4月22日 ロックダウンの後に備える技術(Nature Biotechnology 掲載論文)
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4月22日 ロックダウンの後に備える技術(Nature Biotechnology 掲載論文)

2020年4月22日
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ヨーロッパ各国で感染係数が1を切り始めて、オーストリアを皮切りに、ドイツやイギリスでロックダウンを徐々に解除する動きが始まっている。ただ、ワクチンや、絶対と言われる治療法が開発途上の段階で、パンデミックが再発しないという保証はない。実際、抗体を用いて感染の広がりを調べたカリフォルニア大学の結果では、抗体保有者が4.1%に拡大しているという結果が出て、大変な数の人が非顕在感染していたと大騒ぎになっているが、もし感染者が5%程度しかいないなら、必ず2回目のパンデミックは起こるだろう。パンデミックを防いだ社会には6割の人が感染している必要があるとされている。

いずれにせよ、繰り返す流行を覚悟つつ、それを最も低いダメージで抑える政策を進めるのが重要で、政治家がダメなら、いまこそ優秀と言われる役人の構想力の新しい出番が回ってきたのかもしれない。当然科学の方も、目の前の対策のための研究だけでなく、感染症に対する一歩先の技術を構想する必要がある。

例えばワクチンも、非常時ならどんな方法でも安全に抗原を作って注射することになるが、この時自然免疫も同時に誘導する技術が必要になる。ただ、コロナも、インフルエンザも、抗体を誘導できるワクチンだけで正常な社会を保証できるかわからない。感染細胞が減少した時にウイルス感染細胞を除去してくれるのはT細胞免疫だ。実際、エイズウイルス感染細胞を完全に消滅させるためにエイズ感染細胞を殺すCAR-Tの開発が進んでいる。さすがに、CAR-Tがコロナに対する次の技術にはならないと思うが、T細胞を誘導できるワクチンはパンデミックの再発を防ぐために必須になるだろう。例えば肺のサーファクタントに馴染むリポソームを用いた吸入ワクチンは、抗体誘導能はそれほどでもないのに、これまで考えられなかったインフルエンザ免疫能を与えることができるという最近の研究はヒントになる(https://aasj.jp/news/watch/12433)。非常時のワクチンと、その次を睨んだワクチンは必ず違うので、そこまで視野に入れた研究が必要だろう。

治療でもそうだ。SARSでわかったようにウイルス由来のRNAすら治療標的になる(https://aasj.jp/news/watch/12590)。幸い肺の場合、線維性嚢胞症の治療なので吸入遺伝子治療も進んでいる。事実、オルベスコが効果を上げたとすると、吸入療法だったからだろう。

将来型の検査開発も重要だ。PCR検査を増やす、増やさない(フェーズが変わって現在はもはや必要ないという意見は少数になったように思うが)という議論が延々続けられているが、この延長に検査拡充によるキャパシティーの拡大だけを見ているようでは次に備えることはできない。極論すると自宅隔離の時代には、自宅でもできる検査を目指してもいいはずで、インフルエンザのようイムノクロマトを開発して、例えばAIアプリと組み合わせて自宅トリアージができるようにすることすら可能になる。

もちろん感受性などの問題で、もう少し専門的に検査することも大事だが、それでも現在のように検査がボトルネックになるのは最悪だ。とすると、簡単な機械で検査ができる必要がある。すなわちワンステップで検査ができる必要がある。理研の林崎さんたちのワンステップ法の開発がメディアで報道されていたが、もともとこの分野は日本のプレゼンスは高く、例えばMERSの診断でRT-LAMP法が開発されている。

個人的にもう一つ注目しているのが、CRISPR/CASを用いる方法、特に活性化されると周りの一本鎖RNAやDNAを切ってしまうCas13やCas12を使う方法だ。ずいぶん昔にCas13aを使った検査法を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/6731)。この方法はすでにSherlockという名前でキット化されており、新型コロナウイルスを検出するキットがすでに発売されている。

最後になるが、同じように今日紹介したいと思ったのがカリフォルニア大学からNature Biotechnologyに発表されていたCas12を使った方法だが、原理はSHERLOCKと同じなので、タイトルだけを紹介しておく。

