カテゴリ:論文ウォッチ
6月26日:ポリプからがん(Nature Communicationsオンライン版掲載記事)
2014年6月26日
「え?ポリプ?ポリープの間違いでは?」と言われそうなタイトルだ。英語で書くとポリプもポリープも同じpolypで、語源も同じだ。ただ混乱を避けるためか、ポリプについてはヒドラと呼ばれることが多い。ヒドラはギリシャ神話の怪物が語源で、これだと胃や腸に出来るポリープと区別できる。ポリプの再生の研究は古い。1740年代、トレンブリーが部分だけではなくポリプ全体が部分から再生することを示し、カソリックも巻き込んだ大騒動に発展する。おそらく当時発展途上にあった自然史思想の形成に大きく貢献したことは間違いがない。歴史はこの位にして、今日紹介する論文は再生力にすぐれ無性生殖でほぼ無限に生きることが可能なヒドラにもがんがあるかどうかについて研究しているキール大学からの研究で、Nature communicationsオンライン版に掲載された。タイトルは「Naturally occurring tumors in the basal metazoan Hydra(最も原始的後生動物ヒドラに自然発生する腫瘍)」だ。トレンブリーの時代と同じで、この研究はがんの本質を問うポテンシャルがある。先ず単細胞動物にがんが存在するかと考えると、原理的に考えにくい。当然個々の細胞と個体の運命が分離した多細胞体性が生まれて初めて、個体とは無関係に増殖するがんと言う概念が成立する。ヒドラは多細胞体性が成立した後の最も原始的な生物と言えることから、ヒドラにがんが存在するかどうかは面白い問題だ。このグループは私たちのがんの原因になるがん遺伝子がいつ進化するかを調べ、後生動物には既に存在することから、ヒドラにもがんがあっていいと探していたようだ。期待通り、形の変わったヒドラを見つけ調べてみると普通の細胞とは異なる細胞の塊が見つかったことからこの研究が始まっている。一体この細胞はどこまでがんなのか?増殖、細胞死、浸潤性、遺伝子発現、起源などを調べている。結論としては、がんの正体は雌の生殖細胞の分化が途中で止まったことで増殖が促進した異常細胞で、高い増殖能、細胞死の抑制、浸潤性、正常細胞の増殖抑制能などからがんと言っていい結果だ。しかしがんの根本問題を問うならもう少し深い議論をすべきだと言うのが私の印象だ。まず、遺伝子変異が起こっているのかどうかが明らかでない。現在がんの発生素地として必ず遺伝子の変異があると考えるのが普通だ。しかし、生殖細胞など元々増殖能の高い多能性の細胞は遺伝子変異がなくても腫瘍形成能を示す。ES,iPSなどがテラトーマを造るのがその例で、この場合ゲノムの変異はない。そう考えると、ヒドラの腫瘍がどちらに属すのか、もう少し楽しい議論をして欲しいと思う。事実生殖細胞由来と言うのは意味深だ。多能性と腫瘍性、今大流行りの問題のルーツがここにあるかもしれない。ただ、がんを考えることで個体と細胞との関係が見えてくる。その意味でも、原始的動物でのがんの研究は重要だ。