12月16日 運動する気にさせるバクテリア:キムチが運動能力を高める理由もわかった(12月14日 Nature オンライン掲載論文)
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12月16日 運動する気にさせるバクテリア:キムチが運動能力を高める理由もわかった(12月14日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月16日
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細菌叢の研究はどこまで拡がるのか、栄養に始まって免疫、そして今では神経まで、人間の生理機能で影響を受けない物はないとすら思える。その中でも今日紹介するペンシルバニア大学からのエクササイズへのモティベーションを細菌叢が高めるという論文は群を抜いて面白い。タイトルは「A microbiome-dependent gut–brain pathway regulates motivation for exercise(細菌叢に依存する腸・脳経路がエクササイズのモティベーションを調節する)」で、12月14日 Nature にオンライン掲載された。

この研究グループの目的はネズミの運動能力の差を決める要因を明らかにすることで、8種類の異なる遺伝形質を持ったマウスをランダムに掛け合わせて得られた雑種マウス199匹の自発的、強制的運動能力を調べ、検出される差と相関する要因を、ゲノム、代謝物、そして腸内細菌叢と相関させている。この方法で調べると、強制的運動、及び自発運動量は大きな差が出てくる。自発運動に至っては、ほとんど動かない怠け者から、2日で40km動き回る個体まで差が出来る。

この要因を調べると、驚くことに遺伝要因との相関はほとんど認められないが、なんと細菌叢との相関が強く認められた。そこで、抗生物質を投与して細菌叢を除去すると、運動量の差がほとんどなくなる。

さて、細菌叢だとわかると、無菌動物への菌移植を用いて菌を特定できる。この研究ではまず、運動量と相関する菌がネオマイシン耐性で、ペニシリン感受性であることを利用して、この性質を持つ菌を絞り込んで、無菌動物に移植すると運動能力を高める2種類の細菌を特定している。

ここまでで十分面白いのだが、この研究では徹底的にこの現象のメカニズムを調べており、実力を感じる。まず、運動量の差の原因を脳細胞のsingle cell RNA sequencingを用いて探り、運動により高まる線条体のドーパミンの維持に、細菌叢が関わることで、エクササイズのモティベーションを高める働きがあること、そしてドーパミン量の維持に関わる分解酵素の運動時の抑制が、細菌叢により維持されるため、ドーパミンレベルが高く保たれることを明らかにする。

次に、細菌叢から線条体へのシグナル経路を探り、TRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが線条体に伝わり、ドーパミン分解酵素のレベルを下げ、ドーパミンのレベルを上げることを突き止める。

そして、TRPV1神経が同時に発現している大麻受容体CB1に細菌叢から分泌される脂肪酸アミドが結合し、TRPV1を刺激してドーパミンレベルを高めることを突き止めている。

実験については詳しく述べなかったが、脳内のドーパミンを経時的に調べたり、代謝物解析など、様々なテクノロジーを駆使した徹底的な研究で、タイトルを見たときは、耳目を驚かすだけの研究かと思ったが、読み終わって印象が完全に変わった。

この研究は、細菌叢と運動にとどまらず、様々なことを教えてくれる。腸のTRPV1刺激が運動能力を高めるとすると、うまくやればドーピング効果と同じ作用を得ることが出来る。例えば韓国の人はキムチが韓国アスリートの強さだとよく言っているが、カプサイシンが効くなら納得できる。また分解酵素を抑制するとすると、キムチや唐辛子でTRPV1を刺激すると、パーキンソンの人の運動能力も高められるはずだ。空想が拡がる面白い研究だ。

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12月15日 Zygotic遺伝子発現のパイオニアファクターの特定(11月24日 Science オンライン掲載論文)

2022年12月15日
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卵子には母親から提供された多くのRNAが詰まっており、これが発生初期の卵を支えるのだが、受精後卵割が始まる頃から、受精によって統合したゲノム、すなわち Zygoticゲノムからの転写が活性化される、これにより本来の胚発生が始まる。ただ、受精後統合されたばかりのゲノムは、染色体の構造が異質であるため、特別な活性化機構が必要と考えられている。

