12月5日 血液クローン増殖の遺伝リスク研究 (11月30日 Nature オンライン掲載論文)
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12月5日 血液クローン増殖の遺伝リスク研究 (11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月5日
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何度も紹介しているが、年齢とともに様々なステージの血液幹細胞に突然変異が起こることで、悪性ではないが、特定のクローンが血液のかなりの割合を占めるようになることが知られている。この状態は clonal hematopoiesis of indeterminate potential(CHIP) と名付けられ、原則血液のエクソームや全ゲノムの配列を調べることで初めて明らかになる。検査は大変だが、CHIP の重要性は、血液に限らず、その後の平均余命と強く相関しており、血液の異常であるにもかかわらず、固形ガンや心血管障害とも関連が指摘されている。

今日紹介するリジェネロン社からの論文は、UKバイオバンク、及び米国医療提供会社 Geisinger Health Systemバイオバンクを会わせた、60万人を超す対象者のデータベースから CHIP を特定し、CHIP発生の遺伝リスクや、他の疾患との相関を徹底的に調べた、ある意味これまでのまとめとも言える研究で11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Common and rare variant associations with clonal haematopoiesis phenotypes(血液クローン増殖形質に連関するコモン及びレア変異)」だ。

この論文を見てまず驚くのが、全てがリジェネロンにより行われている点だ。リジェネロンは、Covid-19 に対する最初の抗体薬を上梓した創薬企業だが、元々研究力は高い。また、ガイジンガーとは協力して研究を行っているが、ゲノム・データサイエンスをここまでやられると、アカデミアもうかうか出来ない。

この研究では、2つのバイオバンクの参加者のエクソーム解析から、23の CHIP の原因として特定されている遺伝子変異のいずれかを持つ29669人の CHIP患者を特定している。年齢を問わず、60万人に対して3万人近くが CHIP というのは、恐ろしい数字だ。CHIPを誘導する突然変異は、一般的ガン遺伝子と同じだが、メチル化に関わるDNMT3A、 脱メチル化に関わるTET2、ポリコム遺伝子ASXL1、p53誘導性フォスファターゼPPM1D、及びp53遺伝子変異がトップに来る。

CHIPがいわばガン遺伝子変異により誘導される前ガン状態と考えると、問題はこのような変異が起こりやすい遺伝体質は何か、あるいは生活因子は何かになる。

まず生活習慣で言うと、喫煙は CHIP のリスク因子で、納得できる。一方、遺伝リスクを SNP解析で調べると30種類以上のコモンバリアントが特定され、中でもTERT(テロメア逆転写酵素)、PAEP1(DNA修復遺伝子)、ATM(DNA切断チェックポイントセンサー)などとの強い相関は、それぞれの機能から考えるとリスクとして納得できる。

この研究で新しく発見された SNP のある Ly75遺伝子は、樹状細胞に発現し、T細胞の反応に関わることから、ガンに対する免疫反応を介して CHIP を抑える働きがあると考えられる。

最後に、それぞれの CHIP変異に相関する病気との関連を調べると、今回の大規模調査ではこれまで言われていた心血管障害との関係はほとんど認められなかった。

面白いところでは、炎症やホルモンシグナルに関わる遺伝子変異による CHIP は肥満の発生と相関する。また、CHIPの人は、Covid-19で入院する率が高い、そして DNMT3A による CHIP はマクロファージの IL20分泌が影響され、骨密度低下が見られる。

他にも様々な相関が示されているが、このぐらいでいいだろう。CHIPを原因別に分類することで、遺伝リスクや生活習慣リスクとの相関をよりはっきりせせることで、リスクの高い人を特定し、CHIPを予防できる日がくるように思う。

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12月4日 細胞同士の接触の歴史を記録する実験系の確立(12月2日号 Science 掲載論文)

2022年12月4日
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ほとんどの細胞は単独で発生も維持も出来ない。即ち、様々な細胞との相互作用の結果として存在している。これまで、ある特定の細胞の発生から成熟過程でどの細胞と相互作用しているのかは、時間時間で組織セクションを作成し、近くにある細胞の種類を丹念に特定する以外の方法は限られていた。例えば、細胞膜に酵素を発現させ、その作用でコンタクトした細胞をラベルする方法や、細胞内に侵入できる蛍光分子を分泌させ、コンタクト細胞を標識することも行われているが、実際には、追跡可能な時間は限られていた。

