10月16日 ダウン症のウイルス感受性からわかるインターフェロンシグナルの複雑性(10月14日 Immunity オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

10月16日 ダウン症のウイルス感受性からわかるインターフェロンシグナルの複雑性(10月14日 Immunity オンライン掲載論文)

2022年10月16日
SNSシェア

ダウン症の人はコロナの死亡リスクが10倍上昇していることが知られている。これは、これまで指摘されている獲得免疫系の低下を反映した結果だと考えられてきた。一方、自然免疫系についてみると、最も重要なインターフェロンシグナルを受ける受容体、IFNR1&2両方とも21番染色体に乗っており、原理的には遺伝子発現が1.5倍で、インターフェロンシグナルも強いと考えられる。従って、自然免疫ではウイルス感染抵抗性が強いはずだと考えられる。

今日紹介するマウントサイナイ医科大学からの論文は、ダウン症のインターフェロン反応性について調べ、初期の反応は正常人より高いものの、弱い刺激も強い刺激と解釈して、その後の反応性が強く抑えられることが、ウイルス感染感受性につながっていることを示した研究で、ダウン症のウイルス感染のための新しい診療プロトコル作成の必要性を示唆する研究だ。タイトルは「Excessive negative regulation of type I interferon disrupts viral control in individuals with Down syndrome(タイプ1インターフェロンの過剰な抑制調節機構がダウン症候群のウイルス抵抗性を傷害している)」だで、10月14日 Immunity にオンライン掲載された。

研究自体は淡々としたもので、古典的なシグナル研究と言っていいが、ダウン症の理解には重要な研究だ。まず、ダウン症ではインターフェロン受容体の発現が予想通り高いこと、またインターフェロンの刺激に対して正常より強い反応が起こることを、ダウン症のひとから分離した繊維芽細胞株を用いて確認している。

インターフェロンで刺激されると、強い炎症が引き起こされるので、通常それを抑える仕組みを細胞は備えている。次にそのインターフェロン反応を抑える分子を調べると、一度インターフェロン刺激を受けたダウン症の細胞では、抑制分子 USP18 が強く誘導され、その結果インターフェロンに反応できなくなっている。

また、遺伝子操作でインターフェロン受容体の量を変化させた細胞株を用いて同じ実験を行うと、最初受容体の発現が高い場合、最初の反応はより強く起こるが、その後無反応時期が長く続くことを明らかにしている。

そして、実際の患者さんの血液を使って、強いウイルス感染が起こったとき、最初は反応できても、その後の長い無反応期にウイルス感染が起こってしまうことを示している。また、試験管内の感染実験でも、ダウン症の細胞は最初は感染に対する強い反応を示すが、その後はほとんどウイルス感染に無防備であることを示している。

以上が結果で、ダウン症の子供でも、最初のインターフェロンの刺激が高くないと、不反応期に陥ることはないので、これを理解した上でコロナなどウイルス感染への治療方針を立てる必要がある。おそらく、抗ウイルス薬は必須で、間違ってもインターフェロンを投与しないことも重要になる。出来れば、インターフェロンの刺激を中程度で止める工夫が開発できればさらに優れたプロトコルが出来るように思う。その意味でこのような研究は重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月15日 ガン内に潜り込んだ真菌がガンの悪性化に関わる?(9月29日号 Cell 掲載論文)

2022年10月15日
SNSシェア

今、病院で働いている人たちには信じれないだろうが、私が病院で働いていた1970年代では、ガンの告知を行うことは希だった。ではどうしていたのかというと、代わりの病名をでっち上げて本人には告げてきた。肺ガンの場合は、もっぱら真菌症という名前を利用していたが、「告知しない=欺す」ことなので、今から考えると医師と患者の関係がいかにゆがんでいたかがわかる。勿論、患者さんが治ってしまえば問題は起こらない。実際、私の義理の父親も、ファーター乳頭ガンを手術して、何も知らずに10年以上生きた。ただ、病気が悪化してくると、欺し続けることは簡単ではない。臨床をやめた後何年も、病室に行ったとき患者さんから本当の病名はと聞かれる夢や、病室に入るのをためらう夢を何度も見た。

そんな私に、ガンと真菌という一種の懐かしさを感じさせてくれたタイトルを持つ論文が、デューク大学から9月29日号の Cell に発表されていたので紹介することにした。タイトルは「A pan-cancer mycobiome analysis reveals fungal involvement in gastrointestinal and lung tumors(ガン横断的真菌解析はカビが消化管や肺がんの発生に関わる可能性を明らかにした)」だ。

