3月25日 リステリア菌がマクロファージをステルス化して脳に侵入するメカニズム(3月16日 Nature オンライン掲載論文)
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3月25日 リステリア菌がマクロファージをステルス化して脳に侵入するメカニズム(3月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月25日
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今回のコロナパンデミックでコロナウイルスを勉強して、ウイルスがホストの防御をかいくぐるための巧妙な仕掛けを何種類も進化させていることを学んだが(https://www.youtube.com/watch?v=bIbpe0FDPZM)、知れば知るほどダーウィン進化の壮大さを実感する。

これはウイルスに限った話ではない。今日紹介するフランス・パッストゥール研究所からの論文は細胞内寄生菌として知られるリステリア菌がホストの防御を無力化して脳に到達するメカニズムを明らかにした研究で3月16日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Bacterial inhibition of Fas-mediated killing promotes neuroinvasion and persistence(バクテリアによるFas依存性細胞障害抑制が脳への侵入と維持を抑制する)」だ。

リステリア菌が細胞内寄生菌で、自然免疫の研究に使われてきたことは知っていたが、この論文を読むまで、リステリア菌の中に脳へ侵入する極めて毒性の高い株が存在するとは全く知らなかった。この研究では、強毒株と弱毒株を比較して、強毒株だけがマクロファージに乗って脳内に侵入するメカニズムを探っている。

基本的にはマクロファージにまず感染するので、問題はマクロファージをどのように効率良い運搬船として使って、最終的に脳実質に到達するのかのメカニズムの解明が目的になる。そこで、まず脳内への侵入が、活性化されたマクロファージに依存していること、そしてマクロファージから脳への移行には、血管内皮と接着したマクロファージのアクチンを調節することで、血管内皮、そして最後には脳実質へ移動することを確認している(これらの点については、すでにリステリアの上非侵入に関わるインターナリンA(InlA)が関わることが知られていた)。

この研究では、脳内感染の効率に関わるもう一つのインターナリン遺伝子、InlBの機能について焦点を当てて様々な実験を行なって、以下の結論を得ている。

1)InlBは神経への侵入に必須である。弱毒株も含めてほぼ全ての株でInlBの発現が見られるが、脳への侵入できる株では、その発現が高い。

2)InlBはこれまで、マクロファージから他の細胞への移行に必要とされていたが、この過程にはほとんど寄与しない。

3)InlBの発現が高いと、感染細胞を殺すキラーT細胞から防がれる。

4)この防御は、InlBはHGFの受容体c-Metを活性化し、カスパーゼ8の阻害分子FLIPを活性化させる。

5)その結果、CD8キラーによるFasを介した細胞死が防がれる。

以上が結果で、思いも掛けないメカニズムを用いて、キラーによるFasを介した細胞死誘導を抑えることで、自分の乗る船マクロファージをステルス化し、最終的に脳血管にたどり着くと言うシナリオが示されている。

HGF-c-Met経路がFas経路を抑制できることはよく知られた事実だが、これを利用してマクロファージに安全に自分を運ばせるとは、本当に驚く。この驚きが、感染症研究の面白さでもあることを最近しみじみ感じている。

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3月24日 B細胞もガンと闘っている(3月31日号 Cell 掲載論文)

2022年3月24日
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例えばCD20に対する抗体のように、ガンに対するモノクローナル抗体(mAb)治療は存在する。だからといって、ガンワクチンという場合、感染症と違ってまずガンに対する抗体を誘導するイメージはなく、もっぱらキラー細胞誘導を目指す。

ところが今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、ガンに対してB細胞も局所で反応し、自己抗体を産生、これがガンを抑える作用を持つことを示した研究で、3月31日号Cellに掲載された。タイトルは「Tumor-reactive antibodies evolve from non-binding and autoreactive precursors(腫瘍に反応する抗体が、結合性のない抗体から進化してくる)」だ。

