1月26日:膵臓癌の発生・進化過程を再構成する(Natureオンライン版掲載論文)
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1月26日:膵臓癌の発生・進化過程を再構成する(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月26日
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最近膵臓癌で亡くなった星野監督の例を出すまでもなく、この病気はあらゆる医学界の努力を今もあざ笑うかのように多くの人を絶望に落とし続けている。しかし、無力感がどんなに支配しようとも、医学は挑戦をあきらめない。常に新しい切り口を求め、膵臓癌に関する多くの論文が発表され続けている。この結果、間違いなく相手についての知識は増え続けている。

今日紹介するミュンヘン工科大学を中心に集まった多施設からの論文もそんな一つで、ヒトの膵臓癌とマウスの実験膵臓癌を比べながら、ヒトに近いモデルをマウスで再構成することを試みた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolutionary routes and KRAS dosage define pancreastic cancer phenotype(進化経路とKRASの量が膵臓癌の性質を決める)」だ。

タイトルを見た時は、膵臓癌の発展過程などはとっくにわかっているのにと思った。実際、他の癌と比べても、KRASやp53を筆頭に膵臓癌で変化する遺伝子は共通のことが多い。しかし、論文を読むと、それでもこれまで気づかなかったことが多くあることがよくわかった。

この研究では、まずマウス膵臓にKRAS変異を導入して200日ぐらいから発生してくる膵臓癌と人間の膵臓癌を比べ、突然変異の数などでは人間の癌の方がはるかに多いものの、人間と同じような変異のパターンがマウスでも自然に見られることを明らかにしている。すなわち、マウスでも人の癌を再構成する可能性を確認している。

マウスとの共通性を確認した上で、次にマウスモデルを用いてKRASの状態をゲノムレベル、発現レベルなどを総合して検討すると、導入した変異KRASと正常KRASが1:1で発現しているタイプは30%だけで、、KRASの局所増幅が起こっているもの、変異染色体が増幅しているものなど、ほとんどの例でKRASの量が上昇していることを認めている。

同じことは人間の膵臓癌でも認められ、しかも早期の癌から同じような増幅が見られる。そして予想通り、増幅により転移を含むガンの悪性度も上昇する。すなわち、膵臓癌はKRASの増幅とともに悪性化していくことがわかる。

次に、他の遺伝子との組み合わせをマウスで調べ、膵臓癌で見られるMycやYapなどの増幅は、KRASの増幅前から見られることから、変異KRASの下流で活性化される一方、CDKN2aの欠損はKRAS増幅型のみで見られることを発見する。そして、CDKN2a欠損とKRAS増幅の組み合わせが人間のガンでも一致することを確認する。

これ以上詳細は省くが、このようにマウス実験モデルを用いて膵臓癌の進展過程を特定した上で、同じことが人間でも起こっているかを確認する作業を繰り返して、1)KRAS変異、2)CDKN2a欠損、3)KRAS増幅、4)悪性化と他の遺伝子変異蓄積という順番で進むのが、人でもマウスでも最も頻度の高い経路であることを示している。

重要なことは、マウスに様々な変異を加えることで、人間の癌と同じような性質を持った膵臓癌を再構成できることで、実際これまで行われた人の膵臓癌の遺伝子発現や組織像の分類をほぼ再現できる。

話はここまでで、この結果新しい治療戦略が生まれるのかと聞かれると、残念ながらNoだろう。しかし、RAS変異から、CDKN2a欠損と続いて初めて、RASの毒性への抵抗性が生まれ、KRASの増幅が始まるという経路は、今後ヒントになるように思える。というのも、この研究では触れていないが、先日紹介したようにKRASが働くとき2両帯を形成する必要があり、正常KRASがそれを抑制するという新しい研究結果(http://aasj.jp/news/watch/7935)は、KRAS増幅がないと悪性化が始まらないというこの論文の結果と一致する。その意味で、増幅タイプが何種類か存在し、それをマウスで比較的正確に再現できるという今回の論文は、RAS二量体を標的にする治療開発にとって重要な結果だと思う。
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1月25日:他人の痛みを我がことのように感じられるか(Developmental Scienceオンライン掲載論文)

