5月13日 ワクチン開発に協調が必要なわけ(Nature Medicine オンライン掲載論文)
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5月13日 ワクチン開発に協調が必要なわけ(Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年5月13日
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新型コロナのインパクトから解放される切り札として、ワクチン開発に世界中の企業や研究機関がしのぎを削っている。しかし今回ばかりは、競争だけでなく、世界的な協調が必要だと思う。もちろん一度の注射で間違いなく免疫ができるプロトコルができれば万々歳だが、多くの免疫学者は懐疑的だろう。では冷ややかに、「ワクチンに過度の期待を寄せない様に」などと他人事では済ませられないのが今回のコロナだ。この場合、一つのタイプワクチンより、いくつかのワクチンを組み合わせたほうがいい場合がいくらでも考えられる。そのためには、調べる項目を共通化し、データを開示して、必要なら異なる形態のワクチンを組み合わせて、次の流行に備えることが重要になる。

今日紹介するスタンフォード大学、エモリー大学、ミネソタ大学が共同で発表した論文はそんな協調の例ではないかと思う。タイトルは「T cell-inducing vaccine durably prevents mucosal SHIV infection even with lower neutralizing antibody titers (T細胞誘導性のワクチンは抗体価が低い場合もSHIVの粘膜感染を防ぐ)」だ。

インフルエンザにしても、デングにしても、麻疹や黄熱病の様に一度で一生免疫ができるワクチンは完成していない。これは、免疫した抗原に対する記憶が維持できていないからだ。今、コロナでも、感染者で抗体が低下することが問題にされているが、いつまでも抗体が維持されるほうが問題で、いつかは低下する。しかし、抗原に反応できる記憶細胞が体に潜んで、次の反応で迅速に活性化できることが重要になる。

この研究はワクチン開発が全く成功していないエイズのモデルとして、猿のエイズウイルスに対するワクチン開発を目指している。おそらく、この研究に集まった各グループは、異なる様式のワクチンを独自に研究していたのだと思う。ただ、単独では最終的に長期効果のあるワクチンが得られなかったのだろう。そこで、ウイルスのエンベロップが3量体になったタンパク質と強力なアジュバントで抗体を誘導することがわかっているワクチン(以後SOSIPと呼ぶ:この様式も極めてハイテクでナノ粒子まで用いている)に、同じgag遺伝子を組み込んだ3種類の異なるベクター(3種類混合と呼ぶ:VSVウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、そしてアデノウイルスベクター)を全て合わせることで高い免疫誘導が可能か調べている。まさに、協調の賜物と言える論文だ。

さらに驚くのはワクチン投与法で、一年以上にわたって4回投与を行い、その間に3回、3種類混合ワクチンを静脈注射している。

多数の猿を用いて、詳しくデータが取られており、データの詳細は全て割愛する。結果だが、中和抗体誘導という面では、SOSIPで十分で、319倍以上の抗体価があれば、膣からの感染を防ぐことができる。しかし、抗体価が319倍より低下すると、SOSIPワクチンだけでは不十分で、三種混合を静脈注射したグループのほうが感染を防げる。

最後に抗体価が低下した一年半後の抵抗性を調べているが、SOSIPと三種混合を併用したケースは高い感染抑制効果があった。ただこれだけしても長期効果実験では、7割しか感染防御が達成できていないことも指摘しておきたい。

結果は以上だが、いくつかのワクチンを、しかも繰り返し免疫することで、これまで難しかったエイズに対するワクチンもできるかもしれないという結果で、協調の重要性を示している。

ワクチンの場合、達成したいゴールは長期間維持できる記憶細胞とはっきりしている。新型コロナの場合、すぐに来る第二波に対しては、ともかく高い中和抗体を誘導するワクチンで対応するしかないだろう。しかし、その間にも長期間続く記憶細胞を誘導する組み合わせやプロトコルを追求することは重要だ。その意味でも、動物実験はできれば同じプラットフォームで行い、ボランティアでの免疫実験で調べる項目を共通化しておくことで、ぜひ将来の協調を見据えた開発を望む。