SHERLOCKも、この論文も、Cas13,Cas12の差はあるが、ラベルされた一本鎖RNA or DNAを、ウイルスRNAで活性化されたCasで切断させ、切断された断片をクロマト法で検出する方法で、現在のところ最初の段階で、定温の遺伝子増幅を用いている。

ただこれは検出時間短縮を目指すためで、実際には活性化されたCas13or12の活性が持続すれば切断反応は無限に続くので、将来増幅が必要のない方法にグレードアップできるかもしれない。また、カリフォルニア大学ではウイルスRNAを捕捉するガイドRNAはウイルスの3種類の場所から選んできて感度を上げている。

要するに病院すら足りなくなることが今回よくわかった。政治も大事だが、これに有効な答えをまず提供できるのは、一歩先を見据えた科学技術研究で、それが結局は様々な政策を可能にする。いまこそ科学者の力を見せる時だと思う。

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4月21日 アミロイドβ蓄積と軽度行動異常(Altzheimer’s Dementa 1月号掲載論文)

2020年4月21日
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アルツハイマー病では、アミロイドβの細胞外蓄積とリン酸化Tauタンパク質の細胞内蓄積が発症過程で重要な役割を演じていることは誰も疑わない。ただ、アミロイドβ蓄積が症状と相関するとする最初の考えは、アミロイドβと痴呆症状との相関があまり見られないことから、アミロイドβの蓄積が何らかの過程でリン酸化Tauの細胞内蓄積を誘導し、これが直接痴呆を誘導するという考え方に変わってきた。

私もこのブログでこの考えを紹介してきたが、カナダ・マクギル大学のグループが、アミロイドβの蓄積も脳機能に影響することを示した研究をAlzheimer’s & Dementiaに発表しているのを最近知った。1月号と少し古いが、紹介することにした。タイトルは「Mild behavioral impairment is associated with β-amyloid but not tau or neurodegeneration in cognitively intact elderly individuals(認知機能が正常な高齢者の軽度行動障害はTauや脳変性とは相関が見られないが、くアミロイドβとは相関する)」だ。

研究では96人の認知障害が見られない高齢者を集め、図に示す軽度行動障害テスト(MBI-C)で、意欲減退、不安や落ち込んだ気分、忍耐力、社会性、感覚などをスコア化して、このテストで見られる変化と、PET で検出されるアミロイドβの蓄積、Tauの蓄積、そして灰白質の萎縮などとの相関を調べている。

MBI-Cテストは本人ではなく、配偶者などの家族にお願いしてチェックリストを作成している。日本語版もあるので例を示しておく。

96人のうち、結局MRI-Cテストで軽度行動異常が存在すると診断されたのは7人だが、この7人ではアミロイドβの蓄積度と行動異常のスコアが、はっきりしたしかし緩やかな相関を示すことがわかった。また、アミロイドβ蓄積場所との相関を調べると、左の前頭皮質および前帯状皮質での蓄積と強い相関が見られた。一方、Tauの蓄積や、灰白質の変性とは全く相関が見られなかった。

以上が結果で、痴呆がない高齢者の中には、軽度行動異常が発生している場合があり、この場合アミロイドβの蓄積がその原因になっている可能性が高いという結論だ。

もちろんMBIが認めらてアミロイドが沈着している人たちがTau蓄積へと進んでアルツハイマー病まで発展するのか、あるいは全く異なる疾患群を見つけたのかはよくわからない。しかし、アミロイドβ蓄積の神経学的意義を解明する必要性を強く感じた。

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4月20日: 急性骨髄性白血病で起こる貧血はIL-6が原因(4月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年4月20日
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新型コロナウイルスの重症化と相関するマーカーが明らかになり、新しい治療方針につながる可能性が生まれているが、例えばフィブリンの分解でできるD-ダイマーが重症例では著明に上昇しており、静脈血栓症が重症化に関わるのではと示唆されている。事実マサチューセッツ総合病院のマニュアルでは出血や腎不全がない限りヘパリンによる予防的抗血栓療法を推奨している(https://www.massgeneral.org/assets/MGH/pdf/news/coronavirus/guidance-from-mass-general-hematology.pdf)。