2018年1月25日
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私たちの社会性が成立するためには、他人と自分を区別しつつも、他人も同じように考え、行動するという確信を持つ必要がある。この条件を満たすため、私たちの脳には様々なメカニズムが備わっている。例えば他の個体の行動に反応するミラーニューロンは最も有名な例だが、theory of mind、そしてライプチッヒマックスプランク研究所のトマセロたちが提唱するゴールを共有する能力まで、それを支える多くの神経的相関(neural correlates)を探索していく必要がある。このために、発達期の人間の神経回路の研究は重要だ。(この分野の最近の動向については、JT生命誌研究館ウェッブサイトに一種の制作ノートとして書き溜めたものを集めてあるので、少し難しいが興味のある人は参考にしてほしい:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/

今日紹介するワシントン大学からの論文は7ヶ月児が他人の感覚を自分の感覚として再構成し直し共有できることを示す研究でDevelopmental Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Infant brain responses to felt and observed touch of hands and feet:an MEG study(手と足の感覚を感じ、観察する時の幼児の脳の反応:脳磁図研究)」だ。

この研究は、手を使って物をつかんだりできるようになり、周りの人間を区別するようになる7ヶ月齢の赤ちゃんを使って、2種類の実験を行っている。

最初の実験は、手や足を触った時に興奮する場所を脳磁図で調べている。これまで私たちが持つような体性感覚野が、幼児では明確に認められないと考えられていたようだが、この研究では、大人と同じように手と足に対応する体性感覚野が形成されていることが確認されている。

その上で、触られる経験をした幼児に今度は他の人間の手や足が同じように刺激されている様子をビデオで見せた時に、同じように手や足に対応する体性感覚野が興奮するかどうかを調べている。

他人が刺激されているのを見て感じるという複雑なプロセスでは、様々な脳内領域が興奮する。例えば、視覚野の興奮、視覚と運動の統合にかかわる領域、自己と他人を区別する領域などだ。このため、このままでは体性感覚野の興奮を特定しにくい。この研究では、触られた感覚で生じる時に特徴的なベータ波を拾い出すことで、他人が触られているのを見たときも体性感覚野が興奮することを特定している。

実際には、脳磁図データの数理的処理を徹底的に行っているため、結論ありきという懸念も残るが、この結論が正しいなら、幼児期にすでに、他人への刺激を見ただけで、もう一度自分の体性感覚として再構築する能力があることを示しており、個人的には驚く。もし今回利用された方法の信頼性が確認されれば、他人の感覚を自分の感覚とする能力がいつから生まれるのか、類人猿ではどうなのかなど、言語誕生に至る人間の社会性に必要なneural correlates(神経的相関)として研究が進むと期待できる。
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1月24日:T細胞と樹状細胞の相互作用を記録する(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月24日
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免疫反応の引き金はもちろん抗原だが、抗原に特異的な反応を維持するため、一つの免疫担当細胞上の様々な分子が、相手を変えて複雑な相互作用を行っている。これを研究するためには、セルソーターを用いた特定の分子を発現する細胞の精製と、調べたい遺伝子のノックアウトが最も重要な手法として用いられてきた。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、免疫担当細胞上の機能分子が相互作用をすると、このイベントを一定期間、細胞上に記録して残しておく方法の開発研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Monitoring T-cell-denderitic cell interactions in vivo by intercellular enzymatic labeling(生体内でのT細胞と樹状細胞の相互作用を細胞間の酵素による標識方でモニターする)」だ。

この研究では黄色ブドウ球菌が発現しているソルターゼAと言うペプチド転移酵素が、LPETGペプチドが存在するとこれをグリシンが5個並んだG5を持つ分子に共有結合させる活性を利用して、分子間の相互作用が起こったかをモニターする方法を開発している。

具体的にはCD40にG5、CD40Lにソルターゼが融合した遺伝子を作成、それぞれの細胞に発現させ、CD40とCD40Lの反応が細胞上で起こるときに、ビオチンなどで標識したLPETGを加えるとCD40側に標識されたペプチドが共有結合して、反応した細胞だけをビオチンを指標に検出する方法だ。

この研究はCD40とCD40Lの反応に焦点を絞って研究しているが、予備実験としてCD80/CD86、CD28/CTLA4,PD1/PD-L1など他の分子にも応用できることを示している。

さて、T細胞が樹状細胞上の抗原により刺激される時、樹状細胞のCD40とT細胞上のCD40Lが相互作用を起こす。この研究で最も重要なポイントは、新しく開発した方法が体内でのT細胞と樹状細胞の相互作用をモニターできるかになる。