今日紹介する、ミュンヘン・マックスプランク生化学研究所からの論文は、2細胞期に始まるマウスzygotic遺伝子活性化の際、染色体をほどいて遺伝子の転写を助けるパイオニアファクターを特定した研究で、11月24日 Science にオンライン掲載された。タイトルは「Zygotic genome activation by the totipotency pioneer factor Nr5a2(全能性のパイオニアファクターNr5a2によるZygoticゲノム活性化)だ。

zygoticゲノム活性化(ZGA)は一つ二つの遺伝子領域で起こる現象ではなく、ゲノム全体で起こっている現象なので、それを調節する分子は多くの遺伝子領域の活性化に関わる必要がある。2細胞期に ZGA が始まる時期に発現が変化する遺伝子をリストし、対応するゲノム領域に共通に存在して ZGA をガイドすると思われる配列を探すと、なんとトランスポゾンSINE領域が特定される。そしてトランスポゾンに含まれる共通配列結合因子として、核内受容体の一つで機能がわかっていなかった Nr5a2 が特定された。

実は、同じ SINE に結合し、全能性に関わる分子として、これまで研究が進んでいる Esrrb も特定されているが、混乱すると行けないので Esrrb については全て割愛する。

Nr5a2 は幸い阻害剤があり機能阻害実験、Nr5a2 を分解する実験、さらにノックダウン(初期胚では難しい)を注意深く行う実験でこの分子が存在しないと発生が起こらないことを確認し、Nr5a2 がパイオニア因子であることを証明するための実験を行っている。

パイオニア因子というのは凝集したクロマチン内の配列に結合し、周りのクロマチンを緩めて他の転写因子が結合できるようにする分子を意味しており、Nr5a2 がパイオニア因子であることを証明するためには、Nr5a2 が結合した部位のクロマチンが開いていくことを示す必要がある。ただ、一つの遺伝子領域でなく、ゲノム全体でこれが起こることを、しかも材料の少ない2細胞期で示すことはプロの知識と技が必要になる。

この論文を読んで、実に様々なトランスポゾンを用いた標識技術が開発され、少量の細胞の解析に使われているのを知った。

まず、CUT&Tag と呼ばれる、染色体沈降法と同じ目的で使われるが、トランスポゾンを用いて切断、標識を行う方法でより正確に Nr5a2結合サイトを特定し、これをクロマチンのマップと照らし合わせ、2細胞期にクロマチンが開き始める場所に結合していることを確認する。

次に、やはり Atac-seq に似た、オープンクロマチンを調べる方法で、Nr5a2 がクロマチンを開けて他の転写因子に結合しやすくする機能を持つことを示している。

最後にクロマチンの形成を阻害する人工配列を用いた DNA と Nr5a2 を結合させる実験で、Nr5a2 が直接クロマチンが形成されたゲノム領域に結合することを試験管内で確認し、Nr5a2 がパイオニア因子であるという証明を完成させている。

さらっと紹介してしまったが、2細胞期という実験の困難な時期に、結合した後クロマチンを緩めるパイオニアファクターであることを証明するのは実験的に大変で、それを様々なテクノロジーを使って成し遂げているのは圧巻だ。

生物学的にも、パイオニアファクターの結合部位にトランスポゾンが使われていること、また同じ Nr5a2 が、2細胞期とES細胞では全く異なる遺伝子セットの転写活性化に関わっていることなど、初期発生を考える上で重要な発見だと思う。

この研究はTachibanaさんという日系の女性のグループからの仕事だが、所属を見るとウィーンのIMPから移ってきたばかりのようだ。IMPにはもう一人Elly Tanakaさんという日系の女性が所属しているが、日系の優れた女性研究者が同時に所属し大活躍しているのを見ると、意味なくうれしい。

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12月14日 Bispecific 抗体を用いた骨髄腫治験(12月10日 The New England Journal of Medicine オンライン掲載論文)

