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8月11日:SOD1変異によるALSの治療可能性(Science Translational Medicine 8月号掲載論文)

2014年8月11日
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ALS(筋萎縮性側索硬化症)は進行性に筋肉の運動を司る運動ニューロンが失われる病気だ。誰もがこの病気にかかる可能性があり、一旦病気が始まると進行を止めることが出来ない。この病気は別名ゲーリック病と呼ばれるが、ルー・ゲーリックの様な運動能力に優れた大リーグのスターでも病魔に襲われることを教えるための名前と言える。私自身は専門家ではなく全て論文からの知識だが、ALSに関する論文は多く出版されており、最近の研究の進展は著しいように感じる。ここでも2月25日、ALSの一部のタイプでは、プリオン病と言われる状態に似たメカニズムで運動神経が失われることを示したカナダの研究を紹介した。この説では、異常な蛋白が増えることにより神経が自ら死んで行くと考える。一方、京大の漆谷さんや、今日紹介するScience Translational Medicine8月号に掲載された論文の責任著者ハーバード大Kevin Eganは、運動ニューロンは異常タンパク質によって活性化された周囲のグリア細胞のアタックをうけて死ぬと言う説を唱えている。この説が正しいと、異常グリア細胞からのアタックを防ぐことが出来ればALSを治療することが可能になる。「Genetic validation of a therapeutic target in a mouse model of ALS (ALSモデルマウスの標的治療の可能性を示すための遺伝的研究)」というKevin Egan達の論文はこの可能性を追求した研究だ。これまでEgan達はSOD1と呼ばれるタンパク質の遺伝的変異によって起こるマウスALSモデルマウスでは、プロスタグランジンD2を介して、活性化されたグリア細胞が運動ニューロンを特異的に傷害することにより病気が進行することを報告していた。この論文では、先ずES細胞から誘導したヒト運動神経と変異SOD1を持つマウスグリア細胞を共培養してグリア細胞の細胞障害性を調べる実験系で、プロスタグランジン受容体のうちDP1がこの障害性に関わることを突き止めた。そしてDP1特異的に阻害する化学化合物を使うことで運動ニューロン障害性を強く抑制できることを示した。次に、この試験管内で突き止めた治療標的が、ALSマウスモデルでも標的として考えられるか調べる目的で、DP1分子の機能が抑制されたALSマウスを遺伝子操作で作ると、DP1を持つマウスよりは少しだけだが病気を遅らせる事が出来ている。最後にこのALSモデルマウスで、試験管で観察された変異SOD1により活性化されたグリア細胞による運動ニューロン障害が身体の中でも確かに起こっていることを確認している。この結果かから、特異性や効果の高いDP1受容体阻害剤が得られればALSの進行を遅らせることが可能になると期待される。幸い、この研究では使えなかったようだが、この条件を満たす阻害剤が既に2010年Merckで開発されている。臨床に向けた取り組みがどこまで進んでいるか把握していないが、もし他の症状に対する治験が進んでおれば、ALS にも早期に使える可能性がある。是非Kevin Egan達の予想が当たって欲しい。  話は変わるが、Kevin EganはJaenischの愛弟子で、若山さんのマウスクローンの論文が発表されてすぐクローン研究に加わり、iPSが生まれる前には、核移植クローンのトップの研究者に成長していた。しかしiPSの発見以後研究方向をがらっと変え、ALSなどヒト神経疾患の治療法の開発に絞って優れた研究を出し続けている、まだ40歳になったばかりの若手研究者だ。神経細胞分化へ転向したこともあり、笹井さんを尊敬しており、親交も深かったはずだ。この意味で、若山、笹井両方を知るKevinが笹井さんの自殺に至ったSTAP問題をどう思っているのか、次に会う機会があれば是非知りたいと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月10日:ガンは周りの組織を味方にする(7月31日号Cell誌掲載論文)

