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がんの予後は結婚している方が良い。(オリジナル記事)

2013年9月25日
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面白い仕事があるものだ。ScienceNewsLineに記事がでていたので、J Clinical Oncologyに掲載されたハーバード大学のAizerさん達の論文を読んでみた。研究の目的は、結婚しているかどうかが、ガンの予後にどう影響するかを調べることだ。Surveillance Epidemiology and End Result programというデータベースから、約130万人のがん患者さんの(10種類の固形がん)をサンプリングし、がん発症時に伴侶がいたかどうかで分類した上で、1)手術や放射線療法などがんを直接押さえる治療を受けたかどうか、2)最初診断されたガンで亡くなったかどうか、3)転移したかどうかの3点について調べている。結果は結婚している方が、1)根治を目指す治療を受ける率が高く、2)最初に診断されたガンで死亡する確率が低く、3)転移する確率も低いという明確なものだ。論文を読むと、同じ問題を調べた研究がこれまでも発表されているようだが、今回の様なスケールで、10種類ものガンについて同時に調べた仕事はなかったようだ。この論文の結論は、どのガンであっても、伴侶がいる方が予後がよく、また男の方が結婚の恩恵にあずかるようだ。結論には納得してしまうが、いずれにせよガン登録がしっかりしておれば、これからもいろんな事がわかる事を教えてくれる。記録できる事はしっかりと記録するという当たり前の事が我が国ではどの程度で来ているのか、調べていく必要があると思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

I型糖尿病の治験についてのニュース

2013年9月25日
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ScienceNewsLineにI型糖尿病の抗CD2抗体(シプリズマブ)臨床治験の中間報告と、メドトロニクスのセンサー付きインシュリンポンプの治験の記事が掲載された。
免疫治療は http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092318380029.html、
センサー付きポンプは、http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092422100013.html 
 残念ながら、Lancet Diabetes and Endocrinologyに発表されたシプリズマブの論文は手に入らず読めていないが、記事を見る限りかなり有望そうだ。このため1年目で予定を早めて論文にしている。実際の治験は2年目をエンドポイントとしているので、期待できるのではと思う。
  一方、オーストラリアで行われたセンサー付きインシュリンポンプの治験はJAMAに発表され、原文を読んだ。低血糖発作が減るかどうかを調べており、データで見る限りこれも大きな改善が見られている。
   前回の記事と併せて、一度勉強会をして動画に撮る予定だ。IDMMネットワークの井上さんも参加を表明していただいているので、準備を急ぐ。

カテゴリ:論文ウォッチ

毎日新聞9月24日記事(斉藤)難病:「HAM」発症メカニズム解明

2013年9月25日
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オリジナル記事は次のURLを参照してください。
http://mainichi.jp/select/news/20130924k0000e040162000c.html