もう一つ直接治療につながる重症度と相関するバイオマーカーが血中IL-6の上昇で(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32301997/ )、 阪大の岸本先生たちが開発したIL-6に対する抗体で治療効果がみられた症例がわが国を含め蓄積しているようだ。ウイルス感染によるサイトカインストームが重症化の原因と考えると、この結果は納得できるが、様々なサイトカインが分泌されると考えられるのにIL-6を抑えるだけでも十分効果があることは重要だと思う。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はサイトカインストームとIL-6を理解する上でも面白いと思った研究で、急性骨髄性白血病の貧血がIL-6により誘導される可能性を示唆している。タイトルは「IL-6 blockade reverses bone marrow failure induced by human acute myeloid leukemia (IL-6阻害はヒト急性骨髄性白血病により起こる造血不全を正常化できる)」で、4月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。。

急性骨髄性白血病(AML)は、血液幹細胞の病気で、白血病細胞が増加した結果、重度の貧血が起こり、その結果起こってくる出血や感染症が直接の死因になる。このAMLによる貧血の原因については、造血に必要な場所を白血病が占拠するからだろうと単純に考えていた。

この研究ではこの常識を疑い、人間のAMLを免疫不全マウスに注射した時に起こる貧血の原因を探っていった。その結果、

  • ヒトのAMLで、骨髄中の白血病細胞の数と貧血との相関を見ると、ほとんど相関が見られない。したがって、造血の場が失われることが貧血の原因と単純に決められない。
  • AMLをマウスに移植する時、髄外造血の場である脾臓を摘出しておくと、骨髄造血を代償することができなくなる。この実験系でAMLを注射すると、骨髄正常造血が抑えられて、マウスは少数のAMLでも早期に死亡する。すなわち、AMLはマウスの骨髄造血を抑制し、それが死因で死亡する。
  • 試験管内でAMLは造血抑制を誘導する分子を分泌するが、中でもIL-6が造血抑制と強く相関する。
  • IL-6に対する抗体をAML移植マウスに注射すると生存期間が倍加する。

以上が結果で、IL-6に対する抗体だけではマウスを治癒することはできないが、骨髄抑制を正常化して貧血を直せるという結果だ。これは、AMLの病態の一部をサイトカインストームで説明できる可能性を示唆している。確かに、急速に進む白血病ではサイトカインストームと同じ症状が見られることがある。もちろん白血病では感染など他にもサイトカインストームの原因は存在すると思うが、IL-6抗体治療は納得できる選択肢ではないかと思う。

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4月19日 慢性閉塞性肺疾患は幹細胞病?(5月14日出版予定 Cell 掲載論文)

2020年4月19日
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一昨日慢性炎症の一つの典型とも言える変形性関節症の軟骨がメチル化DNAをハイドロオキシ化するTet1の発現上昇による、軟骨の一種のリプログラム病である可能性を示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12821)。このように、慢性炎症は感染や慢性刺激などが誘因になってはいても、最終的にはリプログラムされた細胞が発生してそれが炎症組織を置き換えていくという可能性が示唆されてきた。

今日紹介するテキサス・ヒューストン大学からの論文はもう一つの典型的慢性炎症である慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺に存在する幹細胞の多くがリプログラムされており、それが繰り返す炎症の原因になることを示した研究で5月14日号の Cell に掲載された。タイトルは「Regenerative Metaplastic Clones in COPD Lung Drive Inflammation and Fibrosis (COPDでメタプラジア組織を再生するクローンが炎症や繊維化を誘導する)」だ。

この研究ではCOPDの患者さんの切除肺組織の細胞を培養、クローン性増殖を起こす細胞の遺伝子発現プロフィルから4種類のクラスターに別れることをまず示している。すなわち、肺の再生に関わる増殖能力の高い細胞が4種類存在していることを意味している。もちろん、同じような4種類の細胞は正常組織にも存在しているが、遺伝子発現を比べると、COPD患者さん由来のそれぞれの細胞は、明らかに正常のグループとは異なり、メタプラジア(組織のアイデンティティーが崩れている)に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかった。

それぞれのグループのクローン(患者さん由来)を免疫不全マウスに移植すると、正常のクローンを移植した時にはほとんど見られないメタプラジアが起こり、この性質は細胞を継代しても維持される。すなわち、増殖する幹細胞レベルでのリプログラミングが起こっていることがわかった。