2014年8月10日
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ガン細胞と言うと、どんな条件でも増え続けるように思うが、試験管内でガン細胞を増殖させることはそう簡単ではない。実際にはガンも周りの組織に支えられて増殖する。一番わかり易い例が血管新生だ。ガンが大きくなるには血管が必要で、多くのがんは血管新生を誘導する因子を分泌する。この分泌因子の機能を抑制する抗体薬(アバスチンなど)は既に臨床で利用されている。今日紹介するMITからの論文は、ガンが周りの組織を自分の都合のいいように再組織化する分子機構の一つを明らかにした研究で7月31日号のCell誌に掲載された。タイトルは、「The reprogramming of tumor stroma by HSF1 is a potent enabler of malignancy (HSF1による腫瘍周囲の間質のリプログラムが悪性化に関わる)」だ。このグループは元々細胞が高温などのストレスにさらされた時発現する熱ショック蛋白HSF1に興味を持っていた。またHSF1を発現したガンは悪性度が高いことも既に知られていた。この研究は、、正常の間質と比べるとガン周囲の間質細胞でHSF1発現が高いという発見から始まっている。モデル実験系で間質のHSF1発現とガンの増殖の関係を調べると、HSF1遺伝子発現とガンの増殖とが相関することがわかった。更に実際のガン患者さんでHSF1はガンの悪性化に関わっているのかも調べている。乳がんや非小細胞性腺癌の組織を調べ、間質のHSF1発現が高いガン患者さんの予後が悪いことを明らかにしている。研究では、間質細胞でHSF1が誘導されると、遺伝子発現のパターンが大きく変化し、これに伴い間質細胞から様々な増殖因子が分泌され、ガンの増殖を助ける可能性を示している。また、その中のTGFβ分子やSDF1分子がガンの悪性化を促進する分泌因子として最も疑わしいことも実験的に明らかにしている。ガンが自分の周囲の間質の性質自分の都合のよいようリプログラムするとは恐ろしいことだ。しかしもしそうなら、血管新生を止める治療法と同じように、HSF1が誘導される過程を止めてやればガンの増殖を止めることが可能になる。ただ残念ながら、この研究ではなぜガンに反応して間質細胞のHSF1が誘導されるのか、なぜTGFβやSDF1がガンの悪性化につながるのかなど、この発見を治療につなげるための肝心の手がかりが不明なままだ。この点が明らかになれば、ガンの新しい治療法が生まれる可能性は大きい。是非治療を目指した研究が後に続くことを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月9日:動脈硬化は本当に生活習慣病か(Global Heart誌6月号掲載総説)

2014年8月9日
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長寿国日本では、動脈硬化、高血糖、高血圧は、高齢者の大半が罹患する国民病になっており、無症状であったとしても心筋梗塞、脳梗塞といった疾患へと発展する可能性が高く、国を挙げた取り組みが進められている。このグループは可愛い「メタボ」と言う名前でひとくくりにされており、このメタボは飽食と運動不足が当たり前になった現代病の典型だとするのが大方のコンセンサスだ。では現在とは違っておそらく飽食など考えられなかった古代から中世までの人達には動脈硬化がなかったのか?この問いについて答えるべく、現存するミイラの血管を調べた最近の研究をまとめたのが今日紹介する総説で、6月号のGlobal Heart誌に掲載されていた。タイトルは「Computed tomographic evidence of atherosclerosis in the mummified remains of humans from around the world(世界中に現存するミイラのCT解析で明らかになった動脈硬化の証拠)」だ。総説なので、詳しい方法などは全く記載されていないが、タイトルにあるように、ミイラの動脈硬化についてのこれまでの研究をまとめている。しかし人間の好奇心は尽きないことがこの総説を呼んでわかる。