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5月12日 肥満が膵臓ガン発生を促進するメカニズム(5月14日号 Cell 掲載論文)

2020年5月12日
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肥満は様々な代謝病だけでなく、多くの病気に直接間接に関わることが知られている。例えばようやく収束の兆しが見えてきたCovid-19でも、感染率、重症化率ともに、肥満の人が多い。ただ、この原因についてはわかっていない。一方、乳ガンも肥満により促進されることがわかっているが、閉経後の女性で肥満によりエストロジェンが上昇することが知られており、これが最も重要なメカニズムだと考えられている。

同じように代謝に最も関わるすい臓ガンについても肥満がリスクファクターであることが知られており、インシュリンやインシュリン様増殖因子などがすい臓ガンの増殖を助けることが示唆されてきた。今日紹介するMITからの論文はこれまで想定されてきた増殖因子とは異なる分子が肥満とすい臓ガンを結びつけることを明らかにした、ちょっと考えると恐ろしい研究で5月14日号のCellに掲載された。タイトルは「内分泌―外分泌シグナルが肥満と相関するすい臓ガン発生を促進する」」だ。

この研究ではレプチンが欠損したob/obマウスを用いているので、一般的肥満との関係があると決めていいのかどうかはわからないが、自然膵臓ガン発生マウスとかけ合わせると、驚くことにガンの進行が1.5倍ぐらい早くなる。逆に、レプチン遺伝子をアデノウイルスベクターを用いて発現させると、すい臓ガンの発生が半分ほどになる。

この差について、様々な可能性を検討した結果、これまで示唆されていた様な炎症、インシュリン、IGFなどの直接関与は認められず、最終的にsingle cell transcriptome解析の結果、普通は膵臓では発現していない腸内ホルモンの一つコレシストキニン(Cck)が膵島で発現することを発見する。

あとはβ細胞にCckを発現するマウスを作成し、今度は肥満とは関係なく、膵臓ガン発生が促進されることを示している。

なぜ肥満によりCckの発現が上昇するのかについては、肥満によるマクロファージが分泌するPDGFがCckを誘導する可能性などを示唆しているが、明確にはなっていないといえる。しかし、人間の膵島でも肥満の人ほどCckの発現が高いことを示しており、もともとCckは膵液分泌誘導にも関わっていることから、慢性的にCckが分泌され続けることによりすい臓ガンリスクが高まることは納得できる。

結果は以上で、Cckだったという点で少し拍子抜けだが、しかし肥満が万病の元であることはわかった。ただこれがわかっても、なかなか肥満からは抜け出せない。

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5月11日 ウイルス性肺炎に伴う樹状細胞の変化(6月16日号 Immunity 掲載予定論文)

2020年5月11日
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現在新型コロナに対して唯一有効性がはっきりしているのは、免疫反応で、このおかげでほとんどの人が風邪程度で終わる。すなわち、新型コロナに対してうまく免疫ができた人は感染しても助かる。このことを一般に伝えるために、最近専門家もやたらと「免疫力」を高めるという言葉を簡単に使っているのが気になる。もちろん専門家は免疫状態がいかに複雑で、その人為的操作がどれだけ難しいかわかっているのだが、それらを全てスキップして、例えば抵抗力を高めるというところをより具体的に免疫力などといってしまう。この誤解の先に、ありとあらゆる思いつきの治療が許されることを肝に命じる必要がある。ようやく、ウイルスに対する免疫反応と、サイトカインストームが理解され始めたいまこそ、免疫操作の難しさをしっかり理解してもらうチャンスだと思う。

今日紹介するベルギーのゲント大学からの論文はウイルス性肺炎に対する初期免疫過程に関わる樹状細胞(DC)についての研究で、小児で1%ぐらいが重症化するRSウイルスを用いているが、新型コロナの理解にも役立つと思い紹介する。タイトルは「Inflammatory Type 2 cDCs Acquire Features of cDC1s and Macrophages to Orchestrate Immunity to Respiratory Virus Infection (RSウイルスに対する免疫反応を炎症によりDC1の性質を獲得したDC2が調節する)」だ。

