11月20日 電子カルテと燃え尽き(Mayo Clinics 紀要オンライン掲載論文)
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11月20日 電子カルテと燃え尽き(Mayo Clinics 紀要オンライン掲載論文)

2019年11月20日
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このブログは医師の方々にも読んでいただいているが、今日は医師の労働環境についての論文を紹介したい。

私が病院で働いていた頃は、ワープロすらなくカルテは全て手書きと、返ってきた検査データ伝票を貼ることで作っていた。もちろんレントゲンもスケッチは欠かさなかった。しかし現在ほとんどの病院で電子カルテが導入されている。その結果、患者さんが来ると(私は自分で診察をすることはないので、全て患者として医師に診てもらっている)医師はまずPCに向かって検査データを見たり、訴えを書き込んだりするのが普通になっている。

もちろん医療レコードを整理して保存するという意味では電子カルテシステムはデータを共有するという意味で、手書きのカルテに代わるのが当然で、ぜひ日本中の医療機関で同じプラットフォームの電子カルテが導入されることを願う。しかし、最近患者の立場で診療所に行くと、医師がコンピュータに向かっている時間が長くなったのではないかと心配してしまう。ベテランならともかく、おそら経験の少ない医師ほど、コンピュータに縛り付けられる時間は長くなるのではないだろうか。電子カルテシステムが本当に医師の労働の重しになっていないか、常に見直すことは重要だ。

今日紹介するエール大学からの論文は、電子カルテを使うことを義務付けられた現在の米国の医師たちが、電子カルテの使い勝手をどう思っているのか、また最近問題になっている燃え尽き症候群と電子カルテの使い勝手からくるストレスと関係あるかについてアンケート調査をした論文でMayo Clinic紀要にオンライン掲載されている。タイトルは「The Association Between Perceived Electronic Health Record Usability and Professional Burnout Among US Physicians (米国の医師の電子カルテの使い勝手についての感覚と専門職の燃え尽き症候群の経験)」だ。

調査では、電子カルテの使い勝手をsystem usability scaleと呼ばれる評価基準に従って調べている。このスコアで最も使い勝手がいいのはグーグル検索で100点満点の93、みなさんが使っているGPSは71、エクセルソフトは57という結果になっている。診療科を問わず約3万人の医師に協力を依頼、その中で承諾を得た1250人に詳しいアンケートをおくり、870人から完全な回答を得ている。同時に、燃え尽き症候群を診断するための診断ツールで、それぞれの医師の燃え尽き度を診断してもらっている。

結果だが、使い勝手のスコアは平均値で45と、大至急改善が必要という結果が出た。もちろん一人一人が付けた点数は多様で、10以下から90まで正規分布している。高い点数をつけているのが、麻酔科、小児科、内科とともに、なんと救急まで入っている。一方、低い点は整形外科、一般外科の医師がつけている。しかし最も点数が高い麻酔科でも50止まりだ。すなわちまだまだ改善の余地があるということだ。

次に、各人がつけた使い勝手点数と、参加者の自己診断に基づく燃え尽き度を調べると、使い勝手が悪いと感じている人ほど、燃え尽き度が高いことがわかった。各科ごとに見ていくと、神経内科や救急のように使い勝手点数が高かったのに、燃え尽き度も高いというケースもあり、燃え尽き度が電子カルテで決まるとは思はないが、少なくともなんらかの形で寄与していることは確かなようだ。

結果は以上だが、最も重要なことは、電子カルテをさらに発展させる重要性だろう。パソコンと違って、一度導入するとフォーマットを変えにくいことはわかる。しかし、パソコンが普及し始めるとき、アップルのアイコンシステムが、使う側に立って考えるシンボルとなったように、user friendlyかどうか常に医師の方から声を上げることが重要だと思う。今、働き方改革の議論が進むわが国で真っ先に問題になっているのが、医師のオーバーワークだ。是非、労働の内容を正確に把握して、労働環境改善を真面目に考えてほしいと思う。またこのようなデータを、わが国からも国際誌に発表していってほしいと思う。

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11月19日 ダウン症の神経症状を改善できる可能性(11月15日Science掲載論文)