なんとミイラの動脈硬化は1855年には学会で発表された記録があり、1911年には最初の論文が出ている。全て解剖によって明らかにされた。死んで名を残すより、身体が残る方が科学の進展に重要であることを実感する。とは言え、博物館の資料を次から次に解剖することは不可能だ。この疑問に対する研究が進んだのは、高性能のCTスキャン装置が開発され、解剖しなくとも体内の様子が詳しく分かるようになってからだ。この結果、博物館にあるミイラは先ずCTで調べられるようになった。この総説では、エジプトのミイラ76体の38%、ペルーのミイラ51体のうち25%に動脈硬化が発見されている。従って動脈硬化は現代の病気ではなく紀元前の人間の病気であったことは確かだ。とは言え、ミイラとして残っているのは高貴な人達で、今と変わらない飽食を生活習慣とする人達なら納得する。ではもっと苦しい生活を送っていたミイラはどうか?まだ大規模農業が発達せず、社会的不平等の大きくない社会を形成していたアメリカのプエブロインデアン、及びアリューシャン列島で見つかったミイラでも40−60%に動脈硬化が確認された。そしてなんと、チロルで発見され世界中を湧かせたミイラ、アイスマンにも動脈硬化が見られた。このように動脈硬化は現代よりはるかに粗食を続けている古代人もかかっていたようだ。このようにミイラのCT調査から、動脈硬化が現代病ではなく、古代から人類に普通に見られる病気だったことがわかる。また、必ずしも生活習慣病でもなさそうだ。とすると、ミイラは全く新しい動脈硬化の原因を教えてくれているのかもしれない。ご存知のように、アイスマンの全ゲノムは解読され、動脈硬化と関連する多型を持っているようだ。これは私の妄想だが、ひょっとすると動脈硬化がある方が寒い地方で狩りで生活をしていた人間には都合が良かったのかもしれない。5月10日ここで紹介したが、シロクマは北極圏に適応する進化の過程で動脈硬化に関わる様々な遺伝子を変化させ、血液を寒さから守っている。ネアンデルタールではどうだったのか?老人の妄想は果てしなく続く。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月8日:遺伝的モザイク(The American Journal of Human Genetics 8月号掲載論文)

2014年8月8日
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昨年FOP明石の山本さんに招かれて、筋肉が骨に変わる難病FOPの患者さんの会に出席し、患者さんや家族の方と話す機会があった。当時私は、FOPは代々伝わる遺伝病ではなく、おそらく卵子や精子が作られる時に起こる一回きりの突然変異によって発生するため、確率はどの民族でも200万人に1人と低いと理解していた。あるお父さんから次の子供がFOPになる確率を聞かれ、「次の子供がFOPになる確率は200万分の1で、可能性はほとんどないと言える。従って、安心して次の子供を産んで下さい」と答えた。ただ、AASJの理事で同僚の藤本さんに聞くと、日本にも兄弟に発生した例があるようだ。子供と同じ突然変異をもし両親が持っておれば必ず病気になっているはずで、両親とも健康であると言うことは、まれな突然変異が生殖細胞に発生して子供に伝わった以外考え様がない。どうしてそれほどの偶然が重なるのかといぶかしく思っていた。この問題に対して、もう一つの考え方を示したのが今日紹介する論文だ。テキサス・ベーラー大学からの「Parental somatic mosaicism is underrecognized and influences recurrence risk of genomic disorders(両親の体細胞に発生した遺伝的モザイク現象が子供の遺伝子疾患の繰り返すリスクに影響することが過小評価されている)」と言うタイトルの論文は、8月号のThe American Journal of Geneticsに掲載された。論文タイトルの中にある体細胞の遺伝的モザイク現象について説明しよう。私たちの身体が発生するまでには膨大な数の細胞分裂が必要だ。そして、分裂の度に突然変異は必ず起こる。がんもこうして発生する。