HTLV-1は成人T細胞白血病を引き起こすレトロビールスで、病気の発見からウイルスの発見までほとんど日本で高月清先生を中心とする研究グループが進めた。また、今回の研究対象であるHTLV-1関連脊髄症は鹿児島大学の納光弘先生達によって発見された慢性の脊髄症で日本には3000人ぐらいの患者さんがおられることがわかっている。今回の聖マリアンナ大山野さん達の仕事は、この患者さんの脊髄液に白血球を惹きつける分子ケモカインの一つCXCL10が上昇していることを見つけ、次に試験管内の実験で、この上昇が、HTLV-1に感染したリンパ球が脳脊髄の中のアストロサイトと呼ばれる細胞に働きかけた結果である可能性を示した仕事だ。慢性神経炎症の治療として、リンパ球の脳脊髄内への移動を抑制する方法が注目されており、私たちのホームページでも京大薬学部発のフィンゴリモドという薬が多発性硬化症の特効薬として使われていることを紹介した。また、日本を始め世界中で、ケモカインやその受容体に対する抗体の効果を調べる臨床試験が行われており、対象の中には成人T細胞白血病も含まれている。とすると、この仕事も一つの治療の可能性を示す研究として考えられる。しかし、ここで述べられたメカニズムが実際に身体の中でもそうなのかはさらに検討を要する。また、場所が脳脊髄内であることも考えると、この結果が治療として確かめられるまでには時間がかかるだろう。 
   さて、毎日新聞の斉藤さんの記事だが、はっきり言って誇大広告的だ。論文についての紹介は、最後の部分を除いて問題はない。よくまとまっている。しかし、脊髄炎症のメカニズムについては、未だ想像段階であることがわかるよう記事にすべきだろう。そして最大の問題は最後の締めの文章で、「患者21人の血液に、CXCL10の反応を邪魔する物質を投与したところ、脊髄へ引き寄せられる免疫細胞の数が減り、炎症の慢性化を抑えることにも成功した」と書いたのは完全に間違っている。この研究での抗体の実験は全部試験管内の話で、あたかも患者さんの症状が軽減するかのような書き方をするのは戒めるべきだろう。可能性がないと言っているわけではない。ただ、本当にこの考えを治療に結びつけるには、多分長い臨床研究が必要だ。もし、この記事が他の情報に基づいて書かれたのなら、それについて明確に示すべきだろう。患者さんはいつも、明日新しい治療法が発表される可能性を待ち望んでいる。希望を示しても、混乱のないようにするのが最も重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月24日日経記事弘前大学、ダウン症の白血病で原因遺伝子を特定

2013年9月24日
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この仕事は日経と朝日で報道された。元の記事は次のURLを参照してください。
日経:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130924&n… 
朝日:http://www.asahi.com/national/update/0923/TKY201309230129.html

21番染色体を余分に持つダウン症では発達障害を始め様々な症状が出てくる。さらに、ガンに関しては大変特徴的な症状を示すことが知られている。不思議なことに、多くの固形ガンの発症は、正常に比べると低い。ところが、TAMと呼ばれる一過性の血液細胞の異常増殖が見られ、その中から悪性の白血病が発症する。一過性の異常増殖では、赤血球を作るのに必須のGATA1と言う遺伝子に突然変異があることはわかっていたが、なぜ染色体異常がGATA1の変異、及び一過性の細胞増殖異常へと発展するのか?そのメカニズムは?また、一過性の異常が白血病へと進むのか?理解できていないことが多い。今回の仕事は、ガンのゲノムの最近の仕事には必ず登場すると言っていい京大の小川さんと、弘前大学の伊藤さんとの共同研究で、おそらく伊藤さんチームが診ている患者さんの白血病細胞を小川さんのチームがゲノム解析した共同研究だろう。この研究により、TAM及びダウン症に併発した白血病では必ずGATA1の突然変異があること、しかし、白血病ではそれ以外に染色体同士の接着や修復に関わるコヒーシンと呼ばれる分子複合体の成分分子を中心に、突然変異が積み重なっている事がわかった。勿論今回の研究では、なぜこれらの遺伝子異常がダウン症に併発する白血病で異常に高いのか、この異常がどう白血病を引き起こすのかなどは全くわからない。また、なぜ21番の染色体を余分に持つと、GATA1突然変異が高率に起こり、TAMが起こってくるのかもわからない。これは、ゲノム解析からわかる事の限界で、病気の本当の原因を理解するためには、マウスなどの動物モデルや、今注目の患者さんからのiPSを用いた仕事が必要だろう。
  この仕事は朝日新聞でも報道された。阿部記者による記事で、「ダウン症児に多い白血病、原因遺伝子発見」というものだ。見出しはほぼ同じ、内容は日経より詳しい。しかし、ゲノム解析の限界、機能研究の必要性を考えると、ゲノム解析イコール原因遺伝子発見として済まさないで、今後はもう少し分野全体を見渡す記事を書いてほしいなと感じた。さらに、小川さんは、朝日の辻記者が以前紹介したように、ダウン症との関係がないタイプの白血病のゲノムを同じ方法で解析して論文を発表している。小川さんの仕事だけを読んでも、ダウン症の白血病はずいぶん違う印象がある。21番染色体の異常と、GATA1遺伝子の異常が引き金だという特殊性があるからだろう。本当はこの特殊性が面白い。これについてもう少し突っ込んでもいいのではと感じた。例えば、前回小児、成人両方の白血病でよく見られたSETBP1の変異についての言及があってもよかった。また、GATA1の異常は全ての血液異常増殖に見つかることは既によく知られている。今回の発見と区別することが重要だ。最後に、朝日の阿部記者はGATA1遺伝子を「血小板を作る細胞でよく働く」としているが、専門家からみると違和感がある。GATA1は何より赤血球を作るのに必須の遺伝子だ。ただ要求しすぎかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