この研究はRSVを感染させた時、ウイルスの抗原提示に関わる樹状細胞(DC)がどのように変化するのかを調べている。データが膨大なので、わかりやすいようにまとめてしまうと次のようになる。

  • 感染前には存在しない新しいタイプのDCが感染によって現れる。
  • もちろん感染によりマクロファージや白血球が血管を通して感染部位に集合するが、新しいタイプのDC(新DC)はDC2細胞から局所で新たに誘導される。
  • 新DCはDC2由来だが、DC1の性質も併せ持つ、一種のスーパーDCで、Fc受容体の発現が高く、抗原を細胞内に取り込む。また、ウイルス感染から回復したマウスの血清は抗原の取り込みを促進する。
  • MCH抗原の発現が高く、局所リンパ節に移動する性質を持ち、CD8,CD4両方のT細胞免疫を強力に誘導できる。
  • 新DCは炎症で誘導される1型インターフェロン、インターフェロン受容体1/2、JAK1、 STAT1,、IRF8とシグナルが伝達されることにより誘導される。

以上が結果で、炎症により免疫誘導システムが完全にプログラムされ直して、免疫反応を速やかに誘導する体制ができていることがよくわかる。

さて、この結果をコロナに当てはめて考えてみるといくつか面白い点が見えてくる。まず、この新DCの誘導が人間でも正しいとすると、1型インターフェロン依存的であることから、STAT1の核内移行を阻害するコロナでは、肺でのウイルス量が上昇し始めると、この経路が抑制される可能性がある。とすると、免疫誘導可能な時間がかなり制限され、T細胞免疫はできにくい可能性がある。この結果、感染細胞を叩く活性が下がり、重症化に至る可能性がある。もしそうなら、初期に1型インターフェロンを肺局所に補充することは効果があるかもしれない。

一方、この細胞はウイルス受容体とは別にウイルスを細胞に取り込む活性がある。ただ、リンパ節へと移動することから、抗体依存性増強の原因細胞ではないように思う。とすると、局所に集まった好中球のFcを介するウイルス感染はぜひ調べる必要がある。

免疫反応はこれほど複雑だ。とすると、ワクチン開発や、抗体治療開発には、日本の優秀な免疫学者全員の知恵が集まることが重要だ。ワクチンという実験的感染により誘導される免疫反応を詳細に解析する時、優れた免疫学者がワクチンプロジェクトに参加することは必須だ。single cell transcriptomeなどそのための方法論はすでに数多く開発されている。また実験でなくても、知識で参加することも重要だ。免疫操作法の開発は常に、急がば回れが鉄則だ。免疫力などと一言で片付けたら、後で大きなしっぺ返しが来ることを覚悟すべきだ。

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5月10日 相分離による病気(5月28日号 Cell 掲載予定論文)

2020年5月10日
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昨日に続いて、意外な相分離研究の新しい方向性を指し示す研究を紹介する。

トリプレットリピート病はタンパク質をコードする遺伝子の特定のトリプレットの数が増大する結果起こる病気で、よく知られているのはハンチントン病や脊髄小脳変性症のような神経疾患だが、ポリアァニン病の中には多指症のような発生異常の原因になるものもある。

なぜリピートが問題なのかに関しては、ポリグルタミンのようにリピートが長いとタンパク質が沈殿して発生する細胞毒性を中心に考えられてきた。ところが、今日紹介するベルリンにあるマックスプランク分子遺伝学研究所からの論文は、アラニンリピートは正常タンパク質との相分離の性質の違いの結果多指症の原因になっていることを確かめた面白い研究で5月28日号Cellに掲載予定だ。タイトルは「Unblending of Transcriptional Condensates in Human Repeat Expansion Disease (人のトリプレットリピートの増大は転写因子濃縮機能単位への混合を阻害する)」だ。