もし病気につながる突然変異が発生の初期に起こって、精子や卵子の元になる細胞に伝わると、新しく出来た生殖細胞のなかに、突然変異のある細胞とない細胞が混じって存在することになる。これがモザイク状態だ。両親に遺伝的異常が見つかっていないのになぜまれな遺伝病が複数の子供に発生するのかと言う疑問に対し、この論文は、両親のうちのどちらかの体細胞が遺伝的モザイクになり、生殖細胞にもこのモザイク状態が反映さえているいるためと言う答えを示した。研究では、両親と子供の抹消血が採取され、子供の遺伝子異常が両親の血液細胞の一部に見られないか検討している。モザイクを疑い調べた6家族で25%〜1%までの様々な率で、血液細胞集団に遺伝的モザイク現象の存在が明らかになった。血液細胞のモザイク率が25%、9%と極めて高いケースでは、高い確率で次の子供さんが同じ遺伝子異常を持って生まれてくる可能性がある。従って、FOPのように両親に遺伝異常がない場合も、発生過程でこの遺伝子異常が発生した場合、様々なモザイク率で精子や卵子に同じ遺伝子異常が維持され、それが子供に伝わって遺伝子病になることを必ず疑った方がいいことになる。勿論体細胞がモザイク状態になっていても、遺伝子異常の子供さんが生まれるまで両親には全く異常がない。モザイクが疑われるのは、遺伝子異常の子供さんが生まれてからになる。とすると、次の子供に異常が起こるかどうか、これまでのように「あり得ない確率」で済ますのではなく、モザイクを疑って両親の血液を調べてもいいのではないかと思う。昨年9月29日に書いた「FOPの遺伝」という項目を大至急訂正するつもりだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月7日:再生臓器の移植(7月26日号 Lancet掲載論文)

2014年8月7日
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試験管内で構造を持った臓器を再生することは簡単ではない。亡くなった笹井さんは神経系でこの難題に取り組み、構造を持つ網膜や小さな脳組織を形成させるのに成功していた。この場合の構造構築は自己組織化と言われ、細胞が持つ内在的な力で自然に構築が形成される。ただ、こうして出来る立体構築は、作る側の都合でデザインできない、大きな構造が出来ないと言う問題がある。このため、デザインされた足場を先ず人工的に作って、そこに細胞を撒いて臓器を作る様々な方法の開発が進んでいる。方法の一つが、取り出した臓器から細胞だけを取り除いて構造の足場だけを作り、そこに細胞を撒く方法だ。それぞれの細胞は特定の足場を好むため、複数の細胞の種類が正しい場所に自然に分かれて増殖させることが出来る。この方法の有効性は、既に上皮と筋層からなる膀胱や尿管で証明され2006年、2011年にLancetに掲載されている。今日紹介する論文は女性の膣形成不全の治療に、試験管内で再構築した膣の移植を試みたアメリカウェークフォレスト大学とメキシコHIMFG大学との共同研究で、7月26日のLancetに掲載された。タイトルは、「Tissue-engineered autologous vaginal organs in patients: a pilot cohort study (組織工学的に自己の細胞から形成した膣を用いた移植治療:試験的コホート研究)」だ。膀胱や、尿道で既に成功例があるのにこの論文が気になったのは、ずばり「膣」が肉体的にも精神的にも女性の性にとって大きな役割をもつ臓器だからだ。研究では、13歳から18歳までの膣形成不全の4例の患者さんで、2人は膣から卵管に至る複雑な形成異常を併発しているが、残りの2例は膣だけに異常が限局されている。患者さんに残っている膣組織をバイオプシーし、そこから筋肉と上皮を別々に培養して十分な数になるのを待つ。大体、3−5週培養すると十分な細胞数が得られる。それを既に購入することの出来る腸管の細胞を除去した足場(Surgisisと言う製品)に移して更に培養を続け、組織構築が正常の膣に極めて近いことを確認してから移植している。組織を採取してから5−6週で移植可能になっており、驚きのスピードと言える。これを患者さんに移植する時、子宮との連絡が再建できるよう吻合を行っている。また、自然に腔が閉じないよう、最初ステントを入れて形を整えるなど、きめの細かい手術を行っている。