2013年8月30日
今日はNature Medicineの一種社説を取り上げてみた。実際の記事は英語。
http://www.nature.com/nm/journal/v19/n8/full/nm.3301.html
6月シカゴで開かれたアメリカ医師会で肥満を病気と認めるかどうかについて投票が行われた。60%以上の賛成で可決されたが、これに対する意見を述べた記事だ。意見の調子はおおむね否定的で、この決定に対して医師会の専門会委員会自体が疑問を呈していることを紹介するところからはじめている。その上で、医師会が賛成する理由について紹介している。勿論肥満がさまざまな疾患を生むことは当然だ。また、アメリカ人の1/3がボディマス指数で言えば肥満と診断され、世界には5億人を超すという状況を考えれば、当然取り組まなければならない。この目的を手っ取り早く果たすためには、病気であると認定して、ショックを与えた方が効果があるという訳だ。肥満を理由に社会差別が起こることを防ぐためにも肥満を病気と認めるべきという理由になると、さすがにアメリカ的だと思える。いずれにせよ、これだけなら全員一致で賛成だろう。しかし、40%は反対した。勿論科学的にどこまで肥満というのか、基準をどうするのかは難しい問題だなどの理由だ。その上で、最も深刻な問題として懸念されているのが、病気と認めることで医療が発生し、医療費の高騰を招くというものだ。すなわち、脂肪除去術を含め多くの治療が医療のもとに行われることに対する懸念だ。この議論を紹介した上で、Nature Medicine紙は、肥満を病気とするために必要な科学的基準の設定が難しいことを指摘し、更なる研究が必要であると締めくくっている。
高脂血症、高血圧、糖尿病、いわゆる3種セットと言われる疾患は、境界に多くの病気予備軍と言われる人がいる。また生活習慣病とは言い得て妙で、生活習慣を改めることで結構コントロール可能だ。従って、どこからが医療で、どこからが個人の努力かの境が曖昧になる。実際、これらの病気に対しては様々な薬品が開発され、いずれも会社のドル箱になっている。このドル箱の薬は特許期限が切れて各会社も次の手が必要になっている。このように穿って考えだすと、今回の投票も何となく裏が透けて見える気がするのは私だけだろうか。専門科委員会がこの投票に対して出した意見でも、この点が指摘されている。これから議論しなければならないのは、薬が病気を作るという問題だ。これまではこれは副作用を意味していた。しかしこれからは、薬が開発されることで病気が作られることだ。いずれにせよ、医師会や専門家だけで決めていい問題でないことだけは確かだ。これについては、専門家向けの本では議論されているようだが、薬が病気を作るとなると、あらゆる人の問題だ。日本のメディアでも是非取り上げてほしかった。
2013年8月28日
今日は8月26日朝日新聞富岡記者の記事を取り上げた (http://www.asahi.com/national/update/0825/TKY201308250154.html)。もちろんオリジナルな論文も読んだが、今回は記事の日米英比較を行ってみたい。ネットでアクセスできたのは、英国Telegraph紙(http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/10246709/More-than-four-cups-of-coffee-a-day-increases-the-risk-of-an-early-death-says-study.html)、及び米国USA Today紙(http://www.usatoday.com/story/news/nation/2013/08/15/coffee-consumption-death-risk/2655855/)の記事だ。今少なくとも米国では、コーヒーの安全性について関心が高まっていることは確かだ。ScienceNewsLineにも様々な論文が連日紹介されている。一番新しい記事は26日付で。Cancer Cause and Control紙で発表されたFred Hutchinsonがんセンターからの研究で、1日4杯以上のコーヒーは前立腺ガンの患者さんの再発を抑える働きがあるという嬉しい話だ。タバコ、高脂肪食、砂糖と進められてきた健康キャンペーンが、コーヒーを標的にしだしたかもしれない。しかし、このような嗜好品や生活習慣についての記事を書くのは大変だと思う。なぜなら、査読を通った医学論文ですら賛否両論あるからだ。従って、この仕事だけを正しいとして紹介するわけにはいかない。とは言え、Telegraph紙は淡々と、この仕事を紹介して、余分なコメントを全く加えることなく記事にしていた。