iPodを使うと一部の識字障害を改善できる。(オリジナル記事)

2013年9月23日
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ハーバード大学のSchnepsらが9月19日付けのプロスワン誌に発表した研究。(http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0075634)
  識字障害の子供の障害を克服する方法についての研究だ。識字障害とは、文字認識の障害で、アメリカでは1−2割の人がこの障害を持っていると言われている。識字障害を持つ著名人も多く、例えばエジソンやスピルバーグなどは有名だ。一方、欧米と比べると我が国の識字障害者の数は少なく、だいたい5%ぐらいと言われている。文字を習って言語を理解する事とその障害の不思議について学ぶには、ジョンホプキンス大学のメアリアン・ウルフの書いた「プルーストとイカ」をお勧めする。いずれにせよ、識字障害は言語によっても、文化によっても多様な現れがあり、様々な要因が絡み合った複雑な障害だ。
   今回のScnepsらの研究は、約100人の識字障害を持つ高校生に、一方はiPodを通して、もう一方には紙媒体を通して同じ文章を読ませ、理解力と、読む速度を調べている。iPodを通すと、だいたい一行に2−3単語が表示されるが、紙に印刷した方は一行の平均文字数はだいたい14単語表示されるよう調整してテストが行われている。結論的に言うと、視覚注意領域(visual attention span)テストの点数の低い生徒は、iPod を使う事で読書の際の理解力、速度が格段に上昇すると言うものだ。この視覚注意領域テストにより測定されるのは、視覚的に集中して同時処理が可能な要素(この場合文字)のことで、この異常が識字障害に関わるとしてよく研究されている。今回の仕事は、識字障害理論で言えばこの考えを支持する研究といえる。ただ重要なのは、電子媒体を使う事で、個人個人の障害に対して最も適切な文章の提示を行い、障害を克服できる可能性を示した事だ。同じ文章でも、自由な配置で提示する事ができる電子媒体の大きな可能性に気づかせてくれる研究だ。かくいう私も近頃本は電子媒体を使って読むようになったが、文字の大きさをうまく調整すると、英語の速読が容易になる事を経験している。
 いずれにせよ、電子ブックが30%に近づいているアメリカの現状を認識し、その潜在能力を調べたいと科学的な研究が行われているのに感心させられる。以前紹介した、認知能力を上昇させる電子ゲームの開発について示した仕事と同じで、アメリカの研究の懐の深さを思い知らされる。社会のトレンドに関する研究者の感受性のみならず、100人の識字障害の高校生が集められると言う事実に驚く。実際、日本の高校では識字障害を持つ生徒の事をしっかり把握できているのだろうか。もちろん今回と同じ手法が、日本語についても使えるかどうかわからない。しかし、文字の提示と言う点では、日本語はさらに面白いはずだ。大きさ、長さに加えて、日本語なら、かなと漢字、縦と横の配置すら変化させる事が可能だ。教育についての科学の入り口としては面白い分野が生まれて来た気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

