2月25日:ガン遺伝子発現による複製ストレス(Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

2月25日:ガン遺伝子発現による複製ストレス(Nature オンライン掲載論文)

2018年2月25日
SNSシェア
DNA複製は、決まった場所から起こり、転写などの他の細胞機能とぶつからないよう調整されている。細胞周期の研究が進んで、チェックポイントと呼ばれる節目節目の調節メカニズムは随分理解できるようになったが、何千にも及ぶ複製開始点から、様々な速度でDNA複製が起こる時、転写や染色体構造とどう調整をつけているのかまだまだ知りたいことは多い。実際、分裂速度の速いがん細胞は常に複製ストレスにさらされ、うまく複製が調節できずに細胞死してしまう危険性にさらされている。

今日紹介するジュネーブ大学からの論文は発ガン遺伝子を強制発現させた時に起こる複製ストレスをゲノムレベルで網羅的に調べた研究で、新しいアイデアというより、必要なことをしっかり調べたという研究だが、ガンを理解する上で様々なヒントを与えてくれる。Natureにオンライン発表され、タイトルは「Intragenic origin due to short G1 phases underlie oncogene-induced DNA replication stress(発ガン遺伝子により誘導されるDNA ストレスの背景にG1が短くなることにより発生する遺伝子内の複製開始点が存在する)」だ。

まず研究では、多くのガンで発現がたかまっているCyclinEを過剰発現させ、G1期が極端に短くなった細胞の複製開始点 (Ori)を全ゲノムレベルで調べ、新しい複製開始点が1000近く現れることを発見する。しかも、新しく生まれるOriのほとんどはS期の後期に現れ、しかも転写される遺伝子内部に生まれることがわかった。

Oriの多くは遺伝子と遺伝子の間に存在し、S期に入ると転写活性はほとんどないことが多い。従って、転写が終わらないうちにS期が始まることで、遺伝子内に新たなOriが現れるのではと、転写を遅らせる処置をすると、CyclinEを発現させたのと同じ場所に、新しいOriが現れる。以上のことから、G1期が短すぎると、転写がぐずぐずしている遺伝子内にOriが新たに生成されることがわかった。

同じ結果は、Mycガン遺伝子を過剰発現させても起こる。

こうして転写と複製がバッティングすると、複製フォークが止まって、DNAが切断すること、この結果細胞死が誘導されること、この切断箇所に他の遺伝子が転座しやすくなること、などを示しているが、はっきり言って予想通りの結果を実験的にしっかり確かめたという論文になっている。

しかし、マウスのES細胞のようにG1期が極端に短い細胞は他にもある。このような細胞ではどのようにOriが調整されているのか興味がわく。また、Oriのマッピングで、がんの性質を新しい観点から理解することも可能になるだろう。この研究で用いられた系は、あまりにも人工的なので、今後他の状況でのデータが欲しいが、できることをしっかりやり遂げるという研究の重要性が分かる論文だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 ネアンデルタール人とシンボル(2月23日号Science掲載論文)

2018年2月24日
SNSシェア
今ほとんどの時間を言語の誕生についての本や文献を読むのに費やしている。そのため、今日紹介する英国サザンプトン大学を中心とするチームの論文のように、ネアンデルタール人の言語能力を推察する取り組みには特に興味がある。実際、これまでの文献だけでも大変なのに、この分野は最近めまぐるしく変化し、忙しくする。

今日の論文に行く前に、まずネアンデルタール人の言語能力研究の背景についてまとめておこう。

この分野で言語能力という時、話し言葉(Verbal Language:VL)を持っていることと同義ではない。明晰記憶(Explicit memory)に現れる前頭連合野の拡大と、ゴールを共有するコミュニケーションを可能にした脳進化を元にした、脳内の表象を、もう一度音や、絵など実体的なメディアを通して表象し直す能力、すなわちシンボルを使う能力にかかっていると考えられている。この点についてさらに知りたい人たちにはT.DeaconのThe Symbolic Species (https://www.amazon.co.jp/Symbolic-Species-Co-Evolution-Language-Brain/dp/0393317544) がお勧めだ。20年前に出版された本だが、現在も全く色あせていない。