研究では最初から真菌がガンの進展に関わる可能性があると当たりをつけて研究を始めている。膨大なガンゲノムデータベースには、ガン組織に存在する全ての DNA 配列が記録されており、当然ガンや周りの細胞の DNA だけでなく、ガンの中に侵入したバクテリアや真菌の DNA も混入している。この研究では、データベースの DNA 配列の中から、真菌 DNA の配列を抽出する情報処理方法を開発し、いくつかのガン組織内に実際に存在する真菌を特定することに成功している。

実際には、この目的のための情報処理がこの研究のハイライトで、様々な理由でデータベースに紛れ込んだ配列を除くことがいかに困難か論文に書かれている。事実消化管のガンの場合、真菌 DNA として判断された配列のうち、なんと97.3%が紛れ込み DNA として排除され、残るのは3%弱になる。ちょっと古代人ゲノムを調べるのと似ているが、古代人ゲノムをキャプチャーするポジティブセレクションではなく、全てネガティブセレクションになる。

こうしてガン組織特異的な真菌の存在を探ると、頭頸部ガンから大腸ガンにかけての消化管に発生するガン、肺ガン、乳ガンに、それぞれ特異的な真菌の存在が特定できる。

問題は、真菌の存在とガンの進展との関係になるが、これについては、頭頸部ガン、胃ガン、大腸ガンの遺伝子発現や、真菌との相関を調べ、

  1. 消化管のガンの場合、出芽酵母の量がスタンダードになり、これとの比で見たときの Candida の量でガンを分類できる。
  2. 頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、上皮の接着分子の低下、炎症分子の上昇、ガン抑制遺伝子の発現低下など、ガンの悪性化に関わる遺伝子が上昇する。
  3. その結果、頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、予後不良の指標になる。
  4. 一方、大腸ガンでは Candida の量と、予後とはほとんど相関がない。また炎症性のサイトカインもCandida により上昇する傾向はない。

以上が主な結果で、ネガティブセレクションという大変な情報処理を行ったことは評価できるが、この相関が原因か結果かなどほとんどわかっておらず、ちょっと消化不良だ。しかし、ガンと真菌が相関していたことを知ると、医者時代に看取ったガン患者さんの顔が浮かんできた。何十年たっても、顔と名前は忘れない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月14日 一種類の細胞株だけで作った人工骨で人間の骨髄造血を再現する (10月12日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年10月14日
SNSシェア

人間の骨髄造血を再現するのは今でも簡単でない。試験管内で再現できる微小環境は限定されているので、結局動物体内にヒト血液を移植する実験系が使われる。現在では、NOD にコモン γKO を掛け合わせた免疫不全マウスに直接ヒト骨髄細胞を移植する方法が用いられているが、造血因子などの共通性がないため完全ではない。そのため、マウスの造血関連遺伝子をヒト型に替えるヒト化マウス作成で問題を解決する努力が続けられている。

思い返してみると、一番最初にマウスでヒト造血を再現しようとしたのは Irv Weissman のグループで、胎児由来の骨と骨髄、及び人間の胸腺まで scid マウスに移植して実験を行っていた。ただ、あまりに大変な実験なので、Irv 自身も使わなくなり、既に忘れ去られた実験系と言っていい。しかし、論理的には最も正しい方法と言える。

今日紹介するスウェーデン・ルンド大学からの論文は、胎児骨の代わりに、骨や軟骨へ分化しやすいように遺伝子操作を加えた間葉系幹細胞 MOSD-B 細胞を用いて試験管内で試験管内でマトリックスとともに培養、骨や軟骨の塊を作成、それを免疫不全マウスに移植することで、高い効率で長期のヒト造血が再現できることを示した研究で、10月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Engineering human mini-bones for the standardized modeling of healthy hematopoiesis, leukemia, and solid tumor metastasis(ヒトのミニボーンを操作して造血、白血病、そして骨髄転移のモデルを作成する)」だ。

このグループは、テロメラーゼを導入して無限増殖できるヒト間葉系幹細胞株を作成し、この細胞に BMP-2 などをさらに導入して、コラーゲンマトリックス状で軟骨の塊や骨の塊を形成する方法を確立していた。

本来の目的は骨や軟骨の再生医学で、出来たミニボーンやミニ軟骨を移植しているうちに、血管に満ちた骨髄用の構造が出来ることに気がついた。そこで、ミニボーン移植後、放射線照射、人間の骨髄幹細胞を移植したら、この中で造血が再現出来るのではと、実験を行っている。

