2022年12月25日
このブログでも何回か紹介してきたが、生後1年は私たちの腸内細菌叢が量・質ともに大きく変化する時期で、このとき細菌叢が炎症を抑える方向に働くことが、アレルギーなどその後の免疫状態を決める重要な要因であるとして、研究が進んでいる。
最初はただリボゾームの配列から細菌叢の変化を特定するだけだった研究は、その後細菌叢の全ゲノム配列を決定する大規模研究へと変化し、結局勝負は多数のサンプルから得られるビッグデータを解析する能力になっているように思う。その結果、限られた研究所のアクティビティーがますます高くなってきている感じがする。
今日紹介するのは、フィンランドの新生児についてのコホート研究だが、コレスポンデンスは Broad研究所で、覚えておられると思うがバングラデシュの新生児の細菌叢発達について細菌叢とメタボロームを調べた(https://aasj.jp/news/watch/20882 )のと同じ研究室からの論文で、対象がフィンランド人だけという違いになっている。タイトルは「Mobile genetic elements from the maternal microbiome shape infant gut microbial assembly and metabolism(母親細菌叢からの伝搬性遺伝要因が子供の腸内細菌叢と代謝の発達に関わる)」だ。
1ヶ月の間に同じ研究室からの論文を2編も紹介することになったが、バングラデシュといい今回のフィンランドといい、世界中の発達期の研究が集まってくるとはうらやましい限りだ。研究としては70組の母子の細菌叢のDNAメタゲノム配列決定、およびメタボロームの解析を経時的に行い、得られたビッグデータを読み解いており、素人の私から見ても、そんじょそこらインフォーマティスとでは太刀打ちできない力がある研究室と言える。だからこそ、フィンランドのコホートも全面的に解析を委ねているのだと思う。
タイトルにもあるように、この論文の最大の売りは、母親と子供の遺伝子配列の解析から、11種類の母親に存在するバクテリア種から、なんと977種類の遺伝子が、子供の細菌叢に水平遺伝子伝播したという結果だ。すなわち、伝搬したと考えられ得る遺伝子の前後配列が、母親と子供では異なることや、その遺伝子が伝搬したホスト細菌と、元の細菌の種類が異なることなどが確認され、細菌自体が増殖したのではないことを示している。これを調べられるだけのデータ解析力は感心する。
しかし、遺伝子断片と言っても別の個体間で伝達される必要があり、ほとんどがファージを介すると言っても、ファージ自体が個体間で伝搬したとは考えにくいだろう。元々、外部からのバクテリアの定着率は低いが、なんとか腸まで達した母親由来バクテリアから、ファージウイルスが活性化され、広まることで水平伝搬が起こったと考えるのが最もわかりやすい。
事実、伝搬される多くの遺伝子は炭水化物やアミノ酸の代謝に関わり、遺伝子を獲得したバクテリアの選択を通して、細菌叢の構成を決めている可能性を示している。ただ、水平遺伝子伝搬については納得できるが、それが都合よく子供の細菌叢の機能を高めているという話は、まだまだ検討が必要だと思う。
さて、これ以外にも様々な面白い結果が示されているので箇条書きにしておく。
妊娠前、妊娠中、そして産後と、妊婦さんの細菌叢は大きく変化する。特に細菌叢による胆汁酸の代謝と、硫化水素代謝が大きく影響されることがわかった。ただ、その意味については明確ではない。
代謝物の解析から、人工栄養の子供は腸内環境が炎症に引っ張られている可能性が、細菌や代謝物から示唆された。ただ、この研究のもう一つの目的である、抗原性のあるタンパク質を徹底的にペプチドへと加水分解した人工栄養を与えることで、炎症性の変化は抑えることが出来る。
母乳による炎症環境抑制に、炎症のメディエーターとして知られるエイコサノイドが直接関わることがわかった。即ち、母乳で育つ子供だけが、便中のエイコサノイドが存在する。
以上が気になった点だ。今後、もう少し焦点を絞って詳しい解析が行われると思うが、いずれにせよ生後1年という大事な時期の解析が、世界規模で進むことの意味は大きい。
2022年12月24日
写真はCDB時代、研究員として在籍し、現在スイスETHの教授をしているTimm Schroederが、おそらくコスタリカで撮影して送ってくれた「Glassfrogガラスガエル」の写真だ。Timmは大学教授にしておくのは惜しいほどの写真の腕前で、多くの生物の写真を送ってくれているので、機会があれば今後も紹介したい。
今日紹介するデューク大学からの論文は、ガラスガエルの透明性の秘密に迫った驚きの研究で、12月22日号 Science に掲載された。タイトルは「Glassfrogs conceal blood in their liver to maintain transparency(ガラスガエルは透明性を保つために血液を隠す)」だ。
この研究が対象にしたガラスガエル、Hyalinobatrachium fleischmanniは皮膚の色素がほとんどないためTimmの写真よりさらに透明に見える。しかし、なぜこれほどの透明性が、不透明のヘモグロビンが詰まった赤血球を全身に循環させる必要がある脊椎動物で可能なのか?