この考えから、言語能力と結びつけることができる、遺跡に残るシンボル、例えば絵画、人形、装飾、化粧などは考古学では極めて重要になる。これまでこのような証拠がネアンデルタール人の遺跡に見つかってこなかったことから、ネアンデルタール人には言語能力がないと考えられてきた。

ところがフランスのシャテルペロニアン遺跡で見つかった、化粧や装飾の跡をきっかけとして、ネアンデルタール人もシンボルを使う能力があったとする研究者が増えてきた。その後、主にスペインで、現生人類がまだヨーロッパ進出を果たしていない前の洞窟に原始的ではあるが絵画が見つかり、ネアンデルタールも言語を持っていたという考えを勢いづかせている。

ただ、多くの洞窟は、現生人類にも使用されたことから、本当にネアンデルタール人由来かどうかは現在も議論が続いている。

今日紹介する、「U-Th dating of carbonate crusts reveal Neandertal origin of Iberian cave art(イベリア地方の洞窟の炭酸塩皮膜のウランートリウム法での年代測定により洞窟のアートがネアンデルタール人由来であることを明らかにする)」とタイトルのついた論文は、鍾乳洞の炭酸塩蓄積を利用したうまい方法で年代を測定した研究で、今日出版のScienceに掲載された。

この研究のハイライトは、洞窟の絵そのものではなく、その前後に進んだ炭酸塩の蓄積を利用して、絵の上に重なっている炭酸塩を絵の表面まで順番に集め、それが出来た年代をウラン・トリウム法で測っている。言い換えると、描かれた絵が、その上に起こる地球の営みにより守られることを利用している。実際には、50以上のサンプルを検査し、最終的に絶対に現生人類の関与がないと断言できるシンボルの痕を5箇所特定している。

話はこれだけだが、ネアンデルタール人もシンボルを使う能力があったという強い証拠になるだろう。

ただ、これはネアンデルタール人にも言語能力があったということを意味しても、Verbal 言語(V言語)を持っていたことを意味するものではないと個人的には思っている。実際、シナイ半島で少なくとも10万年の間現生人類と対峙するためには、同じ能力が必要だ。また、ネアンデルタールも大型動物の狩りを行って、火を使い、さらにヨーロッパという厳しい環境で生きていたことを考えると、当然高い言語能力が必要だったはずだ。

したがって、V言語は現生人類にも、ネアンデルタール人にもいつかは誕生していたはずだが、幸いにも現生人類に先に誕生した。この結果、5万年前シナイ半島での均衡が破れ現生人類がネアンデルタール人の暮らす領域に進出、結果35000年ごろまでにネアンデルタール人は絶滅することになる。

なぜ現生人類にV言語が先に現れたのかについては、例えば我々が生後の脳発達に強く依存していることなど、いくつも理由が挙げれるが、今日はこのぐらいにしておく。この分野はいつも面白い。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日:Fragile X症候群の発病メカニズムの完全解明と治療のための前臨床実験(3月22日発行予定Cell掲載論文)

2018年2月23日
SNSシェア
Fragile X症候群(FXS)はX染色体上のFMR1遺伝子に存在するCGGコドンの数が増加することにより発症する、いわゆるリピート病だが、ハンチントンなどのCAGリピート病のように長いグルタミンストレッチを持つ異常たんぱく質が合成されて細胞を殺すのではなく、CGGリピートによりFMR1遺伝子の発現自体がオフになってしまうため、シナプスの可塑性の異常が起こり、自閉症スペクトラムが起こる病気で、男の子の遺伝的自閉症の中では最も頻度が多い。

患者さんのES細胞を用いたイスラエルの研究からCGGがメチル化され、ヘテロクロマチンが形成されていることが示され、遺伝子発現がCGGリピートが誘導するエピジェネティックなメカニズムで抑制されることが原因と考えられてきたが、このリピートを挿入したマウスモデルでは病気を再現できず、この説明が証明できたわけではない。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学Jaenisch研究室からの論文は、FXS患者さんからのiPSを用いてFMR1遺伝子上のメチル化を消去することで、細胞レベルの異常が治ることを示した力作で3月22日発行予定のCellに先行発表されている。タイトルは「Rescue of Fragile X Syndrome neurons by DNA methylation editing of FMR1 gene(FMR1遺伝子のDNAメチル化の編集によりFragile X症候群の神経細胞の症状を正常化する)」だ。