2022年12月14日
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2つ(bispecific)、あるいは3つ(trispecific)の特異性を持つ抗体を組みあわせたキメラ抗体を使って、CAR-Tの代わりにする治療法についてはこのブログでも紹介してきた(Bispecific 抗体=https://aasj.jp/news/watch/10395 、Trispecific抗体=https://aasj.jp/news/watch/19166。ただ、これまで紹介したのは全て動物を用いた前臨床試験だったが、今日紹介するマウントサイナイ医科大学を中心とする国際チームからの論文は、ヤンセンファーマが開発した骨髄腫に対する抗体(GPRC5D)にT細胞をガンに惹きつけるCD3抗体を合体させた bispecific 抗体を患者さんに使った治験研究で、12月10日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Talquetamab, a T-Cell–Redirecting GPRC5D Bispecific Antibody for Multiple Myeloma(T細胞を新たな標的に向けるGPRC5D bispecific抗体、Talquetmabによる多発性骨髄腫治療)」だ。

多発性骨髄腫に対しては、古くから抗体が治療に使われてきた。また、様々なメカニズムの薬剤が続々開発され、ステージが進んだ後も新しい治療を試すことが出来る。しかし、それぞれの薬剤で完治することは希なため、一種のいたちごっこが続いていた。

この状況を変えるのではと期待されているのが、形質細胞など成熟B細胞のみで発現する抗原BCMA抗体を用いたCAR-T治療で、再発例の骨髄腫で7−80%のリスポンスが見られるという素晴らしいデータが報告されている。ただ、CAR-Tは準備に時間がかかること、及びコストの問題があった。

これに対し、CAR-Tを準備する代わりに、CD3に対する抗体を用いて、ガンの近くにT細胞を惹きつけて殺させる可能性を試したのがこの治験で、BCMAの代わりに、骨髄腫で高い発現がある GPRC5D分子を標的にしている。

第1/2相の治験で、無作為化したりコントロールを置いた研究ではない。最初は投与量をエスカレートさせたり、投与方法を変化させたりと複雑なプロトコルになっているので、個々では最終投与法として、週一回405μg/Kg皮下注射、隔週800μg/kg皮下注射の治験のみを拾い上げて紹介する。

まず副作用だが、抗原に対する急速な反応が起こるためのサイトカインストーム、及びGPRC5Dを発現する爪の異常や抜け毛などは、ほとんどの患者さんで見られる。ただ、薬をやめることで改善し、多くの患者さんでは治療を再開している。

さて効果だが、405μg/kg 毎週では、7割の患者さんで改善が見られ、そのうち57%でcomplete response、800μg/kg 隔週で64%で改善、52%でcomplete responseという結果だ。さらに長期生存結果などの評価には時間がかかるが、CAR-Tと比べても遜色ない結果として報告に至っていると思う。

個人的印象だが、bispecific抗体がCAR-Tとほぼ同じ効果を示したことは、かなり大きなインパクトがある。すなわち、同じ薬剤を全ての患者さんに使えることで、コストを下げ、治療開始期間を短縮できる。

おそらく今後、多くのbispecific抗体や、さらに改良型のtrispecific抗体治療が進むと思われる。その上で、CAR-Tが消えていくのか、あるいは代換え不能の治療方法として続くのか、注視していきたい。

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12月13日 新しい抗生物質耐性のメカニズム(12月9日 Science 掲載論文)

2022年12月13日
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コロナパンデミック以来、一般紙に掲載される感染症の数が確実に増えている。しかし、これは必要や政策だけの結果ではなく、感染症の研究が生物学的にもいかに面白いかがわかってきたからだろう。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、抗生物質が開発されるまでは感染症の王者だった結核菌が抗生物質に耐性を獲得するときの、全く新しいメカニズムを明らかにし、治療にあたっての新たな注意を喚起した研究で、12月9日号の Science に掲載された。タイトルは「Tuberculosis treatment failure associated with evolution of antibiotic resilience(結核治療の失敗は抗生物質に対する快復力の進化に関わる)」だ。

治療する側から考えると、病原菌の進化はそのまま耐性菌の進化と重ねてしまうが、コロナパンデミックで分離されたウイルスからわかるように、病原体の方では少しでも生産性が上がるようにと、あらゆる進化が進んでいる。この研究ではまず、結核菌の進化に関わるゲノム変化を、世界中の5万人の結核患者さんから分離した結核菌の遺伝子配列から特定しようと試みた。

現在では結核と診断されれば治療が行われているので、当然結核菌の進化としてリストされてくる多くの遺伝子変化は、様々な抗生物質の標的分子に直接関わっている。しかし、それ以外にほぼ半数の変化は、抗生物質耐性には直接関わらない。