この研究ではホメオボックスタンパク質の一つHoxd13のアラニンリピートが中程度に増加すると、この分子が関わる指の発生異常=多指症がおこる原因の特定が目的だ。このアラニンリピートの場合、リピート数は多くても14程度で、ポリグルタミンと異なり沈殿が起こるとは考えられない。

相分離にはタンパク質同士の相互作用を起こすIDRと呼ばれる部位の存在が必要だが、アラニンリピートが存在するN末領域がHoxd13のIDRになることが示唆されるので、昨日の論文でも使われた定番、IDRを蛍光物質に結合させ、さらに光で活性化されるCRY2分子を結合させることで、光をあてると相分離が誘導される系を用いて、Hoxd13IDRの相分離活性を調べるている。と、期待通り、Hoxd13は相分離を起こすが、リピートが増えるにしたがって、相分離能力が高まる。

相分離が高まる=発生異常なので、相分離により本来の転写機能が阻害されると考え、同じように相分離により多くの転写分子を集合させることが知られているMediatorタンパク質との結合が相分離でどう変化するか調べると、リピートが多いほどMediatorタンパク質の相分離体から排除されてしまうことがわかった。すなわち、Hoxd13だけが相分離してしまって、転写活性に必要なMediatorと合体できなくなることを明らかにする。

実際そんなことが発生途上で起こっているのか、手指形成途上で細胞核を観察すると、リピートの多いHox13dはMedicatorの相分離した小滴から分離している。この結果、指の発生に関わる様々な細胞の転写が変化することをしめし、Hoxd13の機能が阻害され、多指症が起こると結論している。

驚くことに、他のホメオボックスや、RUNX, TBPなど他の転写因子でも同じことが起こることも示されており、リピート病の全く新しい方向性を示す画期的研究だと思う。しかし、身体中で相分離が起こっていることを知ると、これを調節する生命の情報と進化のアルゴリズムの偉大さに圧倒される。

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5月9日 多分子の相互作用による相分離(5月6日号 Nature 掲載論文)

2020年5月9日
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今週NatureとCellにちょっと変わった相分離についての論文が発表されていたので紹介することにする。

個人的に相分離という現象に興味を抱くのは、物理化学法則が生命の情報とアルゴリズムによりどのように生物に同化されるかという点だ。相分離にしても、あるいは生物に現れるチューリング波にしても、生命が物理法則に従っているという例としてみられることが多い。宇宙の中の存在である以上、私たちが物理法則に支配されないことはない。しかし、生命の情報とアルゴリズムは、物理世界に生命という全く新しい因果性を発生させた。この力で、生物はうまく物理法則を使えるよう情報を書き換えてきた。概日周期は地球の自転をゲノム情報に取り込んだ例だ。相分離研究は同じように、物理化学法則をどう情報に同化していったか理解する格好の材料だ。しかも、完全な生命が生まれる前、情報とアルゴリズムが生まれようとしている太古の化学にも関係していると思う。なぜこんなふうに思うのかについては、ジャーナルクラブにアップしている情報の誕生についての講義を見てほしい(https://www.youtube.com/channel/UC1WeyfqdOM5GYCm7QObRpjQ/featured)。

少し前置きが長くなったが、今日紹介するプリンストン大学からの論文はリボゾームが作られる核小体の形成と機能を支配している相分離を局所平衡熱力学的に解析した論文で5月6日号のNatureに掲載された。タイトルは「Composition-dependent thermodynamics of intracellular phase separation (細胞内での相分離の構成成分依存的熱力学)」だ。

断っておくが、原理はよく理解できるが、熱力学自体の扱いや測定については全く素人で、個人的には気にせず読んでいる。

さて、これまで紹介してきた相分離は、相分離能力を進化の過程で獲得したタンパク質が、一定の濃度に達すると急に互いに反応して、周りの液相から分離するという現象で、流れの中の渦のように新しい分子をリクルートできる安定した構造を作る。