すると期待通り、ミニボーンやミニ軟骨を移植したマウスでは、ヒト由来血液がほとんどのマウスで形成できる。またこの造血は少なくとも20週間維持できることも明らかになった。

造血についてはこれ以上の解析は行われず、軟骨や骨だけでなく、この細胞株が骨髄ニッチを提供する細胞へ分化するプロセスを、single cell RNA sequencing を用いて調べ、同じ細胞株から少なくとも4種類以上の異なる間葉系細胞が分化し、造血を支えることを示している。

後は、同じ実験系を用いて、骨髄性白血病をマウス内で維持できるか、ミニボーンに直接白血病細胞を注射する方法で調べている。骨髄性白血病の場合、白血病により移植率は大きく振れるが、ミニボーンの方で圧倒的に増殖する。また、乳ガンの骨髄転移を再現する実験も行っている。

正直、白血病や転移ガンについては、何を見ようとするのかが明らかでないため、腫瘍が維持されるかどうかだけを問題にせざるを得ず、全て今後の問題だと思う。ただ、一つの間葉系細胞株のみでここまでのことが出来るので、遺伝子を導入したり、様々な操作を駆使することで、白血病や転移ガンの増殖条件を明らかに出来る面白い実験系になるような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日 肝星細胞と肝臓ガンの進展(10月5日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月13日
SNSシェア

10月7日に紹介した膵臓ガンは、ガンに対する間質反応によりガンの微小環境が変化させられ、この反応によりガンの周りに集まった線維芽細胞から細胞外マトリックスやサイトカインが提供され、ガンの悪性度が増していくタイプだ。これに対し、最初に組織の線維化が起こり、これが発ガンを促進するタイプの代表例が肝臓ガンだ。勿論、発ガン後も間質との関係は続くが、発ガン前と後では、相互作用のあり方も異なる可能性がある。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、肝臓の線維化の鍵を握る細胞と考えられている Stellate Cell (星細胞、発見者の名前をとって伊東細胞とも呼ばれる)が肝臓ガン発生過程へ関与しいているメカニズムを明らかにした研究で、これまでほとんど知識が不足していた星細胞についてしっかりとしたイメージを形成することが出来た。タイトルは「Opposing roles of hepatic stellate cell subpopulations in hepatocarcinogenesis(肝臓星細胞は肝細胞ガン発生過程の細胞サブポピュレーションに相反する作用を示す)」で、10月5日 Nature にオンライン掲載された。

様々な組織特異的遺伝子改変法を駆使して、星細胞の活性を操作し、様々な方法で誘導する肝臓ガンに対する影響を詳しく調べた膨大な研究だ。

まず、星細胞特異的活性化シグナル、あるいは活性化抑制シグナルを遺伝子導入したマウスで、星細胞の活性化が発ガン過程を促進することを確認し、さらに星細胞自体を除去して、発ガンを促進しているのが星細胞自身であることを明らかにしている。

後は、星細胞が発ガンを促進するメカニズムを探索しており、結果をまとめると次のようになる。

  1. 星細胞は肝臓細胞増殖因子HGF を発現するサイトカイン型(cHSC)と、1型コラーゲンを発現する筋繊維型(myHSC)に分けることが出来る。
  2. cHSC は HSC を通して正常肝細胞を守る一方、myHSC はコラーゲンを分泌して、組織の硬度を高め、肝細胞で TAZ の核内移行を促進し、増殖を誘導する。
  3. 脂肪肝など様々な変化により、星細胞の cHSC/myHCSバランスが変化することで、発ガン前の肝細胞の増殖が促進され、これを繰り返して発ガンする。
  4. 肝臓ガンの場合、発ガン後、myHSCはガン細胞の中に浸潤することは少ない。逆に、胆管ガンなどでは myHSC がガンの中に浸潤する。10月7日に紹介した、切断されたコラーゲンによるガンの増殖機構と同じ機構が肝臓ガンでも働いており、メタロプロテアーゼの発現が高いガンの予後は悪い。しかし、切断されたコラーゲンとその受容体DDR1 は、成立後のガン細胞に効果があり、発ガン過程にはほとんど関与しない。
  5. 以上の結果から、肝臓ガンの発ガン過程は、脂肪肝などにより、cHSC/myHSCバランスが崩れ myHSC 優位の環境が出来ると、コラーゲンが分泌され、これが Hippoシグナル系を介して、TAZの核内移行を促し、増殖にスイッチを入れ、発ガンを促進する。発ガンが完成すると、今度はメタロプロテアーゼによりコラーゲンが分解され、DDR1シグナルを介して、ガン細胞の増殖をさらに促進する。一方、完成したガン細胞では TAZ の核内移行が見られないため、組織の硬化を感知する Hippo経路は動いていない。