これだけ読めば、皆さんコーヒーを控える。一方、朝日もUSA Todayも、一方的な報道は避けるべく、他の意見も記載している。例えば両紙ともNIHからの論文を紹介して、逆の結果もあり得ることを示している。(朝日は「一方で、米国立保健研究所(NIH)などは昨年、50~71歳の男女40万人対 象の 疫学調査 で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の 死亡率 が1割ほど低いとの結果 を発表している。」)。同じように、両紙とも最後は各国のコーヒー協会からのコメントで締めくくっていることも面白い。ただUSA Todayはアメリカコーヒー協会の強い反論を紹介している。曰く「今回の結果は通常の科学や科学的研究方法から逸脱している」。さすがアメリカだ。朝日が日本コーヒー協会コメントとして載せているのは「日本人はコーヒーを週平均10・7杯(1日1・5 杯程度)飲んでいる」。なんと大きな違いだろう。どちらも同じような書きぶりだが、今回はUSA Todayの方がうまく書いていたと思う。UA Todayでは、この問題が今現在議論が白熱している領域であることを真っ先に書いている。すなわち、「コーヒーの健康へのリスクの論争はますます白熱してきた」と、一言で読者の注意を喚起している。勿論優劣を付けている訳ではないが、今後このような記事の国際比較もおもしろそうだ。いずれにせよ、この様な記事を読んでも特にコーヒーを控える人はあまりいないだろう。
しかし、この論文で私が何よりも驚いたのが、この研究の対象が、 The Aerobics Center Longitudinal Study (エアロビックスセンター長期研究)に参加している点だ。どんな組織か知っているわけではないが、当然エアロビックスと関わる組織だろう。日本の研究者が、コホートコホートと旧来の組織を念頭に声高に叫んでいるとき、アメリカではこのようなしなやかな発想で研究が進んでいるのを知ると、少しめげてしまった。
2013年8月28日
京都大学で生まれた稀少難病薬が一昨年に日米で発売されましたが、昨年はその売上が1,500億円に達して、2年目にしてブロックバスター入りしました。
フィンゴリモド(fingolimod)は、京都大学薬学部 藤多哲朗教授(当時)により冬虫夏草の成分を基に見出され、吉富製薬(現田辺三菱製薬)との共同研究・開発を経て、ノバルティス社(スイス)にライセンスされて多発性硬化症( MS)の治療剤として承認を受け2011年に発売されました。日本では、「イムセラ」(田辺三菱製薬)および「ジレニア」(ノバルティスファーマ)として、それぞれの独自商品名で共同販売されています。
多発性硬化症(患者会「MSキャビン」 http://www.mscabin.org/)は、感覚障害、視神経炎、運動麻痺などが認められる中枢神経系の炎症性脱髄疾患で、厚労省の難治性疾患克服研究事業において特定疾患に認定された130疾患に含まれる疾病で、国内における患者数は、約15,000人と代表的な稀少難病です。
本剤は、既存の治療薬とは異なる全く新しい作用機序(リンパ球上のスフィンゴシン1-リン酸受容体(S1P受容体)に作用して、自己反応性リンパ球の中枢神経系への浸潤を阻止し、その結果、多発性硬化症における神経炎症を抑制する) を持つ免疫調整剤の一種です。
藤多京大名誉教授の熱心なご尽力に加え、過去20年間内外製薬企業の合従連衡に耐えての厳しい開発業務の成果でしたが、残念ながら国内の製薬会社単独の発売とはなりませんでした。今年5月の田辺三菱製薬の「昨年度決算説明会」では、ライセンシーのノバルティス社から195億円のロイヤルティを得たと発表しており、一製品で得た収益としては同社として最上位クラスであったはずです。因みに、「イムセラカプセル0.5mg」は、1日1回経口投与で、薬価は8,172円/カプセルです(2011年11年25日の当初薬価収載時)。
その市場性のなさから、研究段階から見向きもされない稀少難病治療薬ですが、患者のためにリスクに挑戦して医薬品とすれば、企業にとっても十分利益になることが裏付けられました。この成功例に基に、大学の研究室での研究対象に加え、製薬会社や化学会社など他業種の研究室においても、難病治療薬にも目配りされ、その創薬の芽を見落すことなく、さらに開発に向けての検討がなされる契機となることを願っています。 (田中邦大)
2013年8月27日
このサイトの記事は http://www.sciencenewsline.jp/biology/ で読めます。