結果膣以外の異常のない2例では生理が回復している。生理を見ることはないと言われて来た患者さんにとっては無上の喜びだったはずだ。そして、私が最も気になった点、即ち性的な活動性だ。手術を受けた全員が、性的にも正常の人と変わらない生活を送っており、性欲も活発なようだ。移植後血管だけでなく、自律神経などの再構築がしっかり進んだことを示している。論文を読むと、1990年研究を初め、動物実験をへて今回の治験にたどり着き、しかも患者さんの経過を8年も丹念に追跡している。この方法以外ではかなわなかった結果を示しており、再生医学の臨床研究の手本と言える。今我が国で進んでいるiPS を用いた臨床研究の最前線にある、網膜色素上皮移植と、ドーパミンニューロンを用いる2つの再生医療は、高橋政代さんと、高橋淳さんの二人の力でなんとか実現出来る所までこぎ着けたが、どちらも笹井さんが開発した技術から始まっていることを是非皆さんに伝えたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月6日:遺伝子発現とタンパク質発現を統合する(Nature オンライン版掲載論文)

2014年8月6日
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DNAはそれ自身で機能があるわけでなく、コードされた情報が、RNAやタンパク質に翻訳されて初めて機能が生まれる。従って、正常細胞であれガンであれ、ゲノム情報は細胞内のタンパク質の種類や量に反映される。ただ変換は1対1の関係ではなく、細胞に応じた修飾が途中で行われる。このためガンについて知るためには、ガン細胞に存在する全タンパク質の状態を把握する必要がある。これをガンのプロテオミックスと呼んでおり、ガンゲノム研究が進んだ今こそ、ガンのゲノムとプロテオミックスの相関について統合的に調べる必要がある。しかしこれまでゲノムの研究者はゲノムだけ、プロテオミックスの研究者はプロテオミックスだけと分野が分かれてしまっていた。しかし統合は絶対必要だ。ガンゲノム研究最前線第3弾はこの当たり前のことを行ったテネシー州のバンダービルト大学からの論文を紹介する。Natureオンライン版に掲載された論文のタイトルは「Proteogenomic characterization of human colon and rectal cancer (ヒトの大腸・直腸がんのプロテオゲノミック上の特徴)」で、ゲノミックすとプロテオミックスを統合したと言う意味で、プロテオゲノミックという言葉を使って研究を表現している。研究ではゲノムやRNA 発現が既に解析済みの直腸がん86サンプルを集め、細胞内に存在する全てのペプチドの種類と量をLC-MS/MSと呼ばれる質量分析装置を用いて測定し、ガンのゲノムやRNA発現との相関を幾つかの項目について詳しく解析している。その結果次の様な結論が得られている。1)RNAとタンパク質の発現レベルの間に統計学的相関が見られるタンパク質は高々3割で、RNAが多ければ発現する蛋白が多いと言う傾向はあるにしても、RNA発現量だけでガンの性質は考えられない。2)ゲノム上で遺伝子コピー数が増幅するとその遺伝子から転写されるRNA量も上昇するが、タンパク質の量にまで反映されるのはずっと少ない。3)遺伝子のコピー数が増減すると、それ自身だけでなく他の分子の発現に影響を持つ。この様な関係を調べて行くと、細胞内で発現するRNAやタンパク質の多くに影響があるゲノム変化を見つけることが出来る。面白いことに、RNAレベルに変化はなくても、タンパク質の大きな変化につながる変化も特定できる。この研究でも20番染色体上の79遺伝子が存在する領域の増幅によって、HNF4aと呼ばれる腸管発生に関わる分子のタンパク量が大きく上昇していることがわかることを例として示している。ガンの標的探索探索には、ゲノムだけでなくプロテオミックスを統合することが重要であることが理解される。4)これまで遺伝子発現パターンをもとに決められていたガンのサブタイプの分類は、プロテオミックスパターンでも同じように分類できる。5)例えばHNF4a蛋白の上昇は、そのガンが特定のサブタイプに属していることのマーカーとなる。この様な蛋白の中から、ガンの診断や分類を正確に行うマーカーが見つかる可能性がある。例えば、傷の修復で出てくる蛋白が上昇するタイプのガンは悪性度が高い。以上リストした結論を眺めると、特に予想できなかった話ではない。しかし、ゲノムからガンと言う性質がどう発生するのか理解するためには必ず行われなければならない。奇をてらわず、当たり前のことを厳密に行う。この様な研究があるおかげで、ガンの理解も進むことを確認出来た。