以上が結果で、星細胞の機能を、発ガン過程からガン成立後までにわたって、よく理解できる結果だ。さらに、正常状態では HGF が肝臓の増殖より、肝臓を守る働きをしていることも見事に示されており、大変勉強になった。肝臓ガンに興味のある人には一読を勧める。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月12日 女性のアルツハイマー病リスクが高い理由(10月4日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月12日
SNSシェア

アルツハイマー病 (AD) の発症率は女性の方が約1.7倍高い。最近の Tau 分子の蓄積を調べる PET 検査では、臨床症状のない女性でも、Tau の蓄積が男性より強いことがわかっており、女性の方が Tau が蓄積しやすいことがわかっているが、このメカニズムについては明らかでない。

今日紹介するクリーブランドの Case Western Reserve 大学からの論文は、Tau 分解の印としてつけられたユビキチンを除去する脱ユビキチン化酵素活性が高いと、Tau が蓄積しやすくなり、AD のリスクを高めること、そしてこの分子こそが女性で AD が発症しやすい原因であることを示した研究で、10月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「X-linked ubiquitin-specific peptidase 11 increases tauopathy vulnerability in women(X染色体上のユビキチン特異的ペプチターゼ11は女性のTau蓄積症発症リスクを高める)」だ。

細胞内での蛋白質分解にはまず分解する蛋白質にユビキチンの印がつけられるが、同時にこの印を外す酵素も存在し、細胞内での蛋白質分解過程のバランスが保たれている。AD に関わる Tau も、リン酸化されて重合が始まると、ユビキチン化され、プロテアゾームやオートファジー経路を通って、分解して、蓄積を抑えられている。この時、ユビキチンを外す酵素があると、当然分解が起こらなくなり、AD のリスク要因になる。

この研究では、神経系で発現しユビキチン化された Tau から、ユビキチンを外すペプチターゼをスクリーニングし、X 染色体上に存在する USP11 が、Tau 特異的にほとんどのユビキチンを除去する作用を持つことを突き止める。また、その結果、Tau の凝集も促進されることを示している。

では USP11 がユビキチンを外すだけでなく、何故より安定な Tau 凝集を促進するのかメカニズムを探索し、一度ユビキチン化された281番目のリジンのユビキチンを外す過程で、281番目と274番目のリジンがアセチル化され、その結果ユビキチンによる分解経路から隔離されることが、その原因であることを明らかにしている。

以上のことから、USP11 の発現が高いと、AD リスクが高まることは明らかになったので、次にこれが AD 発症の男女差の要因になるかを調べている。

まず AD では USP11 発現レベルが高い。そして、女性の場合 USP11 と Tau の蓄積はより強く相関しており、AD 発症していない個体の脳を比べると、USP11 が女性で高い。すなわち、人間で女性が AD 発症が高いのは、USP11 の発現が高いためである可能性が高い。

この結論をさらに確かめるため、USP11 遺伝子のノックアウトマウスを作成してみると、蓄積が促進される変異型 Tau マウスの海馬のシナプス可塑性が、USP11 ノックアウトで正常化すること、さらに認知機能も改善することから、USP11 が女性の AD 発症リスクに直結していることを強く示唆している。

最後に、ではなぜ女性で USP11 が高いのかについて検討している。X 染色体上の遺伝子ではあるが、染色体不活化を通して男女で発現差がないはずだが、いくつかの傍証から、X 染色体不活化が USP11 では不完全であること、またエストロジェンにより USP 発現が高まることが、女性で USP11 が上昇している原因であろうと結論している。

以上が結果で、脱ユビキチン化酵素のレベルが女性の AD リスクを決めているという意外な結果で、面白い。それでも、新しい何故は生まれる。特に、脱ユビキチン化酵素は100以上あるのに、どうしてわざわざ X 染色体上の USP11 を Tau 脱ユビキチン化に使うようになったのか? アルツハイマー以上に、面白い問題が隠れているかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日 Paneth細胞を守るT細胞(10月5日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月11日
SNSシェア

通常T細胞は上皮内には進入できない。というのも上皮は adherence junction 及び tight junction で組織化されており、他の細胞を寄せ付けない。この構造に進入する方策として、上皮以外の細胞は特別のメカニズムを発達させている。例えば色素細胞の場合、上皮と同じ E-cadherin を発現して上皮に進入する。一方、IEL と呼ばれる上皮に存在するT細胞は、E-cadherin 自体ではなく、E-cadherin と結合するインテグリンを発現して侵入を実現している。

