3月15日 自己免疫抑制性CD8T細胞:ウイルス感染による炎症の重症化を防ぐワクチンが可能になる(3月8日 Science オンライン掲載論文)
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3月15日 自己免疫抑制性CD8T細胞:ウイルス感染による炎症の重症化を防ぐワクチンが可能になる(3月8日 Science オンライン掲載論文)

2022年3月15日
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免疫抑制に関わるT細胞というと、坂口さんの発見したCD4Treg細胞を思い浮かべるが、もう一本の柱としてCD8陽性細胞が2018年ぐらいからマウスで指摘されていたようだ。さらに遡れば、TakMakらのグループがCD8T細胞をノックアウトで除去すると、自己免疫性脳炎の炎症が抑えられることを発見したことにルーツがあるようだが、残念ながら全くフォローしていなかった。

しかし、今日紹介するスタンフォード大学、M.Davis研究室からの論文を読んで、彼が調節性CD8T細胞のことをかなり理解できた。タイトルは「KIR+ CD8 + T cells suppress pathogenic T cells and are active in autoimmune diseases and COVID-19(KIR+CD8+T細胞は、自己免疫病やCovid-19で異常なT細胞を抑制する)」だ。

M.DavisもTak MakもともにT細胞受容体を世界最初にクローニングした2人だが、両方がこのT細胞に関わっていたことを知ると因縁を感じる。

このグループは、マウスを用いて抑制性CD8T細胞について研究しており、実験的自己免疫脳炎で上昇することを突き止めていた。そこで、人間の自己免疫病でも上昇する、抑制性と思われるCD8T細胞の存在を探索し、クラスIMHCに結合し、NK細胞で発現が見られるKIR分子を発現するCD8T細胞が様々な自己免疫疾患で上昇することを発見する。

次に、KIR陽性CD8T細胞が自己免疫性のCD4T細胞を抑制できるか、グルテンを抗原にしたアレルギー反応で調べ、KIR陽性CD8T細胞が抗原に反応しているCD4T細胞を特異的に殺して、免疫反応を抑制することを示した。すなわち、KIR陽性CD8T細胞は、抗原に異常反応しているCD4T細胞を見つけて殺してしまうことで、免疫がオーバーシュートしないように調節していることがわかった。

その上で、この細胞の遺伝子発現や、single cell RNAseqを行い、KIR陽性CD8T細胞が、自己反応性CD4T細胞に特異的に現れる自己ペプチドがクラス I 抗原と結合した複合体を認識し、その細胞を殺すことで、逆説的だが、自己免疫反応を抑える役割を持つ自己反応性キラー細胞で有ることを示している。

まさに、自己免疫に対して自己免疫で制すると言った話だが、しかし活性化されていないCD4T細胞には全く反応しないので、今後、どの自己ペプチドが標的になるのかは面白いテーマになると思う。

あとはこの細胞の重要性を示すために、2つの実験を行っている。

一つは、covid-19患者さんの末梢血を調べ、KIR陽性CD8T細胞が、特に自己免疫反応を示す血管炎を併発した患者さんで高いこと、また肺胞の洗浄液内にも存在し、肺胞の間質炎を抑えるために働いていることを示している。

このように、ウイルス疾患でも上昇が見られることから、おそらくウイルス感染から自己免疫病へと転換していく過程で、KIR陽性CD8T細胞は重要な機能があると着想し、マウスを用いて抑制性CD8T細胞を除去する実験を行っている。このマウスに、サイトメガロウイルスやインフルエンザウイルスを感染させると、ウイルスの除去自体は正常マウスと遜色なく起こるにもかかわらず、ウイルスによる炎症の程度は遙かに強いことを明らかにしている。

すなわち、ウイルス感染で起こる炎症が強すぎないよう抑制するのがまさにKIR陽性CD8T細胞で有ることを示している。

最終的に、どのペプチドに反応するのかがわかったところで、このストーリーが完成すると思うが、完成後はKIR陽性CD8T細胞を誘導するための特異的ワクチンが開発され、ウイルス感染の重症化を防ぐことが可能になると期待できる。ウイルス感染を防ぐワクチンと重症化を防ぐワクチンが将来のワクチンセットになると素晴らしい。

