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9月24日:マイクロRNAを肺線維症治療に使う(EMBO Molecular Medicineオンライン版掲載論文)

2014年9月24日
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8月20日にRNA干渉を用いたエボラ感染治療の論文を取り上げ、歩みは遅くてもRNAを用いる疾患治療が進みつつある事を紹介した。この時紹介したsiRNAの他に、臨床への応用が期待されているのがマイクロRNA(miRNA)だ。siRNAと比べた時、miRNAは一つの遺伝子が標的になるのではなく、特定の生物学的プロセスに関わる一つのセットのmRNAが標的になっており、そのプロセスに関わる分子全体の発現レベルを押さえるラフな調節を担っていると考えられる。従って、ガンの場合でも特定のガン遺伝子を抑制するのではなく、ガン細胞の全体的活性を抑制するために利用できないか研究が行われている。今日紹介するアメリカベンチャー企業miRagen Therapeuticsからの論文は、なるほどmiRNAに最適の疾患モデルを選んだと拍手したくなる研究で、EMBO Molecular Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「MicroRNA mimicry blocks pulmonary fibrosis(マイクロRNA疑似分子は肺線維症を抑制できる)」だ。元々miRNAは私たちのゲノムの中にコードされているが、これが転写された後機能的miRNAになるための生化学プロセスはかなり明らかになっている。この会社は、細胞に取り込まれ易く分解されにくいmiRNAの開発を行なっているようで、今回の研究でも彼らが開発した修飾法で改変したmiRNA-mimicryと彼らが呼ぶ人口疑似miRNAの有効性を確かめることが目的だ。標的に選んだのは肺線維症だ。線維症では線維芽細胞が活性化され、細胞外マトリックスが分泌されるとともに、同様に分泌されるサイトカインにより、慢性炎症が起こり更に症状が悪化するというサイクルが回りだす。この線維芽細胞の活性化が起こる時miR29bと呼ばれる細胞外マトリックス分子やサイトカインのRNAレベルを調節するmiRNAの発現が低下し、これを細胞内に戻してやると正常化する事が知られていた。幸いこのグループが開発して来たmiRNAは肺の細胞に最も取り込まれ易い。この特徴を生かして、マウスにブレオマイシンと言う薬剤を注射した時起こってくる肺線維症をモデルに選び、miR29b人工疑似分子を投与する事で改善できるか調べている。結果は予想通りで、血中にmiR29bを投与すると、投与量に応じて肺の線維化が抑制され、また局所のサイトカインが押さえられる結果、局所の炎症を抑える事が出来る。残念ながら、生存率等の長期効果については全く触れられていないためこの論文だけで最終的判断をする事は難しい。またまだまだ動物モデルの研究にとどまっている。しかし、8月22日に紹介した様なエマルジョンを用いなくとも、miRNAに必要な化学的修飾を加えるだけでこれだけの効果が得られるならかなり期待が持てる。現在の所肺線維症には特効薬がなく、また急性で劇症の線維症の場合予後は極めて悪い。それを考えると自然と期待も大きくなる。これまで難しいとされて来たRNA創薬をベンチャー企業と大学(今回はエール大学)が協力して、確かな歩みを進めているのだと言う事をまた実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月23日:「あっち向いてホイ」;アルツハイマー病の簡易診断法(9月号Journal of Alzheimer Disease掲載論文)

2014年9月23日
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2−3日前、我が国の認知症患者の数が推定で460万人に達する事が報道されていた。実際欧米では65歳以上の10%以上、80歳以上だと40%以上の人が認知症になるとされており、報道された推定数はまだ低めの見積もりかもしれない。自分自身が既にこの統計の対象になっている事を考えると恐ろしい話だが、早期に診断出来れば進行を遅らせる様々な介入は可能だ。従って、単純な老化とアルツハイマー病を区別する診断法、とりわけマススクリーニング方法の開発は重要だ。今日紹介するトロント・ヨーク大学からの論文はひょっとしたらこのような方法に発展できるのではと思った(全く私見)ので取り上げる事にした。論文のタイトルは「Visuomotor impairments in older adults at increased Alzheimer’s disease risk(アルツハイマー病リスクが高い高齢者に見られる視覚運動連合の障害)」で、Journal of Alzheimer Disease9月号に掲載されている。