実を言うと、このサイトで取り上げる科学報道記事のほとんどは、理化学研究所・社会知創成事業に属する浅川茂樹さんが毎朝送って来てくれる科学新聞記事のリストから取り上げている。本当に感謝している。ただ、いつも科学報道記事、特に論文になった研究の仕事がある訳ではない。昨日、今日とそんな日が続いた。このため、敢えて日本の報道がほとんど取り上げない記事を、前に述べたScienceNewsLineの日本語記事から拾う事にした。記事のタイトルは、「チェルノブイリの現在から判るフクシマの未来」と言うセンセーショナルな題だった。
本題に入る前に、一つ発見した事を報告しておこう。前にScienceNewslineが、経済的にどう運営しているのか不思議だと語った。今回英語の記事をよく見てわかったのは、大学のプレス発表を集めていることだ。もちろんそのまま転載しているわけではない。自分のところで書き直している。いずれにせよ、大学のアウトリーチ活動とつながっている。もし専門知識を持った客観的な記事の書ける集団によるこのようなサイトが出来れば、読む方はそこを見れば全てわかって便利だろう。大学も科学に興味のあるより広い層にニュースを呼んでもらえる。この様なサイトが増えると、ある意味で新聞はいらなくなるかもしれない。報道の目指すべき事を深刻に考えるときが来ている。
さて取り上げられる回数からみて、報道と、ネットの差が激しいのが福島原発事故についてだろう。福島については、実際ネットだけでなく、我が国の報道は外国の報道とも大きくトーンが違っている。典型的な例が、昨年琉球大学の檜山さん達が原発近くの蝶に遺伝的可能な異常が蓄積した事を発表したScience Reportの記事だろう。もちろんほとんどの日本のメディアは報告しなかった。多分科学的に正しいかどうかj自信がもてなかったのだろう。実際、私の友人、大阪大学の近藤滋君は、コントロールの取り方がおかしいと批判していたのを思い出す。しかし、私は事故の生物への影響を決めようとして、この論文だけ公開の議論を行う事自体が不毛だと思う。科学でどちらが正しいかを近視眼的に議論しても仕方がない。重要なことは、福島原発事故の近くの動植物についての長期的調査研究は、人間についての調査と同様に極めて重要であると言うことだ。一定の条件で、世界の研究者にこの領域を開放し、実際に何が起こっているのか科学的に検証する事で、将来に大きなデータを残すことが出来る。檜山さんが正しいかどうかなども、遺伝子配列を調べていけばより正確なことがわかる。しかし、今の文科省はそのような研究に助成金を出すだろうか?科学的でないと抹殺するのだけではよくない。問題があるかもしれないが、より積極的な研究を促進するために助成金を増やすべきだぐらいの事を文科省に提言するぐらいのセンスが報道にほしい。政策当局が臭い物にふたをするしか能がないとすると、二度と得られない大事な資料は失われていく。例えば福島で野生動植物のフィールドワークをする特別の研究班は編成されているのだろうか?多分ないのではと思う(間違っていたら是非指摘を)。例えば、檜山さんの疑問からスタートして、フィールドワークや動植物についての研究やそれに対する助成が行われているかどうか調べて公開するのも報道の役割だ。
さて、Sciencenewslineの記事に戻ろう。これはチェルノビリで2011年から2012年に捕獲された1000羽以上の鳥を調べたアメリカサウスカロライナ大学のMousseauさんとMøllerさんの仕事で、PlosOneとMutation Reasearchに掲載されたばかりだ。Mutation Reasearchではアルビニズム(皮膚から色素が失われる)とガンの発生率について、PlosOneに掲載された仕事は放射線障害として知られる白内障の頻度を調べている。いずれも、様々な統計処理を行うと、チェルノビリで捕獲された鳥は上昇しているという結論だ。もちろん、論文はフィールドワークで、実際検出された異常が遺伝的かどうかはまだまだわからない。また、ゲノムなども調べられていない。このように、私もこの論文だけで結果が正しいかどうか判断できるとは思わない。とは言え、あら探しをヒステリックに行うのは愚の骨頂だ。アメリカの研究者がチェルノビリのフィールドワークを現在も続けていることに感心すべきではないだろうか。今東北メガバンクで事故の影響が心配される集団の大規模コホートが行われている。同じように、汚染地にずっと居続けている動植物を採取、様々なデータの蓄積、特に経時的なゲノム解析データの蓄積、および採集した動植物の掛け合わせ実験など、今しかできない基礎的研究をしっかり進めるべきだと思った。
2013年8月26日
