10月30日 コロナウイルスの細胞外への排出(10月22日 Cell  オンライン掲載論文)
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10月30日 コロナウイルスの細胞外への排出(10月22日 Cell オンライン掲載論文)

2020年10月30日
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新型コロナウイルス(Cov2)に限らず、コロナウイルスや、ウイルスによる肺炎とその重症化などまだまだわからないことは多い。でも科学者OBとして言えることは、着実にコロナウイルスの科学は進んでおり、この延長に必ずウイルス制圧が約束されていることだ。ただ、新しいエキサイティングな発見を、科学者がわかりやすく発信するのが難しいこともよくわかったが、AASJでは新型コロナウイルスについても、これまで通り誠実に研究内容の面白さを伝えていくつもりだ。幸い、今週発表された論文は、少なくとも私の中の新型コロナウイルスについての理解を大きく前進させてくれた論文が多かった様に思うので、連続的にコロナ関係の論文を紹介することにした。

最初は米国国立衛生研究所からの論文で細胞の中で複製したウイルスが細胞外に排出される過程を調べた研究で10月22日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「β-Coronaviruses use lysosomes for egress instead of the biosynthetic secretory pathway(βコロナウイルスは生合成―分泌経路ではなくリソゾームを使って細胞外へ排出される)」だ。

Cov2に限らずコロナウイルスの生活サイクルを見ると、ホスト細胞の膜やオルガネラを上手にコントロールして、自己を守りながら複製していることがわかる。このあたりの生物学については、梅田北ヤード再開発に関連して阪急阪神不動産株式会社と一緒に準備中の「参加型ヘルスケアプロジェクト」の事業として改めて紹介していきたいと思っている。生活サイクルの中で研究が遅れており、頭の整理がついていないのが、小胞体内で形成されたウイルス粒子が細胞外へ排出される過程だ。ほとんどの総説では、エキソサイトーシス(exocytosis)とぼかして表現しているが、基本的にはノーベル賞を受賞したシェックマンが解明した生合成―分泌経路を使う様に描かれていた。

この様な輸送経路が重要な研究課題になる理由だが、私たちの細胞の中で作られた分子は、単純に細胞外へ滲み出すのではなく、違う行き先を持つ小胞に乗せられて、正確に目的地に輸送される。どのトラックに乗せられ、どの輸送基地に集積するかなど、見事なシステムが出来上がっているので、どの経路を使うかは、ウイルスにとって死活問題になる。

この研究は、実験のしやすいマウス肝炎ウイルスをコロナウイルスとして使っているが、重要なポイントではCov2感染実験も加えて研究を行なっている。まず最初に、本当に生合成―分泌経路がウイルス粒子の排出に使われているか、この経路だけ阻害するBrefeldinという阻害剤を用いて調べ、この輸送経路が遮断されてもウイルスが排出されることを発見している。

そこでもう一度細胞内のウイルス粒子の動きと、細胞内の小胞の動きを比べ、最初小胞体で合成され、核周辺のゴルジネットワークに集まったウイルス粒子が、後期には分解に関わるライソゾームに集まることを発見する。この辺りは、細胞生物学のプロの研究で、それぞれの輸送システムの分子機構に関わる分子に熟知し、最も適した阻害剤を用いた研究を行ったあと、小胞体からライソゾームへの輸送経路については研究が必要だが、確かにライソゾーム経路を使って細胞外へ排出されると結論している。

詳細を省いてしまうと以上が結論になるが、この結論から見えてくる重要なポイントだけまとめておく。

  1. 明日紹介する、コロナウイルス感染に必要なホスト因子の研究論文でも指摘されている様に、オートファジーでも有名なRab7シグナルの関与が示され、阻害剤による排出の抑制も示されており、今後の治療戦略の一つとなるかもしれない。
  2. 小胞体からリソゾーム、そして細胞外へ排出される過程で、タンパク質を守る分子シャペロンが常に結合しており、この結果排出直後から高い感染性を発揮できる。
  3. コロナウイルスはリソゾームに局在するORF3a分子を持っているが、これがリソゾーム内のタンパク分解に適したpHを上昇させて、ウイルスを守る役割をしている。
  4. ORF3の作用でpHが上昇すると、内部のタンパク分解活性が低下することで、免疫系へ提示するペプチド合成は低下する。これはウイルス免疫成立を阻害するが、逆にペプチドの結合しない組織抗原が表面に増え、NK細胞の標的になる。事実、コロナウイルス感染細胞表面の組織適合性抗原はペプチドが結合していないオープン型が多い。