クリスパ−/Casの技術を用いることで、どんなたんぱく質でもゲノムの特定の場所にリクルートすることができる。Jaenischのグループは、遺伝子切断機能を除いたCas9にDNAのメチル化を外すTet1遺伝子を結合させたキメラ分子を用いて、ガイドRNAで示されるゲノム部位のメチル化を除去する方法を開発している。この研究では、レンチウイルスベクターに組み込んだキメラ遺伝子とガイドRNAをFXS患者さん由来のiPSに導入することで、期待どおりFMR1遺伝子上のCGGのメチル化を除去し、FMR1遺伝子の発現を回復できることを明らかにしている。

この結果、FXSがCGGリピートのメチル化によりFXSが発症するというメカニズムが完全証明された。あとは、この方法を用いた治療可能性のための様々な基礎データを集めている。

治療に向けた問題点は、もしキメラTet1分子により無関係な場所のメチル化が外れると、ガンなど様々な問題が起こると予想される。したがって、ガイドRNAで指示した場所以外のメチル化は影響されないことを、全ゲノムレベルのメチル化DNA解読等で調べ、無関係な場所のメチル化が外れる危険性は最小限にとどまることを示している。

次に、エクソン上のCGGのメチル化が外れることで、FMR1遺伝子のプロモーターのヒストン標識がヘテロクロマチン型から、on型のクロマチンに変化することで転写が元に戻ることを示している。この結果はこのシステムが、DNAメチル化がガイドするエピジェネティックな調節を調べる意味でも優れたモデルになることもうかがわせる。

次に、実際の治療ではレトロウイルスベクターを使わない場合が想定されるので、編集したメチル化状態がiPSでどの程度続くかを、Cas9阻害剤を用いて調べ、かなり長期に新しいメチル化状態が続くことを示している。

最後に、こうしてメチル化状態を編集したiPSから神経細胞を誘導し、正常人iPS由来の神経細胞と遺伝子発現にほとんど違いがないこと、編集した神経細胞をマウス脳に移植すると正常機能を示すこと、さらに分化して分裂が終わった神経細胞に対しても同じ方法でFMR1遺伝子の発現を半分ぐらいは回復させられることを示し、今後の治療法開発に重要な基礎データを示している。基本的にはマウスを使ったレベルの前臨床研究は終わっていると言えるように思う。

さすがJaenischの研究室からと思わせる質量ともに読み応えのある論文で、近々治療研究にまで進むという確信を持った。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月22日 脊髄性筋萎縮症に対するNusinersen治療の効果(2月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年2月22日
SNSシェア
サイエンスが、昨年の10大ニュースに選んだ(http://aasj.jp/date/2017/12/24)のが、脊髄性筋萎縮症(SM)に対する遺伝子治療、Nusinersenだが、この臨床治験論文が2月15日号のThe New England Journal of Medicineに発表されたので紹介する。イタリアのCattolica del Sacro Cuore大学を中心としたチームから発表され、タイトルは「Nusinersen versus sham control in later onset spinal muscular atrophy(遅発型の脊髄性筋萎縮症に対するNusinersenの効果)だ。

Nusinersenの詳しい作用機序は省くが、アデノ随伴ウイルスベクターを使って短いRNA断片を発現させることでmRNAに働いてスプライシングを変化させ正常化させる効果を持つ遺伝子治療で、直接ゲノムに働くわけではない。しかし、これまで発表された、早い発症のSMに対する最初の治験では大きな効果が見られることが紹介された。この論文は、効果を遅発性のSMでも確かめるための多施設が参加する第3相治験の結果の報告だ。

この研究では179人のSMにかかった子供を集め、そのうち126人を選んで、84人にnusinersen投与、42人に偽薬の投与を行っている。髄腔注射なので、偽薬の場合にもこの注射を行っている。実際の投与は、274日間で4回。15ヶ月で効果を判定し、その段階で偽薬群の子供も、Nusinersenの投与を受け、経過を観察している。

専門ではないので、効果判定に使われた指標HFMSEについて実感はないが、この指標を含むすべての検査で、大幅な機能改善が認められたという結果だ。髄腔内投与が必要なため、様々な副作用が現れることが予想される。実際、ほとんどの患者さんで、軽微な訴えは起こるが、すべて髄腔内投与に伴うものだ。一方、肺炎を含む深刻な副作用も、偽薬群の方が多いことから、結局は髄腔内投与によるものと考えられ、SMの症状が改善することで、重大な副作用も減ると期待できる。