おそらくこの研究では、ガン細胞に対する抗体が存在する患者さんがいるはずだと決めてかかって研究を進めている。理由はわからないが、まず予後が悪い低分化型漿液性卵巣ガンの手術後のコホートを選び、摘出した腫瘍組織が自己の抗体と結合しているかを調べ、なんと62%もの組織が、自己の抗体と結合している、言い換えると患者さんは卵巣ガン抗原に対して抗体を作っていることを明らかにしている。

またフレッシュなサンプルから細胞を取り出し、フローサイトメーターを用いた解析を行い、抗体が細胞表面に結合していることを確認している。

他のリンパ組織を調べていないので、最終結論は難しいが、このグループはこの抗体が腫瘍内のB細胞で合成されていると考えおり、実際、腫瘍組織にB細胞だけでなく、抗体を分泌するプラズマ細胞を見つけることができる。

この研究の中で最も重要な結果は、この抗体分泌細胞が、組織内に多いほど予後がいいと言う発見で、高倍率視野で見つかる抗体分泌細胞が100を超えると、なんと7割近い人が200ヶ月以上生存している。すなわち、ガンに対する抗体を腫瘍組織で合成できると、予後が圧倒的に良い。

後は、腫瘍に浸潤するB細胞の抗体遺伝子を再構成する実験から、これも驚くがほとんどの抗体が細胞表面に発現しているMMP14に向いていることを明らかにしている。

以上の結果は、B細胞の場合、ガン特異的抗原に反応すすのではなく、特定の自己抗原に対する自己抗体が合成されていることになる。そこで、このような抗体の特異性がどのように生まれてきたのか、存在する抗体の突然変異を元に戻す実験を行い、最初は全くMMP-14に反応しない抗体が、腫瘍内で突然変異を繰り返してMMP-14反応性を獲得するタイプと、最初から腫瘍に結合できるタイプの抗体の2種類が存在することが明らかになった。

以上が結果で、ガンが発現する自己抗原に反応する抗体産生細胞が腫瘍内に浸潤し、うまくいけばそのまま自己抗体を分泌し続け、また反応できない場合は突然変異を繰り返し、結合性の高い抗体が選択され、ガンに反応して、ガンの増殖を様々なメカニズムを介して抑えると言う話だ。

この論文だけ読むと、あまり面白くないと思ってしまうと思うが、最近主要組織内に2次リンパ組織が形成されることが示されており、特に卵巣腫や膵臓ガンのような間質反応の強いガンでは、この観点から自己抗体分泌を見直してみると、随分面白い話が出てくるような気がする。

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3月23日 ALS発症の新しいメカニズムの可能性(3月10日 Neuron 掲載論文)

2022年3月23日
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ALSは進行性に運動神経が失われる病気で、遺伝的原因が存在する症例から、全く原因がわからない個発例まで多様だが、進行速度を別にすると、進行のコースはほぼ同じと言って良く、最後に神経死を誘導する共通のメカニズムがあるのではと考えられてきた。

今日紹介するチリ・サンチアゴにあるAndres Bello大学からの論文は、アストロサイトからポリリン酸が分泌され、運動神経を特異的に傷害するという面白い可能性を示した研究で、3月10日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Excessive release of inorganic phosphate by ALS/FTD astrocytes causes non-cell-autonomous toxicity to motoneurons(ALS/FTDのアストロサイトが無機的リン酸を過剰に遊離することで運動神経を外部から傷害する)」だ。

論文ウォッチを長く続けているが、これまでチリの大学からの論文を紹介したことはなかった。是非頑張って欲しいと思う。

この論文を読むまでポリリン酸が細胞の中で合成されているとは全く考えたこともなかったが、ポリリン酸が出来ることは大腸菌から人間までほとんどの生物で見られるようで、酵母ではこれを分解する酵素まで持っているようだ。また、ポリリン酸が神経に働く可能性もこれまで指摘されていたようだ。