私たちはアルツハイマー病と言うと認知機能障害とすぐに結びつける。確かに短期記憶に関わる海馬の萎縮が顕著で、また日常生活には認知機能障害が最も顕著に影響するので、アルツハイマー病=認知症となるが、実際には広範囲に脳萎縮が起こり、様々な障害が出る。今日紹介する研究は、アルツハイマー病の初期から、視覚と協調する運動機能が障害されていることを示す研究だが、ここで使われている機能テストが興味を惹いた。テストを一言で言うと、「あっち向いてホイ」のテレビ版と言える。ここでは垂直及び水平におかれた2つのモニターが使われる。最初のテストは垂直モニターだけを使う。画面中央の緑の丸印を指で触るとテスト開始だ。一定時間後に、中央の印は消え、代わりに画面左右、上下どこかに新しい丸印が急に現れるのでそれを指で出来るだけ早く辿る。次のテストは、垂直画面に同じテストが示されるが、指で追うのは垂直画面に現れる印そのものではなく、その位置を水平画面に投射して、一種仮想の場所を指でなぞる。次のテストは垂直画面にまた戻るが、今度は新しく現れた丸印をなぞるのではなく、「あっち向いてホイ」のように、現れた場所の正反対を指で指す。これには当然認知機能が関わる。最後に同じテストを、印が現れる垂直画面ではなく、水平画面の対応する場所を指で辿る。この時、目の動きや指の動きを記録できるようにし、指の辿る軌跡の正確性、到達時間などを記録する。このテストを、若者、アルツハイマーリスクの低い高齢者、アルツハイマーリスクの高い高齢者、そして認知障害のある人に受けてもらい、結果を比べている。もし認知障害のある人と、認知症ではないがリスクの高い人が一致するテスト項目があれば、初期からそれに関わる運動障害があると結論できる。結果は一目瞭然、4番目のテストで記録される指の軌跡が、認知症は発症していないが、アルツハイマーリスクの高いグループが、認知症発症患者さんと同じ異常を示すことがわかった。まさに、「あっち向いてホイ」ゲームがアルツハイマーリスクを反映できるかもしれないと言う結果だ。この論文では、これをそのまま新しい診断機器に発展させようと言った議論は行われていない。しかし機械は今あるタブレットを2枚使えば簡単に設計できるはずだ。現在でもミニメンタルステート試験の様な、簡易テストはあるにはあるが、もしこの論文が正しければ、より正確なリスク判定を人手をかけずに行なう事が出来ると期待できる。是非この方向で開発を加速させて欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月22日移植細胞をモニターする(Magnetic resonance in Medicineオンライン版掲載論文)

2014年9月22日
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iPS由来の網膜色素細胞移植を受けた患者さんは先週無事退院された。これからおそらく決められたプロトコルに従ってあと5例の患者さんの治療が行われるだろう。この治療でiPS細胞を利用する細胞治療の安全性について第一段階がクリアーされると、次は高橋淳さんのドーパミンニューロン移植によるパーキンソン病治療に進む。この順番はこれらのプロジェクトが文科省・再生医学実現化ハイウェイ計画に採択する時の重要な要因となった。勿論ヒトiPSからの細胞培養技術が確立している事は言うまでもない。しかし、心臓細胞を始め他にも多くの細胞培養法は同じレベルに達している。おそらく最も重要な要因は、移植した細胞をモニターする方法がある事ではなかったかと思う。網膜色素細胞移植では、眼球内と言う特殊な状況のおかげで移植した細胞を克明に、いつでも観察する事が出来る。おそらく何か不測の事態が起こればほとんど瞬時に検出可能だろう。一方、高橋淳さんのドーパミン細胞移植も注入した細胞の量と機能をモニターする方法が完成していいることが決め手になった。従って、異常増殖が起これば早期に発見が出来る。同時に効果が確かに移植細胞によるのか、あるいは間接的な反応によるのかなど評価がし易い。しかし、他の細胞となるとヒトに移植した細胞をどうモニターするか困難な事が多い。従って、両高橋に続くプロジェクトは、常にこの課題と向き合う必要がある。これまで移植細胞を追跡するため、様々な方法が開発されて来た。しかし解像度の点から考えると、MRIが利用できるとありがたい。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、これまで開発が進んで来た移植細胞イメージング法を初めて臨床に応用したことを報告した論文でMagnetic Resonance in Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは、「Clinical cell therapy imaging using a perfluorocarbon tracer and fluorine19 MRI (細胞治療のイメージングにパーフルオロカーボントレーサーとフッ素19MRIを用いる)」だ。