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3月14日 TCAサイクルと幹細胞(3月9日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月14日
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TCAサイクルはあらゆる生物で、エネルギー代謝と物質代謝のハブになっていることは高校で習う。しかし、それぞれの生物を調べていくと、このハブは極めて融通無碍にできていて、この可塑性が様々な環境下での細胞の生存を保証していることがわかる。

今日紹介する米国、NYのSloan Ketteringガン研究所からの論文は、このTCAサイクルは必ずしもミトコンドリア内に限定されるのではなく、細胞質も巻き込んだ非標準的TCAサイクルが存在し、幹細胞の状態に応じてスイッチしていることを示した研究で3月9日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A non-canonical tricarboxylic acid cycle underlies cellular identity(非標準的TCAサイクルが細胞の特性を決める)」だ。

この研究ではCRISPRを用いたノックアウトスクリーニングで、細胞の基本機能を網羅的に調べるDepMapプロジェクトのデータを検討する中で、クエン酸がまたマレイン酸を経てクエン酸に戻るTCAサイクルを、一般的に認められているミトコンドリア内での、クエン酸ーαケトグルタル酸ーコハク酸ーフマル酸ーマレイン酸ーオキザロ酢酸ークエン酸に戻る回路と、クエン酸が一度細胞質に出て、オキザロ酢酸ーマレイン酸と進み、またミトコンドリア内に入った後、オキザロ酢酸ークエン酸と回路を完成させる非標準的回路が存在し、それぞれの細胞が様々な程度に両方の回路を利用していることを発見する。

それぞれの回路は、基本的に標準的回路で利用されるピルビン酸の量で決定されること、そしてこの回路を、鍵となる酵素アコニターゼ(ACO)および、ATPクエン酸シンターゼ(ACL)の阻害剤で調節できることを示している。

こうして、それぞれの回路を定義し、調節できるようにした上で、それぞれがどのように使われているのかを、様々な細胞で検討しているが、ES細胞分化についてのみ紹介する。

まず血清とLIFで維持しているES細胞について調べ、標準的なTCAサイクルとともに、非標準的なTCAサイクルが同等に働いていること、そしてその増殖のためにクエン酸やマレイン酸を細胞質とミトコンドリアの間でやりとりするためのトランスポーターが必要であることを示している。

面白いのは、Austin Smithらによって定義されたground stateでは、標準的TCAサイクルが優性的に働いている一方、分化を誘導すると非標準的TCAサイクルが優勢になる点だ。実際、非標準的TCAサイクルに必要なACLをブロックすると、幹細胞維持に必要なLIFや2種類の阻害剤を除いても、Nanog、Esrrbなどの多能性維持遺伝子を発現したままになる。すなわち、分化が誘導できない。一方、ACOをブロックするとground stateのES細胞の増殖は低下する。

以上が結果で、クエン酸とマレイン酸が細胞質とミトコンドリアの間をシャトルすることを示すことで、TCAサイクルの可塑性がうまれ、そしてそれにより、より様々な状況に細胞が適応して、エネルギーと物質代謝を維持できることを示した重要な貢献だと思う。また、ガン研究でも、両方のTCAサイクルの使われ方について、詳しく見ることは、治療戦略上重要になると思う。

この論文を読むと、細胞の分化は必ずしも転写だけで決まるのではなく、代謝と転写が不可分に統一されたメカニズムを常に頭に置く必要があると思った。

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3月13日 世界貿易センター粉塵暴露の影響研究に見る科学の冷静さ(3月7日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年3月13日
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ロシアによるウクライナ侵略をきっかけに、世界が新しい体制へと組み変わろうとしているのを目の当たりにすると、このルーツは全て21世紀の幕開けにおこった世界貿易センター襲撃に遡れるのではないかと感じる。この事件は、米国だけでなく世界の常識が簡単に破れること、怨念が怨念を呼ぶ連鎖がいとも簡単に増幅していくことを私たちに示した。

しかし、今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学を中心とする論文は、このような事件についても、その影響について、常に科学は冷静に分析を進めていることを示した研究で、3月7日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「High burden of clonal hematopoiesis in first responders exposed to the World Trade Center disaster(世界貿易センターの惨事に最初に晒された人では高いクローン性造血の負荷が見られる)」だ。

