2020年7月12日
全く知らなかったのだが、南米に最も近いポリネシア、イースター島ではアメリカ原住民とポリネシア人が、それぞれの地域にヨーロッパが進出するずっと以前にコンタクトがあり、文化や遺伝子が南米から流入した可能性が議論されていたようだ。そこでゲノムの出番と、今までに少人数のイースター島住民のゲノムを調べているが、その証拠は見つかっていなかったようだ。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はこの可能性を調べるために、イースター島だけでなく、広い範囲のポリネシア人と太平洋岸の様々な地区のアメリカ原住民のゲノムを比較し、確かに両者にコンタクトがあったことを証明した論文で7月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「Native American gene flow into Polynesia predating Easter Island settlement(イースター島への移住前に、アメリカ原住民からポリネシア人への遺伝子流入が存在した)」だ。
それぞれの関係を調べると、マルキネス諸島より東のポリネシア人には北部中南米とチリ付近のアメリカ原住民のゲノム流入が明らかに存在していることを発見している。ただ、それぞれの地域には別々にヨーロッパ人が進出し、さらには奴隷として連れ去られる悲しい歴史が残っている。そのため、アメリカ原住民の遺伝子流入を正確に推定するためにはヨーロッパ人からのゲノム流入を詳しく調べる必要があり、これとは独立に起こったアメリカ原住民との交雑を特定する必要がある。
結果、中南米北部のコロンビア付近の原住民のゲノムが、たしかにポリネシア人に存在し、それはヨーロッパ人の影響とは全く無関係に起こったことを明らかにしている。すなわち、コロンビア付近のアメリカ原住民が、自力でポリネシアのどこかの島にたどり着いたことを示している。
最後にこのイベントが起こった時期を計算し、ヨーロッパの植民による南米からの遺伝子流入とは別に、各島ごとにばらつきはあるが紀元1150年から1230年までに収まることを明らかにしてる。
以上が結果で、海流が存在するとはいえ、進んだ航海技術なしにアメリカ原住民とポリネシア人がどうコンタクトしたのかは明らかでない。著者らは一つの可能性として、ポリネシア人が移住していなかった島にアメリカ原住民がまず流れ着き、そこでポリネシア人との交雑が起こったと考えるのが、一番今回の研究結果と合致することを示唆しているが、他にも様々な可能性があるかもしれない。いずれにせよ、多くの島に別れて住んでいるポリネシア人には別々の歴史が存在するはずで、今後個別の調査によって、歴史が明らかになるのではと期待できる。
2020年7月11日
現代の生物学はもともと生命の自然発生を否定するパストゥールのテーゼ「生命は生命から」に始まっている。しかし、40億年前の地球では、このテーゼに反するAbiogenesis, 無生物から生物が発生した。現役を退いてからまずやってみたいと思ったのが、このAbiogenesisに関して行われている研究を調べ、自分なりにそのシナリオを理解することだった。最初どうなるかと思ったが、この分野が力強く進んでおり、自分でも納得できるシナリオをまとめることができた。そして大胆にも、阪大や東大の学生さんにAbiogenesisを講義している 。その内容はHPでもYoutubeで紹介しているのでぜひご覧いただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=fN9PZtj_UGk)、
ただ、この講義ではいわゆるRNAワールドを基本に講義を構成しており、アミノ酸が繋がったペプチドのabiogenesisの可能性は講義しても、自然発生したタンパク質と機能との相関についてはほとんど講義していない。これは、自然発生では機能という目的性が全く存在せず、取りつく島がないからだが、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はこの分野の方向性を示す面白い研究だと思ったので紹介する。タイトルは「Primordial emergence of a nucleic acid-binding protein via phase separation and statistical ornithine-to-arginine conversion (核酸結合タンパク質は原始の世界で、オルニチンがアルギニンに転換し、相分離が起こることで自然発生した)」だ。