フッ素19は極めて安定なフッ素同位元素で、NMRで高感度に検出できる。従って、これをトレーサーに用いてMRIで検出し細胞を追跡すると言うアイデアは古くから注目され研究が進んできた。最近では動物実験で神経幹細胞を追跡するのに使える事を示す論文も報告されている。フッ素19を細胞に取り込ませるために、炭化水素の水素をフッ素で置き換えた化合物のエマルジョンが既に開発されている。これは細胞と混ぜるだけで細胞内に取り込まれ、安定的に細胞内にとどまる。また、これまでの所、細胞毒性はなく、安全である事も確認されている。この研究では、動物実験から一歩進んで、5人のガン患者さんに樹状細胞ワクチンを注射する際、この樹状細胞をラベルして追跡するのにこの方法を使っている。結果は期待通りで、1000万個の樹状細胞を皮下に注射すると、MRIで明瞭なスポットとして検出できるようになる。その後、細胞が体中に拡がるに従い、注射部位から消えて行くのをモニターできる。残念ながら感度のせいで、どこに最終的に分布したのかはわからない。従って、利用は同じ場所に移植細胞がとどまって欲しい場合に限られるだろう。結果はこれだけだが、患者さんの皮下に1000万個安全に注射し、追跡できた事は大きい。他にも様々な方法の開発が進んでいると思うが、例えば脊髄損傷や心筋症など次の段階の細胞治療が進むためには、安全な細胞追跡法の開発は欠かせないと思う。その意味で重要な進展ではないかと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月21日:進化は顔を多様化させる(Nature Communications9月号掲載論文)

2014年9月21日
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自然選択は進化を説明するときの重要な柱だが、選択自体は集団内の多様性を減らす方向で働く。逆説的だがこの自然選択の効果が、種の多様性を生み出す。少しわかりにくいかもしれないが、この論理について完全に理解しないと自然選択を誤解してしまう。例えば、交雑が可能な黒いカラスと2色のカラスの生活圏が重なり合っているのに、普通ハトで見るような色の多様性が生まれないのはどうしてかを調べた論文 (http://aasj.jp/news/watch/1735) を6月22日に紹介した。ここで扱われてたのは多様性が押さえられる原因だが、逆に多様性が固定化される種分化の過程を研究しているとも言える。一方変異のメカニズムから考えると、集団は多様化するのが普通で、形質が選択にかからない(中立)と、多様化は維持拡大する。これにとどまらず、この多様性を更に積極的に維持するメカニズムが存在する事を示そうとしたのが今日紹介するカリフォルニア大学比較生物学博物館からの論文で、Nature Communicationsに掲載された。タイトルは「Morphological and population genomic evidence that human faces have evolved signal individual identity(人の顔が個別性を伝えるために進化した事を示す形態学及び集団ゲノムに基づく証拠)」だ。この研究では、データベースにあるデータの情報処理を行い、顔の多様性は積極的に選択されて来た結果だと結論している。先に述べたが、選択圧を受けないと多様性は維持拡大される。従って、顔の多様化が積極的に選択された形質だとすると、中立的な他の形質と比べたとき、形態やゲノムの多様性が、より多様化している事を示す必要がある。この論文では、手の大きさと、鼻の大きさを比べたとき、鼻の大きさがはるかに多様化している事を先ず示し、多様化のための積極的選択圧があると結論する。その上で、1000人ゲノムデータベースから抽出される顔の造作に関わる遺伝子多型の多様性を、背の高さや、中立的遺伝子で見られる多型と比べ、顔に関わる遺伝子多型のほうがより多様性が高い事を示している。特に集団内で中等度の多型が見られる遺伝子で際立って多様性が高い。この結果から、期待通り顔の造作に関わる遺伝子の多様性を拡大する積極的な選択圧が存在すると結論している。最後に、2つの遺伝子領域に見られる多型を各大陸、更にはネアンデルタール、デニソーバ人まで拡大して比べ、ネアンデルタール人やデニソーバ人も顔を多様化する積極的なメカニズムを持っていたと結論している。この選択圧について何の手がかりもないが、古代人を含め私たちが、個人識別に顔を使い始めたからだろうと想像している。