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アメリカの医学研究助成の低下傾向への懸念 (1月2日号The New England Journal of Medicine記事)

2014年1月5日
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日本にいると、圧倒的な欧米の医学研究シェアの中で日本は如何にリーダーシップをとればいいかについての議論ばかり聞こえてくる。例えば山中さんが何度も口にした「1対10」で戦うと言う言葉がその典型だ。しかし、アメリカにいると違う風景が見えるようだ。先週のThe New England Journal of Medicineの冒頭に掲載されたThomas McNerny and Partners(医療系ベンチャー)を中心の調査研究はアメリカの医学研究助成のシェアが低下している現状を嘆いている。「Asia’s ascent – Global trends in biomedical R&D expenditures (高まるアジアのシェア — 医学生物研究開発費での世界的傾向)」がタイトルだ。基本的には2008年から2012年までのアメリカ、欧州、アジアの医学研究助成の推移を調べた統計資料調査で、インフレ率相殺という手が加わっている。この結果、アメリカでは1310億ドルから、1190億ドルへと低下した一方、欧州全体では830億ドルから、818億ドルへと微減、そしてアジア全体では410億ドルから620億ドルへと激増し、アジアがリーダーシップをとる時代が来るのではと心配している。この中で我が国は280億ドルから、370億ドルへと32%の増加になっている。しかし、2007年が年末まで1ドル120円前後の円安で、2012年は80円を切る事もあった円高の年である事を考えると日本でも欧米と同様研究費は減り続けていると言った方がいいだろう。結局、中国を中心にアジア新興国の台頭がはっきりして来たと言う事だ。逆に私は、中国の研究助成が2012年でも日本の1/4にとどまっている点に驚いた。というのも2013年Nature Publishing Indexによる世界の科学勢力調査によると生命科学分野での日本と中国の差はほとんどない。人口が10倍違うとはいえ、中国は効果的な助成を行っている事になる。おそらく我が国がこの統計から学ぶべき事は、日本の助成金の効率が悪い事ではないかと思った。私見だが、優秀な人材を集める事が研究効率に関わっており、我が国はこの点で特に低落傾向が激しいのではないだろうか。英国やドイツの研究所を見れば、助成金より先に世界中から優秀な人材を集めるための競争をアメリカと行う気構えがある。またこの論文で嘆かれているアメリカは元々優秀な人材を世界から集めて研究の効率を高めており、この結果助成金をはるかに上回る成果を生んでいる。そう考えると、我が国に求められる政策の課題は助成金額に相応した優秀な人材を集めるための方法を確立する事に尽きる気がする。20世紀の終わり、フランスの経済学者ジャックアタリが「21世紀の歴史ー未来の人類が見た世界」と言う本の中で、日本は外国人への門戸を開かないままアジアの島国として孤立していくだろうと予言している。最も近い国々と連帯できない最近の内閣の外交政策とそれに喝采を送る人達の多い現状を見ていると、この予言が既ね的中しつつある事を実感する。しかし、この論文の最後が「The lack of coordinated national biomedical R&D strategy is disappointing at a time when mature economies such as those of Japan and Europe have maintained their level of investment in this area (アメリカに生命科学分野のR&D戦略がないと言う事は、日本やヨーロッパの様な成熟経済がこの分野の投資を続けている現状を考えると残念だ)」と結ばれているのは、わたしには皮肉としか聞こえない。日本に本当に戦略があるのか?この統計を真摯に眺めるときだろう。

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