おそらくこの論文の著者らも最初の機能的タンパク質がRNAワールドとともに生まれたと考えていると思う。そのため、核酸を安定化させるという機能を持った核酸結合性タンパク質が生まれた過程のシナリオを目指している。
そこで注目したのがリボゾームに結合するタンパク質S13などが属している、二重鎖の核酸に結合するヘリックス・ヘアピン・ヘリックス構造を持つ一群のタンパク質だ。選択は恣意的と言えるが、RNAワールドから考えると十分納得がいく。
さて、この研究では現在存在するHhH分子の系統樹から、最も祖先形と考えられる配列を推定し、その配列を合成してDNA結合能を調べるところから始めている。現在のHhHモチーフはよく似た異なるペプチドが2量体を形成しているが、このような複雑な組み合わせは原始の世界ではあり得ないので、同じHhHモチーフがリンカーで合体した分子を、おそらく最初に生まれた原始形として再現している。
実際にはHhHモチーフをつなぐリンカーなどを工夫が必要だが、最終的に核酸結合能を持ったタンパク質を再現でき、これをスタートに、まず生物以前に存在できたアミノ酸に置き換えている。すなわち、His,Phe,Tyr,Lysなどは原始の世界では存在しないので、それを他のアミノ酸に置き換える作業だが、これが一番難航したと思う。アミノ酸の化学的性質の近似や、構造などから推察を繰り返し、最終的にアラニンを14個含むペプチドにたどり着き、これが核酸結合能を持つことを確認している。
そして最後に、アラニン以前に多く存在したと考えられるオルニチンでこのアラニンを置き換えてみると、核酸結合能が失われることから、原始の世界ではオルニチンが少しづつアラニンで置き換わる過程が存在したと仮定し、ランダムにオルニチンを置き換えていくと、タンパク質が折りたたまれるようになり、変換の数に従って核酸結合能が回復する。
そしてきわめつけは、アルギニンへの転換が多いほど、核酸を加えた液相で、大きな相分離した液滴を作ることまで示している。相分離は原始の世界を説明するのに重要だと感じていたが、相分離がタンパク質の一つの機能だとすると、私の中のAbiogenesisのシナリオはさらに現実性を持ち始めた。
結果は以上で、これまで抜けていたタンパク質の機能についてのピースが見つかったような気になった。来年の講義から是非使いたいと思う素晴らしい発想の論文だと思う。
2020年7月10日
新型コロナウイルスに対する抗体反応は不思議な点が多い。それをブラックボックスのまま、例えば日本人の特性と結びつけて議論してもほとんど意味のないことだ。確かに一般の人やマスメディアはブラックボックスでもすぐに答えを欲しがるため、「ブラックボックスなのです」という答えでも、答えとして満足をあたえるようだ。山中さんのファクターXという言葉に納得しているメディアからそれがわかる。すなわち、「わからない」という答えを「ブラックボックスです」という肯定形に転換するマジックは科学には通用しない。
科学者は。「いつかわかるようになる」と語ればいいと思う。というのも、現在の科学は、多くの「まだわかっていない」を、時間さえかければ「わかった」に転換する方法を備えている。例えば、新型コロナウイルスに対する抗体反応については、メディアも含めて様々な議論が行われているが、まだ完全な解析が行われていない段階では、満足いく答えなどあり得ない。
その意味で今日紹介するドイツ・ケルン大学からの論文は新型コロナウイルスに対する私たちの抗体反応、というよりB細胞の反応を遺伝子レベルで徹底的に解析した研究で、新型コロナウイルスに対する免疫反応が、これまで私自身が持っていた抗体反応の常識に合わないことを示していた。タイトルは「Longitudinal isolation of potent near-germline SARS-CoV-2-neutralizing antibodies from COVID-19 patients (ほとんど突然変異のないしかもウイルス感染を中和する抗体がCovid-19患者さんから長期間分離される)」だ。
どの方法論を取るかは別にして、手間はかかっても必ずどこかで探求が進行していると期待して、論文が出るのを今か今かと待っているといった研究があるが、この論文もその典型だ。いうまでもなく抗体反応は、抗原に反応する個々のB細胞が分泌する抗体の集まりで、新型コロナに対しても多くのB細胞が動員されると考えられる。さらに、インフルエンザを含む多くのウイルス感染の研究から、これらのB細胞は突然変異を繰り返し、急速に抗原への結合能が高い抗体遺伝子へと進化することが知られている。