2019年11月19日
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ダウン症は21番目の染色体の数が1本増えることで起こる病気で、知能の発達遅延とともに、様々な身体的変化を合併する複雑な状態を指す。確かに染色体数は増えてはいるが、21番染色体上の遺伝子は正常なので、なぜ様々な症状が出るのか、まだまだ基本的なことがわかっていない。そのため、一部の対症療法を別にすると、これまで基本的な症状に対する治療法は全く開発されていない。

今日紹介するテキサス・ベーラーカレッジからの論文は、ダウン症の原因となるトリソミーにより脳細胞がストレスを受けるため、翻訳の開始が低下するのが症状の一つの原因で、この経路を正常化してやることで、トリソミーはそのままで症状を改善させられる可能性を示した論文で11月15日号のScienceに掲載された。タイトルは「Activation of the ISR mediates the behavioral and neurophysiological abnormalities in Down syndrome (統合的ストレス反応が活性化されることがダウン症の行動や神経生理学的異常の原因になっている)」だ。

この研究では最初からトリソミーは統合的ストレス反応によりタンパク質の翻訳が低下させ、これが症状につながるのではないかと仮説を立て、その検証から始めている。まず統合的ストレスが起こると、elF2aを介して翻訳が低下するため、mRNA上のリボゾームの数が低下する(ポリゾームが減る)。そこで、ダウン症と同じトリソミーを持ったモデルマウスの海馬や皮質を調べると、正常マウスに比較してポリゾームが低下していることを確認し、確かに総合的ストレス反応が起こっていることを明らかにした。また総合的ストレスはelF2がリン酸化されることで転写開始を抑えるが、ダウン症モデルでは、ポリゾームの低下と並行してリン酸化eIF2が上昇していることを明らかにしている。

elF2のリン酸化は4つの経路で誘導されることがわかっているが、ダウン症モデルの場合、例えばウイルス感染などで誘導されるPKR分子経路が活性化されていることを発見する。

このようにメカニズムの一部とその経路が明らかになると、治療可能性が生まれる。これを確かめるため、まずPKR遺伝子をノックアウトしたダウン症モデルマウスを作成して、記憶や行動を生理学的に調べると、完全ではないが大きな改善が見られている。

最後に、統合的ストレス反応を抑えることが知られている化合物ISRIBをマウスに投与し、長期記憶能力を回復させられること、これが抑制性神経の興奮を抑えることを介して起こっている可能性を示唆している。結果は以上で、トリソミー、PKR活性化、elF2リン酸化による統合的ストレス反応、翻訳異常、神経症状、という連鎖を明らかにして、遺伝的変異をそのままにしてダウン症を治療できる可能性を示したと言える。おそらくISRIBを用いる治療は他の問題も大きいと思うので、今後はPKR阻害を標的に研究を進め、ダウン症の症状を少しでも改善してほしいと思う。

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11月18日 製剤に関する地道な研究(11月13日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年11月18日
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以前、アメリカ小児科学会が選んだ、小児の命を救った7つの成果の中に、ワクチンやガン治療とともに、なんと幼児用チャイルドシートが選ばれていたのを知って、臨床医学が実際には広い分野に及んでいることを認識した(https://aasj.jp/news/watch/3336)。

健康に関していえば、栄養も多くの人を救うことができる重要な分野で、低開発国だけでなく、先進国でも子供の貧困による栄養障害は重要な問題になっている。もちろん、ビタミンやミネラルなどのマイクロニュートリエントは、現代の食生活でも不足する心配が常にあり、主に開発途上国でこの不足により毎年2百万人の子供が死亡していることから、この分野の研究は多くの人命を救う研究になることは間違いない。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はこのmicronutrientを安定に食品に添加できるカプセルの設計でScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A heat-stable microparticle platform for oral micronutrient delivery (マイクロニュートリエントを経口投与するための熱に安定なミクロカプセルの基盤技術)」だ。

実際食糧援助という状況でマイクロニュートリエントを考えると、サプリメントではなく食材に添加して、調理するのが最も有効だ。しかし、異なる性質のビタミンやミネラルの活性を保ったまま調理することは難しい。

この研究の目的は、マイクロニュートリエントを保護して高温でも活性を維持できるマイクロ粒子の開発で、最終的にFDAが許可しているBMCと、ヒアルロン酸やジェラチンを組み合わせてマイクロニュートリエントを包むことで、酸性の環境でだけ壊れ、熱に安定な、マイクロニュートリエントを実現できることを示している。