I型糖尿病

2013年9月20日
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I型糖尿病については、日本語、英語を問わず極めて優れたウェッブサイトがあり重要な情報が発信されている。実際、IDMMネットワークは患者さんの団体としては日本初の認定NPO資格を取り、活発な活動を行っておられる。私たちの出る幕ではない。代わりに、I型糖尿病の治療について今年発表された総説を読んで紹介する事にした。もとより、私はこの分野の専門ではない。しかし、医学をある程度理解できる人間として論文を読んだとき、どのような感想を持つのかを紹介する事も患者さんの役に立つと思った。従って、I型糖尿病については今後もこの様なスタイルで情報をアップデートできればと思う。更に多くの方に理解してもらうため、是非患者さん達とこれら総説の読書会を行って、少し突っ込んだ議論を行い、録画出来たらと考えている。
   Juvenile Diabetesというキーワードで文献サーチを行うと、60000を超す論文がでてくる。オリジナルな論文を全部読むのは大変だ。次に総説と絞り込みを行うと、数は8000に減る。このうち今年2013年に出版された総説論文は32編だが、英語に限ると更に減って23編になる。ちなみに2013年に出版された若年性糖尿病に関わる論文総数は1000を超す。全てが1型糖尿病についての仕事かどうかは確かめていないが、しかし研究は活発である印象を持った。総説に戻ると、症例報告、診断関係、実地診療などが半分で、新しい治療についての総説は9編で、インシュリン療法、免疫関係、移植療法に分かれる。
 まずインシュリン療法についてだが、最も新しい総説として、Diabetes, Obesity and Metabolism に掲載されたカナダのZinman博士の総説を読んだ。様々なインシュリン製剤や科学化合物の臨床治験が活発に行われているようだ。驚いた事に(専門外の私が)、長期効果を持たせたインシュリンの1型患者さんを用いた臨床試験も行われている。特にdegludecと呼ばれている極めて長期効果のあるインスリンはいい成績を上げているようだ。他にもモニタリングやポンプの方も改善が進んでおり、続々治験が行われている。この治療自体は病気を治すものではないが、生活の改善には間違いなくつながる。良いものは日本でもすぐ使える様、患者さんと医師、企業の協力体制を作っておく事が重要だろう。
   次に移植については、Annals of Biomedical Engineeringに掲載されたHatsziavramidisらの総説と、Diabetesの8月号に掲載されたRickelsらの原著論文を読んだ。日本ではまだまだ敷居の高い膵島移植に代わる方法に関しては、iPS細胞から、膵臓幹細胞まで様々な可能性が研究されてはいるが、実用化にはまだまだ時間がかかるだろう。私も3月まではiPSなど幹細胞を用いた研究の現状について十分フォローしていたが、膵島移植が可能になるまではかなり時間がかかるという印象を持っていた。従って、総説では一般的な事が総花的に書かれているだけだが、たまたま目にしたDiabetes8月号の仕事は興味深かったので紹介する。この論文は膵島移植のCIT07と言う新しいプロトコルについての治験の途中経過を報告している。