以上のことから、この研究ではポリリン酸が過剰に作られ運動神経を傷害するのがALSのメカニズムではないかと仮説を立てた。

まず、異なる遺伝子変異を持つ3種類のALSモデルマウスで、アストロサイト内のポリリン酸レベルが1.5-3倍上昇していることを確認した上で、試験管内の実験を行い、

1)ALSモデルマウスのアストロサイトは、活性化すると数倍のポリリン酸を分泌する。

2)ポリリン酸により神経の自然興奮が高まる。

3)ポリリン酸を運動神経細胞に転嫁すると、炎症正反応などが誘導され、3割以上の細胞が死ぬ。

ことを明らかにしている。

次に、モデル動物及び人間の解剖サンプルを用いて、ALSでは脊髄でポリリン酸の上昇が見られることを確認している。

最後に、マウスモデルでポリリン酸を分解したり、ポリカチオンで中和する実験を行い、処理されたアストロサイトはほとんど細胞障害性がないことを示している。

残念ながら、マウス神経に酵母のポリリン酸分解酵素遺伝子を導入する実験はうまくいかなかったようだが、試験管内では導入されたアストロサイトは、運動神経への毒性がないことは確認している。

以上、結論として全てのALSで、最終段階の神経障害の原因として無機物のポリリン酸による運動神経障害があるという話だ。何故ポリリン酸合成がALSアストロサイトで上昇するのかなど、まだまだ明らかにすべき点は多いが、これが本当だとすると、今後様々な介入方法が開発できる可能性がある。是非研究が発展することを期待する。

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3月21日 GPCRシグナルの細胞内伝達距離を測る(3月31日 Cell 掲載論文)

2022年3月22日
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少し専門的な話になるが、細胞外のシグナル分子に反応する受容体の中に、G蛋白共役受容体(GPCR)と呼ばれる大きな一群があり、神経伝達やホルモン、さらには炎症反応など重要な役割を演じている。人間にはなんと800種類のGPCRが存在するのだが、結合する細胞外分子は多様でも、細胞内のシグナルはGPCRと共役している分子に応じて、大体3−4種類のシグナル経路に整理できる。その中で最も重要なのが、アデニルシクラーゼ活性化によりcAMPを合成し、細胞質内のシグナルを活性化する経路だ。

すなわち、これだけ単純な細胞内シグナル経路で、多様な細胞外からの刺激をどのように区別できるのかという問題は、これまでも何度も議論されてきた。

今日紹介するベルリンにあるマックス・デルブリュックセンターからの論文は、GPCR部位で合成されたcAMPは、決して細胞質を自由に拡散するのではなく、一定の領域に限定されることで、異なるGPCRが同じ細胞で発現していても、特異的なシグナルを発生できることを示した面白い研究で、3月31日号のCellに掲載された。タイトルは「Receptor-associated independent cAMP nanodomains mediate spatiotemporal specificity of GPCR signaling(受容体にリンクしたcAMPのナノドメインがGPCRシグナルの空間時間的特異性を媒介している)」だ。

要するにこの研究の目的は、受容体とリガンドが結合したとき、直下で合成されるcAMPの合成と移動をリアルタイムで測定することにつきる。このため、細胞内のcAMPに反応して光るセンサーを用いている。一つの方法は、細胞内をセンサーで満たして、光の伝搬を調べることだが、おそらく簡単ではない。

そこでこの研究では、まず受容体にリンクしたセンサー、膜全体にリンクしたセンサー、そして細胞内のセンサーの3種類を作成し、それぞれを導入した細胞を刺激する実験を行っている。

すると、低い濃度で刺激したとき、受容体とリンクしたセンサーは反応するが、膜全体のセンサーでも反応が低く、細胞質センサーはほとんど反応しない。すなわち、受容体の近くでcAMPの核酸が限定されていることがわかる。

一方、同じ細胞で他のGPCRを刺激すると、刺激の強さに応じて膜全体のセンサーが反応しても、実験に使っているGPCRにリンクしたセンサーは反応しない。すなわち、一つのGPCRで合成されたcAMPは、それ以外のGPCRのドメインに到達できない。

この研究では、この受容体に、SAHと呼ばれる長さを調節できる人工リンカーを用いて、センサーからGPCRまでの距離を30nm、60nmに調節して、刺激実験を行っている。結果は美しく、センサーと受容体の距離が近いほど、cAMPが届いており、一つの受容体にcAMPの濃度勾配をもつドメインができあがっていることを明らかにしている。

