゆみの閾値変化については Jak2 阻害剤で抑えられる一方、STAT5 の下流は転写を通して substance P 分泌を誘導し、免疫系をアレルゲンの場所にリクルートして、免疫反応を助けることを示している。

以上、もう一度まとめると、痒みの直接刺激はアレルゲンが持っている物質特性(例えば酵素活性など)がおこなうが、その閾値を GD3 細胞が調節して、痒みの感覚を増大するとともに、免疫系を局所にリクルートして、その後のアレルギー反応を誘導するという話になる。人間でなくても痒いと当然ひっかくはずで、この行動も局所に血液細胞の浸潤を助けると思う。

我々のような古い世代は IL-3 を造血因子とマスト細胞増殖因子として位置づけていた。造血の方はこの研究と結びつかないが、マスト細胞はアレルギー反応の中心エフェクター細胞であることを考えると、マスト細胞もこのサーキットに位置づけられるのかもしれない。

また、この反応がアレルギーの最初の最初であることを考えると、IL-3 を抑える治療は意外と大きな効果があるのかもしれない。

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9月9日 ピロトーシス誘導によるガン治療の可能性(9月6日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月9日
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炎症刺激により細胞に穴が空き、そこから様々な分子がこぼれでて、さらに炎症を悪化させる細胞の死に方をピロトーシスと呼び、炎症をなるべく起こさないように静かに死んでいくアポトーシスと区別している。もちろん生体にとって炎症は諸刃の刃だが、ガン免疫から見ると、ガン細胞がピロトーシスで死んでくれて、炎症が広がるとともにガン抗原が組織に漏れ出て、強い抗原刺激が起こることは望ましい効果といえる。ただ、多くの抗ガン剤や放射線はアポトーシスを誘導することが多く、ピロトーシスは期待できない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、ピロトーシスに関わるガスデルミンの一つ GSDMD を直接活性化する化合物により、ガンにピロトーシスを誘導する開発の研究で、9月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Small-molecule GSDMD agonism in tumors stimulates antitumor immunity without toxicity(小分子化合物による GSDMD 活性化は毒性なしにガン免疫を刺激する)」だ。

我々は6種類のガスデルミン分子を持っているが、最もよく研究されているのは GSDMD で、特に細菌感染時にピロトーシスを誘導して、免疫を高めることが知られている。このとき、汗腺刺激でインフラマゾームが形成され、これが GSDMD 分子の一部を切り出すことで、自己抑制が外れて細胞膜に孔を形成するよう分子の集合が起こり、その孔を通って細胞内から炎症物質や抗原が流出する。

この研究では GSDMD を切断することなく抑制を外して孔を形成させる分子を探索、GLP-1 受容体活性化分子として知られていた 6,7-dichloro-2-methylsulfonyl-3-N-tertbutylaminoquinoxaline (DMB) を特定する。

この分子は GSDMD の191番目のシスティンに結合することで GSDMD を活性化し、タンパク質の切断なしに細胞膜に穴を開けることを確認する。

あとは、この作用がガン抑制に使えるか、GSDMD を発現している乳ガン株を移植する実験系を用いて調べている。驚くのは、DMB 注射だけで効果があることで、腹腔内注射によりガン増殖を抑制することができる。この抑制には免疫システムが必須で、DMB 投与により腫瘍局所へのキラーT細胞やNK細胞の浸潤が認められる。また、腫瘍から GSDMD 遺伝子を除くと、この効果は消える。

さらに、少ない量の DMB 投与をチェックポイント治療と組み合わせると、それぞれの単独投与がほとんど効かないガンでも抑制することができる。面白いのは、ガン細胞を試験管内で DMB 処理したあと、ガン細胞で免役すると、ガンワクチンのようにガンに対する免疫反応を誘導できる。