以上、本当に多くのことが学べ、新しいアイデアを刺激する素晴らしい研究だと思う。免疫についても、コロナに対する免疫の不思議さを知る手がかりがありそうだし、これまで、NK機能の低い人ではcovid-19が重症化する可能性が示唆されていたが、この様な臨床観察も説明ができる様な気がした。

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10月29日 多発性硬化症発症に必要条件(11月25日号 Cell 掲載予定論文)

2020年10月29日
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臨床データを集めて疾患のメカニズムを探る優れた論文は、断片的な証拠から犯人を導き出す探偵小説の様な面白さがある。特に、複数の犯人が絡む場合、それらの共通性を把握した時に、シナリオが見えてくる。

今日紹介するチューリッヒ大学からの論文はまさにその好例で、多発性硬化症という複雑な病態について新しい視点を示してくれた。タイトルは「HLA-DR15 Molecules Jointly Shape an Autoreactive T Cell Repertoire in Multiple Sclerosis(HLA-DR15分子は協調して多発性硬化症の自己反応性T細胞レパートリーを形成する)」で、11月25日号のCellに掲載予定だ。

自己免疫病の中でも多発性硬化症は、動物モデルも存在し、遺伝的背景、自己抗原、疾患の引き金を引く自己抗原と交差性を持つウイルスや病原菌の特定など、多くの断片が集まってきている。おそらく、ウイルスや細菌の感染が引き金になり、ミエリンをアタックするT細胞が誘導され、それが何らかのきっかけで中枢神経系に進入して病気になるというシナリオはできていたが、発症から病気の維持に至るまでの長い経過を説明するための手がかりが必要といった段階にあったと思う。

この研究では、白人の多発性硬化症のほとんどがDR2aとDR2bクラスII組織適合性抗原を持つことに着目し、DR2a/bが発症までの全ての段階共通の基盤となっていると考え、DR2/bと結合しているペプチドを探索して、特にB細胞ではDR2a/b自身に由来するペプチドが結合していることを発見する。すなわち、DR2自身が抗原ペプチドでもあり、それを提示するMHCでもあるという不思議な関係ができている。

この結果から、著者らは多発性硬化症患者さんの自己反応性T細胞は、このDR2由来ペプチドにも反応し、長期間維持されているのではと着想する。そして、期待通り、多発性硬化症の患者さんのCD4T細胞がDR2由来ペプチドに弱いが反応することを発見する。すなわち、感染により誘導される自己ミエリン反応性のT細胞は、このDR2由来ペプチドとも交差反応を起こして、病気の維持に関わるのではないかと着想し、この可能性を追求する。

結果は予想通りで、ミエリン由来ペプチドに反応するCD4T細胞は、反応は弱いもののDR2由来ペプチドにも反応する。また、おなじCD4T細胞は、EBウイルスやAkkemansia菌由来のペプチドにも反応する。

すなわち、これまで多発性硬化症の責任細胞として特定されていたCD4T細胞は、ミエリン由来ペプチドだけではなく、EBウイルスやAkkemansia菌にも強い反応性を示すとともに、自己DR2由来ペプチドにも弱いがはっきりした反応性を示すことが明らかになった。

これらの結果は、全てのペプチドが同じT細胞と反応するとも考えられるが、著者らは反応性の違いから、自己DR2由来のペプチドがDR2自体と結合することで、病原体由来のペプチドやミエリン由来のペプチドの反応性の閾値を下げているのではと考えているが、これについてはさらにクライオ電顕などを用いた検討が必要だろう。

この論文のおかげで、多発性硬化症という極めて長い経過について、自分なりに頭の整理ができた。面白かった。

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10月28日号 ガンをウイルス免疫を利用して制圧する(10月21日 Nature オンライン掲載論文)

2020年10月28日
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骨髄異形成症候群や骨髄性白血病を皮切りに、5AZAなどのメチル化阻害剤が抗癌剤として用いられる様になっているが、5AZAの様な非特異的薬剤が、ある程度ガン特異的な効果があるのか、完全に理解できたわけではない。個人的には、発癌により変化したメチル化パターンによって抑制されたガン抑制遺伝子などを、もう一度活性化させるのかななどと考えているが、メチル化が外れたレトロトランスポゾンが活性化したことにより誘導される二重鎖RNAが、ウイルスと同じ働きをして自然免疫を活性化、最終的にガン免疫を活性化してガンを抑える可能性も存在する。