CD40-G5を発現してソルテーズで標識できる樹状細胞に抗原をロードし、これを足蹠に注射し、18時間後CD40L-SorAを発現するT細胞を静脈注射する。さらに10時間後やはり足蹠にビオチンかLPETGを注射した後、免疫反応が起こる局所リンパ節にビオチンラベルされた樹状細胞が存在するか調べている。

結果は期待通りで、抗原特異的反応が起こるときのみ、樹状細胞がラベルされ、このラベルはCD40Lに対する抗体を用いるとブロックできる。

前もって樹状細胞に抗原をロードするのではなく、樹状細胞とT細胞を注射した後、抗原を別に注射して反応を起こす方法でも標識が可能で、抗原注射後24時間ぐらいからCD40が標識された樹状細胞が現れ、72時間にピークになることも示している。そしてこの実験系で、最初は抗原特異的にT細胞と樹状細胞が相互作用するときだけに標識できるのが、72時間になると抗原が存在しなくとも樹状細胞のCD40がT細胞のCD40Lと相互作用することも示している。この分野はフォローしていないので、これが新しいことか、既に知られていることかわからないが、分子と分子の相互作用を記録することで今まで気づかれなかった現象が見つかることを強調している。

話はここまでで、なかなか面白い方法だと思う。実際には、同じような試みは行われていたようだが、幾つかの改良を加えて信頼できる方法に仕上げたところがポイントのようだ。ただ、ソルテーズを融合させることで分子自体の機能が変化する心配があるし、標識した側の分子の寿命もこの方法の成否を左右するだろう。もし反応後すぐに細胞内に移行し処理されるような分子は使いにくい。

いずれにせよ、PD1などガンの局所での分子間相互作用に関わる細胞の特定、反応後の細胞の運命の追跡など応用範囲は広そうだ。わざわざ予備実験でCTLA4やPD−1にも使えることを示しており、次の論文はガン免疫現場での細胞記録になるような気がする。
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1月23日PD-L1阻害とTGFβ阻害剤を一体化したM7824への期待(1月17日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月23日
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何度も繰り返すが、チェックポイント治療の登場でこれまでの治療では達成できなかった長期の寛解が可能になった。しかし現時点では一部のガンを除いて患者さんの2−3割にしか効果がない。これは、癌特異抗原が発現して免疫が誘導されているかどうか明確に予測できないためだが、突然変異が蓄積しやすい腫瘍ほど効果の得られる確率が上がることがわかってきて、癌のバイオマーカーとして利用する可能性が追求されている。他にも、癌組織に免疫反応の痕跡がなども効果予測に使えないか研究が進んでいる。

これらは、効果予測の精度を高める方向の研究だが、これに対し抗体自体の効果を高められないかという方向の研究も進んでいる。特に、癌や、癌抗原を提示する細胞が発現するPD-L1に対する抗体(抗PD-1治療と同等の治療として海外では利用されている)に、免疫システムを強めたり、癌の悪性度を抑えるような分子を結合させ、チェックポイント治療効果を高める試みだ。

今日紹介するメルク傘下セロノリサーチ社からの論文はPD-L1に対する抗体のC末端にTGFβ受容体を結合させることで、動物実験だがガンに対する免疫を著明に高められるという研究で1月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Enhanced preclinical antitumor activity of M7824, a bifunctional fusion protein simultaneously targeting PD-L1 and TGFβ(PD-L1阻害と、TGFβ阻害の2種類の機能を持つ融合タンパク質は抗腫瘍効果が亢進している)」だ。

この研究は動物を用いた前臨床研究なのだが、すでに安全性を確認する第1相の治験は終了し、論文になっている。さらに固形癌に対する治験が我が国の九州がんセンターなど15施設が参加して始まろうとしており、患者さんのリクルート中だ。他の国でも、準備が行われている。すなわちこの論文は、患者さんに説明するためには大変役にたつ論文として使える重要なデータになっている。

さて結果だが、まずこの融合抗体がPD-L1と3種類すべてのTGFβを阻害できるという基礎データを示した上で、マウス大腸癌、乳がんなどで抗腫瘍効果を確かめ、長期効果と共に、転移も抑制できることを示している。マウスの実験だが、データは極めて説得力のあるデータだ。

