新年早々日経は意欲的に基礎研究を紹介した。記名でないのでどなたの記事かわからないが、メダカが我が国発のオールジャパンの研究モデルである事を考えると、よく取り上げていただいたと思う。紹介されたのは東京大学生物学科の奥山さんの研究で、多くの日本の機関が協力して生まれた論文である。1月3日付けのサイエンス誌に掲載された。「A Neural Mechanism Underlying Mating Preferences for Familiar Individuals in Medaka Fish (なじみの個体との選択的交尾傾向に関する神経機構)」がタイトルだ。我が国のメダカ研究の裾野を示す素晴らしい研究だ。おそらくこの研究は、メダカの交尾と言う行動研究から始まっているのだろう。この中で、なじみの雄を雌が受け入れる行動に気づき、この行動の分子細胞学的基礎を丹念に調べている。行動を科学的に調べる方法が確立すると、次は行動異常を示す突然変異を探すのが常道だ。幸い長い研究を通して日本ではそのような突然変異体のストックがある。これを利用して、細胞の移動を調節するケモカイン受容体突然変異が交尾行動異常を示す事を発見した。分子の一端がわかるとこの異常に関わる細胞が性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)を誘導するホルモンを造っている細胞である事がわかった。透明な魚ではこの細胞をレーザーで焼く事も出来、実際この細胞がこの行動に関わる事も確認された。そして、この細胞が失われると交尾行動全体が促進する事がわかった。即ち、この細胞は交尾行動の抑制に関わっている事になる。とすると、どうしてなじみの雄と選択的に交尾すると言う行動が生まれるのか?これを調べるべく、今度は突然変異体を分離し、この細胞の興奮状態を生理学的に調べるなど、このモデルで行える全ての技術を動員して原因に迫っている。そしてついに、この細胞が成長前は交尾行動の抑制に、成長後は視覚に反応してホルモンを分泌する事で選択的交尾行動を誘導するというモデルに到達した。さらに、このモデルの妥当性を、実際の交尾行動の結果なじみの雄からの子供が生まれる事を調べる事で確かめている。今流行りのCRISPRこそ使われていないが、考えられるほぼ全ての手法を駆使した文字通りオールジャパンを実感する研究だ。既にこのホームページで紹介したように、ハタネズミなどでは、交尾期前にオキシトシンが分泌され、その結果としてステディーのつがいが生まれる事が知られている。このように使われるホルモンは違っても、この様なスウィッチがどう起こるのかの生理的なメカニズムは参考になる事が多いかもしれない。
さて記事だが、内容は簡潔にうまく伝えている。ただ、出来る事ならメダカが我が国発のモデル動物で、この研究がまさにオールジャパンを象徴する研究である事を強調して欲しかった。現在iPS細胞研究ではオールジャパンと言う事が叫ばれ、文科省や内閣府はその実現に腐心している。ただ論文を見ても、本当にオールジャパンを実感する事はまだ出来ず、うまく行っていないからオールジャパンが叫ばれているように思える。その意味でiPS細胞研究も、メダカ研究から学ぶ事は多いのではないだろうか。
1月3日日経記事「メダカ恋の秘訣は見合い」
2014年1月4日
カテゴリ:論文ウォッチ