実験では、11種類のビタミンやミネラルについて一つ一つ調べ、100度で加熱しても全くカプセルから流出せず、胃を通った時だけ分解して摂取できることを示している。

ただ、鉄についてはアイソトープを用いた摂取実験から、やはりBMCで包むと摂取量が37%に落ちる。そこで、少し工程を工夫して、何倍もの鉄を粒子に取り込ませるための技術も開発している。

結果はこれだけで、本当にこれが安価なマイクロニュートリエント作成につながり、多くの子どもの命を救えるのか確かめられたわけではない。ただこの論文を読んでいて、チャイルドシートと同じで、一般の食品メーカーでも、多くの命を守り、さらにScience Translational Medicineに掲載される論文が書けることを示している意味で、紹介することにした。

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11月17日 トリプルネガティブ乳ガンのマウスモデル(11月14日Cell掲載論文)

2019年11月17日
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先日YoutTubeでKRAS標的薬の配信をした時、聞き手になってくれた岡崎さんから、トリプルネガティブのステージ4の患者さんの一人が、anti-PDL1治療で長期間再発無しに過ごしておられることを聞いた。不勉強で、、BRCA変異がある場合はともかく、トリプルネガティブ乳ガンで突然変異数が高まっていることを知らなかったが、それにいち早く気づいて許可されたテセントリクがまず成功を収めたようだ。しかしオプジーボなど他のチェックポイント薬も続いてくると思う。

まさに、免疫チェックポイント治療の前に、まだまだ大きな海が広がっていることを示しており、ぜひ薬価の方を大胆に下げるぐらいの気持ちが欲しいともう。 とはいえ、最初からこの治療の問題として指摘されているのが、どのようにチェックポイント治療が有効な免疫が成立しているガンを見極めるか、あるいは 免疫を誘導するかになる。そのためにはできるだけ人間に近い実験モデルも重要で様々な試みが行われている。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文はトリプルネガティブ乳ガンモデルを作成して、人間の症例と比べながらチェックポイント治療の必要条件を調べようとする研究で11月14日号のCellに掲載された。タイトルは「B Cells and T Follicular Helper Cells Mediate Response to Checkpoint Inhibitors in High Mutation Burden Mouse Models of Breast Cancer (B細胞と濾胞ヘルパーT細胞が突然変異数を上昇させた乳ガンモデルのチェックポイント治療に関わっている)」だ。

詳細は省くが、この研究のハイライトは、人間に近いトリプルネガティブ乳ガンを発生するマウスを作成し、さらにこの系にApobec3Bの過剰発現やBRCA1の欠損を加えて突然変異の頻度を増やしたガンを作成したことだと思う。ヒトのガンの解析から、突然変異が多いほど免疫が成立しやすいことはわかっていたが、思い返してみてもこの条件をマウスガンモデルで作り直した研究は思い出せない。

結果は明確で、どんな方法でも突然変異が増える変異があると、チェックポイント治療の効果が高まることを明らかにしている。 その上で、ガン組織の遺伝子解析を行い、B細胞とT細胞がともにガン組織に存在することが効果が得られる重要な要因であることを発見している。また同じことが、人のガン組織でも得られることをデータベースサーチから確認している。

あとは詳しい浸潤リンパ球の解析を行い、これまで注目されてきたCD8T細胞の増加以外に、濾胞型ヘルパーT細胞とB細胞が同時に増加すること、また両方とも抗原特異的クローン増殖であることがチェックポイント治療の効果が見られたガン組織の特徴であることを示している。 最後にガンマウスモデルを用いて、濾胞型T細胞やB細胞を抗体で除去する実験を行い、確かにCD8T細胞だけでなく、全ての細胞がガン免疫に働いていることを明らかにしている。

突然変異数と免疫を調べられる乳ガンモデルを作成したこと、他のリンパ球サブセットの重要性を明らかにしたことは重要だと思うが、わが国ではまだ認められていないPD1とCTLA4の併用を最初からチェックポイント治療の標準においている点など、いろいろ問題も感じる研究だ。ただ。モデルマウスの重要性は再認識した。

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11月16日 ファージウイルスで腸内の悪玉菌を制圧する(11月16日Nature掲載論文)