カテゴリ:論文ウォッチ

笹井さんの死

2014年8月5日
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ヨーロッパ旅行中に笹井さんの自死を電話で知った。今回の問題についての様々な意見を聞いていると、笹井さんが活躍していた生命科学領域の科学者コミュニティーは、科学者間の連帯が欠如し、むき出しの競争だけがある格差社会へと変貌していたようだ。勿論笹井さんも、そして私自身もこの様な格差社会成立に手を貸した一人だろう。しかしついにこの格差社会が牙を剥いた。連帯感がある時人は死なない。今この研究者社会を担っている世代に対して言葉はないが、若い世代の研究者は、競争はしても連帯感が損なわれない新しい研究者コミュニティーを目指して欲しい。 (マスメディアの方々へ:いつものことですが、取材には応じることはありません)
カテゴリ:活動記録

8月5日:ガン化に関わる遺伝子調節領域変異とガン体質(Natureオンライン版掲載論文)

2014年8月5日
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がん研究紹介第二弾はスイスのジュネーブ大学からの研究を紹介する。ガンの全ゲノム塩基配列が解読できるようになっても、これまで研究の中心はタンパク質へと翻訳されるエクソームに集中していた。しかし先日米女優が乳房除去術を決断したことで話題になったBRCA1突然変異の様に、ガン増殖に直接関わる分子の変異を生まれついて持っていることはまれで、ガンが発生する過程で蓄積してくるのが普通だ。とは言っても、遺伝的なガン体質があることも様々な疫学的調査から確認されている。ではこのガン傾向は何に起因するのか?   私たちのゲノムのうちタンパク質に翻訳されるエクソームは、全体の1.5%に満たない。従って、ガン体質と考えられるかなりの部分はタンパク質に翻訳されない場所の多型が大きく寄与すると予想される。この点を明らかにしようとしたのが今日紹介する論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Putative cis-regulatory drivers in colorectal cancer(大腸・直腸がんで働く遺伝子調節に関わるドライバー遺伝子)」だ。研究では、正常腸上皮が大腸ガンへ変わる時に大きく発現の変化する遺伝子をリストし、その発現調節領域を様々な角度から調べている。ガンが起こる時片方の染色体で遺伝子の重複や欠失起こることが知られているが、この場合同じ遺伝子の発現量が染色体間で違ってくることが予想される。実際、片方の染色体に存在する遺伝子の発現が選択的に変化しているケースがガン細胞で多い。また直腸がんでの上昇が報告されている遺伝子でより強くこの現象が見られる。ではこの変化は、全てガン化の過程で新たに蓄積して来たのか?この点を確かめるため、この様な染色体間での発現の差が大きい遺伝子を71種類リストしてその調節領域を更に詳しく解析し、1)これらの遺伝子の多くが、直腸がん発生との関連が示された遺伝子であること、2)しかしこの差はガン化に伴う遺伝子コピー数の変化が原因でないこと、3)ガン化の過程で蓄積する調節領域の変異がガンの発生に重要であること、4)驚くことに、ガンの発生に関わる調節領域の変異のかなりの部分が、同じ患者の正常細胞にも見られること、を明らかにしている。遺伝子発現調節領域の変異によりガンが発生することは予想されていたが、ガンに特異的と思われていた調節領域の多型の相当数が患者さんの正常細胞でも見られることは、この多型こそがガン体質に大きく貢献している可能性を示唆している。今後、このようなガンと正常細胞に共通に見られる遺伝子発現調節領域の多型のリストが進むと、いわゆるガン体質を科学的に評価することが可能になると期待できる。しかし患者さんの立場から考えると、遺伝子発現調節領域の多型としてガン体質がわかったとしても、生活に気をつける以外に対策がないことも事実だ。何か対策のヒントを提供する研究も誰か考えて欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月4日:一個の細胞があれば全ゲノム塩基配列を解読できる(Nature誌オンライン版掲載論文)