一方、副作用だが、この量の腹腔投与ではサイトカインストームなどは起こらないと結論している。

結果は以上で、メカニズムがわかったので、化合物の方をさらに設計し直すことで、より高い活性を持つ化合物へと発展させられるだろう。その過程で、GLP-1 アゴニストの作用も除去できるかもしれない。その上で、患者さんを用いた治験に進むことになるが、これにはまだまだクリアすべき問題がある。

もともと GSDMD が発現している方が予後がいいガンもあるが、多くのガンは GSDMD が高いと予後が悪い。おそらく炎症をガンが味方に引き寄せている可能性がある。従って、このような何もしないと予後が悪く、GSDMD を高発現しているガンを用いて、より強いピロトーシスの誘導がガン免疫を高めることを示すのが重要だと思う。これが可能なら、利用できるガンは多い。

次に副作用がないとしているが、全身投与よりは局所投与の方が良さそうに思える。おそらくネオアジュバントチェックポイント治療の機会に、まず局所投与によるピロトーシス誘導、免疫増強のあと、切除というプロトコルが一番良さそうな気がする。いずれにせよ、直接ピロトーシスを誘導できるこの化合物は、ピロトーシスの生理活性を調べる意味で重要なことは言うまでもない。

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9月8日 アミラーゼ遺伝子から探る農耕の歴史(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月8日
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最初の農耕はメソポタミアからエジプトにかけての中東で1万年ぐらい前に始まったとされている。このときの穀物は麦だったが、米は中国、トウモロコシはアメリカ、そしてヤムイモはサハラ以南のアフリカ、と、独立してその風土に合った作物の栽培が行われた。そして、この農耕の歴史はデンプンの消化に関与するアミラーゼ遺伝子の進化を促す選択圧として働いたことも知られている。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校とテネシー大学からの論文は、これま重複が多いために人類学的なゲノム研究が進んでいなかったアミラーゼ遺伝子領域の多様性を定義し、その進化と農耕の歴史を重ね合わそうとした研究で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus(アミラーゼ遺伝子領域の多様性は、繰り返す進化と選択で形成された)」だ。

我々は3種類のアミラーゼ遺伝子を保有しており、AMY2A と AMY2B は膵臓で、AMY1 は唾液腺で発現している。ゲノム研究から、それぞれの領域で重複による遺伝子増幅が起こっており、特に AMY1 では染色体あたり1個から9個まで大きな多様性があることが知られていた。ただ民俗学的、歴史学的に遺伝子の多様化を調べるためには、重複数だけでは全く不十分で、多様化した遺伝子型を正確に定義することが必要になる。ところが、重複や欠損、さらに逆位が起こっているような場所で正確な遺伝子型を決めるのは、通常用いられる短い配列を解析するゲノム解析方法では難しい。

この研究ではまず世界中から集めた4292人のゲノム解析データから、ザクッとした多様性を定義した上で、長いストレッチを解読したロングリード・データベースを用いてこの領域を詳しく分類し、3種類のアミラーゼ遺伝子領域の遺伝子型を28種類に分類し、それぞれの遺伝子型が一つの共通祖先から進化してきた過程を定義することに成功している。これまでの研究では、このうち2型だけが完全に解読されていた。

ただ人類学、特に古代ゲノム解析で、ロングリードデータを得ることは不可能で、ショートリードでもこれらの多型を定義する必要がある。そこで多型と強く連鎖する領域を利用する ”haplotype deconvolution” と呼ぶ方法を開発して、ショートリードでそれぞれの遺伝子型を解読できるようにしている。

以上の解析から、

  • 特に AMY1 領域では、それぞれの民族独自に重複や欠損が繰り返され、現在の遺伝子型ができていること、
  • 農耕ネアンデルタール人やデニソーワ人ではこのような多型は存在せず、また古代ゲノムを調べるとホモサピエンスでも青銅器時代が始まるまでは重複による遺伝子コピーの数は少ないこと、
  • 農耕がはじまる 12000-9000 で特定の多型が強く選択されていること、
  • これをヨーロッパでの農耕の歴史と重ね合わせることができること、