後は、このドメインの形成にcAMPを分解するPDEが中心的働きをし、またドメインにリンクしてcAMPにより活性化される PKAが存在することでシグナル特異性が維持されることなどを示しているが、この点についてはさらに詳しい研究が必要だろう。

いずれにせよ、cAMPは決して自由に拡散できないようにすることで、一つの細胞に独立した数千のGPCRスイッチが存在できることが示されただけで十分だと思う。ひょっとしたらこのようなマイクロドメインにも相分離が関わることも考えられる。面白い論文だ。

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3月21日 腸の粘液バリアーとシアル化(3月31日 Cell 掲載論文)

2022年3月21日
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フィラグリンの変異により重症のアレルギー性皮膚炎が誘導されることが報告されたとき、免疫システムだけでなく、様々な外来抗原から皮膚を守るバリアー機能の大事さを認識した。このように、人間の突然変異の解析は、思いもかけない展開をもたらせてくれる。

今日紹介する米国NIHからの論文を読んで、腸管の炎症についてもフィラグリント同じような話があるのだと実感することが出来た。タイトルは「Mucus sialylation determines intestinal host-commensal homeostasis(粘液のシアリル化がホスト腸管の常在菌のホメオスタシスを決定する)」で、3月31日号Cellに掲載された。

タンパク質の糖鎖修飾については、今回のコロナパンデミックで、様々な場面でその重要性が示されたが、個人的にも理解しづらいところが多いと感じている。この研究では糖鎖の上にシアリル酸をさらに付け加える過程に関わるシアリル酸添加酵素(ST)を対象にしているが、同じ機能の酵素だけでも20種類もある。

この研究ではその中のST6が潰瘍性大腸炎と相関するというこれまでの研究をベースに、糖鎖研究のプロフェッショナル的生化学的実験を行い、

1)ST6は腸管のゴブレット細胞で作られること、

2)ST6はO結合型及びN結合型グリカンの両方にシアリル酸を添加する。

3)粘液タンパク質MUC2のN結合グリカンのシアリル化に必須。

4)シアリル化により、MUC2がバクテリアの酵素により分解されるのを防ぐ。

5)ST6はバクテリアに反応するTLR4シグナルにより誘導される。

まず明らかにしている。

以上の結果は、粘膜を守る粘液バリアーの分解を抑えるのがST6であることを示しているので、フィラグリン変異での皮膚炎症と同じように、幼児期からバリアー機能が傷害され消化管の炎症症状が起こる可能性が高い。このような患者さんをスクリーニングし、ST6のアミノ酸変異を両方の染色体で持つ患者さん3名を特定している。実際には腸炎を持つ患者さんのコホートに参加していた中からこれらの患者さんを発見しているので、変異の可能性を着想することの重要性がよくわかる。

2人の患者さんは、いとこ結婚で同じ変異がそろったホモ変異で、もう一人は異なる変異が集まった複合へテロ変異で、それぞれ分子構造上CMPと結合する重要部分に関わることを示している。また、機能的にも、それぞれの変異によりシアリル化機能が抑えられることを示している。

最後にゴルジ体への移行が傷害されるためにシアリル化が出来なくなるR391Q変異をもつマウスを作成し、

1)この変異が存在すると、デキストランで誘導される腸炎がさらに悪化すること、

2)悪化の原因は、バリアーが壊れることでブチル酸を産生するバクテリアが増殖し、これにより腸管の幹細胞の増殖が低下すること、

を明らかにしている。まとめると、ST6は腸内細菌叢から分泌される細胞壁分子により誘導され、粘液をシアリル化することで腸粘膜のバリアー機能を高める。これが機能しないと、細菌叢のバランスが変化し(これについては理由がよくわからない)、細菌から分泌されるブチル酸により幹細胞の増殖が抑えられ、炎症修復が低下するため炎症が続くことになる。