論文を読んで、人間についてのゲノム研究の仕方が急速に変化しているという印象を持った。顔データにせよ、ゲノムデータせよ、膨大な蓄積が進んでおり、この蓄積は加速している。従って、データを集めるより、それを処理する事が研究として重要になりつつある。一方、自説を検証し発表するための様々な基盤が整っており、面白い事を考える研究者に平等にチャンスが与えられるようになっている。素晴らしい事だと思う。とは言えこの研究で言うと、ただ単純に選択圧がないと考えてはなぜだめなのか、顔の識別はどのように生殖上の差へと変換されるのかなどまだまだ想像で埋めている点が多く、研究の成熟度としてはまだまだだと私は思う。生物学は、ビッグデータを扱う社会科学と同じでいいのかをもう少し真剣に問いかける事も必要だと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月20日:野生動物と人間(9月18日号Nature 掲載論文)

2014年9月20日
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出典は覚えていないのだが、人間、家畜、ペットを合わせた総重量が、地球上の全哺乳動物総重量の98%を超すことを読んだ覚えがある。1000年前はその比は逆だったようで、いかに人間が地球を変えているかがわかる。従って、野生動物の行動研究では、人間の影響なのか、その種の持つ本来の習性なのか注意深く評価する必要がある。9月18日のNatureにこの問題を扱った論文が掲載されていた。米国、ドイツ、ベルギー、タンザニア、ウガンダ、そして我が国の多くの研究者が参加する、チンパンジーについての研究だ。タイトルは「Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts (チンパンジーやボノボが示す致死的攻撃は人間の影響より種の適応戦略と考えた方が説明できる)」だ。同種の個体を襲って殺すのは人間だけだとされていたが、動物行動学が進むと、ほ乳動物のなかには習性として同種の個体に致死的攻撃を加える種がいることがわかって来た。中でもショッキングなのは、チンパンジーが時によっては集団で殺戮を行うという事実で、映画などで見る愛嬌のある姿から想像がつかない。このチンパンジーの殺戮行為は環境に適応するための習性だと考えられて来たが、これに対し実際には人間の生活圏がチンパンジーの生息圏と重なって来たからではないかという反論が上がっていた。この問題に対し、アフリカ18地域で別々にチンパンジーを研究してきたグループがデータを持ち寄り、殺戮行為が人間の影響で誘導されたかどうか詳細に検討したのがこの論文だ。本当に息の長い研究が行われている事を実感する。持ち寄ったデータの観察期間の平均は21年、最も長い観察は53年に至っている。その間、集団間でどのように殺し合ったのか、どのような個体(雄、雌、子供)が殺され、どの個体が攻撃したのかなど克明に記録されている。また記録も、実際に観察した例と、現場の状況から想像したものとがきちんと区別して書かれている。結論としては、チンパンジーの殺し合いは、地域内での個体数の上昇時にスウィッチオンされる種の保存に必要な適応行動のようだ。証拠としては、人間が近くに暮らし、餌を与えたり、逆に生活に介入する様な場所でも、特に殺し合いが増える事はない。一方、個体数の密度と殺し合いの頻度が最も相関しており、一定の個体数を保とうとする習性を持つようだ。更に殺し合いにも決まったルールがあるようで、基本的には雄同士が殺し合う。動物学的に見れば、自然淘汰メカニズムを種の脳内活動に組み込んでいる事になる。多くの研究者が連帯する事で、これまでの膨大な記録の正しい解釈のための基盤を確立する事に成功した仕事だ。この基盤があって初めて、ゲノム研究も意味を持つ。アフリカの熱帯雨林で何年もチンパンジーを追いかけ記録し続ける。こんなロマンを持った研究者を絶やしては行けない。論文の補遺の地図を見ると、今エボラビールス感染で問題になっているギニアやリベリアにも観察地域があるようで心配だ。是非この困難を乗り越えて、記録を続けて欲しいと願う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月19日:人工甘味料による糖尿(Nature オンライン版掲載論文)

2014年9月19日