次にガン免疫機能について調べ、キラーT細胞と共にNK活性も高まっていることを示している。詳細を省くが、腫瘍周囲のCD8浸潤の数を見ると、驚くべき効果であることがわかる。さらに都合のいいことに、ガンの周りの線維芽細胞増殖を抑制することができる。また、放射線治療や抗がん剤治療との相性のいいことも示している。これらはすべてTGFβ抑制による結果として説明がつく。

現在、TGFβに対する治療も単独で投与が進められいるが、TGFβ自体が多彩な生物活性を持つため、予想しない副作用などが出るなど道は厳しい。ところが、PD-L1に対する抗体でTGFβ阻害作用が腫瘍周辺に限局されることでTGFβ阻害剤の持つ問題を大きく解決することになるわけだ。

要するに、次世代のチェックポイント治療が始まるぞと高らかに宣言しているような論文だ。しかし治験の結果が出るまでは、前臨床研究でしかない。ゆっくり治験結果を待とう。しかし、この融合タンパク質の値段はいくらになるのだろう?心配だ。
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1月22日抗マラリア剤アルテミシニンが糖尿病治療に役立たない(1月9日号Cell Metabolism掲載論文)

2018年1月22日
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2016年12月9日、論文ウオッチで「抗マラリア剤アルテミシニンはα細胞からインシュリンを作るβ細胞への分化を誘導する」というタイトルで、オーストリア分子医学センターがCellに発表した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/6164)。

ArxとPax4が競合的にα細胞、β細胞への分化を調節するという大きな枠の中で、大人になった後も、このバランスを崩すとα細胞をβ細胞へ転換できることを示すとともに、背景のメカニズムを明らかにした大変な論文で、私も高く評価した。しかし、この論文の最も重要なメッセージ抗マラリア剤アルテメーターが糖尿病に効く可能性を否定する論文が発表された。2016年論文のほぼ全否定の論文で、紹介しないわけにはいかない。

同じようにβ細胞の分化を研究しているカリフォルニア大学デービス校からの論文でオーストリアからの論文の全否定研究だ。Cell Metabolism 1月9日号に掲載された。タイトルはズバリ、「Artemether does not turn αcell into β cell(アルテメーターはα細胞をβ細胞へと転換しない)だ。

オーストリアの論文の基本骨子はβ細胞株を用いた研究で、この結果が本当に生体内で起こっていることは、注意深く実験が行われていないというのがこの論文の著者らの見立てだ。これに基づいて、この研究では膵島中の細胞の系列をラベルしたトランスジェニックマウスにアルテメーターを投与した時の効果を調べている。もともとこのグループは、膵島の特別な場所で分化転換が起こることをこのトランスジェニックマウスを用いて研究しており、生体内で分化転換を検出できる。

まずオーストリア論文が示したように、アルテメーターはArxの発現を抑制する。ただ、期待とは異なりこれによりα細胞の分化転換は全く観察できなかった。それどころか、β細胞が不健康な外観を示す像が散見されることに気がついた。そこで、β細胞のアイデンティティー維持に重要な転写因子の発現を調べると多くが低下しており、細胞は死なないものの、機能の維持が難しくなっていることが示唆された。

これは、オーストリア論文でヒトの膵島を用いて行われた実験と真っ向から対立するので、彼らのヒト膵島の遺伝子発現データを再検討すると、実際にはアルテメーター処理でArxの発現ですら変化がないことを示しており、オーストリアのグループが自分のデータすらしっかり見つめていないことを暴いている。

結論的には、アルテメーターがArxを抑制する点では問題がないが、同時に実験に用いられた量ではβ細胞の機能維持に重要な分子も抑制して、最終的にインシュリン分泌を抑制することを示している。かといって、マラリア治療に用いる量ではこのような副作用は起こらず安心できることも示している。

詳細は省くが、この論文に従って前の論文を見直してみると、単一細胞レベルの遺伝子発現データのような確かに解釈するとき注意が必要な手法が用いられており、思い込みで結果が左右される可能性があることがよくわかる。とはいえ、読者の立場でそこまで吟味するのは不可能だろう。その意味で、このような競争は大歓迎だ。現時点では、アルテメーターを糖尿病に利用するのはストップが賢明な判断だと思う。
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1月21日:血液によるガンの早期診断が可能になる?(Science オンライン版掲載論文)