などが示されている。

面白いのは重複によるコピー数の増加と欠損が頻発している点で、重複構造による変異頻度の増加(実際他の領域と比べると、なんと1万倍の変異頻度がある)が背景にあるが、しかし唾液中のアミラーゼ遺伝子がデンプンを処理するというメリットに加えて、今度はその結果虫歯が増えて生存優位性が失われるという複雑な選択構造になっているからではないだろうか。

いずれにせよ、各地域の農耕の歴史と、それぞれの多型をさらに詳しく調べることで、農耕という人間にとって重要な歴史を読み解くことができると思う。

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9月7日 生きたマウスの皮膚を透明にして内臓を観察できる(9月6日 Science 掲載論文)

2024年9月7日
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動物の組織を生きたま観察したいという要求に応えるため、ハード、ソフト併せて様々な技術が開発され、脳の光遺伝学的観察に始まり、体内に内視鏡を設置する方法で腸管のクリプトを経時的に観察する研究まで、その進展には目を見張る。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、内視鏡設置のような侵襲的な方法ではなく、皮膚を透明にして例えば腸の動きを直接観察する方法の開発で、9月6日号 Science に掲載された。タイトルは「Achieving optical transparency in live animals with absorbing molecules(光吸収分子を用いて生きた動物で組織を透明にできる)」だ。

死んだ組織を透明にする技術はクリアリングと呼ばれ、例えば光遺伝学の創始者ダイセロスらが開発したアクリルアミドを用いたハイドロゲル形成によるクラリティーは、よく知られている。しかし、これらの方法はタンパク質の構造を保持したまま、光の透過を妨げる成分を洗い流すことが必要で、当然生きた組織には適用できない。

なぜこの発見に至ったのかが書かれていないが、この研究では食品を黄色く着色させるために広く用いられるタートラジンを水に溶かして皮膚に塗ると、皮膚に赤っぽい色は着くが透明になることを発見する。

タートラジンが着色料として使われるのは、600nm前後の波長を持つ青い光を強く吸収し、それより大きい波長の光を反射するからで、その結果黄色から赤色に着色できる。では、なぜこの色素がマウスの皮膚を内臓が見えるほど透明にできるのかが問題だが、この物理学は私の理解を超えており、ほとんど割愛する。

要するに、波長400nm前後で急速に光を吸収する能力のある色素は、400nm以上の波長の光については散乱を押さえて、透明度を上げるということを、カオス理論ローレンツ方程式を用いて示している。その上で、タートラジンだけでなく、同じような特徴を持つ様々な有機化合物が存在すること、また理論的に同じような挙動が近紫外線領域の波長を吸収する化合物についても予測で来ることを示し、皮膚に塗布すると生きたままマウスの腹部臓器の動きを直接見ることができることを示している。

百聞は一見に如かずなので、括弧内のURL(https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm6869)をクリックしていただいて、実際に肝臓や腸が皮膚を通して見ることができることを自分の目で確かめてほしい。

この方法の使い道を示すため、後ろ足の筋肉の蛍光像を、筋繊維の構造レベルまで生きたまま観察し、筋肉運動をモニターできること、そして蛍光ラベルした腸の神経ネットワークをモニターしながら腸の蠕動運動の方向性や大きさをモニターできることも示している。

結果は以上で、理論的考察を行い、同じような特徴を持つ化合物をリストしており、今後組織や観察する光の波長ごとの生体透明化技術が可能であることを示している。おそらくそれぞれの分野でさまざまな使い道が構想できると思うが、面白い。

