1月14日 ハチドリがホバリングできる秘密(1月13日号 Science 掲載論文)
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1月14日 ハチドリがホバリングできる秘密(1月13日号 Science 掲載論文)

2023年1月14日
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今日紹介するドレスデンにあるマックスプランク研究所の論文は、ハチドリだけがホバリング能力を獲得するようになった秘密にチャレンジした面白い研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「Loss of a gluconeogenic muscle enzyme contributed to adaptive metabolic traits in hummingbirds(グルコース新生に関わる酵素欠損がハチドリの代謝適応力に寄与している)」だ。

まず自慢話と写真(SNSの定番)から始める。エクアドルはガラパゴス諸島だけでなく、本土も海抜0から4000mを越す山脈まで、実に多様な動物を見ることが出来る。中でも印象に残っているのがハチドリの仲間で、同じ場所で実に多様なハチドリを観察することが出来た。なかなかうまく写真が撮れないのだが、うまく撮れたほうのエメラルドハチドリとムラサキフタオハチドリの写真をまずお見せしたい。

さて、自慢はこれぐらいにして、本題に戻ろう。ミツスイを代表に、枝にとまって花の蜜を吸う鳥は数多く存在するのに、わざわざホバリングが進化したのは、ニッチの問題だと思うが、これには大きな筋肉能力の進化が必要になる。

この秘密を探るため、長い遺伝子配列を解読できる PacBio を用いてユミハシハチドリのゲノム配列を決定、既に解読されているハチドリのゲノムと合わせてハチドリ特異的ゲノム変化を探索する中で、まさにエネルギー代謝にドンピシャの遺伝子fructose bisphosphatase :FBP2)が全てのハチドリで欠損していることを発見する。

おそらく高校の生物で習うのではと思うが、ブドウ糖代謝を復習すると、グルコースをエネルギーとして使うときはブドウ糖をリン酸化し、その後果糖に代えて F6P を合成、それをいくつかのステップを経てピルビン酸に代え、ミトコンドリアの TCAサイクルに供給する。最初の入り口は、リン酸化を外す酵素も存在して、ブドウ糖を新たに合成出来るようになっているが、ブドウ糖新生に関わる酵素が一つかけたのがハチドリの特徴になる。この結果、当然ブドウ糖分解の方向に経路は傾いて、ブドウ糖をエネルギーとして消費するよう変化している。

この発見がこの研究のハイライトで、あとはウズラの筋肉細胞から FBP2 を欠損させると、ブドウ糖分解が亢進し、さらにはピルビン酸利用が高まるため、ミトコンドリアの数が増加することを明らかにしている。これに対応して、ミトコンドリア機能に関わる遺伝子発現が大きく再プログラムされていることも確認している。

これだけ多くの変化が起こるためには、FBP2欠損だけでは説明がつかないので、ハチドリへの進化過程で自然選択が起こったと考えられる遺伝子をリストしていくと、驚くなかれ、ブドウ糖分解に関わる4種類の遺伝子で、新しい変異が形成され、個々の変異の機能を調べると、他の鳥と比べて大きく活性が上がっていることを確認している。

以上が結果で、面白く楽しい研究だ。以前この研究所を訪問したとき、PacBio を買ったばかりで、これでモデル動物以外の進化を明らかにするのだという話を聞いたが、そのとおり実現していることにも感心した。

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1月13日 導尿や気管挿管による感染症は細胞内細菌の再活性化が原因(1月11日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年1月13日
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今年期待される臨床治験でエーザイのアルツハイマー薬がランクインしていたことを1月6日に紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/21299)、まさにその日にレカネマブを FDA が承認したというニュースが飛び込んできて、世間も学会も騒がしいが、ほぼ同じ日、もう一つ注目の治験論文が The New England Journal of Medicine に報告された。これまで何度も紹介してきた G12C 型変異 K-ras の機能阻害薬 sotorasib を全身に転移があるステージIVの膵臓ガンをもつ38人の患者さんに投与した1/2相治験だ。