この研究では強い選択圧が働いているが、直接薬剤耐性に関わらない遺伝子リストのトップランクの中から、彼らが resR と名付けた転写因子を選んで、その機能を調べている。

予想通り、様々な抗生剤に対する耐性はほとんど変化しない。しかし、抗生剤処理後の回復力を調べると、resR遺伝子の変異があると、抗生剤を生き延びた菌の快復力、また増殖力が著明に高まっていることをがわかった。

この形質変化の原因を探ると、細胞分裂や細胞のサイズを決定する転写因子 WhiB2遺伝子の転写を高め、抗生剤が洗い流されて増殖がスタートするときの増殖速度が高まることがわかった。また、WhiB2も結核菌の進化の過程で変異が蓄積していることも明らかになった。

この結果は、ガンの幹細胞のように静止期の細菌が存在し、これが抗生剤の作用を生き残れると、今度は急速に増殖して個体数を高めていると考えられる。とすると、治療が中途半端に終わったばあい、このような変異体が増えてくる可能性が想定される。

そこで、開発途上国でよく行われる、治療期間をもっと短くする可能性を追求する治験研究を選び、治療後再発したケースについて結核菌の遺伝子を調べると、予想通りresR や WhiB2 の変異が蓄積することを確認している。

以上が結果で、結核の治療に関してはできるだけ治療期間を短くする方向で研究が進んできたが、抗生剤を問わず、薬剤をやめてからのリバウンド活性を上げる変異が現れることを考えると、この変異を組み入れた治験を行う必要がある。結核は決して終わった病気ではない。このような変化が蓄積してくると、とんでもない病原菌へと変化することすらある。ガンと同じで、十分治療を行い、菌の流通量を極力減らすことが重要だ。

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12月12日 肉食の原生生物を調べてみたら新しい生物界を代表していた。(12月8日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月12日
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河川や海の水をすくい取って、そこに存在する DNAを全てシークエンシングして、生息する生物を DNAレベルから特定するメタゲノム解析は、地球上の微生物の多様性を改めて私たちに示してくれた。ただこの方法で新しく見つかるほとんどの生物は、デニソーワ人ゲノムと同じで、実物を見ることは出来ていない。

いかにしてメタゲノム解析から想定される微生物を特定するか、気の遠くなるような努力が行われている。一つの例が、2020年に紹介したわが国産総研が発表した Asgardアルケアの培養分離で、実に10年以上努力を重ねている。

今日紹介する論文は、なんとロシア科学アカデミーからの論文で、カナダ、英国、フランスなどとの共同研究だ。論文が送られたのが今年の6月と言うことで、まさにプーチンの戦争のさなかになるが、このような研究の今後がどうなるのか、複雑な気持ちになる。タイトルは「Microbial predators form a new supergroup of eukaryotes(肉食の微生物は新しい真核生物のスーパーグループを形成する)」だ。

他の真核生物を食べる原生動物として Ancoracysta twistaとColponema marisrubri が知られていたが、同じような肉食と言える原生動物を様々な場所から分離するのがこの研究の目的だ。

バクテリアを食べる真核生物をエサにして、培養を続ける方法で、6種類の新しい肉食原生動物を分離している。形態学や、真核生物を食べる様式の違いから、丸呑みをするNebulidia と食いちぎって食べるNibbleridia に分類している。形態学的には、相手を飲み込むための腹部の大きな溝が特徴になっているが、それ以外は鞭毛を使ってよく泳ぐ原生動物だ。

新しく分離した肉食原生動物のゲノムを解析すると(通常の方法では明確な分類が出来ず、早く進化する部分を除去して比較する site-elimination and alignment recoding approaches を用いて系統を決めている)、Colponema marisrubri が属するHaptista に近いが、完全に独立した界を形成していることがわかった。すなわち極めて古くから分岐した、動物界、植物界など、現在存在する10種類の界に新たに加わる界を形成する原生動物であることがわかった。

ゲノムの特徴は、機能的遺伝子に富むこと、及び界として独立していても、進化速度は遅く、その結果多様性に乏しい。しかし、海底5000mの沈殿DNAのメタゲノムから、世界中に拡がっていることも確認できる。