24、25日と、京大再生研の瀬原さんに頼まれ、白眉プロジェクトの応募者の面接を行いました。面接の様子は勿論口外出来ませんが、久しぶりにわくわくするインタビューでした。自分のしたい事をしっかり見つけて自ら道を拓いている、独立心旺盛な優秀な研究者が我が国にしっかりと育っている実感を持ちました。こんなにすばらしい若い人が応募してくるだけで、この白眉プロジェクトは成功していると言えます。是非来年も伯楽としてお手伝いしたいと思いました。
2013年8月24日
2013年7月19日(金)11:00~12:00
難しい科学用語を知り、科学の現状を考えるワークショップ企画の第1弾として、
「Orphan drug」について考えるワークショップを葺合高校にて開催しました。
「Orphan drug」とは稀少難病治療薬のことを表す言葉です。ここで使われる「orphan」とは、英語で「孤児」「みなしご」という意味を持っており、対象となる患者数が少ないために利益が見込めず製薬会社による開発が進みにくいという稀少難病の治療薬の現状を受けてつけられた名前です。
現在日本では、「Orphan drug」に日本語訳名をつけず、そのまま「オーファンドラッグ」と呼び、稀少難病の治療薬を表現しています。
今回のワークショップは、高校生のみなさんに稀少難病治療薬に関する現状を知っていただくと共に、治療薬の開発を待ち望む希少難病患者さんにとって希望の持てる新しい名称を考えてもらおうと企画しました。
ワークショップには葺合高校のボランティア活動クラブ・すぎな会の1年生から3年生のみなさん24人が参加してくださいました。また顧問の先生をはじめ葺合高校の先生方(ALTの先生を含む)もオブザーバーとして同席くださいました。
参加者のみなさんには、まず、オーファンドラッグの現状について簡単な説明を聞いていただきました。その後、4つのグループに分かれて、思いつくままに名称を付箋紙に書き、それを模造紙に貼り付けていきながら、その言葉を考えた理由や、言葉への思いなどを出し合っていただきました。
だいたいの意見が出そろったところで、グループごとに模造紙を提示しながら、出された名称や意見、そしてグループでのおすすめの名称案を発表していただきました。
発表された名称案には、
「レインボードラッグ(rainbow drug)」
「フェニックスドラッグ(phoenix drug)」
「スマイルドラッグ(smile drug)」
「明るい希望のへの薬(bright future drug)」
「乗り越える薬(overcome drug)」
など、希望を感じさせることばがたくさん使われていました。
また、オーファンドラッグの読みを少し変化させた、
「Oh! fun drug」という楽しい名称案もありました。
ALTの先生からは、フェニックスはハリーポッターシリーズにも登場し、その涙が傷を癒す効果があるとされることなどから、「フェニックスドラッグ」は、稀少難病にぴったりなよい名前ではないかという意見をいただきました。
高校生の躍動する心から生まれた数々の希望の名称。
このワークショップを通じで稀少難病のこと、患者さんの直面している現状や課題をしっかり見つめて考えるたいへん貴重な機会となりました。 (企画/運営:藤本 記事:麻生)
2013年7月20日付 神戸新聞朝刊
(掲載許可承認済)
神戸市立葺合高等学校ホームページのワークショップ記事へ→
神戸新聞NEXTの記事へ→
2013年8月22日
朝日新聞は記事のペーストを許可していません。必要な方は
http://www.asahi.com/tech_science/update/0820/TKY201308200025.html を参照してください。
今日の朝日の記事は、糖尿病の患者さんが認知症になるリスクを簡単に評価出来る基準を提案する論文について紹介している。論文はLancet Diabetes and Endocrinologyに掲載されているが、まだ私はオリジナルな論文にアクセスできていない。
患者さんの立場から見た時、役に立つ情報であれば、日本発であろうとなかろうとどちらでもいい。大岩さんは患者さんに役に立つ情報を世界にまで守備範囲を広げて探し出し、レポートした。この点を高く評価したい。特に、リスク度を判定するチェックリストを理解しやすい形で提示している点がすばらしい。実際医師でなくとも、自分のリスクをこの表で調べる事が出来る。これまで紹介して来たSciencenewslineもこのLancet Diabetes and Endocrinologyに掲載された論文について紹介しているが(残念ながら英語版だけ)、このチェックリストは示されていない。論文の内容をしっかり消化して記事にする、当たり前の事が当たり前にできている記事だと感じた。とは言え、私自身はこの論文にアクセスが出来なかったため、オリジナルな論文と比べる事が出来ていない事は断っておく。