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高橋さんの網膜色素細胞移植治療に続いて、Natureオンライン版に妻木さんたちの、軟骨形成異常症iPSを使った治療薬探索からスタチンが有効である事を突き止めた論文が出ていた。妻木さんが以前所属していた阪大整形外科はBMP研究の高岡さんからずっと研究のアクティビティーが高い。また、阪大は軟骨研究でも歴史があり、何となく伝統を感じさせる仕事だ(これは全く根拠のない妄想)。特に、既に臨床で利用されている薬剤を、新しい疾患に使う事はリパーパスと呼ばれ、医療経済の側面からは最も力を入れるべき分野だ。めでたしめでたしだが、臨床から基礎研究へ目を移すと、この分野でハッとする我が国からの研究に残念ながら出会えていない。特に若手の研究だ。この3本柱が機能しないと、いつかは先細る。今日は最初妻木さんの仕事を紹介しようかと思ったが、ほとんどのメディアが取り上げている。わざわざ紹介する事もあるまいと、同じ時にNatureに掲載されていたイスラエル・ワイズマン研究所からの、かなりセンセーショナルな仕事を紹介する。タイトルは「Artificial sweeteners induce glucose intolerance by altering the gut microbiota(人工甘味料は腸内細菌叢を変化させ耐糖能異常を引き起こす)」だ。研究の内容は全くタイトルの通りだ。私たちが砂糖を制限する目的で使っている、サッカリンを始めシュルラロース、アスパルテームを摂取すると、グルコース負荷に対する反応性が落ち、糖尿病予備軍状態になると言う結果だ。この状態は、私たちの糖代謝システムに人工甘味料が直接働いて起こるのではなく、人工甘味料が腸内で細菌叢を変化させたことによる間接効果である事を示している。実験の詳細は省くがこの研究の鍵になっているのは、腸内細菌叢を全く細菌のいないマウスに移植する実験系で、耐糖能が低下が腸内細菌叢によるものかどうかを調べる事が出来る。この論文では、人工甘味料を摂取しているマウス、あるいはヒトから採取した便を移植すると、耐糖能異常も同時にマウスに移植できる事を示している。さらに実験としてかなり重要な決め手になっているのが、試験管内で腸内細菌を培養する時人工甘味料を入れておいて、それを細菌のいないマウスに移植するだけで耐糖能異常が起こる点で、人工甘味料が腸内細菌叢に直接作用してこの現象が起こる事をはっきり示している。一方ヒトを用いた実験でも、人工甘味料を常用しているヒトはA1cヘモグロビンが軽度上昇している事、さらに1週間と言う短期の摂取でこの変化が引き起こされる点だ。とは言え、メカニズムについてはほとんどわかっていない。インシュリン分泌はそれほど落ちていないという結果が示されているので、インシュリン抵抗性が誘導されているのかもしれない。データを詳しく見ると、本当ならもう少し実験を重ねて掲載しても良かったかなと思う。ただ、Natureのエディターもこの論文の発するメッセージの重要性を優先して採択したのだろう。そう考えると、日本の既存メディアがこの論文について報道しないのも不思議だ(ネットを調べるとNHKは放送した様だが)。ネタとしては面白いはずだ。外国の研究だから報道しないのだろうか?Nature信仰は小保方事件で捨てたと言う事か?あるいは、産業界からの圧力を恐れての事か?勿論規制について最終結論を出すためには、この結果について更に検討が必要だ。とは言え、既存のメディアがこのネタに妙に慎重なのが気になるのも、私がひねくれているせいだろうか?

カテゴリ:論文ウォッチ

9月18日:老化脳を酷使する(Nature Neuroscience9月14日号掲載論文)

2014年9月18日
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先日人間ドックで若い先生からラクナ梗塞が結構ありますねと言われた。以前から指摘されていたとは言え気にはしている。ただ、売り言葉に買い言葉で、「しかし脳は絶好調です」等と言ってしまって笑われた。現役時代を振り返ってみると、今は当時よりははるかに知的活動に割く時間は増えており、脳は確かに働いてくれていると言う実感がある。一方、年とともに様々な変性が起こっている事も良くわかる。どんな風に活動しているのか、様々な課題に対する活動をMRIで調べてもらおうかなどと考えていたら、同じ様な事を調べている論文に出会った。カリフォルニア大学バークレー校からの論文で9月14日号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Neural compensation in older people with brain amyloid-β deposition(アミロイドβ蓄積が見られる高齢者で見られる代償的神経活動)」だ。読んでしまうと、なんだこれだけかと少し拍子抜けする論文だが、今後の研究によっては私も含めた高齢者にはいろいろ示唆を与えてくれるかもしれない。研究では75歳前後の認知症ではない事がはっきりしている高齢者を集め、先ずPET検査でアルツハイマー病との関連が指摘されているアミロイドβの蓄積の有無を調べる。驚く事に、特に認知障害がなくても44人中16人にははっきりとアミロイドβの脳内蓄積が認められる。