もし人間でもこんなことが可能になれば、腹の探り合いも無くなるだろうし、ぜひ政治家の腹の中も見てみたい。

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9月6日 精密な機能的fMRIが明らかにした「うつ」になりやすい脳構造(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月6日
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光学顕微鏡解像度は原理的限界に近づいていると言われたが、光プローブや解析技術によって高解像度顕微鏡が開発され、この限界は見事に破られた。同じように、脳イメージング技術も大きく進展している。

fMRI は現在は帰国して東北福祉大学におられる小川誠二先生によって開発された MRI 手法で、この方法なしに人間の脳機能の研究の今はなかったと言っていい。ただ、個人レベルの計測ではどうしてもノイズが大きく、例えば同じ人の脳の変化を追跡することは簡単でなかった。この問題を解決するため、複数のエコータムを用いて脳の信号を同時的に収集し、ノイズを軽減するマルチエコー fMRI が開発され、脳活動の正確なマッピングが可能になった。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、6人のうつ病患者さんのマルチエコー fMRI (mfMRI) を病気の様々なステージで撮影して、うつ病に特徴的な mfMRI 画像を特定した素人の私でも画期的と思える研究で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Frontostriatal salience network expansion in individuals in depression(前頭線条体サリエンスネットワークはうつ病の個人で拡大している)」だ。

研究ではまず mfMRI を用いた安静時脳活動のイメージングから、正常と比べうつ病の患者さんではサイリエンスネットワークと呼ばれる刺激の意義や重要性(サリエンス)を判断して他のネットワーク活動を調整する前頭帯状皮質及び前頭島皮質が、著明に拡大していることを発見している。

人数が少ないので本当か調べる意味で、これまでのシングルエコー fMRI についても検討し直し、うつ病の最大の特徴が、サリエンスネットワークの拡大であることを確認している。

次にサリエンスネットワークの拡大がどのように起こっているのかを調べる目的で、他のネットワークとの関係を調べ、サリエンスネットワークがデフォルトモードネットワークや前頭頭頂ネットワークへと進出し、境界がシフトしていることを発見する。

次がこの研究の最も重要なハイライトになるが、同じ患者さんを症状が異なる時期に調べると、症状とは無関係にサリエンスネットワークが拡大しており、この拡大を単純なデコーダーを用いることで、うつ病診断に用いることができることを示している。さらに、少年時期からのコホート研究で12-3歳で mfMRI を撮影し、その後うつ病を発症したケースでは、うつ病発症前からサリエンスネットワークが拡大していることを発見する。すなわち、遺伝的要因を含め、発達途上でうつ病になりやすい脳が形成されていることがわかり、mfMRI で予測することができることが示された。

そして極めつけは、サリエンスネットワークの機能的結合性を調べて、無気力と前頭帯状皮質ネットワーク、不安症と前頭島皮質ネットワークの結合性が強く相関していることを示している。

以上が主な結果で、うつ病になりやすい脳構造内の結合性の変化により、うつ病が発症するという基本が示された。例えば、うつ病に効く幻覚剤はデフォルトモードネットワークを高めることが知られているが、この結果も新しい目で見ることができるだろう。うつ病の理解の新しい始まりになると待している。

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9月5日 コリネバクテリウムの分裂様式(9月3日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年9月5日
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医学を学んでいても、感染症になると症状や治療のことばかりが頭にあって、バクテリア本体についてはほとんど知らないことが多い。その意味でコロナパンデミックの2年間はウイルス自体について本当によく勉強できたと思う。ただ、これは例外的ケースで、たまに細菌を直接調べた論文を読むと、驚かされることが多い。

今日紹介するオランダライデン大学とハーバード大学からの論文は、口内の常在菌で歯周プラーク内に存在する Corynebacterium matruchotii (C.m) の分裂の不思議な様式を示した研究で、9月3日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Tip extension and simultaneous multiple fission in a filamentous bacterium(糸状細菌で見られる先端の伸長と同時に複数の箇所で起こる分裂)」だ。

細菌なのに菌糸を伸ばし、胞子まで作ることで知られるのは、多くの抗生物質が分離されている放線菌がいることは知っていても、細菌というと大腸菌と同じように真ん中で等分されるイメージが強すぎる。

C.m は健康な口内細菌叢の指標として使われたりするが、歯周プラークを見ると重要な構成成分になっており、バイオフィルム形成に重要な役割があるのではと推察されていた。この研究では、C,m の分裂をビデオ撮影することで、通常の分裂をする代わりに、まず菌体が一方向に伸び、その中に境で隔てられた娘細胞が形成され、7時間ぐらいすると菌糸が隔壁部位で同時に分断して、それぞれの娘細胞に分かれることを発見する。