結論的には、期待どおり第3相の治験でも半分以上の子供に絶大な効果が認められた。詳しく見ると、症状が出てからできるだけ早く治療を始めた方が効果が高く、また発症年齢が早いほど効果が高いようだ。

めでたしめでたしの結果だが、読んだ後やはり気になるのは、治療費のことだ。FDAに認可され最初の価格設定が数千万円に上ることがわかった。せっかく治験が終わっても、患者さんが治療を受けることができない状況がますます深刻になるとすると、医学研究の勝利どころではなくなる。これは保健でなんとかカバーすればいいという問題ではなく、新しい医療をどう利用可能なものにするのか、その上で製薬会社やベンチャー企業のインセンティブが維持されるのか、真剣に議論する時が来たことを示している。議論は簡単でなく、まとめるのは難しい。だからこそ一刻も早く我が国でも、議論を始めてほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日:カエルならではのおもしろい発生研究(Natureオンライン版掲載論文)

2018年2月21日
SNSシェア
私たちの学生時代、発生学というとカエルを用いた研究が花形だった。実際、教養時代発生学を習ったが、ほとんどアフリカツメガエルの話だったような記憶がある。その後も、アフリカツメガエルは長く発生学のモデル動物として花形の地位を占めていた。これは何よりも、胚が大きく、移植や細胞注入などの胚操作が他の動物と比べてやりやすいというメリットがあったからだ。しかし、発生遺伝学が発生学の中心になるにつれ、徐々にカエルの研究者の数は減ったと思う。幸い、我が国の研究者も含む、カエル研究者の努力の甲斐あって、最近アフリカツメガエルのゲノムが明らかになった。今後、胚操作の有利な点を生かして、様々な研究が出てくるのではと期待している。

今日紹介するロンドン大学からの論文は、カエルの利点を存分に生かしたと思える研究でNatureに先行発表された。タイトルは「Tissue stiffening coordinates morphogenesis by triggering collective cell migration in vivo(組織の硬さが生体内での集合的な細胞移動の引き金を引くことで形態形成を調整する)」だ。

タイトルにあるように細胞移動を誘導するのが、周りの組織の硬さが変わることであるという、発生学では極めて新鮮な話だが、おそらくこのグループはこのことを最初から着想してこの研究を始めている印象がある。

この研究では、これから移動するという段階と、まだ移動するまでには成熟していない段階の頭部神経堤細胞を、ホストを入れ替えて移植する実験を行い、神経堤細胞ではなく、ホストの環境が移動するかどうかを決めていることを見出す。このような場合、発生学者はホスト側に発現する分子を探索するのだが、著者らはこの探索を簡単に済まして分子発現の問題ではないと決めた上で、原子間力顕微鏡を用いて組織の硬さを計測し、神経堤細胞の移動が見られる時には、細胞が移動する中胚葉組織が硬くなっていることを発見する。さらに、この硬さが決してマトリックス分子ではなく細胞自体の硬さであることを確認している。

この結論を確認するため、さらに中胚葉器質を機械的に壊したり、あるいは細胞骨格のミオシンの発現を抑制することで硬さを低下させると、神経堤細胞の移動が抑制されることを示している。

一方、まだ移動が始まっていない胚にミオシンを過剰発現させることで組織を硬くすると、それだけで移動が始まることも確認している。

とはいえ、一定の硬さがあれば細胞自体は必要なく、試験管内でホストの中胚葉と同じ硬さのマトリックスを用意すると、その上を神経堤細胞は移動するが、柔らかいと移動できない。

神経堤細胞側の、硬さのセンサーについても検討し、インテグリン、ビンキュリン、タリンから成るメカノセンサーを抑制すると、移動が強く抑制されることを示している。これも理解しやすい実験だ。

では何が中胚葉の硬さを決めているのかについて調べ、最終的には中胚葉の細胞密度が一定のレベルに達した時、細胞移動が始まることを明らかにしている。また、この移動には中胚葉がplanar polarity(平面極性)を維持することが必須であることも明らかにしている。