この研究では、この透明性は睡眠中の現象で、動いているときは体中に赤血球が循環して透明性が低下することに注目し、睡眠中は赤血球が全身の循環から切り離されるのではと着想した。
勿論これを確かめるためには、生きて睡眠中のカエルの赤血球の居場所を調べる必要があるが、光だけでは透明でよくわからない。そこで登場するのが以前紹介した photoacoustic microscopy(PAM) で、光がヘモグロビンに吸収される時に発生する超音波を拾って画像化する技術だ(https://aasj.jp/news/watch/19684 )。
PAMの技術は素晴らしく、睡眠中になんと8−9割の赤血球が肝臓に隔離されることを見事に明らかにした。これは、肝臓に存在する類洞に多くの赤血球を貯蔵できるためで、他のカエルも原則同じことが可能かも知れないが、実際はガラスガエルだけが、循環を大きく変化させられるメカニズムを持っている。このダイナミズムを見ると、一種の冬眠に近い状態が日々繰り返されていることになる。
とはいえ、赤血球が肝臓に集まればそれだけで余計目立つのではと心配になる。これについては既に研究があり、ガラスガエルの内臓は光を反射するクリスタルでデコレートされた袋に入っているため、外部から内部が見えにくくなっているようだ。
いずれにせよ、こんなに赤血球を詰め込んで血栓ができないのかなど、医学的にも興味がわく面白い研究だった。何よりも、クリスマスに子供に語るお話として最適だ。
2022年12月23日
Science の今年のニュースは先週発表されたが、Natureは今年の10人だけで、ニュースの発表は12月21日号にも掲載されていなかった。おそらく来週になると思うので、その時今年のニュースを振り返るzoomを計画したい。おそらく本当の年末になる気がする。
さて、2019年 Sience が選んだ10大ニュースの中に、産総研の高井さん達が Nature に発表した生きた Asgardアーキアの分離が選ばれたのは記憶に新しい(https://aasj.jp/news/watch/12204 )。それまで、メタゲノム解析から、アーキアと真核生物をつなぐリンクとして特定されていた Asgardアーキアの増殖条件を決定し、その特異な形態を示したインパクトは大きい。
それだけでなく、Asgardアーキアが長い突起を使ってバクテリア代謝系を徐々に取り込み真核生物へと進化するという高井さん達のストーリーは、形態と機能の見本のような話で説得力があった。
当然、細胞体から蜘蛛の足のように突起が伸びる形態の分子背景を知りたくなるが、今日紹介するウィーン大学からの論文は、もう少し扱いやすい新しい Asgardアーキアを分離し、その細胞骨格の構造を示すことに成功した研究で12月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Actin cytoskeleton and complex cell architecture in an Asgard archaeon(Asgard-アーキアのアクチン細胞骨格と複雑な細胞構造)」だ。
産総研の論文は、深海の沈殿物から分離した Asgardアーキア(AA) が、装飾が遅く壊れやすい生物であるかを示していた。おそらく、電子顕微鏡レベルで細胞骨格を研究するの極めて難しい課題のようだ。
この研究は産総研の AA を使うのではなく、スロベニアの運河河口の泥から新しい種類を分離している。この結果は、海水が存在すれば、深海でなくとも AA が存在し、分離できることを示している。今後さらに多くの AA が分離されるが、今回分離された種は産総研の Ca P.syntrophicum と極めて近い関係にある AA なので、良く似た AA が世界中に拡がっている可能性が高い。
面白いのは産総研の AA と比べて、遺伝子数が多いことで、例えばリボゾームRNAは産総研の AA が1種類しかないのに対し3種類存在する。すなわち、近縁でも AA で遺伝子の獲得、喪失など大きな変化が起こっていることを示している。そのおかげか、増殖スピードは産総研の AA より少し速い。それでも、純粋な培養は難しく、エサになるバクテリアなどが培養に混在しないと増殖できない。その結果、最も純粋な培養で AA が80%で、残りは他のバクテリアが2種類存在する培養になる。