今日紹介する上海科学技術大学からの論文は、リガンドと結合すると細胞内ドメインが切り出されて転写を誘導する Notchシグナルの特徴を利用して、細胞間相互作用の現場や歴史を記録する方法を開発した研究で12月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Monitoring of cell-cell communication and contact history in mammals(哺乳動物での細胞間コミュニケーションとコンタクトの歴史をモニターする)」だ。

Nochはリガンドと結合すると、γシクレターゼにより細胞内ドメインが切り出され、核に移行して転写を誘導する。この研究では、この Notchの γシクレターゼで切断される領域を残して、細胞外は GFP に弱く結合するナノボディー( H鎖しか持たないラマで誘導した抗体)、細胞内ドメインを、テトラサイクリン transactivator に置き換え(人工Notch )、これが切断されると核内で標識に用いられる様々な分子が発現し、GFPを発現した細胞とコンタクトした場合は、それが一時的に、あるいはパーマネントに記録できるシステムを作り上げている。

この研究はなかなか絶妙で、局所にとどまるように見えながら、実際には様々な臓器へ移動できる血管内皮細胞を対象として追跡実験を行っている。

最初の実験は、発生過程の心筋細胞に GFP (リガンドになる)を発現させ、血管内皮に人工Notch を発現させ、コンタクトしている間だけ LacZ が発現できるようにすると、見事に心筋細胞とコンタクトしている血管内皮だけが LacZ を発現しているのが観察できる。試験管内の実験から、大体4時間前後コンタクトが維持されれば遺伝子発現をオンに出来る。

以上は、コンタクトの現場を調べる実験だが、人工Notch で Creリコンビナーゼが発現するように変えると、今度は一度コンタクトした細胞をパーマネントにラベルすることが出来、心筋細胞とコンタクトした血管内皮細胞が、心臓にとどまるのか、あるいは体中に広がるのかを確かめることが出来る。

結果は私には驚くべきもので、まず心臓弁の間質細胞が血管から出来ることが明らかになる。すなわち、血管が間質細胞へとスイッチする。発生時期に血管内皮から血液が直接発生することを京大時代に証明したが、なんと間質も血管内皮から出来るとは想像しなかった。

また、心筋とコンタクトした血管内皮は体内の様々な場所に移動して血管内皮として働くことも示されている。驚くことに、成体の肝臓の実に20%が心筋細胞とコンタクトした細胞から出来ていることには驚く。

同じ実験を今度は GFP が発現したガン細胞を移植して行うと、血管内皮がガン細胞に直接触れてラベルされ、ガンの増殖に呼応しガン内血管新生を行うとともに、その後ガンの周りの結合式カプセルが形成されるとき、ガンから移動して、カプセルの血管を形成することもわかった。おそらくガン治療を考える上でも重要な結果だと思う。

さらに、人工Notch を身体の全ての細胞で発現させ、GFPの方を特定の細胞で一定期間だけ発現させると、その場所でその細胞とコンタクトした細胞の全てをラベルすることが出来る。逆に、特定の細胞で GFP が発現しているとき、人工Notch だけ特定の細胞や時期で誘導すると、今度はそのときコンタクトしている側の細胞を追跡できる。

Notch を使うと着想したのがこの研究の全てで、方法の真価は今後様々な系で利用されることで明らかになると思う。とはいえ、血管内皮の移動性や分化のスイッチについて証明したのは面白い。これまで、血管内皮を用いる再生治療などが提案されてきたが、そのメカニズムについても明らかになるかもしれない。

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12月3日 アリの巣内ではサナギもミルクを分泌して子育てに参加する(11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月3日
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JT生命誌研究館の顧問をしていた時、九州大学から来た奨励研究員の有本さんは、私が知る唯一のアリに魅せられた研究者だが、私のように種にこだわらず過程に興味を持つのと違い、アリの全てを対象にするという強い意志を感じたのを覚えている。ともかくアリに対する深い知識と愛情を感じることが出来る。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アリのサナギが分泌する栄養豊富なミルクのような分泌液についての研究で、読みながらずっと有本さんのことを思い浮かべるほどマニアックな研究で、11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The pupal moulting fluid has evolved social functions in ants(サナギの脱皮液がアリでは社会機能を獲得するよう進化している)」だ。