今日紹介するトロント大学からの論文は、Virus Mimicryと呼ばれるこの可能性を人間のガン細胞で詳しく調べた研究で、学ぶところの多い論文だった。タイトルは「Epigenetic therapy induces transcription of inverted SINEs and ADAR1 dependency(エピジェネティック治療はSINEの逆向きSINEとADAR1酵素を誘導する)」で、10月21日号Natureにオンライン掲載された。

内在性のレトロトランスポゾンの転写が活性化し、Virus Mimicryが誘導されることがメチル化阻害剤治療効果の一端を担うことは広く認められているが、どのレトロトランスポゾンがvirus mimicryに関わるかについては解析は進んでいない。

この研究ではメチル化阻害剤で処理した大腸癌のRNAのうち、自然免疫のRNAセンサーになっているMDA5と結合しているRNAに焦点を当てて網羅的に解析し、メチル化阻害剤で誘導されるのは、SINEと呼ばれる短い繰り返し配列由来の、逆向き反復配列(inverted repeat)(Alu-IR)であることを発見する。

次に、なぜメチル化阻害剤でこのAlu-IRが選択的に誘導され、自然免疫型を刺激するのか、Ali-IRをコードするゲノムを調べ、誘導されるAlu-IRは主にイントロンに存在し、上流に高い密度のCpGクラスターが存在し、閉じたクロマチン構造内に存在する、ゲノムに統合された時期が比較的若いトランスぽゾン由来であることを明らかにしている。

また、転写されたAlu-IRはpolyA付加のシグナル配列を持っており、これにより細胞質へと移行し蓄積され、MAD5と結合して自然免疫を誘導できることを示している。

ただ、いくらガンだからといってIRが細胞内に大量に出回って自然免疫を刺激するのは細胞にとっては迷惑で、当然それを不活化する機構がある。これがRNA編集酵素ADAR1で、実際自然免疫系が刺激を受けるとADAR1が誘導され、アデノシンをイノシンに変換することで、免疫を誘導する二重鎖の形成を阻害する。

そこで、この防御機構を外すため、ADAR1をノックダウンした細胞をメチル化阻害剤で処理すると、細胞内の二重鎖RNA量が上昇し、その結果インターフェロン反応に関わる遺伝子の発現が高まることを示している。

最後に、ADAR1ノックダウンとメチル化阻害剤処理が癌細胞にどの様な影響があるのか、処理細胞を移植する実験系で調べると、ガン腫の形成できる細胞数が強く抑えられることを示している。

以上が結果で、メチル化阻害剤によるvirus mimicryで何が起こるのか、頭の中を整理するためには大変まとまった面白い研究だと思う。おそらくADAR1阻害剤も開発できるはずで、将来メチル化阻害剤と組み合わせる治療も夢ではないと期待する。

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10月27日 デザインペプチドを用いた新型コロナウイルス感染防御(10月23日号 Science 掲載論文)

2020年10月27日
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まだ現役の頃、FK506の開発者後藤先生率いる理研の創薬チームのお手伝いをしたことがある。薬剤の開発と言うと、多くの化合物をスクリーニングするハイスループットスクリーニングしか知らなかった私も、コンピュータを使ったデザインや、小さなデザインされたペプチドを使う方法など、様々な方法を学ぶことができた。これらの方法は、タンパク質の高次構造決定方法の進歩に支えられているが、最近のクライオ電顕を使った方法の開発により、デザイン創薬の可能性はさらに高まっている様に思う。

今日紹介するワシントン大学からの論文はウイルスの受容体結合ドメイン(RBD)と相手型のACE2との結合を阻害する小さなペプチドを2種類の方法でデザインして、大腸菌で合成できる阻害剤を開発しようとする研究で10月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「De novo design of picomolar SARS-CoV-2 miniprotein inhibitors(新型コロナウイルスにピコモルレベルで結合する阻害剤を新たにデザインする)」だ。

既に新型コロナウイルスCov2のスパイク分子についての詳細な構造解析ができており、これに基づきRBDが結合するACE2の結合部位のαヘリックスをお手本として、RBDと高い親和性で結合すると思われる20merペプチドをコンピュータで設計している。これと並行して、既にコンピュータ上に蓄積されているライブラリーをin silicoでスクリーニングする方法を用いて、手本なしに結合ペプチドを探索している。