では、IEL は何をしているのか。上皮という最前線で免疫防御を担っていると考えていいと思うが、今日紹介するニューヨーク大学からの論文は驚くことに、抗菌分子を産生する Paneth細胞を守る役割を IEL の一部が担っていることを示した論文で、10月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The γδ IEL effector API5 masks genetic susceptibility to Paneth cell death( γδIEL のエフェクター分子 API5 は Paneth細胞の遺伝的死にやすさをマスクする)」だ。

少しややこしい論文で、経緯から説明する必要がある。このグループは、元々オートファジーや小胞体輸送に関わる分子の一つ ATG16L遺伝子変異がクローン病のリスクとして働いていることを研究しており、クローン病による炎症で、αβIEL は増加するにもかかわらず、γδIEL が減少し、これと平行して Paneth細胞が著減少していることに着目して、γδIEL と Paneth細胞の現象との関係を調べ始めている。

ATG16L変異を持つマウス小腸にウイルスが感染した後、オルガノイド培養を用いて調べると、Paneth細胞の減少を再現できるが、この系にγδIELを戻してやると、Paneth 細胞の減少を食い止められることをまず発見する。

次に、同じ実験系を用いて γδIEL 由来の Paneth細胞保護因子を探索し、ついに Apotosis Inhibitor 5(API5) が分泌されることで、Paneth細胞及び腸管上皮の細胞死が防がれることを明らかにしている。

しかし、慶応の佐藤さんが開発した腸管のオルガノイド培養がここまで複雑な実験を再現することにただただ驚く。

Paneth細胞保護作用は、ウイルスや細菌感染時だけでなく、T細胞受容体を欠損させIELを減少させたマウスでは、自然に Paneth細胞が減少するので、少なくともアポトーシスが誘導された細胞を守る働きがIELに存在することがわかる。また、上皮を硫酸デキストランで傷害する系でも、API5 の効果を確認している。

最後に、人のオルガノイド培養を用いて ATG16L の変異がある場合は、γδIEL や分泌される API5 が Paneth細胞保護効果を認められることを示し、人のクローン病の新たな治療の方向性になることを示している。

この論文では ATG16L が変異しない正常人での結果が全くないので、あくまでもこの変異を持つ人の話と考えられる。ただ、この変異は比較的多くの正常人でも認められるそうなので、下痢しやすいといった症状を持つ人は、クローン病でなくても、一度遺伝子を調べると役に立つかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 発ガンを促進する遺伝子多型のメカニズム研究は大変だ(10月7日 Science 掲載論文)

2022年10月10日
SNSシェア

おそらく何らかの遺伝子解析を受けた人の数は1億人に近づいているのではないだろうか。もちろんほとんどは全ゲノム解析ではなく、遺伝子多型 SNPアレーを用いた解析だが、病気との相関が示されている多型の数は多く、どんな健康人でも何らかの疾患リスクが指摘される。ただ問題は、現在用いられている多型のほとんどが、なぜ疾患リスクとなるのかというメカニズムについてはほとんどわかっておらず、統計学的現象論に止まる点だ。というのも、発現分子の配列に関わる多型は少なく、また多くの多型はそれと関わる遺伝子すら特定されていない。そんなわけで、多型のメカニズムを探る研究にはいつも頭が下がる。

今日紹介するトロント・マウントサイナイ病院からの論文は、多型のメカニズム解析の中でもかなり難しい範疇の多型の機能を特定した力作で、10月7日号の Science に掲載された。タイトルは「A noncoding single-nucleotide polymorphism at 8q24 drives IDH1-mutant glioma formation(8q24 に存在するノンコーディング一塩基多型は EDH1 変異によるグリオーマ形成に関わる)」だ。

この研究は、IDH1 変異がメインドライバーになっている低悪性度グリオーマ(Low grade glioma:LGG)で高い頻度で見られる 8q24 に存在する多型rs55705857がグリオーマ形成を助けるメカニズムを解析している。とは言っても、10月1日に紹介したように、IDH1 の発ガンメカニズムも極めて複雑だ。その上に、近くの遺伝子の発現がほとんど相関が認められない多型の関わりを調べるなど、よほど難問好きなグループに思える。さて、この難問にどう立ち向かったのか。

まず、多型により変化する遺伝子を、A型とG型の LGG で比較している。すると、IDH変異による遺伝子発現の影響は大きいものの、リスク多型が存在しても小さな遺伝子発現の変化しかないことがわかる。すなわち、LGG発ガンの下支えとして機能し、決め手ではないことを意味する。また、近くの遺伝子の発現には全く影響ないので、この多型領域はトランスにガンにかかわる遺伝子発現を下支えすることがわかる。事実、Myc自体の発現には関わらないが、Mycの標的遺伝子の発現が上昇していることを発見する。