2014年8月4日
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先月Nature誌に掲載された幾つかの論文から、ガンのゲノム研究分野が基礎研究としても大きな拡がりを見せていることを窺い知ることが出来たので、ここで順次紹介したいと思っている。今日第一弾として紹介するのは、テキサス大学MDアンダーソンがん研究所からの論文で、単一のがん細胞の全ゲノム解析を可能にする方法の開発と。それを用いたガン集団の多様性を示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Clonal evolution in breast cancer revealed by single nucleus genome sequencing (単一核ゲノムシークエンスによって明らかになる乳がんクローンの進化)」だ。そもそも30億塩基対という膨大な数の核酸を持っている私たちの細胞が一回分裂すると、2個の娘細胞のゲノムはすでに核酸レベルで違っている。この多様性は、ガンを薬剤で治療するときの最大の問題だ。せっかく薬が効いても、時間がたつと抵抗力のある細胞が出てくる。これは細胞分裂ごとにガン細胞のゲノムが多様化することが原因ではないかと考えられている。しかしガン細胞の集団から集めたDNA配列は常に多数派が反映されるため、多様性を担う少数派は切り捨てられる。従って、ガン集団の多様性を調べるためには、個別の細胞のゲノムを調べ比べる必要がある。この要請に応えたのがこの研究で、これまでの方法を改良し、単一細胞の全ゲノム配列解読するための方法を開発した。そしてこの方法を使って、乳ガン細胞集団の中に理論的に予想されるのとほぼ同じ程度の多様性が存在することを示すのに成功している。新しい方法の一つのポイントは、細胞全体からDNAを抽出する代わりに、核だけをセルソーターと言う機器を使って集める点だ。これにより細胞がDNA複製を終えた直後の核を採取して、普通の核と比べて2倍量のDNAを一つの核から得ることで、全ゲノムを採取する確率を上げている。詳細は省くが、それ以外にも様々な改良が加えられており、培養細胞株を用いたモデル実験から、確かに全ゲノム配列を高い信頼性で解読できる方法であることを高らかに唄っている。誰でもすぐに追試できるというわけではないだろうが、ガンの多様性を調べる方法論は整った。論文ではこの方法を用いてエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体陽性、 Her2陰性乳がんと、全て陰性のトリプルネガティブ乳がんの多様性を調べている。核をセルソーターで採取する特徴を生かし、染色体数が増える異数性と呼ばれる大きな変化と多様性との関係も調べている。詳細は省くが、期待通りこの方法を使えば、一つ一つの細胞の間の違いを特定することが出来る。1)各細胞共通に見られる変異、2)一部のグループだけで見られる変異、そして3)各細胞個別の変異、それぞれの分布パターンを解析することで、ガンの発生から、特定の多様性を有するがん細胞が優勢になって行く進化の過程を追跡できることがわかる。ガンの多様性の実体を把握できることで、今後、抗がん剤の効果や耐性の獲得に関わる理解は大きく進展するだろう。この研究で調べられた乳がんについて言うと、トリプルネガティブ乳がんは、エストロジェン受容体陽性乳がんと比べ、異数性など大きな染色体異常を来す率が高い。更にこの様な異数性を示すがん細胞は、単一の共通祖先をに由来している。即ち、異数性のような大きな変化が、ガン細胞の増殖優位性獲得の背景にあることがわかる。勿論この結果から、なぜトリプルネガティブ乳がんの予後が悪いかすぐ理解できるわけではない。しかし示されたデータは美しく、今後転移、薬剤耐性の獲得などの悪性度データと関連づけて行くことで新しい理解が進む気がする。これまで紹介して来た血中に流れるガン細胞採取との相性もいい優れた技術が開発されたと思う。少なくとも乳がんに関しては、基礎も臨床もヒトのガン細胞を用いて最高レベルの研究が行える時代が来たことを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月3日:献血によるE型肝炎ウィルス感染リスク(The Lancetオンライン版論文)