このプロトコルでは、取り出した膵島を3日間培養し、その間にリンパ球を取り除いたり炎症を防ぐ処理をして移植する。これによって、移植後ドナー細胞の生着が格段に改善し、1年後でも正常人に近いインシュリン合成能を維持していた。おそらくあまりにも成績がいいために早めの報告が行われたのかと思う。勿論この仕事は膵島移植の新しい方法として位置づけられる、大きな期待が出来る。それ以外にも炎症細胞を除く事で生着が上がる事をヒトではっきり示せた結果は重要だ。炎症につながる細胞を含まない純粋の膵島をiPSなど幹細胞から作る事が可能になれば、それ自身の生着は遥かに今の膵島移植より良い事が予想される。従って、iPS研究にとっても、この仕事は大きな朗報ではないかと思った。
   最後に免疫療法についてはClinical & Experimental Immunologyに掲載されたvon Herrath等の総説と、The Journal of Diabetic Studiesに掲載されたWeigmannらの総説を読んだ。両方の総説ともだいたい同じ内容だ。1型糖尿病のほとんどが、自己免疫的機序で起こると考えられている。根治療法としてまず考えられるのが、免疫が成立する過程で病気を防ごうとするものだ。治験では、経口、経鼻など様々なルートでインスリンを投与する事で、インスリンに対する免疫寛容を起こそうとする治療法だ。この治療法は、1型糖尿病の発症前にインシュリンに対する抗体が出来ていると言う結果が根拠になっている。この抗インシュリン抗体が膵島障害の引き金になるのではという仮説だ。この治療は、インシュリンに対する抗体反応を起こさないよう免疫システムを飼いならそうと試みるものだ。総説では、期待の持てるデータが発表されている事に触れた上で、多くの場合は効果が見られない事が多いと結論している。しかし、まだ進行中の治験もあり注目していけばいいだろう。副作用がないとすれば、根治につながる最もコストの安い方法だ。この治療法のもう一つの問題は、発症が確実視される遺伝的背景がある場合は治療として成立できても、どちらか予見できない場合はやはり治療として用いられない事だろう。実際、一卵性双生児でも1型糖尿病の一致率は60%程度である事が知られている。免疫反応とは完全に遺伝だけで決まらない証拠だ。従って、普通に治療に利用されるにはまだまだハードルが高い気がした。
   もし抗原特異的な治療が難しいとすると、次は免疫反応自体を抑える治療が考えられる。このため、抗体薬を含む多くの免疫抑制剤の治験が進んでいる。総説を読む限りで長期的効果もありそうに見えるのが、anti-CTLA4, anti-TNFa,, anti-CD3抗体で、気体を示す論文がずいぶんでているようだ。いずれも第3相試験も行われており、注目する必要がある。
   最後に、免疫反応を抗原特異的に抑制する重要な細胞として日本で坂口さんによって発見された抑制性T細胞を注射する臨床試験まで行われている事を知り驚いた。実際、両方の総説ともこの細胞の将来の可能性を大きく扱っている。この抑制性T細胞を発見した坂口さんは山中さんと同じ時、京大再生研の教授だった。因縁話のようだが、iPSで細胞治療、抑制性T細胞で免疫治療が完成すれば日本の誇りになるだろう。期待する。

