ジャレットダイアモンドのベストセラー「銃、病原菌、鉄(Guns, Germs, and Steel)」で取り上げられたように、世界史を形作ってきた最も大きな要因は、戦争と疫病だった。中でも中世の1346年から始まったペスト大流行は、10年でヨーロッパの人口が半減するほどの猛威を振るった。当然多くの記録が残され、それを手がかりに、この大流行がどのように始まったのか、研究が続けられている。
今日紹介するライプニッツ マックスプランク人類進化研究所、チュービンゲン大学、そして英国スターリング大学からの論文は、中世のペスト大流行に関わるペスト菌の起源を、キルギスタンのKara-Djigach墓地に埋葬された遺骨から特定した研究で6月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The source of the Black Death in fourteenth-century central Eurasia(14世紀ヨーロッパの黒死病は中央ユーラシア起源)」だ。
今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、臨床的な治験のバックアップもあるようで、その意味では解決の方に道を開いてくれたかなと思える研究で、6月20日号Cellに掲載される。タイトルは「Ketamine exerts its sustained antidepressant effects via cell-type-specific regulation of Kcnq2(ケタミンの抗うつ作用はKcnq2の細胞特異的調節を介している)」だ。
コペンハーゲン大学が Human Genetics and Genomics Advances にオンライン発表した論文で、グリーンランドの住人のなんと30%がLDL受容体のアミノ酸変異を伴う変異を有しているという話だ。タイトルは「An LDLR missense variant poses high risk of familial hypercholesterolemia in 30% of Greenlanders and offers potential of early cardiovascular disease intervention(グリーンランド人の30%に家族性の高コレステロール血症につながるLDL受容体(LDLR)のミスセンス変異が存在し、早期の治療で循環器疾患を予防できる可能性がある)だ。
今日紹介するイェール大学からの論文は、このグループが発見したメタボトロピックグルタミン酸受容体に対する化合物が、動物モデルのアルツハイマー病進行を止めるという発見の、細胞学的メカニズムを明らかにした論文で、シナプス密度の現象を食い止め、アルツハイマー病(AD)の引き金を止める可能性があると期待できる。タイトルは「Reversal of synapse loss in Alzheimer mouse models by targeting mGluR5 to prevent synaptic tagging by C1Q(アルツハイマー病マウスモデルでmGluR5を標的にすることで、シナプスに C1q が結合を止めることでシナプス喪失を抑制できる)」で、6月1日 Science Translational Medicine に掲載された。
その上で、この薬剤の効果を調べるには脳のシナプス密度を調べることができる小胞体グリコプロテイン(SV2A)を標的と標的にしたトレーサーを用いた PET をバイオマーカーとして用いられること、すなわち AD モデルマウスにこの薬物を1ヶ月服用させると、シナプス密度を回復させられることを明らかにしている。
あとは、薬剤投与による遺伝子発現変化を single cell RNA seq で調べ、AD 進行に関わるとして知られる遺伝子を含む多くの遺伝子の発現を、特に神経細胞で正常化できること、さらにはシナプスを元に戻すことで、Tau のリン酸化を防げることも明らかにしている。
その意味で、生活スタイルと子供の腸内細菌叢の発達を調べることはこの分野の重要課題だが、これに正攻法でチャレンジしたのが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文で、6月10日号 Science に掲載された。タイトルは「Robust variation in infant gut microbiome assembly across a spectrum of lifestyles(様々な生活様式を超えてみられる子供の腸内細菌層の大きな多様性)」だ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、昨日のGLP-1による食欲抑制の研究と同じで、炎症感知から発熱までの神経回路を丹念に特定した研究で、6月8日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A preoptic neuronal population controls fever and appetite during sickness(病気の際の発熱と食欲減退を調節する視索前野神経)」だ。
この研究でも、immediate early gene発現を元に興奮神経の特定、神経間結合の特定、光遺伝学的神経刺激、特定の細胞の除去、などの遺伝子改変マウスが駆使されているが、これらを利用する出発点は、炎症刺激を最初に感知して興奮する神経の道程になる。これまでの研究で、この機能を持つ神経が視索前野に存在することがわかっていたので、LPSや人工核酸のような発熱物質を投与したとき、視索前野で興奮する神経を、single cell RNAseqを用いて特定し、これがこれまで内部温度を感受する神経とは異なることを明らかにした。
これまで多くの肥満を防ぐと称する薬剤や食品が巷に出回ってきた。科学的な根拠がある薬剤だけでも、レプチンからドーパミン拮抗剤までトライされてきたが、数多くの薬剤が試されたが、副作用などの問題で全て失敗に終わっている。結局肥満に対してはダイエットの努力しか王道はないと思われていたところに、それまで糖尿病の治療に用いられて大きな効果を示していた消化管ホルモンGLP-1 の半減期を延ばしたセマグルタイドが、初期の消化器症状を除くとたいした副作用もなく、肥満解消を実現したという報告が the New England Journal of Medicine (Vol 384, 989, 2021) に発表された。
これに刺激され、経口薬の rybelsus や GIP/GLP の療法の作用を持つ tirzepatide など、糖尿病ではなく肥満に対する薬剤として治験が始まっていた。今日紹介するイエール大学とイーライリリーを中心にした国際チームによる論文は GIP/GLP 両作用が確認された tirzepatide を1週間1回皮下注射の効果を調べた、2000人規模の無作為化偽薬試験で、「肥満は薬剤で」という時代を予感させる臨床研究だ。タイトルは「Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity(週1回の tirzepatide 注射による肥満治療)」で、6月4日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。
今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、Parkin がインフラマゾーム構成成分の NLRP3 を分解して炎症を抑えており、この経路が変異で阻害されると、NLRP3 活性化、カスパーゼ活性化の経路が動いて神経細胞死が誘導されることを明らかにした研究で、6月1日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Neuronal NLRP3 is a parkin substrate that drives neurodegeneration in Parkinson’s disease(神経細胞の NLRP3 はパーキンの基質でパーキンソン病の神経細胞死の原動力になっている)」だ。
今日紹介するイエール大学からの論文は、ミトコンドリアの代謝活性と比例する advanced lipoxygenation endo-products (ALE) をラマン分光計で計測することで、化石であっても生存時の代謝状態を推定でき、恒温動物か変温動物かを判定できることをしました研究で、5月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fossil biomolecules reveal an avian metabolism in the ancestral dinosaur(化石の生体分子により鳥の代謝が古代の恐竜に存在していたことがわかる)」だ。
元々、ALE はミトコンドリアの代謝が高まることで生まれる活性酸素によりタンパク質の lipoxygenation により形成され、臨床的にも利用されているが、このうち骨を形成するコラーゲンなどの細胞外マトリックスは、ALE として何億年も安定に維持されるらしい。このうち、化石生成過程で変化した ALE と元の ALE の比を計算すると、その動物の代謝程度が推定できる。