朝日の記事とSciencenewslineの記事を比べて一つ気になったのが、カイザーパーマネント研究所と言う記載だ。SciencenewslineではKaiserPermanent Division of Researchとなっていた。いずれにせよ聞いた事がなかったので、Sciencenewslineの脚注にあったこの組織の概要を覗いて驚いた。この概要は、「カイザーパーマネントはヘルスケアの未来のために、アメリカトップのヘルスケアと非営利の健康増進計画を提供する組織で、900万の会員を擁している。実際には会員と医師や様々な医療スタッフをつなぎ、会員が最適の健康管理と医療を受けられるよう活動している組織」と要約出来る。すなわち毎日の健康管理から医療まで会員に提供する目的で1945年に創立された組織で、現在では研究所を持っており、これが今回論文を発表したDivision of Researchだ。ホームページを見て更に驚いたのは、この組織に17000人の医師が組織化されており、患者さんと繋がっている点だ。このような組織だと多分コホート研究など長期的視野の必要な研究も、ずいぶん楽に進むことだろう。またこの組織は将来の医療についてのはっきりとしたアジェンダを持っている。このことが今回のような明確な研究につながったのだろう。Sciencenewslineでも複雑な診察や検査なしに、病歴からだけこのリスクスコアが得られることの重要性が強調されていた。
ひるがえって我が国を見渡すと、「これからコホート研究が重要で予算化が必要」と叫ばれている。もちろんヒトゲノムなど様々な進展があってのことだろうが、提案されている研究自体は従来と同じ手法のトップダウン型のコホート研究だ。すなわち科学的にコホート研究を始めることだけが意図されており、10年、20年という将来の展望がほとんど皆無だ。本当に長期的視野で考えるなら、患者さん、かかりつけ医、研究者の関係を再構築していく、ボトムアップの方向性が今こそ求められているのではないだろうか。少し望みすぎかもしれないが、記事でも研究だけではなく、それを行ったカイザーパーマネントについても紹介をしてほしかったなと思った。
2013年8月21日
朝日新聞は記事のペーストを許可していません。オリジナルな社説は以下のURLを参照ください。 http://digital.asahi.com/articles/TKY201308200551.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308200551
原則として報道ウオッチは論文発表の研究に対する報道を対象としているが、今日は朝日の社説の書きぶりが少し気になったので取り上げてみた。「医療の改革 患者の協力も必要だ」と言う社説で、8月21日に閣議設定される社会保障改革について意見だ。今回の案では、「医療機関の設備戦争につながり、過剰医療と医療費高騰を生む医療機関のフリーアクセスを考え直すべき」とうたわれる。社説では、「かかりつけ医が住民に信頼されるかどうかにかかる」という改革案の本質を見抜いている。しかし、結論としては報道中立の原則にとらわれて、「患者に我慢をしいて、簡単な話ではないが・・・将来世代に付け回し出来ない」と結んでいる。しかしこれでは社説でも何でもない。私は科学報道を中心に見ているが、現在の報道が、「出来事を最も常識的にまとめて伝える」事ばかり考えているように見える。少なくとも社説ぐらいはもっと本質を見抜いた将来への提案がほしい。かかりつけ医が信頼されることがこの案の鍵であることは私も同感だ。
改革案をまじめに進めるとすると、結局かかりつけ医が信頼されるようになるしかない。そのために何が必要か?最も大事なのは、かかりつけ医の医療知識、技術レベルが高いレベルで安定する事に他ならない。従来これについては教育と倫理の問題で片付けて来た。しかし、IBMの創業者の名前(?)をとった診断ソフトや、ゲノム解析の一般化など、患者さんやかかりつけ医の標準化を促進する新しいトレンドが生まれている。前に紹介したPatientlikemeのように、かかりつけ医の信頼性を、患者さんの知識が補っていく可能性すらある(collective intelligenceでいつか紹介したい)。