核小体をみたときマトリックスになっているNPMは試験管内で一定の濃度で相分離するが、細胞の中では濃度とともに相分離の閾値も変化する。おそらくこの点については多くの研究者も観察していたと思うが、このグループはこれが核小体という相分離した構造の中に存在する他のタンパク質であるとにらみ、NPM, SURFそしてrRNA(様々な大きさ)の3者が絡み合った時の相分離の熱力学的解析を行っている。

誤解を恐れずザクっと結果をまとめると、濃度だけで決定される相分離と異なり、相分離構造自体がよりダイナミックになり、その結果分子がついたり、離れたりすることが可能になることを示している。特に、まだ完成していない短いrRNAと完成した大きなrRNAを比べると、短い方が相分離に寄与し、完成すると液相からはじき出されることを示している。

すなわち、核小体という相分離構造も、その維持は構成成分に強く依存しており、この熱力学的性質を利用してリボゾームのアッセンブリーと排出が行われていることを見事に示している。

物理化学が生物現象に同化されることで、構造内の動態が絵に描いたように理解できるようになる素晴らしい例だと思う。リボゾームは、おそらく完全な生命体が誕生する前にも、生命の元の元として存在したように思っている。おそらくまだ細胞膜もなかったかもしれない。相分離はおそらくこの時代の生命の萌芽を理解するためにも極めて有用な現象だと思う。

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5月8日 抗ヘビ毒キレート剤とコンパッショネート使用(5月6日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年5月8日
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昨日、ポストコロナを支える治療について書いた記事の中で、パンデミックでは原理の解った薬剤のコンパッショネート使用を行いながらも、科学性を確保するための新しい理論的枠組みが欲しいと述べた。実際、今でも通常の治験プロセスを踏めない対象もある。

そんな例の一つが毒蛇に噛まれた時に使う薬剤ではないだろうか。現在ヘビ毒に対しては抗血清が用意されており、おそらく現地の診療所では用意できているのだろう。ただ抗血清でも、開発段階で無作為化試験を行っているのだろうか。もちろん動物実験は徹底的に行っていると思うが、おそらくヘビに噛まれた人を前にインフォームドコンセントもあるまい。おそらくコンパッショネート仕様の中から現在の状況があるように思う(これは勝手な想像)。

私の経験から言えば、常にヘビ毒の抗血清を携行しているガイドがいるようには思えない。おそらく病院やロッジまで担ぎ込まれて治療になるのだろう。抗体は高価で、熱帯で携行できるといった類いのものではない。とすると、抗体にたどり着くまで噛まれた場所で処置可能な方法の開発が望まれる。映画の定番は、傷口を噛んで血を吸い出すことだが、どの程度効果があるのか、これも検証されているのだろうか。

今日紹介する英国リバプール熱帯研究所からの論文は、抗血清ではないヘビ毒の効果を軽減する薬剤の開発の話で5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Preclinical validation of a repurposed metal chelator as an early-intervention therapeutic for hemotoxic snakebite (血液毒性を示すヘビ毒に対する初期治療に金属キレート剤を使用する可能性の前臨床検証)だ。

通常ヘビ毒は複数の生理活性物質からできているが、ハブ毒で言えば出血を誘導する金属プロテアーゼ、溶血や細胞のネクローシスを誘導するフォスフォリパーゼ、凝固を抑えるレクチン、補体活性化のセリンプロテアーゼなど、それぞれ特異的酵素活性を持つ。

この研究では、この中の金属プロテアーゼの活性を、必要な金属を除去することで抑制することで、噛まれた時に直ぐに処置して究明する薬剤の開発を目的としている。

対象としてはアフリカ、インドに生息するノコギリヘビ属の金属プロテアーゼだが、ハブにも通用する結果かもしれない。いずれにせよ、酵素活性阻害なのでスクリーニングは簡単だ。この結果、2種類の金属キレーターを選び出しているが、最終的にはすでに水銀中毒などを対象に認可されているDMPSが選び出された。