世界貿易センター崩壊では、消防士に多くの犠牲が出たことがよく知られているが、これを象徴する粉塵にまみれた消防士の写真が残されている(https://www.afpbb.com/articles/-/2816655)。

この研究は、この時の粉塵の健康への影響を調べることを目的としており、まず粉塵に晒された消防士481人と、粉塵に晒されなかった消防士255人について、事件後12年から14年にかけて血液細胞を採取、237遺伝子について250回以上DNA配列決定を繰り返し、特定の変異が繰り返し見られるかを調べている。

この方法では、造血のクローン性増殖と呼ばれる、特に老化に伴って起こる現象を調べることが出来る。例えば造血に関わる遺伝子に変異が入ると、ガンに発展しないまでも、増殖性が高まり、遺伝子配列を繰り返して調べることで、、この変異を繰り返し観察することが出来る。

これは普通に起こる現象で、老化の指標として調べられることが多い。ところが、この研究の結果、粉塵に暴露された消防士では約2倍の頻度でこのようなクローン性増殖を観察することが出来る。

さらに、年齢が進むとともにクローン性増殖が見られる頻度が急速に上昇する。例えば、検査時に70−79歳になっていた消防士では、なんと30%にこのようなクローン性増殖が見られる。

そして最も多く変異が見られた遺伝子はDNMT3AやTET2で、ガンのドライバーと言うより、エピジェネティック調節因子が多く、これもクローン性増殖を反映している。

これだけでも、なるほどと驚く研究なのだが、この研究はさらにこのメカニズムについても探索を進めている。

まず驚くのが、この時の粉塵がきちっと採取され、残されていることだ。世界が恐怖と怒りで冷静さを失っているとき、それでも後の研究に粉塵を採取していた人たちがいるという冷静さに感銘を受けた。

この研究では、この粉塵を用いて試験管内や、マウスへの投与により、ゲノムの変異が起こるかどうかを調べている。実際、粉塵に細胞や造血幹細胞が晒されると、突然変異が起こる。しかもゲノム科学の進展のおかげで、そのメカニズムも極めて詳細に行うことが可能になっている。その結果、粉塵に晒された場合、DNA 合成プログラムが傷害され、S期の後半で細胞周期が遅くなり、このストレスで変異が誘導されることまで示している。

また、動物を粉塵に晒した実験から、起こってくる変異のタイプが、タバコによる変異と似た特徴を持つこともつかんでいる。

結果は以上で、内容としては驚くほどの結果ではないが、恨みや怒りの中でも、常に冷静さを失わず、未来に向けて行動する科学の重要性を改めて実感した。

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3月12日 脳の言語処理もAIと同じか?(3月7日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年3月12日
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コンピューターが発達してから、言語を話せるようにする自然言語処理が重要なテーマとして研究され、様々な方法が試された。元々、意味を言語の中心に置くソシュール的考えにもとづいて、Psycholingustic modelと呼ばれる方法が試され、その後deep learningが組み合わさることで一定の効果をあげた。しかし、その後意味も飛ばしてしまった、語の集まり(=コンテクスト)とにもとづいて、次の言葉を予想し、その結果をまたフィードバックするdeep language model(DLM)、要するに深層学習、あるいはAIと言ってしまっていいかもしれない、が現れ、自然言語処理は大きな成功を収めるようになる。

これほどの成功を目にすると、当然、我々の脳がDLM処理を行っているのではないかという可能性を調べたくなる。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、脳内に脳皮質電極を設置したてんかん患者さんの言語処理時の脳活動を記録して、DLMコンピューター処理と比べた研究で、3月7日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Shared computational principles for language processing in humans and deep language models(人間とdeep language model での言語処理の計算原理は共通)」だ。

実際、文章を聞いた後で次に来る単語を予想するテストをすると、GLMと人間はほぼ同じ予測率を示す。すなわち、人間の脳でも、言葉を聞いているうちにコンテクストを理解し、その上で次の単語が来るより前に、その単語を予測し、実際に聞いたあとそれまでの予測プロセスを評価していることになる。

これを示すため、文章を聞いているときの皮質電位を計測し、文章に表れる一つ一つの単語に反応する部位をできるだけ特定する。その上で、特定の単語に対する反応が、実際の単語が現れる前から脳活動として記録できるかを調べている。