2018年1月21日
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多くのガンは、転移が起こる前に切除することで治すことができる。ただ、早期にガンを発見するためには、内視鏡、CT、PETなど時間と費用のかかる方法が必要で、多くの人間のマススクリーニングを行うのが難しかった。それでも、胃カメラなど、これを乗り越えてスクリーニングの体制が整い、成果を上げている。とはいえ、一定量の血液を取り出して、それでガンがあるかどうかの診断が可能になることが望ましい。

これまで比較的成功しているのは、前立腺癌を診断するPSA検査で、急に上昇するとガンが疑われる。ただそれでも、確定診断にはならない。実際私も昨年の夏PSAが急上昇し、前立腺癌を覚悟したが、精密検査で無罪放免になった。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は血液によるガンの早期発見を現在利用できるいくつかの方法を組み合わせて総合的にできないか調べた論文でScienceオンライン版に掲載されている。タイトルは「Detection and localization of surgically resectable cancers with multi-analyte blood test(複数の検体に分ける血液検査で外科的に対応可能なガンを発見し種類を特定する)」だ。

実際このような試みは多くの研究室で行われている。例えば、ガンの血液診断をキーワードに検索すると、一滴の血液で13種類のガンを発見できるといった落谷さんの研究を筆頭に、新聞やTV報道が並ぶ。ただ、それぞれをよく見てみると、それぞれのグループが得意の方法だけを用いて、どちらの成功率が高いかを争っている感がある。一方、今日紹介する論文は、これまで有望と考えられてきた方法を組み合わせて、しかもステージIIまでのガンを診断するという目標に絞って検査を開発している。テクノロジーを競うのではなく、患者目線に立った研究と言える。

方法自体は独自のものではないが、それぞれの方法を早期診断という目的に絞って改良を加えている。

最初に用いるのがliquid biopsyと言われる方法だが、ガンのドライバーのみに焦点を当て、これまでのガンゲノムのデータからドライバー遺伝子変異を特定しやすい、卵巣癌、直腸がん、膵臓癌、胃がん、食道がん、肺がん、乳がんの8種類に絞って検査を開発している。

実際には16遺伝子の変異を調べる61種類の断片を用い、PCRで配列を決めている。この時、一本だけの検体で行うのではなく、一つのサンプルを複数のチューブに分けて別々に増幅することで、変異が検出される確率を高めている。

次に、様々な文献から特異性の問題はあっても、ガンの早期に遊離されるタンパク質ガンマーカーをリストアップし、その中から39種類の蛋白質を免疫的に検出する方法を開発している。

これらを改良し組み合わせた新しい方法で、約1000人のステージIからIIIまでのガン患者さんの血液を調べると、診断率が一番高いのは卵巣ガンと肝臓癌で、90%を越すが、残りはだいたい70%ぐらい、最も低いのが乳がんであることがわかった。一方、ガンを持っていない正常人では800人中8人が陽性と診断され、現在フォローアップ中だ。もちろん、今後炎症や、前癌状態など幾つかの状態で偽陽性が出ないか調べる必要があるが、まずますだ。

最後に、AIを用いて、パターン解析を行い、発見したガンの種類を当てるアルゴリズムもを開発しており、ほとんどのガンで7割程度診断が可能であることを示している。

この論文には多くの施設が関わっているが、読んでみて思うのは、皆が協力して仕上げている点だ。一方,診断法の開発ですらわが国では自分の方法が他の方法より優位であることだけを強調することに努力が払われ、皆で協力することができていない点が気になる。もちろん臨床で喜んで使われる方法でになればそれでいいが、実際にはどうなのだろう。結局診断法の開発でもおそらく研究費を独占したいというモチベーションが働く構造になっているのではないだろうか。実際には大所高所から幾つかの技術を患者さんのために組織化するための指導力が、助成を提供するAMEDなどに欲しいのだが、今の助成機関の指導者にはそのような発想はないようだ。

最後に、この検査法がいくらになるかだが、500ドルで収まると聞いて安心した。
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1月20日:私たちゲノム中に存在する自己化されたレトロウイルス(1月11日号Cell掲載論文)