それぞれの探索から得られたペプチド配列を大腸菌で発現させ、酵母の表面上に発現させたRBDとの結合を指標に選び出し、得られたアミノ酸配列をベースに、各部位のアミノ酸を置換させてより高いペプチドを探索、最終的にナノモルレベルの結合親和性を持つペプチドを数種類選んでいる。

こうして選んだペプチドを結合したRBDを最後にクライオ電顕で解析し、RBDと密接に絡み合うことを確認し、最終的にウイルス感染阻害実験で、得られたペプチドの感染阻害能を確かめている。その結果、ピコモルレベルで感染阻害が可能なペプチド2種類分離するのに成功している。

以上が結果で、実際にはこのグループだけでなく、他にも同じ様な試みが行われているのを目にした覚えがある。しかしこの論文を読んでもっとも感心したのは、最初のゴールを、ジェルに混ぜて鼻に塗って、鼻粘膜への感染を予防する製品の開発に絞っている点だ。

高いウイルス感染抑制活性があるとなると、すぐに抗体の代わりに治療という話になる。しかし、循環を通して薬剤をデリバーするとなると、薬剤としての他の条件を満たすために、試験管実験からさらに長い道のりが待っている。しかし、外用薬に限ると、今回開発されたペプチドでも、少し改善すれば使える可能性は高い。さらに、このペプチドは全て大腸菌で生産できるため、生産コストもかなり安上がりに作れる。そのことを明確に意識した提案になっており、感心した。

同じことは、ラマの抗体遺伝子をベースにした一本鎖抗体でも言えるが、これら安上がりに作れる薬剤は、積極的にジェルによる鼻粘膜塗布や、吸入薬、口内タブレットなど、感染の第一線での予防目的で使うことは、完全に感染を防げなくても、感染量を減らし、また社会に流通するウイルス量を減らす意味で、かなり重要な手段になるのでは個人的には大きな期待を寄せている。

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10月26日 抗ガンT細胞免疫は必ずしもキラー細胞だけに頼らない(10月21日号 Nature 掲載論文)

2020年10月26日
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ガンに対する様々な治療の効果を確実に高める一つの手段として、TGFβシグナルの抑制が考えられている。例えばチェックポイント治療に使われる抗PD-L1抗体にTGFβを吸収してくれる受容体を合体させた治療法(M7824) が開発され治験が行われていることを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7964)。既に二年経っているので現在の状況をClinicalTrial.Govで確かめると、治験の範囲は広がり、39のトライアルが進んでいる。

ただ、TGFβの作用は多岐に及ぶため、効果の作用機序が解明できているかというと、そう簡単な話ではない。今日紹介する米国、スローンケッタリングガンセンターからの論文はこのTGFβ作用の複雑さの一端を教えてくれた。タイトルは「TGF-β suppresses type 2 immunity to cancer (TGFβはガンに対する2型免疫反応を抑制する)」だ。

おそらくこの研究は、ガン免疫T細胞に対するTGFβの作用を調べようと始められたものだと思う。遺伝子操作でCD4T細胞のみでTGFβ受容体がノックアウトされたマウスに、ウイルスによる乳ガンを誘導すると、正常では20週ごろから急速に癌が発生し大きくなるのに対し、CD4T細胞のTGFβ受容体が存在しないと、ガンの発生を強く抑えることができる。驚くことに、この時キラー活性に必要なCD8αをノックアウトしたマウスでも同じ様にガンが抑制されることから、この効果はガンのキラー活性を高めた結果ではないことが明らかになった。

逆から見ると、CD4T細胞はTGFβの作用を受けると、ガンを助ける方向に働くことが明らかになった。そこで、ガン組織でのCD4T細胞を、TGFβ受容体の有無で比べてみると、TGFβの作用が抑えられると、CD4T細胞が。ガンの周りの間質に数多く浸潤するとともに、腫瘍に向かう異常血管の成長が阻害され、腫瘍が強い低酸素状態に陥ること、そしてその結果腫瘍が細胞死を起こすことを明らかにする。