この研究では、軽症および無症状の感染者をPCRによる検査陽性が判明した時点から最長69日まで、新型コロナウイルスのスパイク抗原に焦点を絞って抗体反応を追跡している。ただ、これまでの研究と異なり、血清中の抗体だけでなく、抗体を分泌しているB細胞を2000個近く末梢血から分離、それぞれの抗体遺伝子配列を決定し、一部については遺伝子から抗体を再構成しなおして活性を調べている。要するにウイルスに対する抗体のレパートリーを徹底的に調べる手間をかけた研究を行なっている。
考えるだけでも大変で膨大な実験だが、手間に見合った成果は大きかった。できるだけわかりやすく、結果を箇条書きにして説明しよう。
無症状から軽症の感染者では、中和抗体も含めて、血清中に抗体が速やかに現れる。しかも、抗体は少なくとも2ヶ月は維持される。 これと相応して、スパイク抗原に反応するB細胞も0.2-1%(全B細胞のうち)の割合で出現し、その割合はほとんどのケースで時間とともに上昇する。 1751個のB細胞の抗体遺伝子(VHとVL)配列を調べると、特定のクローンに収束することなく、多くのVH、VL遺伝子が反応していることがわかる。すなわち、スパイクという一つのタンパク質に対して、多くの異なる抗体遺伝子が動員されている。 抗原に反応するB細胞が時間とともに増加することは、B細胞が増殖していることを示すが、異なる時点でスパイクに反応するB細胞を採取し、抗体遺伝子を解析すると、一部のクローンは最初から60日まで維持されていることがわかる。 普通はこのような持続するクローンが優勢になるのだが、コロナ感染の場合、必ずしも少数のクローンが優勢になるわけではなく、常に多くのクローンが抗原に対して維持され続けている。 特定のクローンが優勢にならないということは、どのVH、VL遺伝子が選ばれているかからもわかる。すなわち人間が生まれついてもっているVH、VLの多くが反応しており、例えばVHでは第3グループが選ばれる確率が高いが、中和抗体でも驚くほど多くのV遺伝子が使われている。 抗体遺伝子の多様性は遺伝子再構成場所の挿入欠失で起こり、この変異は確かに多様性があり、この時高い反応性の抗体が生まれていると思う。しかし、驚くことに多くのウイルス感染で見られるV遺伝子への突然変異の蓄積がほとんどない。すなわち、生まれつき持っているV遺伝子の組み合わせで、活性の高い中和抗体ができる可能性がある。 これを確かめるため、12人の患者さんから新たにB細胞を採取、その遺伝子を再構成して、中和活性の高い抗体を特定し、その上でこれに対応するV遺伝子を調べると、やはり多くのV遺伝子が選ばれている。しかも、突然変異の蓄積と、再構成した抗体の中和活性にはほとんど相関はなく、元々持っているV遺伝子セットでも高い中和活性を実現できていることがわかる。 しかも、再構成した28種類V遺伝子セットのうち、4種類はなんと自己反応性が存在する。 祖先B細胞が特定できるB細胞クローンを選んで突然変異の蓄積率を調べると、1週間にようやく0.1ー0.5突然変異が蓄積する程度の変異率しかない。すなわち、ダーウィン進化でいう自然選択圧が低い。 中和活性のあるV遺伝子セットを、感染歴のない正常人のV遺伝子レパートリーと比べると、L鎖遺伝子ではほとんど変異がなく、VH遺伝子も生まれつき持っているV遺伝子レパートリーに近い。そして、正常のV遺伝子セットから、十分中和活性のある抗体を再構成できる。
以上が結果で、かなり詳しく紹介した。要するに、少なくとも軽症者についていえば、感染後のB細胞の進化過程がミニマムでも、十分高い中和抗体が形成できることを示している。すなわち、元々持っているV遺伝子セットを抗原で増殖させるだけで良いということになる。これは、中和抗体を目指すワクチン開発には大きな朗報と言えるだろう。もちろんT細胞免疫についても忘れてはならない。
なぜこのような独特の免疫反応が起こるのか、また重症者ではどうなのか、同じような研究が進んでいると思う。この点についていうと、ワクチン研究はまさにこの問題に迫れる、感染がコントロールされた人体実験でもある。この機会に、今度はワクチン接種後の抗体レパートリーの変化を、ぜひこの研究と同じレベルで解析してほしいと思う。T細胞でも同じだ。
まだ若い時、直接V遺伝子配列を決めることが可能になって、アイソトープにまみれて抗体遺伝子のレパートリーを調べたことがある。その時の経験からも、さらには最近進む多くの感染症での抗体レパートリーの研究からも、レパートリーが進化するという常識が形成されていたが、新型コロナウイルスに対する抗体反応はこの常識を覆す(と言っても必ず共通の説明は可能なはずだ)。基礎研究としても極めて重要な免疫分野が生まれていると感じる。