すると、実際の単語が現れる前から徐々にその単語に反応する領域の興奮が上昇し、最終的にその単語を聞くと、400msをピークにした反応が得られることを示している。

さらに面白いのは、予想とは異なる単語が現れたときは、その単語に反応する部位の興奮は低いまま経過し、その単語を聞いた後で急にその部位の興奮が上昇する。しかも、予想できていたときより高いピークの反応が見られることが明らかになった。

そして最後に、DLMモデルを用いて、実際の脳の興奮を予測できるかも調べている。この数学的処理については苦手なのですっ飛ばすが、deep learningでコンテクストを判断する方法が最も高い相関を示し、ただ統計学的に単語を予測するモデルなどではうまくいかないことが示されている。

結果は以上で、要するに私たちの脳もAIと同じ処理をしており、deep learning研究者たちがneural networkと呼んでも良いことになる。

ただ間違ってはいけないのは、これは言語を習得したヒトの脳の話で、実際の習得がこの方法で行われるのか、子供の発達を調べる必要がある。また、構語、シンタックスはどう形成されるのかも、今後の問題だと思う。

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3月11日 機能的MRIで検出できる分子マーカーの開発(3月3日 Nature Neurosceice 掲載論文)

2022年3月11日
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機能的MRIは、前処理なしに脳活動を精細に調べる方法として現在大活躍している。そして、この原理が神経興奮領域で血流上昇が見られるからだと聞くと、血管をも連動させている脳活動の仕組みに驚く。しかし、なぜこれほどの連動が見られるのかについて、完全に理解できていない。このHPでも、この連動が、小動脈内皮のcaveolaが重要な鍵を持つことを示した論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/12571)。しかし、メカニズムの解明からはまだまだほど遠い。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、この血流が上昇するとfMRIにキャッチされることを利用して、脳神経の興奮をfMRIでモニターする方法を開発できたという研究で3月3日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Functional dissection of neural circuitry using a genetic reporter for fMRI(fMRIでキャッチできる遺伝的レポーターを用い神経回路の機能的解明)」だ。

この研究の目的は、神経興奮をMRIで捉えられる血流の変化に変えられる分子マーカーを開発することだ。すなわち、神経が興奮すると、血管に働く分子が分泌され、周りの血管に働きかけ、血流を上昇させられるような遺伝標識の開発が必要になる。

急性に血流を改善させるとなると、選択肢は多くない。この研究では、これまで脳興奮に応じて血流を上昇させるのに働いているのではと疑われていた酸化窒素(NO)をこの目的に使えないか考えた。

そして、NO合成酵素にカルシウム結合ドメインを統合して、カルシウムに反応してNOを合成する酵素NOSTICを開発した。

後は、この分子マーカーが

1)細胞内でカルシウムに反応してNOを合成すること。

2)NOSTIC発現細胞をマウス脳に移植すると、カルシウム流入に反応して局所の血流を上昇させること、

3)下垂体の神経刺激に連続して起こる神経興奮をMRIで感知できること。

4)こうして検出できた下垂体と神経結合を持つ脳領域は、Fosの発現や、カルシウムイメージングでも同じように確認でき、確かに神経結合を検出できていること。

などを示している。結論としては、計画通り神経興奮をNOを媒介にして検出できることがわかった。

勿論この技術をすぐに人間に応用することは、検査のために遺伝子導入が必要なので、不可能だろう。しかし、動物実験レベルでは、特定部分の刺激の効果の広がりを脳全体でモニターし、1次的、2次的な神経結合ネットワークを明らかにすることが出来る点で、利用されるのではと思う。

例えば現在行われている深部刺激がどこまで広い範囲に影響するのかをサルを用いて調べることなどは重要なテーマになる。いずれにせよ、遺伝子導入できる分子マーカーをfMRIで検出出来ることが示されたことは大きな進歩で、今後さらなる方法の開発に拍車がかかる気がする。

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3月10日 自閉症を誘発する環境要因(2月25日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月10日
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実験動物を用いた自閉症スペクトラム(ASD)研究の主流は、遺伝子変異を行動変異と結びつけることに絞られてしまう。このため、ASDに関わる遺伝背景、及びそれによる脳ネットワークの“違い”に焦点が当たる。しかし、ASD発症に様々な環境要因が関わることも間違いなく、例えば腸内細菌叢によりASD症状が変化することなどはその例と言える。