あとはマウスを使って、ヘビ毒の注射と同時に投与した時の効果、一定時間後の効果、そして緊急処置として行ったあと、抗血清療法を合わせた時の効果など、様々な状況で効果を確かめ、最終的に、ヘビに噛まれたらすぐに経口投与でDMPSを服用、その後1時間ぐらいで抗血清を投与すると、多くのヘビ毒に対して救命できることを示している。

すでにセリンプロテアーゼの薬剤は開発されているが、おそらくDMPSは極めて安価で開発途上国の人にもすぐに提供できるだろう。アフリカやインドの人たちの命が救われる可能性を示した重要な研究だと思うが、次の段階はやはりコンパッショネート使用になると思う。

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5月7日 近眼の遺伝子は奥が深い(Nature Genetics 4月号掲載論文)

2020年5月7日
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高校時代ラグビー部の練習が終わりにさしかかった夕暮れ、ハイパントのボールを追いかけた時、ボールがボケていることに気づいて、以来メガネが友となった。その後50歳を越した頃、今度は食べようとするご飯粒がボケいるのに気がついて、以来遠近両用のお世話になっている。これは日本人の半分近くが経験する物語で、視力1以下となると高校生の7割近くが当てはまるらしい。

今日紹介するロンドンキングスカレッジを中心に多くの研究室が共同で発表した論文は、50万人以上のゲノムデータを集め、近眼の発生と相関する変異を持つ領域を特定しようとした研究で4月号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Meta-analysis of 542,934 subjects of European ancestry identifies new genes and mechanisms predisposing to refractive error and myopia (542,934人のヨーロッパ人のメタゲノム解析により屈折障害と近眼につながる遺伝子とメカニズムが特定される)」だ。

近眼が生存にとってよほど有利な性質でない限り、これほど多くの人が近眼になるリスク遺伝子が少ないはずはない。また、生活習慣の重要性も当然と思っていたので、どの程度の数の多型が近眼に関係するのか?興味深い研究だ。と読み始めて、様々なデータベースを全て集めたかなり正確な解析によって、なんと449の遺伝子領域の変異が近眼と相関していることに度肝を抜かれた。

普通疾患多型データはマンハッタンプロットのような実際のデータが示されるのだが、これほど相関領域が多いと複雑すぎてデータがわかりにくいので、染色体地図上に優位に相関した領域を書き入れている。実際に見てもらわないと実感はないと思うが、Y染色体を除く全ての染色体に相関領域はまんべんなく分布している。

通常統合失調症や自閉症などのような高次機能の異常は多くのゲノム領域の相関が見つかるが、おそらくそれ以上だ。すなわち近眼は極めて奥の深い性質であることが明らかになった。

実際相関する領域にある遺伝子を見てみると、角膜やレンズだけでなく、網膜の構造や発達に関わる遺伝子を皮切りに、シナプス伝達に関わる遺伝子まで、これまで目の遺伝病に関わることが知られている様々な遺伝子との相関が浮き上がってくる。

個人的に興味が惹かれたのは、メラニン合成など色素に関わる遺伝子との壮観で、例えば光の量の小さな変化が積もり積もって近眼を誘導することは十分考えられる。

最終学歴と相関する遺伝子が近眼にも相関することは、勉強のしすぎが近眼を作るという話を裏付けているようにも思う。

これ以上紹介はやめるが、視力が我々の感覚の大きな部分を占め、1日15時間以上目を酷使しておれば、構造や昨日の少しの変化が、近眼となって現れることは十分理解できる。しかも、今回発見されたマーカーでは高々20%の遺伝性しか説明できないとなると、近眼とは人間の生活そのもので、奥が深いことがよくわかった。

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5月6日 着実に進むガンゲノムのカタログ化(3月号 Nature Genetics 掲載論文)