2018年1月20日
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JSTのさきがけプロジェクトの研究総括をしていた時、東京医科歯科大学の石野さんには領域アドバイサーとして本当に世話になった。ほとんど欠かさず研究発表会に出席していただき、研究者にアドバイスをいただいた。また、石野さんの研究の話も聞く機会を設けることもできた。石野さんは日本のエピジェネティック研究をリードしてきた研究者の一人だが、私が聞いた話は私たちは、私たちのゲノムに飛び込んできたレトロウイルスを家畜化して、役に立つ分子として使い直しているという話で、胎盤形成を進化からエピジェネティックスまで網羅した仕事だった。

今日紹介するユタ大学からの論文は石野さんたちがレトロウイルスの家畜化が決してまれな話でないことを示す研究で1月11日号のCellに掲載された。タイトルは「The neuronal gene Arc encodes a repurposed retrotransposon Gag protein that mediates intercellular RNA transfer(神経細胞が発現するArc遺伝子はレトロトランスポゾンGagを細胞間RNAを伝達する新たな目的に転換している)」だ。

この研究が着目したのは、レトロウイルスGag分子の家畜化が疑われるArcで、ショウジョウバエや四足類の脳に発現している。驚くのは、それぞれ異なるレトロトランスポゾンから独自に進化し、神経細胞特異的分子として確立している。

この研究ではまずそれぞれのArc分子がレトロウイルスGag分子のようにウイルス粒子を形成できるか、大腸菌で作らせたArc分子を用いて調べている。予想通り、ArcもC末端を介してウイルス粒子を形成する。これはオリジンが異なるマウスでもショウジョウバエでも同じで、独自の進化でほぼ同じ機能の分子が進化した面白い例であることを示している。

ここまでわかると、実際にウイルスと同じように他の細胞に感染して、遺伝子の受け渡しをするかどうかを調べることになる。結果を箇条書きにまとめると、

1) Arcが粒子を形成するとき、N末端を介して、非特異的にRNAを取り込む。また、RNAがないと正常な粒子形成は起こらない。
2) Arc粒子は他の細胞に感染し、mRNAを伝達する、
3) 脳内でArc粒子が分泌されているのを観察でき、この粒子を用いて試験管内で神経細胞へmRNAを伝達できる。
4) 伝達されたRNAは神経細胞の活性化に応じて翻訳される。

以上の結果から、Arcはシナプスで様々なRNAを隣の神経細胞に伝達し、それが興奮依存的に翻訳されることで、シナプス可塑性に関わる可能性を提案している。今後、ウイルスの感染の標的を操作する実験から、このシナリオが正しいかどうか示されるだろう。

いずれにせよ、石野さんから聞いたレトロウイルスの家畜化はかなり広い範囲で起こっているようだが、Arcを持たない種では、どのGagを家畜化しているのかなど、面白い分野になりそうだ。
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1月19日;線維形成性黒色腫はPD-1治療によく反応する。 (1月18日号Nature掲載論文)

2018年1月19日
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一般化学療法や、標的分子に対する治療では完全に治すことが難しいがんが、患者さんによっては根治することもあり得ることを知って、チェックポイント治療を含む新しい免疫療法に対する医師・研究者の評価は高まっている。この中で、PD-1やCTLA4に対する抗体を使うチェックポイント治療は、注射するだけでいいという簡便さから、価格が高いという難点はあるものの、急速に普及している。ただ、この治療の問題は、誰に効いて誰に効かないかを予測できない点だ。そのため、この治療の効果を予測できるバイオマーカーの探索が続き、毎週のようにトップジャーナルに論文が掲載されている。

実際先週だけでもNature Medicineにステージ4メラノーマの患者さんの末梢血リンパ球の単一細胞レベルの解析から、CD14陽性CD16陰性HLA-DR高陽性細胞とPD-1抗体の効果が相関することを示す論文が、The New England Journal of Medicineに突然変異の数と効果の相関の総説などが発表されていた。これは当然のことで、一部の患者さんに効くからと適用を拡大する従来の方法では全く能がないと言わざるをえない。

と最近の研究方向を評価した上で、それでもNatureに掲載していいのだろうかと疑問を感じたUCLAを中心にした論文を紹介する。タイトルは「High response rate to PD-1 blockade in desmoplastic melanomas(線維形成性黒色腫はPD−1阻害治療に高率に反応する)」で、今週発行のNatureに掲載されている。