またそれぞれのクローンについてsingle cell trascriptome解析を行い、メタプラジアに関わる特異的遺伝子も特定し、その中からFACSで利用できる表面分子マーカーも開発している。

4種類の増殖性の幹細胞のうち最も興味を引くのがクラスター4と名付けられた幹細胞で、COPD患者さん由来のクラスター4は、炎症を誘導するサイトカインやケモカインの発現が高い。そして、COPD由来のクラスター4細胞をマウスに移植すると、白血球の浸潤を含む強い炎症が起こる。

一方、ホストの線維化を誘導するサイトカインの分泌はクラスター3(扁平上皮へ分化)とクラスター4で強く、それぞれ移植したマウスでは繊維化が誘導されることを示している。

詳細をかなり省いて紹介したが結果は以上だ。要するに、肺の細胞の新陳代謝を担っている幹細胞がタバコの刺激など慢性の刺激によりリプログラムされ、異常組織の再生産を維持しているという話で、前回紹介した変形性関節炎とともに慢性疾患で、細胞がエピジェネティックにリプログラムされていることを示唆している。

とすると、肺の幹細胞を対象に、エピジェネティックな変化を元に戻せないか、変形性関節炎と同じような治療法開発も可能だと思うし、何よりも正常の幹細胞で置き換えられないか、これまでとは全く異なる方向での治療法が可能になるかもしれない。慢性炎症は本当に奥が深い。

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4月18日 爬虫類の温度依存的性決定の仕組み(4月17日号 Science 掲載論文)

2020年4月18日
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脊椎動物の中でも最も地球温暖化によって絶滅が危惧されているのが爬虫類だ。というのも多くの種で負荷時の温度によりオスメスが決定されるからで、卵が産み落とされた環境の温度が例えば上がりすぎると、孵化した個体が全てメスになり、生殖が不可能になる。

温度依存的性決定については興味を持っていたが、論文をフォローしておらず、性決定に関わる何らかの転写因子の温度感受性の問題かななどと勝手に思っていた。今日紹介するデューク大学からの論文はミシシッピーアカミミガメをモデルに、性決定過程の大枠を解明した研究で4月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Temperature-dependent sex determination is mediated by pSTAT3 repression of Kdm6b (温度依存的性決定はリン酸化STAT3によるKdm6bの抑制により決められている)」だ。

線虫から哺乳動物まで、オスの性を決定するマスター遺伝子としてDMRT1が知られているが、このグループはアカミミガメの性決定が、KDM6B:ヒストン脱メチル化酵素によるDMRT1遺伝子発現誘導を軸として行われていることを明らかにしていた。

今回の研究はこの軸を調節する上流の温度感依存的過程に関するものだが、対象となる野生動物の研究上の制限から、可能性の高そうな候補遺伝子を絞って、古典的な手法を用いて研究を行うことで進めている。こうして上がってきたのが、意外なことに通常サイトカインシグナルの下流にある転写因子STAT3で、まずメスを誘導する温度31度でSTAT3のリン酸化レベルが上昇すること、そしてSTAT3がKdm6bヒストン立つメチル化酵素遺伝子に結合していることを明らかにする。

STAT3のリン酸化が高まるのはメスを誘導する温度31度なので、リン酸化によりオスを決定するKdm6b遺伝子が抑えられる必要がある。そこで、STAT3阻害剤を用いてオス決定軸を形成するKdm6bおよびDmrt1の発現を生殖器官で調べると、期待通り発現が上昇する。すなわち、STAT3はKdm6bに結合して抑制因子として働いている。また、STAT3が活性化されメスを誘導する温度でSTAT3阻害剤を卵に注入する実験を行うと、生殖組織をオス型に変化させられることを示している。

最後に、では温度変化をSTAT3のリン酸化へと転換する仕組みについても、細胞内へ温度依存的にカルシウム流入が起こることでSTATA3リン酸化が起こるのではと仮説を立て、実際31度で細胞内カルシウム濃度が上がること、またカルシウムイオノフォア処理により、STAT3がリン酸化されることを示している。

データはここまでで、カルシウムチャンネルの温度依存的変化、細胞内カルシウム増加をシグナルとするSTAT3リン酸化、STAT3によるKdm6b遺伝子の発現抑制、その結果のDmrt1遺伝子発現抑制により、高い温度でメスが誘導されるというシナリオが示された。