おそらく、ブチル酸の作用を抑えれば、このタイプの患者さんは治療できると期待できる。

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3月20日 CAR-Tと腸内細菌叢(3月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年3月20日
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腸内細菌叢がホストの免疫機能に大きな影響を持ち、例えばPD-1に対する抗体によるチェックポイント治療の成否を決めると言うことについては、広く認められるようになった。ただ、この事実を受けて、治療成績をどのように高めていくのかになると、まだまだ具体的な方法は見えてこない。便移植にしても、最終的に何を投与しているのかが完全にわからない段階では、信頼性の高い治療までには進まない。

他にもプロバイオやプレバイオという手段もあるが、これも生活習慣や栄養とガンの関係以上に進まない。例えば最近紹介したテキサス大学の論文のように(https://aasj.jp/news/watch/18696)、疫学的に調べてみたら乳酸菌もビフィズス菌もPD-1治療の予後を悪くするという話すら出てくる。

この難しさはそのまま免疫システムの複雑性を反映している。特に人間の調査になると、PD-1治療と言っても、個体内で起こっているガン免疫反応事態が極めて多様だ。従って、ガンに対する免疫反応をできるだけ単純にした研究が必要になる。

今日紹介するペンシルバニア大学と、Sloan Ketteringガン研究所からの論文は、免疫反応部分を外部から導入したCAR-Tにすることで、複雑なガン免疫を少しは単純化して、細菌叢の影響を調べた研究で、3月14日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Gut microbiome correlates of response and toxicity following anti-CD19 CAR T cell therapy(CD19に対するCAR-T治療に対する反応と副作用を反映する腸内細菌叢)」だ。

この研究はリンパ性白血病とノンホジキンリンパ腫、併せて228人の患者さんで、CD19-CAR-T治療を受けた患者さんについて、CAR-T治療前に採取した様々な臨床データと、腸内細菌叢についてのデータを、CAR-T治療の成績、副作用と相関させた研究だ。

既に述べたようにガンに対する免疫反応をCAR-Tに統一することで、エフェクターとメモリー細胞の維持のみに単純化して検討が出来る(本当はこれでも十分複雑だが)。ただ、これ以外にもガン治療と腸内細菌叢についての研究にとっては、学ぶところの多い論文だ。

1)まず、ガンを抱えて生きるということ自体が腸内細菌叢を大きく変化させる。実際、主成分解析で見ると、患者さんの細菌叢は多様性に乏しく、細菌種構成を基に行う主成分解析でも、健康人とは全く異なる。すなわち、病気の細菌叢を調べたいとき、健常人との差をしっかり調べた上で、解析する必要がある。

2)健常人との差は、ガン自体の影響、治療の影響などが反映されるが、特に問題なのが、細菌叢を破壊する抗生物質の影響であることが示されている。感染症に用いられる、ペニシリン系とβラクタムを組みあわせた治療や、イミペネム・シラスタチンの合剤をCAR-T治療前に一度でも受けた患者さんは、CAR-Tの効果が強く抑えられてしまう。

3)この結果は、抗生物質自体というより、治療前に抗生物質投与が必要な感染症を起こしてしまった結果であると考えることも出来るが、セファロスポリン系の抗生物質を投与した場合は、影響がないという結果も示されており、やはり抗生物質が細菌叢に影響した結果だと考えていいだろう。

4)このように、治療前の抗生剤の影響を調べることは、臨床データの解釈には極めて重要で、その上ではじめて細菌叢との相関検索へ進んでいける。この研究では、まず細菌叢の多様性が効果に影響することを確認した上で、各細菌種との関連を調べている。

5)線形判別分析で、Ruminococcusなど、いくつかの細菌の影響が特定され、またその代謝物との関係も示されているが、最終的な因果性はわからないので詳細は省く。

以上、結局は現象論から踏み込めないが、CAR-T治療に焦点を当てることで、キラー活性のエフェクターとメモリー機能をより詳しく解析できるはずで、今後の研究に期待したい。