個人的な印象だが期待を裏切る結果で、1/2相なので効果判定は二の次とはいえ、38例中8人が、Partial response で、短期間でも complete response は見られていない。幸い、確実に薬剤のせいでおこった副作用は42%に程度で、今後より早いステージでの評価が必要だが、単独ではゲームチェンジャーにはならないようだ。Partial response 自体は効果を証明しているのだが、期待が大きい分落胆してしまった。

さて、関係ない話が続いたが今日紹介したいワシントン大学からの論文は、病院を悩ませているアシネトバクター感染症が、細胞内寄生菌再活性化の結果である可能性を示した研究で、1月11日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Catheterization of mice triggers resurgent urinary tract infection seeded by a bladder reservoir of Acinetobacter baumannii(マウスのカテーテル挿入により活性化される尿路感染症はアシネトバクターの膀胱内のリザバーに由来する)」だ。

アシネトバクター感染症は、導尿や人工呼吸器を留置した患者さんに多発する一種の院内感染症で、健康人の場合は身体が対応できるが、免疫機能の低下した患者さんでは命に関わる。

この研究では、これまで発表されたアシネトバクター感染についての論文を再検討し、健常人の2%でアシネトバクターが尿中に発見されるというレポートに注目し、遷延感染を起こしたアシネトバクターが、カテーテルや気管チューブによる炎症刺激で再活性化されるのではないかと着想し、マウス実験モデルを作成して可能性を探っている。

まず、正常マウス膀胱にアシネトバクターを感染させてもほとんどの場合免疫系で処理され急性で終わるが、TLR4 が欠損したマウスでは急性感染は抑えられても、その後長期にわたって細菌が尿中に検出できることを確認する。

こうして出来たモデルマウスにカテーテルを挿入すると、期待通りアシネトバクターによる尿路感染症が半数のマウスで誘発できること、また急性感染症が治癒した正常マウスでも9%のマウスで尿路感染症が発生することを明らかにしている。すなわち、TLR4 がないと遷延感染が起こりやすいが、正常マウスでも検出できないレベルで感染が維持されている可能性がある。

最後に、尿路上皮内にアシネトバクターが発見できるか調べると、TLR4 欠損マウスでは、急性感染症が治った後2ヶ月目でも細胞内のバクテリアを発見することが出来た。一方、正常マウスでも急性期に細菌の上皮への侵入が見られたものの、24時間後にはほとんど細胞内細菌を認めることは出来なかった。

以上が結果で、一つ一つの実験が少し中途半端な気がするが、細胞内感染をカテーテルや気管チューブ挿入が再活性化するというシナリオは、納得できた。しかし、ではどうしたら防げるのかということが明確でない。おそらく導尿や挿管による機械刺激を防いで再活性化を抑える方法についての研究がセットになって、この研究は完成するのだろう。

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1月12日 くも膜下に存在する中皮に似た新しい膜構造の発見(1月6日号 Science 掲載論文)

2023年1月12日
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この HP を立ち上げてからも、解剖学的な新しい構造についての発見を紹介してきたが、中でも重要なのがリンパ管様の構造が脳に存在し、脳脊髄液の循環に関わるという発見だろう(https://aasj.jp/news/watch/608)(https://aasj.jp/news/watch/3542)。このおかげで、眠りの重要な機能が理解できるようになった。

今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、脳のくも膜と軟膜の間に、中皮に似た新しい膜構造が存在することを発見した研究で、様々な病気を考える新しい視点を与える重要な研究になる。タイトルは「A mesothelium divides the subarachnoid space into functional compartments(中皮がくも膜下の空間を2つの機能的コンパートメントに分離する)」だ。

おそらくこのグループも脳のリンパシステムについて研究していたのだと思う。リンパ管のマーカーとして使われる Prospero 分子を標識したマウスの脳を詳しく調べる内に、硬膜、くも膜、そして軟膜と考えられてきた構造に、もう一つProspero 陽性約 1µm の厚さの膜構造 (SLYM) がくも膜と軟膜の間に存在することを発見した。すなわち、これまでくも膜下と呼んできた空間が、SLYM を挟んで外と内に分かれることがわかった。細胞学的には、リンパ管と同じ Prospero や Lyve1 を発現してはいるが、内臓を覆う中皮に似ていることがわかった。