私も神経堤細胞の研究に関わっていたが、細胞移動の誘導が中胚葉の硬さとは、全く予想外で新鮮な結果だ。しかし、特にこれまで理解していたことと矛盾するわけではなく、納得できる。同じことは、がんの進展や転移にも言えるかもしれない。特に、今現役の研究者と一緒に取組んでいる膵臓癌の理解にもヒントがあるような気がした。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日 腎臓癌の免疫療法感受性(2月16日号Science掲載論文)

2018年2月20日
SNSシェア
1昨年より転移性の腎臓癌に対して抗PD-1抗体を使う治療が保険適用になっている。もともと腎臓癌にはインターフェロン療法が行われており、ガン免疫が成立している可能性が高いと考えられてきたことから、ある意味で当然とも言えるが、この場合もだいたい20−25%の患者さんに効果が見られ、完全に腫瘍が消失するのは1%程度だ。結局、誰に効果があるかどうか予測することは難しい。

今日紹介する米国・ダナファーバーがんセンターを中心とする研究は、腎臓癌の中でオブジーボが効く可能性を予測するマーカーの開発研究で2月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genomic correlates of response to immune checkpoint therapyes in clear cell renal cell carcinoma(腎臓の明細胞ガンのチェックポイント治療に対する反応性と関連するゲノムマーカー)」だ。

この研究でも対象は転移性の腎臓癌で、まず癌組織を取り出しエクソーム解析をした後、抗PD-1抗体あるいは抗PD-L1抗体治療を行っている。効かなかった患者さんでは3ヶ月で抗体投与を中止しているが、一定の効果が見られた患者さんでは抗体を投与し続けている。このようなコホート研究の結果、チェックポイント治療の効果があった患者さんと、そうでない患者さんのゲノムを比べ、抗体の効果と相関する遺伝子を探索すると、PBRM1と名付けられた、クロマチンの調節に関わるPBAF複合体のメンバーと強く相関することがわかった。生存曲線をPBRM1が欠損した癌と、それ以外で比べると、2,5年の時点で7割を超す患者さんが効果を維持している。

はっきり言って、話はこれだけだが、臨床的には重要な発見で、今後腎臓癌に対するオプジーボなど免疫チェックポイント治療を行うとき、PBRM1遺伝子を効果予測のマーカーとして使える可能性が示された。さらに、PBRM1が欠損しているのに治療が効かなかった患者さんの癌の解析から、癌抗原を提示するために必要なβ2ミクログロブリンの発現が抑えられている時はPBRM1が効かないことも明らかにしている。すなわち、この分子はガン自体の持つ免疫刺激性に関わる。 ただこれだけではそっけないので、最後にPBAF複合体が欠損している癌を調べ、PBRM1が欠損すると、IL-6やその下流、そしてTNFαなど、周辺のT細胞に働きかけて癌免疫を刺戟する分子が上昇していることを確認している。特にJAK-STAT3はインターフェロンシグナルにも関わっているので、これまでの腎癌治療法ともつながってきたように思える。逆にこの結果は、PBRM1が欠損しない患者さんでも、免疫を高めてチェックポイント治療を高めることが可能になるかもしれないことを示唆している。 昨日と同じで、クロマチンの調節分子が全くランダムではなく、特定の機能に関わる可能性を示す論文だが、もともと癌ではBAFやPBAFの構成分子の突然変異が多いことも知られており、個人的にはうなづける。 ほかのガンについても、ネオ抗原以外に同じような効果予測マーカーが続々明らかになるのを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日:HDAC3から芋づる式にミエリン形成の分子機構を明らかにする(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2018年2月19日
SNSシェア
私たちの学生の頃は、アスピリンですら作用機序が明確になっているわけではなかった。ところが現在は、分子標的のわかった化合物を数多く利用することができるようになった。このおかげで、対象となる生物現象さえ明確に定義できておれば、化合物を用いて知りたい分子の機能を比較的簡単に調べることができる。しかし一般的にこの方法が通用するのは、化合物が作用する分子が対象となる現象に特異的に関わっている必要がある。したがって、DNAのメチル化酵素や、ヒストンの脱アセチル化酵素など、化合物の標的は特異的でも、分子そのものが様々な標的に働く場合、なかなか因果性を特定するのが難しいと思っていた。