まだまだ、温度感受性カルシウムチャンネルの特定、STAT3をリン酸化するメカニズムなど解明しなければならない点は残っているが、あとは時間の問題だろう。候補遺伝子を一つ一つ確かめていくという地道な仕事だが、温度依存的性決定についてはすっきりと整理がついた。

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4月17日 変形性関節症とTET1:意外な取り合わせ(4月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年4月17日
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変形性関節症(OA)は特に高齢女性の運動能力を低下させる最大の原因だが、何十年も使い込めば関節が痛むのも当然と、私たち専門外はあまり興味を持てなかった。しかし、今日紹介するスタンフォード大学整形外科からの論文を読んで、単純に見えて奥の深い、しかも治療可能かもしれない面白い病気であることを認識した。タイトルは「Inhibition of TET1 prevents the development of osteoarthritis and reveals the 5hmC landscape that orchestrates pathogenesis(TET1阻害は変形性関節症を防ぎ、関節症への5hmCの関与を明らかにした)」だ。

おそらくOAの論文を読むのは初めてのような気がする。このグループはもともと人間のOAでゲノム全体に5hmCマークが増えてくることに興味を持って研究していたようだ。全く初耳だが、半月板障害での慢性炎症でDNAメチル化部位がハイドロオキシメチルに変わるというのは意外で、紹介することにした。

これまでの結果を半月板損傷によるOAモデルマウスで確かめ、OAが長引くとともに、ハイドロオキシメチル化(5hm)が進み、その結果1000近くの遺伝子発現が上昇することを確認する。すなわち、5hm化はOAの関節軟骨細胞を特徴付ける所見になる。

ではこれがOAの病理と関わるのか、Tet1ノックアウトマウスを用いてOAを誘導する操作を行い、Tet1が欠損すると、5hm化が抑えられ、それとともにOAの病理が強く抑えられることを示している。これはOAの進行をTet1操作で治療できる可能性を示しており、研究のハイライトと言える。

なぜこのような効果が見られるのか、Tet1ノックアウトにより発現が変化する遺伝子を詳細に調べており、例えば文化に関わるWntシグナルや、マトリックスの調節に関わるメタロプロテアーゼ、あるいは軟骨を守るために必要な転写因子など、遺伝子発現全体をOAの進行を止める方向へ再プログラムできる。この合目的性には驚くと同時に、Tet1とは何かを考えさせられる。私の頭の中でTet分子は、発生やガンのプログラムにとどまっていたが、考え直さなければならない。

いずれにせよ、Tet1はなぜかOA誘導のマスター因子として働いている。とすると、当然これを抑制することでOAの進行を止める可能性が出てくる。この研究ではOA患者さんの軟骨サンプルでTet1ノックダウンが期待の変化を示すことを確認した上で、同じ効果をTet全体の阻害剤2HG でも誘導できることを示している。

そしてマウスモデルで2HG を関節に注射して、OAの信仰を抑制できることを示している。

結果は以上で、慢性炎症で関節軟骨細胞のこれほど大きなプログラム変換がおこり、それにTet1による5hm化が関わるという発見も大変面白いが、それを治せる可能性が生まれたことは、期待できるのではと思っている。

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4月16日 今新型コロナウイルス症状として話題になっている臭いの受容は極めて複雑(4月10日号 Science 掲載論文)

2020年4月16日
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阪神の藤浪投手についての報道以降、新型コロナウイルスの可能性を調べる一つの症状として嗅覚障害が認められ、メデイアでも盛んに報じられている。最近 International Forum of Allergy & Rhinologyにカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表された論文では、インフルエンザ症状を示した中で新型コロナと確定された患者さんの68%が嗅覚障害を示した一方、通常のインフルエンザでは16%で、嗅覚障害は100%ではないが、新型コロナと強く相関することを示していた。

今我が国では一般の感染がどの程度広がっているのか、クラスター対策が限界を迎えてしまったため、わからないという状況になっている。各地域でこれを調べる一つのアイデアがやはり同じ雑誌に紹介されていた。Google Trendを使って嗅覚障害に関わる様々な言葉が何回検索されているのかを調べると、その地域でのコロナウイルス感染者数とgoogle 検索数が高い相関を示すという研究だ。PCR検査を徹底的に行なっているドイツでも相関が見られることから、信頼できる方法ではないだろうか。メディアも、国の調査不十分を非難する前に、自前で様々な検索を行えばいい。前に紹介したように下水のPCR検査(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12703)と合わせれば、原発事故モニター並みの推定ができるかもしれない。