読売新聞記事9月19日 認知症の原因物質、見えた! 海馬に「タウ」

2013年9月19日
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元の記事は以下を参照。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130919-OYT1T00268.htm?from=top

特に最近、日本から重要な仕事が出ているような気がするが、この放医研樋口さん達が雑誌ニューロンに発表した仕事もその一つだ。アルツハイマー病ではアミロイドとタウという分子が異常に蓄積することが知られているが、病気の進行をヒトで調べるためには、それぞれの物質の蓄積を脳内で調べることが必要だ。この重要性から世界中がタウ分子の蓄積を、生きた人間で画像化するための化学物質の開発を競っていた。勿論これまで報告はあったが、今回の樋口さん達の見つけたBPB3と呼ばれる化合物は、これまで報告されてきた物よりははるかにタウ蛋白に特異性を持っているようだ。この仕事では、試験管内やマウスモデルを使って慎重な検討を行った後、ヒトに応用している。そして、早期のアルツハイマー病を含む、タウ蛋白が関与すると考えられる認知症の診断が可能であることを示した。早期のアルツハイマー病だけでなく、タウが関わる病気の脳を今後早い段階から調べることが出来る。しかも、多くの研究者が注目している分子を直接追跡できる。そう考えると今後の可能性は計り知れないと思う。研究についても基礎的な検討にとどまらず、標識の開発に時間のかかる11C標識を使うなど、実用化を考えて労力を惜しまない意気込みが見える。勿論私は専門ではないが、おそらく画像を見たとき樋口さん達は「やった」と叫んだと思う。世界的にも注目を浴びているようだ。掲載雑誌のニューロンでも解説記事が用意されている。これまで紹介したScienceNewsLineの英語版はもちろんだが、BBCニュースでも紹介され、今後報道が相次ぐだろう。我が国にとどまらず、認知症は世界的問題だ。このようなソフトな仕事こそ、これからの成長戦略で支援すべき仕事だろう。
   この仕事については読売が紹介した。実際、アルツハイマー病にとどまらずタウ蛋白の関わる様々な病気に利用できることを考えると、「認知症の原因物質」とアルツハイマーを見出しに出さなかったのは上手な処理だと思った。もちろん記事の内容は膨大なデータの中からほんの一部をとりだして紹介しているため、特に間違いはない。しかし、この仕事の重要性や将来性についてはもう一つぴんと来ない記事になってしまっている。これまで出来なかった課題が実現しそうなこと、この技術から予想される将来の様々な研究など、実際の論文を読んだときに感じる興奮を是非伝えてほしいと思った。また、せっかくPET画像まで出すなら、正常人の画像と対比して出して貰えばもっと興奮が伝わったかもしれない。実際、BBCニュースでは専門家のコメントから、患者団体のコメントまで動員している。紙面の制限はあるにせよ、仕事の質を判断できる能力が記者に問われる仕事だ。(その後朝日新聞と、毎日新聞が同じ研究を報告している。個人的好みだが、朝日の西川さんの記事は、私が正常像との比較をのせるなどよくまとまっている。ただもっと興奮していい研究なのだが?)
  最後に、欧米の場合患者さん団体のコメントを見ることが多いのだが、日本で皆無なのはどうしてなのか。不思議に思った。

 

カテゴリ:論文ウォッチ

9月18日 DNAメチル化と細胞周期:プロの仕事(オリジナル記事)

2013年9月18日
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どこかが紹介するかなと待っていたが、残念ながら報道されることはなかった。名古屋市大医学部の中西研究室の西山さん達の仕事だ。9月8日号のNatureに掲載された。(http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12488.html)
  DNAのメチル化は、少なくとも私たち哺乳動物では遺伝子の発現を抑制するために欠かせない重要なメカニズムの一つだ。これがうまく行かないと、発生もうまく行かず、また発がん過程にも関わることが知られている。しかし細胞が分裂して新しいDNA 鎖が合成されると、メチル基のついていない核酸で置き換わる。そのため、前と同じ場所を新たのメチル化をできないと、遺伝子の調節パターンを維持することが出来ない。この課程に関わる分子についてはよく理解されている。ただ、なぜ新たなメチル化が、DNA複製と連結して進むのかについての詳しいメカニズムはわかっていなかった。この問題を、生化学的に世界で始めて明らかにしたのがこの仕事だ。結論は極めてシンプル。Uhrf1と呼ばれる分子がDNAに結合しているヒストンH3にユビキチンと呼ばれる印をつける。次に、このヒストンH3上の印にDNAをメチル化するDnmt1と呼ばれる分子が結合する。この組み合わせで、DNAが複製を行っている場所に正確にDnmt1がリクルートされ、新しく合成された側の核酸にメチル基をつける。これがシナリオだ。おそらく一般の方にはなかなかわかりにくい。おそらく問題があまりに専門的すぎるのだろう。しかし、この仕事から発展する将来の可能性も含めて極めて重要な貢献だ。
   このようにこの論文の水準は極めて高い。しかしそれ以上に、私はこの論文を読んで本当に生化学のプロの仕事だと感じた。専門家をなるほどと感心させる仕事(私も専門家の端くれだとして)がここにもいるという嬉しい実感だ。様々な分野のプロがいて、プロをうならせていくことも、科学の発展にとって欠かせない。そのような研究をどう見つけていくのか、政府にとっても重要な課題だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

胎教は可能?(オリジナル記事)