次に蓄積を認める高齢者と、認めない高齢者、及び20代の若者について、記憶テストを行い、その時の脳活動を機能的MRIで調べている。ヒトでも動物でも、脳研究の醍醐味はどのような課題を被験者に課して脳機能を計るかだが、この研究では写真を見せた後、写真全体のメッセージについての記憶(例えば男の子が逆立ちしている)と、細部についての記憶(例えば青いズボンをはいていたかどうか)を思い出させる課題を使っている。記憶テストの結果は、若者は確かに高齢者よりはいいが、総じて正常値に収まっている。さて脳活動だが、若者は中心的メッセージを思い出すとき、側頭部の皮質が強く活性化すると同時に、使っていない場所の活動が落ちる。一方、高齢になるとこの記憶に関連する領域の活動は低下しているが、その代わりに使わない場所の活動の抑制が強くなっている。言ってみれば、使わない場所を押さえて、課題に集中していると言っていいのだろうか?さて、アミロイド蓄積を認める高齢者だが、逆に記憶に必要な場所の活動が更新している一方、使わない場所の抑制は強くない。重要な事は、アミロイドが沈着している場所自体は予想通り活動が低下している点だ。即ち、アミロイド沈着で活動が低下した部分を、健常な部分を必至に使って埋め合わせをしている。ただ、他の場所を抑制する全体的統合性は障害されていると言う結果と解釈できる。この解釈は局在論に立った脳機能理解の立場で、この立場からは一件落着といえる。しかし私の様な素人にとっては、機能的MRIで私たちは何を見ているのかと言う点が気になる。実は機能的MRIがなぜ可能かについては完全にわかっているわけではない。脳細胞中心に考えると、細胞の活動が上がるから、そこへの血流が受動的に上がり、それをMRIで検出している事になる。しかしひょっとすると、脳活動に必要な場所を割り出して、そこへ血流を能動的に送り込む事で、脳の活動の閾値を領域的に変化させているのかもしれない(年寄りの戯言と効いて欲しい)。とすると、アミロイド沈着は血液動員システム自体に影響を及ぼしている可能性もある。色々想像を巡らしているうち、以外とこの研究は重要かもしれないと考え始めている。自分の頭の中も含めて、脳は面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月17日:言語遺伝子FoxP2(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年9月17日
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言葉を話すのは人間だけだ。言葉が可能になるためには、例えば「リンゴ」と言う音の記憶と、リンゴの視覚イメージの記憶が結合して脳内に残っている必要がある。これを可能にする脳構造がヒトでどう進化したかは21世紀最大の課題だ。21世紀に入ってすぐ、遺伝性の重症の発話障害の原因遺伝子としてFoxP2が特定され、言語を可能にする脳構造形成に関わる遺伝子がみつかったと世界中が興奮した。しかしこの遺伝子は決してヒトにだけにあるわけではない。脊椎動物には広く存在する。ただ、ヒトとサルでは2アミノ酸残基の違いがあり、今はこの違いが言語発生に関わるかどうかが研究の焦点だ。このホームページで何度も紹介したネアンデルタール人のゲノム解読の第一人者ペーボさんもFoxP2には特別の興味があるようだ。ネアンデルタール人のFoxP2遺伝子が私たちと同じであることを示した論文を発表しているし、なんとヒト型FoxP2に置き換えたマウスまで作成して、ヒト型FoxP2に脳回路の形成を変化させる力がある事を示している(Cell, 137, 961, 2009)。今日紹介するMITとドイツマックスプランク研究所の共同研究はこの続きの仕事で、勿論ペーボさんも責任著者として名を連ねている。論文のタイトルは「Humanized FoxP2 accelerates learning by enhancing transition from declarative to procedural performance (ヒト型FoxP2はマウスの陳述的行動から手順的行動への変換を促進して学習を加速する)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。陳述的行動、手順的行動とは心理学的用語で、意識的に行う行動と、自動的に行う行動と言った意味で理解すればいい。しかし、これは人間についての定義で、同じ定義をマウスにどう当てはめるか、特殊な心理テストが必要だ。詳しくは述べないが、ここでは学習時に視覚と触覚の両方から情報が入ってくる条件での行動を陳述的、一つの刺激だけで学習させる場合の行動を手順的とする心理テストを使っている。詳しい事を全て省いてまとめると、ヒト型FoxP2を持っていると、様々な刺激が入って競合しても、それを単純な手順的行動へ変換する事が出来るが、マウス型のFoxP2のままだと、刺激が多いと混乱して学習が遅れると言う結果だ。