2019年11月16日
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いつだったか、顧問先の研究員の人から、腸内細菌叢をファージでコントロールすることはできないかと質問されたことがある。その時、ファージは確かに細菌を溶解するが、腸内細菌叢のように極めて複雑な場合、特異的にコントロールするのは難しく、さらに細菌にはクリスパーシステムのような免疫機構が備わっているため、すぐに耐性が生まれるはずで、なかなか実現は難しいと答えたことがある。

とはいえそれでもファージによる感染症治療の試みは続けられており、例えば抗生物質が全く効かない難治性の抗酸菌症治療に使われた例をこのブログでも紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/10197)。ただ、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、私自身おそらく不可能だろうと思った腸内細菌叢を標的にしたファージ治療の可能性を示した論文で11月16日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Bacteriophage targeting of gut bacterium attenuates alcoholic liver disease (バクテリオファージで腸内の細菌を標的にする治療はアルコール性肝炎を改善させる)」だ。

この研究では最初、まずアルコールにより誘導される腸内細菌叢の変化を調べ、アルコール性肝炎の患者さんの8割がEnterococcus faecalisの比率が極端に増加していることを発見する。そして、E.faecalisの中でもサイトリシンを発現している系統が増えている患者さんのほとんどが、180日以内に肝炎で死亡するという恐ろしい結果に気づく。

Faecalisをマウスに移植する実験で、サイトリシンとは無関係にFaelcalisはアルコール摂取により腸内での比率を高め、さらに肝臓にまで侵入することができる。しかし、サイトリシンが発現しているとアルコール性肝炎の程度は、同じfaecalis感染でもはるかに高まる。同じことは、肝炎患者さんの弁を移植した無菌マウスの実験でも確認している。すなわち、肝炎の悪化はサイトリシンに責任があることを明らかにしている。

幸いFaecalis特異的なファージウイルスが存在することが知られていたため、胃酸が分泌できないマウスにFaecalisを感染させ、アルコール摂取で腸内での比率を高めたあと、下水より分離した4種類のファージを摂取させる実験を行い、Faecalisの比率が下がると同時に、肝炎も改善することを示している。

最後に、無菌マウスに患者さんの大便を移植する実験で、ファージにより病気の改善が可能であることを示している。

結果は以上で、バクテリアの免疫を克服し、実際の人間の治療にも使えるかどうかはこれからの話だと思う。しかしサイトリシン陽性のfaecalis感染者の死亡率がそんなに高いとしたら、できるだけ迅速に治験を行って欲しいと思う。また、検査としても、faecalisは予後を占うために重要で、ぜひ調べて治療戦略を練るようにする必要があると思った。

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11月15日 年寄りの便も捨てたものではない?(11月13日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年11月15日
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今やテレビコマーシャルでも当たり前のように腸内細菌叢の重要性が強調されるようになっている。もちろんこの認識は正しいのだが、実際に何がいい菌で何が悪い菌か、そう簡単にはわからない。また、既に出来上がった細菌叢を自分の意のままにコントロールするなど夢のまた夢だと思う。

今日紹介するシンガポール、スウェーデン、中国からの共同研究は、この分野からの結果はまだまだ意外性に満ちている、すなわち私たちがわからないことが多いことを示すいい例で11月13日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Neurogenesis and prolongevity signaling in young germ-free mice transplanted with the gut microbiota of old mice (若い無菌マウスへの高齢マウスの便移植で誘導される神経増殖や寿命の延長に関わるシグナル)」だ。

この研究では例のごとく、無菌マウスに若いマウスの便、あるいは高齢マウスの便を移植し何が起こるかを調べている。ほとんどデータは示されていないが、高齢無菌マウスで実験を行った時はほとんど変化がなかったのだと思う。すなわち、年寄りに若い人の便を移植して若返ることはない。

ところが驚くことが起こった。すなわち、若い無菌マウスに高齢マウスの便を移植した時だけ、脳の海馬の神経細胞が増殖し、さらに脳の代謝も高まる。この原因を調べていくと、脳細胞の増殖はBDNFと呼ばれるサイトカインの分泌が上昇したためであることがわかった。

また腸管上皮の増殖も促進され、その結果腸も長くなる。これと並行してTNFαやPPARシグナルが上昇していることから、腸管上皮自体の様々な機能が高められていることがわかる。

次に、体の代謝を調べてみると、肝臓でのエネルギー代謝が高まる方向での遺伝子発現の変化が起こり、またアンチエージングに関わるAMPK, SIRT1, mTORなどの遺伝子発現が上昇することがわかった。