2013年9月17日
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今日はテレビや新聞など多くのメディアが、アトピーに対する新しい薬剤の開発に成功したという京大の樺島さんの仕事を報じていた。ただ、米アレルギー専門誌なる物をいろいろ探してみても論文が見つからなかったので、報道ウォッチはやめて、オリジナルな記事にする。
 紹介したい仕事は、ヘルシンキ大学のPartanenさんらの仕事で、Proc Natl Acad Sci USAの9月10日号に掲載された (http://www.pnas.org/content/110/37/15145)。研究では、「胎教は可能か?」という、おそらく一般の関心の高い問いに挑戦している。実験は、胎生29週から誕生まで、フィンランド語ではほとんど聞けない母音を組み合わせた言葉に似た短い文章(タタタと言った3シラブル音)の様々な組み合わせを胎児に聞かせる。生まれた後で、胎教に使った音を少し変化させ、脳波で反応を見る。もし生まれる前に習った音を覚えていれば、その変化に気づくが、習っていない場合は聞き流すというわけだ。詳しい実験内容にはこれ以上深入りしないが、結論は予想通りで、間違いなく胎児期に聞いた言語様のパターンは記憶される。
   ただ早とちりはいけない。今回の結果は、言語的パターンが脳内に記憶されることを示しただけで、それが役立つかどうかはわからない。言えることは、今回の結果を受けて今後この記憶を役に立つようにするにはどうすればよいかの科学的な仕事が始まるだろう。いずれにせよ、記憶可能である事が示されると、今後も様々な試みが続く可能性が予想できる。このような研究は一種の人間の脳の操作だ。ただモーツァルトを聴かせると言った思いつきとは違う、よく計画されたコホート研究が必要だろう。胎教については検証されていない話が多すぎる。実際書店も含め巷には検証されていない胎教アドバイスがあふれている。そんな中、48人の妊婦さんと対話を繰り返し、最終的に33人のボランティアを募って行われたこの仕事は価値が高い。勿論、胎教をすることはそれによって悪影響がでる可能性も織り込まなければならない。このような仕事は実際日本で可能なのか興味を持った。ご存じの方があれば是非教えてほしい。いずれにせよ、これも草の根コホートの一つだ。個人ゲノムが100ドルになると予想される今、最も重要なのは、人の生活の長期にわたる記録だ。

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嚢胞性線維症治療薬開発につながる標的分子(朗報)

2013年9月15日
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嚢胞性線維症(CF)は上皮のナトリウムチャンネル(ENaC)の機能を調節するCFTR遺伝子の異常で、この分子異常によってENaCの活性が異常に上昇する結果、症状がでる。病気のメカニズムはかなりの程度理解できているので、これまで例えばENaCの機能を抑制する薬剤の可能性が追求されて来たが、まだ満足できる結果は得られていなかった。今回リスボン大学Amaral博士のチームは、ENaCの機能調節に直接関わる分子を一から検討しなおした。ENaCの機能を生きた細胞で調べる系を用いてしらみつぶしに遺伝子をノックアウトし、ENaCの活性化に関係する遺伝子を探索した。途中を全部省くが、最終的にこれまで知られていなかったENaC分子の活性を調節する2つの新しい遺伝子を発見した。実際には他にも幾つか薬剤の標的になる分子が見つかっているが、この仕事ではCNTFRと呼ばれる受容体と、Diacylglcerol kinase iota(DGKi)が薬剤開発の標的としてかなりの可能性がある事を示した。勿論私はこの分野の専門家ではないが、DGKiに対する薬剤を開発する可能性は高いことが十分な説得力で伝わって来た。おそらくCF治療のための研究としては大きなヒットに思える。特に、嚢胞性線維症の患者さんにとっては大きな励ましになるのではないだろうか。この仕事は今月号のCellに発表された。(Cell 154, 1390–1400, September 12, 2013)

カテゴリ:論文ウォッチ
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