この研究では病理診断を行った1058人のメラノーマ患者さんの臨床経過を掘り起こして、PD-1阻害治療に対する反応性を、desmoplastic melanoma(DM)と他のメラノーマの患者さんと比べている。結果だが、普通のメラノーマでは通常2−3割でしか見られない治療の効果が、なんと7割の人で認められる。これはすごい結果で、DMと診断できたらまずPD1阻害療法と決めて良さそうだ。 確かにこの研究から 1) DMは他のメラノーマと違って、B-RAFやRASのようなガンのドライバーが変異しておらず、化学療法が効きにくい。 2) ほとんどの患者さんが既にCTLA4治療を受けており、その上でPD-1阻害療法に転換されている。 3) NF1の変異があると、一般的に突然変異の数が多い。 など今後この治療の効果予想をするための重要なヒントが存在する。しかし、論文に示されたデータは、なぜこのガンで効きやすいのか結局明確な答えを出さないまま終わっている。要するに、メラノーマのうちDMはPD-1阻害治療が効くというタイトルにあるメッセージで終わっている。

最近Natureも臨床研究をよく取り上げるようになっているのは、当然のことだろうと思う。また、効果が高いというメッセージは患者さんへのインパクトも高く、general interestを重視する編集方針にマッチしているとは思う。しかし、この論文のように、全くメカニズムに関わる検証をスキップして現象論でいいのかは疑問に思う。

論文の書き方も少し不純なものを感じる。例えば最初のセンテンスで「DMはまれなガンで、厚い線維性の間質に囲まれ、治療の標的がなく、紫外線によるDNA障害と関連している」と書かれている。これを読むほとんどの研究者、一般読者は、普通のメラノーマよりはるかに悪いガンかという印象を持つと思うが、全体で見たときの5年生存率は他のメラノーマより良好なことが多い。

いかにこの分野が過熱しているとはいえ、Natureこそメカニズムに対して新しい結果を示した論文だけを掲載して欲しいと思う。事実、NF1と突然変異の数など、面白い問題が満載の論文であることは間違いないが、「あとはどうぞご自由に研究してください」では困る。
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1月18日:マラリア原虫の侵入経路:え!こんなこともわかっていなかったのか(1月5日号Science掲載論文)

2018年1月18日
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ウイルスや細菌が細胞内に侵入するとき、多くの場合細胞表面上のホスト側分子と特異的に結合し、あとは様々な細胞学的過程を利用して細胞内に侵入する。例えば現在流行っているインフルエンザは、細胞表面上のシアル酸を使うし、エイズウイルスはCCR5と呼ばれるケモカイン受容体を使う。面白いのは赤痢菌で、まずマクロファージなどに貪食されてから、細胞内に侵入し、細胞内でアクチンを重合させて彗星のように細胞質内を推進して隣の細胞に感染するものもある。いずれにせよ、細胞内に侵入が必要な病原体の侵入経路の特定は、感染症研究の最も重要なステップになる。

したがって、マラリアのように最も研究の進んでいる病原体が網状赤血球に特異的に侵入する経路がわかっていないなど想像だにしていなかった。今日紹介するオーストラリア・ウォルター・エリザホール研究所からの論文はマラリア原虫P.vivaxがなんとどこにでもある鉄の細胞内輸送に関わり、またC型肝炎ウイルスをはじめとする様々なウイルスの侵入経路として使われているトランスフェリン受容体1(TfR1)と結合して細胞内に侵入することを明らかにした研究で1月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Transferin receptor 1 is a reticulocyte-specific receptor for plasmodium vivax(トランスフェリン受容体はマラリア原虫の受容体の一つだ)」だ。

タイトルでは、a receptorと抑えた表現になっているが、実際 DARCと呼ばれるケモカイン受容体がP.vivaと結合する侵入経路という考えが定着していたようだ。しかし、DARCの欠損した人がマラリアに感染していること、また正常赤血球にも発現しているため、何故網状赤血球だけ感染できるか説明できないことから、このグループはウイルス蛋白で網状赤血球に結合するPvRBPに結合する分子を探索していた。

結果幾つかの候補から、TfR1が特定され、生化学的、構造学的検討から、PvRBPが結合するのはTfR1に間違いないことを確認している。

そして、TfR1は赤血球系列について言えば、網状赤血球では強く発現しているが、分化が進んで赤血球になると発現がなく

なること、また、PvRBPはフリーのTfR1にも、またトランスフェリンと結合したTfR1とも安定に結合することを明らかにしている。この結果は、これまで説明がつかなかった、P vivaxが網状赤血球特異的に感染することを説明できる。