今日紹介するシンシナティ大学からの論文は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤からでも、うまくいけば因果性がはっきりした生物現象を引っ張り出せることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A histone deacetylase-3-dependent pathway delimits peripheral myelin growth and functional regeneration(ヒストン脱アセチル化酵素−3依存性の経路が末梢のミエリンの増殖と機能的再生の範囲を制限する)」だ。

この研究は、様々なエピジェネティックな分子に対する阻害剤を、シュワン細胞のEgr2発現誘導を指標にスクリーニングし、ヒストン脱アセチル化酵素のうちHDAC3にたいする阻害剤を特定するところから始まっている。次にEgr2発現だけでなく、試験管内でのシュワン細胞分化への影響を調べると、期待どおりシュワン細胞への分化がHDAC3阻害剤で促進された。一方、同じHDACでもHDAC1/2は逆の効果を示したことから、ヒストン脱アセチル化酵素でも、作用はまったく異なることが明らかになった。

次に生体内での効果を生後7日から15日までHDAC3阻害剤を注射して調べると、EGR2遺伝子の発現を含む、ミエリン化に関わる分子の発現上昇が誘導され、ミエリン化が促進される。すなわち、生後の神経発生でHDAC3阻害はミエリン化を促進する。

次に、阻害剤の効果を脊髄損傷後の再生モデルで調べると、やはりミエリン化が促進し、運動機能の回復が見られることも確認している。以上の結果から、発生でも再生でもHDAC3阻害により、ミエリン化が促進されることが確認された。

この効果をHDAC3ノックアウトモデルで確認した後、後はこの効果に関わる分子経路を探索し、HDAC3は様々なミエリン化に関わる分子系路を抑制する一方で、p300と協調すると、逆にミエリン形成抑制分子の発現を高めることを明らかにしている。詳細を省いてこの研究から明らかになったHDAC3により調節される腫瘍分子経路をまとめると、まずHDAC3阻害によりニューレグリンとその下流のシグナル分子の発現が促進し、一方でHDAC3+p300で活性化されていたYap下流のTEAD4が抑制されることにより、強くミエリン化が促進されるというシナリオだ。実際、TEAD4をノックアウトするだけでもミエリン化が促進することも確認している。

最初読み始めた時、あまり特異的シグナル経路が明らかになるとは期待していなかったが、HDACはなかなか奥が深いことをよく理解できた。実際には、さらに多くの分子がHDAC3の調節をネガティブにもポジティブにも受けていることから、他の分子の影響もおいおい明らかになるのだろう。現在HDAC阻害剤の抗がん作用が注目されているが、ミエリン化と同じで、ガン特異的効果を得ることが可能かもしれない。HDACについては少し考えを改めることにする。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月18日:果糖の代謝すらわかっていなかった(2月6日号Cell Metabolism掲載論文)

2018年2月18日
SNSシェア
果物を食べすぎると太るというのは主に果糖のせいだ。果糖は、同じ6単糖のグルコースと比べて甘みが強く、また低温で甘みが増すので、これが冷やした果物が甘い理由だ。といっても、わが国では果物も安くないため、バカ食いできる人は限られるだろうが、実際には清涼飲料など多くの食品の甘み付けに使われており、肥満、2型糖尿病、心血管疾患、脂肪肝など、代謝病と果糖の消費の相関が疫学的に指摘されている。

ただなぜ果糖のとりすぎが危険なのかについては、実はよくわかっていなかったようだ。一般的には、甘さが満足感を抑制し、食べ過ぎを促すこと、そしておそらくグルコースより毒性の強い中間代謝物が生成するのではと考えられてきた。

いずれにせよ、原因追求のためには、まず果糖を摂取した時、どのように代謝されるのかを把握する必要がある。今日紹介するプリンストン大学からの論文はアイソトープ(炭素13)で標識したグルコースや果糖をマウスに摂取させる実験を精密に行い、これまで考えられていたように果糖は腸管で吸収後すぐに肝臓に送られ代謝されるではなく、一定の量であればほぼ全てが小腸で、小腸特異的な方法で代謝されることを示した、果糖代謝の分野では重要な研究でCell Metabolismに掲載された。タイトルは「The small intestine converts dietary fructose into glucose and organic acid(小腸は食品中の果糖をグルコースと有機酸に転換する)」だ。