CD4T細胞は、インターフェロン型の1型とIL-4型の2型免疫反応に関わることが知られているので、ノックアウトマウスと掛け合わせたとき、TGFβ受容体ノックアウトの効果が変化するか調べ、TGFβの作用を受けないCD4T細胞の抗腫瘍効果はIL-4がノックアウトされていると消失することを示し、TGFβがCD4T細胞の2型免疫反応を抑えていることを明らかにする。

以上が結果で、最終的なエフェクターは特定されていないが、CD4T 細胞はIL-4を介して2型免疫反応に関わるT細胞の維持増殖に関わり、最終的にガンによる異常血管新生を抑えるが、TGFβはこれを抑えることでガンの増殖を助けるというシナリオだ。

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10月25日 チンパンジーの老化による社会性の変化(10月23日号 Science 掲載論文)

2020年10月25日
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70歳を越すと、身体的にも、精神的にも自分が老化してきたことを否応なしに感じさされる。身体的な衰えはいうまでもなく、例えば付き合う人の数もずいぶん少なくなったように感じる。ただ、今でも内外の学生さんや、顧問先の若手と話をするときは楽しいし、結局様々な精神的変化も、老化を自覚して自分で選んだというより、チャンスの問題だとも感じる。

いずれにせよ、高齢になると、付き合う人間の数が減り、相手も気心の通った、あまりストレスのない仲間に限られてくるのは、一般的な傾向として存在し、心理学ではこれをsocial ageing phenotypeと呼んでいるらしい。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、昨年私も見に出かけたウガンダ・キバレ自然保護区に住む高齢のチンパンジーの行動を克明に観察し、人間の高齢者と比べることで、人間の高齢者の社会性の起源を探ろうとした研究で、10月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social selectivity in aging wild chimpanzees(高齢の野生チンパンジーに見られる社会的選択制)」だ。

研究は単純だが、長期的視野に立った大変な観察研究で、1955年から2016年まで、20年にわたって15歳から58歳までの雄チンパンジーを観察し続け、老化に伴い起こる変化を調べている。

結果をまとめると、

  1. 高齢になると、毛繕いなどから判断される、相互の友情を重視する関係が増加し、相手に対して一方的にアクションするような関係は減少する。
  2. 高齢になると、付き合う相手が決まってきて、相手とはお互いに毛繕いなど、強い相互の友情を持つようになる。
  3. しかし、高齢になる程、大きな雄の群れに属するようになり、社会的適合性が高まっている。
  4. これを反映して、高齢になる程アグレッシブな行動が減り、他個体との協調性の高い行動が中心になる。

要するに、人間の高齢者と、行動の一般的傾向は同じであるというのが結論になる。以上のことから、多くの種で老化した動物は社会から離脱することが普通に見られるが、チンパンジーでは、身体的衰えを、感情的な社会性の向上で補う結果、人間の高齢者に見られるのと同じ行動パターンが獲得されたと結論している。勝手な想像を働かせると、物分かりの良い説教好きの横丁の爺さんがチンパンジーにも存在することになる。ということは、おそらくチンパンジーは「自分の将来に残された時間が短くなっている」などと考えることはないだろうから(と私が勝手に思っている)、人間、チンパンジーに共通に見られる、高齢者に典型的な行動のほとんどは、老化に伴う感情の変化が社会化されただけの行動で、自分の将来を見越して意識的に選んだ行動ではないことになる。

当然といえば当然だが、昨年ウガンダにチンパンジーとゴリラを見に行ったとき、それぞれの群れに、私のような素人が見てもわかる高齢の個体が、群の一員として行動しているのを見て感動した理由がよくわかった。

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10月24日 人間の脳のセロトニンやドーパミンの反応を測定できるらしい(12月9日号 Neuron 掲載予定論文)

2020年10月24日
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ドーパミンはパーキンソン病との関わりがあまりに有名で、アセチルコリンによる興奮性シグナルを抑制してバランスをとっている運動機能をすぐ思い浮かべるが、実際にはセロトニンとともに私たちの気分の調節に深く関わっていることがわかっている。おそらくうまくいって満足感を得た時のドーパミン作動性「ご褒美回路」についてはほとんどの人が知っているのではないだろうか。ただご褒美回路という名前からも分かる様に、ほとんどの実験は褒美や罰で条件づけられた動物実験で、ドーパミン作動性、セロトニン作動性の神経を記録するという実験系から生まれた概念で、同じことが生きた人間で働いていることを証明できているわけではない。というのも、ドーパミン神経を選択的に記録する技術がこれまで存在しなかった。