追記 中和抗体がほとんど変異していないセットでできるという論文はImmunityにも掲載されている。
2020年7月9日
私たち世代にとってストレス反応=ハンス・セリエで、彼のStress in Lifeを読んだ時、病気を特有の症状から考えるだけではなく、病気全体に共通の症状から考えることの重要性を説いた彼の主張になるほどと納得したのを今も覚えている。このとき精神と身体を結合させているのが、コルチコステロイドで、この考えは今でも色あせていないと思う。
しかし、ストレス自体の定義は多様化してきている。今日紹介するイェール大学からの論文はIL-6もストレス反応のメディエーターとして重要な働きをしていることを示した研究で7月23日号のCellに掲載されている。タイトルは「Origin and Function of Stress-Induced IL-6 in Murine Models (マウスでストレスにより誘導されるIL-6の起源と機能)」だ。
この研究ではストレスにより誘導されるサイトカインを探索して、IL-6が様々なストレスで急速に誘導されることを発見する。そこで、ストレスに反応してIL-6を生産する組織を探索し、この反応は副腎のコルチコステロイドとは独立の反応で、交感神経の刺激により褐色脂肪組織から産生されることを突き止めている。
次に、IL-6により媒介されるストレス反応の身体的影響を調べ、エネルギー収支とは独立に、IL-6が血中グルコース濃度を高めることを明らかにする。様々な糖代謝検査を行った結果、この血中グルコース上昇は、IL-6が肝臓に働いてPck1やG6Pcなどグルコース新生に関わる分子が誘導されて起こるグルコース新生の結果であることを明らかにする。
一方で、ストレスによりIL-6の血中濃度が高まると、LPSによる炎症性ショックに対して感受性がたかまり、ショックによる死亡率が上昇する。
結果は以上で、最後のエンドトキシンショックへの感受性と、それ以前の話のつながりが悪く、Cellのレベルには達していないかなとも思うが、1)神経ストレスで交感神経が興奮、2)その結果褐色脂肪組織でIL-6が誘導され、3)それが肝臓に働いてグルコース新生を誘導する、というシナリオについては、代謝のリプログラムがストレスを受けて次の状況に備えるために誘導されるという点では十分納得できる。
例えばギリギリの状態で身体能力を発揮しているプロスポーツ選手を考えてみると、ストレスで利用できるグルコースが上昇することは、それ以降の身体能力発揮には重要だが、その分さらなるストレスへ無防備になると考えればいいのだろうか。
論文としては驚くほどではなかったが、しかし代謝学が急速にメジャーな領域に再登場してきているのがわかる論文だった。
2020年7月8日
高齢者になると、骨髄移植は原則困難なので、急性骨髄性白血病(AML)の治療は難しい。最近になって、メチル化阻害剤のデシタビンやアザシチジンが使える様になり、病気の進行をある程度抑えることができる様になったが、治癒には程遠い。この様な薬剤による治療がうまくいかない背景には、白血病細胞集団の中に存在するガン幹細胞が薬剤では叩ききれないためと考えられ、幹細胞の増殖を抑える方法が研究されてきた。最近になって、AML幹細胞がCD70とCD28(リガンドと受容体)の両方を発現して刺激を維持することで増殖していることがわかっていた。そこで、CD70に対する抗体を使ってAMLを治療する試みが始まっている。
今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文はCD70に対する抗体とメチル化阻害剤(人間の場合アザシチジン)を組み合わせることで、半数の患者さんで白血病を抑えることが可能であることを示した重要な研究で6月29日号Nature Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting CD70 with cusatuzumab eliminates acute myeloid leukemia stem cells in patients treated with hypomethylating agents(CD70に対する抗体Cusatuzumabは、メチル化阻害剤で治療を受けている患者さんの急性白血病の幹細胞を除去できる)」だ。
かなり詳細な実験が行われているので、個々の実験についての解説は省いて、研究の流れと、結果の要約だけを紹介する。