今日紹介するスイスバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文は、この問題をShank3遺伝子が欠損したASDモデルマウスを用いて調べ、ASD行動の発生には、新しい経験についての記憶成立時の違いが大きく関わることを示した面白い研究で4月25日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Absence of familiarity triggers hallmarks of autism in mouse model through aberrant tail-of-striatum and prelimbic cortex signaling(馴染みの環境が存在しないと線条体の尾部と前辺縁皮質シグナル異常を介して自閉症の典型症状がマウスで誘導される)」だ。

遺伝背景を調べる場合、行動の違いに注目すればいいのだが、環境要因を調べたい場合、まず遺伝的背景が異なっていても、行動は同じという状況を探す必要がある。

この研究では自閉症モデルとして使われているShank3 KO(SHK)マウスが、新しいコンテクスト(環境が変われば、物体でも、個体でも、臭いでも何でも言い)にさらされたときの行動は、正常マウスと全く変化がないことを発見する。ところが、1日ホームケージに戻した後、同じコンテクストにさらすと、今度は新しいコンテクストに全く反応しないことを発見する。

すなわち、ASDでは最初から新しいコンテクストに反応しないのではなく、一度経験した後で、その記憶が行動を規制していることを発見する。実際、最初に経験したコンテクストとは全く関係がないコンテクストに対しては、正常に反応する。

さらに、2回目に経験で反応が抑制されるとき、繰り返し行動などのASD独特の症状も発生することもわかった。

次にこの2回目の経験が行動を抑制するメカニズムを探ったところ、SHKマウスでは最初に新しい経験をした後で、前辺縁皮質から線条体尾部に至る投射経路がSHKのみで興奮し、ドーパミンが線条体尾部で分泌されることで、この経験の記憶を避ける行動が発生することを、様々な実験を組みあわせて証明している。

実際、ドーパミン阻害剤で、この行動変化は治るし、前辺縁皮質からの回路を遮断しても、同じように症状は改善する。逆に、正常マウスでも最初の経験の後前辺縁皮質の回路を興奮させると自閉症様の症状が発生する。

最後に、では新しいコンテクストとは何かを詳しく調べ、日常に経験しているものが共存していると、新しいコンテクストの刺激が弱まり、2回目に経験したときもそれを避ける行動が消失することを示している。

さらに、新しいコンテクストの中に、様々な物体や個体が存在して、感覚が集中しない場合も、2回目の経験に対する行動が正常化することを示している。

以上をまとめると、SHKでは、新しいコンテクストを経験したとき、前辺縁皮質から線条体への刺激が入る回路が形成されてしまっているため、次に同じ経験したときそれを避けようと行動することになる。すなわち、避けようとするネガティブな記憶が成立してしまう。しかし、この新しいコンテクストの中に、馴染みの個体や個体、マウスの場合床敷きの臭いでも存在すると、この回路の刺激が弱まり、ASD症状を改善できるという結果だ。

これが全て人間に当てはまるかはわからないが、新しい経験をするとき、何かいつも一緒に遊んでいる人形などの環境を持ち込んでやれば、ASD症状が改善することになる。是非発展して欲しい研究方向だと思う。

朝の短い時間では書き切れないこともあるので、この論文は自閉症の科学として、もう少し詳しく解説する。

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3月9日 母親の免疫系が胎児抗原を自己と認識する仕組み(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月9日
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母親から見たとき、胎児は父親の抗原を発現している異物と考えられるので、なぜ拒否反応が起こらないのかについて、古くから研究が行われてきた。確かめたわけではないが、私自身は細胞表面のMHCの違いさえ処理できれば、基本的には合成されるタンパク質は同じなので、拒絶は起こらないと考えてきた。事実、メージャーなクラスI、クラスII抗原はトロフォブラストには発現していないので、十分許容できる。とはいえ、もっと積極的な免疫寛容機構が無いと危ないのではと考える人も多く、研究が続いている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、わざわざ鶏の卵白アルブミン(OA)をトロフォブラストに発現させ、またOAに反応するT細胞抗原受容体を発現しているT細胞を用いる極めて人為的な系を用いて、OAがどのように母親の免疫系に受容されるのかを調べた研究で、3月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Establishment of fetomaternal tolerance through glycan-mediated B cell suppression(胎児母胎トレランスをグリカンを介するB細胞抑制により確立する)」だ。