今日紹介するロンドン大学と米国ウェークフォレスト大学からの共同論文は直接的ではないが、、間接的にドーパミンやセロトニンの反応を人間で記録する方法を開発して、動物実験の様に褒美や罰の条件付けが必要のない課題でのそれぞれの反応を調べた研究で12月9日号のNeuronに掲載される予定だ。タイトルは「Sub-second Dopamine and Serotonin Signaling in Human Striatum during Perceptual Decision-Making(感覚に基づく決断を行なっている時の秒以下の単位のドーパミン、セロトニンシグナルを人間の線条体で記録する)」だ。

しかし、生きた人間の脳でドーパミンやセロトニン反応をどの様に記録できるというのか?よく読んでみると、筆頭著者の一人Kishidaさんたちが2011年に発表した方法で、深部刺激治療を目的に線条体に挿入された電極を通して、ドーパミンやセロトニンの酸化を誘導し、この反応から生まれる電流を記録することで、ドーパミンなどの量を秒以下の単位で調べる方法だ。最初はドーパミン、その後セロトニンについても測定が可能になっている。しかし、決して直接測定しているわけではないので、動物実験を繰り返し、それぞれのニューロトランスミッターの変化のパターンを学習し、それに基づいて各トランスミッターの反応を推定している。

対象者は深部刺激電極を設置する手術を受けるパーキンソン病2名、突発性振戦の患者さん3名で、電極設置のタイミングで、設置前に指導した課題を、設置後繰り返させることで、課題を行っている間の、ドーパミン反応とセロトニン反応を見ている。

さて課題だが、多くの独立に動いているドットが、決められた方向に動いているかどうか判断する課題で、それぞれのドットが協調していることが認識できる場合は判断が簡単になるし、また動く方向が指定された方向からのズレが大きいほど判断は優しくなる。すなわち、ドットの動きに関する確信の感覚と、それぞれの動きから統計的に判断する過程を一つの課題の中で、分離して調べることができる。

さて結果だが、はっきりしているのはセロトニンの反応で、多くのドットが揃って動いた時には安心して低くなり、逆にバラバラに動いているため不安に感じる時は上昇する。しかし、ドーパミンの反応は感覚の確実性には全く左右されない。

一方、方向性を最終的に判断するプロセスについてはドーパミンとセロトニンは逆相関しているが、共に関係している。すなわち、すぐに決断できる場合は、ドーパミン反応が高まり、セロトニン反応は下がる。また、判断を間違った場合はどちらもあまり変化しないが、判断が正しかった場合は、ドーパミン反応が高まりセロトニン反応が低下する。

結果は以上で、感覚についての不安がセロトニン反応に反映していることを示せたのは、新しい発見の様だが、大体のシナリオはこれまで動物で行われた研究に近い気がする。いずれにせよ、深部刺激治療が進んだ今、ドーパミンだけでなくセロトニンについても正しく反応を調べて、患者さんの治療につなげる可能性が生まれた様に感じており、研究の進展を期待している。

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10月23日 腸内細菌叢による炎症コントロールの一つの経路(10月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年10月23日
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腸内細菌叢が局所の免疫システムに大きな影響を与えることは広く認められ、健康な免疫システム確立のための様々な方法の開発が進められている。また、安倍首相の炎症性腸疾患の再発時に話題になった様に、腸内の炎症を鎮めるために、わざわざ便を移植するのも、免疫システムに細菌叢が大きな影響を持つと考えられているからだ。

今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、腸内細菌が免疫系に作用する一つの経路が Aryl hydrocarbon receptor(AhR )を介している可能性を示した研究で10月21日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Aryl hydrocarbon receptor ligand production by the gut microbiota is decreased in celiac disease leading to intestinal inflammation (芳香族炭化水素受容体のリガンドが腸内細菌叢により合成されることで腸管の炎症に繋がるセリアック病を抑える)」だ。

AhRはダイオキシンの受容体として働いた悪いイメージがあるが、バクテリアなど外界で合成された有機物のセンサーとして働いていると考えられてきた。しかし、免疫システム調節機能や、血液幹細胞の自己再生を高めることがわかって、これらのシステムの操作法の開発に用いるための研究が進んでいる。今回腸炎をAhRで制御しようというタイトルを見て、なるほどとすぐ納得するぐらい重要なシステムだ。