そこで、この領域を導入したトランスジェニックマウスを作成し、発生過程でのエンハンサー活性を(これはシスの系で行っている)調べると、脳細胞や色素細胞の発生過程で、エンハンサー活性が高まることが観察される。

そこで、この多型が独立で IDH 誘導グリオーマの発生を高めることを示すため、人間の LGG に近い遺伝子改変マウスを作成すると共に、マウスでヒトの rs55705857 に対応するマウス領域を特定し、この部位をA型と、G型の多型、欠損させたマウスを作成し、それぞれを掛け合わせて、IDH による発ガンに対するこの多型領域の役割を調べている。

結果は明瞭で、この領域がG型、および欠損マウスでは、IDHによる発ガンが強く促進される。すなわち、この部位がA型の場合、IDH発ガンを抑える働きがあることがわかる。

この部位の配列を眺めると、まさに Oct転写因子結合領域と言えるので、Oct2、Oct4などの結合を調べると、A型では結合が見られるのに、G型では結合が見られないことがわかった。さらに、Octが結合することで、Mycの発現を抑える働きがあることがわかった。一方、G型そのものは機能を持たない。

以上のことから、この多型領域は Oct と結合することで、遠くに存在する Myc のプロモーターの活性を抑える負の働きがあるが、G型になるとこの働きが消失することがわかった。

この結果は、発ガンにあたっては、G型の人ではMycの発現が高まることが重要であることを示している。とすると、発ガンした LGG で A型と G型で Myc の差がないのは腑に落ちないが、これは完全に悪性化したガンでは他の要因が重なって、Myc 発現がこの多型に依存していないためと説明している。しかし、Myc が発ガン過程で上昇したのと同じメカニズムで、Mycの標的遺伝子の転写が高まるため、全体としてガンの悪性度が高まるということになる。

以上が結果で、大変な研究だと改めて頭が下がる。しかし、一つ一つこのようにメカニズムを決める地道な努力が、ガン克服の近道であることも確かだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日 糖尿病とその予備軍の組織代謝(10月4日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)

2022年10月9日
SNSシェア

2型糖尿病は、過食など様々な原因による高血糖に対して、インシュリンが分泌され、この状態が膵臓のβ細胞へのストレスを招くインシュリン抵抗性として知られる糖尿病予備軍を経て、続くストレスによりβ細胞が失われてインシュリン分泌が低下する糖尿病へと発展すると考えられている。この過程には、身体の全ての細胞が関わるが、基本的にはβ細胞、筋肉、脂肪組織、そして肝臓細胞の代謝変化を中心に研究されてきている。実際、この領域の進展は著しく、その結果として、私の現役時代には考えられなかった、様々なメカニズムの糖尿病薬が提供され、今度はどれを選ぶか医師が苦労する時代に突入していると言える。

今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文は、正常人、糖尿病予備軍、そして2型糖尿病と診断されている人が、急死し、膵島などの移植ドナーとして病院に運ばれてきたとき、膵臓とともに、43カ所の組織を採取、それぞれの組織のタンパク質の発現を網羅的に調べるプロテオーム解析した研究で、10月4日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Organ-specific metabolic pathways distinguish prediabetes, type 2 diabetes, and normal tissues(臓器特異的代謝経路が糖尿病予備軍、2型糖尿病を正常人から区別する)」だ。

生前拒否していない場合、死体を公共の目的で利用することが法的に許されているスウェーデンならではの研究で、糖尿病や予備軍のプロテオームをここまで詳しく解析した研究はないと言っていいだろう。膨大だが予想通りの結果で、面白い点をまとめるだけにしておく。