2020年5月6日
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少し紹介が遅れたが、3月号のNature Geneticsでは、これまで積み上がったガンゲノムや様々なオミックスデータを、様々な視点から整理し直す論文が掲載されていた。タイトルを拾うと、1)ガンで見られるクロモスプリシスのゲノム配列解析、2)ガンのミトコンドリアゲノム、3)ガンに見られるクロマチンの異常、4)ガンで見られるレトロトランスポゾンの遺伝子再構成、そして5)ガン関連ウイルスのゲノム解析だ。

国際コンソーシアムでは、ガンの原因になる全ての変異とその意味をカタログ化することを目指しており、今も収集されるガンゲノムの数は増えていっているが、今回一度に公開された論文は、このカタログの索引を作るための試みと言っていいだろう。カタログを使うためには最も重要な作業になる。

今回はこの中からドイツガンセンターを中心に集まった国際コンソーシアムによるガンウイルスについての研究を紹介する。タイトルは「The landscape of viral associations in human cancers (ヒトガンに関わるウイルスのカタログ)」だ。

研究では2558人のガンサンプルと正常組織の全ゲノム解析、およびガンのトランスクリプトーム(遺伝子発現マップ)を行い、この中から発ガンと関わりそうなウイルスゲノムを、いくつかのアプリケーションを用いて拾い出し、カタログ化することが目指されている。

結論的に述べると、特に新しいことは報告されていないと思う。すなわちそれぞれのガンについて発ガンとウイルスの関係が詳しく研究されており、全ゲノム解析を導入したことで何かが急に変わるわけではない。ただ、カタログの索引を作ったという面では高く評価できると思う。

詳細を省いて個人的に面白いと思ったことだけ列挙しておく。

  • どうしても関係のないウイルスゲノムがサンプル処理の間に入り込む。これをモニターするため、サンプルが処理された日付を記載しておけば、コンタミの場合、サンプル調整日時と関連することがあるので特定できることがある(極めてハイテク研究だが、ローテクの工夫も重要ということ)。
  • 13%のガンで23種類のガン関連ウイルスが発見できる。このなかでトップ3は、EBウイルスの仲間、B型肝炎の仲間、そしてパピローマウイルスで、これまでガンウイルスとして最も研究が進んでいる。
  • マウス乳がんで有名なMMTVは腎臓がんで1例だけ発見されたが、人間のガンウイルスとしての危険は少ない。他にもCMVやRoseolovirusのようにヒトガンとの関係が疑われたウイルスは多いが、今回の研究では従来指摘された可能性は否定できる。
  • B型肝炎ウイルスはほとんどの肝臓ガンと関連しており、CTNNB1, TP53, ARID1Aの変異が同時に見られる。このような特定の変異との共存はパピローマウイルスでも見られる。
  • 内因性のレトロウイルスの活性化の検出は難しいが可能で、腎臓がんのように予後と強い相関が見られるケースがある。
  • ヒトパピローマウイルスのようにゲノムに挿入され発ガンに関わるウイルスとガン遺伝子の関わりのカタログ化ができるが、特定の遺伝子発現への影響だけでなく、例えば挿入部位前後で遺伝子変異が高まることが認められ、今後重要な課題になる。
  • 全く新しいガンと関連しそうなウイルスがいくつか特定されたが、特定のガンに関わるものは見つからない。

繰り返すが、基本的にはこれまでわかっていることが確認された研究だ。ただ、今回集まった数種類の索引は、ガンゲノムを理解するガイドとして役立つことまちがいない。

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5月5日 授乳によって糖尿が抑えられる(4月29日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年5月5日
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当たり前のことだが妊娠は体の代謝を大きく変化させることから、女性には大きな負担を強いる。特に、インシュリン抵抗性が高まることから、妊娠を繰り返した女性は、糖尿病のリスクが高くなる。しかしうまくできたもので、授乳を続けることでこのリスクが軽減されることも知られている。

今日紹介する韓国のKAISTからの論文はこのメカニズムをマウスモデルを用いて解析した研究で4月29日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lactation improves pancreatic b cell mass and function through serotonin production (授乳は膵臓β細胞量と機能をセロトニン合成を通じて改善する)」だ。