これまでの研究でAhRは腸上皮のバリア機能を高め、炎症性サイトカインを抑えることが知られている。そこでまず、細菌叢のAhRリガンド合成の材料になることがわかっているトリプトファンを3ヶ月食べさせたマウスで、グルテンにより誘導されるセリアック病を抑えられるか調べ、トリプトファン食がT細胞の浸潤を抑え、上皮のバリアー機能を維持し、抗菌物質リポカリン2の分泌が抑えられることを示している。

そして、これがトリプトファンに適応した腸内細菌叢が、通常の細菌叢と比べて多くのAhRリガンドを合成することによることを示している。元々グルテンを投与した腸内では細菌叢の変化が起こるが、トリプトファンに適応した細菌叢はグルテン投与でもAhRリガンド合成能を維持できることもわかった。

一方、トリプトファンが私たちの細胞で代謝されると、AhRの機能を抑えるキヌレニンが合成されるが、腸内細菌叢がトリプトファンに適応することで、私たちの細胞の代謝に回らないため、炎症を高めるキヌレニンの合成は低下するという効果もあることを明らかにしている。

トリプトファンの話はここまでで、あとはトリプトファン合成能を高めたロイテリキンを投与すると、トリプトファンを摂取させるのと同じ効果があること、そして当然ながらAhRのリガンドを投与することでも同じ様に炎症が抑えられることを示している。すなわち、トリプトファン食の効果は、トリプトファンからAhRリガンドを合成できるバクテリアの作用であること、そして炎症が外因性のAhRリガンドで抑制されていることを示している。

最後に、人間のセリアック病の患者さんの便を調べ、AhRリガンドの合成が低下していること、逆にキヌレニンのの量は上昇していること、そしてその結果AhRの活性が低下していることを明らかにしている。

以上単純だが、なるほどと納得できる研究だ。ぜひ、セリアック病だけでなく、腸管の慢性炎症治療の方法開発に至ることを期待する。

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10月22日 タンパク質を粘膜を通して投与する(10月14日号Science Translational Medicine掲載論文)

2020年10月22日
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今回の新型コロナウイルス治療で今最も注目が集まっているのは抗体療法だが、この方法の問題はコストだ。化学合成できる化合物とは異なり、細胞に抗体を作らせ、それを精製する必要がある。当然様々な規制をクリアして、静脈に大量駐車しても安全な抗体を薬剤として届けるには、儲けがないとしてもコストは覚悟する必要がある。

抗体薬のコストを下げるための一つの可能性は、抗体を飲んで摂取することだ。抗体自体は、遺伝子操作をした牛からミルクとして回収することができる。もしミルクの中の抗体を飲んで摂取できれば、コストは今の抗体薬の100分の1にまで下げられるだろう。ただ、問題は飲んだ抗体が体の中に入るのは、乳児期だけで、私たちの腸管上皮にも抗体を取り込む能力は残っているが、胃と十二指腸を通ることで、抗体自体の活性を保つことができないため、この夢は実現できない。

今日紹介するオスロ大学からの論文は、粘膜上皮を通して大きな分子を体内に導入する方法の開発についての研究で、10月14日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An engineered human albumin enhances half-life and transmucosal delivery when fused to protein-based biologics (遺伝子操作した人間のアルブミンは、他のタンパク質と結合させると血中の半減期と上皮を通したデリバリーを高めることができる)」だ。

読んでみると、驚くほどの話ではないが、上に述べた様に、抗体を食べることができればいいなと考えている私にとっては、学ぶところの多い論文だった。まず、粘膜を通して抗体を摂取する時に必須のFcRn受容体は、ほとんどの粘膜上皮に発現しており、腸管だけではないことを知った。

次に同じFcRnが抗体だけでなく、アルブミンも輸送する能力を有しており、実際にはアルブミンの輸送の方がずっと効率が高いこともよくわかった。

以上を確かめた上で、この研究ではヒトFcRnで置き換えたマウスモデルを用いた、経鼻的に投与したアルブミンを肺から吸収するという実験系を作り、アルブミンを体内に摂取するための条件を探索している。消化管と違い、投与できるタンパク質の量は限られており、それでも絶対量でマウス当たり、20〜50μg、人間にすれば100mgが投与できて、なんとそのうち7〜8割が体内に摂取できるという結果だ。