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3月19日 社会的ランキングを測る神経(3月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月19日
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今週Natureには、マウスが競争するときに自分のランキングを評価する神経細胞についての論文が、西海岸と東海岸から2報同時に掲載された。見ている領域が片方は内側前頭前野、後の方が帯状皮質で、領域としては異なるが、ともに社会的認知に関わるとされる領域だ。ただ、競争を調べる実験系としては、ハーバード大学からの論文が新鮮で面白いので、こちらを紹介する。タイトルは「Frontal neurons driving competitive behaviour and ecology of social groups(社会的集団での生態と競争的行動を駆動する前頭神経細胞)」だ。

これまでマウスなどの実験動物間の競争とランキングを調べる実験は、基本的に1対1の関係を個々に調べることで行われてきた。これに対し、この研究では大きなケージの中で、餌の入った一部のマウスしか入れない小さな部屋めがけて競争する、より動物生態に近い実験システムを構築し、この時の各マウスの行動を逐一ビデオカメラで追いかけることで、各マウスの社会的ランキングに対応する行動を、他の行動から区別して取り出すことに成功している。

この上で、そのうちの一匹のマウスの前帯状皮質にクラスター電極を設置し、競争時の脳活動をテレメーターで記録している。いくら小型になったとは言え、脳に記録計を入れるだけでハンディキャップになるような気がするが、問わないことにする。

結果だが、まず基本的に身体能力を反映する社会ランキングは、明らかに課題の成功率を反映している。ランキングの高いマウスは半分のトライアルで一等賞を取る。

この時の前帯状皮質の脳活動を調べると、周りの動物との階層関係を推し量る行動時に興奮する神経細胞が37%を占めることがわかる。一方、この領域にはスピードなどの動物の運動能力に反応する神経細胞は存在しない、

面白いことに、社会的階層に反応する神経は、部屋に入った後競争が始まった後よりも、ゲートが開くのを待っている競争前の段階で興奮する。スタートラインに立って、相手の強さを調べていると言った感じだろう。

そして最後に、前帯状皮質を刺激して、ランキングに反応する神経を人為的に興奮させたとき何が起こるかを調べている。驚くことに、低いランクの相手と競争する場合は、さらに成功率が高まる。しかし、高いランクの相手の場合、同じ刺激は成功率の低下につながる。

以上が結果で、要するにスタートラインに立ったとき、相手に勝ったと思えれば勝つチャンスが上がるという話で、多くのスポーツトレーナーが実践している話だろう。しかし、当たり前のことも脳活動として示されると面白い。

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3月18日 出来事を整理して記憶するメカニズム(3月号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年3月18日
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今になってふっと小学校時代のことを思い出したりすると、記憶とは不思議だなとつくづく感じる。逆に、割と最近の思い出でも、どちらが先のエピソードだったのか、思い出せないことも増えてきた。このような、エピソード記憶と呼ばれている過程は、動物ではもっぱらオキーフ、モザー夫妻がノーベル賞を受賞した場所細胞を用いて研究されている。ただ、これをそのまま私の記憶と重ね合わせて考えるのは簡単ではない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、脳内に電極を設置したてんかん患者さんにお願いして、エピソード記憶成立時の脳活動について調べた研究で3月号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Neurons detect cognitive boundaries to structure episodic memories in humans(神経細胞は人間のエピソード記憶を構造化するための認識境界を検出する)」だ。

この研究では、エピソード記憶として90近いビデオクリップを見てもらって、それを様々な方法で正確に覚えているかどうか調べ、エピソード記憶が成立しているかどうかを測定している。

このビデオクリップだが、一つのストーリーがシーンが変化することなく(例えば海辺の情景がそのまま続く)提示される場合を境界なし(NB)、同じストーリーだが途中でシーンが変わる(海辺からホテルなど)場合がソフト境界(SB),そしてストーリーそのものが変わるハード境界(HB)を提示し、それぞれのシーン自体やその順序の記憶を調べている。

この課題での成績を調べると、ストーリーが変わるHBの前後の順序は、ストーリーがつながっている場合と比べると覚えにくい。これは自分の経験からも十分納得できる結果だ。