肉食からわかるように、蛋白分解酵素やリソゾーム分子に富んでおり、またおそらく餌を食べる過程を調節するカルシウムシグナル経路に関わる分子を多く持っていることが示されている。

そして最も面白いのが、キラーT細胞が相手を殺すために使うパーフォリン分子の持つアタックドメインを持つ蛋白質を多く持っていることで、この分子の進化を調べるための必須の生物であることがわかる。

他にも、ミトコンドリア遺伝子から核遺伝子への移行が遅いことなど、新しい界の特徴が上げられているが、省略する。

要するに、肉食原生動物を探していたら、新しい界を特定できたという話で、地球上にはまだまだ新しい生物が存在することを見事に示した研究だ。このような研究がロシアから共同研究の形で今発表されたことの意義は大きいが、今どうなっているのか?論文は6月に送られ12月にオンライン掲載される異例の早さだが、この早さも気になる。

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12月11日 人工甘味料アスパルテームは不安神経症を誘導する(12月2日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2022年12月11日
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以前、スクラロースやアスパルテームを摂取すると、細菌叢を変化させて、その細菌から出る物質がグルコース耐性能を低下させるという論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/2190)。この論文は細菌叢が代わったという点で意外性があったので騒がれたが、それ以外にも隠れた危険性を指摘する論文が発表されており、多くの飲料や食品に使われている人工甘味料をもっと規制すべきであると考える人は多い。

今日紹介するフロリダ州立大学からの論文は、アスパルテームが分解されて生成されるアスパラギン酸やフェニルアラニンが脳の扁桃体に作用して、不安神経症を誘導する可能性があることを示した研究で、12月2日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Transgenerational transmission of aspartame-induced anxiety and changes in glutamate-GABA signaling and gene expression in the amygdala(アスパルテーム誘導の不安症と扁桃体のグルタミン酸-GABAシグナルの変化や遺伝子発現の変化は次世代にも伝わる)」だ。

米国ではおよそ5000種類の飲料や食品にアスパルテームが使われているようだ。特にダイエットやカロリー0をうたうためには必須の添加物になる。ただ、FDA は一日の最大使用量を規定している。

この研究ではマウスに換算して、FDA が決めた最大量の15%相当(カロリー0ソーダ缶の2-4本分)を、なんと18週間にわたって経口的に摂取させたという研究で、夏にちょっと一本といった量ではないことを断っておく。

アスパルテームは分解されるとアスパラギン酸、フェニルアラニン、アルコールに分解され、それぞれのアミノ酸は神経システムへの作用が知られているので、この研究では最初からアスパルテーム摂取の神経作用に絞って研究を行っている。長期に摂取を続けさせ、18週目にアスパルテームあるなしでマウスの行動を調べると、不安神経症が誘導されていることがわかる。そして、この不安神経症は、GABA受容体を活性化するディアゼパム投与で解消することから、GABAシグナル低下を介していることが示された。

これを確認する意味で、扁桃体での遺伝子発現を調べると、期待通りGABAシナプスシグナルに関わる分子の発現が低下、逆にグルタミン酸シナプスシグナルに関わる分子の発現が上昇しており、不安神経症を裏付けることがわかった。

これで一つの話にはなるが、この研究ではこの効果がエピジェネティックに遺伝子発現を変化させた結果で、当然脳にとどまらず生殖細胞でも同じ変化が誘導され、父親の精子を介して次世代に伝わるのではと着想、長期摂取させた父親の1世代、2世代目を調べている。結果だが、1世代目では扁桃体の遺伝子発現が変化し、不安神経症を発症するが、2世代目にはその効果は消える。いずれにせよ、次世代に伝わるエピジェネティックな変化が、行動異常の原因であると結論している。

結果は以上で、まずたまに摂取するという場合は全く問題ないが、毎日アスパルテームを含む食品を食べ続ける場合は、注意が必要になる。幸い、精子レベルで変化が見られるので、エピジェネティックな詳しい解析を行えば、人間でも同じことが言えるのかわかるように思う。難しいとは思うが、検討を進めることは重要だと思う。