細胞骨格を調べる場合、骨格の基本となるアクチンを検出する抗体と、電顕などが必要になるが、AA は極めて壊れやすく簡単ではなかったようだ。いずれにせよ、様々な工夫を重ねて混在しているバクテリア特別して AA を電顕で撮影する方法を開発し、またアクチンに対する抗体を作成し、最終的に細胞骨格が細胞突起の隅々に張り巡らされていること、また細胞体内では膜近くに存在すること、さらにクライオ電顕上でヘリックス構造を持つ構造をとって、まさに細胞骨格として働いていることを示している。
アクチンに対する抗体で染色することで、一般の顕微鏡でも特異的観察が可能になり、電顕で観察されるのと同じように、突起の隅々までアクチンが重合していることが明らかになった。
基本的には、AA の細胞骨格をついに見ることが出来たのがこの論文のハイライトで、今後新しい方法や抗体を用いて、さらに多くの研究が続く気がする。そして、ようやく真核生物が進化について明らかにされると思う。
2022年12月22日
今年の4月、アミロイドβとTauの蓄積を元にアルツハイマー病( AD ) の進展様式を調べた研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19541 )。この結果が示すのは、アルツハイマー病も嗅内野からつながる神経回路に沿って進展する回路病であることを示唆している。とすると、刺激によりこの神経回路を増強することで AD 進行を遅らせられるのではと着想し、動物実験を経て臨床治験が行われている。
異なる刺激場所についての治験が進んでいるが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、脳弓を刺激して、海馬から乳糖体まで大脳の辺縁系を取り囲んで存在するパペッツ回路を増強する治験についてのMRIを用いた検証研究で、12月14日 Nature Communications にオンライン掲載された。タイトルは「Optimal deep brain stimulation sites and networks for stimulation of the fornix in Alzheimer’s disease(脳弓刺激によるアルツハイマー病の深部刺激治療のための刺激部位とネットワーク)」だ。
この治験は、認知機能の改善・悪化が混在し、効果なしと判定されている。しかし、明らかに改善したと思われる患者さんが存在すること、高齢者の方に改善する人が多かったことなどから、完全に効果なしと判定するのは忍びないと考えたようだ。そこで、改善した患者さんと、悪化した患者さんの間の脳回路や機能に差があるか、1)MRI で検出できる記憶回路の構造、2)刺激場所と臨床症状の相関、3)fMRI による機能的ネットワーク、の3点について調べている。
結果は明瞭で、改善の著しい患者さんでは、刺激場所の脳弓から分界床核への脳弓回路がしっかりと特定できる。またこの神経投射と症状改善は比例する。
同じことは安静時 fMRI で測定できる領域間の同調性から推測される回路(この場合は以前紹介した default mode network になる:https://aasj.jp/news/watch/19488 )でも同じで、症状の改善の高い人は、default mode network の結合性が高まる。
以上のことから、うまく当たれば深部刺激はADの症状改善に寄与することが強く示唆される。しかし、刺激場所と症状改善との相関を調べると、改善につながる sweet spot は患者さんの間で変化が大きく、現段階で手術時に sweet spot を決めることは難しいので、どうしても出たとこ勝負になることがわかった。
結果は以上で、今後他の領域を刺激した治験を待つことになるが、sweet spot さえ見つけることが可能になれば、間違いなくAD の症状を抑えることが出来ることがわかった。
2022年12月21日