この研究はメチル化阻害剤で白血病細胞を処理すると、CD70が上昇するという発見から研究を進めている。これはCD70遺伝子の転写調節領域のメチル化が外れることでおこり、白血病の幹細胞のCD70抗体による治療を容易にすることがわかる。そしてこの可能性を、白血病細胞を移植したマウスの治療実験で確かめ、メチル化阻害剤とCD70抗体の両方を投与した群では、ほぼ完全に白血病細胞を除去できることを示している。
次に、白血病抑制のメカニズムについて検討し、メチル化阻害剤がCD70の幹細胞での発現を高めると同時に、分化した白血病細胞の除去に貢献し、一方でCD70抗体は、CD70/CD28シグナルを抑えると同時に、NK細胞など抗体依存性細胞障害機構を使って、幹細胞を除去するという2段構えになっていることをモデル実験系で示している。
この研究が重要なのは、上記の前臨床研究をもとに、平均年齢75歳の高齢者のAMLを対象にPhaseI/IIの治験が含まれている点で、最初異なる用量のCD70抗体を投与した後で、アザシチジンとCD70抗体を組み合わせる1ヶ月ごとの治療プロトコルを12人に投与、経過を観察している。
結果は上々で、全てのCD70に対する抗体量で治療効果が見られ、そのうち10人ではcomplete remissionが見られている。このうち1例は骨髄移植を行えたので中止、また4例は再発により治験を中止している。しかし残りの6例は治療を継続しており、最初に治験に参加した2人は2年近くcomplete remissionのまま経過している。
高齢者のAML治療のこれまでの状況から考えると、かなり有望な方法に思える。今後第3相が行われると思うが、期待している。
2020年7月7日
果糖は文字通り果物に多く含まれる糖で、私が学生の頃は体に悪いという話は全くなかった。その後清涼飲料水の普及に従い、甘み付けに用いられるコーンシロップ中の果糖が肝臓に直接流入して代謝されると、脂肪肝の原因になることが明らかになり、現在では果糖を取り過ぎない様注意が喚起されている。とはいえ、果糖を多く含む果物は今でも健康に良いとされ、摂取が推奨されている。要するに、清涼飲料水の様に一度に果糖を摂取するのが危険ということだが、果糖の安全性を担保してくれているのが、果糖が最初に通る小腸上皮による、果糖の分解能力にあることが最近明らかになった(https://aasj.jp/news/watch/8072 )。
今日紹介する同じプリンストン大学からの論文は、この小腸が果たしている果糖のバリアー機能を、小腸特異的ケトンヘキソキナーゼ(KHK)ノックアウトを用いてさらに明確にした研究で6月22日Nature Metabolismオンライン版に掲載された。タイトルは「The small intestine shields the liver from fructose-induced steatosis (小腸は果糖による脂肪肝発生の障壁になっている)」だ。
繰り返すが以前紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/8072 )この研究グループは、果糖を食べると、まず小腸上皮でグルコースとグリセレートに分解されるが、処理能力を超える量は直接肝臓に入って脂肪へと変換されることを明らかにした。
この研究はその続きで、では小腸で果糖の分解ができないとどうなるか、小腸特異的にKHKをノックアウトしたマウスを作成し調べている。結果は予想通りで、小腸で分解できないと、多くの果糖が肝臓に流入し、脂肪酸代謝経路に取り込まれることを示している。
この結果血中のtriglyceridesが上昇、ショ糖を8週間摂取させた時に起こる脂肪肝、脂肪肝の程度がさらに悪化することを明らかにしている。これにより、確かに小腸での果糖分解が肝臓を守ってくれていることが明らかになった。
では、小腸で果糖分解能を高めてやればどうなるのか?KHK遺伝子を小腸特異的に過剰発現させたマウスを作って調べている。これも予想通りで、果糖はほとんどグルコースへと転換され、肝臓へ直接移行する量は抑えられる。これに伴い、脂肪代謝経路に取り込まれる量が低下する。
面白いことに、小腸での果糖分解が上昇すると、果糖を避ける様になり(フルクトース1リン酸の蓄積によると考えられる)、このマウスでは脂肪肝が抑えられるかどうかを示すことはできていない。しかし、脂肪代謝から見て、小腸のKHKレベルが果糖の肝臓毒性を和らげていることは間違いない。
これらの結果から、前回述べた様に果糖の毒性を和らげる最大のポイントは、小腸での果糖代謝能力を上昇させ、小腸の処理能力を超えて一度に摂取しないという戦略が成立する。これを確かめるため、同じ量の果糖を4回に分けてとるグループと、一度に摂るグループに分けて調べると、同じ量を摂取しても脂肪代謝経路への取り込みはほとんど上昇しないことを明らかにしている。すなわち果物の果糖は他の成分とともにとるため、少しづつ溶け出して処理されるから健康に良いことになる。