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12月10日 一般胃腸薬が新型コロナ感染予防に役に立つ?(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月10日
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久しぶりに Covid-19 の論文を紹介する。ケンブリッジ大学からの論文で、なんと普通に胃もたれを予防する市販薬として売られ、そのメカニズムも明らかな薬剤が、Covid-19 の予防に効果があるかも知れないという研究で、12月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「FXR inhibition may protect from SARS-CoV-2 infection by reducing ACE2(FXR阻害はACE2発現を減少させて SARS-CoV-2 感染から守るかも知れない)」だ。

おそらく胆管上皮の遺伝子発現を調べる目的だったと想像するが、胆管上皮オルガノイド培養で ACE2 の発現が胆汁酸により調節されていることを発見する。

胆汁酸は核内受容体FXR を介して作用することがわかっているので、ACE2遺伝子上流に FXR結合部位があるか染色体免疫沈降で確認した後、次に胆管上皮の ACE2発現を、市販薬としても使われている UDCA で抑制できることを明らかにする。

次に FXR による ACE2発現調節が他の上皮でも同じように行われるのか調べるため、気管上皮や消化管上皮のオルガノイドで調べると、UDCAで同じように抑制できる。

そこでオルガノイドを用いて、SARS-Co-V2 感染実験を行うと、上皮内の SARS-Co-V2 の増殖を抑えられることがわかる。また、ハムスターを用いた感染実験系でも、UDCA をあらかじめ投与したハムスターでは感染を強く抑えることを確認している。

後は人間でも同じことが言えるかで、移植出来なかった肺を用いた感染実験で、UDCA を血液に注入することで感染を抑えられることを確認した後、実際の臨床状態を、肝臓病で UDCA を投与された人と、投与されなかった人の入院や重症化の比率を調べると、入院比率は30%、ICU治療が必要になる確率は10%減ることを示している。

さらにこの結果を確認するため、肝移植を受け、2回ワクチンを受けた後感染した人の入院率や重症化率を UDCA投与有り無しで比べると、入院率が20%低下、重症化率が15%低下していることが明らかになった。

以上が結果で、驚くほどの効果ではないかも知れないが、我が国でも市販薬として手に入る UDCA に感染予防効果がある程度あることがわかった。UDCA は脂肪をとったときの胆汁による胃もたれや、場合によっては脂肪を抑えるサプリとして利用されていることを考えると、おそらくほとんど副作用はないのだろう。人混みに行く2-3日前から服用して予防する方法に使える可能性はある。また、構造から考えても、喘息のステロイド吸入のような方法で気道に投与することも可能だろう。少しでもウイルスの流通量を減らすという意味で面白い論文だと思う。

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12月9日 200万年前の生態系を DNA から再構成する(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月9日
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このブログで紹介した最も古い生物のゲノム解析論文は2021年2月に紹介したシベリアで出土したマンモスゲノムの論文だと思う(https://aasj.jp/news/watch/15022)。このように永久凍土の場合、他の生物のDNA侵入が少なく、また DNA の化学変化速度も低下するので、DNA解析が十分可能になる。

ついでに加えると、人類では40万年前のハイデルベルグ原人のミトコンドリアゲノムが、このブログで紹介した最も古いゲノムになる(https://aasj.jp/news/watch/808)。

今日紹介するコペンハーゲン大学を中心にした国際チームからの論文は、さらに古い200万年前のゲノム解読研究だが、暖かい時期に生物が生息した後、長く氷に閉じ込められて現在に至ったグリーンランドの堆積層からDNAを集め、当時の生物相を調べたメタゲノム研究で、12月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A 2-million-year-old ecosystem in Greenland uncovered by environmental DNA(グリーンランドの200万年の生態系が環境DNAから明らかになる)」だ。

グリーンランド北部は100-300万年前は地球温暖化で生物が生息していたことが知られており、現在も研究が続いている。このコペンハーゲン岬と呼ばれる領域に、川などの堆積により形成された地層があり、動植物の化石が出るだけでなく、有機物に富んでいる。

2016年8月に紹介したようにコペンハーゲン大学では土壌に吸着しているDNAを抽出して当時の生態系を知る研究が続けられているが(https://aasj.jp/news/watch/5639)、この研究でも同じ技術をグリーンランド堆積土壌の解析に用いている。