ここまでは意外な結果で、年寄りの便が若者の体をさらに若返らせるというなんとなく矛盾に満ちたデータなので驚くが、あとは結構常識的で、高齢マウスと若いマウスとの便の比較から、この差を誘導するのがブチル酸で、ブチル酸投与が高齢者の便と同じ効果を持つことを示している。

最初に述べたが、残念ながら老化無菌マウスでは全くこの差が検出できないことから、結局体の老化を便で克服するのが難しいことがわかる。最初は面白いと思っても、結局はあまり役に立たない話だなとがっかりするが、ひょっとしたら腸内細菌叢が若返らそうと頑張ってくれているから、老化が少しは遅れていのかもしれないともおもえる。いずれにせよ、年寄りの便も捨てたものではない。

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11月14日 クリスパーシステムをバイオセンサーに使う(Angewandte Chemie Int. Ed: 58 2-9掲載論文)

2019年11月14日
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最近クリスパーも当たり前になって、紹介する機会も減ってきたが、このシステムを思いも掛けない目的で使うための技術開発は着々と進んでいる。ただ、分子センサーに使うというアイデアは初めてだ。

さて、皆さんは昨年5月1日にCas12aについてこのブログで紹介したのを覚えておられるだろうか(https://aasj.jp/news/watch/8385)。普通のCasと異なり、Cas12aは特異的なDNAだけでなく、周りにある一本鎖DNAを切断してしまう活性を持つ。

今日紹介するクリーブランド、ケースウェスタン大学からの論文はこのCas12aの特徴を生かして血中などに存在する特定のDNAやタンパク質を検出するシステムの開発でAngewandete Chemie International Editionに掲載された。タイトルは「Exploring the Trans-Cleavage Activity of CRISPR-Cas12a (cpf1) for the Development of a Universal Electrochemical Biosensor(CRISPR-Cas12aのトランスDNA切断活性をユニバーサルな電気化学的バイオセンサーの開発に用いる)だ。

この研究ではCas12aがガイドとして用いるCRISPR-RNAと標的の2本鎖DNAとがマッチした時、標的DNAとともに、周りにある一本鎖DNAを切断する活性を利用して、この非特異的酵素活性を電気的に検出するシステムを着想し開発している。具体的には、金箔の上に10塩基の長さの一本鎖DNAを貼り付ける。このDNAの断端にはメチレンブルーが結合されており、これにより化学的電流が発生するようになっている。しかし、DNAが切断され、メチレンブルーが表面から消失すると、電流が流れなくなるという原理を用いている。

この場合検出するのは例えばウイルスDNAのような、特異的なDNAが存在するかどうかで、存在する場合だけCas12aが活性化され、その場合チップ上で検出できる電流が落ちる。

様々な条件を検討した結果、最終的には109Mの濃度の標的DNAを2−3時間で検出できることを示しており、濃縮なども考えれば実用範囲に持っていくのはそう難しいことではない。さらに、特定のDNAに限って検出するとき、ミスマッチが起こっている場所に応じて電流の低下が変化することから、標的DNAの変異の場所を特定できる可能性も示している。

ではこの系を核酸ではなくタンパク質を検出する系として利用できるかが次の課題だ。著者らは特定のタンパク質と結合すると同時にCas12aを活性化できるように改変したアプタマーと呼ばれるDNAを作成し、まずこのアプタマーをそれと結合するタンパク質と混合させたあと、残ったアプタマーをCas12aの活性化に用いることで、アプタマーと結合した標的タンパク質の量を、DNAと同じように測定できることを示している。

以上が結果で、考えれば核酸が持つ様々な特異性をうまく利用したバイオセンサーが可能なことはよくわかった。おそらく価格も安いと思うが、あとは競争力だけの問題だ。しかし、CRISPRの可能性は驚くほど広い。

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11月13日 2型糖尿病を防ぐ期待のアディポカイン(11月号 Nature Medicine 掲載論文)

2019年11月13日
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糖尿病薬の中で直接ベータ細胞に働きかける作用を持つものとして GLP-1(インクレチン)が存在するが、これはベータ細胞にインシュリンを分泌させる作用はあっても、糖尿病でベータ細胞が徐々に失われるのを止める作用はない。この点で期待されているのが、やはりインシュリン分泌促進作用を持つアディポネクチンの一つで、補体C3を活性化型のC3aへ転換する作用を持つアディプシンだ。