解剖学が明らかになると、次はその機能を調べることになる。まず、様々な大きさの分子を硬膜下に注射してバリア機能について調べると、3kDa 以上の分子は内にも外にも通さないバリアになっていることがわかった。以上のことから、脳脊髄液循環も新しい目で見る必要がある。特に脳の内側から発生する蛋白質沈殿などのゴミの循環は SLYM の存在を基盤に考え直す必要がある。また脳障害後の修復過程も調べる必要がある。

もう一つ重要なのは、SLYM内に、多くの血液細胞が集積していることで、脳内に白血球が入る一種の前線基地になっている点だ。ここには、多核球だけでなくマクロファージや樹状細胞も存在する。また、LPS刺激でその数が増大する。

これは大きな分子が SLYM で脳側に入るのがブロックされていることを考えると極めて重要で、外来の抗原による免疫反応をこのスペースに限局することが出来る。一方、脳側から出来る分子が免疫を誘導することを防ぐ意味でも重要だと思う。多発性硬化症や脳老化も含めたさらなる研究が必要になる。

他にもくも膜にある静脈との関係など詳しい検討が行われており、脳内でのリンパ管の発見に匹敵する大きな発見で、新しい分野が開けたと思う。しかし、解剖学のインパクトは大きい。

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1月11日 細胞移植治療臨床治験2題(1月9日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年1月11日
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我が国でも、iPS 由来の様々な細胞の移植治療が行われているが、細胞移植による治療もそろそろ普及してきた印象がある。今年早々 Nature Medicine に、あまり想定していなかった細胞移植治療に関する治験論文が、2報同時に出ていたので簡単に紹介することにした。治験登録番号はそれぞれ( NCT03289071 と NCT03132922 )

最初の論文はイタリアミラノにある San Raffaele 科学研究所を中心にした研究で、進行性の多発性硬化症にヒト胎児から樹立した神経幹細胞を髄膜注射する治療法で、主に安全性を見る第一相治験だ。タイトルは「Neural stem cell transplantation in patients with progressive multiple sclerosis: an open-label, phase 1 study(進行性多発硬化症に対する胎児神経幹細胞移植:第一相オープン試験)」だ。

様々な量の細胞(最高で体重1kgあたり570万個)を投与後、2年間追跡を行い、症状、MRI、そして髄液中のサイトカインやプロテオームを行い、安全性と、効果について見ている。

細胞移植を行う理由は、幹細胞から分化したグリア細胞が神経保護作用を発揮してくれることを示す前臨床研究が基礎になっている。

結果だが、腫瘍や病気の悪化などは2年間いずれの患者さんでも認められなかった。

症状については、細胞投与量と症状スコアとの明確な相関は見られないが、MRI で最も多くの細胞を移植されたグループで脳や灰白質の萎縮が明確に抑えられている。さらに、髄液中の GDNF、VEGF-C、SCF などグリアなどの増殖促進分子とともに、炎症を抑える IL10 などが上昇していることも観察しており、これらの結果から効果が期待できるとして、次のフェーズに進むと思う。

もう一つはテキサス大学を中心としたチームからの論文で、決まったペプチド抗原と決まった MHC を認識する T細胞受容体を遺伝子導入した T細胞を用いて固形ガン治療を試みた治験だ。タイトルは「Autologous T cell therapy for MAGE-A4 + solid cancers in HLA-A*02 + patients: a phase 1 trial(HLA-A*02型のMAGE-A4陽性固形ガン患者さんでの自己 T細胞治療:第一相治験)」だ。

抗体の抗原結合部位を T細胞受容体と置き換えた CAR-T の最大の問題は固形ガンに効果が見られない点だ。この問題は少しづつ解明されつつあるが、キメラ受容体ではなく、ガン抗原を認識する T細胞受容体自体を導入した T細胞なら固形ガンにも対応できるのではと期待して、ガン抗原として MAGE-A4 内のペプチド、そしてそれと結合できる HLA を持つ患者さん限定で、特異的 T細胞受容体を遺伝子導入した自己 T細胞を作成、移植するのがこの治験だ。