まず出産後授乳で子供を育てた女性と、授乳しなかった女性を対象に、出産後2ヶ月、および3.6年でブドウ糖負荷試験などを行い、2ヶ月目ではほとんど差がないのに、3.6年目には大きく耐糖能が改善していること、そして様々な指標から、この改善は膵臓ベータのインシュリン分泌機能が改善したことによることを明らかにする。

ここまでが人間での研究で、あとはマウスを用いた研究を行い、

  • 授乳によりβ細胞の量が増加し、インシュリン分泌能が上がる。
  • この効果は、プロラクチンによりセロトニンのβ細胞内合成誘導に起因する。
  • β細胞でのセロトニン合成を阻害すると、授乳の効果はなくなる。
  • セロトニンはインシュリン合成に伴い合成される活性酸素を直接賦活化することでβ細胞を守る。

と結論している。

拍子抜けするほど単純な話だが、これが本当だと、β細胞のセロトニン合成能力を誘導してβ細胞を守る可能性が生まれるように思う。実際実験では、アロキサンのようなβ細胞毒からセロトニンが細胞を守ることを示しているので、1型、2型ともにこのルートで病気を抑えられるか研究が進むことを期待する。

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5月4日 光の量を測る視覚システム(5月1日号 Science 掲載論文)

2020年5月4日
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私たちの脳の多くの領域は視覚の処理に向けられている。パソコンに向かっている自分の脳を考えてみるだけでも、当然のことだと思う。いつも驚くのは、極めて大きなダイナミックレンジを持つ光の量を、的確に調節している点で、これが形の認識と同じ回路でできるわけはない。実際には、光の量を感じて瞳孔の調節を行い、視覚にとっての最適な光量を維持することが重要になる。このプロセスに、光を直接感じることができる網膜ガングリオン細胞が重要な役割を演じていることはこれまで何回かこのブログでも紹介してきた(例えば:https://aasj.jp/news/watch/7543)。

今日紹介する米国ノースウェスタン大学からの論文は光を感じるガングリオン細胞(RGC)に関する研究で、5月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A noncanonical inhibitory circuit dampens behavioral sensitivity to light (特別な抑制回路が光に対する行動の感受性を低下させている)」だ。

メラノプシンなど光を感じる粒子を持っているRGCは、光を感じて他の神経を活性化する興奮性神経として研究されてきた。ただ、視覚には必ず抑制性の回路が必要であることが知られており、RGCにも同じように抑制機能を持つ部分が存在するのではないかと着想し、調べたのがこの研究だ。

抑制性RGCを特定するために、GABA合成に関わる酵素Gad2陽性のRGCを、遺伝子操作を用いてラベルし、抑制性RGCが存在するのか?投射する脳領域はどこか?について検討し、間違いなく光を感じるRGCが存在し、像の認識には関わらない、上視覚交叉核を始めいくつかの領域に投射していることを確認している。

あとは、遺伝子操作法で特定した抑制性RGCが、本当にGABAを分泌して抑制神経としての機能を持っているのか、光遺伝学と脳のスライス培養を組み合わせて確認している。

その上で、最後に抑制性RGCでGABA合成を止めた時に、何が起こるかマウスの行動解析で調べている。

これまでの研究で、光を感じるRGCがなくなると概日周期への調節能が失われることがわかっていたが(https://aasj.jp/news/watch/8959)、抑制性のRGC機能が喪失しても周期自体は保たれる。また、暗い部屋での瞳孔拡大や、行動性などほとんど変化がない。

しかしよく調べると、1.5ルックスという弱い光の部屋では、行動性が低下し、また光が弱いのに瞳孔が散大しにくい。さらに、弱い光の中でも概日周期がシャープに維持されることもわかった。

以上が結果で、ネズミの話が私たちにも当てはまるかどうかはわからない。薄暗い中で必要なこの機能を私たちがどれほど維持できているのか、ぜひ知りたいと思った。

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