この生理学的基盤についても調べており、この行動に関わる線条体でのドーパミン量がヒト型マウスでは低下し、脳細胞レベルでのグルタミン酸レセプター依存性の長期記憶形成が促進している事が示されている。結論的には、FoxP2がヒト型になると、線条体の神経で遺伝子発現が変化し、その結果長期記憶が更新する。この生理的変化により、複雑な刺激回路をうまく整理して、一つの行動へと統合する、言語発生に必要な能力が新たに獲得されると言う話のようだ。このシナリオを信じるかどうかは、マウスの心理テストが陳述的行動を本当に反映しているかどうかにかかっている。私自身はFoxP2の話を聞いたときから、言語の様な複雑な情報システムが一つの遺伝子で決まるはずはないと冷ややかに見ていた方だ。しかしペーボさんたちの執念を見ていると、ひょっとしたらと言う気持ちになってくる。おそらく今はクリスパー等を使って、ヒト型FoxP2を持つサルが開発されているだろう。実際ペーボさんが設立したライプチッヒのマックスプランク研究所には、ペーボさんのゲノム分野に加えて、言語学分野、そしてサル学分野が設けられている。今から考えると、彼の長期的視野に驚く。間違いなくライプチッヒの人類進化研究所は21世紀をリードする研究所だ。

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9月16日:ミツバチ社会の進化(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2014年9月16日
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ほぼ毎日のように様々な生物のゲノム解析が報告される。最近では一つの種のゲノムの配列を解読するだけではなかなかトップジャーナルには掲載されない。種内の多様性や、種間の詳しい比較、進化シナリオの実験的検証などがあって初めてトップジャーナルが掲載する。大変な時代になって来たとも言えるが、個人のアイデアや才能が生きる道が拡がったとも言える。即ちゲノムを通して、自分の面白いと思っている事を人に伝える事が出来る。今日紹介するスウェーデンウプサラ大学からの論文はミツバチ社会の進化についてのシナリオで、Nature Geneteicsオンライン版に紹介されている。タイトルは、「A worldwide survey of genome sequence variation provides insight into the evolutionary history of the honeybee Apis mellifera(ミツバチのゲノム配列変異を世界中で比べる事でミツバチの進化の歴史を洞察する)」だ。現役時代ならミツバチの論文は読まなかっただろう。要するに時間があると言う事だが、ミツバチが人間の進化と決して無関係でない事、そして分業社会の進化のルールの面白さなど、学ぶ事は多かった。先ず私たちが食べている食物の1/3はミツバチの受粉のおかげである事、また今このミツバチに大異変が起こり始めており、この問題がミツバチを知り尽くす事からしか解決できない事もよく理解した。この研究の目的はミツバチがどのように世界中へ拡がり、多様化したのか。その過程での人為的介入も含めた選択圧は何かを解明する事だ。研究では14種類のミツバチをアフリカ、東アジア、欧州、アメリカから集めゲノム配列を比べ、これまでの進化の過程で生まれたおよそ800万を超す遺伝子多型を同定している。この解析から生まれて来たシナリオをまとめると次のようになる。今回調べられた4地域のミツバチの祖先はおそらく中東か東アジアのどこかで生まれ、30万年前にそれぞれの地域へと分散して行った。アフリカに移動したグループが最も多様化しているが、どの地域のミツバチも他の種と比べると多様化の速度は速い。私見だが、この時間スケールは我々がネアンデルタール人と分かれた時間と重なり、移動の方向性も同じで面白い。さらに、氷河期に個体数が急速に縮小した後、現在個体数が上昇期にあるが、アフリカでは急速な個体数の低下が起こっている。ミツバチで面白いのは、女王蜂、雄蜂、そして働き蜂と役割が分かれており、働き蜂は全く生殖に関わらない点だが、地域に応じた多様化を示す遺伝子の多くは働き蜂に発現している。即ち、生殖能力のない働き蜂に大きな環境からの選択圧がかかっていると言う結果だ。即ち、外で働かない雌や雄蜂は環境によって選択されようがないため、選択は働き蜂を通して間接的に集団全体の興亡として現れるようだ。どの社会でも、いい働き蜂がいない集団は集団ごと選択される。選択されてくる遺伝子は温度や形態形成など多様な範囲にわたっており、様々な環境条件に適応しているのが推察できるが、ではそれぞれの遺伝子の実際の選択にどの環境がどうか変わったのかを証明する事の難しさを示す。一方、巣の中で暮らす雄蜂では変異は少ない。ただ、選択され方は極めて直接的だ。雄蜂で発現している遺伝子で選択圧にさらされたと考えられる遺伝子の多くは精子形成に関わっている。特に精子の動きをコントロールする微小管形成に関わる遺伝子が選択されているようだ。ミツバチの受精時には、なんと20個体分の精子が互いに競争するらしい。結局どの精子が卵に早く到達できるかの勝負だけで決まっているようだ。色々学んでみると、ミツバチの進化も期待通り人間社会の参考になる事は多い。