条件に合う患者さんが最終的に38人が、様々な量のガン特異的 T細胞の移植を受け、安全性と、効果が調べられている。

CAR-T と同じで、サイトカインストームなど様々な副作用がほぼ100%で見られ、一部に神経細胞に対する反応を起こしたと考えられる症状も見られている。ただ、副作用で治療を中断した患者さんは3例にとどまっている。

効果だが、滑膜肉腫以外のガンでは効果は低いことから、固形ガンの問題を完全に克服できていないことがわかった。以上の結果から、今後まず肉腫を中心に次のフェーズが行われるように思う。

以上、細胞治療もしっかり根付いてきた。

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1月10日 自身を犠牲にする細菌の免疫戦略(1月4日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月10日
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多細胞動物の細胞は、実に多様な死に方のメカニズムを持っている。これは、個体の維持にとって、個々の細胞の生き死にをうまく調節することの重要性を物語り、アポトーシスの語源、落葉の意味を考えるとよくわかる。

ただ、このような細胞死は細菌には存在しないと思っていたが、2020年、カリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文が、なんと感染後に生じるトリヌクレオチドによって、細菌内の全ての核酸が分解され、細菌が死ぬという現象が存在することが明らかにされ(Structure and Mechanism of a Cyclic Trinucleotide-Activated Bacterial Endonuclease Mediating Bacteriophage Immunity、Molecular Cell,77:723,2020)、細胞死が種の保存のためのメカニズムとなっていることを示した。

これに相当するのが、これまでもテクノロジーとして紹介してきた Cas12 や Cas13 のように、活性化後は特異性なしに、RNA や DNA を分解する酵素活性を持つ CRISPR/Cas システムで、当然自分の持つメカニズムも犠牲にすることになる。今日紹介するドイツ・ビュルツブルグにあるヘルムホルツ感染病研究センターとユタ大学からの論文は、自己犠牲にするという意味ではこれまで以上の酵素活性を持つタイプVと分類されるCas12a2の機能についての研究で、1月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cas12a2 elicits abortive infection through RNA-triggered destruction of dsDNA(Cas12a2はRNAによりトリガーされる二重鎖RNA破壊を通して不念感染を誘導する)」だ。

この研究は新しく発見された Cas12a2 の機能を、親戚の Cas12 と比較して明らかにすることだが、同じ時に RNA によりこの分子の酵素活性が誘導される構造基盤を明らかにしているテキサス大学からの研究も掲載されており、それも参考になる。

詳細を省いて結果をまとめると、次のようになる。

  1. Cas12a は一本鎖 RNA や DNA を標的にしているが、2本鎖 DNA(dsDNA) は分解できないが、Cas12a2 はほぼ同じ効率でdsDNAを切断できる。その結果、クリスパーアレー中のガイドと結合できる RNA を感知すると、同時に存在するプラスミドも含めて、核酸を分解することが出来る。
  2. Cas12a2 の外来 RNA の感知システムは、Cas12a とほぼ同じだが、感知する外来 RNA の2カ所のミスマッチまでは許容できるフレキシビリティーを持っている。その結果、特異性が低下してしまう危険はあるが、逆にファージウイルスのように変異率が高い外敵に対しても対応できる。
  3. これまでの Cas と最も違う点は、dsDNA として、ホストゲノムも含まれることで、冒頭に紹介した CBASS のように完全に DNA が分解されることはないが、ホストのゲノムが切断されることで、ホストの増殖が完全に抑制される。

以上、細菌も種を様々な外敵から守るためには、自分を犠牲にすることもいとわないメカニズムを身につけていることがよくわかる論文だ。

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1月9日 ブドウ糖はシグナル分子としても働いている(1月5日号 Cell 掲載論文)