アリの巣の中には、卵、幼虫、サナギ、成虫と様々なステージが混在している。基本的に成虫は、羽化前の全てのステージのケアに当たるのだが、各ステージでケアは違うはずで、巣全体のケアがどう組織化されているのか、よくわかっていない。

この研究では、巣から取り出したサナギが、メラニンができ始める頃から、体液の分泌が亢進し、お尻に水玉が分泌される現象に着目している。というのも、巣の中にいるサナギでは、このような分泌液の存在はほとんど確認されない。しかし、巣から取り出したサナギでは、この液を除去しないでおくと、感染してサナギは死滅する。一方、毎日この液を拭ってやると、サナギは正常に羽化することが出来る。

以上の結果は、巣内ではこの液が何らかの形で清掃処理されていることを示すが、サナギの液を色素で標識すると、実際、成虫の消化管内に色素が見られることから、貪食されて処理されることに気づいている。

これだけでも素人はなるほどと思うのだが、成虫が食べるだけのためにこの液が使われているようにはプロには思えないようで、巣内でサナギが液を分泌する時期と幼虫が成長する時期とが常に一致することに着目し、この液が幼虫の成長に使われるのではないかと考えた。

まず、分泌液の成分を見ると、サナギが羽化するときに使われる液とほぼ同じ成分で、蛋白質と糖鎖が分解された栄養やホルモンを含んでいる。そこでサナギに色素を注入して分泌液を標識してから巣に戻すと、幼虫の消化管にも色素を確認できることから、幼虫の餌として使われているのではないかと着想している。

そこで、成虫、サナギ、幼虫、そしてエサを組みあわせて行動実験を行うと、成虫は幼虫を常にサナギの方に向ける動作を繰り返し、これにより幼虫は分泌液を得ることが出来る。しかも、エサだけ与える場合と比べると、遙かに成長が早い。

以上の結果は、アリは、巣の中での成長プロセスをうまく同期させることで、エサが必要なくなったサナギの羽化液を進化させ、幼虫のためのミルクとして使っていることがわかった。

最後にこのような羽化液の進化は、多くの社会性を持ったアリに見られることを示している。結果は以上で、ただただその巧妙さに驚くとともに、アリ研究のプロの視点に感心した。

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12月2日 ケトン食は化学療法による血小板減少を防ぐ(11月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年12月2日
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ケトン食が様々な影響を持つことについてはこのブログでも紹介し(サーチボックスでケトン食とインプットすると13の論文ウォッチ記事が出てくる)、またてんかん発作を抑える可能性については、以前MECP2重複症の患者さんの家族の方々とYoutubeによる勉強会も行っている(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o&t=105s0 )。

中でも期待されるのが、ガン治療の補助としての役割だが、代謝への影響、直接的転写誘導、そしてヒストンアセチル化の促進などがそのメカニズムとして知られている。

今日紹介する中国復旦大学からの論文は、中国からの論文の定番と言っていいのかも知れない意外性をついてくる研究で、なんとケトン食が抗ガン治療時の血小板減少を防ぐ可能性を示した研究で、11月30日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dietary ketone body–escalated histone acetylation in megakaryocytes alleviates chemotherapy-induced thrombocytopenia(食事を通して摂取するケトン体は巨核球のヒストンアセチル化を通して化学療法による血小板減少を軽減する)」だ。

化学療法による血小板減少は最も恐ろしい副作用なので、タイトルは全ての医師を惹きつける。ただ読んでみると、なぜこの可能性を着想したのかは全くわからない。

ともかく、マウスに2種類の処方によるケトン食を摂取させると、正常マウスでも血小板の形態は変化せず、血小板が増加し、また出血時間も短くなることを観察している。一方、赤血球や白血球には何の変化もない。

これがケトン体の影響とすると、細胞内にケトン体を取り込むトランスポーターが必要だが、MCT1が巨核球には高いレベルで発現しており、試験管内で巨核球をケトン体βOHで刺激すると、増殖や血小板文化に関わる遺伝子発現が上昇する。また、MCT1阻害剤ではこの効果がなくなる。

また、ケトン食でなくとも、食事にβOHを加えるだけでも同じ効果がある。ただ、ケトン食やケトン体摂取はグルコース耐性を誘導してしまうので、間欠的にケトン食を与える系で、グルコース耐性が出ないようにして、抗ガン剤による血小板減少への効果を見ると、期待通り血小板減少をつよく抑えることが出来る。