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9月15日:AYA世代の白血病:フィラデルフィア染色体陽性型(9月11日号The New England Journal of Medicine)

2014年9月15日
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小児期から20代までにかかるガンをAYA世代のがんとして特別に区別している。これは成熟期と比べた時、成長期の人の身体には様々な違いがあり、それを考慮した治療が必要とされるからだ。今年4月に、自らも胎児性がんを経験した岸田徹さんを招いて、AYA世代のガンの最近の論文について読書会を行いニコニコ動画で放送した。岸田さんはガンノートと言うサイトを立ち上げて特にAYA世代のガン患者さんのための多面的な活動を行っておられる(http://gannote.com/)。その時議論の中で、ガンゲノム解析をAYA世代のガン全てで行って、敵を知って戦う事の重要性を強調した。今日紹介するセントジュード子供病院からの研究はこの議論の重要性を再確認させるもので、9月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載され、タイトルは「Targetable kinase-activating lesion in Ph-like acute lymphoblastic leukemia(フィラデルフィア染色体(Ph)陽性急性リンパ芽球性白血病は標的薬の適用が可能なリン酸化酵素活性化異常が見られる)」だ。一般的に子供のかかる急性白血病は治療法が確立しており経過は良好だ。しかしそんな中でも少し治療が難しいグループがある。未熟B細胞由来の白血病で、特にPh陽性グループと分類されている白血病は治療が困難だ。一方、Ph染色体として表現されるBCR遺伝子とABL遺伝子が融合する異常を持つ白血病では融合遺伝子の活性を押さえる事で、白血病を飲み薬でコントロールする事が可能になっている。Ph染色体を持つ他の白血病でも同じ様な標的治療が可能ではないかと言う期待を持って、この研究では1700例以上の急性リンパ芽球性白血病の中からPh染色体陽性の154例選び出し、遺伝子解析を詳しく行った。結果は予想通りで、9割以上の患者さんが異なる染色体が融合する遺伝子転座を持ち、転座遺伝子の多くが、薬剤で治療可能なチロシンキナーゼ分子をコードする遺伝子の転座である事を発見している。さらに、このグループの多くでCRLF2遺伝子の転座による発現上昇がおこり、TSLPと呼ばれる本来はB細胞には効かないサイトカインが白血病の増殖を促進している事もわかった。また症例のほとんどでIKZF1と呼ばれる遺伝子の発現も上がっている。この論文では議論されていないが、ここで紹介したようにこの分子はレナリドマイドで特異的に分解可能な分子だ。このように、この白血病グループの増殖回路は比較的単純で、また特徴的な遺伝子発現が見られており、その分標的薬剤を使える可能性がある。この論文ではキナーゼ阻害剤をモデル実験系で試した後、12例の患者さんに試し、なんと11例の患者さんに薬剤が効いている事を報告している。これまで経過が悪いとされて来た白血病グループが、逆に最も治療し易い白血病へとかわるのではと期待させる結果だ。事実我が国でも、Ph陽性白血病にチロシンキナーゼ抑制剤が使われ始めている。おそらく未熟B細胞の生理に関わる他の標的薬も今後利用できるようになるのではないだろうか?(元未熟B細胞の発生を研究していた人間の私的意見)。しかし本当の標的治療を実現するためにはPh陽性と診断するだけでなく、出来るだけ正確に遺伝子異常を確かめる必要がある。簡便にこれを診断するための遺伝子アレーの導入を進めるとともに、当分はエクソーム解析などを提供する必要があると思う。若い世代は日本を支える力だが、経済的には一番苦しい世代でもある。是非この事を考えた公的・私的支援が彼らに届くよう岸田さん達と一緒に頑張っていきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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