個人的には匂いに関わる単語検索数はかなり使えると思う。というのも、十年以上前私も感冒にかかり、すっかり匂いを失った。幸い徐々に回復したが、面白いことに花の匂い、香水の匂い、ワインの匂いなど良い匂いは回復し、今や前以上にワインテースターになった一方、臭いと言われる匂いは排泄物も含めて全く戻ってこない。介護向きの人間になったのも巡り合わせかと親の介護を待ち構えていたが、この能力を使う間も無く全員亡くなってしまった。

少し余談になったが、匂いを失うと回復するかどうかが不安になる。その結果間違いなく、検索は増える。一般の人にとっては藤浪選手の報道が一つのピークになると思うが、現在の検索数を調べてみるのは絶対おすすめだ。

と前置きが長くなったが、今日紹介したいコロンビア大学からの論文は個々の嗅細胞が様々な臭い物質に反応を示し、細胞の興奮を入り口で調節している可能性を示した論文で4月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Widespread receptor-driven modulation in peripheral olfactory coding (抹消の嗅覚コードの受容体依存性の調節は普通に起こっている)」だ。

この研究では匂いに反応する1万個近くの嗅覚細胞の興奮を、様々な匂い物質にさらして同時観察している。仕掛けは大掛かりだが、目的は単純で、1つの細胞が様々な匂い物質に反応する可能性を確かめようとしている。

これまでのコンセンサスは、それぞれの嗅細胞は原則1つの分子に反応して興奮し、ワインのような複雑な匂いは全て高次の統合で行われるとされていた。ところが、1万個単位の細胞を同時にモニターすると、1個1個の物質に対しては確かに反応細胞は分離しているように見えても、同時に2種類、あるいは3種類の分子に晒すと、1つの分子にしか反応しないと思われていた細胞の興奮がポジティブ、ネガティブな様々な影響を受けることがわかった。

詳細は全て省いて結論だけ紹介するが、匂い受容体は実際には様々な分子と反応することが可能で、興奮の閾値を超えるという点で調べると匂い物質との一対一で対応しているように見えるが、単独では刺激の閾値を越せない分子も受容体の反応をポジティブ、ネガティブに変化させられるということだ。要するに、一つの受容体で、何種類もの刺激に違う反応を示すということで、これは入り口から大変複雑だということを示している。なぜワインの匂いが区別できるのか、到底わかりそうもない。

コロナに戻るが、匂いが戻るまで、嗅覚障害に陥った人はgoogleやYahoo検索を続けるだろう。嗅覚細胞は新陳代謝する細胞なので、必ず回復すると言えるが、自分の経験では完全に元どおりにならなかった。おそらく、この回復過程で素晴らしい匂いを脳に焼き付けることで、ぜひ素晴らしい自分の匂い世界を形成してほしい。この論文が示すように、匂いの受容は入り口から複雑だ。

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4月15日 放射線照射したガンが免疫をすり抜ける仕組み(3月30日 Nature Immunology オンライン出版論文)

2020年4月15日
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昨日紹介した論文からもわかるように(https://aasj.jp/news/watch/12797)、ガン特異的抗原さえ発現しておれば、私たちに備わった免疫機構は極めてパワフルで、それだけでガンを抑えてくれる。このことがわかると、ネオアジュバント治療のように、まずチェックポイント治療を行なったあと外科治療を併用するという戦略が出てくるのは当然だ。

もう一つ期待されているのが、ガンを放射線や抗がん剤でまず傷害して自然免疫を高めておいたあと、副作用のある治療はやめて、チェックポイント治療に切り替える戦略で、昨年トリプルネガティブ乳がんについて調べた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/10264)。ただ、この論文を読んで驚いたのが、シスプラチンのようなプラチナ抗がん剤はチェックポイント治療の前処置として強い効果があるのに、放射線照射は全く効果がない点だ。個人的には、切断されたDNAにより炎症が強く誘導できると考えていた。