レンチウイルスをベースにしたベクターが登場してから、遺伝子導入の効率が高まり、実験室での遺伝子導入だけでなく、臨床現場でも利用されるようになっている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このレトロウイルスのenv蛋白質を改変して、抗体やT細胞受容体(TcR)と結合できる抗原に変化させることで、抗原特異的リンパ球に感染させ、様々な目的に利用出来るようにした開発研究で12月22日 Cell に掲載された。タイトルは「Engineered cell entry links receptor biology with single-cell genomics(細胞への侵入を操作することで受容体生物学と単一細胞ゲノミックスをつなげることが出来る)」だ。
レンチウイルスは相手の細胞に吸着した後、細胞膜と融合してウイルス粒子ないの分子を注入する。この過程を完全に操作して、抗原やMHC+ペプチドを吸着のための分子として使い、VSVウイルスの細胞膜融合システムを利用したウイルスを設計することで、抗原特異的B細胞や、T細胞のみ標識したり、遺伝子を導入したりすることが出来ると期待される。
研究ではまず、CD19抗原をファージ粒子に発現させウイルス感染分子として利用するための様々な条件設定を行い、最終的にICAM分子の膜結合ドメインとCD19が結合したリガンドが、膜融合分子とともに膜状に発現し、さらにGFPを融合させたウイルスGAG蛋白質、そして導入したいRNAをパッケージしたウイルス粒子を作るのに成功している。また、同抗原の代わりに、抗原ペプチド/β2ミクログロブリン/MHC複合体を使ってTcRを標的にすることにも成功している。この結果、抗原、標的細胞標識、RNA導入の3つの機能を持つウイルスが作成された。
まず、これによりウイルスと結合して感染したB細胞やT細胞は、感染直後からGAG-GFPにより抗原特異的細胞を特定でき、抗原に反応する抗体やTcRを特定できる。
同じことは、蛍光標識した抗原やMHC/ペプチド・テトラマーでも可能だが、この方法だと細胞自体をGAG-GFPやRNAでラベルされるので、抗原刺激後の変化を追いかけることも出来る。
さらに、ベクターゲノムに様々な遺伝子を組み込み、抗原特異的なT細胞やB細胞特異的に細胞死を誘導出来ることを示し、抗原特異的細胞操作の可能性を示している。
これらの特徴を利用して、健常人の末梢血CD8T細胞からサイトメガロウイルス特異的細胞を特定し、サイトメガロウイルスに対するTcRの多様性や、細胞の分化段階などを詳しく解析し、サイトメガロウイルスのような慢性感染では、TcRの多様性だけでなく、様々なステージのT細胞が共存することを示している。
結果は以上で、原理的には抗原特異的、あるいは様々な分子特異的細胞を蛍光GAG分子と遺伝子導入で標識するという実験系だが、様々な可能性が浮かんでくる方法で、免疫系に限らず、神経系など今後利用が進むような気がする。
2022年12月20日
CAR-T 治療は、既に何年も臨床で利用され、抗原特異的免疫治療がガンに確実に効果があることを示した。同時に、ガンが標的抗原を発現しているのに、全く効果が見られないケースが多く存在することがわかってきた。特に、固形ガンではガン特異的抗原が存在しても CAR-T は無力なことが多く、例えばいくつかの腫瘍特異的抗原の存在が特定されている膵臓ガンはもとより、メラノーマでもまだ臨床応用にこぎ着けられていない。
この原因にはいくつかあるが、注射した細胞がガン組織に浸潤できないことと、ガン組織内に入った T細胞の機能が抑制されることが主な要因で、これを克服する方法の開発は大きな資金を集めて開発が続いている。これは当然で、腫瘍特異的抗原が同定され、ガン組織へ CAR-T を遊走させ、機能を発揮させられることが可能になれば、これまでの免疫治療は CAR-T に収束してしまう可能性すらある。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、先日紹介した、Notchシグナル系を、細胞外も細胞内も異なる分子に置き換え、遺伝子発現を調節する人工Notchを用いることで、ガン特異的な抗原に反応して、一定のレベルの IL-2 が分泌できる CAR-T が固形ガンに浸潤してガンの増殖を抑制できることを示した研究で、12月16日 Science に掲載された。タイトルは「Synthetic cytokine circuits that drive T cells into immune-excluded tumors(人工サイトカイン回路はT細胞を免疫系を排除する腫瘍にも侵入させる)」だ。