今日紹介するコーネル大学からの論文はアディプシンの長期投与が本ベータ細胞の保護作用を有していることを明らかにした研究で11月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Adipsin preserves beta cells in diabetic mice and associates with protection from type 2 diabetes in humans(アディプシンは糖尿病モデルマウスのベータ細胞を保護し、人の2型糖尿病を防ぐ)」だ。

アディプシンのベータ細胞長期保護作用をまず明らかにするために、この研究ではベータ細胞が失われていくdb/dbマウスに、正常あるいはdb/dbマウスの膵島を、外から長期間の観察が可能な眼の前房に移植し5ヶ月間観察、同時に導入したアディプシン遺伝子が膵島萎縮を防ぎ糖尿病を予防できるかを調べている。期待通り眼の前房への膵島移植は糖尿病発症のプロセスを反映できる実験系で、この系でアディプシンは長期投与可能で、db/db膵島のインシュリン分泌を高めるだけでなく、ベータ細胞死を防ぐことを明らかにする。また、インシュリン感受性やベータ細胞増殖には全く影響ないことも確認している。

次に細胞死が防がれるメカニズムを調べ、アディプシンはC3aの生成を介してベータ細胞のDusp26脱リン酸化酵素産生を抑制し、このシグナル系がベータ細胞維持に必要な転写因子の発現を誘導することで細胞死を防いでいることを示している。この結果は、Dusp26の脱リン酸化作用を抑えることがベータ細胞の維持を促進することを示しているが、事実脱リン酸化阻害剤NSC-87877を投与するとdb/dbマウスのインシュリンレベルは高まり、更にパルミチンによるヒトベータ細胞の障害も防ぐことを明らかにしている。

これらの結果は、アディプシンやDusp26経路がベータ細胞を保護し、変性を防ぐ新しいメカニズムの薬剤になる可能性を示している。そこで、心臓疾患の発生を追跡しているコホート研究参加者6886人を調べると、血中アディプシンの高い人は肥満になる確率は高くとも、糖尿病のリスクが低いこと、またアディプシン血中濃度と相関するSNPは糖尿病とも相関することを発見する。

以上が結果で、アディプシン、C3a、そしてその受容体、Dusp26が、ベータ細胞の保護作用がある糖尿病治療標的として考えられることを示している。アディプシンのようなアディポカインは血中濃度が高く、それ自体を投与するのは難しく、この経路を標的とする薬剤開発は簡単ではないと思うが、おそらく多くの製薬は開発を続けているような気がする。

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11月12日 嗅球が存在しなくても匂いの感覚は維持できる(Neuron 1月8日 掲載予定論文)

2019年11月12日
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音や光といった物理的刺激に対する感覚細胞は、発生及び成長過程で確立されると、ほぼ置き換わることはない。しかし、嗅覚の入り口にある嗅細胞は一定の期間で新しい細胞に置き換わる。それにもかかわらず、匂いの感覚が変化せず維持されるのは、バラバラに存在する嗅細胞が、発現する受容体に合わせて嗅球の特定の場所に投射し、そこからつねに一定の感覚サーキットを再構成できるからとされてきた。すなわち嗅球で形成されるパターンが匂いの認識の基盤になっていることになる。実際、先天的に匂いが感じられない人では、嗅球は存在しない。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はMRI検査で全く嗅球の認められない、しかし嗅覚は正常な女性が発見されたという話で1月8日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Human Olfaction without Apparent Olfactory Bulbs(明確な嗅球がない人の嗅覚)」だ。

これまでも動物実験で嗅球を壊す実験から、嗅球がなくても嗅覚を回復できる可能性を示す実験結果は出されていた。ただ、このような実験はどこまで障害が及んでいるか評価が難しく、人間で先天的に嗅覚がない人は嗅球がないので、嗅球は嗅覚に必須というのがこれまでのドグマだった。

このグループはMRI画像をスクリーニングしているうちに女性2例にはっきりした嗅球がないことを発見した。様々な解析を繰り返し、嗅球が存在したとしても正常の0.18%以下の大きさで、匂いパターンの認識に必要な6000近い嗅糸球体は存在しても10個以下であることが推察された。また、水の動きを調べて神経結合を測定するMRIで調べても嗅覚を統合する一次嗅覚野からの神経連絡が欠損していることがわかった。とはいえ、機能MRIでは匂いに反応して嗅覚野が興奮していることが確認されるので、間違いなく嗅上皮からシグナルは到達している。ただ、一次嗅覚野がどこと結合しているのかはこれらの検査では明らかにならなかった。