あまりこの話題をフォローしてこなかったが、OVAを胎児側の細胞膜に発現させ、さらにアジュバントを注射しても、母親のキラー活性は誘導されないことがわかっていたようだ。

この研究では、この免疫寛容のメカニズムを探るため、膜型にしたOVAがトロフォブラストに発現するようにしたトランスジェニックマウスを用い、より母親に近いところで抗原が母親に入る仕組みを作っている。また、膜型OVAはゴルジERを通って様々な修飾を受ける。実際、トロフォブラストから排出されるOAは糖鎖修飾を受けていることが確認される。

さらにこの研究では、ClassIとOAに反応するTcRトランスジェニックT細胞(OT-1)とClass II・OA反応TcRを持つトランスジェニックT細胞(OT-II)を注入して、OAに対する反応を追跡できるようにした徹底的に人工的な系をくみ上げている。

結果だが、注入したOT-IIは母親へ進入してきたOAに反応して確かに増殖はするが、炎症性サイトカインを分泌するまで分化しない。一方、最初期待された抑制性T細胞関与の可能性はほぼ排除できた。面白いのは、膜型ではないOAに対しては、OT-IIは反応する。すなわち、膜型として修飾を受けたOAに対してのみOT-IIのトレランスが出来ている。

一方、キラー細胞を反映するOT-IはどちらのOAに対しても反応しない(このメカニズムはこの研究では追求されていない)。

では、なぜ修飾されたOAだけにトレランスが成立するのか?詳細を省いてまとめると次のようになる。

グリカン修飾を受け血中に流れ出たOAはまずB細胞と結合し、リンパ節に移行、そこでCD4T細胞に抗原提示を行う。このような抗原に対しては、樹状細胞が全く関与しないことも示している。すなわち、トロフォブラストからの抗原に対してはB細胞が抗原提示細胞の役割を演じている。この時B細胞の抗原受容体はOAにより刺激されるが、OA上のグリカンがB細胞上のシアリル酸受容体の一つCD22と結合することで、Lynによる抑制性シグナルを誘導して、B細胞トレランスが成立するため、活性化されない。

活性化を受けないB細胞がCD4T細胞へ抗原提示すると、CD4T細胞は様々な共シグナルを受けることが出来ず、最終的にトレランスになる。

以上が結論で、少し人為的過ぎるなという感じもするが、後は古典的な免疫トレランスに近い概念が示されているように感じた。しかし、CD8も含め、まだまだこの分野は奥が深そうだ。

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3月8日 ACE阻害剤は血圧を下げるだけで無く幸せな気分にしてくれる(2月24日 Science オンライン掲載論文)

2022年3月8日
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アンギオテンシン変換酵素(ACE)は、アンギオテンシン(AT)Iを分解してATIIに変換し、血管の緊張性を上げ血圧を維持する機能を持っている。このATIIをさらに変換して、今度は血管をリラックスさせる作用を持つのがACE2で、今回のパンデミックでもっとポピュラーになった生体分子だろう。

このACEと血圧調節については、臨床でも揺るぐことのない事実で、今も多くの人が(私もだが)、ACE阻害剤や、ATIIが結合する受容体の阻害剤を高血圧治療として服用している。既に長期間のデータがあり、効果とともに安全性の高い薬剤と言えるのは、血圧のサーキット以外にACEが働いていないからだと思っていた。

ところが今日紹介するミネソタ大学からの論文は、なんとACE阻害剤が脳内麻薬として知られるエンケファリンを切断して、脳の報償系に作用しており、ACE阻害剤が報償回路に影響する可能性を示した驚くべき結果で、2月24日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Angiotensin-converting enzyme gates brain circuit–specific plasticity via an endogenous opioid(アンギオテンシン変換酵素は脳内麻薬物質を介して脳の回路特異的可塑性の閾値を決める)」だ。