このグループのこれまでの研究を総合すると、果糖を使った、甘くしかも体に良い食べ物も設計できるかもしれない。
2020年7月6日
学生時代神経内科学は苦手としていたが、その最大の原因は人の名前が付いている病気が多いことだ。もちろん、この問題は特に自分に特有の問題ではないはずだが、もともと人の名前を覚えるのが苦手だった私には、余計に苦手に感じられたのだと思う。
最近になってこれらの病気の多くが特定の遺伝子の変異による疾患であることがわかり、理屈が分かってくるとだんだん苦手意識は消えてきて、今は知らない名前の病気が出てくると、逆に興味が惹かれる。
今日紹介するCase Western Reserve大学からの論文もそんな一つで、これまで聞いたこともなかったPelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の開発についての研究だ。タイトルは「Suppression of proteolipid protein rescues Pelizaeus-Merzbacher disease (プロテオリピッドを抑えてPelizaeus-Merzbacher 病を正常化する)だ。
この病気はミエリン形成に関わるとされるProteolipid protein1(PLP1)の変異で起こるが、調べてみるとPLP1の機能は完全に理解できているわけではない。細胞膜上に発現し、ミエリンを形成するMBP1と結合し、ミエリン鞘の圧縮に関わっているとされ、実際この分子の突然変異ではミエリンが形成されないための神経症状で患者さんは亡くなる。しかし、病気が起こるのは遺伝子重複や、活性化変異が起こる場合で、不思議なことに遺伝子機能が完全に欠損した患者さんでは症状が軽い。
この研究は、この不思議な現象をそのまま遺伝子治療に使えないかと考えた。すなわち、アンチセンスRNAを用いて遺伝子の発現を逆に抑えることで治療しようと考えた。
まず活性が高まる変異を持つモデルマウスを作成し、この遺伝子を遺伝子操作したノックアウトマウスを発生させると、ミエリン鞘の圧縮の異常は残るものの、ミエリン形成が正常化し、その結果神経機能が回復することを確認している。重要なのは、脳幹のミエリン形成が正常化することで、震えがとまり、運動機能が回復し、呼吸機能が正常化して、ほぼ正常な活動性が戻ることで、マウスの場合、子供ができることも確認している。
この様に、発生初期からPLP1遺伝子機能をノックアウトすると、症状の多くを抑えることがわかったので、次に生後すぐに遺伝子治療を行った時、症状がどこまで回復するのか調べている。
遺伝子導入のための様々な基礎実験を行なった後、アンチセンスRNAを生後一回だけ脳室内に投与することで、機能をどこまで回復できるか調べている。結果は期待通りで、一回投与するだけで、何もしなければ3週間以内に全例死亡する突然変異マウスで、振戦の消失、運動機能の回復がみられ、少なくとも8ヶ月まで生存できることが明らかになった。また、組織学的にも、遺伝子ノックアウトと比べると回復は劣るものの、ミエリン形成が脳のほとんどの場所で回復していることを示している。
結果は以上で、比較的単純なアンチセンスをしかも一回注射するだけで、1年近く継続する効果が見られるというのがこの研究の最大のポイントだ。すなわち、神経発達期の初期さえうまく乗り越えれば、可塑的に脳発達が可能な例が存在し、治療できるということがわかった。とすると、遺伝子変異をいかに早く見つけて治療するかが重要になるが、そのためには、新生児期に遺伝子治療を可能にするための、遺伝子検査体制が必要になる。おそらく、我が国にとってはここがいちばんのボトルネックになる様に思う。
2020年7月5日
ヒストンはクロマチン構造制御の核になる分子で、真核生物特異的な分子だが、その先祖形は古細菌に見られ、同じ様に4量体を形成しているが、クロマチンの調節に関わる証拠はない。したがって、ヒストンは最初他の機能を持つタンパク質として進化したのが、クロマチン制御に関わるタンパク質へと転換されたと考えられる。
今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、H3-H4ヒストンが、銅イオンの還元酵素として重要な働きを持っている一人二役の分子として働いていることを示した論文で、7月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「The histone H3-H4 tetramer is a copper reductase enzyme (H3-H4ヒストン4量体は銅イオン還元酵素だ)」だ。