2023年1月9日
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今日のお昼、Bain 症候群という極めて希な病気の子供を持つお母さんと、この病気について勉強会をする予定だ。リアル配信はやめて、録画をYouTube にアップロードする予定だ。2016年にようやく原因遺伝子が特定されたが、メカニズムを理解するのがとても難しい病気だ。というのも、ほとんど全ての細胞に発現しており、RNAスプライシングという、私もほとんど理解できていない過程に関わっている分子だからだ。なぜ RNAスプライシングがこれほど複雑な調節を受けているのか、詳細を知るたびに途方に暮れる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はその典型で、なんとブドウ糖に結合してRNAスプライシングに関わり、皮膚細胞の分化を調節しているという分子の話で、1月5日号 Cell に掲載された。タイトルは「Glucose dissociates DDX21 dimers to regulate mRNA splicing and tissue differentiation(ブドウ糖が DDX21二量体を解離させて mRNA スプライシング調節を介して組織文化を誘導する)」

タイトルでこの論文の内容がわかった人はよほどの専門家だと思うが、素人はまずブドウ糖が蛋白質の分子変化を誘導するという点に驚く。勿論ブドウ糖に特異的に結合する分子は数多く存在するが、ほとんどエネルギー代謝やブドウ糖の輸送に関わると考えていた。しかし、それ以外の役割をブドウ糖は果たしていたようだ。

この研究ではまず、ブドウ糖が結合したレジンを利用して、ブドウ糖に結合する蛋白質を探索すると、91種類もの蛋白質が特定され、しかもその多くが RNAのプロセッシングに関わる RNA結合タンパク質であることがわかった。今後それぞれの分子について研究が行われるのだろうが、この研究ではその中のトップランクに位置する DDX21 に焦点を当てて調べている。というのも、この分子は元々核小体で、ATP依存的にリボゾームRNA と結合し、一本鎖へとほどく役割を演じていることが知られていた。

この研究では、ブドウ糖が DDX21 の ATP結合部に結合して、2量体を解離させることで核小体局在活性を阻害、代わりに核全体に拡がって、転写されたばかりの mRNA の特にイントロンだった部分に結合し、そこでスプライシング複合体を形成する分子をリクルートすることを明らかにしている。

というと簡単なのだが、実際には実験の詳細はほとんど割愛している。昨日紹介した Pourquier の論文もそうだが、細胞レベルで代謝物を研究するための様々な技術が存在し、それらがうまく利用されていることがわかる実験で、現役の研究者には絶対役に立つので一読を勧める。

DDX21 が結合できた mRNA(結合モチーフも特定されている)の多くは、そのエクソンがスキップされるが、皮膚細胞で見るとその多くが皮膚細胞の分化に関わる分子で、実際これらの働きによる細胞分化に細胞質内での一定レベル以上のブドウ糖が必要なことを明らかにしている。

結果の要約は以上だが、皮膚細胞は分化が始まると、転写全体が低下し、エネルギー代謝も低下する。この過程で、元々転写に必要な DDX21 がブドウ糖の働きにより核小体から離れ、今度は必要なくなったブドウ糖を利用して分化に関わるとは、本当にうまく出来ているし、それをスプライシングを介して行っているのを知ると、この分野の複雑性を改めて認識する。

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1月8日 発生の時間プログラムと代謝(1月4日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月8日
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先日、試験管内での体節形成に関する京大からの論文を紹介したとき、同じ時にハーバード大学のこの分野の大御所Pourquieグループが同じ内容の論文を発表していることを言及した。その大御所の研究室から、続けて体節形成で発生する周期性の時間差について徹底的に検討し、その背景にある代謝システムの変化を突き止めた研究が1月4日 Nature にオンライン掲載された。さすがの着眼点と思える仕事で、タイトルは「Metabolic regulation of species-specific developmental rates(発生速度の種の違いは代謝が調節している)」だ。

多能性幹細胞が培養できるようになって、試験管内でも細胞分化のスピードがヒトの細胞では極めて遅いこともよくわかってきた。発生に、マウスは20日、人間は300日発生にかかるから当然だろうと済ましてきたのだと思うが、体節形成のように直接時間が関わる現象を観察していたPourquieにとってそのまま済ますわけにはいかなかったのだろう。