  1. 糖尿病、予備軍、正常人を比べると、予備軍ですでに始まっていると言える変化のほとんどが、膵臓β細胞に集中している。そして、変化の中心は炎症や、自然免疫に関わる変化に集中している。これは以外に思われるかもしれないが、予備軍のインシュリン抵抗性状態では、ほとんどの組織の代謝は正常になんとか保たれており、この状態を保つための全ての調整がβ細胞に集中し、その結果のストレスが、炎症や自然免疫を活性化していると理解できる。
  2. 予備軍から2型糖尿病に発展すると、β細胞では変化はほとんどないにもかかわらず、他の組織で様々な変化が見られる。すなわち、β細胞のストレスが頂点に達してインシュリン分泌が低下し始めると、各組織の糖代謝の低下に対応する様々な変化が起こると考えられる。
  3. 最も顕著な変化は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化回路とTCAサイクルが脂肪組織や筋肉で低下するが、予備軍では大きな変化がないことから、インシュリン抵抗性段階よりは、インシュリン分泌低下が始まった後の変化と考えられる。
  4. コレステロール代謝に関わる多くの酵素の上昇も、糖尿病発症の結果としてみられる。しかし、肝臓での変化から、これがすぐに肝臓の脂肪蓄積に発展する心配はなく、他の要因が必要。
  5. 糖尿病による糖の利用制限を克服するための、肝臓や腎臓での糖新生が、糖尿病成立後に高まる。
  6. 糖尿病予備軍から始まる変化で最も恐ろしいのは、凝固系の亢進で、予備軍から始まることを考えると、インシュリン抵抗性によるストレスが多く寄与していると考えられる。この結果は、covid-19感染で糖尿病とその予備軍が重症化しやすかったこともうまく説明する。

以上が主な結果で、概ね予想通りとは言え、それを人間の組織で徹底的に確かめたデータベースが出来ることは重要だ。私も予備軍の一人だが、もう少しβ細胞をいたわる必要があることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日 人間の抗原特異的 Treg細胞を用いた治療が可能になる(10月5日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年10月8日
SNSシェア

抑制性T細胞(Treg)が、自己免疫病を抑えたり、移植臓器拒絶反応を抑える治療の切り札であることはわかっているが、様々な理由で進展は遅い。ただ、Treg の機能や活性化については研究が進んでいるので、これらの成果を遺伝子のレベルに落とし込んで、使いやすい Treg を遺伝子操作で作ってしまおうという研究が行われている。

今日紹介するシアトルにある Benaroya Research Institute からの論文は、T細胞抗原受容体と Treg転写プログラムの両方を遺伝子操作した EngTreg が、1型糖尿病の治療に使えるか調べた研究で、治療実現だけでなく、人間の Treg の性質を知る意味でも重要な論文だと思う。タイトルは「Pancreatic islet-specific engineered T regs exhibit robust antigen-specific and bystander immune suppression in type 1 diabetes models(膵島特異的エンジニア Treg細胞は、1型糖尿病モデルで、抗原特異的および抗原非特異的バイスタンダー免疫抑制を示す)」で、10月5日号 Science Translational Medicine に掲載された。

坂口さんたちが示したように、Treg の分化と機能は FoxP3 と称されるマスター遺伝子により調節されている。即ち、T細胞が FoxP3 を発現してしまうと Treg へと分化してしまう。そこで、この研究では1型糖尿病の患者さんで膵島特異的反応を示すT細胞からT細胞受容体(TcR)遺伝子を分離、それを末梢血CD4T細胞に導入した、膵島特異的T細胞を数種類作成している。こうして遺伝子操作した T細胞は、そのままでは自己免疫反応を誘導してしまう。そこで、この細胞を、FoxP3の発現が抑えられないように、TALENを用いた方法で遺伝子編集を加え、いくつかの膵島由来自己免疫抗原に対するTcRを発現したTreg細胞を作成している。

このように、ヒトTreg細胞の抗原特異性を完全にフィックスすることで、これまで知られている Treg の特徴を完全に再現することが出来る。

まず Treg および、エフェクターT細胞(Tef)ともに、発現TcR を操作したクローンレベルのモデル系を用いて、EngTreg は抗原ペプチド特異的に増殖し、同じ抗原ペプチドに対する Tef細胞は言うに及ばず、同じ培養中に存在する他の膵島由来ペプチド抗原特異的Tef細胞の反応を抑える、バイスタンダー効果を示すことを示している。この実験系では、FoxP3 の発現が固定されているので、生理学的条件を反映しているとは言えないが、治療目的の Treg細胞の性質を詳細に検討できる。

次に、このバイスタンダー効果が、TcR操作Tefだけでなく、自然に誘導された Tef にも発揮されるかを調べる目的で、数種類の抗原ペプチドに対するポリクローナル Tef を誘導し、この反応も、一種類の抗原だけに反応する EngTreg が抑制できることを示している。この結果は、1型糖尿病発症を止めるために、一つの EngTreg があれば十分なことを示し、臨床的には重要だ。

次に、バイスタンダー効果の一部は、直接 Treg、Tef とのコンタクトがなくとも、Treg が分泌するサイトカインにより樹状細胞が変化することで起こることも示している。