DNAが抽出できるからと言っても、解析は大変だ。土壌の質に応じてどの程度DNAをはがしてこられるのか、平均気温から考えて、DNAの変性速度は、通常温度とどのぐらい違うのかなど、様々な実験を繰り返し、得られた結果を生かして少しでもデータの信頼性を高められるようとする膨大な実験が行われている。まさに、シャノンが開発した情報科学の粋がここで行われていることがよくわかる。

その結果、全体で20億塩基対に相当する30bpより長いDNA断片を集めるのに成功している。これにはその地域に存在した全てのDNAが含まれるが、少なくとも3回以上同じストレッチが発見される場合のみ解析対象にすると、植物では葉緑体、動物ではミトコンドリアのDNAが解析の中心になる。このような動植物ゲノム配列からこの生態系の年代を測定すると、地質学的測定とほぼ一致し200万年前になり、おそらく最古のDNAが解読されたと言っていいだろう。

メタゲノム解析の結果は、予想通りで、抽出されたDNAには100種類の植物属のDNAが発見されており、多くはこれまで花粉や化石として発見されたものに相当する。このように他の方法とDNAを対応させることは重要で、使われた方法の信頼性を示す。特定された植物の多くは、現地球の寒冷地方で存在しているが、新しい属も含まれる。

植物と比べると、動物の種類は少ない。最も驚くのはマストドンのようなゾウ類のDNAが発見されることで、ゾウを頂点とするトナカイやウサギのような様々な草食動物がグリーンランドで暮らしていたことがわかる。

詳しく見れば生態学的には重要な話が満載だと思うが、素人的には現代のグリーンランドからは想像できない生態系が存在していたとまとめれば十分だろう。幸い、今週の表紙を見ればこの研究の結論がわかるようになっているのでそれを示しておく。

今後、南極の氷の下にある土壌、あるいは深海の堆積物など、メタゲノムの対象は無限に存在する。その中からどんな発見があるのか、期待したい。

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12月8日 ケタミンが解離体験を誘導するメカニズム(11月24日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年12月8日
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解離体験というと、自分が身体や世界から切り離された気持ちになる、いわば自分であるという感覚の喪失とも言える状態で、我々の場合ボーとした時にそんな状態が起こるが、重症になると、離人症、多重人格などの病名がつく。体験自体主観的な感覚なので、動物で実験することは簡単でないが、ケタミンにより同じような体験が得られることから、動物の皮質に及ぼすケタミンの作用として研究がされている。このブログでも2020年9月18日、光遺伝学を用いた Deisseroth グループの研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13913)。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、ケタミンがなぜ解離体験を誘導するのかについて、よりわかりやすい説明を提供してくれる研究で、11月24日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Ketamine triggers a switch in excitatory neuronal activity across neocortex(ケタミンは新皮質全体で興奮神経活性のスイッチを誘導する)」だ。

マウスで解離体験を定義するのは難しいが、この研究ではいくつかの行動実験を組みあわせて、自失という状態を測定し、50mg/kg 量が自失状態を誘導するとともに、これまで言われていたように皮質錐体神経の、遅い周波数の興奮が特異的に消失することを確認する。

次に皮質2/3層の個々の錐体神経の活動を追いかけると、ケタミン投与により、それまで興奮していた神経の興奮は低下する一方、休止していた神経が興奮するという、スイッチ現象を観察した。このスイッチは決して2/3層に限らず、インプットが来る第4層でも、アウトプットが出る第5層でも同じように起こっていることがわかった。

要するにそれまでの自分として興奮していた錐体神経の活動が低下し、自分として興奮していなかった神経の活動が活性化しているとわかると、この現象が解離体験に近いだろうというのは素人にも納得できる。まさにこれがこの研究のハイライトだ。

このスイッチのメカニズムを探っていくと、2種類の抑制性介在神経(PVとSST)の両方が抑制されている結果で、この抑制が外れるとスイッチは見られない。ケタミン全身投与では、新皮質全体に同じスイッチが見られるが、ケタミンを少量局所に投与すると、その領域で同じようにスイッチが起こることから、局所レベルの錐体神経と介在神経のサーキットで起こっている現象であることがわかる。