この前紹介したように、体節形成の波に見られる時間周期性は、presomitic mesoderm(PSM)細胞レベルで独立に存在している。すなわち、周期性は細胞の中で発生している。その周期をヒトとマウスで比べると、マウスの方が周期が半分になっている。

この周期の違いが、それぞれの細胞のもつ代謝特性を反映していると仮定し、周期を調節する過程を徹底的に探ったのがこの研究になる。おそらくこの分野の専門家の意見を元に、様々な可能性が検討されている。まずPSM細胞内の物質量で調整した代謝レートがマウスで高く、さらにミトコンドリアの数もマウスが高いことを確認した後、ミトコンドリア電子伝達系の阻害剤などを用いた実験から、最初想定されたATPではなく、重要な電子伝達系NAD/NADH比が体節形成周期に強く関わり、細胞内でのNAD量を高めると、周期を早めることが出来ることを示している。

最後に、このNAD産生の差がどこから来るのかを調べ、蛋白質合成の差が、NAD合成活性の差につながる可能性が高いことを示している。実際、細胞内質量あたりの転写量を調べるとヒト細胞はマウスの6割程度に抑えられている。

以上が結果で、実際には圧巻の代謝実験についてはすっ飛ばしたが、周期の時間差を説明するのに成功している。おそらく、同じことは他の細胞系列の発生でも言えるのではと思う。今後、様々な分化系を比較する実験が行われ、試験管内での発生を早める培地なども開発されるだろう。

しかし、NAD/NADHのバランスは、ガン細胞の増殖、さらには老化でも鍵になることが知られている。とすると、必要に応じて、生物の時間がこのようにコントロールされていることになり、新しい分野が広がる気がする。

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1月7日 誰もがかかる変形性関節炎の治療法を探る(12月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年1月7日
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この年になってくると、どこか関節が痛くなってくる。元気に歩けているので足の方は大丈夫だが、夫婦とも曲げるのが痛いか、もう曲がらない指がある。これらのほとんどは変形性関節症(osteoarthritis:OA)による症状で、70歳を超えるとまず半分以上はどこかに OA を抱えている。しかも現在なお、OA に対する薬物治療は開発できていない。

この課題にチャレンジしたオックスフォード大学からの論文は臨床研究のお手本のような研究で、12月21日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Variants in ALDH1A2 reveal an anti-inflammatory role for retinoic acid and a new class of disease-modifying drugs in osteoarthritis(ALDH1A2の多型がレチノイン酸の抗炎症効果を明らかにし、新しいタイプの変形性関節症治療薬の可能性を明らかにした)」だ。

この研究は、これまで指摘されていたレチノイン酸合成に関わる ALDH1A2遺伝子領域の多型が OA に相関することを確認した後、2種類の多型が ALDH1A2 の発現にどう影響しているのか、OA の痛みを軽減するために行われる指の手術 Trapeziectomy で得られた大菱形骨軟骨での遺伝子発現を調べ、OA のリスク多型は全て ALDH1A2 の低下を誘導することを確認する。

次に、ALDH1A2 が低下する影響を遺伝子発現を比べて探索すると、基本的には ALDH1A2 の発現が低い軟骨では炎症が高まっていることを確認する。

ALDH1A2 はレチノイン酸合成の鍵になる酵素なので、レチノイン酸濃度に変化があるか調べているが、テクニカルな問題で実現していない。ただ、ブタの関節損傷によりレチノイン酸の濃度が高まること、またその下流の分子の発現が高まることを確認できたので、ALDH1A2 低下はレチノイン酸の低下につながり、これにより炎症が長引くと結論している。

この考えをさらに確かめるため、レチノイン酸の分解を抑える talarozole を皮下に投与して関節損傷を誘導すると、炎症が抑えられること、またレチノイン酸の効果が PPARγ を介して作用していることを確認している。おそらく、レチノイン酸受容体と PPARγ の複合分子による転写が、炎症を抑えることを発見している。

最後に、talarozole 皮下投与で関節の機械的損傷後の炎症を抑えることが出来ること、また損傷後の OA の発症も抑えられることから、今後 OA の治療に talarozole が使える可能性を示している。