IBMは新しいシークエンサーを開発して100ドルゲノムを目指している。GoogleはGoogle healthでは失敗したようだが、そこから派生した23&meはゲノム解析ビジネスの代表になっている。このように、新しい技術が医療を先端だけでなく、底辺から変えようとしている。また、将来のアジェンダを見据えている企業は既に様々な対応を進めている。そんなとき、もっともらしい話で社説を済ませる気が知れない。
では私に案はあるのか?いくらでもある。なぜなら、21世紀のアジェンダが患者側からの医療や医学の変革だと確信しているからだ。この視点で見れば、多くの可能性が見えてくる。例えば分子標的薬の中には、これまで大病院でしか可能でなかった治療を、かかりつけ医で対応できるようにするポテンシャルを持った物もがある。今後はこのコラムでいろいろ紹介していきたい。
2013年8月19日
読売、毎日ともに、オリジナル記事をペーストする事は許されていない。必要な方は以下のURLを参照していただきたい。(http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130815-OYT1T00274.htm)同じ研究は8月15日の毎日新聞でも「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」(http://mainichi.jp/select/news/20130815k0000m040111000c.html)として紹介された。
ほんの一部の例外を除いて、がんの発生には遺伝子の突然変異が必要だ。英国サンガーセンターのMichael R. Strattonのグループは、がんのゲノム上に突然変異を引き起こす過程についての数理的モデルを構築し、Cell Report紙に発表している。今回の論文はこの数理モデルを使って、7000以上のがん細胞の全翻訳領域(エクソン)を調べ(エクソーム解析)、様々ながんに見つかる突然変異の成り立ちを22のパターンに分類する事に成功した。私は数理については素人だが、そんな私でもこの論文の「売り」がこの数理モデルであることはわかる。実際、この仕事のほとんどはサンガーセンターの3人が行い、Strattonが全ての責任を負う著者である事が明示されている。
以前に発表された数理モデリングの仕事は数式が出て来たりで、数理の苦手な私にはよくわからなかった。それでも、今回の論文は十分楽しむ事が出来た。分類された突然変異の出来かたのパターンが生物学的にもかなり理解できるように書かれている。特に、老化、APOBECや AIDなどの脱アミノ酸酵素、乳がんの原因遺伝子BRCA1/2、喫煙等々のいわゆる変異の原因と、数理モデルに基づいて決定される突然変異の出来かたのパターン、そしてそのパターンに対応して予想される分子過程などの相関がわかりやすく提示されており、大変面白い論文だった。また、どのようにがんに突然変異が蓄積するかを分類する事は、がんの成り立ちにとって極めて重要で、いずれは予防にもつながる。
さて記事であるが、読売の記事は最悪といっていい。まず、このまま読んでしまうと今回の仕事があたかもがんに特徴的な遺伝子変化を探索しているように錯覚する。実際「各部位のがんに特徴的な遺伝子の変化を特定し」「今回見つかった22種類中、いずれか2種類以上の遺伝子の変化か起きているという。肝臓がんと胃がん、子宮がんでは、主に6種類の変化か重なることかわかった。」などと書かれると、読者はがんに特徴的な突然変異自体が発見されたように錯覚する。この仕事はあくまでも、突然変異の起こりかたの分類であり、突然変異自体ではない。記者が理解できているのかどうか、大いに反省が必要だ。
一方毎日は、内容の点では少しはましだ。「その結果、がんを誘発する22種類のパターンを発見した」と、研究されているのが遺伝子の変異の出来かたのパターンである事ははっきり書いている。また、「各パターンと、生活習慣などとの関係を丹念に調べることで、がんが発生する仕組みの解明につながる」と、突然変異の出来かたと、それが喫煙など生活習慣と関わる可能性がある事にも触れている。しかし、「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」と見出しを書いてしまえば最初から誤解を生む。また、「がんを誘発するパターン」と書いてしまうのもいただけない。この仕事でわかるのは、あくまでも突然変異の出来かたのパターンだ。それをがん誘発パターンと言うのは正しくない。「ネーチャー」、「ゲノム解析」、「ビッグデータ」などの常套句をちりばめれば記事になると言ういい加減さは卒業してほしい。そして両紙とも「国立がん研究センターなとの国際チームか1 5日、英科学誌ネイチャー電子版で発表する」「国立がん研究センター(東京都中央区)を中心とする国際研究チームは」などと、あたかもがんセンターがこの研究の中心であるかのように書いている。しかし、この仕事は数理モデルを考案したグループが、コンソーシアムとしてがんゲノムデータを集めて来た国際チーム(勿論両者は重なっていい)の成果を利用した仕事と言うべきで、論文にも書かれている通り、サンガーセンターが中心の仕事だ。勿論日本の研究を贔屓にしたいのはわかるが、もしStrattonのグループがこの報道を見たらどう思うだろうか。