この原因を探っていくと、巨核球分化の主役GATA1やNFE2プロモーターのヒストンをアセチル化することが、血小板増加の引き金になっていることを示している。

そして最後に、人間でもケトン食をボランティアに摂取させ、血小板が中程度に増加すること、さらにケトン食を捕っているガン患者さんと、通常食のガン患者さんで化学療法による血小板数を比較し、ケトン食は血小板減少を抑えることを確認している。

結果は以上で、期待されたトロンボポイエチンが臨床に使えないことを考えると、かなり有効な手段になるかもしれない。この研究に至った経緯は全くわからないが、瓢箪から駒で十分だ。

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12月1日 シナプス局所での翻訳調節機構(11月25日号 Science 掲載論文)

2022年12月1日
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細胞というとどうしても核と細胞質、それにオルガネラからなるステレオタイプなイメージを浮かべてしまうが、実際には形態は細胞ごとに全く異なり、その調節機構はまだまだわかっていない。形態進化の究極が神経細胞で、樹上突起や軸索という究極の形態変化を形成するとともに、樹上突起にはスパインと呼ばれる突起を形成し他の神経とシナプス形成するとともに、スパイン自体も刺激に応じて形態を変化させる。このような、細胞各区画内の違いを、細胞全体の代謝システムだけでコントロールするのは不可能で、極めて特殊なメカニズムが発達していると考えられる。

今日紹介するロンドン・キングスカレッジからの論文は、mTORの活性化調節因子Tsc2ノックアウトを手がかりに、スパイン内での局所翻訳のメカニズムを明らかにした研究で11月25日号 Science に掲載された。タイトルは「Cortical wiring by synapse type–specific control of local protein synthesis(シナプスのタイプ特異的な局所的蛋白合成による皮質回路形成)」だ。

細胞代謝の最も重要なハブ分子が mTOR で、インシュリン受容体からのシグナルも mTOR に収束する。この活性化を調節する因子の一つが Tsc2 で、これが欠損すると mTOR が活性化してしまって、結節性硬化症と呼ばれる遺伝的腫瘍が起こる。

この研究では抑制性神経特異的に Tsc2 を欠損させ、Tsc欠損は確かに全ての抑制性神経で mTOR の活性化を促すが、シナプス興奮を調べると、その影響が抑制性神経のうちPV神経だけにしか見られないという発見から始まっている。実際には、PV神経だけで、Tsc2欠損はスパインの数を増やし、シナプスでの活性が高まる。

次に、PVのみでTsc2欠損の影響が強く出るメカニズムを探索し、PV2神経特異的に発現しているErbB4シグナル経路がTsc2上流にある可能性を突き止め、ErbB4シグナルをPV神経特異的にノックアウトする実験で、ErbB4が興奮神経から刺激を受けて、Tsc2の活動を抑える働きをしていることを明らかにする。

すなわち、興奮神経とシナプス形成が行われると、興奮神経側の Neuregulin3 により ErbB4 が刺激され、シナプス局所で Tsc2 の活性を抑え、mTOR の活動を高めることが明らかになった。

そこで、ErbB4ノックアウトで変化する分子を調べ、これら分子の多くがシナプス局所だけで ErbB4刺激により翻訳されることを明らかにしている。すなわち、ErbB4 の刺激がシナプスに限局されることで、その下流の mTOR 及び翻訳調節の変化をシナプス内にとどめておくことがわかった。

結果は以上だが、抑制性神経のシナプス形成に関わるメカニズムが明らかになったことは、自閉症研究にとっても重要だ。すなわち、自閉症の神経症状は、抑制性神経の発生と深く関わること、またそれによるシナプス伝達の変化に関わることがわかっている。驚くことに、ErbB4欠損により変化する分子の多くは、自閉症との相関が示唆されている異分子で、ErbB4自体は自閉症と関わる証拠はないが、このような局所の翻訳調節は自閉症を考えるためにも重要な要素である可能性がある。少し専門的だが、面白い研究だ。

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11月30日 トキソプラズマ原虫感染が群れを率いる勇敢なオオカミのリーダーを作る(11月24日 Communications Biology オンライン掲載論文)