CAR-T がガン局所で増殖できるよう、IL-2 や変異型IL-2 を用いる研究や治験は行われてきた。また最近では CAR-T に IL-2 などのサイトカイン遺伝子を導入して、CAR-T の機能を高める研究も数多く行われてきた。
その中でこの研究は、ガン特異的 CAR-T に、同じガンの発現する分子でトリガーされれ IL-2 を分泌する人工Notch を導入した T細胞を作った点が、これまでの研究とは異なる。
この研究でも、例えば常に IL2 を発現するようにしたコンストラクトや、T細胞が抗原刺激されたときに IL-2 を発現する様にした CAR-T も作成し比べているが、固形ガンにはほとんど効果がない。ところが人工Notch シグナルで IL-2 を分泌できる様にした細胞は、膵臓ガンをはじめ、メラノーマなどいくつかの固形ガンに高い効果を示す。膵臓ガンではメゾセリン、メラノーマでは NY-ESO のように、臨床応用が試みられうまくいっていない抗原を用いた実験系で、効果があることを示している。
この研究で驚いたのは、よく用いられる免疫不全マウスに腫瘍を移植し、そこに CAR-T を注入するモデルで効果があっても、正常マウスでホストのリンパ球が存在する条件では、全く効果を示せないことが多いことを示している点で、ホストのリンパ球が全て揃った条件で効果を確かめることの重要性がよくわかった。そして、この条件でも効果があるのは人工Notch で IL2 を分泌する系だけと言うことが示されている。
まだ動物モデル段階だが、治療の難しい膵臓ガンには、すぐにでも試されるのではないかと期待できる結果だ。
臨床応用を進めるためにも、なぜ人工Notch-IL2がこれほど優れているかを理由を確かめる必要があり、腫瘍組織で他のCAR-T系と比べている。結果だが、何よりも腫瘍組織内への浸潤が強い。また IL-2 を分泌するため抑制性T細胞などの誘導が心配されるが、軽度で終わっており、基本的に CAR-T の分泌した IL-2 は CAR-T 自身が使える状態で、腫瘍組織の他の細胞では利用しにくいことが明らかになった。
個人的印象だが、これは大きなブレークスルーになる気がする。現在 CAR-T は、自分の T細胞でなく、内因性の受容体をノックアウトした off-shelf型の CAR-T をあらかじめ用意する方向に進んでいる。この系に人工Notch を組み込むことは簡単だろう。希望的観測だが、1−2年で臨床まで行くような気がする。
2022年12月19日
どんなに感度のいい研究手法が開発されても、死亡後の病理解剖は重要だ。Covid-19 は、感染症で、また膨大な数の死亡例が発生していたことから、病理解剖まで進むケースは少ないと思うが、それでも論文として発表され、臨床から得られる理解を深めるのに貢献してきた。このブログでも、ちょうど今から1年前、18例の Covid-19 死亡例についての米国・国立衛生研究所からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18361 )。この報告では、感染による様々な臓器の病理組織変化についての解析が中心だったが、ウイルスが様々な組織に速やかに感染するのかについて重点を置いた同じ米国・国立衛生研究所 (NIH) から12月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection and persistence in the human body and brain at autopsy(解剖時の身体や脳組織で見られるSARS-CoV-2感染と持続)」だ。
このようにNIHでは剖検症例を積み重ねているようだが、前回紹介した論文よりシステミックな解析が行われている印象が強い。まず、様々な臓器を固定する前に保存して、PCRだけでなく、時にはVERO細胞への感染実験も含めて、ウイルスの広がりを調べている。例えば、ウイルス増殖が細胞内で高まると、subgenomic(sg) RNAと呼ばれる短いRNAが合成されるが、sgRNAを区別して調べており、極めて重要な情報になっている。