ここまで書いて来て、ではがんセンターからの発表はどうだったのだろうかと気になって調べてみた。とすると、「本研究は、国立がん研究センター研究所(中釜斉所長)がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長を中心とする研究チームが、国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)のプロジェクトの一環として進めました 」と発表している。これでは誤解を招くのも当たり前だ。そして何よりも、この研究の根幹がStratton達の数理モデルである事について全く触れていない。書かれている事がそのまま間違いであると言わないが、この様な核心をはぐらかす記者発表を行う事には捏造の根が潜む。科学者側も是非反省してほしいと言わざるを得ない。とは言え、何度も書いているが、報道側も記者発表を鵜呑みにせず、一度は実際の論文にあたればすぐわかる事だ。報道とは聞いて来た事をそのまま伝える事ではあるまい。松原事件の時に紹介した「国家を騙した科学者」を一度読んでいただきたいと再び思った。
2013年8月19日
オリジナルの記事をここにペーストする事は読売新聞は許可していません。必要な方は以下のURLを参照ください。 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130814-OYT1T00830.htm
これまでは、メディアの記事を調べる時、どうしても自分の分野(幹細胞研究)に重点を置いてしまっていた。しかし、すっかり第一線を退いて、何の偏りもなく様々な記事を眺めだすと、科学記者の方々がずいぶん様々な分野を取り上げている事がわかる。その典型が今回の大西さんの論文を紹介した読売新聞の記事だろう。私がわざわざ論文の内容を紹介する必要は全くない。正確に伝えられている。元々論文自体、方法や実験のデザインの詳述が大きな部分を占めており、素人の私も結構読むのに苦労した。ただ、メッセージは比較的単純で、このため多分大西先生の説明を聞いた方が、論文を読むよりわかりやすいだろう。繰り返すが、結果は記事に書かれている通りで、同じ年の子供の親切な行為を近くで見ていた子供は、親切を行った子供に優しく接すると言う実験結果だ。この記事で是非評価したいのは、見出しだ。「情けは僕のためになる」とはこの結果を一言で表現するのに成功している。実際は誰がこの見出しを付けたのかは私にはわからないが、多分この記事を書いた記者が考えたように思える。内容を良く理解して、わかりやすい見出しを付ける。また、他の研究者からのコメントも記事の内容を更にわかりやすくする効果を持っているように思った。良い記事だ。
この様な小児の発達についての科学的な研究は、少子化の進むアジアでは重要性が増すだろう。この様な小児発達などの問題は、元々科学性を保証する研究が行いづらいなどの様々な要因を抱えており、今後もいっそう努力が必要な分野だ。この事を考慮して、今回読売の記事を取り上げたついでに、日本のメディアには紹介されなかったもう一つの日本発の仕事を紹介しておこう。これは、岡山大・山川さんの仕事で、乳児期6−7ヶ月に母乳だけで育てた子供は粉ミルクを使った子供より、7−8歳で肥満になる確率が低いと言う結果だ。この論文はJAMAのオンライン版に8月12日に掲載され、以前紹介したScienceNewslineのウェッブサイトで報告された(http://www.sciencenewsline.com/articles/2013081223000028.html#footer)。残念ながら実際の論文が手に入らず、また日本のメディアでも紹介されていなかったので、ここで紹介するのは控えていた。今回、読売の記事に便乗した。両研究とも、最終的な真偽について、本当は介入研究を含めた検証が必要なのかもしれない。しかし、小児を対象に長期の介入研究をする事は許されない。だととすると、この仕事を出来るだけ多くの親に知ってもらって、良いと思う事は何でも試してみていただく事が必要ではないだろうか。私から見ていずれもやってみて問題が起こると言う話ではなさそうだ。ならば、良いと信じてやってみても良い様な気がした。