2022年11月30日
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今日の論文は予想外の話で驚いた。イエローストーン資源研究所、オオカミプロジェクトからの論文で、人間にも広く感染しているトキソプラズマ原虫の、イエローストーン公園に生息するオオカミへの感染について、1995年から、原虫に対する抗体の有無を中心に調べた研究だが、感染オオカミを非感染オオカミと比較することで、なんとトキソプラズマ原虫の感染によって、オオカミが大胆な行動をとり、群れのトップに躍り上がることを示した研究で、11月2424日 Communication Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Parasitic infection increases risk-taking in a social, intermediate host carnivore(寄生虫の感染によりホストの肉食獣の社会でのリスクテークが上昇する)」だ。

トキソプラズマ原虫への感染の有無は、原虫に対する抗体の有無で判断しているため、決して頻回に検査が出来るわけではない。それぞれの地域のオオカミの健康を長期にフォローアップしてきた結果として、血清を系統的に集めることが出来ている。

驚くのは、1995年の50血清サンプルでは全て感染なしと判断されたことだ。その後、2000年からの5年間で集めたサンプルでは25%近く、そして2015年からの5年間では36.5%に跳ね上がっている。

このように感染が急に上昇してきた原因を、様々な指標との相関で調べていくと、同じ縄張りを奪い合っているアメリカライオンと生息域がオーバーラップしているほど感染率が高いことから、通常半数ぐらいが感染しているアメリカライオンより感染したと考えられる。

トキソプラズマ原虫にかかると、胎児の場合は流産など大きな影響があるが、大人の場合ほとんど健康障害には至らない。ただ、原虫は脳に移動し、嚢胞を形成し、これが脳活動に影響を及ぼすことが示唆されてきた。

この論文を読むまで全く知らなかったが、ネズミからチンパンジーまで、トキソプラズマ原虫に感染すると大胆になり、リスクテークを行うことが知られていたようだ。そこで、オオカミについて、感染オオカミと、非感染オオカミで行動比較を行うと、

  1. 感染オオカミは、アメリカライオンの生息地であっても行動範囲が拡大すること。
  2. 感染オオカミは群れのリーダーになる確率が数倍になる。

この結果は、他の動物と同じでオオカミもトキソプラズマ原虫に感染すると、一部生存率では低下することが予想されるものの、リスクテークする大胆さを兼ね備えるようになり、その結果群れのリーダーになることで、感染個体を一定レベルに維持していること結論している。

さすがに、原虫でゾンビ化するという話ではないが、生きたまま無意識のうちに原虫の都合のいいように振る舞うとは、驚く。

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11月29日 ノンスモーカーでも都会人の肺リンパ節は真っ黒(11月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年11月29日
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禁煙を勧めるとき、解剖標本、あるいは手術時のスモーカーとノンスモーカーの肺を見せて、スモーカーが黒い粒子を取り込んだマクロファージに満ちていることを示し、ぞっとさせるのは常套手段になっている。しかし、今日紹介するコロンビア大学からの論文は、ノンスモーカーでも肺のリンパ節を見ると、黒い粒子が驚くほど蓄積していることを示し、これが高齢者の免疫機能を阻害していることを示唆するぞっとする研究で、11月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Inhaled particulate accumulation with age impairs immune function and architecture in human lung lymph nodes(年齢とともに蓄積する吸入粒子は肺所属リンパ節での免疫機能を抑制し、リンパ節の構造を破壊する)」だ。

研究ではノンスモーカー、あるいは1日20本以上の喫煙を1年以上続けたことがない人の、剖検時のリンパ節標本を採取、大気中の炭素化合物粒子の蓄積度を調べている。と言うより、この研究では、他の臓器の状態についての情報などは全く示されず、リンパ節の組織を見ただけの研究とすら言える。

しかし、結果を目の当たりにするとインパクトは大きい。腸管の所属リンパ節はベージュ色で透き通っているのに、肺所属リンパ節は年齢とともに黒くなり50歳を超すとほぼ真っ黒と言ってもいい。

蓄積は T細胞領域にいる貪食能の強い CD68+CD169- マクロファージで起こっている。残念ながら個体レベルで免疫反応を調べることは出来ない。また、サンプルをとった方の免疫状態などの情報もない。しかし、取り出したマクロファージ、あるいは炭素粒子を取り込ませたマクロファージを使って、バクテリアなどを標的とした貪食能を調べると、貪食が強く低下している。さらに、リンパ節内で高齢者のリンパ節マクロファージを調べると、活性化の指標である CD86 などの発現が低下していることも明らかになった。