最後にP.vivaxの感染実験を行い、PvRBP2をクリスパーで欠損させると感染が起こらないこと、さらにPvRBPに対する抗体を用いると、やはり感染が防げることを示している。 研究で使われたのは私たちの現役時代の手法で、この実験がどうして今までできなかったのか不思議だが、おそらく受容体はDARCであるとする定説が、研究の妨げになっていたのだろう。ぜひこの発見が、マラリアの予防や治療に使えるよう発展することを期待したい。
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1月17日:生殖器の動きを制御する神経回路形成を制御する経験と性(1月11日号Nature掲載論文)

2018年1月17日
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ゴカイの幼生のように、一本の神経細胞だけが、光を感じる色素細胞と、運動に関わる繊毛細胞をつなぐような稀な例もあるが、神経性の最も重要な構造学的基盤は回路形成にある。このおかげで、あらゆる内外の刺激や、記憶を連合させることが可能になり、結果として身体から独立した情報媒体・言語を可能にした。この回路で重要なのは、構造が経験により書き換えられることで、神経の可塑性として知られている現象だ。ただ、神経回路は単純な動物でも十分複雑で、可塑性を観察するには時間がかかるため、これを一本の神経細胞レベルで調べるためには工夫がいる。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、すべての細胞が単一細胞レベルで特定されている線虫の一本の神経を用いて可塑性の成立条件を調べた研究で、1月11日号のNatureに掲載された。タイトルは「Neurexin controls plasticity of a mature sexually dimorphic neuron(Neurexinがオスメスで機能が異なる成熟ニューロンの可塑性を調節している)」だ。

論文を読むと、線虫行動を熟知したプロが、線虫の神経系の特徴を生かして、しかし一般的な問題、可塑性の生物学にチャレンジしているのがよくわかる。

この研究が対象にしたのはDVBと名前がついた運動神経で(線虫のアトラス参照:http://www.wormatlas.org/neurons/Individual%20Neurons/DVBframeset.html)で、雌雄同体型(以後わかりやすいようメスと呼ぶ)では直腸筋肉に投射して排便を調節するが、オスではこれ以外に、受精に必要な針(SC:ペニスと考えればいい)を突き出す時に働く筋肉(PT)にも投射している神経細胞だ。オスだけで生殖時に必要なSCを動かすため、排便と同時にSC運動を調整する役割を持つと考えられ、実際両方の性で直腸を動かす筋肉への投射は共通に存在するが、DVBの神経投射標的は成長過程でオスとメスで大きく変化する。

面白いのはオスの投射パターンが完成するまでの行動を調べると、最初排便とともにSCが飛び出したのが、3日目にはこの動きが消失することで、DVBの機能を抑制すると、この動きを抑えられなくなりSCが飛び出したままになり受精がうまくいかなくなる。すなわち、DVBは最初SCの突出を誘導していたのに、後からはSC運動を抑制するニューロンに役割を変える。そして、オスとHAを一緒に飼育し生殖行動を促すことで、経験依存的にこの役割のスウィッチが完成することを確認する。

そこで、投射される側(SPCニューロンとSCを突き出す筋肉)を光遺伝学的に興奮させるようにして、DVBの投射を調べると、期待どおりSCを動かす運動によって投射が誘導されることが明らかになった。すなわち、標的の興奮により結合を強める典型的なシナプス結合の可塑性が見られることが明らかになった。

あとは線虫お得意の遺伝学を用いて、この可塑性にはDVB側で発現するneurexinと標的で発現するneuroliginが関わっており、neurexinはDVBの神経突起形成を誘導する方向に、neuroliginは抑制する方向で働き、運動によりneuroliginの発現を抑えることで、投射の可塑性が成立することを示している。

話はここまでで、パズルを完成するためにはまだまだ多くのピースをはめていく必要があるが、一本の神経レベルの投射と行動がここまで明確だと、パズルもそう遠くなく完成すると思える。

いずれにせよ、これまで頭の中で想像してきた神経可塑性の一端が細胞学的にしかも目に見える形で明らかになっているのを見ると、さすが線虫の系だと感心する。
カテゴリ:論文ウォッチ
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