最後に、介在神経が発現しているケタミンが作用する分子、グルタミン酸受容体、及び HCN1チャンネルを別々、あるいは同時に抑制する実験を行い、それぞれ単独の抑制では、興奮している神経を抑える、あるいは休止している神経を高める単独の効果はあるが、ケタミンのように興奮は下げ、休止は上げるという効果は見られない。しかし、グルタミン酸受容体抑制と、HCN1チャンネルの同時抑制をかけると、ケタミンとほぼ同様の効果が得られることがわかった。逆から言うと、現在の世界との関わりを維持し、他の世界との関わりを抑えることが、2種類の介在神経の作用で起こっていること、これを全部押さえると、現実からの乖離が可能であるという結論だ。

以上が結果で、ケタミンが錐体神経の興奮スイッチを誘導することで、解離体験が生まれること、さらにこの神経変化が、2種類の介在神経を同時に抑えることで再現できることを示して、ケタミンによる解離体験の生理学的機構を明らかにした点で、この研究は重要だ。ケタミンはうつ病を抑える薬剤としても使われていることから、新しい治療法の開発にもつながる面白い研究だと思う。

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12月7日 アミノ酸が同じでもコドンが異なれば酵素活性が変化する(12月5日 Nature Chemistry オンライン掲載論文)

2022年12月7日
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分子生物学と長く付き合ってきても、全く想像だにしなかった現象についての論文を紹介したい。

ペンシルバニア州立大学からの論文で、アミノ酸の種類が変化しない遺伝子変異(synonymous 変異)が起こると、酵素活性が変化するという現象について、実験的・理論的に検証した研究で、12月5日Nature Chemistry にオンライン掲載された。タイトルは「How synonymous mutations alter enzyme structure and function over long timescales(アミノ酸レベルで同意義の変異が長い時間スケールで酵素の構造と機能を変化させるのか)」だ。

化学の論文を読む機会があまりないので、実験や理論の詳細については完全に理解したわけではないが、結論は理解することが出来る。しかし、化学の論文も読んでみる物で、化学者の方法や思考は、生物学とはずいぶん違うこともわかった。

何よりも、生物学では酵素の機能はアミノ酸配列で決まると思っているし、変異でもアミノ酸が変化しない synonymous 変異は、生物活性に何の変化もないと思っていた。

しかし、大腸菌の実験系では、synonymous 変異により、翻訳のスピードが変化し、その結果翻訳後の蛋白質の酵素活性が異なることが知られていたようだ(私だけが知らなかっただけかも?)。この研究では、3種類の酵素に、synonymous 変異を導入し、その mRNA の翻訳速度を調べると、それぞれスピードは2倍以上変化することを示している。確かに、翻訳速度の違いについては、それぞれのコドンに対する tRNA の量もちがうし、リボゾームとの相性も違う結果、このぐらいの翻訳速度が変化する可能性は納得できる。

こうして翻訳した蛋白質の酵素活性を調べると、2種類の酵素では翻訳速度が速いと、活性が低下する。一方、一つの酵素は翻訳速度が違っても、酵素活性に違いがないことがわかった。

この理由を説明するために、それぞれの蛋白質の折りたたみ過程と構造についてモデルを立て、折りたたみ過程で、完全に失敗ではないが、酵素活性が低いギクシャクした状態が発生することが、全体での酵素活性の低下につながることを明らかにしている。

この状態を entangled state と名付けているが、この状態は時間がたてばシャペロンがなくとも完全に正常の構造をとることが出来る。そして、翻訳時に entangled state が発生し、リボゾームから遊離した後、時間をかけて自然に entangle state が解消することを示している。さらに、蛋白質によって、このような entangled state は何種類も複雑に存在する。この結果、完全に正常な構造にたどり着くまでの時間は蛋白質により変わる。

これらの結果から、

  1. Synonymous 変異により翻訳速度が変化すると、翻訳が早い場合様々な entangled state が発生する。
  2. 酵素によっては、この entangled state はすぐに解消されるので、変異があっても活性は変わらないが、酵素によっては複雑な entangled states がリボゾームから遊離後も改正に時間がかかり、酵素活性が低下する。
  3. Entangled state の多くは、可溶性で、正常に近いため、分解処理されることはないが、全体の酵素活性は低下する。

以上が結論で、私だけかも知れないが、大変勉強になった。どんなに小さな変化でも、進化という長い時間スケールでは影響があるはずで、どのコドンを使うのかの重要性が良く理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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