以上が結果で、レチノイン酸を投与するのと違い、talarozole 自体は分解を阻害するので、影響を局所にとどめられること、また既に薬剤として使われていることから、今後 OA治療に向けた治験が行われると期待できる。当たり前の病気ほど治療が難しい状況を変えられるか、期待したい。

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1月6日 今年注目される治験研究(2022年12月号 Nature Medicine 掲載記事)

2023年1月6日
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昨年のNature Medicine12月号に今年期待される治験研究がリストされていたので、紹介する。記事自体はオープンアクセスなので、気になる方は是非読んで欲しい。

  • パーキンソン病に対するExenatide:Excenatideはトカゲの毒液の中から発見されたペプチドで、インシュリン分泌作用で知られる消化管ホルモンGLP-1とほぼ同じ作用を持つ薬剤で、既に10年近く2型糖尿病治療に利用されてきた。この薬剤は、脳の炎症をしずめ、細胞の生存を助けることが知られ、2017年パーキンソン病に対する第二相治験で病気の進行を抑えることが示された。その後行われてきた第3相治験結果が今年発表される予定で、大きな期待を持って待たれている。
  • 卵巣ガンに対するmirvetuximab―soravtansine: 乳ガンに対する第一三共の trastuzumab deruxtecan が昨年認可され、薬剤を結合させた抗体薬に期待が集まっているが、卵巣ガンに対する葉酸受容体にPARP阻害剤を結合させた mirvetuximab-soravtasine を、プラチナ製剤耐性の卵巣ガンに使う治験が進んでおり、結果が今年前半に発表されると期待される。これまでの小規模な治験では、確定奏功率31.7%で、最終結果が期待される。また、これが承認されると、薬剤を結合させた抗体治療ADCは一段と加速する。
  • 筋ジストロフィーに対するCRISPR-Cas9編集: これはFirst in human治験で、6人の患者さんに対し、CRISPR-Cas9で遺伝子編集した自己筋肉幹細胞を移植することが計画されている。最初は安全性を中心に2年間の経過観察が行われる予定だ。
  • 子宮頸ガンワクチンの効果を検証する治験:様々な問題で我が国への導入が遅れたヒトパピローマウイルスワクチンは、接種が始まってから既に15年を経過しており、実際にウイルス感染が防げたのか国際治験での検証が行われる。またこの機会を利用して、新しい免疫プロトコルなども同時に調べられる。
  • 地中海食の心血管病予防効果に関する治験:地中海食に代表される体重管理が心血管病予防に役立つかどうかを調べた治験は以前も行われ、有名な Look Aheadプロジェクトは効果なしと中断されたが、ヨーロッパで続けられている第3相の治験が報告される予定になっている。
  • 眠り病に対するfexinidazole: トリパノゾーマ感染による眠り病は現在も有効な治療はあまりなく、副作用の強いヒ素剤arsoprol や suramin が使われている。これに対し、1978年に開発されていた fexinidazole を新しいイニシアチブ組織がサノフィ社の協力を得て利用可能にした fexinidazole の第3相治験データが今年発表される予定。
  • 末梢血中のガン細胞CTCを乳ガンの治療に利用する:血中を流れるガン細胞(CTC) を診断に用いる可能性はこのHPで何度も紹介したが、乳ガンの場合 CTC が細胞の集合を作ったまま流れている場合、転移確率が高いことが示されてきた。また、この集合をジゴキシン投与により分散させられることもわかっている。これにもとづいて、今年から CTC集塊が発見された場合ジゴキシン投与を行い転移を防げるかについての治験が行われる。
  • アルツハイマー病に対するLecanemab:アミロイドβ を除去する抗体、Aducamab の治験を中断後、エーザイが次の切り札として今年承認申請を行うのが Lecanemab で、既にその効果については The New England Journal of Medicine に発表され、約30%に病気進行を遅らせる効果を示した。一方、トップジャーナルで、脳出血が副作用として見られることが報道されている。しかし、Nature も Nature Medicine も、ADに対する最初の薬剤としては期待して見守っているようだ。
  • HIV患者さんに対するCovid-19 mRNAワクチン効果:Covid-19 の変異株は免疫不全患者さんでインキュベートされる中で生まれることが推定されている。これを止めるには、免疫不全患者さんでCovid-19特異的免疫を誘導することが重要だが、14500人の対象者について行った治験結果が今年発表される。
  • 鎌形赤血球症に対する遺伝子編集:血液幹細胞を CRISPR-Cas で遺伝子編集して赤血球を正常化し、これを移植した治験研究の中間結果が今年発表される予定で、筋ジストロフィーと合わせ、着々と遺伝子編集治療が前進していることを覗わせる。
  • 前立腺ガンのスクリーニング法の治験:前立腺ガンスクリーニングというとPSAだが、私も経験あるがガン以外でも陽性になることが多い。これをバイオプシー前にさらに絞り込むための20万人スケールの治験がフィンランドで行われている。基本的には PSA、kallikrein、 MRIを用いた検査を比べ、コストとベネフィットがどうバランスするかが示される。この治験終了は2032年なので、中間報告になる。
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1月5日 Expansion 顕微鏡の進化(1月2日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2023年1月5日
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2015年1月なので、今から8年前に紹介した論文なので、覚えておられないか、あるいは見たこともないと思うが、組織を10倍に膨らませてから観察して、顕微鏡の限界を補うという、まさに逆転の発想で開発された expansion microscopy を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/2759)。テクノロジーは紙オムツの原理で、組織内でアクリルを重合させた後、水につけるとアクリルに水がトラップされ、その結果組織が拡大する減少を利用している。要するに、顕微鏡の性能を上げる代わりに、組織を大きく見やすくする技術と言える。