さて、この記憶成立過程での脳神経の活動だが、この研究では海馬も含む領域から1000近い細胞をレコーディングして解析している。すると、シーンが変わるときにだけ活動する細胞(境界細胞と読んでいる:BC)が存在し、ストーリが続いていても、異なるストーリーでも、シーンが変わるごとに活動する。

これに加えて、ストーリーが変化するときにだけ活動する出来事細胞と呼んでいる細胞(EC)も存在する。

BCも ECも、決まったストーリーに反応するのではなく、シーンの変化時、出来事の変化時に興奮する。そして、ECはBCの興奮の後100msで興奮することを明らかにしている。そして、BCとECの興奮が高いほど記憶がしっかりしている。

以上、BCとECを特定したことがこの研究のハイライトだ。後は様々なシーンに対して反応し、記憶の呼び起こしの時にまた反応する細胞などとの関係を調べているが、詳細は省く。

要するに、私たちはシーンの変わり目をBCや ECで境界づけることで、それぞれのシーンを一画面として圧縮して記憶している。しかも、BCとECの異なる細胞の興奮が100msの間隔で起こることで、シーンの変わり目を、さらに同じ出来事なのか、異なる出来事などかの区別を行っている。そして、BC、ECの興奮は、記憶を呼び起こすときの時間順序のマーカーになっている、という結論になる。

繰り返すと、境界細胞と出来事細胞は、エピソード記憶成立時に、それぞれのシーンを構造化し、次に思い起こすときの時間順序の標識を与えてくれるという結果だ。

今後自分の体験を、この論文に当てはめて常に検証していこうと思う。しかし、留置電極でしか調べられらないのは残念だ。頭蓋の外からわかるようになれば、いつでも試してみたい。

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3月17日 アミロイドβがインシュリンを介する糖代謝調節ループに組み込まれている(3月15日米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2022年3月17日
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エーザイがAducamabの販売主体を降りたと言う話がメディアで報じられているが、Aducamabに続けるのではと期待して臨床試験に入った他のアミロイドβ(Aβ)に対する薬剤の今後の去就が、Aβがアルツハイマー病(AD)の治療標的として残るかどうかを決めるだろう。

そんなとき、Aβの思いもかけない機能を示す大阪市立大学からの論文が3月15日米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Peripheral Aβ acts as a negative modulator of insulin secretion(末梢のAβはインシュリン分泌の抑制因子として働く)」だ。

これまで何度もAβについての論文を紹介してきたが、この分子が脳以外の組織で機能していることについては、恥ずかしながら全く予想もしていなかった。しかし、大阪市大の冨山さんたちのグループは、以前からブドウ糖負荷をかけると血中のAβが上昇することを観察しており、この研究でインシュリンによる糖代謝と末梢のAβとの関係を追求している。

詳細を省いて最初の結論を述べると、Aβの動きは血中グルコースや、インシュリンと連動しているが、生体内での様々な条件での検討、試験管内のインシュリン分泌細胞を用いる実験から、

1)Aβ分子は、インシュリンでつながる、膵臓β細胞、脂肪細胞、筋肉細胞、そして肝臓で合成され、貯蔵されている。

2)膵臓β細胞では、Aβはインシュリンと同じように、血中グルコースに反応してインシュリンと同じように分泌される。

3)脂肪組織、筋肉、肝臓ではインシュリンに反応してAβが分泌される。

4)Aβは膵臓β細胞に直接働いて、インシュリン分泌を抑える。

を明らかにしている。

要するに、まさにインシュリンによる糖代謝ループに、Aβの貯蔵、分泌システムが組み込まれていて、インシュリンの分泌を抑える役割があることを示唆している。

これは糖代謝異常という点から見ると、Aβが組み込まれてしまうことで、せっかくのインシュリン作用を打ち消すことになるので、合目的性がないようにも思うが、過食と関係のない状況では、ひょっとしたら血中グルコースを維持して、脳にリクルートする機構とすら考えられる(勝手な推察です)。