前脳に存在する側座核は基本的に抑制ニューロンからなるが、ドーパミン受容体を発現しており、ドーパミン報償回路の核となっていることが知られている。この研究では、ACEが側座核神経の中のドーパミン受容体1(D1R)を発現している神経に特異的に発現していることに着目し、この機能を調べる目的で、降圧剤として利用されているカプトプリルを脳スライスに転化すると、D1R発現細胞のみで、神経興奮が長期に抑制できることを観察した。すなわち、ACEが機能している。

この機能がATIからATIIへの変換ではないことを確認した上で、ACEが分解するペプチドを探索すると、脳内麻薬物質として知られるエンケファリンの一つ、MERFを切断する作用を持つことを発見する。さらに、D2Rを発現する側座核神経でこのMERFを強く発現していることも明らかにしている。

機能的実験から、カプトリルで処理するとMERFの切断が抑制されるため、細胞外のMERF濃度が上昇すること、ACEが抑制されるとMERFの刺激閾値が低下し、D1Rを発現する側座核神経の興奮が抑制されることが明らかになった。すなわち、ACE阻害は側座核での脳内麻薬物質を高め、D1R発現抑制ニューロンの興奮を抑えることが明らかになった。

最後に個体内でD1R発現細胞の興奮抑制効果を調べる目的でカプトリルの全身投与の脳機能への効果を調べると、

1)合成麻薬フェンタニルのうつ誘導作用効果が強く抑制される、

2)カプトリル自体は大きな行動変化を誘導することはない、

3)しかし社会性の上昇が見られ、μオピオイド報償回路の刺激が高まっている、

ことなどを明らかにしている。

以上、個体レベルでもACE阻害剤により、一見脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。これを副作用というのか、うれしい効果というのかは人それぞれだろう。実際、うつ病の方がACE阻害剤を服用して、良くなったという報告はあるようだ。おそらく我々高齢者にとっては、良い効果の方が多いかもしれない。今はAT受容体阻害剤を服用しているので、次からACE阻害剤に変えてもいいなと思い出した。

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3月7日 脂肪組織を熱にさらすダイエット(3月17日号 Cell 掲載論文)

2022年3月7日
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完全に引退してしまっていると、論文を読むとき誰の仕事かあまり気にならないので、読んで面白いと思った後で著者の所属を見るようになってしまった。このような読み方をすると、どこの国から論文が出ているのか、不思議と当たることがある。

今日紹介する華東師範大学からの論文もそんな例で、読んでいる途中で中国からの論文だなというのがわかった。わかる理由は、研究の発想が変わっている点と、論文の書き方、そしてわかりにくい実験についての記述だ。論文のタイトルは「Local hyperthermia therapy induces browning of white fat and treats obesity(局所的高温治療により白色脂肪組織が褐色化し肥満が治る)」で、3月17日号のCellに掲載されている。

タイトルにあるように、白色脂肪細胞を部分的に熱にさらすと、白色脂肪組織が熱を発生する褐色脂肪組織に変わり、痩せられるという話だ。もともと、白色脂肪が低温にさらされると褐色化して熱を作るようになるという話は生理学的にも納得の話として広く受け入れられている。これに対して、この研究は逆張りを行って、熱を加えることで同じ効果が得られるかを考えている。

この発想はまさにユニークだが、中国伝統医学といえるお灸を考えると、ここで中国かなと思ってしまった。研究ではまず褐色脂肪細胞を41度で培養すると、発熱に関わる様々な遺伝子が誘導できる。

そこで生体でも同じことが起こるか調べるため、体内に注入でき、光を当てると発熱する分子を鼠蹊部に注入、それを41度に10分維持する実験を行い、本来発熱を起こさない白色脂肪組織が発熱することを確認する。人間の実験も行っている。おそらく皮膚の外から熱を鎖骨上部に20分照射すると、発熱が見られる。

最後に、慢性効果を調べるため、3日に一回、10分だけ41度に脂肪組織をさらす実験を行い、高脂肪食を食べても体重の増加を抑えることが出来、さらには血中グルコースも抑えられることを示している。