次に様々な方法で徹底的に嗅覚機能を調べている。一人は機能、特に匂いの分別機能が正常の下限にあるが、それでも正常範囲で、先天的な欠損症と比べると、一応正常範囲といえる。

この2例が特別なケースかどうか調べる目的で、さらに大きなMRIデータベースを調べたところ、なんと0.6%が同じような嗅球欠損が認められ、しかも全て左利きの女性だった。

事実は小説より奇なり、の典型で謎が残っただけの症例報告だが、左利きの女性に今のところ限定されており、左利き女性ならなんと5%にこの異常が認められることから、さらに大規模な調査が行われるだろう。

一番知りたいのはどこが嗅球の代わりをして、嗅糸球体はどのように分布して匂いのパターンを維持しているかだ。もちろん左利きの謎もある。結構多くの論文が続きそうな予感がする。

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11月11日 肺線維症治療の新しい可能性(10月30日号Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年11月11日
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最近の論文を読んでいると、これまで対策のなかった様々な病気について、メカニズムに基づいた治療法の開発が進んでいるのを実感する。例えば肺線維症で見てみると、肺の繊維化を誘導するEphrinB2の生成を止めるADAM10阻害薬、老化線維細胞を除去するダサニチブ+ケルセルチンなど、新しい発想で期待できると思う。しかし、肺線維症に罹患した友人や、治療法の開発を望まれる患者さんたちのメールを読むと、これらの治療法が本当にベッドサイドに届くのには時間がかかり、患者さんたちはもどかしい思いをしているのがわかる。しかし、それでも私ができるのは論文を読んで期待できる治療法を説明することだけだと開き直るしかない。

今日紹介する米国メイヨークリニックからの論文は、肺線維症の増悪要因の一つに肺内で作られるドーパミン量の低下があり、これを補うと肺線維症の進行を止められる可能性を示した研究で10月30日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Selective YAP/TAZ inhibition in fibroblasts via dopamine receptor D1 agonism reverses fibrosis(線維芽細胞でドーパミン受容体D1刺激を介してYAP/TAZ を選択的に阻害すると繊維化を元に戻すことができる)」だ。

細胞の機械的刺激に関わるシグナルYap/Tazの肺線維症への関与が最近認識されるようになっており、このシグナルを抑制して肺線維症を直せないか試みが続いている。ただYap/Taz経路は様々な上流で動くため、線維芽細胞特異的にこの経路を抑制するのは簡単ではない。そこで、Yap/Tazシグナルのオン・オフに関わることが知られているGタンパク質共役型受容体の中で、肺の線維芽細胞に特異的に発現している受容体を探し、ドーパミン受容体D1(DRD1)を突き止める。

次にDRD1のアゴニストであるDHXを肺線維症患者さんの線維芽細胞に加えるとYap/Tazシグナルを抑制できること、さらには試験管内の系で患者さんの線維芽細胞をTGFβで刺激する実験系で見られる細胞外マトリックスの酸性と沈着を抑えることを示している。

次に、ブレオマイシンを投与したマウスに誘導される肺線維症モデルにDHXを投与すると、肺線維症の進行をおさえ、さらには肺の病理像もほぼ正常に回復させられることを示している。また、マウスに投与する実験で肺の線維芽細胞のみでDHXによるYap/Taz阻害が見られ、他の細胞にはほとんど影響がないことを示している。

この効果は肝臓の繊維化でも見られる。また、Yap/Tazを抑えるのはDRD1だけでなく、セロトニン受容体5-HT7でも同じ効果が得られることも示している。

これらの結果は局所でのドーパミンシグナルが肺の線維芽細胞の活動を調節し、この異常が肺線維症の悪化要因になることを示している。そこで、特発性肺線維症患者さんの肺でドーパを産生する酵素を調べ、DDCと呼ばれる酵素が肺線維症で低下していることを示している。

以上が結果だが、新しいメカニズムと治療法を示唆する力作だと思う。肺の場合吸入で投与ということも可能なので、是非早く臨床に有効かどうかを調べて欲しいと思う。

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