カテゴリ:論文ウォッチ
8月2日:博物学とギネスブック(PlosOne7月号掲載論文)
2014年8月2日
少し忙しい日が続いたので軽い夏休み向け話題を取り上げる。一種、博物学の話と言ってよく、ギネスブックにでも登録したい様なタイトルの付いた論文だ。7月号PlosOneに掲載されたモントレー水族館に付設されている研究所からの論文だ。研究費の出所を見ても全てモントレー水族館から出ている。さてタイトルだが驚くなかれ「Deep-sea octopus (Graneledone boreopacifica) conducts the longest-known egg-brooding period of any animal (深海ダコ, Graneledone boreopacifica,はこれまで知られている動物の中で最も長く卵を抱き続ける)」だ。「最も長く」で、気持ちがこもっている。勿論専門ではないので著者達を知らないが、このグループはタコやタコの産卵を研究していたようだ。1982年にモントレー湾海底洞窟内、深海1397mにある、岩盤が海底に直接露出している地域を遠隔操作の深海艇で調査した時、タコの卵を見つけた。個々が産卵場所かもしれないと定期的に調べていたようだが、2007年ついに産みつけられた卵と一匹の(タコの数え方はこれでいいのか?)タコに巡り会う。同じタコかどうか見分けるための特徴的傷を確認した後、4年半にわたって同じタコと卵を観察し続ける。そして、2011年10月、ついに孵化した卵を発見するが、9月にはまだ孵化前であることを確認している。孵化前に観察したときは常に同じタコが卵のそばに存在していることが確認されている。従って少なくとも53ヶ月タコは卵を抱いていたはずだと言うのが結論だ。結果はこれだけだが、孵化や出産前の胎児が母親に守られていることが確認された最も長い記録が、山岳にすむトカゲの48ヶ月であるらしく、今回の結果は世界一だと高らかに宣言している。一つ物知りになった。一つにとどまらない。この種のタコは孵化する時には形態形成が終わっていることも学んだし、サメの一種ラブカが42ヶ月幼児を体内に抱えていることも学んだ。しかし新しい疑問もわいてくる。この間どうして食べ物を採っていたのか今度は定置カメラで見てみたい。モントレー水族館もそんな定置カメラ画像をいつでも観客が見られるようにするのも重要だろう。勿論5年近く映像を深海から送り続けることが出来るカメラがあるのかわからない。最後に最も知りたいのは、53ヶ月にわたって卵を抱き続けるタコ自身がどの位の寿命を持っているのか?是非観察を続けて欲しい。
8月1日:KRAS阻害剤(6月17日アメリカアカデミー紀要掲載論文)
2014年8月1日
おそらく今世界中が待ち望んでいる薬剤が、rasという分子に対する標的薬だろう。rasにはK-rasとH-rasがあるが、細胞外からのシグナルを細胞内シグナルへと変換する回路の核になる分子だ。約30%のがんで変異が存在し、この変異がガンの増殖に関わっていることがわかっている。もし変異RASに特異的に効く薬剤が開発できたら、これまでの薬剤とは比較にならない位多くのがん患者さんに利用できるはずだ。しかしこの分子の活性を調節するGTP分子の細胞内濃度は高く、多くの化合物の中から分子阻害剤をスクリーニングするという従来の方法はまだ成功していない。多くの製薬会社も阻害剤発見にチャレンジしたはずだが、ほとんどが中止に追い込まれているのではないだろうか。勿論あきらめずに分子構造を手がかりに阻害剤の探索は続いている。我が国では神戸大の片岡さん達のグループが昨年アメリカアカデミー紀要にH-rasの分子構造から設計した阻害剤を報告している(PNAS110,8182,2013)。ただ最近になってK-ras変異の一つ、G12C(12番目のグリシンがシステイン変わった突然変異)の変異部位に共有結合して不可逆的に分子を不活性にする新しい化合物の開発がアメリカの大学から発表された。一報はカリフォルニア大学サンフランシスコ校からでNature(503,548、2013)に掲載された。もう一報はテキサス大学からでAngewante Chemie(53,199,2014)に掲載されている。それぞれ変異部分に結合する阻害剤だが、分子全体との結合の様相はずいぶん違っている。最初論文を見た時、期待は持てるがまだまだ時間はかかる印象を持った。今日紹介する論文はテキサス大学からの続報で、阻害剤と分子の相互作用をより詳しく調べている。6月17日号のアメリカアカデミー紀要に掲載され、タイトルは「In situ selectivity profiling and crystal structure of SML-8-73-1, an active site inhibitor of oncogenic K-ras G12C(発がん性K-ras G12C活性化部位阻害剤SML-8-73-1の分子選択性と結晶構造)」だ。少し古い論文だが、ガン治療に最も期待されるrasに対しても研究が続いていることを伝える意味で紹介する。この研究では、SMLと名前のついた阻害剤と、G12C変異ras分子の結合を、蛋白結晶解析で詳しく調べている。その結果、SMLがrasの活性化の最重要部位GDP結合部位にしっかり食い込んで、しかも12番目のシステインと化学結合して離れなくなることで、シグナルを変換する能力が失われることが明らかとなった。更にこの変異分子に対する特異性も高く、治療薬としての可能性も高い。ただ残念ながら分子の性質から細胞膜を通過することが出来ない。従って、今のところは膜を通過するための分子にくるんで使うしかなく、まだまだ改良が必要だ。理研の創薬チームのお手伝いをしていたとき、プロの手にかかると阻害分子も生まれ変わらせる可能性があることを学んだ。その意味で、このタイプの阻害剤が更に使い易い薬に生まれ変わることを期待したいと思っている。繰り返すが、rasに対する標的薬はこれからのガン治療の重要なゴールだ。G12C変異だけでも、アメリカのがん患者さん25000人に利用できると言う。片岡さんの研究も含め、人知を駆使して立ち向かおうという研究が始まったことを感じる。頑張って欲しい。
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