また、この研究では感染確認後早期に死亡した例が17人も含まれている点も、感染後ウイルスがどう広がったのかを確認するためには重要な情報になっている。
さて結果だが、特に重要と思われる点をまとめておく。
最も知りたいのは、ウイルスが気道以外に感染し、そこで増殖するかだ。これについては、PCRでの確認に加えて、in situ hybridization、免疫染色、感染実験、さらに全ゲノム配列決定などを駆使して調べている。そして、呼吸器系にとどまらず、多くの臓器に実際の感染が、早期から広がっていることを明らかにしている。
脳での感染が確認できた症例では、ウイルスの神経細胞での増殖が確認される。これまで、感染の広がりは感染血液細胞が広がる結果という可能性が示唆されてきたが、血液ではほとんどウイルスが検出できないのに、十分な量のウイルスが脳で検出されることは、早い段階からウイルスが血液などを介して脳に到達し、神経内で独自に増殖していることを強く示唆している。
全ゲノム配列で、呼吸器系で分離されるウイルスとは異なる変異を持ったウイルスが存在していることや、一部でsgRNAが検出されることから、ウイルスは各臓器で独立に増殖していることを示している。従って、気道の検査でウイルスネガティブになっても、患者さんのウイルスが消滅したことを意味しない。
早期にウイルス血症で全身に広がるにもかかわらず、強い炎症像は呼吸器系に特異的に見られる。また、心血管系への感染は以前から報告されており、今回も確認されているが、血栓などは二次的な現象で、直接ウイルスにより誘導されている可能性は低い。
子供では、全身への感染がほとんど全身性の炎症を伴わないで広がることが確認された。
全身に感染は拡がるが、ウイルス産生量で見ると初期は呼吸器系での増殖が100倍多い。ただ、感染が長引くとこの差は縮まり、他の組織でもウイルス量が増え、50%以上の長期感染者でウイルス増殖が持続している。
以上、全てこれまで示唆されてきたこととは言え、剖検例の詳しい検討の重要性を物語る。特に初期にウイルス血症が起こって全身に広がるとすると、抗体薬の投与のタイミングの重要性がよくわかる。ただ、実際の臨床で実現するのは簡単ではない。
2022年12月18日
熊本大学で研究室を持った時から、IL7の様々な作用は教室の重要な課題の一つとして研究を続けていた。最初は、ストローマ細胞依存性のB細胞分化、そして京都に移ってからはリンパ組織の誘導と研究は続いていった。ただ全てマウスの話で、人間で同じ機能が存在するのかよくわかっていない。しかし、IL7が分泌するのは間質細胞で、作用するのが血液系の細胞と考えてきた。
今日紹介するオックスフォード大学を中心とする国際チームからの論文は、チェックポイント治療時の副作用のリスク多型として特定された IL7 が、なんとB細胞に発現して自己免疫や腫瘍免疫を高めているという思いがけない研究で、12月16日号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「IL7 genetic variation and toxicity to immune checkpoint blockade in patients with melanoma(メラノーマ患者さんでの IL7 の遺伝的変化と免疫チェックポイント阻害時の毒性)」だ。
同じグループは、チェックポイント治療中に自己免疫反応を副作用として起こし、ステロイド治療を受けた患者さんについてゲノム多型を調べ、強く相関する多型のうちの一つが IL7遺伝子イントロン内の rs16906115 であることを発見した。最近 IL7 は腫瘍組織中にリンパ球の集積を誘導するのに関わることがわかってきていたので、この多型がチェックポイント治療(CT)の副作用に至るメカニズムを追求したのがこの論文になる。
実際、rs16906115 のリスク多型では、自己免疫副作用の発生率が、6倍に増える。