次に、リンパ節内で炭素化合物粒子を取り込んだマクロファージのサイトカイン発現を調べると、年齢を問わずインターフェロン、TNFαの発現が低下している。さらに重要なことは、粒子を取り込んだ周りへのリンパ管の結合が強く低下しており、濾胞形成も含めてリンパ節構造も異常を示している。

主な結果は以上で、正直、よく採択されたなという印象だが、見た目からも結果のインパクトは高い。すなわち、肺から移ってきた粒子を詰め込んだマクロファージがリンパ節で入れ墨のように維持されることがまず驚く。もし著者の結論を全て鵜呑みにして、高齢者が mRNAワクチンを接種するという点から少し考察しておこう。

まず、mRNAワクチンの場合、貪食能の低下は問題ないだろう。ただ、リンパ管の機能が低下しているとすると、所属リンパ節へワクチンが移動する時間は少し余分にかかるだろう。ただ、免疫反応という点で見れば、遅れても問題はない。ただ、リンパ節の構造変化や、濾胞形成の異常は、間違いなくワクチン効果は低下すると思う。

以上、我々が毎日すっている大気がいかに汚染されているか再認識させられた。

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11月28日 シグナル研究の大御所から TGFβ を介する Srcリン酸化について学んだ(11月15日 Science Signaling 掲載論文)

2022年11月28日
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先日、個人的にもずいぶんお世話になった豊島久真男先生を偲ぶ会が、大阪千里ライフサイエンスセンターで行われた。若い人たちはあまり知らないかもしれないが、豊島先生はラウス・サルコーマウイルスの温度感受性株を分離し、ガンが発癌遺伝子により誘導されることを見事に示した研究で有名で、日本のガン研究をリードしてこられた。

偲ぶ会は、3月22日に亡くなられた先生にゆかりの人々が短く思い出を語られる形式で行われたが、現役時代交流が深かった多くの先生にお会いすることが出来た。大阪大学の岸本先生は、豊島先生の Ras とスウェーデンの Carl Heldin の PDGFR についての研究を、自身が現役時代に強い印象を受けたシグナル研究として話しておられた。

そんなとき、その Heldin が彼のライフワークの一つ TGFβ受容体と、Srcの関係を調べた研究を見つけたので、豊島先生を偲ぶ意味も込めて紹介することにした。タイトルは「The type II TGF-β receptor phosphorylates Tyr 182 in the type I receptor to activate downstream Src signaling(タイプ II TGFβ受容体がタイプ Ⅰ 受容体の182番目のチロシンを活性化しSrcシグナルを活性化する)」で、11月15日 Science Signalling に掲載された。

TGFβシグナルは、TGFβ受容体 I. II を会合させ、SMAD をリン酸化して、転写を介して様々な過程に関わる、極めて重要なシグナル系だ。しかも、これだけでなく、ERK や Src などのチロシンリン酸化も誘導して、複雑な効果を生むことも知られていた。とはいえ、セリンスレオニリンキナーゼ機能を持つ TGF受容体が、Src のチロシンリン酸化を誘導できるのかなど、まだわからないことが多い。

今日紹介する論文は、シグナルの大御所がこの問題にチャレンジした研究で、久しぶりにシグナル研究について勉強したと実感できる研究だ。

まず、Src と TGFβR の両方の分子を発現している細胞を TGFβ で刺激で Srcz (416番目のチロシン)がリン酸化されること、このリン酸化には Src と TGFβ受容体の直接会合が必要なこと、しかし SMAD活性化を阻害する薬剤ではこのリン酸化が抑制できないことを明らかにする。

即ち、Src と TGFβRI は直接相互作用して Srcリン酸化を誘導するが、これには SMAD 活性化に関わるセリンスレオニンキナーゼ活性は必要ないことがわかる。驚くのは、TGFβ 刺激による Srcリン酸化を阻害する抗体を探すと、Src の阻害剤を加えたときに Srcリン酸化が抑えられることで、この結果は、TGFβRI と結合することで Scr が活性化され、自分自身をリン酸化している可能性を示唆している。

