ミクログリアが胎児期の卵黄嚢から発生時期に脳に移動して、後は脳内で自己再生し、骨髄からの新陳代謝がないことは広く受け入れられているが、この研究は私の研究室の Igor Samokhavlov 君とシンガポールから共同研究に来ていた Ginhoux 君の発見で、短い期間に Igor の実験系から重要な実験を成し遂げたのは本当に感心した。
ただ、高齢者の血液で見られるクローン性造血が追跡されるようになり、場合によっては骨髄細胞が脳のミクログリアを置き換えられることがわかってきた。実際 CSF-1 受容体をブロックしてミクログリアを除去すると、人間でも骨髄細胞からミクログリアを置き換えられることを示す研究も発表されている(https://aasj.jp/news/watch/27099)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、生理的な条件でも骨髄細胞からミクログリアがリクルートされることを、高齢者に自然に起こるクローン性造血発生を利用して調べた研究で、こうしてクローン性造血細胞で置き換わることがアルツハイマー病を予防することまで示した点でおもしろい。タイトルは「Somatic mutations reveal the ontogeny of microglia in human aging(体細胞突然変異は高齢者のミクログリアの発生を明らかにする)」だ。
この研究では、コホート研究として死後解剖で脳組織が保存され細胞レベルの解析が可能な検体の末梢血の全ゲノム解析を詳しく行い、一定の割合で発見されるクローン性造血に対応するゲノム変異を特定している。この中には直接増殖を促進する変異もあるが、多くのケースでは明確なドライバー変異はなく、またいくつかの変異が時間とともに積み重なっており、クローン性造血は発生から後の過程をゲノム変異から追跡することができる。
こうして特定した変異が、脳の実質に存在するか調べると、同じ変異を持つ細胞が脳実質に存在することを確認する。即ち、クローン性造血を始めた細胞が脳実質にも存在する。そして、この現象は決して明確なドライバー変異が存在するクローンに限らず、少なくともクローン性造血として特定できる細胞の一部は脳に浸潤していることがわかる。
次は脳内に浸潤しているクローン性造血細胞は血液細胞のうちどの細胞になっているのかを調べるため、脳細胞核をAtack-seqで解析して細胞の種類を特定するとともに、ゲノム配列から特定した遺伝子変異が存在するかどうか、変異部位をキャプチャーする方法で調べている。結果は、クローン性造血で特定される変異はほぼ全てミクログリアに存在しており、ミクログリアが高い効率でクローン性造血細胞で置き換わることを明らかにした。
クローン性造血細胞で置き換わったミクログリアの比率はまちまちで、多くは25%ぐらいだが、なんと75%のミクログリアがクローン性造血細胞で置き換わったケースも存在する。また、末梢のクローン性造血とミクログリアを置き換えたクローン性造血はほぼ正比例しており、血液でクローン性造血が増えたあと、ミクログリアへとリクルートされるのもわかる。あた、時間がたつほどミクログリアがクローン性造血細胞で置き換わることもわかる。
置き換わりの速度を調べるために、骨髄移植を受けたあと亡くなった患者さんの脳と末梢血を、特にミトコンドリアの変異についてsingle cell levelで調べている。即ち、ミトコンドリアの変異を解読すると同時にAtac-seqで細胞種を特定する実験をsingle cell levelで行っている。おもしろいことに、このケースでは脳ではT細胞とミクログリアにだけ見られるミトコンドリア変異が、血液では他のクローン性造血細胞で置き換わっていたことで、脳に早く入ってきたクローンが血液とは独立に残っているという発見だ。即ち、脳内でのターンオーバーはそれほど早くない。この患者さんの場合骨髄移植後20ヶ月でなくなっていることから、2年以内にかなりの細胞が置き買われることを示している。
最後はこの研究の最大のハイライトで、アルツハイマー病(AD)コホートで集められた脳と末梢血からクローン性造血細胞のミクログリアへの寄与率を調べ、ミクログリア内のクローン性造血、特にドライバーのはっきりしないクローン性造血細胞の割合が増えるほど、AD発症が抑えられることを示している。通常、クローン性造血細胞は悪い細胞の代表として語られるのだが、ADに関しては全く逆でおもしろい。ともかく脳内のミクログリアを置き換えればADの進行が抑えられると考えればいいのだろう。本当ならおもしろい仕組みだ。