そこで、rs16906115リスク多型と相関する IL7 の発現を患者さんの末梢血で調べるうちに、以外にも末梢血の特に成熟した B細胞が IL7 を発現しており、またリスク多型を持つ患者さんで B細胞の IL7発現が上昇していることを発見する。この意外な発見がこの研究のハイライトで、B細胞の IL7 が高いと、T細胞による免疫反応を増強する可能性が示された。
患者さんで B細胞IL7 が T細胞を刺激するメカニズムを直接検討することは簡単でないので、この研究ではリスク多型を持つ患者さんがチェックポイント治療を受けたときに T細胞の数に変化が起こるかを調べ、最終分化へ引っ張られる CD8T細胞が末梢血で増加することを明らかにする。また、T細胞受容体の配列から、T細胞のクローン増殖についてエ測定し、リスク多型を持つ患者さんの方で高いクローン増殖が見られることを確認している。これらの結果は、間接的ではあるが、B細胞の発現する IL7 が高まると、特に CD8T細胞の抗原依存性増殖が増強されることを示している。
この多型は最初チェックポイント治療の副作用との相関で特定された多型だが、上のメカニズムが正しいとすると、副作用だけでなくガンに対するT細胞の反応も当然増強されていることになる。この点を確かめるために、データベースに蓄積されたメラノーマ患者さんの生存と rs16906115リスク多型の有無を調べると、期待通りリスク多型を持つ患者さんの方が明らかに生存期間が長いことがわかった。
以上の結果は成熟B細胞のIL7発現が、ガンや自己組織に対する慢性的な T細胞反応を刺激していることを示している。従って、患者さんのチェックポイント治療に対する反応の予測に重要なバイオマーカーとして今後利用できるが、加えて IL7 をガン免疫増強の新しい手段として利用できる可能性も示している。IL7と付き合ってきた私にとっては、驚きの論文だった。
2022年12月17日
様々なモデル動物の実験システムを確立したことが20世紀後半から始まる生命科学の大躍進の要因の一つだが、そんな中でも苦労をいとわずそれ以外の動物で行われた研究は、意外性が多く学ぶところが多い。
今日紹介するカナダ・カルガリー大学からの論文は、なんとトナカイを用いた皮膚再生に関する研究で12月8日号の Cell に掲載された。タイトルは「Fibroblast inflammatory priming determines regenerative versus fibrotic skin repair in reindeer(線維芽細胞の炎症方向への分化方向付けが、皮膚再生で再生か線維化かを決める)」だ。
12月にトナカイの論文が掲載されると、Cell の編集者の意図的な仕業かなどと勘ぐりたくなるが、これまで生命科学に関わってきても、トナカイを用いた実験研究論文を読む機会はなかった。
この研究では、毎年生え替わるトナカイの大きな角を覆う皮膚と、背中の皮膚で損傷後の再生を比べたとき、角の皮膚では完全な再生が起こり、毛根や汗腺が再構成されるのに、背中では私たち人間の皮膚と同じで、線維化が進み瘢痕化し、毛のない組織が出来てしまう違いの背景を追求している。
角の皮膚を背中に移植する実験から、移植後60日ぐらいは、再生能力が維持されることを確認した後、この背景の細胞学的差異を Single cell RNA sequencing で調べている。
膨大な実験が行われているが、損傷前の最も大きな差は、線維芽細胞で見られること、また損傷を加えると、どちらの皮膚の線維芽細胞も一度再生力の強い細胞へと収束するが、2週間目には異なるタイプの線維芽細胞へと戻っていくことを明らかにしている。
この差を決めている遺伝子発現パターンを解析すると、角の皮膚では再生に関わる様々な遺伝子の発現が高い一方、炎症に関わる遺伝子は抑制されている。これに対し、背中の皮膚の線維芽細胞では、この逆のパターンが見られることを明らかにしている。
さらに、再生能力のある人間胎児の皮膚や、大人の皮膚の線維芽細胞についても遺伝子発現を調べて比べると、再生能力と炎症誘導能力のバランスが、皮膚完全再生を決めていることがわかる。
機能的にも、背中の皮膚線維芽細胞ではマクロファージや白血球の遊走を誘導する活性が強い。そこで、single cell RNA解析の結果から白血球遊走に関わる因子、及び再生に関わる因子をリストアップして、背中の皮膚の再生を角型に変化させるための介入方法をリストしている。