さらに面白いのは、EngTreg の抑制活性が、ペプチドに対する増殖反応と逆比例する点で、治療のためのクローンを選ぶとき、ペプチド反応性は重要だが、増殖能より、抑制機能で治療に使う細胞を選ぶ必要があることがわかる。

これら遺伝子操作したヒト末梢血を用いた試験管内の結果が、実際の臨床に利用できるか調べるための前臨床実験として、NOD1型糖尿病マウスを用いて、臨床で予想されるプロトコルを検証している。マウスCD4T細胞に膵島特異的TcRを導入、今度は CRISPR を用いた遺伝子編集で、FoxP3 を持続的に発現する EngTreg を作成し、NODマウスに移植すると、EngTreg は膵臓に移動し、自己免疫性Tef移植による糖尿病の発症をほぼ完全に抑えられることを示している。

結果は以上で、FoxP3 を持続的に発現させる EngTreg がかなり臨床近づいているという実感が得られた。TcR 導入にはレンチウイルスベクターが用いられているが、これは CART の使用実績があるので、安全性を確保することは容易だろう。また、FoxP3 編集にはアデノウイルスが用いられており、標的部位以外の切断の問題は残るが、発症が完全に抑えられるなら、リスクをとる価値はあると思う。

この方法で EngTreg が利用できる用になれば、応用は1型糖尿病にとどまらない。以前、ALS の症状も、Treg移植で抑えられるという臨床実験を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8483)。

是非、ALSのような治療手段が限られた病気にも拡大することを願っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 分解されたコラーゲンによる膵臓ガンの増殖促進(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月7日
SNSシェア

膵臓ガンの特徴は、ガン周囲の線維芽細胞増殖と、コラーゲン合成を伴う強い間質反応で、他のガンに比べて膵臓ガンの予後が悪いのは、この間質反応が関わると考えられており、膵臓ガンの間質に関わる論文は何度も紹介してきた。しかし論文は数多く発表されていても、何が決め手かという整理は出来ていない気がする。おそらく、間質反応が強いと白血球浸潤は多くても、キラー細胞の浸潤が抑えられることが、ガンの予後に関わるというガン免疫からの説明はかなり確かそうだが、間質とガン自体の相互作用については、なかなか決め手がない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ひょっとしたらガンを促進する間質の重要な役割を明らかに出来たのではと期待できる研究で、10月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Collagenolysis-dependent DDR1 signalling dictates pancreatic cancer outcome(コラーゲン分解物による DDR1シグナルが膵臓ガンの予後と相関する)」だ。

これまで指摘されてきたことだが、この研究は膵臓ガンの予後に、膵臓ガンが発現するメタロプロテアーゼが関わり、これにより分解されるコラーゲン(cCol)の腫瘍組織での量が、やはり予後に関わるという現象からスタートしている。

この結果は、もしコラーゲンが分解できなければ、ガンの増殖を促進できないことを示唆しているので、メタロプロテアーゼで分解できないコラーゲンを発現するマウスを作成し、ガンの移植実験を行うと、ガン細胞の増殖が強く抑えられることを発見している。

すなわち、メタロプロテアーゼで分解されたコラーゲンはガンの増殖を促進し、逆に分解されないコラーゲン(iCol)はガンの増殖を抑制する可能性が示唆された。そこで、試験管内で両方のコラーゲンの活性を調べると、cCol はガン細胞のマクロピノサイトーシス(外部の分子を大きな小胞を形成して取り込む)を介して、ガン細胞の代謝を高めることが明らかになった。

次に、cCol が膵臓ガン細胞に作用するメカニズムを探索し、DDR1 と呼ばれるチロシンキナーゼ型受容体から、NFkb、p62。そして NRF2 と、炎症でおなじみのシグナルが活性化され、マクロピノサイトーシスが上昇と、ミトコンドリアの生成が亢進することを突き止めている。また、この経路を様々な方法で阻害すると、期待通りガン増殖促進を抑えられることを明らかにしている。

次に、分解されていないiColがこの経路を抑制するメカニズムについてもしらべ、iCol も DDR1 に結合できるが、結合により DDR1 はユビキチン化され分解されることから、受容体としての機能が抑えられることを明らかにしている。

結果は以上で、コラーゲンが切断されるか否かで、同じ DDR1 に結合しても真逆の結果をもたらすことを示し、これまでの膵臓ガン間質についての結果を統一的に説明する一つのとっかかりになるのではと期待できる。また、多くのガン治療標的も示されたので大きな期待が持てる。

実験の進め方はまさにプロの研究で、この研究を行っているのが M Karine というこのシグナル経路研究の大御所なので、納得する。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
« 11月  
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031