この研究のハイライトは、私たちが摂取する程度の果糖を口から食べさせた時に、血中の果糖がほとんど上がらないという発見が全てだろう。アイソトープ標識を手掛かりに何に変わったかを調べると、グルコースに転換されており、またグルコースと比べて多くのグリセレートに転換されることを見出している。すなわち、果糖はすぐに肝臓に行って代謝されるというこれまでの通説は間違いだった。

次にこの経路を追求し、果糖の代謝のほとんどは小腸の細胞で行われており、最初小腸に存在するケトヘキソキナーゼ(Khk)によりリン酸化されて下流の経路に流れることを明らかにしている。実際Khkをノックアウトすると、果糖はそのまま門脈を通って肝臓に行く。すなわち、小腸は果糖が直接肝臓に行くのを防御する働きがある。

ただ、この処理能力には限界があり、このレベルを超えると肝臓に直接入って、肝臓で代謝されるようになる。また、一部は腸内細菌で代謝されるが、腸内細菌の代謝物で直接体に影響するのは短鎖脂肪酸と想像している。また果糖を前もって摂取しておくと、G6Pcの発現量が変わり、より高い果糖を小腸で処理できることも示している。

話はこれだけで、なぜ果糖が様々な生活習慣病、特に脂肪肝の原因になるのかについてはこれからの問題だろう。小腸での果糖の特殊な処理により肝毒性のある中間体が多く生成されることや、果糖自体が小腸や肝臓で、インシュリンでコントロールできない糖代謝の酵素系を誘導してしまうことを、果糖が代謝病により強く関連する可能性として示唆しているが、研究が必要だ。

食後に甘いものをとるという生活の知恵が、果糖の処理能力を果糖が高めるこという今回の結果に合致しているのには驚くが、一方食事中、あるいは食間に果糖で甘みのついた飲料を摂取することが、最も危険なことだと教えてくれている。

この研究の最も重要なメッセージは、腸内細菌の処理能力も含め、私たちは体の代謝能力について実際にはよく知らないことだ。この点について理解して食の科学をさらに推進することは、21世紀の課題だと思う。疫学と生理学が一体になってこの課題に取り組むことが必要だと、この論文を読んで実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日:古生態ゲノム学(2月13日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2018年2月17日
SNSシェア
生態学にゲノムテクノロジーが導入され、大きな進展を見せている。例えば、川の水を調べればどんな魚や昆虫、あるいは藻類がどの程度生息しているのか推定できるようになった。このブログで何度も紹介している腸内細菌叢も、考えてみれば一種の生態学と言える。

この生態学で最近最も用いられている方法がメタバーコーディングと言われる方法で、DNAをユニバーサルプライマーで増幅した後、次世代シークエンサーで配列決定し、特定のバーコードを指標に存在している生物の個体数を推定する方法だ。

今日紹介するオーストラリア・アデレード大学を中心とする国際チームの論文はこのメタバーコーディングを鳥の糞が集まった糞石の解析に応用して、絶滅したモアの生態を調べようとする面白い研究で2月13日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Coprolites reveal ecological interactions lost with the extinction of New Zealand birds(糞石は絶滅したニュージーランド固有種とともに失われた生態系の相互作用を明らかにする)」だ。

ニュージーランドには現在も飛ばないキウイが存在するが、かっては体重250Kg、体高3mの大きな鳥モアが生息していた。しかし入植が進んだ後、13世紀より急速に個体数が減り、絶滅している。ただ骨は採集されており、最近ゲノム解析も報告されている。

この研究の目的は、モアの食生活、さらには腸に住む寄生虫などを調べ、いつか絶滅の原因を明らかすることだが、このために著者らが注目したのがモアが残した糞が化石化した糞石だ。この目的で、ニュージーランドの様々な場所から、ジャイアントモア、little bush moa, upland moa,heavy footed moa, kakpoなどが生息していた地域から糞石を集め、糞石からDNAを抽出してメタバーコーディングで糞の中に見られる植物、きのこ、寄生虫を特定している。

最も重要な結論は、糞石から様々なことがわかり、今後「古生態ゲノム学」の材料として役に立つことが明らかになったことだろう。

あとは、モアの種によって食生活がかなり多様化していたこと、またキノコ類は生息地域により食べたり食べなかったりだということがわかった。他にも、様々なことが推察されているが、モアが絶滅した理由を食生活の観点から明らかにするには至っていない。