そこで、細胞フリーの実験系で、Src が TGFβRI に結合することで Src の自己リン酸化が起こることを確認している。また、そのとき TGFβRI のいくつかのチロシン残基もリン酸化されることを明らかにしている。

次に TGFβ の刺激による TGFβRI、II 両方の受容体が会合するところから、Src がリン酸化されるまでの過程を、生化学的に追求し、Src のリン酸化には TGFβRII のキナーゼ活性が必要で、この活性によりTGFβRI がリン酸化されることで Src への結合活性が高まり、これにより TGFβ依存的に Src の自己活性化が起こることが示された。

最後に、TGFβ刺激による細胞の変化を Src阻害剤存在下で調べると、SMAD活性化による転写活性は全く抑えられないが、アクチンの重合促進による細胞遊走能亢進が抑えられることを示している。

実際には、これ以外にも多くの実験を繰り返して生化学的過程を詰めているのだが、統べてて割愛した。しかし以上の結果は、ガンがさらに悪性化するときに重要な働きをしている TGFβシグナルも、少なくとも2種類の経路を活性化しており、転移に必要な細胞の遊走能の亢進などは、Src活性が大きな役割を持つことを示している。

大御所からシグナルのセミナーを受けた気分の論文だった。

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11月27日 なぜ白血球はガンの免疫を邪魔するのか?(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月27日
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このブログでも何回か紹介したが、ガン周囲組織に白血球(好中球のつもり)が集まると、ガンに対するキラー細胞の作用が抑えられることが知られている。そのため、例えば白血球の浸潤を抑えるケモカインを抑制して、リンパ球の浸潤を増やす試みも行われている。とはいえ、なぜ白血球がガンに対する免疫を抑えるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、白血球が腫瘍組織でおこすフェロプトーシスがキラー細胞の増殖抑制の中核にあることを示した論文で、11月16日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer(腫瘍組織の好中球のフェロプトーシスがガンの免疫を抑制する原因になる)」だ。

アポトーシスと、ネクローシスが細胞の死に方と考えておけばよかった時代から見ると、細胞の死に方レパートリーがこれほど多様化してきたことは驚きだ。これは、細胞が死ぬための分子メカニズムがわかってきたためで、それほど生体内では死にゆく細胞をどう処理するかが問題になっていることを意味している。

タイトルにあるフェロプトーシスとは最近報告された、細胞死の調節様式で、酸化還元反応の異常が引き金となって、鉄依存性に飽和脂肪酸のエステル化が亢進することでリン脂質が上昇し、細胞死プロセスのスイッチが入るプロセスを言う。幸い、他の細胞死ではなくフェロプトーシスが進んでいることを確実に捉えることは出来るようになっている。

この研究は、ガン組織の白血球を集めて遺伝子発現を調べると、フェロプトーシスを示唆する分子の発現が高まっていることを発見している。これは腫瘍組織だけで見られる現象で、結核のような慢性炎症でも、同じような変化は認められない。

そこで、まずなぜ腫瘍組織だけでフェロプトーシスが誘導されるのかを調べ、ガン組織で見られる低酸素状態や、アラキドン酸を介して、白血球のフェロプトーシスが誘導されていると結論している。様々なガンで同じようなフェロプトーシスが起こっているので、トリガーについて他の要因も考えられると思う。

いずれにせよ、ガン組織のみで白血球のフェロプトーシスが起こるとすると、白血球によるがん免疫の抑制は、フェロプトーシスが誘導されるためと考えることが出来る。そこで、ガンを移植し、そこにフェロプトーシスを誘導した白血球を移植する実験を行い、フェロプトーシスが誘導された細胞だけががん免疫を抑制出来ることを示している。

以上の結果から、ガン組織では様々な条件が合わさって白血球のフェロプトーシスが上昇し、フェロプトーシスで死に行く細胞が何らかのメカニズムでキラー細胞の増殖を抑えルことが明らかになった。

次に、ガン組織でフェロプトーシスが誘導された細胞で変化している遺伝子発現を調べ、プロスタグランジンE2の分泌や、フェロプトーシス細胞から吐き出される酸化脂肪酸がT細胞に直接働いて、ガン免疫を落とすことを明らかにしている。