この発見がこの研究のハイライトで、プラーク内の細菌として研究されてきたはずなのに、こんなことがわかっていなかったのかと驚く。いくつの娘細胞が一つの菌糸の中に形成されるのか、等分裂はできないのかなど、詳しく分裂様式を調べると極めて多様な分裂形式をとることがわかる。

細胞壁の合成に関わる様々な分子を染める方法を用いてこの不思議な様態を解析すると、菌体伸長に必須のペプチドグリカンが菌体の片方だけに局在し、この合成の局在が菌体の伸長方向を決めていることがわかる。

そして、菌体が伸長したあとプロテオグリカン合成は娘細胞を分けるための隔壁部位に局在し、隔壁を作ると急に機械的なストレスで、くの字型に折れ曲がるように多くの娘細胞が分かれてくることを示している。バクテリアのゲノムはこの間、均一に分配されているように見えるが、分配できていない娘細胞も存在することがわかる。

最後に、試験管内実験系で他の細菌とともにプラークを形成させると、C.m が主役として、プラークの核を形成し、それぞれの細菌が別々の場所に分布することを示し、この細菌が重要であることを示している。

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9月4日 全く初耳の DNA 修飾フォルミル化は発生初期に機能する(8月29日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月4日
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『5-Formylcytosine is an activating epigenetic mark for RNA Pol III during zygotic reprogramming(5-フォルミルシトシンは胚のリプログラミング時に RNA Pol III を活性化するエピジェネティック標識として働く)』とタイトルを見て驚いた。ゲノムのシトシンメチル化、あるいはハイドロオキシメチル化は知っていても、フォルミル化とは初耳だった。

早速調べてみるとメチル化されたシトシンがまず Tet により酸化されてハイドロオキシメチルになるが、これがさらに酸化されるとフォルミルシトシンになる。すなわち、メチル化を外す Tet の作用で出てくる中間体で、最終的には thymine DNA glycosylase により修飾を受けないシトシンに戻す過程で発生する。

今日紹介するマインツにある分子生物学研究所からの論文は、このフォルミル化シトシン (5fC) が、単純にシトシンからメチル基を外す過程のバイプロダクトではなく、初期発生で母親からの RNA から、胚由来の RNA へと変化する胚ゲノム活性化過程で、RNA polymerase III 特異的な転写活性化標識として働いているという研究で、私にとっては全く新しい話だった。論文は8月29日 Cell にオンライン掲載された。

この研究ではアフリカツメガエルの初期発生時期に 5fC の出現を質量分析器で調べ、メチル化が進む時期で胚ゲノムの転写が始まる時期に急速に上昇し、神経胚期になると消失することを発見する。また、5fC を認識する抗体を用いて胚を染色すると、このことが確認されるだけでなく、5fC が主に傍核小体コンパートメントと呼ばれる、tRNA や rRNA の転写が起こる特別な構造に局在、さらにこれらの転写に関わる RNAポリメラーゼIII (PolIII) の局在とオーバーラップすることを発見する。

そこで メチル化DNA、ハイドロオキシメチル化DNA、そして 5fC をそれぞれ免疫沈降すると、Pol III はほとんど 5fC だけと共沈することから、Pol III により転写されている場所を指示する標識になっていることがわかる。

Pol III は tRNA や 5S rRNA など小さな RNA の転写に関わることが知られているが、どのゲノム領域がフォルミル化され Pol III 作用の標識になっているのか、フォルミル化された領域を抗体で精製した調べると、tRNA が並んでい短い領域が集中してフォルミル化されており、DNA修飾ではまだメチル化されているものの、ヒストン標識ではすでにオープンになっている領域であることがわかった。

あとは、フォルミル化に Tet2/3 が必須であり、これがないと tRNA の転写が起こらないこと、逆にフォルミル基を除去する thymine DNA glycosylase が存在すると、同じように tRNA の転写が低下することを示している。