寄生虫については、種による差より、地域差が大きいようで、同じ川の水を飲むことで感染したことなどが推定されている。このことは、川の近くでは様々なモアが共存していたことを意味しており、古生態ゲノム学の有用性を示している。また、ホストが絶滅すると同時に寄生虫も絶滅する場合は、寄生虫側でのホストに合わせた適応に関わるゲノム背景を調べることもできるかもしれない。

要するに、残されたものにDNAが残っておれば、過去を知るための最も重要な材料となること、そして私たちの大便も生態を「代弁」してくれていることがわかった。

アデレード大学には、古代のDNAを調べる施設があり、人類学分野で優れた論文を発表しているが、」生態学、古生態学、そして古生態ゲノム学、など楽しい学問を、オーストラリアではしっかり支えていることがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日:うつ病に関わるグルタミン酸作動領域の特定とケタミンの効果(2月15日号Nature掲載論文)

2018年2月16日
SNSシェア
我が国でどの程度用いられているのか把握していないが、麻酔薬として利用されているケタミンが、即効性でしかも長く続くうつ病の治療薬として注目を集めている。ただメカニズムのわからないケタミン使用には抵抗があり、どの領域がケタミンのターゲットになっているのか調べ、新しい治療薬を開発するための熾烈な競争が始まっている。実際、うつ病患者さんの数を考えると、製薬会社の新しい抗うつ剤に対する期待は大きいと思う。

2015年7月このサイトでケタミンにより下辺縁皮質領域の興奮が高まり、またこの領域を活動させるとうつ病が治ることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3687)。ただ、この研究で特定された領域は、ケタミン注射により興奮する領域で、ケタミンがグルタミン酸受容体の阻害剤であることを考えると、ケタミンの直接標的ではなかった。

今日紹介する中国・抗州市、浙江大学からの論文は、これまでうつ病の起源領域として証拠が集まっていた外側手綱領域(LHb)の異常興奮がうつ症状の原因で、ケタミンのこの部位への局所投与で症状を抑えることができることを示した論文で、今週号のNatureに掲載された。タイトルは「Ketamine blocks bursting in the lateral habenula to rapidly relieve depression(ケタミンは外側手綱領域の連続的興奮を抑制してうつ症状を改善する)」だ。

研究では、最近うつ病の原因領域として注目されたLHbに最初から決めて研究を行い、まず遺伝的に学習性無力症をおこすラットモデルを用いて、LHb局所に少量のケタミンを投与する研究を行い、このラットのうつ症状が改善することを確認した後、詳しい実験を行っている。結果をまとめると、

1) ラットうつ病モデルのスライスを用いてパッチクランプで神経興奮を調べると、LHb領域でバーストと呼ばれる連続的神経興奮が高まっている。
2) うつ病モデルのLHb神経では静止期の膜電位が過分極している。
3) この連続的神経興奮はグルタミン酸受容体依存性で、ケタミンにより抑制される。
4) 静止膜電位のレベルはT-VSCCカルシウムチャンネルとリンクしており、この機能を阻害剤で抑制すると、LHbの連続的興奮が治まり、抗うつ効果が得られる。
5) 光遺伝学的に、LHbの連続的興奮を再現すると、うつ病症状が現れる。
同じ号のNatureに合わせて投稿された論文で、この静止膜電位の分極を決めているのがアストロサイトのカリウムチャンネルKir4.1であることを明らかにしており、少なくともこのモデルでのうつ病の神経生理学的背景の全体を解明したと言っていいだろう。この状態の転換を引き起こす神経学的要因の特定が次の問題になるだろう。

もちろん、人間のモデルで同じことが起こっているのかはわからない。しかし、ケタミンの効果を考えると、その可能性は高い。場所が特定できれば、自ずと人間の研究も進むので、このモデルが正しいかが確認されるのは時間がかからないと思う。
中国は論文引用数で2位に躍進したことが科学者の間で話題になっているが、もう一つ重要なのは、優れた論文が北京や上海からだけでなく、地方の多くの大学から発表されていることだ。先日紹介した臨床に基づいたガンの間質についての研究は中山大学からだった。このように高いレベルの研究が様々な場所で行われるようになった中国の勢いは当分止まることはないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
« 11月  
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031