最終的には様々なエフェクターが合わさって効果を及ぼす可能性も大で、おそらく関わる全ての分子を機能的に特定するのは難しいと思う。代わりにこの研究では、移植したガンの増殖を、ホストの白血球をリポスタチンのようなフェロプトーシス阻害剤でブロックしたとき、ガンの免疫が働き、腫瘍サイズが縮小するかモデル実験を行っている。結果は期待通りで、リポスタチン処理だけで腫瘍の縮小が誘導される。また、PD1抗体を組み合わせるともっと高い効果が発揮できることから、これが免疫を介して作用していると結論できる。

最後に、人間のガンでも同じことが言えるか調べる目的で、ガン組織遺伝子発現を調べたデータベースから、膵臓ガンや肺ガン組織でのフェロプトーシスに関わる遺伝子発現レベルを算定、ガンの予後と比較すると、フェロプトーシスが見られるガンでは明らかに予後が悪く、また肺ガンでPD1抗体治療を受けている患者さんでは、フェロプトーシスが予後を決定すると言っていいぐらい、フェロプトーシスが人でもガン免疫を抑える大きな要因になっていることを示している。

結果は以上で、これが正しいとすると、がん免疫治療でフェロプトーシスを阻害することは治療効果を高めるために必須の方法になるのではと期待が膨らむ、重要な貢献だと思う。

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11月26日 C型肝炎薬ソフォスブヴィルと抗不整脈薬アミオダロンはなぜ最悪の飲み合わせになるのか(11月22日 Cell オンライン掲載論文)

2022年11月26日
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C型肝炎薬のソフォスブヴィルは、核酸のアナログとして肝炎ウイルスの RNAポリメラーゼを阻害する。Covid-19で言えば、モルヌピラヴィルやレムデシビルに当たる薬剤だ。この薬剤の登場は、C型肝炎治療を一変させたが、不整脈治療を受けている患者さんで、強い徐脈が誘導され、その結果死亡例が出たことで、不整脈に処方されるカルシウムチャンネル阻害剤との飲み合わせは、禁忌になっている。ただ、なぜこの様な副作用が起こるのか、よくわかっていなかった。

今日紹介するプリンストン大学と武漢大学からの共同論文は、カルシウムチャンネル分子とそれぞれの薬剤の結合像をクライオ電顕で解析し、なぜ両方の薬剤が集まると、強いチャンネルブロックが起こってしまうのかを明らかにした研究で、11月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Structural basis for the severe adverse interaction of sofosbuvir and amiodarone on L-type Ca v channels(ソフォスブヴィルとアミオダロンの相互作用が L型カルシウムチャンネルに働いて重篤な機能阻害を誘導する構造学的解析)」だ。

研究は単純だが、もちろん構造学のプロの仕事だ。L型カルシウムチャンネルを精製して薬剤と反応させ、薬剤とチャンネル分子の相互作用をクライオ電顕で解析している。見たらわかるようにデータが示されており、素人でもよくわかる。私も全くの素人なので、素人の目で紹介したいと思う。

さて、構造が明らかになると結論は単純ではっきりする。当然アミオダロンはカルシウムチャンネル阻害剤なので、チャンネル部分に入り込んでチャンネル機能を塞ぐことが出来る。しかし、完全に塞ぐわけではなく、穴の一部だけが塞がれるといった状況になっている。もちろんチャンネルを完全に阻害するわけにはいかないことを考えると、うまく出来ていると思う。

ところがこれにソフォスブヴィル、あるいはそのアナログ MNI-1 を加えると、それまで L型カルシウムチャンネルとは反応しなかったこれらの薬剤が、チャンネル深くに入り込んで、アミオダロンと直接相互作用を行い、あたかも一つの分子であるよう振る舞い、完全にチャンネルを塞いでしまうことがわかった。カルシウムが完全に遮断されると、不整脈を抑えるどころか、ペースメーカーの活動が強く抑えられ、徐脈が起こってしまうと言うわけだ。まさに見ることの重要性がわかる。

結果はこれだけで、両方の薬剤が合わさるときの危険性について、構造解析ならの明快な回答が示された。また、ソフォスブヴィルの光学異性体を用いると、分子内でのアミオダロンとの相互作用はなく、全くチャンネル阻害がない。即ち、全て特定の分子構造に依存している。

このような分子同士が直接標的分子内で相互作用するというのは極めて特殊なケースだと思うが、素人にもわかりやすく、構造解析の重要性がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ
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