2014年8月3日
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E型肝炎ビールスと言ってもおそらく一般の方には聞き慣れない名前だろう。単独でヒト肝炎の原因になるウィルスは、よく知られているA,B,Cに加えて、このE型が存在する。感染しても発病することは少なく、外国で感染するまれな病気としてあまり深刻に考えられて来なかった。しかし21世紀になり疫学調査が進むと想像以上にこのウィルスが拡がっていることが明らかになって来た。イギリスでは、食物が原因の肝炎の一番多いタイプになっているらしい。また、英国の調査で高齢者の2割以上が感染を経験していることもわかった。我が国でも先週7月30日に生の鹿肉を食べてE型肝炎を発症した大分県の患者の記事が読売新聞に出ていたが、同じ記事は2005年以降我が国で626人の届け出があったことを報じている。ウィルスの拡がりが確認されると次に最も懸念されるのが、輸血や血液製剤からE型に感染するリスクだ。今日紹介する英国NHS輸血・移植部門からの論文は、準備した成分輸血用の製品がどの程度E型に汚染されているのか、またこの様な製品を通して起こる感染はどのような頻度で起こり、深刻な問題になるのかについて調べた研究で、The Lancet誌オンライン版に掲載された。タイトルは「Hepatitis E virus in blood components: a prevalence and transmission study in southeast England (血液成分に混入するE型肝炎ウィルス:南西イングランドでの拡がりと感染率についての研究)」だ。研究では2012年秋から1年採取された約22万の献血サンプルについてウィルス感染をPCR検査で調べ、発見された場合その血液成分の投与を受けた患者さんを特定し、輸血後の経過を追跡している。結果をまとめると以下のようになる。1)225000回の献血サンプルのうち、79サンプルがウィルスで汚染されていた。計算上約2500回の献血のうち1回汚染リスクがある。2)ウィルスが検出された献血の7割は抗体陰性で、おそらく感染後時間がたっていないと考えられる。3)この79サンプルから、129の成分輸血製品が作られ、この製品の投与を受けた60人の患者さんのうち、その後の追跡調査ができた。4)このウィルスの感染性は高く、43人中18人の患者さんで感染の証拠が確認された。抗体陰性でウィルスの値が高い製品ほど感染力が高い。5)移植やガンなど免疫抑制両方を受けている患者さんに投与した場合、抗体反応が遅れるためウィルス血症が長引き、調査対象のうち3人のレシピエントで抗ウィルス薬投与が必要になった。6)10人で感染が慢性化したが、肝炎の発病は1例にとどまった。予想以上に感染の拡がりがあることはわかったが、では他の肝炎ウィルスのように、献血時スクリーニングの対象にするかどうかに関しては、発病が1例で、治療可能と言う結果を見ると必要ないと考えているようだ。おそらくNHS傘下の研究所であることを考えると、これが英国政府の方針になるだろう。私も決断する立場ならこの結論を支持するだろう。勿論E型でも劇症肝炎になるリスクはある。それを知った上で、リスク、コスト、ベネフィットのバランスの上に政策を決めなければならない。しかしもし疫学調査でこの程度のリスクが計算され公表された時、我が国のマスメディアはスクリーニング必要なしとする結論をどこまで支持できるのか疑問だ。おそらくこの状況に対して最も重要な政策は、生肉などの感染の危険がある食品を避けて、感染者自体の数を減らすことだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ
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