後はこの効果のメカニズムを調べ、

1)熱は予想通りheat shock factor、HSF1を誘導して、発熱や代謝を変化させる。

2)HSF1はメチル化RNAに結合するタンパク質Hnrnpa2b1を誘導する。

3)Hnrnpa2b1は、発熱に関わる分子のmRNAを安定化させることで、発熱を高める。

ことを明らかにしている。

以上が結果で、最後のメカニズムに至る研究は、新しい発見だと思う。

読んで誰もが考えるのが、ではサウナはどうかだが、このグループは否定的だ。というのも、身体全体のストレスを誘導することで、ノルアドレナリンなどが誘導され、痩せるのに役立たないと結論している。

では実際に何をすればいいのか。もう少しその点のアイデアを議論したらいいのだが、何の答えも提案していない。本当はこっそりやっているのかもしれないが。結局最初思いついたように、毎日お灸を据えるのが良さそうだ。

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3月6日 またまた細胞老化の体液説(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月6日
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若い血液に触れると若返ることができるという話は、昔から存在する。おそらくドラキュラ伝説でも同じことだろう。ただ、この可能性は科学的にも追求されている。このHPでも、若い個体と老化した個体の血管をつないで、循環を共有させるパラビオーシスが細胞老化や若返りに及ぼす影響についての研究(https://aasj.jp/news/watch/1549)、あるいは臍帯血注射により脳が若返る可能性を示した研究(https://aasj.jp/news/watch/6761)、を紹介した。

これらの論文を読むときいつも思い浮かべるのは、細胞病理学を提唱したウィルヒョウと体液説を提唱したロキタンスキーの有名な論争だ。この時は近代的な細胞病理学が勝利し、ロキタンスキーは多くの人の記憶から消えてしまったが、老化研究を通してまさに復活している感がある。

これら紹介した論文は全てカリフォルニアにある大学から発表されているが、今日紹介する論文もスタンフォード大学からで、パラビオーシスの影響をsingle cell RNAseqを用いて詳しく調べた研究で、3月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution(年齢が異なる個体のパラビオーシスの影響の分子指標を単一細胞レベルで調べる)」だ。

研究は単純で、3ヶ月令マウス同士、18ヶ月令マウス同士、そして3ヶ月/18ヶ月令マウスでパラビオーシスを行い、なんと5ヶ月循環を共有させた後、各臓器を取り出し、single cell RNAseq(scRNAseq)を用いて単一細胞レベルの遺伝子発現を調べ、パラビオーシスによる効果を調べている。

繰り返すが、研究自体は特に目新しいものではない。しかし、パラビオーシスの効果をscRNAseqで調べることで、細胞レベルの影響と、転写レベルの影響を分けて調べることで、極めて包括的に環境と老化の関係を明らかにすることが出来る。その意味でこの研究は、これから行うべき実験の方向性を示し、データを集め始めた最初の論文と言っていいだろう。パラビーシスだけで無く、senolysis、抗酸化剤など、様々なアンチエージング手法が研究されているので、将来的にはこれらを同じプラットフォームで比較することで、より大きなデータベースが完成すると思う。おそらくこのグループも、同じことを狙っていると思う。

さて結果は当然極めて膨大で、一言でまとめるのは難しい。主なポイントだけまとめておく。

1)老化血液と触れることで、若い細胞に老化によるのと同じ変化がおこる。また、若い血液に触れることで、老化細胞で一定の若返り効果が、転写レベルで見られる。

2)パラビオーシスに最も強く反応するのが肝臓細胞だが、血管内皮、間葉系幹細胞、血液幹細胞、免疫細胞などは老化、若返りともに影響を強く受ける。

3)遺伝子レベルで見ると、一番目立つのはミトコンドリアの電子伝達系の変化で、細胞レベルの変化に共通してみられ、老化とミトコンドリアの関係の重要性が確認される。ただ、他にも注目すべき遺伝子変化が、パラビオーシスによる老化促進、あるいは若返り現象として特定できるので、今後の重要な課題になる。

4)コラーゲン遺伝子発現の低下は老化に特徴的で、この結果間質により支持される細胞の変化が誘導される。

個人的に気になったのは以上の結果だが、循環する分子に、老化や若返りに関わる因子は必ず存在することを示すという点からは、極めてインパクトが大きい仕事だと思う。

若い血の秘密が、科学的に明らかにされれば、私たち高齢者も恩恵にあずかることが出来るようになるかもしれないが、現在のところ現象だけで、手がかりはまだまだという印象だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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