次にこの効率をさらに上げるために、アルブミン遺伝子に突然変異を導入し、正常のアルブミンと比べて4倍以上粘膜から移行できる、3箇所のアミノ酸が変化したQMPアルブミン開発に成功している。また、取り込みが高いだけでなく、血中での半減期も高まっている。

最後に、QMPアルブミンに、半減期が極端に短い血液凝固の第七因子を融合させ、体内に摂取できるか調べ、体内に移行するだけでなく、半減期も約3日に延長していることを示している。

これにより血友病を治療できるかどうかまでは確かめていないので、評価は難しいが、人間にして100mgぐらいのタンパク質を、血管ではなく粘膜を通して投与できることは、抗体の含まれたミルクを飲んで病気を治すという可能性が現実になることを示したと思う。

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10月21日 脂肪滴は細菌防御の第一線(10月10日号 Science 掲載論文)

2020年10月21日
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焦点を絞らず論文を読んでいると、よくこんなことを考えるなと感心する、想像もしなかった着眼点の研究に驚かされることが多い。今日紹介するバルセロナの医学生物学研究所からの論文はそんな例で、細胞内に形成されている脂肪滴が、代謝の調節だけでなく、細菌感染の第一線防御機能として働いていることを示した研究10月16日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Mammalian lipid droplets are innate immune hubs integrating cell metabolism and host defense (哺乳動物の脂肪滴は細胞の代謝とホストの防御を統合するハブとして働く)」だ。

一般的に着眼点がユニークな研究は最初から仮説に基づいて進められる。この研究では細菌感染の代わりにマウスにLPSを投与、これにより自然免疫と脂肪代謝変化を誘導した後、肝臓の脂肪滴を取り出し、そこに存在するタンパク質を大腸菌の培養に加えて、細菌毒性をまず調べている。

結果だが、LPS投与により肝臓での脂肪滴の数は上昇するとともに、大腸菌を殺す活性が高まっている。また、脂肪を取り込ませて脂肪滴の数が増えた人のマクロファージと大腸菌を混合培養した場合も、同じ様に大腸菌を殺す活性がある。この時大腸菌を取り込んだマクロファージを見ると、大腸菌の周りに脂肪滴が近づいて接着していることを確認する。以上の様に、自然免疫が活性化されると脂肪滴がまず細菌の防御の第一線として働くという仮説が確かめられたことになる。

次に脂肪滴による細菌毒性の分子機構を探索すべく、定量的質量分析を用いてLPSで活性化した脂肪滴と、正常の脂肪滴を比べると、驚くべき数の分子発現が変化していることを示している。この様に多くの分子が変化する場合、結局個人の好みで焦点を絞る必要があるが、このグループは脂肪代謝と自然免疫が持つ矛盾点、すなわち脂肪はミトコンドリアの酸化的リン酸化を高めるが、自然免疫では嫌気的解糖が進むというこれまで結果に着目し、細菌の感染は脂肪滴とミトコンドリアとの関係を断つことで、この両方の課題を克服しているのではと仮説を立て、LPS投与により起こる代謝変化がこの可能性を支持していることを確認した後、ミトコンドリアと脂肪滴を繋ぐ重要な分子PLIN5に着目して研究を進めている。

結論ありきの論文だが、結果は見事で、LPS刺激によりPLIN5の発現が低下し、その結果ミトコンドリアと脂肪滴との接着が低下する。このLPSによる脂肪滴とミトコンドリアの接着の減少はPLIN5を強制的に発現させると消失する。逆に、PLIN5発現が高いと、バクテリアと脂肪滴とのコンタクトが減る。

この変化に呼応して、PLIN2が脂肪滴に発現することで、以前紹介したViperin(https://aasj.jp/news/watch/13949)や抗菌ペプチドcathelicidinなど自然免疫誘導時の細菌毒性に関わる様々な分子が脂肪滴表面に集まってきて、ミトコンドリアから離れた脂肪滴が抗菌オルガネラへと変換することを示している。

結果は以上で、ミトコンドリアも細菌の一種と考えると、元々細菌とコンタクトして代謝を助ける役割を持っていた脂肪滴を、感染時に臨機応変にリプログラムして、抗菌オルガネラに帰るという面白い話だ。ただ読んでいて、結論へと導かれる気がするのも事実で、感動したという話にはなりにくい。

しかし、先日紹介した細胞の形態を核が感知するという話も、この論文も面白いと読んでみた研究がスペインからの論文だと知ると、研究にも民族性があることを感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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