以上のことから、発生初期元々 DNAメチル化により転写が抑えられているとき、母親の mRNA から胚自体の mRNA へのスイッチが起こり、このとき Tet が発現しメチル基を除去しにかかるが、thymine DNA glycosylaseの発現がまだ起こらないため、メチル基が完全除去に進まないギャップ時期に、特に翻訳に必須の Pol III による tRNA の転写を急いで進めるための特異的な機構として進化したといえる。

最後にマウスの初期発生でも Pol III と5fC の局在が一致することを示して、この現象がアフリカツメガエルだけではなく、哺乳動物でも存在すると結論している。

我々の身体は本当にうまくできている。

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9月3日 抗原刺激による非対称分裂による運命決定(8月28日 Nature 掲載論文)

2024年9月3日
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免疫反応の抗原から増殖まで、完全にコントロール可能なガン免疫治療として大きな期待が集まっているCART治療だが、なかなか使用が拡大しない。すなわち、抗原刺激の入り口だけをコントロールできても、まだまだ多くの道の要因が存在してT細胞をコントロールしきれないことを意味している。

今日紹介する米国ペンシルバニア大学からの論文は、CARTが抗原に出会って最初に分裂したときに発生する細胞運命の非対称性に注目した研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fate induction in CD8 CAR T cells through asymmetric cell division(CD8CART細胞は非対称分裂により運命が決定される)」だ。

この研究以前も細胞分裂時の娘細胞の観察からT細胞が刺激されたとき、例えば Mycタンパク質の非対称分布が起こることが知られていた。この研究ではこのような単一細胞レベルの研究を、細胞集団レベルに引き上げる目的で、LIPSTC と呼ばれるロックフェラー大学で開発されたシステムを利用している。

LIPSTIC は標的分子に結合させた酵素を用いて、標的と結合した分子を標識するシステムで、CART の場合ガン細胞抗原に酵素を結合させ、それと結合したキメラ抗原受容体に蛍光標識を結合させている。このガン細胞による刺激(免疫シナプスと呼ばれ、このシナプスを起点に非対称分裂が起こる)のあと細胞が分裂すると、ガン細胞と結合した側と反対側の細胞を、蛍光標識の分布で区別することができる。

この方法で、ガン側、反対側の細胞の機能や分子発現を調べ、

  • 機能的には、ガン側は代謝的にも活性化されキラーとして機能し、そのまま運命が決定され、最終的に消耗する。一方、反対側細胞はメモリー細胞として機能し、次の刺激で同じように非対称分裂を起こす。
  • ガン移植モデルでそれぞれのキラー活性を調べると、反対側細胞は長期間マウス内で維持され、持続的なキラー活性を発揮するが、ガン側細胞は最初効果はあっても長続きしない。
  • Single cell RNA sequencing を行い、遺伝子発現をそれぞれの細胞で調べると、ガン側と反対側で転写因子の発現、細胞表面分子の発現ではっきりと分かれており、それぞれの発現は非対称分裂時に非対称に分布した分子と非対称分裂の結果転写自体が変化して発現パターンが異なった転写因子の両方が存在する。
  • これら発現レベルで変化する転写因子は、分裂後にそれぞれのタイプに収束していくこと、そしてこの結果として、反対側は IL7R を発現したメモリー細胞へ、ガン側細胞はMycを発現し代謝が高まったエフェクター細胞へと運命決定される。面白いのは、このときの運命決定が、あとで抗原刺激を受けても維持されることで、CART の樹立時の条件のヒントを与えてくれる。
  • メモリーへの運命決定を左右する分子として IKZF1 が特定され、IKZF1 をノックアウトすることで反対側細胞への運命決定が可能であることを示している。

免疫シナプス、非対称分裂という意味で特に新しいわけではないが、CARTを用い、しかも集団レベルの解析に引き上げたことで、CARTを完全にするための重要な方法として、今後役立つと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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