今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医療センターからの論文は私が抱いていたこの謎の答えを与えてくれた論文で3月30日号のNature Immunologyに掲載された。タイトルは「Tumor cells suppress radiation-induced immunity by hijacking caspase9 signaling (腫瘍細胞はcaspase9シグナルを取り込んで放射線による免疫反応を抑える)」だ。

放射線照射で免疫反が起こりにくい理由の一つは、なぜか腫瘍細胞の1型インターフェロンの分泌が抑えらるからだと知られていたようだ。このグループは放射線照射後の腫瘍細胞にインターフェロンを誘導できる薬剤をスクリーニングして、カスパーゼ阻害剤のemricasanがインターフェロンα、βともに分泌されるようになることを発見する。 すなわち、ガンが細胞死を調節するカスパーゼシステムをうまく利用してインターフェロンの分泌を抑えていることになる。

そこで、CRISPRを使って様々なカスパーゼ遺伝子ノックアウトを行い、casp9をノックアウトするとインターフェロン産生が戻ること、そしてその結果、放射線照射を受けたガン細胞に対する免疫反応が誘導され、ガンを消滅させられることを明らかにしている。

以上がこの研究のハイライトで、あとは

  • 放射線によりミトコンドリアDNAが上昇し、これを感知して自然免疫系が活性化されるが、この経路をcasp9は抑制している。
  • インターフェロンは、ガンのPD-L1発現誘導に必要で、これが阻害される放射線治療ではチェックポイント治療が効かなくなる。
  • Casp9を抑制して放射線照射したガンは、チェックポイント治療に高い感受性を示す。
  • Emricasanを放射線照射とチェックポイント治療に併用すると、ガン抑制効果が上がる。

などが示されている。

状況に応じて細胞の死に方を調節するカスパーゼシステムを逆手に取った、ガンの巧妙な戦略といっていいが、放射線がなぜチェックポイント治療と相性が悪かったのかよくわかった。もしこのシナリオが正しければ、放射線照射したガン局所に、インターフェロンを投与できれば、チェックポイント治療の有効性を高められると思うのだが、それが示されなかったのは残念だ。ぜひ検討してほしい。

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4月14日 免疫チェックポイント阻害によるネオアジュバント治療(4月6日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年4月14日
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現在乳ガンなど多くのガンでネオアジュバント治療が行われている。これは、手術前に放射線や抗がん剤を投与して、ガンをあらかじめ叩いておいた後、手術で切除する方法だ。この方法の有効性は様々なガンで確かめられており、放射線や化学療法というと、手術不能の場合の治療としていた従来の考えが大きく変わっていることを意味する。

もしステージが進んだ後でも効果のある治療法を前に持ってくることが高い効果を示すなら、オプジーボのような免疫チェックポイント治療も同じように手術前に持ってきてもいいはずで、まだ試験段階とはいえいくつかのガンでは効果が確かめられている。この方法のもう一つの利点は、必ず組織を切除するため、ガンに対する免疫反応の状態を組織上で確認できることだ。

今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文はステージ3までの大腸ガンでCTLA4とPD1に対する抗体を組み合わせたチェックポイント治療の高い有効性を示す研究で4月6日Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neoadjuvant immunotherapy leads to pathological responses in MMR-proficient and MMR-deficient early-stage colon cancers(ネオアジュバンタ免疫治療はMMRの発現を問わず初期段階の大腸ガンに対する免疫を誘導する)」だ。

タイトルで MMRと書かれているのはミスマッチ修復機構のことで、複製時のエラーを修復する機構が正常なガン(pMMR)と、低下しているガン(dMMR)を区別して治療効果を比べている。これまでの研究で、MMRが低下すると、ガンの突然変異の数が増え、結果ガン抗原の数が増えて免疫反応が起こりやすいことが示されてきた。

実際にはプロトコルにCox阻害剤まで入っているので、わかりにくいプロトコルだが原則はCTLA4に対する抗体とオプジーボを1回、2週間後にオプジーボだけ1回投与し、あとは手術だけで治療している。従って、未治療の患者さんで抗体治療がどの程度効果があるか、その時の組織反応はどうかが明らかになる。

結果は驚くべきもので、MMRが低下して突然変異が多い(実際に調べている)ガンではほとんどで腫瘍が8割以上縮小し、切除後の組織でガンの縮小をはっきりと確認できる。一方免疫療法が効きにくいとされている修復正常のガンでが完全寛解は2人しかないが、多くで一定の縮小は認められ、さらに進行はしていない。