実際の実験では、リストされた中からマクロファージの増殖に関わる CSF1 と様々な細胞の遊走を誘導するケモカイン受容体 CXCR4 を、塗り薬で阻害する実験を行い、どちらの阻害でも、毛根を持った皮膚が一定程度回復することを示している。
結果は以上で、トナカイの角を覆う皮膚の研究から、完全な皮膚再生のヒントが得られたことは、大きなクリスマスプレゼントと言っていい。ただ、ヒトやマウスで同じような実験が行われておらず、この結果をそのまま私たちの皮膚でも利用できるのかはわからない。とはいえ、モデル動物以外に目を向けることの重要性、また現在の様々なテクノロジーが、モデル動物でなくてもかなり詳しい解析を可能にしていることがよくわかった。
2022年12月16日
細菌叢の研究はどこまで拡がるのか、栄養に始まって免疫、そして今では神経まで、人間の生理機能で影響を受けない物はないとすら思える。その中でも今日紹介するペンシルバニア大学からのエクササイズへのモティベーションを細菌叢が高めるという論文は群を抜いて面白い。タイトルは「A microbiome-dependent gut–brain pathway regulates motivation for exercise(細菌叢に依存する腸・脳経路がエクササイズのモティベーションを調節する)」で、12月14日 Nature にオンライン掲載された。
この研究グループの目的はネズミの運動能力の差を決める要因を明らかにすることで、8種類の異なる遺伝形質を持ったマウスをランダムに掛け合わせて得られた雑種マウス199匹の自発的、強制的運動能力を調べ、検出される差と相関する要因を、ゲノム、代謝物、そして腸内細菌叢と相関させている。この方法で調べると、強制的運動、及び自発運動量は大きな差が出てくる。自発運動に至っては、ほとんど動かない怠け者から、2日で40km動き回る個体まで差が出来る。
この要因を調べると、驚くことに遺伝要因との相関はほとんど認められないが、なんと細菌叢との相関が強く認められた。そこで、抗生物質を投与して細菌叢を除去すると、運動量の差がほとんどなくなる。
さて、細菌叢だとわかると、無菌動物への菌移植を用いて菌を特定できる。この研究ではまず、運動量と相関する菌がネオマイシン耐性で、ペニシリン感受性であることを利用して、この性質を持つ菌を絞り込んで、無菌動物に移植すると運動能力を高める2種類の細菌を特定している。
ここまでで十分面白いのだが、この研究では徹底的にこの現象のメカニズムを調べており、実力を感じる。まず、運動量の差の原因を脳細胞のsingle cell RNA sequencingを用いて探り、運動により高まる線条体のドーパミンの維持に、細菌叢が関わることで、エクササイズのモティベーションを高める働きがあること、そしてドーパミン量の維持に関わる分解酵素の運動時の抑制が、細菌叢により維持されるため、ドーパミンレベルが高く保たれることを明らかにする。
次に、細菌叢から線条体へのシグナル経路を探り、TRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが線条体に伝わり、ドーパミン分解酵素のレベルを下げ、ドーパミンのレベルを上げることを突き止める。
そして、TRPV1神経が同時に発現している大麻受容体CB1に細菌叢から分泌される脂肪酸アミドが結合し、TRPV1を刺激してドーパミンレベルを高めることを突き止めている。
実験については詳しく述べなかったが、脳内のドーパミンを経時的に調べたり、代謝物解析など、様々なテクノロジーを駆使した徹底的な研究で、タイトルを見たときは、耳目を驚かすだけの研究かと思ったが、読み終わって印象が完全に変わった。
この研究は、細菌叢と運動にとどまらず、様々なことを教えてくれる。腸のTRPV1刺激が運動能力を高めるとすると、うまくやればドーピング効果と同じ作用を得ることが出来る。例えば韓国の人はキムチが韓国アスリートの強さだとよく言っているが、カプサイシンが効くなら納得できる。また分解酵素を抑制するとすると、キムチや唐辛子でTRPV1を刺激すると、パーキンソンの人の運動能力も高められるはずだ。空想が拡がる面白い研究だ。