もともとヒストンが銅と結合することは知られていた様だ。このグループは真核生物が地球上に酸素が蓄積し始めたのに平行して現れたことに着目し、真核生物の象徴であるヒストンが酸素毒性を低減させる還元反応に関わるというストーリーを頭に、まずカエルから調整したH3-H44量体が銅イオンと結合するかどうかの検討から始めている。
結果は期待通りで、H3のヒスチジン113とシステイン110の構成する領域に結合し、シスチンをアラニンに変化させると結合が消失する。そして、銅イオンを還元する活性があることを明らかにした。
次の問題は、ではこの銅イオン還元活性が今も重要な機能を果たしているかだが、酵母のヒストンH3の113番目のヒスチジンをアラニンに変化させると酵母の活動性が低下することから、何らかの機能が存在することが示唆された。
そこで、まず核内で銅イオンを要求する転写因子Mac1の活性をH3の突然変異体を用いて調べると、転写活性が抑えられることから、Mac1は1価の銅イオンにより活性化され、ヒストンの変異により一価銅イオンの合成が落ちることで転写活性が抑えられることを示している。
また、核内だけでなくミトコンドリアでの酸素消費がH3の変異体では低下していることを手掛かりに、ミトコンドリアの酸素消費や活性酸素ディスムターゼなどの活性を一価銅イオンの供給を介して調節していることを示している。
他にも、銅イオン還元作用が高まる変異を分離したりと多くの実験が行われているが、基本はヒストンが銅イオンの還元を通して、核内、核外で一価銅イオンの供給を調節しているという話だ。
古細菌でこの分子が欠損するとどうなるのかとか、クロマチン調節に関わる様になった分子基盤など、好奇心が掻き立てられる面白い研究だった。
2020年7月4日
毎年検診を受ける様にしているが、ガンに関する検査はそれなりに何回か要精密検査と診断され、そのたび精密検査を受けた。さらに、属していた先端医療財団でPET-CTの検診を始めた時、一度検査を受けたこともある。長年そのままにしている唾液腺の良性腫瘍2個が綺麗に検出され、さすがと感心したことがある。いずれにせよ、ガン検診自体はまだまだトライアンドエラーの段階にあると言っていいだろう。しかし、早期発見により治癒確率が上がるということは、医療費削減が見込めるということで、個人の満足だけでなく、ガン治療のコストが上昇し続けている昨今、検診によるガンの早期発見の重要性は増してきている。
特に期待されているのが血清中のDNAからガン特異的突然変異を拾い出す検査で(https://aasj.jp/news/watch/10135 )、これまでのガンマーカーと合わせることでさらに精度を上げられることが示されている(https://aasj.jp/news/watch/7955 )。
今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、この16種類のガンに見られる突然変異とガンマーカーを組み合わせる検査で陽性と判断された人をPET-CTなどを用いてさらに検証し、この方法が現実的かどうかを調べた研究で7月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Feasibility of blood testing combined with PET-CT to screen for cancer and guide intervention (血液検査とPET-CTの組み合わせがガンのスクリーニングと治療方針設定に役立つか)」だ。
ガンの早期発見のためのスクリーニングが、社会的に意味があるのか今も議論が続いている。というのも、私の場合もそうだが、疑いと診断されると、その後様々な検査を受けることになり、最悪精密検査時の事故すら起こりうる。このコストを考えると、早期発見が可能でも、社会的には意味がないという議論だ。
この研究もこの点をかなり意識した計画になっている。最終的に9911人の65歳から75歳の医療保険システム・ガイジンガーの女性会員から採血し遺伝子検査とガンマーカーを調べ、490人(4.9%)が陽性と診断されている。ただ、この検査は血液細胞の変異を拾いやすいので、再検査を行うが、この時ゲノムを含む専門家が判断するので、かなり複雑な過程になる。この結果、最終的にガンの疑いとしてPET-CT検査に134人が回っている。
ただ、この2回にわたるテストが半年以上かかることが問題で、その間他の検査で陽性としてガンの治療に回った人が3人存在する。さらに、最初のテストで陰性と診断された人の中から67例の人が何らかのガンを発症している。