一方、Aβが最初のトリガーになるADから見れば、脳からのAβは糖代謝を狂わせ、脳を高いインシュリンレベルに晒すことで神経細胞代謝異常を促進する可能性があるし、末梢のAβが脳での蓄積に何らかの役割を果たして、ADを悪化させることも考えられる。

いずれにせよ、人間でも同じことが確認できれば面白い。一番重要なことは、Aβのインシュリン分泌抑制機構、及び抹消でのAβ分泌機構の解明だろう。これが明らかになると、Aβに対する介入の影響も、末梢Aβへの影響を考えながら解釈出来るようになり、新たな光が当たるかもしれない。

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3月16日 構造と機能を肝臓代謝から考える(3月9日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月16日
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「百聞は一見にしかず」で、構造についての論文を言葉で紹介するのは簡単でない。しかし、論文に目を通していると、様々なハード技術のみならず、ソフト技術が進歩して、形態学が大きく変化していることを実感する。分子構造解析ではクライオ電顕がその典型だが、組織学でも、目で見るより先にコンピュータに描かせてみて、それを眺めることで、これまで見えていなかったものに気づけるようになっている。特に、電子顕微鏡像を再構成して立体化する技術の進歩は目を見張る。哲学的には、新しい客観性の概念が生まれたとすら思う。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、新しい技術を用いて構造を見直すことの重要性を示した素晴らしい研究で、考えるところが多かった。タイトルは「Regulation of liver subcellular architecture controls metabolic homeostasis(肝臓の細胞内構造が代謝のホメオスターシスを調節している)」で、3月9日Natureにオンライン掲載された。

この研究は従来半導体の解析に使われてきたfocused ion beam走査電子顕微鏡が持つ3次元画像解析技術を利用して、細胞内で複雑なネットワーク構造を作る小胞体に焦点を当て、肝臓細胞を観察するところから始めている。

この方法により、肝細胞内の小胞体は核の周りのシート上にきれいに並んだ小胞体と、細胞質内にありの巣のように拡がるチューブ状小胞体のネットワークに分けられることがわかる。

勿論、このような構造はとっくの昔に明らかになっており、教科書でも図が描かれているが、立体的に再構成された像を見ると新たな感動がある。そして、もっと驚くのは、この方法で遺伝的肥満マウス(ob/obマウス)脂肪肝の肝臓を見ると、シート型部分の小胞体構造が大きく減少し、シート自体も蛇行してしまうことがはっきりとわかる。これまで、細胞内の脂肪滴に目を奪われて見えなかったものがはっきりと見えてくる。

ここまでの結果を表現すると、「脂肪肝になると小胞体はシート状でリボゾームが結合している構造が減少し、チューブ型のネットワークが増える」になる。どうしても肝臓代謝の変化は、もっと別のところにあると思ってしまうので、構造はその結果を表すだけだと思ってしまう。

この研究の面白いのは、この地点からさらに進んで、小胞体構造を変化させることで遺伝的肥満マウスの代謝が改善することを示した点だ。まず、小胞体構造変化に伴って、小胞体と細胞骨格の結合を調節して構造を決めるClimp-63が、肥満マウス肝細胞の小胞体から失われていることを確認した後、今度はClimp-63遺伝子をアデノウイルスベクターで肝細胞に導入、逆に脂質代謝が変化しないか確かめている。

結果は驚くべきもので、肥満マウスの小胞体構造が、Climp-63導入で大幅に改善するだけでなく、脂肪合成に関わる小胞体状の酵素が低下し、脂肪合成が低下するのと並行して、おそらくミトコンドリアの代謝も改善し、脂肪が燃える。

さらに、これらの変化の結果と思うが、インシュリン感受性まで高まり、肝臓でのグルコース産生が低下する。

以上が結果で、ob/obマウス以外でも同じかなど、知りたい点は多くあるが、それでもClimp-6を過剰発現させるだけで、小胞体が正常化し、代謝も改善するとなると、全く新しい治療法が開発される可能性が生まれたと期待する。

結局構造が原因か結果かと考えるのではなく、一つの遺伝子変化を、構造変化で対応できるだけの能力を私たちの細胞が持っていると考えるのが正しいのだろう。

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