それぞれのグループの切除組織の免疫状態を調べると、CD8T細胞の数の上昇はdMMR群で強く、効果と相関していることがわかる。他にも、これまでガン抑制活性と相関するとされている分子マーカーも詳しく調べているが、大腸ガンの場合CD8陽性 PD-L1陽性の細胞が最も臨床効果と関連することを示している。

しかし全般に低いとはいえ、pMMRグループでもCD8T細胞は上昇しており、一定程度の免疫反応が起こっていることは想像される。これをさらに確認するため、試験管内で形成させたガンのガン細胞組織に対する自己T細胞免疫反応まで調べ、臨床的には反応が見られなかったケースですら、一定のガンに対する免疫反応が起こっていることを明らかにしている。

以上が結果で、まずMMRが低下している場合、ネオアジュバント治療は今後の標準になる可能性を示唆する。末期に使用するのと異なり、2回注射だけで高い効果があり、経済的にお安上がりだろう。また、問題となる副作用もこの投与法ではまずでない。

問題はMMR正常群だが、それでもガンに対する免疫は成立しているようなので、今後プロトコルを変えて(例えばTGFβもブロックする)ネオアジュバント治療を行うことも考えられると思う。 今後長期予後が示されるまで結論は保留だが、それでも将来標準になる新しいプロトコルが生まれた実感がある。

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4月13日 自然免疫と脳発生(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月13日
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発生過程は最もDNA複製が活発な時期だが、活発であるということはDNA複製時のストレスによるDNA損傷が頻発する時期でもある。この時DNA損傷は修復されるが、それと同時に修復しきれない細胞は細胞死により除去される。問題はこの時どのように細胞が死ぬかで、これまでなんども紹介したように細胞の死に方は、組織や個体の混乱を引き起こさないよう行われる必要があるが、だからと言ってアポトーシスのように、常にひっそりと死ぬのがいいわけではない。当然死骸の処理も必要で、周りの細胞に警告を出す必要のある場合もある。

今日紹介するバージニア大学からの論文は神経発生時のDNA障害を起こした細胞はどのように死んでいくのか調べた研究で4月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「AIM2 inflammasome surveillance of DNA damage shapes neurodevelopment (AIM インフラマソームによるDNA障害のサーベイランスは神経発生に必要)」だ。

この研究では最初からアポトーシスではなく、ピロトーシスを誘導するカスパーゼ1を活性化する時に形成されるインフラマソームと呼ばれる刺激分子複合体が、複製ストレスで生じたDNA障害で誘導されるかに焦点を当てて調べている。期待通り、DNA傷害が最も多く蓄積する生後5日目にASC分子を含むインフラマソームが形成された細胞が散見されることを確認する。

次にこのインフラマソーム形成に関わる遺伝子をノックアウトすると、インフラマソームは形成されない。そして驚くことに、生まれたマウスは強い不安神経症を示すようになる。しかし、記憶や認識などの他の神経機能は正常のまま残る。すなわち、インフラマソームの形成は、マウスの正常神経回路発達に必須であることが示された。

次に脳内のインフラマソーム形成過程に関わる分子を調べ、AIM2がDNA切断部位を認識しインフラマソームを形成することでカスパーゼ1を活性化することを明らかにしている。とするとピロトーシスが起こるわけで、サイトカインが分泌され周りに迷惑がかかりそうだが、確かにIL1やIL8が分泌されるが、これらの遺伝子をノックアウトしても、マウスの行動異常は発生しないことから、神経発生の現場ではなんの作用もないと結論している。

そして、カスパーゼはガスダーミンDに働き、細胞死を誘導することで、傷害の強い細胞を除去することで、最終的に神経回路形成を円滑に進めていることを示している。

結果は以上で、発生時にピロトーシスも動員されているが、サイトカインは発生時ほとんど役割を持たず、ピロトーシスも、アポトーシスと同じようにひっそりと細胞は死ぬという結論になる。ただ、気になったのは、どうして神経細胞全体でピロトーシスをブロックして、不安神経症だけが現れるかという点だ?うまく研究すると、不安神経症を示す発達障害を理解できるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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