しかし、あれから8年たつのに、普及は遅れているようで、毎日論文を読んでいてもこのテクノロジーを用いた研究をほとんど見かけない。今日紹介するカーネギーメロン大学からの論文は、これまでの expansion microscopy に様々な改良を加え、さらに応用範囲を高めた技術開発研究で1月2日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Magnify is a universal molecular anchoring strategy for expansion microscopy(Magnifyはexpansion microscopyに使用可能な様々な用途に使える分子を局在化させる技術)」だ。

Expansion microscopy の普及を阻んでいたのは、拡大できる組織が神経組織に限定されていたこと、そしてアクリルの浸透を高める処理のため、細胞内の分子の局在が保存されないという問題があった。この研究では、小さな化合物 Metacrolein を用いて、蛋白質、核酸、脂質を重合したポリマーに結合させることで、ほぼ全ての生体分子の局在が、組織拡大後も保存されるようになり、また生体高分子の抗原性を維持するいくつかの工夫を加えることで、従来の expansion microscopy の問題をほぼ解決することに成功している。その結果、

  • 強いフォルマリン処理を施した組織でない限り、ほぼ全ての組織のパラフィン標本も、割れることなく元の形態を保ったまま拡大できる。
  • 蛋白分解酵素で細胞内にアクリルを浸透させる処理を工夫すれば、蛋白質の多くの抗原決定基を保存でき、蛍光抗体法を拡大標本で使える。また、in situ hybridizationで DNA や RNA の局在を特定できる。そして、脂肪に関しても局在を保ったまま、標本内で保持できる。
  • その結果、通常の光学顕微鏡では見るのが難しい、シナプス接合、繊毛、鞭毛、など通常電子顕微鏡が必要な構造についても、光学顕微鏡で見ることが出来、それを電子顕微鏡像とともに示している。

結局、写真を見ないとそのパワーはわからないが、かなりのレベルだと感じる。

結果は以上だが、評価は今後の発展次第だろう。多くの大学や研究機関では高解像度の顕微鏡を使うことが出来るようになっている。それを超えて、こちらの技術を使おうと思うためには、さらに異なる用途を開発する必要がある。

これを読んで個人的に思いついた用途が、初期胚のwhole mountで、7日胚以前の胚が、10倍とまでは行かなくても、5倍に大きくなるだけで、発生学にとっては革命的な技術革新になると思う。ぜひ、5倍に膨らました、マウス7日胚を見てみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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