一方、PET-CTに回された人の中では26例が実際のガンと診断された。とすると、血液検査陰性でガンになった人より数が少ない。ただ、このうち12例は発見が早く、手術による治療を受けている。
この研究の難しいところは、保健システムの会員として別にガン検診を受けていることで、結局普通のガン診断では見つからなかったが、血液検査で発見されたガン患者さんは15例になる。
一方、PET-CTのあと、バイオプシーなどでガンではないと診断された方も22例あり、特に検査による問題は起こらなかったが、血液検査をしても、このリスクはつきまとうことがわかった。
結果はこれだけで、著者らは一定の早期発見が可能なこと、発見の難しい卵巣ガンの発見率が高いことから、かなりポジティブに評価している。しかし、時間がかかることなどを考えると、個人的には我が国の総合的な方法も捨てたものではないと思う。また、DNA検査については、突然変異を探す方法は限界がある様に思った。今後はメチル化DNAを使う方法などに置き換わっていく様な気がする。
2020年7月3日
我が国を含め現在の健康診断は、朝食事を摂らずに採血された空腹時の血液データをもとに判断されている。これは、空腹時のデータがもっとも生活による個人差が少ないと想定されているからだが、グルコーストレランステストなどからもわかる様に、食事に対する反応も私たちの健康状態を知るためには極めて重要だ。
今日紹介する英国キングスカレッジからの論文は食前食後の血液データを様々な条件で集め、動脈硬化や心血管疾患リスクを予測するための、個人に合わせた栄養指導の条件を調べた研究で6月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Human postprandial responses to food and potential for precision nutrition (食物に対する食後の反応とプレシジョン栄養治療の可能性)」だ。
この研究では食後の変化を加えることで、簡単な指標を組み合わせて疾患のリスクが予想できないか調べることを目的としている。従って、調べるのは糖代謝と脂肪代謝のみで、CGMと呼ばれる持続的血中グルコースモニター、および指先からの血液をろ紙に染み込ませて保存し、その中のtriglyceride(TG)とインシュリン分泌量の代わりとしてC-peptideを調べている。
重要なのはその規模で、なんと1000人のボランティアに、1日は病院内で同じ食事に対する反応を調べ、その後自宅では、研究のために設計した一定の構成を持った食事セットだけを摂ってもらう生活を続け、食前食後、起きている時間はCGMと血液ドライスポットにより継時的に3指標の変化を調べている。
これに加えて、一卵性双生児を用いた遺伝性の評価、遺伝子多型検査、さらには腸内細菌叢まで調べ、どの指標が最終的な心血管障害リスクと相関するのかを徹底的に調べている。
さて結果だがまず驚くのが、同じ食事を摂ってもらっても、食前検査値と比べて食後のそれぞれの検査値には大きな個人差がある。すなわち食後の検査値にこそ、個人的要素が集まっている。そこで、他の血液検査やゲノム検査を総動員して分析した各結果と、食後のTG,CGM,C-peptideの値との相関から、この3指標の値の意味すること、すなわちどの様な個人的要素が数値の背景にあるのかを明らかにしている。
体の基本状態に対応する空腹時の値と異なり、TGやC-peptideにはほとんど遺伝的要因の寄与はない。また、血糖値はその前に摂った食事の内容と強く相関するが、他の2指標では寄与は低い。不思議なことに、血糖値は遺伝性の寄与が高い、などなどだ。要するに、簡単な3指標でも食後のデータには個人個人のデータが詰まっている。
その上で、この意味づけの正当性を確かめるため、機械学習で個人的要素を学習させ、そこから食後の3指標の値を予測できるか調べて、C-peptideは難しいが、TGとCGMの値を予測できることを示し、各指標の意味づけが正しいことを示している。
その上で、食後の10年後の動脈硬化性心疾患リスクを推定するためには、ベースラインになる空腹時の値と、個人差の反映された食後の値を合わせることでより的確な診断が可能であることを示している。
以上が結果で、一見当たり前の様に思うが、実験デザインを追いかけると、食事も含めた総合的な個人の健康を維持するためのプロトコルやアプリ、そして家庭でできる検査を開発していこうという意欲が見える。21世紀最大のテーマの一つで、全く新しい視点が必要だが、そんな萌芽を感じることができた。