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1月30日:酸浴による体細胞リプログラミング(1月30日Nature誌掲載論文)

2014年1月30日
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メディアはこの話題で持ち切りだ。何人かの知り合いの記者からもコメントを求められた。自分の考えは全て自分のチャンネルを通してだけにしようと決めているので、メディアにコメントするのは全てお断りした。勿論このホームページ(HP)に書いた事を私の意見としてメディアに載せていただく事は、HPの宣伝にもなるので歓迎だ。さて、この論文については私も関係者の一人なので、まずそれを断っておく(神戸理研発生再生研究センター(CDB)に昨年まで在籍、現在も顧問)。意見にバイアスがかかるのを恐れ、これまでCDBの研究を取り挙げる事を控えていた。しかし小保方さんの論文への反響が大きいので、禁を破ってこのHPでも自分の考えを書き残す事にした。    この論文には私も思い出が深い。最初にこの話を聞いたのは仕事でイスラエルに滞在していた約1年半前の事で、メールでの依頼に応じて論文のレフェリーコメントにどう答えればいいのかなどボストンのバカンティさんと電話で話をした。その後帰国してから、若山研に寄宿して実験をしていた小保方さんと出会って論文についてアドバイスをした。話を詳しく聞いて研究の内容についてももちろん驚いたが、小保方さんと言う人物にも強い印象を受けた。特に最初の論文のドラフトを読んだ時、自分の気持ちをそのままぶつけた初々しい書き様に、普通の研究者とは違うことを確信した。その時と比べると、今回久しぶりに目にした論文は堂々とした成熟した論文に変わっていた。苦労が実ってよかったと我が事のように思う。    個人的感想はこの程度にして論文について述べよう。最初話を聞いたときと比べるとずいぶん進んでいる。新しく研究を支援した笹井さんや丹羽さんのアドバイスのおかげだろう。内容は、体細胞を酸性溶液に30分ほど浸けるだけで、ES細胞とは違う、おそらくESより未熟な段階の多能性幹細胞へとリプログラミングが誘導でき(リプログラムと言う非生理的状態について議論する場合未熟・成熟を云々するのは間違っているのかもしれない)、またこの未熟性のおかげで、このSTAP細胞からES細胞株や、これまで知られていなかった全能性の幹細胞株を、培養に加える増殖因子を変える事で樹立できると言う結果だ。面白いか?と問われると当然yesだ。大体、酸にさらすと言う発想は尋常ではない。また、増殖性の低い全能性幹細胞STAPと言う概念、さらにSTAPを起点とすると、これまで難しかった全能性の細胞株や、これまで知られている多能性幹細胞とは少し違った性質を持つ細胞株が出来た事もオリジナリティーに富む大きな貢献だ。ただ問題は、驚きが論理的な納得に変わらない点だ。おそらくこの点が論文採択までに苦労が強いられた原因だろう(新聞を見ると採択されず泣き明かしたとまで書いてある)。論理的に納得できるようになるには、この現象の背景にあるメカニズムを理解する必要がある。酸や他のストレスでエピジェネティック機構が影響を受ける事は私も想像できる。再現性の高い実験結果である事も十分示せていると思う。しかし、エピジェネティック機構の揺らぎが、なぜ全能性のネットワーク成立に落ち着くのかなど、納得できない点が多い。おそらく体細胞では厳密に押さえられている多能性遺伝子が、酸や様々なストレスで開放され、多能性の転写ネットワーク形成を自然に促すのだろう。Octなど多能性ネットワークの核になる遺伝子の決定力が他の分子を凌駕しているなら、あり得る話だ。まただからこそ、多くの多能性に関わる遺伝子が体細胞では絶対に発現しない様抑制を受けているのかもしれない。事実Octだけでリプログラムが進むと言う話はこれまでも報告されている。ただ、これは全て私の想像だ。いい仕事は更に多くの疑問を発生させる。   何れにしても小保方さんの結果により再認識させられるのは、どの方法でリプログラミングを誘導しようとも、リプログラミング自体が生理的な過程ではないことだ。事実、私たちのゲノムは30億塩基対という膨大な物だ。この30億塩基対のエピジェネティックな状態の細部を思い通りに制御するなど至難の業だ。このため、表面的な転写ネットワークは同じでも、リプログラムのされ方が異なる多様な状態が可能なのだろう。おそらく、今後も様々な状態の全能性・多能性の幹細胞が報告される事だろう。山中さんのiPSが火をつけた「誰でも簡単に試験管内で誘導できる体細胞リプログラミング」と言う革命はますます拡がりを見せている。    さて報道の方だが、安全で早い多能性幹細胞の新しい作成方法と言う点を強調した記事と、独特のキャラクターを持つ若い女性と言う小保方さんを強調した記事とに分かれているようだ。後者の記事は私も大歓迎だ。特に多くの女性が理系を目指すようになるのではと期待する。理研で独立研究者として小保方さんを採用したのは彼女が20代の時だ。慣例や階層性にとらわれずに組織さえその気になれば日本の女性はもっともっと活躍する。    一方、この方法がこれまでの方法より安全で役に立つと言う記事は願い下げたい。例えば樹立までのスピードを考えると、このHPでも紹介したJacob Hannaの全ての体細胞が7日でリプログラムできるという研究は論理的な説得力がある。更に強調したいのは、これまでの方法に基づく臨床研究実施が、我が国ではすぐそこまで来ていることだ。ここでどちらがいいかと議論を始めるとすぐ時間が過ぎる。おそらく、治療を心待ちにしている患者さんは間違いなく混乱しているはずだ。この領域は急速に進歩している。従って、新しい方法が続々生まれる事を最初から予想して、その時々の手順、指針、規制を常にアップデートできる方策を考える必要がある。最終的にどの樹立方法が選ばれるかは、将来リプログラミングが広く臨床に普及すれば、自然に消費者が決めるだろう。また、STAPだろうとESだろうと、そのまま移植する事はない。再生医学への応用で考えると、本当の勝負は大量に分化した細胞を調整する方法の開発だ。またこのHPで紹介した膵島を体内で維持するためのチェンバーのように、医療材料の開発により違ったレベルの安全性が実現されるようになるかもしれない。   メディアも競争について気になるなら、特許が日本かアメリカかを調べた方がいい。元々この仕事は小保方さんがバカンティ研で一人で始めた研究だ。ハーバードでもプレス発表があった。我が国独自の技術だなどと考えると、ぬか喜びになるかもしれない。もちろん、特許が全てアメリカに握られていたとしても、小保方さんを我が国にリクルートできた事の方が大事だ。優秀な人材確保は人口の減り続ける我が国に取っては急務だ。さらに、この仕事によってリプログラミングや多能性の研究に新しい展望が開かれた。なぜこんなことが起こるのか?リプログラミングの研究は加速し、私もこの現象を納得して理解できる日も近いだろう。幸い丹羽さんや若山さんなど、この分野のエキスパートが近くにいる。楽しみだ。   我が国の助成方針や報道の仕方を見ていて一つ懸念するのは、小保方さん自身が「ヒトSTAPの樹立を急ごう」などと臨床応用を目指した研究に移ってしまう事だ。幸い小保方さんを採用するときのインタビューで、彼女は私たち凡人の頭では思いつかない研究計画を提案していたので安心している。日の目を見なかったが最初のドラフトで「生への欲求は生物の本能だ」と、なぜ細胞にストレスを与える気になったのかの説明を始める感性は尋常ではない。彼女の様な人に自由にやってもらう事こそ我が国のためになる。小保方さんも是非国民の期待を手玉に取りながら、気の向くままに研究をして行って欲しいと願っている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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